私の幼なじみはルーピー   作:アレルヤ

9 / 10
私の幼なじみは桃髪

 黄巾党は漢の大陸全体へと喧嘩を売った。

 さながら昔のプロレスラーの如き節操の無さに、多くの野望に燃える者達が立ち上がる。

 

 結論から言えば、黄巾党は滅んだ。

 

 黄巾党VS曹操・孫策・袁紹・袁術・公孫サン・董卓・官軍・その他大勢の太守に野良犬集団のルーピー達とか、そんなドリームチームに勝てるわけがないだろ。コーエイの紙AIなNPCじゃないんだぞ。

 

 見ていて悲しくなるほどの負けっぷりに、お前らなんの為に生まれてきたのだと、同情を禁じ得ない有様だ。

 例えるなら、俺はビッグな男になるんだと言っていたサトシ君が、フリーターで三十路を迎えたようなものだ。ポケモンGOやってポケモン探す暇があるなら、職を探したほうがいいじゃないか。そんな悲哀を黄巾党から感じられた。

 

 ぐっばい黄巾党。張三姉妹非公式グッズで大分稼がせていただきました。

 

 「徐庶殿は何故に、黄巾党の本拠地への攻勢に参加なされなかったので?白蓮殿も誘っておられたでしょうに」

 

 今日の内務処理をこなしている私に、艶めいた生足をチラ見せしながら趙子龍が問いかけてきた。

 

 趙子龍。蜀の五虎将軍に数えられる猛将。

 だが、女だ。美人だ。肌が綺麗だ。ノーメイクだ。呪われろ。日々ケアに必死になっているノーマル系乙女に謝れ。

 

 私が来た時には、何故か既に幽州にいた。何でも雇用に成功したらしい。白蓮が自慢気に話していた。

 直接話を聞くと、様々な勢力を渡り歩き、仕えるべき主君を探しているそうだ。うちでは客将であり、一時的な雇用である。いずれ出て行くそうだ。白蓮を見ると落ち込んでいた。生きろ。

 

 しかし毎度思うのだが、こいつらネームド女体化武将は服装センスがイカれていると思う。渋谷やら歌舞伎町の裏路地でしか見れない衣装だが、何故かこいつらが着ると栄えるのだ。

 昔、私が着たら親にクソ似合ってないと爆笑されるだけだったというのに。こんちくしょう、夢を見るぐらいいいだろうが。涙出てきた。

 

 「あんなお風呂にも禄に入れない、美味いものも食べられない汗臭いところなんざ、好き好んで行きたくないですよ。実際、白蓮と貴方がいれば充分じゃないですか。留守番が一人ぐらいいた方がいいでしょう」

 

 「後半だけだったら素直に頷けたのですが……。相も変わらず難儀な性格のようで」

 

 「性格が三回半ひねりジャンプした挙句、着地失敗してる貴方みたいな性格の人間に言われたくありません」

 

 「ふむ、何か酷いことを言われていることはわかる」

 

 ははは、と笑って仕事中の私の前で酒を煽る趙雲。帰れ。

 

 「それに」

 

 「何か?」

 

 「ルーピーや孫策がいやがりますからね。絶対行きたくない」

 

 私は次にルーピーと会う時は、ブサイクが生まれるように願掛けした安産腹帯持参と決めている。

 北郷とルーピーは所謂美形カップルだから、生まれてくる子供もそうなる可能性は高い。しかし、私は正しい者の願いが報われるべきだと信じているのだ。

 

 ……やっぱり赤ちゃんが可哀想だから、普通の腹帯にしといてあげよう。生まれてくる命に罪はない。おのれルーピーめ、貴様への憤怒で道を誤るところだった。精神が清らかな私を誤らせるなど、恐ろしい女だ。そんな女と子供を作る北郷には同情せざるを得ない。

 

 と、趙雲が怪訝な様子で私を見る

 

 「劉備殿……はいつもの通りとして、孫策殿?あの江東の麒麟児の?」

 

 「ええ」

 

 「何か因縁でもあるのでしょうな?」

 

 「あいつとも、それ以上に母親ともいろいろあったんですよ」

 

 「母親、というと現在隠居なされている江東の虎。孫堅殿ですか。ほぅ、これは面白そうですな」

 

 ニヤニヤと面白そうに先を促してくるが、話すつもりは絶対無い。

 

