selector infected WIXOSS―torture― 作:Merkabah
「────それじゃ私はセレクターに選ばれたってこと?」
登校時にあった出来事をお昼の食堂で向かい合って座りうどんをすすりながら私は頷く。
深刻そうな表情を浮かべる友達のるうは、うどんの横に置いていた『ルリグ』へ視線を移した。
『うにゃあー!ばとる!ばとうー!』
カード内にいるルリグはそんな事も知らず無邪気にはしゃいでいた。
「でも私願い事なんてないよ!?なのにどうして........」
「それは........私にもいまいち分からない」
突然のことに理解できないといった顔をした後溜息を小さく吐く。
るうの動作を見ていると昨日の言葉がフラッシュバックされた。
『?ないけど、どうかしたの?』
(本当にこの子は願いを持ってないの?........ハッ)
一瞬でも彼女に対して疑心の感情を持ってしまった自分を恨み忘れる為に頭を力いっぱい横に振る。
(るうを疑うなんてどうかしてる)
如何に忘れたくても頭の片隅には服についてしまったシミのように一生残るだろう。
いても立ってもいられず問いただす。
「るう、本当に願いがないの?それは本心から言ってる?」
「そうだけど。桃香もしかして疑ってるの....?」
「この状況じゃ、るうを疑うしかなくてね」
私の心がゆっくりと痛み始める。
揺さぶりかけられたるうは「あっ」と小さく言うと私の目を合わせ話しはじめた。
「き、昨日の夜寒くて」
「?それがどうしたの」
「ばあちゃんとテレビを観ていた時温泉特集やっていて旅行券が欲しいなぁって思ったんだ」
「えへへ」
「........天然かッ」「いたい!」
るうの頭にチョップをして呆れながれ席に座る。真剣に聞いていた私がバカだった。
「でも些細なことでも話してくれたなら嬉しい。疑ってごめんね」
座りながら頭を下げる。
「気にしなくていいよ。顔上げて....私が無理矢理やらせたみたいだし........」
やっぱりるうは心から信頼できる友達だ。
「お礼にチューしてあ「いらないよ」
ズバッと私の愛を切られガクッと落ち込む。
るうをチラッと見ると食事を再開しながらルリグに静かにするように促していた。
好奇心旺盛で羨ましいなとその光景を眺め私もデッキケースからミュウをテーブルに出す。相変わらず眠っている。
顔を見たと同時に昨日ミュウが言っていた言葉が妙に引っかかる。
『 まぁこのゲームを観て楽しんでる人の意思次第でもしかしたら 』
ハッキリ答えを出さなかった事を考え何かあるんじゃないかと連想する。
「ミュウ起きて。昨日の言葉どういう意味?」
右手の人差し指で優しくミュウがいる場所を揺らすと、薄目で立ち上がりボッーとしていたミュウの瞳がこちらと合い小さな口を開く。
『何の話............?』
「このセレクターバトルを観戦して人がいるって話」
『それなら........ん。今はまだ話せない』
口をごもらせミュウはゴロンと横になり。
「........こんなのが私のルリグだなんて悲しくて泣いてしまいたい」
私達の話を聞いていたるうに助けを求める。
「そ、そんなことないよ。ミュウだって話したくても何か話せない理由があるんじゃない?」
るうのフォローに反応してミュウは大きな耳をぴくりと動かす。
『そう、それ........ぐぅ』
「適当に答えるな。後起きて」
ミュウの小さな体を再度揺らすと不機嫌になり背を向けて狸寝入りを始めた。
これ以上質問をしても新たなヒントは得られないと判断し、即座にうどんを平らげ別の話題をしようとした時、
「........あれ?」
「どうかした?」
ゆっくり食べるるうは箸を止め私が見つめる先を目で追いかける。
私から見て正面奥、るうからは背後になる。
向こうから駆け足で向かってくる黒髪のロングヘア少女。
「みつけたッーーー!!」
