◆?????◆
私に「名」などない。
生きる意味も
生の喜びも
悲しみも
何もない。
あるのは「人間」への憎悪だけ。
この身体は神々の意思によって作られた人形。
この身体は神々の兵器.....いや、「道具」だ。
私の意思は神々の意思に沿うもの。
.........あぁ、だとしたらこの憎悪さえも作られたものなのかもしれない。
◇ギルガメッシュ◇
宝物庫の扉を開き民たちをウルクに戻した後、千里眼であの巨大な蛇の術者を発見した。
まだこちらには気づいていない。チャンスだ!
俺はアヌ様に貰った弓矢で攻撃を仕掛ける。
「なに!?」
しかし、避けられる一撃。
完璧に隙をついた「矢」を避けられた以上は接近戦に持ち込むしかない。
「ハアァァァァァ!」
移動用宝具で敵の前まで飛び、手に持った剣で切りかかる。
ウルクを滅ぼそうとした奴だ。勿論エアで吹き飛ばしたいがその前にこいつが何者かを知っておく必要がある。
ガキンッ!
相手は無手だ。速攻で沈めてローブを剥いでやろうと思っていたが何時の間に取り出したのか向こうも剣で対抗してきた。
さらに目の錯覚でなければ吹き飛んでいた左腕まで生えてきていた。
「っち!何者だ貴様!」
目の前で飛び散る剣と剣の火花。それを尻目に無駄と分かっている問いをする。
「..........。」
案の定答えないローブ。
すると突然奴の身体から『槍が生えてきた』
「うおっ!?」
顔を狙ってきた槍を鎧の腕の部分で弾く。
一息つく間もなく奴は一気に身体中から武器を生やし、こちらの顔を狙って来る。
取り敢えず、バックステップで距離をとるが今度はなんと武器が飛んできた。
「残数は少ないが....『王の財宝』!」
手に持った剣と背後からの剣群射出で何とか敵の武器を全て叩き落した。
「........貴様だなドラゴン、フンババ、イシュタル、そして、あの天の宝具を使ってウルクを滅ぼそうとしていたのは。だが生憎だったな。俺もウルクの民もあの程度でくたばるほど軟じゃない。後は元凶たる貴様を倒せば全て終わりだ。」
確認の意味も込めて挑発してみると、奴は反応を示した。
「......ウルクの民は人間は生きているのか?」
男か女か判別できないような声だった。しかし、思っていた以上の美声に少し驚いてしまった。
「ああ、全員生き残っているとも。俺が宝物庫の中に匿うことで生き延びたのさ。残念だったな。」
すると奴は突然後方へと大きく下がり、両腕を大きく広げた。
それと同時に馬鹿みたいな魔力が奴に集っているのが分かった。
ーー気がつけば無意識のうちにエアを構えていた。
これは、まさか.........
『人よ、神を繋ぎ止めよう(エヌマ・エリシュ)!』
「っ!『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!』 」
二つの巨大なエネルギーがぶつかり合う。
互いに相手を削ろうとせめぎ合う。
大地が消滅していく。
それはもはや原初の地獄。
生命体の存在を許さぬ絶対的な力。
「っ!」
「うお!?」
その決着は双方共に痛み分け。
ギルガメッシュは黄金の鎧の何割かを持っていかれて、痛みに苦しんでいる。
対する敵はそのローブを吹き飛ばされ、その顔が顕わになっていた。
その美しい中性的な顔立ちは間違いなく俺が前世で見たことのある顔。
英雄王ギルガメッシュの唯一の友エルキドゥだった。
「っ!千里眼!............そういうことか.......」
やっと俺はここにエルキドゥがいる意味が千里眼で分かった。
俺が圧政を敷かない以上はエルキドゥはやってこない。
しかし、エルキドゥ自体は俺が生まれたその時から保険として穏健派の神々によって作られていたのだ。
ならば俺がきちんと神々に逆らわずにいた結果、その保険はどうなってしまったのか?
決まっている穏健派に敵対する急進派の神々によって悪用されたのだ。
俺が千里眼で見たのは何も知らないエルキドゥに人間への憎悪の感情を埋め込み、その身体を道具のように扱う屑神ども。
喜びも悲しみも知らずただ憎悪だけを胸に抱えて道具として使われ続ける哀れな人形。
しかし、人形はそのことを不幸と思うこともできない。
名もないまま無銘の剣のように使い捨てられる。
.........これは間接的にだが俺のせいなのだろう。原作のエルキドゥは最期はどうあれギルガメッシュと共に友としてその命を燃やしたのだ。
きっと幸せだったのだろう。あの英雄王がエルキドゥとの日々を宝物と言ったぐらいなのだから。
しかし、だからといって俺は自分のこれまでの生に後悔があるかと問われても「否!」と答えるだろう。それほどに鮮烈な人生だった。
だからこそ、このエルキドゥ......いや名もなき敵は王たる俺が倒さなければならないのだろう。
「行くぞ、名もなき敵よ。貴様はこの英雄王ギルガメッシュが討ち果たしてくれようぞ。」
静かにエアを宝物庫に戻して無銘の剣を構える。
絶対に勝つ。民のために俺の人生のために。
そして、目の前の「命」のために.......