 まだ幼い時に見識を広めるためと称して、嫌な仕事を白蓮に全部押し付けて見聞出張した事があった。ついでに新鮮な焼き魚を食いたいと向かったのがあの地。見たのが大量の血。

 

 『いくぞッ!奴らの命を食い散らかせッ!』

 

 『おのれ黄祖ッ!おのれ劉表ッ!私をはめおったなッ!?許せん……徐庶、切り抜けるぞッ!……おい、どこにいくつもりだ。来い、共に奴らを殺すぞッ!』

 

 『あぁ?酒が苦手?関係あるか、飲め』

 

 あの暴虐無人な江東の虎を思い出す。全身から汗が噴き出る。

 発汗が止まらない。震えも止まらない。顔面ブルースクリーン。

 

 「……徐庶殿?どうなされたので?」

 

 「止めろ、止めてください。あんなん無理やん。ほら、矢が雨のように降ってきて、石も沢山落ちてきて」

 

 「じょ、徐庶殿?」

 

 「もう無理だから諦めましょうよ。ほら子供だから、私一人ぐらいなら生かしてもらえるでしょうから。ね、貴方はこの可哀想な子供を救うと思って、格好良くちょっと散っていってくださいよ。ああだめです、いや、無理ですって、どうして貴方はこんな状況で怒り狂っとるねん。落ち着け、落ち着いてくださいお願いします。カームダウン、チルアウト、目を覚ませ馬鹿。馬から降ろせ。あっち突撃したら死ぬから、一人なら別にいいけど私もいるから。あの何重にも張り巡らされてる陣形が目に入らないんですか。あなたの目はガラスか何かですか。こっちに行きましょう、こっちはまだ綻びがあって可能性がありますから。話聞け、だからなんでそんな敵が沢山いるところに突撃したがるんだよクソッタレ。あの数は無理だろ、あんた血だらけだろ、いや、『殺す』じゃ無くて逃げようよ馬鹿。もうやだ私死にたくない助けて白蓮」

 

 趙雲は「あ、これは面倒くさいやつですな」と内心で呟いた。

 からかいがいのある同僚なので、趙雲からすればいつものように煽っただけだったのだが。踏んだのは地雷だったようだ。

 ついには外の世界の神に祈りだした徐庶に、趙雲は冷や汗を流す。

 

 と、執務室の扉が勢い良く開く。慌てた様子で飛び込んできたのは、幽州太守の白蓮であった。

 「おい、大変だぞッ!?」と言った矢先、目に入った光景に困惑し佇む。視線で趙雲に説明を求めるも、彼女は首を傾げて困った様子。同時に徐庶もその音にハッと我に返った。

 

 「ええと……。どうした?」

 

 「い、いえ。古い心の傷が少し切開されてしまって。それで、何かありましたか?」

 

 極めて冷静に務める振りをして、白蓮の要件を尋ねた。

 興味よりも自分の身の安全を取った趙雲も、何事もなかったかのようにして、白蓮の言葉に耳を傾けた。

 

 「あ、そうなんだよっ!これを見てくれ!」

 

 「ええと……」

 

 「ふむ、これは……」

 

 漢の皇帝、霊帝の死。

 国の支配者が亡くなったことで、かねて黄巾の乱より朝廷で燻っていた権力争いがいよいよ激しくなった。

 

 朝廷内では宦官の十常侍と、軍部を握る何進が、自分達の懐中にある皇太子を即位させようと、血で血を洗う権力闘争を起こしたのだ。

 

 霊帝の崩御に伴って、皇妃の何太后とその兄である大将軍何進によって擁立された弁太子こと少帝弁。

 宦官一派と霊帝の母である董太后に擁立された、聡明と評判の良い次子の劉協。

 

 この皇位争いは、軍という実行部隊を持つ何進の勝利となる。その力を背景に、妹の息子である弁を即位させることに成功したのだ。

 

 だが十常侍達もこれに黙ってはいなかった。

 何太后の名を騙って何進を呼び出し暗殺。その後は後ろ盾を無くした何太后も洛陽より追放され暗殺。こうしてお肉屋何進洛陽本店は閉店した。

 

 ただこれでは終わらない。これを聞いて黙って入られなかったのが、お肉屋何進従業員の将軍達であった。

 報復とばかりに十常侍を強襲して、その数名を翌日の新鮮なお肉コーナーに並べることに成功する。

 

