selector infected WIXOSS―torture― 作:Merkabah
家に帰りソファーに腰をかけるとすぐに怜さんが赤く腫れた右手首に触れる。
「まだ痛む……わよね。 冷やす物持ってくるわ…」
「…………」
私以上に辛そうな顔のまま冷蔵庫に向かう怜さんの背中を遠目で見つめる。
あのフードを被った人の間に割込んできた人物は目の前にいる怜さんだった。
生徒会の仕事が終わり偶然帰宅路を歩いていた時に近道である路地を見かけたそうだ。
不審者は不利と思ったのか現場から逃げていったが、あのまま怜さんが来なかったらバトルが始まっていた。 私は無事にこの部屋に戻って来れたのかな。
考えたくもないが負けていたはずだ。 アンが必死に逃げろと言っていた相手なのだから…。
張りつめていた緊張の糸が切れ疲れが私の身体を襲う。
長い入院後、今の私になってから初めて通う学校に行く時よりも緊張する状況だった。 比にならないのは分かっているが比べておかないと気持ちが落ち着かない。
不審者と遭遇なんて人生の中で一番体験したくないのだから…。
「………眠いの?」
無意識のうちに目をつぶって考えていた私を見かねて怜さんの不安そうな声に気づき目を開け否定する。
「無理しなくていいわ。 今日はもう休みなさい…。 それと明日は欠席して一日家にいなさい」
「犯人が柚をターゲットにしたなら暫く付け狙うはずよ。 そんな危ない中外に出て一人になったら……」
大丈夫だよ。 と言える安全性は全くなく怜さんの言葉にただ俯くしかなかった。
今になり身体が小刻みに震え寒気を覚える。
手首を触れている怜さんの手に空いた手を重ねる。 ずっと触れていたい位暖かい温もり。
「怜さん……ずっと傍にいて下さい………お願いします」
「今更何言ってるの…
もう? あの階段転落事故で無くす前の私を指しているのだろうか。
肩の後ろに手を回し抱きしめる怜さんの胸の中で目を閉じる………。
────────
「やっと眠ったわね…。 柚」
柚の部屋に備えているベッドまで運び布団をかけ怜は寝顔をまじかで眺める。
「…………また一人で苦しんでるのね……でも安心して。 私が守るわ」
『……(この怜という女は柚が最も信頼する人。 全てを卒なくこなす完璧人間。 幼馴染だから柚を引き取る。 というのがどうにも引っかかるのよね……)』
アンの記憶は柚の記録で構築され見た目は。
柚の一番印象に残っている『怜』で出来ている為か口調、動作、発想が瓜二つ。
持ち主の柚は薄々気づき始め、アンに対する態度が少し良くないのはそれだろう。
「盗み聞きはよくないわよ」
『!?』
机の上に置いた一枚のカードへ身体を向け立ち上がり手に取る。
『………やっぱりセレクターだったのね』
「………………ふっ」
「気配を消して侵入したみたいだけど私には分かるわ…
怜の目線はアンとは重ならず背後の物陰から姿を出した人物に向けられていた。
スーツ姿の少女はネクタイを着けずカールのかかった前髪を指でいじっていたが止め軽く一礼する。
「流石怜様…試すような事をしてしまい申し訳ありませんでした」
律儀にも胸に手を当て腰を下げる。
「鍵を渡してるのだから自然に入ればいいじゃない。 アナタも家族なのだから」
「…勿体ないお言葉感謝します」
「ところでこのカード分かる?」
細い指が丁度アンの頭上を覆い、黒い景色が数秒続く。
カードの中にいるとはいえ、疑いを掛けている人物の手元というのは心臓に悪い。
怜華と呼ばれた少女の手に移る。
目の下にクマが少し残り疲れている様子でまじまじと眺める。
「………いえ、存じ上げませんね。 こちらをどこで?」
「柚が最近始めたみたいでね、まだ詳しくは聞けてないけど今日の事件これが関係している可能性があるわ」
柚の記憶にない怜華と呼ばれる人物。
まだ会ったことがないがこの部屋の合鍵を持っている。 怜との関係は深いのだろう。
『(怜はともかく…怜華は柚の記憶にはいない存在……暫くは観察が必要ね)』
扇子を広げ口元にあて顔を上げると怜華と視線が重なった気がしたがすぐに怜と会話を始めた。
『こっちを見ていた気がしたけど……気のせいか』
「こちらのカードお預かりしてても宜しいですか?」
『……!』
驚くアンに対し怜は冷静に「どうして?」と問う。