キキッ!とマンガならそんな効果音が付きそうな勢いで私達のテーブル横で立ち止まり勢い良くに両手を叩きつける。
「あ、アンタ達も、はぁはぁ....セレクターでしょ?うっ」
「まず呼吸を整えてから喋りなよ。水あげる」
コップ入っていた半分位の水を差し出すとすぐに受け取り一気に飲み干した。
「はあー!ありがとう。それで話を戻すけど二人はセレクターだよね?」
声がいちいち大きく食堂にいた他の生徒の視線が徐々に集まってくる。
私は、パーカー少女の胸ぐらを掴み引き寄せ耳に顔を近づける。
「続きは屋上でしよう....ね?」
「う、うん....って近いよッ!?後、その意味は誤解されるからー!!」
「見た目とは裏腹にピュアなんだ。それと声が大きいから声量を下げて」
頬赤く染め後ろに下がっていき、何か言いたげな目をして走り去っていく後ろ姿を口元を緩め眺めていた。
「この学校は面白可愛い女の子がいて楽しいなぁ」
正面でちょうど食べ終えたるうはまた始まったと言わんばかりに大きな溜息を吐いた............。
・・・
屋上までの階段を上がり鉄の扉を開けると外に出た。
空は登校した時と少し違い、雲の面積が減り隙間から太陽が顔を覗かせていた。
「さっきの人はどこにいるかな....」
後ろから来たるうは辺りをキョロキョロと見回す。すると少し遠くから「おーいこっちこっちー」と呼ぶ声が聞こえた。
「るう、あの屋根が取り付けられたベンチにいるみたいだよ」
駆け足でベンチ前まで移動するとさっきのパーカー少女と香月くんが左右に座っていた。
「時間もないから早速勝負ッ」
「ま、待ちなよ遊月。ごめんね二人とも」
ルリグを自信満々に私達に向けてきたが香月くんが間に割り込んでくる。
「今どっちに挑もうとした?」
「それはもちろん。るう子!」
「ちょ、ちょっと待って!?私ルールとかよく分からないし....後なんで二人が一緒にいるの?」
「そ、そうだよね。えっとこちらは僕の姉にあたる『
香月くんに面倒くさそうな顔をして腕を下ろして私達に手を差し出す。
「よろしく。るう子と桃香の事は香月から昨日聞いたから分かってるよ。桃香は前からルリグを使っていたから特にね」
握手を済ませ質問する。
「ならなんで声をかけなかったの?」
「強いから。負けが見えてるのに挑む人なんていない!」
席を立ち何故か背を向け腰に手を当てながら答える。
初心者や弱い人を狙ったセレクターは願い事を早く叶えたいという気持ちが先走りこの行為に及ぶ。よくいると噂で聞いていたけど、身近にいるとは。
『........』
るうと香月くんも同じ様な事を思っていそうだ。
「それで昨日カードを手に入れたばかりの初心者に挑むと?」
「ルールを知らないうちに倒す。慣れてからじゃ負けるかもしれないし!」
「あのね........」
思わず親指の爪を噛もうとしたが止め、話を続ける。
「セレクターバトルのルールは知ってると思うけど、願いを叶える存在、『夢限少女』になる為にはルリグ同士のバトルが必要不可欠」
「それにはバトルに何回も勝たなくちゃいけない時がある。まぁ中には条件が一致すれば数回で叶う可能性があるらしいけど」
背を向けていた遊月が身体をこちらに向けて話を真剣に聞き始めた。
「逆に三回負ければ....『願いは叶えられず、セレクターとしての資格を失う』
割り込まれた人物の顔を見る。
「花代さん」
遊月が持つ『花代』を見えるように見せてくる。
『桃香って言ったっけ?........どこまで知ってるの』
声のトーンは低くまるで私の説明することを全て見透かされている気がした。
「どこまでって、ここで話を終えようと思ってましたが?何か不都合があるんですか、花代さん?」
見え見えの嘘をつくと花代は目を閉じて少し間を空ける。
『........そう。割り込んでごめんなさい』
「いえいえ、こちらも知った様な口ぶりで喋ってしまい間違っていたのかと焦りましたよ」
