シルバーアクセの展示会を前に忙しくする八幡といろは、
そんな忙しい中オーナーが視察に来るという。そこでいろはが
見たものは
「もうすぐシルバーアクセ展示発表会ですね先輩?」
店内には軽い音楽が流れているが工房で2人、黙って作業をしている時に不意に展示会の事を思い出し行った事のないあたしは黙々と作業をする先輩にたずねてみた。
「あぁ、親会社のオーナーから至上命令だからな『毎年年二回あるフェアーを絶対に成功させろ』って、このイベントの人気如何で売上が左右されるしブランドも画一されるからな。」
「へぇ~先輩が売上とか、何か変ですね?前は働きたくないって言ってたのに。」
「まっ、『働かざる者食うべからず』だな…俺が言うのも何だけど。」
「本当ですよね、休みもろくすっぽ取らず何で仕事出来る様になったんですか?不思議です。」
「悪いそこの材料、金ノコで30ミリ2枚ほど切っといてくれ一色。」
「は〜い」
イベントの追い込みもあって最近は先輩の助手を勤めてる、って言っても簡単な
前作業やお手伝いなんだけどね。
「あと、型取用のシリコンを100gを2つ頼む。」
「はい、先輩!」
「最初はな…」
「えっ?」
「就職活動とか俺には無理…と思って1人で出来る仕事探したのよ。そんで見つけたのが
コレでまぁ、ハマった訳だな。」
「あんま、動かなくていいし基本1人で出来るし。」
「先輩にピッタリだったわけですね。」
「うむ、そうだ。」
「そのドヤ顔で言わないで下さい。」
「んで、今じゃ立派な社蓄になった訳だ。」
「そんな、先輩は立派な仕事をしてます!お店の商品だって先輩のオリジナルの方が
売れてるし今販売中の星座シリーズだって凄い人気じゃないですか!」
「あれはオタク趣味の結晶だ、あれが無かったらとっくにクビだからな。」
「そんな…」
「世の中なんてそんなもんだ。」
「先輩は違います…クオリティーを落とす事なくいい品物しか出さないし十分尊敬に
値します!あの小さなマリア様の慈愛に満ちた優しい顔立ちとかビーナスの美しい表情なんて他に見たことありません!」
「買い被り過ぎだ、オーナーからは『元がギリギリ取れるかの製品より、多少質感を落とし型取しやすく造形して外国に下請けをさせ増産し儲けたい、ついては量産の技術指導に行ってくれ』と言われてが断ってる。」
「あんなに頑張ってやってるのに…」
「それが現実だ、品質を落としたくないからやるだけだ。」
「先輩。」
「なんだ?」
「頑張ってる先輩ってとっても素敵です!」
自分でも分からないうちに先輩が愛おしくなり手が先輩の背中に触れていた。
華奢で痩せてると思ってた先輩の背中は意外とガッチリとして広く見えた。
「おい、一色…まだ肩が凝る年じゃないから」
「えっ、あ…ごめんなさい。」
「バッカ、お前マジリアクションは要らないから。」
ヤダっ!あたしったら赤くなってる。何か言わなくっちゃ!