「あぁ、すみません。 理由を添えずに口走ってしまい。 こちらを参考に情報を集め解析したくて」
「柚に許可を貰ってからじゃないと駄目よ。 あの現場で大事そうに握っていたから余計にね」
「そうでしたか、これは失礼しました。 お返しします」
「代わりにこれを持ちなさい。 クラスメイトから貰ったカードよ」
「流石怜様、お早いですね」
微かに笑みを浮かべる怜華はカードを裏返し怜の手に戻される。
「ウィクロスで今思い出しました。 昔ニュースで話題になってましたがご存知ですか?」
「モデルが宣伝でやっているのは聞いたけど…誰だったかしら」
「怜様の年代に支持のある読者モデルとやらの晶と伊緒奈。 ですがそれではなくですね…」
怜が指しているのは読者モデルの『蒼井晶』と『浦添伊緒奈』のことだが、どうやら違うようだ。
「……自室で自殺した学生の傍にカードと遺書が置いてあり、遺書には『このカードは不幸を招き、幸福は消え去る』と書かれていたそうです」
「物騒ね…。 しかもウィクロスのカードを指した遺書。 そのゲームはお金を賭けたりするものなのかしら」
首を横に振ろうとしたが心当たりがあり留まる。
「信ぴょう性のない噂ですが………。 特別なカードが手元に届きバトルに勝利すれば、願いを一つ叶えられるそうです」
「特別なカード?」
「詳しくは今から調べてみますが、どうやら月咲様が突然ウィクロスを始めた理由がこれと関係しているのでは……。 あくまで憶測ですので真に受けず」
「ふうん………」
『………安心して柚の傍にはずっと私がついてるわ』
「憶測が真実になりうるかもしれない。 常に備えろ。………お父様がよく言っていたわね」 「あの方の教えはとても素晴らしいです…」
挑発的な言葉をわざと発して反応するか様子を眺めていたが二人とも気づことなく、アンを机の上に戻した。
「柚が起きたらまずいわ。 リビングで続きを話しましょ」
「はい。 ……?」
先に部屋から出た怜は振り返り立ち止まる怜華の姿に首を傾げる。
「この部屋カメラは設置してますか?」
「する訳ないじゃない。 プライバシーの侵害に値するし寝るとき以外はいつも、目に見えるところにいるわ」
「………誰かに見られていた気配がありましたが勘違いですかね」
「貴女も多忙で疲れているのよ。 明日は休みよね? 今日は泊まっていきなさい」
「いえお気になさらず。 後は帰りますので」
「………これは私からのお願い。 明日柚の近くにいてくれないかしら」
「はい?……………なるほど」
段々と部屋から離れていくせいで、途切れ途切れの会話に耳を傾けるも聞き取れずアンは唇を噛む。
『………明日丸一日怜華が付いていたら花蓮の所に行けなくなるわね』
つま先立ちし柚の顔を覗きこもうとしたが置かれた場所が悪く首から下に掛けられた布団しか見えない。
諦め地に足をつけ扇子を閉じる。
『どうしたものかしら……』
部屋から完全に離れた二人の会話を聞こえないと分かっていながらも意識を向けると妙な言葉が入り込む。
「そうだった────あの薬切れてしまったけど今日は持ってきてる?」
『薬…? 柚に治療していた時には使っていなかった筈…』
透明なビニール袋に詰めた氷で赤く腫れた腕を冷やしていたのは見たが錠剤や塗り薬は使っていなかった。
「勿論ですいつもの………です」
『っ感じな部分が聞き取れなかった! いったい何の薬なの…』
薬を出す動作に合わせて喋った為に台詞の一部を聞き逃した。
「ありがとう。 珈琲飲んでいくわよね?」
「…お言葉に甘えてさせて頂きます」
声が遠のいていくのを聞き柚と共有している記憶を探る。
『……怜が常時持ち歩いている胃薬位か…わざわざ怜華に頼むほどの事かしら』
『まぁいい…薬よりも花蓮にどうやって会いに行くかが問題ね』
────────────
目覚まし時計がなる前に目が覚めすぐに着替えを始める。
平日のいつもの時間に起床してしまう辺り身体に染みついているのだろうと寝ぼけながら考えていると後ろの扉がひとりでに開きドキッとする。
「おはようございます月咲様」
「ど、どなたでしょうか…」
昨日の件もあり身体が固くなる。
「着替え中でしたか……
ボディーガード…もしかして怜さんが心配して手配してくれた…?
