私の幼なじみはルーピー   作:アレルヤ

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私の幼なじみはフリーター

 「徐庶様、この竹簡なのですが……」

 

 「む、わかりました。……ふむ、もう行って結構ですよ」

 

 「はい、よろしくお願い致します」

 

 礼をした後に部屋を出ていく文官を見ながら、のんびりと背を伸ばして窓を見る。

 外では小鳥のつがいが快晴の天の下で飛び交っていた。その穏やかな様子を見ながら、ほうっと感嘆の吐息。

 

 そろそろお昼の時間かと、広げていた竹簡を整理して片付け、僅かばかりのお金が入った袋を持つ。

 今日は城の中ではなく、町で食事をしようと考えながら廊下に出る。するとしばらく先に見覚えがある姿が目に入った。

 

 それは私の人生における清涼剤だった。天使だった。神だった。

 

 「あれ?白蓮さんじゃないですか。何かありましたか?」

 

 彼女の名は公孫サン。今の私の主君だ。

 

 史実では人間不信のコミュ症だった。どれぐらいコミュ症かというと、一人城の奥に戦争中に引きこもり、誰にも会いたくないと言い切って最後には滅亡したレベルのコミュ症だ。

 人当たりが良かった劉虞を、あいつ好かれていて妬ましいからとぶっ殺す。そして周囲やら部下にまで総スカンくらったイッちゃった系コミュ症だ。

 

 かなり控えめに言っても末期である。

 この時代引きこもりコミュ症は山ほどいたが、その中でも歴史に名を残した人間不信引きこもりイッちゃった系コミュ症は公孫サンぐらいだろう。

 

 しかしここにいるのは違う。才能は有能だが充分に平凡レベル、容姿はそれなりに美人。性格も普通で、本当に良い人だ。まさに私の癒やし、親友、真の友だ。

 

 ……ルーピー?あれは人生における灰汁とか垢とかそんなレベル。

 

 「いや、そろそろお昼の時間だろ?だから一緒に食事でもと思ってさ。せっかくだし私が奢るぞ」

 

 「そうまで言われては断れませんね」

 

 おいしい店を知っているんだ、と微笑む公孫サンと共に城下町へ向かう。くだらない冗談を交えながら談笑し、道行く人の挨拶に手を共に振る。

 

 この主君であり友人の下で働き始め、先日には齢十八を迎えた。

 ある程度の学を修め終わって帰ろうとした友人に、文字通り噛り付いてこの幽州の城にまで無理矢理ついてきたのだ。しばらく歯形が消えなかったらしい。すまん。

 

 ルーピーは徐庶ちゃんが行くならあたしもと何やら必死なようであったが、あれの母親は厳格で途中で寺子屋を辞めることを許さなかった。加えて盧植もルーピーには特別に教えたい事がまだまだあったのか、反対の立場をとった。

 

 まさに時勢は私に味方していた。これ幸いとばかりに、私はルーピーをあの手この手で説得。とりあえず、「私たちの友情は永遠だよ……ッ!」と涙を流して口説き落とす。ちなみに涙は本当の涙だ、こんな嬉しかったらそりゃ涙だって流れるわ。

 

 あと最初から無いものは、別に永遠でも何でもない。グッバイルーピー、フォーエバールーピー。ぜってぇもうここには帰らねぇ。

 

 こうしてルーピーとの感動の別れを経て、友情という名のコネにより就職。今や安穏なる日々を送っていた。

 

 「いやぁ、徐庶がここに来てくれて本当に良かったよ。でもいいのか?お前はここに来てから一度も家に帰っていないじゃないか。休暇ぐらいだすぞ」

 

 と、目の前でチャーハンを食べながら公孫サンが突然そんなことを言い出した。

 

 「いえ、戻るわけにはいけません。」

 

 そうかと意味深げに頷く公孫サン。いや、石にしがみ付いてでも絶対に帰らねぇぞ。

 せっかく胃が回復して穏やかな日々を過ごしているというのに、どうしてあいつの顔を見なければならんのだ。今でも思い出すだけで胃液どころか胃が逆流してくる。

 

 「……でも、桃香はきっとお前の事を待ってると思うぞ」

 

 だろうな。あいつは嬉々として私の胃をデストロイしてくる。恥知らずのカイ使いとか笑って玉を蹴り抜く猛者に違いない。もうとっとと拾い食いでもして食あたりおこして歴史の陰に消えてほしい。