どうやら三回負けた後の事を話すのはよくないらしい。 というよりは花代は遊月に説明しないで隠し続けている雰囲気がする。
微妙な空気が流れる中遊月が場の空気を変える。
「と、とりあえず、るう子がバトルしてくれるんだよね!」
「わ、私じゃなくて桃香の方が........」
『ばとるっ!ばとるっ!』
するとるうの制服ポケットからバトルに答えるように声を上げるルリグ。
そちらに三人の視線がいっている間に携帯電話で時間を確認する。
「(時間も考えて決着はつかず第三者がこの場所に来るはず。それに、ここで一度戦えばルリグカードが変わらない限り再戦出来ない)」
今後の事も踏まえて私はるうの背を軽く叩く。
「るう、頑張ってね」
「も、桃香まで~」
声援を送りるうは渋々、遊月の正面に座りルリグとデッキをおぼつかない手つきで出す。
「掛け声はオープンだから。それと僕がアドバイスするよ」
るうの隣に座る香月くんがフォローするらしいので私は遊月の隣に座り脚を組む。
肩と肩が密着する距離で。
「ち、近い!」
「女の子同士だから問題ない」
「んんっ....るう子行くよっ!」
遊月の横顔は少し香月くんに似ていた。
「う、うん」
二人は同時にカードを前に突き出し。
『オープンッ!!』
セレクター三人の意識は真っ暗闇に落ちていった............。
────目を開けると私が見馴れた景色に変化していた。
電気もない観客席のような場所に立ちつくす自分の肩にはミュウが小さい姿で乗っていた。
この空間ではルリグに触れる事が出来る。
二歩足を出し首を少し前に出すと既にバトルが始まっていた。
右方に白い光が周りで発光する。るうがタマをグロウさせたのだろう。
「いつもはあの場所からだから気づかなかったけど....この荒野何処まで続いてるの」
『さぁ........』
流石にこういう時は起きていたミュウは肩から降りて石で出来ている部分に降り立つ。
『花代を使っている方は赤い空間になってるね............』
「混合デッキだと何色なんだろ。それは別にどうでもいいか」
高みの見物をしていると真っ暗闇な空から香月くんがるうにアドバイスをしている。
「なんで教えるさッ!」
左方で椅子に座っていた遊月が向こうに聞こえないのに怒鳴っていた。
「おー初心者狩りが吠えてるね」
『........その煽る癖直したら?さっきも花代の事挑発してたでしょ』
「これは地だからなかなか直せないんです。申し訳ありませんねー」
『どうだか........。それにしてもるうをバトルさせるなんて以外............』
普段からミュウは私を見ているため今回は止めると思っていたに違いない。
「無計画でるうをバトルさせるわけないじゃない」
さっき考えていた事を説明するとジトッーと見てくる。
「なに?」
『............本当に中学二年生?............頭が切れすぎ............』
「こ、このままじゃ負けるよ花代さん!!」
震える声を上げた遊月が気になり話を中断する。
「るう、才能があるみたいだね」
遠目からでも分かる。るうの顔が笑顔になり始めている。
ミュウも同じところを見ていたようで鼻で笑い、
『まるで........桃香みたい........』
その言葉が心に響く。
このままるうをバトルに巻き込めば最悪の状況になるのでは。
「........」
苛立ちが湧き上がり親指の爪を前歯で痛むほど噛み砕く。
そしてるうが優勢になり始めた頃この空間が歪み始める。
「イレギュラーのお出ましね」
『おやすみ........』
「バトルしてないのに休むな」
小さい体にデコピンをしようと構えた直後視界は真っ暗になり意識が飛んだ。
・・・・
「おーいお前らー授業が始まるから教室に戻れー!!」
屋上の入口から男の先生の声が聞こえてきた。
「ふっ」