「えへへ…」
「月咲様?」
嬉しくなり頬が緩んでいると怜華さんが名前を呼びかけてきた。
「は、はい! わわわ私は月咲柚と申し上げます!」
「? それはもう知っておりますが…」
「そ、そうですよね! えーと、趣味は…風景画を描いたり……後読書が好きです! 特に推理サスペンスとか…」
『落ち着きなさい柚。 彼女はただ朝の挨拶がてら自己紹介しに来ただけよ』
「あっ…」
机の上にいるアンの冷静な言葉に一人で上がっていたのが今になり恥ずかしくなる。
「よろしくお願いします怜華さん」
「はいこちらこそ…」
お互い頭を下げ先に私が顔を上げる。
次に怜華さんが顔を上げたが顔が見える一瞬鋭い視線がアンへ向いていた気がした。
「朝食の準備が出来ていますのでリビングまでお越しください」
「あっはい! 着替えたらすぐに行きます」
扉が閉まりすぐに私服に着替え、洗面所で顔も洗いリビングに足を運ぶとパンを焼いた匂いが鼻に入りお腹が鳴る。
「フフ…」
「聞こえてましたよね…?」
微笑む怜華さんを見て思わずお腹を押さえたが余計に目立つ行動だと後々気づく。
「昨日辛い体験されたのにお腹が空くのはいい事だと思いますよ」
「………」
無意識で掴まれた右目に掛かった前髪に触れると頭皮に痛みが蘇る。
「思い出したく無かった…ですよね申し訳ございません」
「大丈夫です、折角の料理が冷めるので頂きますね」
椅子に腰をかけ手を合わせ用意された朝食を口に運ぶ。
「……食べながらで構いませんのでウィクロスのお話を聞かせてくれませんか?」
『柚…貴女がセレクターだということは秘密にして、ただ普通にカードゲームを遊んでるだけって言いなさい』
(う、うん…)
カードから忠告され最近始めたばかりの初心者であり、まだ詳しくは把握しきれてないと自然に伝えられた…はず。
怜華さんは眉を寄せ顎に手を当てる。
「最近身近で始めた方はいますか?」
また質問が飛んできたがそれはすんなりと答えられた。
「それだとクラスメイトの日花里さんですね…(セレクターじゃないから名前を挙げても害はないはず)」
「…そういえばお隣のお部屋に住む山吹様はやっていらっしゃるのですか?」
『素直に答えなさい。 だからって全部喋らないでよ』
「昨日聞いた時には先に始めてて色々詳しく話してくれました」
「色々……そうですか」
納得してくれたのか目を閉じたまま席を立つ。
「月咲様は食事を続けてて下さい。 私は暫く街中に行きますので…。 くれぐれも無断での外出は控えて下さい」
「はい…」
『納得してどうするの! 上手く誤魔化して許可を得なさい』
そんな無茶な…。 しかしここで説得しなければ今日一日家に籠るハメになる。 残された日数以内に花蓮さんに会わなければまたゼロからの……マイナスからの人生になる。
「待ってくださいお話があります…!」
「!」
箸を置き右から横切ろうとする怜華さんの腕を掴むと、瞬時に掴んだはずの右腕で手首を掴み返され痛みが走る。
「いたっ…!」
予想以上に力が強く歯をかみ痛みを訴える。
『どうしたの柚!?』
「あ、ごめんなさいっ! 怪我をされた腕を……」
私自身包帯を巻いていたのを忘れるほどの出来事に混乱しているとすぐさま介抱してくれた。
「本当にすみません。 仕事の癖で背後や横から手が出てくると過剰に反応してしまい…今のような事に…。 この救急セット使いますね」
机の上に置いてあった箱を開け新品の包帯を手に持ち私の前で床に膝をつけ巻かれていた右手首の包帯を解き始めた。
「怜華さんは怜さんとは歳が近いのですか?」
「同い年ですが怜様には到底頭が上がりません…。 昔一人だった私を救ってくれた命の恩人なのですから」
「……ご両親は亡くなったとか…ですか?」
包帯を緩め新しいのに取り替えようとした手が止まる。