 

 「実は、お前宛てに手紙が来たんだ」

 

 なるほど、紙飛行機の素材が来たわけだな。

 

 「私にも手紙が来た」

 

 あいつそんなに紙飛行機が好きなのか。

 

 「その中に、お前に手伝って欲しい事があるから帰郷を許してほしいと書かれていたんだ」

 

 あいつ紙飛行機に文字を書くのか、やっぱりルーピーだわ。ちゃんと私が空を飛ばしてあげないと……って、今なんて言ったおい。

 

 「お前が私に気を使っているのは解っているんだ。私だってお前を手放したくなんてない。でも桃香も私の友達なんだ。悩んだけど、やっぱり私はお前に桃香の手伝いをやってあげ」

 

 「いやです」

 

 「そうか、そう言ってくれるか……へ?」

 

 「絶対に私は帰らない、絶対に、だ。お願いします勘弁してください」

 

 「どうした徐庶!?口調が変だぞ!?」

 

 そうだ、これは夢なんだ。

 きっと私が目を覚ましたら、私は大金持ちの社長さんで、BMWに乗って金に目がくらんだ女共の頬に札束を叩き付けて遊んでいる最中に違いない。

 

 そんな私の前に突き出される手紙。

 妙に丸っこい字は、間違いなくルーピーのものだ。見ているだけで正気度が削れる、内容が頭に入らない。やばい、動悸と息切れが。

 

 「白蓮さん、解りました。解りましたからそれをしまってください。話聞くからそれしまっていやマジやばい意識が薄れてきた」

 

 「お、おう」

 

 あ、危なかった。もう少しで「世界で一番大事なのは愛」みたいなことを口走る人間になるところだった。

 

 「そ、それで何が書かれているんですか?」

 

 「え?いや、今見せたじゃないか」

 

 「私が見たのは死神が大鎌を振りかぶっている姿です」

 

 めっちゃいい笑顔で鎌を振り上げていた。

 

 そして「お、ついにこっち来るのか」と、すごいフレンドリーだった。実はルーピーと知り合ってからの第二の幼馴染は、あいつじゃないかと思ってる。かれこれ十五年の付き合いだ。もう熟年夫婦レベルの顔見知りだ。思い返すと涙でてきた。

 

 頬を引き攣らせながら説明してくれる白蓮さんによると、「苦しむ人たちの姿があまりにも多すぎるから、なんとかしたい」と考えているらしい。

 そのために「一番の友達である私に力を借りたい」ということだった。

 ようするに旗揚げしたいってことなんだろうが、なんかいろいろ突っ込みどころが多すぎて辛い。誰か助けてはくれないだろか。

 

 そして白蓮さんや。これ見てどうして感動している感じなん?笑いどころしかないんだけど。

 まぁ一番の笑いどころは、これに私が巻き込まれそうになっているところだ。あはは、笑えよ。

 

 「やっぱり、あいつは凄いよな。自分勝手な連中が多い中、そんな事を考えられるなんて」

 

 だよな、すごいよな。まともじゃないよな。というか私を勝手に数に含めて定職を奪おうとしているルーピーは、自分勝手以外の何物でもないだろうと思うんだがどうだろうか。

 

 「……やっぱり、あいつにはお前が必要なんだよな。お前を手放すのは、はっきりいって惜しいさ。でも、桃香のやつも私の大切な友達なんだ。支えてやってほしい」

 

 「嫌です」

 

 「え?」

 

 「嫌です」

 

 「ちょ」

 

 いやだってお前、やっと手に入れた就職先だぞ。命令できる立場だぞ。ナンバー2に幼馴染というコネを使ってなれたんだぞ。

 お金ももらえて、ストレスも無くて、平穏な日々を手に入れたんだぞ。どうしてそんないらぬ苦労をしなければならんのだ。

 

 「というか白蓮さん、貴方ずいぶんとまた勧めてきますけど、何かあったんですか?」

 

 「え、あ、別にそういうことは」

 

 「ただでさえ人が足りないって言ってたじゃないですか。いくら友達だからって、そんなに簡単に送り出せるとは思えないんですけど……」

 

