早朝、朝日が東の空から昇り始めたのを1人の少年が今にも崩れそうなほど、ボロボロのビルの屋上から見ていた。
「『ユリ』、反応は?」
『東南東の方角、直線距離にして約200km地点から無数の反応があります』
声が聞こえるが、その場には少年の姿しか見えない。その声は少年の胸ポケットに入った端末から聞こえていた。
「分かった。それじゃ行くぞ」
『……紫陽、本当にやるのですか?』
その場から立ち去ろうとした少年を、端末から響く声が止まらせる。少年はそれに当然の事のように返答をする。
「当たり前だ。俺は、必ず月面軍をぶっ潰す」
『……了解致しました。それでは発進準備をしてお待ちしています』
この少年は自分の考えを簡単に変えることは無いだろう。端末から響く声はそう判断すると、ただ少年に従った。
端末が沈黙すると、少年は再び歩み出す。
「俺は…必ず……」
呟き、少年はその場から消えた。
*****
日本国首都、東京。そこには地球防衛機構日本本部。通称、防衛軍の基地が存在していた。
「センパーイ!」
その防衛軍のFA専用の倉庫。その中の第2倉庫では、薄桃色の髪を靡かせて1人の少女が大声を出しながら走っていた。
それはある目的の人物を見つけるためであり、その甲斐もあって少女は目的の人物を視線の先で見つけることが叶う。
「見つけましたよ!」
ビシィッ!と荒い息を吐きながら少女が指を指した先には1人の男が居て、FAの腕に座り、タバコを吸っているところだった。
「ん?エリカじゃないか、どうしたんだ?」
エリカと呼ばれた少女は、少女自身が先輩と呼ぶ男に向かって目を輝かせ、詰め寄る。
「先輩に専用機が出来たって噂、本当ですか⁉︎」
「ああ、その話か。本当の事だよ。昨日の夜、届いたところだ」
「うわあ〜、良いなぁ〜。さすが100機潰しのロイズですね!」
「おいおい、その名前で呼ぶなって…。恥ずかしいんだからよ…」
先輩と呼ばれた男。ロイズはタバコを咥えたまま、恥ずかしそうにボリボリと頭を掻いて苦笑する。
ロイズは防衛軍日本本部に所属するエースパイロットの1人であり、エリカはその後輩であった。
タバコの火を消したロイズはFA…『SA-16 スティレット』から飛び降り、固い床に着地する。
地面に降りたロイズにエリカが即接近して専用機の話をせがむ。
「ね、ね、先輩。専用機ってどんな機体なんですか?」
「うーん、何というべきかなぁ?カッコいい機体なんだけど…」
「カッコいいんですか⁉︎見てみたいです!どこにあるんです?」
「確か今は第6倉庫に運ばれてる筈だが…」
「見に行きましょう!ねっ?」
興奮してロイズの腕を抱き締めるエリカの豊かな胸の感触が伝わり、ロイズは咄嗟に顔を背けた。歳が10以上離れているが、ロイズも男である。若く可愛らしいエリカの事を少なからず意識してしまっていた。
だが、当の本人であるエリカは全く気にした様子……いや、気がついた様子はなく、中々言い出せないのが現状だった。
(ああ、幸せだが後が怖い……。男とは何とも悲しいものよ………)
ロイズとエリカ両名が所属する第1独立FA部隊は地獄のような厳しい訓練を受け、卒業した者のみが所属できるエリートパイロットだけの部隊であり、その中の紅一点であり、男どもの癒しであるエリカにこうして肉体的接触をされていたという事実が波乱を巻き起こすことは間違いない。
ロイズは後で嫉妬に狂った男隊員たちによる、報復を想像すると、人知れず心の中で涙を流した。
エリカは単純に尊敬すべき先輩としてロイズを見ており、経験談や専用機に関する事を知りたいだけなので2人のすれ違いは止まらない。
2人は内心で壮絶なすれ違いを起こしたまま第2倉庫をでて倉庫移動用のクレーンに乗る。
このクレーンは、階層が違う倉庫などに自動で移動することが出来るエレベーターのようなものだ。
そして、クレーンに乗り込んだロイズが第6倉庫へ向かうボタンを押そうと画面に手を伸ばした時だった、
ビィーッ‼︎ビィーッ‼︎ビィーッ‼︎ビィーッ‼︎
基地に設置されている全てのランプが緊急時を意味する赤に点滅し、天井のスピーカーからは警報が鳴り響く。
『総員に告ぐ!基地南部の海底から敵性FAと見られる無数のエネルギー反応が検出された!総員第1種戦闘配置に着き、パイロットは
警報と共にスピーカーから流れた総司令官からのメッセージを聞き、ロイズは第1倉庫に向かうボタンを押す。即座にクレーンは動き出し、第1倉庫へと向かい出す。
「きゃっ⁉︎」
急に動き出したクレーンにエリカがよろめき小さく悲鳴をあげる。僅か10秒ほどで第1倉庫に到着したクレーンから降り、倉庫内を2人は駆ける。
2人の目的は自身のFA。指令通りならそのうち他の隊員も集まって来るだろう。
エリカの目的の物はロイズの物よりも手前にあった。
「先輩、先に行きます!」
「分かった!」
駆けていくロイズを見ながらエリカは自身のFAに掛けられている梯子を登って胸部にあるコックピットに乗り込み、シートベルトを締める。
エリカは自身のパイロットスーツの胸ポケットからUSBメモリーにも見える機器を取り出すと、操縦桿の下にある穴へ深く差し込んだ。
『ピピッ…。………パイロットノ搭乗ヲ確認シマシタ。命令ヲドウゾ』
FAに搭載されているAIがメモリの情報と、コックピット内のカメラによって搭乗者の情報を照らし合わせ、エリカ本人だと判断し、命令を仰ぐ。
「UEユニット起動!SA-16d クファンジャル、!」
『UEユニット始動シマス。SH4000-D セイレーンmk.Ⅱ D、始動』
クファンジャルは搭載されたSH4000-D セイレーンmk.Ⅱ Dの推進力により機体を急加速させ、正面に空いた射出口から発進する。
エリカ専用に調整を受けたクファンジャルは背後のジェットが放つ光で美しい線を引きながら、MG-04 ミッドマシンガンを構え、海へ向かって飛び出していった。