聞いてはいけない質問だったのだろう。 急いで話題を変えようとしたが怜華さんの口が先に開く。
「父と母は経営していた店で赤字が続き、多額の借金を背負った挙句夜逃げしました……。 その時幼かった私を公園に置いて」
手当する手を見つめていると微かに震えているのに気づき、私は恐る恐る視線だけを動かし表情を見ると険しい顔へ変化していた。
「………神からの手助けなのか翌朝公園に訪れていた怜様が偶然手を差し出してくれました」
「怜さんはやっぱり……その時からすごく優しかったんですね」
入院していた時一番最初に手を差し伸べてくれたのは怜さんだった。
名前しか覚えていない私に寄り添い、今では家族以上に尽くしてくれる怜さん。
「……キツくないですか?」
「はい! ありがとうございます」
「こちらの問題なので頭を下げないでください。 むしろ私が下げなくてはいけない立場ですので…すみません」
お互い顔を合わせ苦笑していると携帯の着信音が部屋に鳴り響く。
「もしもし…はい……はい」
どうやら怜華さん宛に鳴った電話だったようだ。 すぐに通話を終え私の顔を見る。
「急なのですが仕事が入りまして…怜様には一日傍に付いてなさいと言われたのですが…」
「そうでしたか…後は布団で休んでます。 夜になれば怜さんも帰ってくると思うので大丈夫です」
ホッと胸をなでおろした怜華さんを玄関まで見送ることにした。
「それでは何かありましたらこちらまで連絡をお願いします」
丁寧に折りたたまれた紙を手渡しされその場で開くと手のひらサイズのメモ用紙には怜華さんの手書きと思われる携帯番号が記載されていた。
「お仕事頑張って下さい。 それと朝食とても美味しかったです」
「ありがとうございます。 ではまた…」
会釈をし怜華さんは扉を閉めた。
十秒ほどしてから鍵を掛けパーカーのポケットに入れていたカードを取り出す。
「………これで外に出れるかな?」
『怜華が本当に戻ってこないなら…いけるわね』
「それでも花蓮さんとの待ち合わせは夕方だから…横になって休むよ」
何気なくアンから視線を逸らし手首を見て疑問が浮かぶ。
掴まれた時の感覚…どことなくあの不審者と似ていた。 掴まみ方といいどうしてだろうか。
『変わり者ね』
「怜華さんの話?」
『えぇ、柚だったからまだ……良くないけど初対面の人だったら訴えられてもおかしくないわ』
「大袈裟だね…。 あれ? 足音が聞こえてくる…戻ってきたのかな」
扉を挟んだ向こう側からコンクリートを踏み歩く足音が近づいて来る。
微かに話し声も…違う部屋の人が誰か連れて歩いてる? と思ったがピタリと足音話し声が途絶えインターホンが玄関に響き渡る。
『…出るの?』
「郵便の人かもしれないし対応しないと…」
ロックを外しドアノブを回そうとした矢先、先に回され勝手に開けられた。
「……どうも月咲柚」
「も、桃香さん? どうしてここに……それに花蓮さんまで…」
いつものコートを今日は乱れて着ている桃香さんと目が合ったがすぐに逸らしてしまい不審がられてしまう。
………尖ったナイフを突き立てられたみたいに鋭く睨まれた恐怖で合わせられない。
「どうした? ……あぁ花蓮が髪を結んでないのが変か?」
「違うじゃろ。 お主が怖くて背けたのじゃ」
肩を竦め「いつも通りだけど?」と覇気のない声質で答える。
「それでご要件は…」
「………単刀直入に聞く。 ────花蓮を殺したのはお前か?」
「────えっ?」
「聴こえなかったならもう一度言うぞ…」
「い、いえそういう訳じゃありません…というより」
一瞬冗談を言っているのかと二人の顔色を伺うが……。
「お主は今目の前にいると思っているじゃろうが、花蓮の意思は…昨日殺されたのじゃ」
昨日確かに夕方に会って話をしたが疑いを向けられる行動はしていない。