 しかしこれを予期していた十常侍の張譲が、洛陽から劉協を連れて脱出。その逃亡の途中に実行部隊の必要性をした張譲は、政治力を駆使して、涼州に駐屯する部隊を率いていた董卓を引き込んだ。

 そして意気揚々と洛陽へ凱旋しようとしたものの、すぐに董卓に裏切られて皇帝を剥奪され、用済みとしてあっさりと殺されてしまった。これには盧植先生もガッツポーズ。きっと年齢から目を背けたあの服で、あの無駄にでかい胸を揺らして喜んだに違いない。爆ぜたらいいのに。

 

 権力の中枢を握った董卓は、少帝弁を廃位して手元に抑えてある劉協を王座につけ、傀儡とし、自らを相国という廷臣の最高職の位につけて、朝廷内を支配していった。

 

 しかしこれを不服としたお肉屋何進従業員は、各地のお肉屋何進フランチャイズ店を独立化。徹底的に董卓に対抗する構えをとった。

 

 そして今回、白蓮が見せてきた書状はその檄文。反董卓連合結成の檄文であった。

 

 「……これ、多分書いたの田豊ですね。袁紹の名で書かれてはいますけれど」

 

 「あー……。そうだろうな」

 

 こんなしっかりとした檄文を袁紹が書けるわけがない。

 仮に袁紹が書いたら、例えば『董卓さんをやぁっておしまい』みたいに、知能指数が北京原人なDQN共でさえ真顔になる文面になるだろう。

 必死に主人を抑えて書いた田豊の達筆な文字に、哀愁の念を感じる。相変わらず苦労しているようだ。

 

 「参加しないと此方が潰されるでしょうね」

 

 「日和見的な行動は許さない、と言わんばかりの文面ですな」

 

 感心するように「ほうほう」と檄文を読み進める趙雲。まったくの同意見である。

 

 彼女の言うとおりだ。実際これは大陸を二分するだろう。

 この二分とは、つまり董卓とそれ以外だ。董卓に味方するものだけではなく、中立の立場を保持したい者も許されないという意思を感じる。

 

 「元々参加するつもりだったけど、これはすごいことになるな……」

 

 「……っげ。宦官の残党の賛同まで得ているじゃないですか。ただでさえ無くなってしまった権力を、なんとか保持しようと必死みたいですね」 

 

 うちからは白蓮と趙雲が兵を率いて参加することになるだろう。

 

 私は黄巾党の時と同じく留守番を選択する。別に名声とかいらない。

 戦争なんて野蛮なことは、物騒な事が大好きな人達に任せるに限る。ただでさえ子供時代のトラウマを思い出してしまったのに、そんなところへ行こうなど考えたくもないぐらいだ。

 

 「あ、徐庶も今回は参加だから」

 

 机に私の頭が激突した。

 

 机の表面が破損してクレーターになり、趙雲が爆笑してるがそれどころじゃねぇ。

 何を言ってやがるんですか白蓮さん。殴るぞ。

 

 「い、いや。だってな、ほら、これとは別にお前に書簡が」

 

 「見せてくださいッ!」

 

 白蓮から奪い取って、血眼でそれを読みとく。

 

 見れば宦官の残党共が、親しかった有力な者達へ助けを求めている文面がそこにあった。具体的に言えば官位を与えられ、尚且つ自身の手が及んでいる者達だ。つまり私だ。

 

 どうやって書かせたのか解らないが、きっちりと劉協こと献帝の印が押されている。つまりこれは袁紹の檄文なんかよりも恐ろしい程の効力があり、なおかつ国からの絶対命令。おい董卓ふざけんなちゃんと献帝見ておけや。

 

 袁紹もこれを自身の正当性を示す為の材料としており、拒否したらそれこそ私の人生バッドエンド。

 目の前がまっくろくろすけ。お腹が痛いおくすりどこだ。

 

 ようやく意識が戻って覚醒した時には、既に幽州を出発した後であった。どうやら口の端からヨダレを垂らしながら、遠征の指示を行って準備を完了させたらしい。

 いっそ精神が壊れてしまえばどれほど楽かと思ったが、私の精神は無駄にルーピーのおかげで鍛えられてしまっている。つまりもう全部ルーピーが悪いと思うのだ。

 