◆?????◆
英雄王ギルガメッシュは強い。それは認めるべき事実だった。
乖離剣を宝物庫に戻した時は正気を疑ったがそれでもその剣の腕前を見れば納得もした。
流麗で綺麗な正統派の剣を振るっているかと思えば突然不意打ちじみた変則的な剣技を繰り出してくる。
その体格でどうやったらそんな威力になるのだというほどの豪撃を繰り出し、地面を割る。
こちらの動きを先読みしているかのように立ち回り、新たな武器を作ろうとすればすぐさま動きを封じに来る。
もう何時間打ち合っただろうか。ギルガメッシュは何十本目かどうかもわからないほど剣を折られ、その度に新たな剣を取り出して対抗してくる。
......この男はいつもそうだ。神々の指示によって私が仕掛けた罠をその輝かしい魂で乗り越えてみせる。
私なら諦めてしまいそうなことに平然と挑んでいく。
この苛立ちは何だろう?
状況が進展しないことへの苛立ち?それともこの諦めを知らない男への嫉妬?
いや、馬鹿な。私が嫉妬などという感情を覚えるはずがない。
そうだ、だから私がこの男に羨望を抱いているなど.....
くそっ!なんなのだ!この苛立ちは!?
..........だが不思議なことに私は苛立ちと同時に理解不能な感情を感じ始めていた。
彼と剣を交え火花を散らす度に心が浮き立ち、頭の中が一瞬真っ白になる。
鉄と鉄の交わる音が空っぽの心に反射して身体中を駆け巡る。
ふと、ギルガメッシュの顔を見ると彼は笑っていた。
「意外に楽しいな!......そういえば、大人になってから誰かと真剣勝負をすることもなくなっていたな。お前はどうだ、楽しいか?」
楽しい.......分からない感情だ。
でもこの剣の舞踏が終わってほしくはないと思う。
........そういえば、私はあれほど「人間」を憎んでいたのに一度も「人間」と直接関わりを持ったことがないことに気がついた。
どうして関わってもないのにこんなに憎んでいたんだろう?
でもそんなことも全部どうでもいい。ただ今はこの時間を『楽しみたい』
「.........なんだ、そんな顔もできるのか。ほら見てみろ。お前今楽しそうに笑っているぞ。」
そう言いながらギルガメッシュは鍔ぜりあっていた剣を私に近づけてきた。
その剣の表面には見たこともない顔をした私が映っていた。
.........いや、この顔を私は知っている。遠くから眺めた人間たちが浮かべていた顔だ。確か名前を
『笑顔』
と言ったか。
........これではまるで私が人間のようではないか。
「まるで人間のようだなその笑顔は。楽しいんだったら笑えばいい。殺し合いでも笑って終われるのならそれはずっと胸のうちに残るだろうさ。」
ギルガメッシュは一旦距離を取ると、剣を大きく構えた。
「お前を我が宿敵と認めよう。喜べ、笑え、そして構えよ。決着をつけるぞ。」
こちらも剣を構える。
全ての音がうるさく聞こえる。
手に持った自分の剣を落としてしまいそうだ。
緊張する。.......これも初めてだ。
終わりたくないけど目の前の男を倒したい。
こんな矛盾していて複雑な気持ちは初めてだ。
私は................
ーーそして踏み込もうとした足が泥に戻って崩れる。
突然のことにバランスを崩して転倒してしまう。
まずい!徹底的な隙をさらした!
「おい!どうした!?」
しかし、さっきまで剣を構えていた男はその剣を地面に放り投げてこちらに駆け寄ってきた。
「......どうやら......終末裁定槍エンリルの.....代償....の....よう......だ。」
無防備なその男をしかし何故か私は斬る気になれなかった。
「.........止め.....を......ささな.....い....のか?」
男は首を振って止めをささないことを示した。
「このような決着は俺が許さん!!おい、立て!立つのだ!!」
しかし、それは無理な相談だ。私の身体はどんどん泥へと返っていく。
いづれ訪れることは分かっていたこの肉体の死を何故かひどく残念に思った。
「お前、泣いているのか?」
ふと静かになったギルガメッシュが問うてきた。
言われてみれば確かに頬を雫が流れている。
「......それは涙と言ってな、嬉しい時と悲しい時に流れるもんだ。これは俺の推測でしかないがお前は今、悲しくて泣いているんだろう。」
悲しみ.......これも初めての感情だ。
そうか、この胸に迫るような息苦しい感情が『悲しみ』なのか。
「.......我が名は英雄王ギルガメッシュ。ウルクを治める王だ。」
分かりきったことを突然話し始めるギルガメッシュ。
「そしてお前はこのギルガメッシュと張り合ってみせた存在、つまりは我が宿敵だ。」
宿敵.......そうか、私とこの男は「宿敵」なのか。
「だがこの俺の宿敵に名がないなどあってはならんことだ。故に俺が直々に名を与えてやろう」
名を私に?
「.......『エルキドゥ』それがお前の名だ。次に俺と決着をつけるまでその名を忘れるでないぞ。」
『エルキドゥ』
それが私の名前?
「エル......キ......ドゥ」
その名を呟いた瞬間、あるはずのない心臓が一際大きく跳ねた気がした。
身体中を説明できない暖かい血が流れている。
世界が私の、エルキドゥの誕生を祝っているような気がする。
一個の命として、認められる。
「ギ......ルガ......メッシュ。......ま......たね。」
私は生まれ、死んでいく。
それでもまた私の誕生と死を見届けたこの男にもう一度会えるような気がしたので悲しくはなかった。
「......ああ、またなエルキドゥ。」
王は宿敵の最期を見届け自分の国へと帰って行った。
ーーエルキドゥーー
今作のギルガメッシュが暴君にならなかったバタフライ効果というか、そんな感じで急進派の神々に人間への憎悪を埋め込まれ、道具とされていた。
ぶっちゃけ原作よりも悲惨な目にあっている。
しかし、最後にギルガメッシュに永遠のライバルとして認められ、名前を与えられた。
もしかしたらどこぞの聖杯戦争で二人が決着をつける時が来るかもしれない........