「柚が犯人ではないとパートナーであったワシが幾ら言っても言う事を聞かず、此奴は部屋まで尋ねてきたのじゃ」
会話の内容についていけず思わず手を挙げる。
「あの! ……整理させて下さい」
「構わないが、ここじゃ時間が無駄になる。 セレクターバトルの
『オープンの掛け声で展開する…知ってるわよねぇ?』
桃香さんがずっと指に挟めていたカードから背筋を指でなぞられたような薄気味悪い声が聞こえ思い出す。
昨晩アンが私に教えてくれた手順と同じだったが…。
「………待ってください! 私が桃香さんと戦う理由は無いはずです…犯人じゃないって花蓮さんも言ってるのに」
「月咲、別に決めつけてる訳でもないし疑ってる訳じゃない。 ただこの怒りをバトルで解消したいんだ」
『人に頼む内容が酷いわよ桃香』
「充分承知の上でのお願いですよ。 このままじゃ犯人をバトルじゃなくて直接やりたくなりそうになるんでね」
冷静なフリをしながらもカードを持たない手の甲は皮が擦りむけ血が滲んでいる。 ……壁を何度も殴った跡に違いない。
しかし仮バトルを受け桃香さんが勝てば私はコインが無くなり記憶を失う。
………花蓮さんが死んだと言ったのは記憶が消えたから? それでこんなにも雰囲気が変わるだろうか。
「さぁ構えろ」
「まず部屋に上がってください。 ここでは目立つでしょうから…」
『ふふっ焦らすわね…』
怜さんに連絡してから上げるべきなのだろうけど状況が状況だ。 これが終わったら伝えておこう。
「お邪魔するぞ」
「あの~…ひなっちを起こしてきたけどどうしたらいい~」
二人の隙間からまだ寝ているパジャマ姿の日向さんを背中に担いだ日花里さんが困った顔で覗かせた。
「日花里さん…それに日向さんまで!」
「ゆずっちぃおはようっ! いきなりこの人達がゆずっちの家まで案内しろって脅してきてさぁ~」
「校門前で待機してて通りかかったアンタが花蓮の知り合いだったから声を優しく掛けただけだ。 違うか?」
「どこが優しくだ! 胸ぐら掴んできた癖に!」
「? そんなことしてたか」
私の隣に並び腰に手を当て口をへの字にしていた花蓮さん?に問いかける。
「胸に手をあてよぉく思い出すと良いじゃろ」
「なら大丈夫だ。 心当たりがないから」
「うぐぐ…ひなっちを抱えてたから助かったね!」
「そういう台詞を吐くやつに限って何もしてこないのがオチですよ日花里さん? 優しさとして受け取らせて頂きますね」
「人をイラつかせるのが好きなの!?」
こちらからでは桃香さんの背中しか見えないが日花里さんが眉をあげ怒ってる姿が目に見える。
「あの…桃香さん機嫌が悪いんですか?」
「いいや、いつもの悪い癖じゃ。 誰これ構わず人を煽るのはやめろと花蓮にも言われておったのじゃが…」
なるほど。 失礼かもしれないが性格に難ありの人なのか。
「まだかかりそうじゃからワシは先に行っとるぞ。 柚案内をよろしく頼む」
「はい…でも玄関で喧嘩されてるのも周りに迷惑がかかるので止めます」
「そうか。 なら手伝うぞ」
手を開いて閉じて開いて閉じてを繰り返し最後には握ったまま桃香さんの頭に落下した。
────────
リビングに移動し日向さんをソファーで寝かせるとその姿に呆れながら桃香さんが口を開く。
「今は授業時間なのにいつもこうなのか?」
正面にあるテレビの傍に置いていたデジタル時計に目をやると『9時17分』を表していた。
「最近までは遅刻ギリギリに学校に来ていましたけど…勉強して疲れているのかもしれません」
「無理に勉強すると疲れるからね~アタシ分かるな~」
「はいはい。 日花里さんはすごいですね~」
また口喧嘩かとウムルさんは頭を抑える。
まだ眠っている日向さんが連れてこられた理由はセレクターに選ばれたからと簡単な訳だったけど無理に外に出さなくても良かったのでは…?