 言っては何だが、ここは人手不足が激しい。

 大体の優秀な連中は、袁紹や曹操のところにいく。それに以前にこんな辺境に好き好んで来たがるやつは、まずなかなかいない。

 優秀で俗っぽい連中は、羽振りの良い袁紹のところに行く。優秀で信念がある連中は、それこそ曹操のところにいくのだ。

 

 結果、うちに来るのは三番手四番手ばかり。間違っても、人が足りているなんて事はない。

 にも関わらず、白蓮さんがここまで惜しまずに言ってくるという事は……。

 

 「……その、風鈴先生からも桃香を手伝ってくれるようお願いする書簡が」

 

 ああ、最近中央と繋がりがより太く著しくなったあの露出教師ですね。

 授業中もあのデカイ胸をユッサユッサさせて、男子どもの視線を釘付けにして、集中をかき乱してはみんなの成績が上がらないと心配していたあの盧植先生ね。

 

 やっぱり巨乳は敵だ。

 普通に人が良くて情がある白蓮さんを、巨乳共がよってたかって食い物にしやがったのだ。

 

 「……ほかにも何か?」

 

 「……中央からの優遇と、人材の紹介。……ごめん。いろいろ、その、足りない」

 

 「……そうですね」

 

 普通に世知辛い理由だ。現状を知ってるが故に納得できる。あれだ、リアルに全部政治が悪い。くそ、なんて時代だ。

 

 「あの、その、本当にごめん」

 

 「謝らないでください。白蓮にはお世話になりました。私が、私が恩返しを……」

 

 儚い幸せの日々だった。すごく、すごく楽しかった。

 

 「……白蓮さん、私の真名をお預けいたします」

 

 「そんな!?お前、あれだけ真名に関しては!?」

 

 「もう、ここを出ていったら帰ってこれないかもしれません」

 

 他人に対して何一つ与えたくないを信念としている私でも、流石に最後になるかもしれないと思うと考えるところがあるのだ。

 急性胃炎、慢性胃炎、逆流性胃腸炎とか、十二指腸潰瘍とか、PTSDとか。心当たりが多すぎて生きて帰れる気がしない。

 

 「私の真名は花琳(ファリン)です。白蓮さん、私は、私たちはずっと友達。ズッ友だよ!」

 

 「うぅ、ぐす。ああ、花琳!私達はずっと、ずっと友達だからな!」

 

 こうして互いに抱き合い、最後のお別れをして私はここを去ったのだ。

 

 いやぁ、裏帳簿とかいろいろと処分しやすいようにしていて良かった。どうせ白蓮さんは袁紹に負けるだろうし、いつでも動けるように少しずつ積み立てをしていたのだ。まぁ真名あげたし許してほしい。

 ぐっばい白蓮、フォーエバー白蓮。貴方が信頼してお金を任せてくれた事、絶対に忘れない。例え君を忘れたとしても、君がくれたお金は絶対に忘れないからね!

 

 私は手を振る白蓮に、大きく手を振り返してルーピーの下に向かったのだった。

 

 村に到着したのは、あれから二十日後であった。

 白蓮は優秀な白馬をくれたので、普通よりもかなり早い到着だ。この馬には感謝の念を込めて白蓮と名付けた。こら、白蓮。こんなところで粗相するんじゃない。

 

 出迎えてくれる母は笑顔で両手を広げてくれた。流れで感動してしまい抱き着こうとしたら、お前はいいからお土産を寄越せと言われた。泣いた。流石、私の母だ。

 殴り合って再会を喜んでいると、誰かが知らせたのかルーピーが家に飛び込んできた。ノックぐらいしろや。

 

 「本当に、本当に帰ってきてくれたんだね!」

 

 その気は無くても追い込んだ末にこのセリフである。なんていい笑顔だ、満面の笑みだ。こいつのせいで定職を失った私は殴っていいと思う。むしろ殴りたい。

 

 「ありがとう、ほんとうに、ありがとう!徐庶ちゃん!」

 

 抱き着かれた。すごい良い匂いがした。なんか女として負けた気分になった。何かキラキラしてるし、すげぇ美人だ。あれだ、死にたい。

 

 わかったよ、わかったよルーピー。もう私が悪かったからこれ以上は……私の自尊心が死ぬ。あとお前が押し付けてくる胸。それ私のアバラにくるから止めろ。心理的にも物理的にも痛いわ。心が叫びたがってるわ。

