selector infected WIXOSS―torture― 作:Merkabah
『その出会いは運命』
これは私『
────────────
───気づいた時には無我夢中で走っていた。
全身から吹き出す汗も瞳から零れる涙も一切気に掛けることなくただがむしゃらに両腕を前へ後ろにと全力で振りながら真っ暗闇を走り続けた。
しかし、いずれ限界が訪れる。
私の膝は鈍器で殴られたかのように、ガクッと折れる。
地面に手をつけ息がこれまでに無いくらい乱れていた。
.........見つけた。
耳元で囁かれた怒りと恨み、負の感情が全て篭った少女の声に全身に寒気が走る。
まるでこの世の者では無い存在に恐怖に震え、歯と歯が何度も重なりカチカチと音を鳴らす。
私の意思に反して首は無理やり曲げられ得体の知れない真っ黒い影を直視してしまった。
その影は私の妹『桃香』に擬態していた。 そして顔の一部である口が一言吐き捨てた。
────臆病者が。なんでお前だけ生きてるんだ。
『selector infected WIXOSS―Retrieve―』
........................
「.........? 花................!花蓮!!」
「っ!!?」
大きな声が頭に響き渡り私の目が覚めた。
辺りを見渡して今の状況を整理しようとしたが目の前に見覚えのある顔が私を見つめていた為整理出来ずに終わる。
「花蓮が居眠りなんて珍しいこともあるだねー。呼びかけても起きないから心配したよ」
ポニーテールの少女は机の上に肘を置きニヤニヤしながら指で私の頬つついてくる。
「ち、ちゅかれてたかふぁ...」
「ふーん。昨晩は何に悩んでたのかな~?花蓮?」
指の動きがねちっこくなり手で除け再度少女の姿をよく見る。
『黒澤ゆらぎ』
同じクラスメイトで私がこの中学校に転校してきてからずっと同じクラスで一番親しいと言っても過言ではない人。
ムードメーカーでいつもゆらぎちゃんに助けられているが今はやっている側に回っている。
「まぁ花蓮もモテるから悩み事はいっぱいあるか。もう放課後だし帰ろっ」
「モテるだなんて...。誰情報?」
「え、...本気で言ってる?月に一回は下駄箱にラブレター入ってるのに!」
また弄られそうになったところでゆらぎちゃんの後から一人の男子がコツンと頭部に拳骨を落とした。
「
「真子は用事があって帰ったのは知ってるでしょ。私は真子一筋だから!」
溜息混じりに吐いた言葉にすかさず反応したが返した言葉は聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
「いやいや。何もそこまで聞いてねぇよ。水無月もたまには強く叱った方がいいぜ?」
「その役割は
「ふっふーん!花蓮は既に私のものだよ!!」
「ものってお前...。ってさっきは尽白一筋って言ってたろ!」
二人のやり取りを見ていると昔妹と軽い口げんかしていた時の記憶が思い出される。
夕方に差し掛かろうとしている窓の外に視線を移し目を閉じ顔を思い浮かべる。
「......(あの子にもう二年近く会ってないのか)」
ゆらぎちゃんと樹くんの様なやり取りはあまりなかったがふと妹の姿が頭に思い浮かぶ。
髪に赤いリボンを左右に付けている女の子。
(桃香ちゃん...。元気にしてるかな)
........................
「それじゃまた明日ー!」
ゆらぎちゃんと樹くんと別れ私は帰宅路とは違う道を歩いていた。
歩いている人は私だけだがもう少し行けば人通りに出る。
「そろそろマフラー出そうかな。...ねウムルさん?」
『......何故ワシに聞くのじゃ』
制服のポケットから少し低い声の女の子が疑問の声を上げた。
デッキケースごと出して喋っていたカードを抜き取る。
本来イラストが描かれている枠の中で黒いマフラーを巻く金髪の女の子が腕組み横目でこっちを見ていた。
『何度も言うがワシにはそっちの世界の感情はまだ理解出来ておらんのじゃ』
「知ってるよ」
『なにッ。 ワザと問いかけたのか!?』
「うん。 ウムルさんの反応が面白いから」
『うぬぬ...。 花蓮よ、この所ワシをコケにする回数が増えてきて信用出来なくなってきたぞ...……』
「あ... 気を悪くしたなら謝る。 ごめんなさい」
『うむ。 気にすることは...』
「よかった。 それじゃカード屋に再出発しよー」
『切り替えが早すぎじゃ!!』
実を言うと今のウムルさんの言葉に本当に申しわけないと感じてはいた。
元々臆病者で気が弱い私はいつも困った事がある度妹に頼ってばかりだった。
離れて生活する今、頼れる人が身近にいないからこそ自分の弱い部分を改善していかなればと行動している。
お陰で周りにはよく接してもらえて少しは改善したと感じている。
移動しながら手に持つウムルさんのカードに問いかける。
「...ねぇウムルさん。 私...あの頃より強くなれたかな」
『......そうじゃの。 お主は日々成長しておる。 それも周りの友と家族のおかげじゃろ』
「ウムルさんにも感謝してるよ」
照れ隠しでウムルさんのカードに唇をそっと重ねる。
『ま、前を見て歩かぬか!!』
お互いに顔を赤くしながら目的地の店へと足を運んでいく............。
........................