「やめんか! …ごほん。 本題に入るが準備は良いか?」
花蓮さんの口調が先程から気になって仕方が無い。 バトルに集中出来ない。
「五分だけ時間を下さい」
「その時間で何が出来る?」
四角いテーブルを挟み桃香さんの横に立つ花蓮さんが腕を横にあげる。
「まぁ待て桃香。 その時間だけで足りるのか? 遠慮せず………」
「はい。 頭の整理は…そのバトルの場所でします」
「分かった、大方質問責めされるのは目に見えておったからの」
日向さんを除いた四人が立ったままだったが今の現状が分からない日花里さんはカーペットの上に
桃香さんも「勝手にしろ…」とボヤき頭をかきながら窓際に近づき外の景色を気難しい顔で眺めていた。
残された私達は対面したまま話を始める。
「ありがとうございます。 花蓮さん」
「うむ。 まずワシはもう花蓮ではなくウムルじゃ」
「うむる…? 変わった名前ですね」
「ウムルって花蓮さんが使ってたカードの名前じゃん!」
「日花里の言う通りワシはウィクロスのカードで存在する『ウムル』その者じゃ」
「それではウムルさん…花蓮さんが死んだと言うのは…」
顳顬を指で叩き簡単に整理する。
花蓮さんの身体は見たところ怪我は無く性格だけが変化している。 まるで違う人格が入り込んでいるかの様に…。
『 ………単刀直入に聞く。 ────花蓮を殺したのはお前か? 』
バトルに負けた。 その代償は……その身体の持ち主の意思が消える。 即ち………死
「あ…」
「理解出来たか? 花蓮が死んだと言った訳を」
「……そんな。 どうして黙ってたの…アン!!」
『………………』
「そう責めるなよ、ルリグの世界にも規則が有ってな」
カード出し扇子で顔を隠すアンを問いつけようとしたが桃香さんが窓から視線を外し横に入る。
「規則ってなんですか…」
「詳しくは知らないが知りたくもないが、行き過ぎた行動をとるとルリグにペナルティが与えられるらしいよ」
「…………ペナルティが怖くて負けて意思が消える事も教えないんですか。 随分勝手すぎませんか?」
「人なんて最後には自分しか考えないからな。 お前もそうだろ? 今真っ先にアンにあたったのは恐怖を紛らわす為、怒りをぶつける手頃な奴が手元にいたからだろ」
『うふふ…貴女とマスター随分距離を感じるわ』
『余計なお世話よ…柚が心を開いてくれなくても私は構わない。 ただ守るだけの存在だから……』
『お姫様を守る王子様の気分を味わっていたいのね! ……………反吐が出るわ』
『ふん…勝手に思ってなさい』
ルリグ同士で不穏な会話が続いている。
「………それを言うなら桃香さんも自分勝手が目立ちますね」
「ほぉ私を挑発するか?」
最後に残る疑問。 それは何故私が桃香さんに指名されバトルをしなくてはいけないのか。
普通に聞いては教えくれなそうだと思いこの行動にかける。
「花蓮さんを殺した犯人じゃない私とバトルだなんて…初心者狩りをしないと言ったのは嘘ですか?」
「ゆずっち…?」
「自分で初心者アピールか…それじゃすぐに記憶を無くすな。 言っとくが私はお前に期待してバトルを申し込んだ」
「…………」
「犯人探しに見合った力があるか視るためにお前とバトルする。 ……それと花蓮がお前に渡したかった日記を取り戻す」
「日記……」
「花蓮はの…」
目を閉じたままのウムルさんに視線が集まる。
「昨日お主と別れた後、ワシに『日記を今日持っていこうか』と持ちかけてきたのじゃ」
「このマンションの場所が分からないのに…?」
そういえば連絡先を別れ際に交換していた。 もしかしてあの公園で待ち合わせを考えて…。
「晩に外に出て公園で連絡しようとした矢先…黒いフードの奴が現れ柚の写真をチラつかせて脅してきたのじゃ」
「黒いフード…!」
「心当たりがあるのか」
右手首の怪我を見せながら三人に状況を全て説明する。
「こわ~…ゆずっちが無事でなによりだよ~」
頬ずりし頭を撫でてくる日花里さん。
線が繋がったのかウムルさんと桃香さんが顔を合わせる。
「どうやら…月咲を狙った計画性のある犯行だな」
「うむ。 日記を盗んだ理由が分かったのう」
中身を知っているのは記憶をなくす前の私だけ…のはず。 今となっては花蓮さんにも聞けない。
私のせいで花蓮さんが黒いフードの人物にバトルを挑まれ負けた。
「……私が花蓮さんを」
「おい、それ以上は口に出すな思うな」