 

 「はい、そろそろ止めてください。死にます」

 

 「もう、冗談ばっかり……。あは、本当に、徐庶ちゃんだ。まったく変わってない」

 

 より一層、押し付けられる胸。胸。胸。

 そうかそうか、まったく変わっていないか。ははは、泣きてぇ。

 

 「あっはっはっは、そうですかそうですか。まったく変わっていませんか」

 

 「うん……。あの頃と同じ、変わらないままの徐庶ちゃんだよ」

 

 ふと視線を感じて横に目を動かす。うちの母親が私とルーピーのハンバーガーを見て、必死に笑うのをこらえていた。私の顔を見て心情を察し、さらに顔を喜悦に歪めていた。

 私がマクド○ルドで、ルーピーがモ○のボリューム。こんな世界は滅びればいい。

 

 「ルーピー、離れなさい」

 

 「もう少し、このまま……」

 

 突き飛ばした。

 

 若干不満顔だったが、私は不満どころじゃないぞ。この世界の格差社会に絶望させられたぞ。お前、いつもみんなが笑顔になれる世界になればいいって言っていたじゃん。幸せになれる世界にしたいって言ってたじゃん。

 

 私、真顔なんだけど。すっげぇ絶望してるんだけど。全然、幸せじゃないんだけど。

 

 「それで、何ですか。聞きましたけど、旗揚げしたいんですって?」

 

 「うん、困っている人たちの力になりたいの!」

 

 今ちょうどお前の目の前に困っている人がいる件。

 

 ルーピーはそこからしみじみと語りだした。

 国は酷い状態だとか、涙を流す人が多いとか、困っている人を助けたいとか。言葉に力が宿り、悲哀が込められ、決意の意思が乗せられている。本当に、心からそう願っているのだろうと思った。

 

 ……すごいな、なんていうか、お前あれからずっとこじらせ続けたのか。びっくりだわ。

 

 「あぁ、別にそこらへんはどうでもいいです。困っている人を助けたいだったり、有名になりたいであったり、金が欲しい男にモテたいであったり、旗揚げの理由はどうでもいいです」

 

 「え?」

 

 なんかルーピーが唖然としているが、私が聞きたいのはそういうことじゃないのだ。別に今は馬鹿共が周りにいるわけじゃないんだから、耳障りのいい言葉はとっておけ。

 

 それより重要なのは、支援者の存在だ。金と人脈と兵隊だ。見た目はすごいんだから、もうきっとそこらへんも目処がついているのだろう。仮にもこいつは劉備なのだ。魅力値オーバーチートだ。

 ほら、お姉さんにその胸で何人誑かしたのか教えなさい。

 

 「……し、えん、しゃ?」

 

 え、何でそんなぽかーんとしてるの。いや、だって。お前、仮にも一勢力からナンバー2を引き抜いてるんだからさ。ヘッドハンティングしてるんだからさ。

 

 ……え?マジ?

 

 「その、一緒に最初からがんばりたいなって思ったら、いてもたってもいられなくて!これから一緒にがんばろう!大丈夫、私達だったらきっといけるよ!」

 

 徐庶、十八歳。長年勤めた職場を奪われたと思ったら、無職になりました。

 唯一の相方は行動力だけ無駄にあるフリーター。しかも、なんか世界が平和になって欲しいとか言っている。

 

 「ぐ」

 

 「ぐ?」

 

 「ぐふっ」

 

 ストレスで胃が限界に達して吐血。膝から崩れ落ちた。

 頭が割れるように痛い。長年かけて少しずつ癒してきた古傷が、完全に開ききったのだろう。数年かけて癒した傷が僅か十数分でこれである。

 私を抱きかかえて涙目になりながら、何かを言っているルーピーを見て思った。

 

 ルーピー、お前、私に何か恨みでもあるのか。




すいません、感想返し現実忙しくて途中であきらめました。
全部見てます。嬉しいです。しかしモチベがやばかったんで逃げました。チーズ蒸しパンになりたい。
無理せず返せる分だけ返していこうと思います。

徐庶「十八歳になったぞ……十八歳になったぞ!」

※追記
次、もし更新するようなことがあれば連載に変えます。
元々一話から四話ぐらいで終わりのつもりでしたが、五話で短編を名乗るのは流石に厳しい気がするので。

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