太古の昔、それはもう誰も知る由のない果てしなく遠い過去。
いつから始まったのか、唐突だったのか、前兆はあったのか。
そんなこともわからない。ただ一つわかること、それは。
この戦いは、終わることがない、ということ。
【真-horror】
目を覚ますと、そこは既に見慣れた天井だった。
最初はぼんやりとしていたが、すぐに、先程まで起こっていた悪夢のような出来事を、思い出す。
部屋に押し入る男達。窓から飛び降りて無傷の莉杏。迫り来る黒い化け物。剣を振るい、銃を撃つ二人。そして。
(黄金の……狼……)
流牙が身に纏った、狼を模した、金色の鎧。
確か、ガロ、と名乗っていた。
あの神々しい鎧は、あの黒い禍々しい化け物は、あの二人が隠しているものは。
わからないことが多すぎて、起きたばかりだというのにまたパンクしそうになる。
体を起こし、視線を上げれば、粉々になったドアの向こうに流牙の黒いコートが見えた。
ドアの弁償とかどうするのだろう、とか考えながら部屋を出ると、流牙は振り向き、莉杏はキッチンからカップを持ってくる。
「起きた?」
流牙の口から出る声は、今までずっと聞いてきた、優しい声。
何の変わりもないその声に、如月は落ち着くと同時、得も言われぬ不信感を、抱いてしまう。
その身も蓋もない不信感を抱いたことに、如月は拳を強く握りしめ、自戒した。
たとえこの人たちが何かを隠していても、わずか数日で、この人達に受けた恩は一生忘れられないものであるはずなのに。
それを察してか、莉杏は空いた席にカップを置き、自身はその隣に座る。声をかけようとして、でもかけていいのか迷ったが上の、行動だった。
それが逆に、ありがたかった。今声をかけられ、肩に触れられたら、跳ね除けてしまいそうだったから。
自分の器量の狭さに尚更苛立ちながら、如月はカップを置かれた席に座る。
カップに注がれた、茶色い液体--暖かなココアを一口飲むと、不思議と心が晴れやかになった気がした。
ふう、と一息、そして、流牙の目を見て、意を決する。
「……流牙さん」
「さっきのこと、だよね」
「……はい」
すっ、と。
身に纏う気配が、如月にもわかるほどに、張り詰められた。
「話す前に、言っておかなきゃいけないことがある」
「何ですか?」
「本来なら俺達は、あの出来事の記憶を忘れさせなくちゃいけない。今回のことがなければ、数日後には君をここの警察に引き渡すつもりだったから、尚更だ」
記憶を忘れさせる。
そんなことができるのだろうか。いや、できるのだろう。莉杏が摩訶不思議な魔法を使っていたのだから、それくらいできるはずだ。
「でも状況が変わった。今君の記憶を消して警察に引き渡したら、最悪、君が死ぬ。だけどこれから話すことは、とても君に受け止められるものじゃないかもしれない。だから、記憶を消すだけ消して、俺たちと一緒に、何も知らないままでいいから一緒にいるって選択肢もある。俺は」
「それは嫌です!」
初めて、ここに来て初めて、いやもしかしたら元の世界でもなかったかもしれない。
初めて如月は、声を荒げた。
「そんなの嫌です、それじゃ私は、流牙さんや莉杏さんが危険な目に遭っているのに一人安全なところで、何も知らないままで居なきゃいけないじゃないですか!そんなの、嫌です!それに、私は、流牙さん達のことを、忘れたくない!」
数日前に沈んだ時、彼女は最後に、自分の事を忘れないでほしい、と願った。
朧げにしかない、自らが物言わぬ艦であった時の記憶が、そうさせたのだろうか。
ともかく、如月は、忘れること、忘れられることを、極度に拒んでいた。
だから。
「忘れたくない、忘れちゃいけないんです。あなた達が戦っていることを、あなた達が、私を護ってくれたことを!」
だから、必死に訴える。
忘れさせないでほしい、と。
仲間であってくれ、と。
「……わかった。でもいいんだな?もう、戻れないぞ」
「大丈夫です。こう見えても私、砲雷飛び交う戦場に居たんですよ?」
にっこりと笑ってやれば、流牙と莉杏は安堵したかのように息を吐いて、話し始めた。
「じゃあ話すよ。俺達の……魔戒騎士のことを」
どれほど昔のことかはわからない。
だが古より、人間の邪心--陰我より現れる、魔獣がいた。
その名は、ホラー。