日花里さんを引き剥がし右手で頬掴まれる。 力が込められ痛む。
「責任を感じて一人で動くなよ? 私達からにしてもお前は貴重な存在だお前まで死なれたら重みが増す」
感じないわけがない。 もう花蓮さんはどんなに願っても戻ってこない。 昨日優しく気さくに話してくれた花蓮さんは……。
この瞬間無くしていた記憶が色の無いまま蘇る。
昨日訪れた公園のベンチ花蓮さんが慰め胸の中で私を励まし頭をずっと優しく撫でてくれる姿。
昔もあの人に頼っていたのだろう…その支えがあったからこそ………。
「………っ………うっ………! ごめんなざい…………」
気づけば目尻が熱くなり涙がこぼれる。 必死に喋ろうとするが呂律が回らない。
唖然とした桃香さんだったが頭の後ろに手を回し胸元に私の顔を押し付けた。
「花蓮をそこまで思ってくれたのは心の底から感謝するが他人のお前がそこまで泣くな」
「………お主の姉は誰からも愛されていたのじゃ」
「ったく罪作りな女だ……」
五分以上時間が経っていたが誰もその事には触れず私が落ち着くまで皆静かに待っていてくれた………。
────────────
夜になり怜さんが学校から帰宅し着替えを終えて手首の様子を観察する。
「怪我は大丈夫?」
「うん、怜ちゃんの顔を見たら更に良くなった気がする」
腕を回し元気をアピールしたが「悪化するからやめなさい」と止められた。 その表情は笑っていて私もつられる。
「いい事があったの?日花里と日向が休みだったからまた看病に来たのかしら」
「うん! ……えっとそれでね怜ちゃんに話さなくちゃいけないの」
「食器割ったとか?」
「ち、違います! ………ウィクロスってカードゲームを日花里さんや日向さん達とやり始めたんだ…」
ずっとお世話になっている怜さんに隠し続けるのはいざという時説明していないとマズイと思い、これまでの経緯を全て事細かく話している間ソファーに腰掛けながら真剣に怜さんは聞いてくれた。
話が終わると怜さんはカップに入れていた冷めた珈琲を口に運び飲み干すと一息つく。
「………それで今日は桃香って子とバトルして柚が勝ったんだ。 凄いわね初心者なのに…才能があるのね」
「桃香さんと花蓮さ……ウムルさんも同じ事言ってたよ」
「そこは胸を張っていいと思うわ。 流石柚ね」
頭を撫でられ少し恥ずかしくなるがこれは学校のテストでいい成績を取ったとは全く違う事を思い出す。
顔に出たのか手が止まり名前を呼ばれる。
「柚が正しいと思った道を歩きなさい」
「もし誤った道を選んでそこを歩いたなら、いつでも私が後ろから駆けつけるから」
「………うん」
「悩みがあったらすぐに言いなさいよ。 家族なんだから」
「ありがとう怜さん………いたっ」
デコピンされ呼び方を間違っていたと自覚する。
「怜ちゃん」
「よろしい。 ご飯にしましょ。 手を洗ってきなさい」
返事をして手洗い場である方へ脚を回す。
背中越しで怜さんが微笑んでいると勝手な妄想をしながら足を踏み出す…………。
────────────
翌朝、平日の起床時間に起きて私服に着替えリビングに顔を出すと制服姿の怜さんがエプロンを外しこちらに気づく。
「おはようございます、今日は日曜日ですよね?」
「おはよう。 仕事が残ってたから終わらせてくるわ。 お昼前までには戻ってくるから」
「うん、気をつけてね」
「了解、せっかく外は晴れてるし午後は買い物に行こうかしらね。 柚もどう?」
ソファーに座り持ちかけられた話題に頷くが不安があった。
「外に出て大丈夫かな…」
「私の側から離れなければ大丈夫よ」
「わわっ怜ちゃん!?」
後ろから怜さんの胸が背中に密着したのは良かったが左腕が前に回り何故か空いた手で頭を撫でられる。
「ふふっ女の子同士のじゃれ合いだから気にしないの」
「き、気になるよ…」
パッと離れ「行ってくるわ。 戸締りよろしくね」と言って足早に部屋を後にした。
『………楽しそうね』
「アンおはよう」
ポケットに入れていたアンが低い声を出す。
『ウムルが昨日言ってたでしょ、アナタの身近な人物の中に犯人がいるかもって』
「そうだけど、怜さんは関係ないよ。 ウィクロスだって昨日初めて知ったみたいだし」
『………』
どうしてそこまで疑うのだろうか。
『提案があるのだけど聞いてくれる?』
──────────『家族/修復と亀裂』