 陰鬱な気分のままに、反董卓連合の集合陣地に到着。

 始終趙雲が私を見ていて愉快そうだったので、あいつが持参してきたメンマを全て食ってやった。唖然とする趙雲の前で、空になったメンマの壺を逆さにする。

 

 結果。死ぬかと思った。目がマジだった。

 

 帰ったら特選高級メンマを百壺奢ることを約束。私の命は高級メンマに救われる程度のものらしい。

 イラッときたので、一つだけ割り箸で代用したやつをくれてやろうと、固く決意した。メンマみたいに、あいつの体も萎びて醤油臭くなればいい。

 

 軍議に参加するために、白蓮と趙雲は主たる者が集まる幕舎に向かった。

 私はお留守番である。幽州に篭もれぬ以上、せめて私の陣幕に篭ってやる。何人たりとも我が聖域を侵させはしない。

 

 白蓮が戻ってきた。顔には異常な疲れが見えるため、いつもの人の良さで曲者揃いの太守達をまとめていたのだろう。

 

 袁紹が盟主になったらしい。まぁそうだろう。

 作戦は『雄々しく、勇ましく、華麗に前進』というものらしい。それはスローガンだ。いつもの袁紹だな。

 ルーピーが軍議が終わって此方に向かっているようだ。私は陣幕を飛び出した。

 

 後ろから白蓮が私を呼ぶ声が聞こえたが、最早一刻の猶予もなし。

 あいつは常にゴジラとかジョーズとか、イビルジョー等のBGMを伴って現れる系女子である。こんなテントでは耐えられない。核シェルターを持って来い。

 

 この逃避は明日という希望への逃避である。

 辛い現実にも負けず、希望を持ち、夢は叶うのだと。絶望には負けないのだと意志を貫き、生き抜く。

 

 あのダンガンで論破な主人公も言っていただろう、希望は前に進むのだと。

 だから私は前に進むのだと、足を踏み出したその瞬間。目の前には大きな褐色の胸が。避けることがかなわず激突するも、無駄に柔らかいそれのおかげで衝撃は無い。

 

 「……胸?」

 

 疑問符で一杯になった頭。思わず手を出して掴むと、確かにそれは胸である。

 

 誰だ、こんなところに褐色の巨乳を置いた奴は。普段であれば絶対に許しはしないが、今はそれどころではない。早く逃げねばとそれを押しのけようとした。

 

 が、それは叶わなかったのだ。

 

 「あ、み~つけた♪」

 

 雷が落ちたような衝撃を感じた。

 この声、この雰囲気。

 

 覚えのあるそれに、目が見開かれた。

 

 「公孫瓉軍が来てるって言うから、もしかしたら貴方もここに来ているんじゃないかって思ったけれど」

 

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!

 

 汗が額から流れ落ち、現実を受け入れられず笑みが溢れる。

 私はそっちのシンジくんに自分を重ねたつもりはないのだ、瞬間心重ねたつもりはないのだ。私が希望を託したのはシンジくんはシンジくんでも、アンテナ張ってるシンジくんなのだ。

 

 「でも、昔の幼なじみに出会った挨拶にしては、ちょっと酷いんじゃない?……不躾に胸を掴むなんて」

 

 脳内の神様緒方様、私をお助けくださいと視線を上にあげていく。私に、私に希望をくださいと。シンジくんは嫌だと。

 

 「本当に、久しぶりね。徐庶、元気にしてた?」

 

 緒方は緒方でも球磨川とか狛枝だったらしい。これが絶望だと肩パッドの姿を幻視し、顔が悲痛に染まった。引き攣った頬が戻らない。

 

 ルーピーとは異なる、別のベクトルの絶望。思い出すのは賊の首が宙を舞い、血の嵐が吹き荒れ、大地に押し倒され向けられた情欲の瞳。

 

 深い桃色の長髪。褐色の艷やかしい肌。宝塚のようなキリッとした顔立ちに、陶磁器のようにピンとした鼻。腰に身につけた宝剣は、母親から譲り受けたであろう忘れもしない南海覇王。

 

 そこにいたのはどこか懐かしむようにして、顔を覗き込み微笑む美女。

 血を浴びるのが大好き肉食系女子、孫策の姿だった。




劉備「あれ?私の出番は……?」


次回からです。

私のお盆休みは今日の一日だけでした。もうお盆じゃない気がしますが、気のせいでしょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。