思わず思惑通りに事が進み笑ってしまったが三人は慌ててカードを片付けていた為聞こえていなかった。
遊月はデッキをしまってるうに指を指す。
「と、とりあえずるう子!さっきの事は内緒にしててよっ!!」
「?」
当の本人は首を傾げキョトンとしている。次は私に顔を向けてくる。少し眉毛がつり上がり顔が赤くなっている。
「も、桃香もっ!!」
「よくわからないけど....うん」
全く話の内容がわからなかったけど頷くのが一番手っ取り早いはず。
『ばとる~....』
急ぎ足で移動する横でるうのポケットに入っていたルリグは可愛く寝言を言っていた............。
・・・・
放課後をどう過ごすかるうと教室で話していると来客者が訪れた。
「どうしたの遊月?もしかして私とやりたいの?」
「違う。これ見て!」
るうの机の上に置いたのは一つのファッション雑誌。開かれていたページには読者モデルで有名な学生『
私はSNSで名前くらいは頭に入っていたが向かい側でまじまじと雑誌を読んでいる彼女は初めてらしい。
「晶さんと伊緒奈さんがどうしたの?」
「クラスでその雑誌を読んでいる子がいてさ、花代さんが見たらセレクターって教えてくれたんだ。それと、晶って子はここから近い学校に通ってるらしいんだよ!」
「まさか・・・バトルを申し込むと言いたいの?」
「そう!明日みんなで行こうよ」
左腕をグルグル回し興奮する遊月に対してるうは乗る気じゃないようだ。それは私も同じ意見。
「じゃ明日駅のホームに始発が来る前に集合でッ!」
「あ、待って!」
手を伸ばすが遊月は意気込んで雑誌を持って立ち去ってしまった。
「なんでこうなったのかな........」
「........」
手を下ろし悲しい目をする、頭を左手で優しく撫でる。
「大丈夫。絶対にるうをバトルさせないように私が頑張るから。そんな泣きそうな顔しないで」
「........」
今日一日で様々な出来事に見舞われた為すぐには納得出来ず顔をうつむかせ続けた........。
「るう、タマを私に頂戴」
頭から手をそっと離し静かに要求する。
昼間のバトルでルリグに『タマ』と名付けたるうは顔を上げて首を横に振る。
「それは出来ないよ....」
「そのカードを捨てるか渡すかすればセレクターとして戦う必要はなくなるんだよ?それはるうが一番望んでることじゃないの?」
「それでも!タマを........捨てるなんて........」
机の隅でタマはカードの中でバトルで消耗した体力を癒すため眠りについていた。
タマとともにセレクターとしての道を選んだ。彼女は私の言葉を受け入れなかった。
段々と色々な感情が入り交じってくる。
葛藤、絶望、悲痛、悪感情、
これまで積み上げてきた物をこの感情達が粉々に壊し始める。
どうすれば昨日の日常が戻ってくるの?考えろ、考えろ、考えろ........。
目を見開き天井を見上げ答えに辿り着いた。
最初からこの解答しか残っていなかったじゃないか。
「それかぁるうは........セレクターとして身を投じるんだぁ....はは」
顔を下に下げ、瞬きを終えた私の目から光は消えるうを上目で睨む。
「っ!桃香........怖いよ........」
「ふ、ふふっ.......あははははは」
「どうしちゃったの!?桃香ッ!!」
肩を揺らされるが私はずっと不気味に笑い続ける。
「私の願いよりも優先すべき事が見つかったよ」
笑うのをやめボソボソと喋る。
前髪は乱れ右目が隠れ髪の毛が視界に入るが気にせず怯えるるうを見つめる。
「.........ゴミ以下のセレクターなんかに絶対るうを触れさせない.........!」
今まで友人に一度も見せたことのない表情になると、るうは圧倒され机に置いていた右手が小刻みに震えていた。
口元は三日月のように酷く歪み最低最悪の笑顔でこの場を離れた・・・・。
『その感情は憔悴』end
挿絵背景直し忘れてました。すみません。