「ごめんねウムルさん。レベル4のカード買えなくて...」
ショップを出て手に持つカードに軽く頭を下げる。
『カードとやらの価値がよく分からぬ。本来ならばワシらの様にセレクターバトルをしないのだろう?』
「そうだけど、やっぱり強いカード程価値があり需要があるから高くなるみたいだよ。 でもあれだけのお金を出したら...」
『なんじゃ?』
「......そこの牛丼屋さんで並盛何杯頼めるかって考えると、ね?」
『背に腹は変えられぬとは言うがちとな...』
トボトボと道を歩いていると薄暗い道路の横断歩道を渡っている車椅子が目に入った。
歩道の信号は青から赤に点滅しようとしおり車椅子の人はまだ中央付近。
脳裏に焼きついている嫌な思い出が微かにフラッシュバックされたが身体は勝手に地面を蹴り、走り出していた。
『ど、どうしたのじゃ?そんな血相変えて』
「ごめんウムルさん後で説明する!」
ウムルさんをポケットにしまい車椅子の後ろに辿り着きハンドルを握る。
「手伝いますので左右に強く捕まってて下さい!」
「えっ! は、はい」
信号が赤になったが直ぐに渡った為車側にも迷惑をかけずに済んだ。
「はぁはぁ............。 結構揺れましたよね...。 怪我とかは大丈夫でしたか........」
膝に手をつけ息を整えながら顔を上げた。
そこにいたのは銀髪でショートヘアの女の子だが、ドレスの様な衣装の事もありまるでお人形さんで可愛らしく綺麗だ。
「かわいい...」
「? あの、ありがとうございます。 このご恩は忘れません」
思わず見とれていたが慌てて我に返り首を横に振る。
「そ、そんな大したことはしてないので気にしないでください!」
視線を少し下ろすと女の子の膝の上には折りたたまれた日傘が載っていた。
これを落とさずに移動するには大変そうだ。
「それでは...」
「待って!えっと......ご迷惑じゃなかったらお家まで送りましょうか...?」
その一言を聞いて数秒間、女の子は口を開いたままぽかーんとしていた............。
....................
後から車椅子を押しながら彼女の自宅までの道をゆっくりと進んでいた。
「『
「う、うん、それがどうかした?」
そのカードゲーム名が上がるといつも『セレクターバトル』を連想してしまう。
誤魔化すのが下手な私は平常心を保ちながら話を続ける『ブレ』と名乗った女の子に耳を傾ける。
「女子中高生の間で話題になっているそのウィクロスで、ある噂が広まってるのですが......分かりますか?」
「勝負に勝ち続ければどんな願いでも叶う。............ってざ、雑誌で読んだ!」
相変わらずこういう場面で嘘をつくのが下手な自分が少し情けなく感じる。
「フフッ。花蓮さん
「そうそう私も................あ」
「やっぱり...というのは嘘ですがカマをかけてみただけです。花蓮さんは分かりやすい方なので」
凄く楽しそうにこちらに顔を向けて微笑んでいるが私はワタワタと焦っている。
この場でブレちゃんにバトルを挑まれたら勝てる確率がほぼゼロだからだ。
感づいたブレちゃんは口角を上げ更に追い打ちをかけてくる。
「早速バトルしましょうか。花蓮さんはモチロン常に万全の状態ですわよね?」
「あは、あはは! ももももちろん!!