「なっ、何ですか急に!不意を突いて言い寄るなんて
反則です!もう既にときめいてますので後一押しです。後ちょっとなので
頑張って下さい!」
「はいはい、分かった分かった。」
全然分かってない!バカ!・・・決めてるのに・・・
先輩の背中をペチンと軽く叩いてやった。
・・・・・・・・
「一色、今日は早目に上がってくれないか?」
「へっ、何でですか?今からすぐ食事の支度をしますから待ってて下さいよ。」
「違うんだ、人と会う約束をしてるから引き上げて欲しいんだ。」
「ひょっとして留美ちゃん?でしたっけ、ロリコン先輩の大好きな留美ちゃんが
訪ねて来るんですね?ダメです!危険な匂いが一杯です!ヤバいです!そんなの絶対に嫌です!」
「あのな一色?何度も言うが俺と留美はそんな関係じゃないから、
その…なんだ?近いところで幼馴染みかな、妹みたいな。それだけだ。」
「その幼馴染みとか妹って言うのが一番ヤバいんじゃないですか~!」
「あ~どうしてお前は俺の彼女面すんのよ?小町が訪ねて来るみたいなもんだろ?」
「先輩だけですよ…そんな気楽な事言ってるの。ここにもし奉仕部の二人が居れば
凄い事になってたでしょうね先輩~?良かったですね~♪」
「何だよそれ、だから違うから、それに留美ならお前に帰れとは言わないよ。」
「留美なんか可愛いもんだ…」
「えっ?」
「うちのオーナーが来るんだ。」
「お店のオーナーさん?」
「そうだ、今日は売上の報告もあるし定期視察もある。バイトなんか雇ってないのに
お前がウロチョロしてたら俺がドヤされる。」
「分かりました先輩、ウロチョロせずに堂々としてればいいんですね?」
「あのな~違うから。」
「大丈夫ですよ、ちゃんと帰ります。」
「良かった…バイトさせろって駄々捏ねられたらどうしようかと思ったぞ。」
「へっ?どうしてですか。」
「一色、ウチのオーナーな物凄くおっかないのよ…お前なんかビビって
オシッコチビっちゃうくらい怖いんだぞ。」
「え~嫌だな~先輩ったら!セクハラです、パワハラです訴えますよ~それ。」
「…………」
「えっ?嫌だなそんなに?」
「…嘘だ。」
「最低~信じちゃいましたよ。」
「まっ、そろそろオーナーが来るから。」
「分かりました、帰ります!帰ればいいんですよね。」
「そう拗ねるな。」
「だって…邪魔者みたいな言い方するんだもん。」
「そんなんじゃないから。面倒臭いし会わない方がお前の為かもな。
いつか機会があれば会うかもしれんが…」
「それじゃあ、帰ります先輩。」
「今日もありがとな一色。」
「はい、じゃ明日またね先輩!頑張って下さい。」
「おう、任せろ。気を付けてな。」
先輩ったら珍しく張り切って…
ふーっ、今日も1日終わったかなぁ、急いで帰ろうとお店を出てしまって
ポーチの忘れ物をした事に気が付いた。
まだ、出たばかりだからオーナーも来てないと思うしとりに戻る事にした。
REALの手前まで来た時もう既に到着したオーナーを乗せた車が
横付けされた車からオーナーが降りるところだった。
外車の運転席から降りたその人は品のいいスーツ姿にスラリとした美人…
あたしは知っている…あの人が誰かを。
そう…先輩はあの人の事をかつて悪魔、魔王と呼んでいた。
何故あの人がお店にあの人がオーナーなの?先輩があたし嘘を言ってあの人と会う為に
追い払ったの?どうしてですか先輩?
脚がどうしても動かなくなってしまった…遠巻きにお店の様子を伺う、決してお行儀の
よくない先輩が嫌う行いだ。だけど気になって。お店の中ではオーナーが楽しそうに 先輩に話掛けている。先輩はいつもの様に無愛想にブツブツと言ってるようだ。
書類を見ながらオーナーは微笑みを浮かべ囁き掛けるような感じで話している。
先輩は黙って真顔のまま首を立てに振って頷いてるだけ…
もうここには居ていけない、心の中で誰かがあたしに帰れと言っている気がした。
だけど、どうしても離れることが出来ずにいた。
あたしは見てしまった・・・・・
オーナーが先輩の頬にキスしようとしたのを・・・・
先輩はキスしようとしたオーナーから咄嗟にはなれていた。
口を尖らせたオーナーが子供のように先輩に拗ねて
甘えるのが見えた。
そこまでを見ていたあたしはただ俯き一人家路に着くのであった。