ホラーは人の陰我をゲートとして、魔界より現れる。そして時にはそのまま、時には人に憑依し、人に紛れて、人を喰らう。
だが人は、ただ喰われるだけを良しとしなかった。
いつの日にか、ホラーを倒し、払う力を持つ者達が現れた。
特殊な術を使い、ホラーを払う者。
それを、魔戒法師と呼んだ。
魔戒法師達は術と、ホラーの腕と溶岩が固まってできた特殊な物質をもって、ホラーと戦った。
だが、それだけではどうしても力不足だったのだ。
そこで、ホラーを確実に倒しうる力を得るため、血を吐くような特訓を積み、ホラーの嫌う物質--ソウルメタルで作られた武具を持ってホラーを狩る男達が現れた。
それが、魔戒騎士。
そして、その魔戒騎士の頂点に立つという騎士にのみ纏い、名乗ることが許された称号と鎧。
それが、黄金騎士 牙狼 である。
流牙と莉杏は、これらのこと、そしてここに至るまでの経緯を簡単に説明した。
半年以上前、ボルシティと呼ばれる街で、その街に巣食うホラーを討滅し、その後特定の場所に留まらずホラーを狩り続けてきたこと。
今回この街に来たのは、巣食うホラーを狩る指令を受けたためであること。
そして、そのホラーを探す最中で、如月が見つかったこと。
「では私は、そのホラーから狙われたからそんな怪我をして倒れていた、と思ったのですね……」
「うん。その後に如月ちゃんが艦娘、とかいう説明受けたからそれは無い、って思ったんだけど……」
「それがさっきの襲撃で、ちょっと変わったのよね」
少し困った顔をしながら、莉杏がぼやく。
「変わった……?」
「さっきも言った通り、如月ちゃんはもう数日もしないうちにここの警察に預けようと思ってたの。私達の仕事に巻き込むわけにはいかないから。だけど……」
「如月ちゃんのことを狙って奴らは来た。しかもただホラーが単体で来たのとは違う。滅茶苦茶なものだったとはいえ、逮捕状を用意してきた」
流牙がテーブルにその逮捕状を置く。
確かに、如月の名前は無い。しかし。
「……ホラーが群れで、しかもこんな手段までとって如月ちゃんを狙ってきた。こんなこと、ただのホラーには出来ない。ましてや逮捕状なんて、その知識がなければ尚更だ。ならば考えられるのは」
「警察関係者が、ホラー……?」
その仮定に、如月は目を見開いた。
話に聞く限り、ホラーは人を喰らう、人の法などでは裁けない化け物であるはず。
そんな化け物が、警察関係者であることが、驚愕でしかなかった。
だが莉杏は、それよりも更に最悪の展開を--最悪の仮定を、口にする。
「ただここは、国とは違う。独立都市なの。だからここの警察は、警察というより町長……街の代表と言ったほうがいいのかしら、その代表の私兵と言ってもおかしくない。だから……」
「町長こそが、ホラーの可能性が高い」
*****
「そろそろ向こうも、私の存在に勘付く頃合でしょうかね」
その男は、机に肘をつきながら、何枚かの書類を見る。
そこには、流牙、莉杏が今住まう部屋を借りた時に書いた、偽りの情報が書かれていた。
もちろんそれが偽の情報だと言うことはわかっている。なにせ相手は魔戒騎士に魔戒法師だ。真実を書くことは無い。
「名前を隠さなかったのは少し驚きでしたが……却ってやりやすいですね」
そう言うと、書類を机の上にばさり、と放り、席を立つ。
初めて、その男の顔が、明るみに晒される。
金の髪をオールバックにし、整った顔立ちには右目に単眼鏡。外見年齢は三十前半と言ったところだろうか。
その顔は、この街に住まう者なら、誰もが知っている。
「では、始めましょうか。逃げられると思わないでくださいね--私の、庭から」
なぜならその男は、この街の代表--町長、と呼ばれる男だったから。
答えを知らない私たちは、幾つもの仮定をたてる
その仮定をたてる時に、ヒントの一つは欲しいもの
次回 輪-Zaruba
あら、そう言えばまだ出てなかったわね
本当は今回出すつもりだったんですが書いてるうちに出しにくくなったので次回に持ち越しです。
次回次々回あたりから話はさらに動いていく……はず(無計画
前書きにも載せましたが、気胸になっちまいました。
幸いだいぶ軽度のものだったらしく、今は6〜7割治ってると思います。
遅れた言い訳……ですはいごめんなさい(((