おっオープッ!?」
ガリッと舌を噛んだ感触にあい痛みにこらえきれずしゃがみ口元を押さえる。
「大丈夫ですか? あの...全部ご冗談だったのですが............申し訳ありません」
「ふぇ!ジョウダンッ!?...…はぁ。 ならよかったぁ」
緊張していた肩の力が抜ける。
「本当にごめんなさい。立てますか?」
「えぇ、心配しないで(演技が上手過ぎて冗談には見えなかった)」
立ち上がりスカートについた砂ぼこりを手で払いブレちゃんの車椅子を押し進める。
「話を戻しますと、............強い願いがある者の手元にルリグが訪れ勝負に勝ち続ける事によって願いを叶えてくれる。花蓮さんはこの噂全て鵜呑みにしてますか?」
「信じ難いけど目の当たりにした後だと信じるしかないかな...」
「................見えるものが全て真実ではありません。見えないものにも隠れた真実があるかもしれませんよ?」
「?どういう意味...」
「花蓮さんのルリグはどこまで知っていますか?」
先ほど乱暴に入れたポケットに手を入れカードを出す。
『ワシはこの盤のルールは全くわからん。何を考えて生み出したのかサッパリ読めん』
「えっーと。ウムルさんは全然知らないって言ってる」
「ウムル...!」
「?」
名前を口に出してブレちゃんは口元に手を当ててブツブツと聞き取りづらいが何か呟いていた。
「花蓮さん。このバトルの裏側の全てっとまではいきませんが。 少しでも知りたくはありませんか?」
『教えるのじゃ!』
「ウムルさん今は私が質問されてるから。......良かったら話してくれないかな。ウムルさんも私の所に来る前の記憶がないみたいだし」
足を止め道の端に寄りブレちゃんの前にしゃがむ。
「まずは............ウムルともう一人タウィルはきっと彼女......『
『タウィルじゃと...!?』
「知り合い?」
いつも冷静なウムルさんの顔が驚きに変わった。
『知り合いも何も...あやつとは昔からの...そのお主らの世界でいう『友』じゃ!』
「友達かぁ...。 繭って人はどんな人でどこにいるの?」
「このセレクターバトルを考え生み出した親。ですが、こっちの世界にはいませんわ。 ........どこか私達人間が簡単に立ち入ることが出来ない、真っ白な広い部屋で一人佇んでいる方です」
「(繭だけに繭の中にいたりして)じゃなくて。 ちょっと待って。 ............ブレちゃんもしかして。 繭に一度会ってる?」
ピクッと右手が動いたのを見ていると息を吸い吐き出した。
「その通りですわ。 私は元々ルリグです。 この身体は元は違う人のです」
「............うん?」
頭が混乱しかけている。 ブレちゃんは元々ルリグで身体は違う人の。 じゃあ本来の持ち主はどこへ?
「このゲームの裏側が見えてきましたか?」
「んんっ。 ブレちゃんとセレクターの人はバトルに勝って願いを叶えた。 その願いは人格の入れ替わりってことだよね?」
「いいえ。 勝負に勝っても絶対に自分で願いは叶えられない。 何故なら................」
「願いを叶えるのはルリグだった人格なのですから」
冬に近づく風を今この瞬間全身で感じ味わった。
それ以上に冷たい現実を突きつけられ私は硬着状態になる。
『なんじゃその理不尽さは?』
「繭の目論みは理解できませんが花蓮さん。 このままセレクターバトルを続け夢限少女になれば今度はアナタがルリグとなり、違う少女の元で闘いに身を投じなければならない。 それでもまだ続けますか?」
ブレちゃんの目は真っ直ぐに私を捉えている。嘘をついているわけがない。むしろ私に警告をしている。
私の願い、『桃香ちゃんに会ってちゃんと謝りたい』。私ひとりでは出来ないとあの日家を出てからずっと思っていた感情。
「私は........」
今すぐ誰かにすがりつき助けを求めたい。
それではいつまで経っても危険な橋を前に立ち尽くす子供のままだ。
「私は............!」
「セレクターを続ける。 ........でもバトルは絶対にしない!」
『なん....じゃと?』
「どういう意味ですか?」
二人がぽかーんとしている。
「私の願いは妹の桃香ちゃんに会って謝りたい。 今の私が行ってもまた逃げるかもしれないからウムルさんにも付き添ってもらいたい」
「逃げ出した自分を戒める為にもウムルさんは必要不可欠だから...セレクターを続けるよ」
『勝負を避けるのは可能なのか?ブレとやら』
ウムルさんの声はブレちゃんには聞こえていないはずだがカードを見つめながら答える。
「あのフィールドが開くのはお互いの合意ですから花蓮さんが拒否すればどうにかなるでしょう。 けど........」
「何だかそれじゃ逃げてるみたいだね........やっぱりバトルをして強くならなきゃ駄目かな」
『なんじゃなんじゃ。 お主は頭が硬いのう。 何もバトルをしなければ弱者と決まった訳ではあるまい』
ため息混じりのウムルさんの言葉に顔を上げる。
『いつもお主の傍にいるワシが強者か弱者よぉーく見極めてやろうぞ。 じゃから花蓮。 そんなに自分を責めるでない』
「ウムルさん........。 うっ」
弱っていた心を包み込む言葉に右目から一粒の涙がカードの上に落ちる。
『か、カードを濡らすでないぞ!!』
「ううっありがど............」
ポケットからハンカチを出そうとした時目の前に白い布が出される。
「どうぞ、使ってください」
「ごんどは........私が助けられだね...」
「お気になさらず。 それとここも貸しますわ」
トントンと自分の胸を叩き手を広げる。
きっと私の方が年上なのにブレちゃんの胸を借りて泣いていた............。
............................
涙が止まるまで待ってくれたブレちゃんを家の前まで送り立ち去ろうと振り返ったが呼び止められ門の前で待っていた。
「ブレちゃんってやっぱりお嬢様だったんだ...通りで綺麗なわけだよ」
『ワシは花蓮も可憐だと思っておるが』
「今日は寒いなぁ。日本じゃなくてここは北極だった?」
『....................』
話しながら待っていると前方から車椅子を扱ぎながらブレちゃんが来てくれた。
「お待たせしましたわ。 これを」
手渡しで貰ったのは何の変哲もない白い封筒。
中は軽く手紙でも入っているのかな?
「これをポストに投函してくればいいの?」
「花蓮さんにそんな失礼な事しませんわ。 ........どうか道を踏み外さず突き進んで下さい」
「?ありがとう...」
「お礼を言いたいのはこちらです。 本日はありがとうございました」
頭を下げられ慌てて首を横に振る。
「かかかおを上げて! お嬢様に頭を下げさせたら私の頭が一生上げられなくなるから!!」
「花蓮さんはやっぱり面白く優しい方ですね。 また会ってくれますか?」
笑顔を見せ右手の小指だけを立てる。
「もちろん!」と頷き、同じ動作をし指を重ね指切りを交わした............。
........................
親戚の家に帰宅後、封筒の中身が気になり封を切ると中に入っていたのはウィクロスのカード。
『レベル1から4のタウィルのカードのようじゃな。 ブレとやら中々分かっておるのう』
上機嫌なウムルさんの声に微笑みながら封筒を逆さにして中身がもうないか確かめているとまだ残っていたカードがテーブルの上に落ちる。
「?」
表面にひっくり返すと何も描かれていない空のカード。
名称不明。カード効果も何も無い。
エラーカードかと思いウムルさんの隣に並べ鞄からペンを取りだそうとしたが、突然名前表記に四角が光り出し、ゆっくりと浮かび上がる文字。
「タ、ウ、ィ、ル........タウィル!!?」
驚きのあまり立ち上がり口がぱくぱくと金魚のように動く。
『タウィルのカードならさっき見たじゃろ』
「ち、違くてこの空っぽのカード名が『タウィル』って表記に...!」
すぐさま手に持ちウムルさんに見せる。
ウムルさんも同じ反応をし首に巻いているマフラーが荒ぶる。
『お、お主何をしたのじゃ!!』
「エラーカードで使い道ないからウムルさんの似顔絵描こうと思ってた下心しかなかったです!!」
『成程。見栄えよく描くのだぞ........じゃなくて!』
口論しているとウムルさんの動きが止まる。
どうやらカードにまた変化があっただろう。私も気になって表面を見直す。
『............だれ?』
「........たうぃるさん?」
どうして私の手に二枚のルリグカードが......これも運命なのかはたまた繭のシナリオ通りなのか。
お互いに顔を合わせながら時は過ぎていった............。
『その出会いは運命』end