IF 魔法少女リリカルなのはStrikerS 短編 死神の刀 ~序章~   作:金乃宮

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続きです




 

 物心つき、学校などの集団生活に身を置くようになってから、あたしは皆から距離を置かれていた。

 理由は簡単で、あたしの見た目と性格の違い故の事だった。

 あたしは見た目だけは淑女だ。それは自覚している。

 だけど、一度口を開けば、出てくるのは乱暴な言葉ばかり。

 外見しか知らない奴は近寄りがたいと言って距離を置き、近寄ってくるような勇気のある奴もあたしと少し話しただけですぐに距離を取った。

 自分を無理矢理押し殺すことも考えたが、それは何かが違うと思った。

 そんな毎日が続き、あたしはだんだん不安定になっていく。

 ずっとそんな生活が数年続いた、ある日のこと、病に苦しむ祖父の寝所に呼ばれた。

 祖父には今までも週に一度は会いに行き、今まで最近自分の身の回りで起こったことを話していた。

 祖父に心配をかけたくはないと幼心ながらも思っていたため、必然的に学校の話は少なくなっていたが……。

 そんな祖父が、いつもは自分から会いに行くだけの祖父が自分をわざわざ呼び出したのには少々驚いた。

 そんなことを考えながらも祖父に会いに行くと、いつもよりやつれて見える祖父が、あたしに細長い包みを差し出してきた。

 解いてみると、それは一本の刀だった。

 それまでも祖父にデバイスについていろいろ教わってきたあたしには、それが『ザンパクトウシリーズ』であるとすぐにわかった。

 本来ならばそれは、管理者に認められなければ持つことは許されない物だ。

 その時点での管理者は祖父であり、その時あたしは祖父の立会いの下、その刀にマスター認証を行い、また管理者の任を受け継いだ。

 とはいえまだまだあたしは子どもだったから、しっかりした思考ができるまでは他の『ザンパクトウシリーズ』の管理は父にゆだねられ、あたしが管理するようになったのはつい最近の事だったが。

 そんなことがあり、あたしは自分だけのデバイスを持てたことがうれしくて舞いあがりながら祖父のもとを後にした。

 

 

 その次の日の朝、祖父が息を引き取った。

 

 

 当時は『昨日まで元気だったのに』と訳が分からなかったが、今から思えば祖父は自分の死期を悟り、そしてあたしの事を思ってあたしを次期管理者に指名したのだろう。

 そんなこともわからず、あたしは一日中泣き続け、泣きやんでも気分は落ち込んだままだった。

 それから数週間、あたしは落ち込みっぱなしで、いろいろ気分転換させようと頑張っていた両親の気遣いもすべて無視していた。

 そしてそんなある日、最初は現実逃避で始め、もはや日課になっていたデバイスの手入れの最中、デバイスがいきなりあたしに語りかけてきた。

 

『初めまして、チトセ。……あら、なんでそんな暗い顔をしていらっしゃるんですの?』、と。

 

 いきなり声が聞こえたことにも驚いたが、その時刀身に映ったあたし自身を見て、愕然とした。

 今までも鏡を見るたびにそんな顔を見ることはあったし、この数週間はこんな顔しか見なかった。

 だが、デバイスに触っているときだけは、そんな気持ちを忘れられているはずだった。

 なのに、なんで自分はこんなにつらそうな顔をしているのだろう。

 なんで自分は、大好きなデバイスを、こんな顔でいじっているのだろう。

 そんなあたしを救いだしたのは、その手の中にあるデバイスだった。

 

『わたくしのマスターであるあなたが、そんな顔をするのはおやめなさい!!』

 

 無理だと思った。

 今まで自分の事をきちんと見てくれ、自分の目指すものを後押ししてくれた祖父がいなくなってしまったのだ。

 ありのままの自分を受け入れてくれる人は、誰もいなくなってしまった。

 今いるのは、本当の自分を認めようとしない人たちばかり。

 そんな中でこれから先、どうやって自分を保てば良いのかわからない。

 そんなことを話すと、手の中にあるデバイスは存在しないはずの鼻で『はん!』と笑い、

 

『なにをバカなことを……。自分を証明できるのは自分だけだと、そんなことも知らないようではわたくしのマスターたる資格などありませんわ!!』

 

 そして畳み掛けるように言葉をつなげてくる。

 

『偽りのあなたを認められてうれしいですか? 本当のあなたを見ようともしない愚か者どもに嫌われたら悲しいですか? 誰かに見られていなければ自分の保ち方もわかりませんか? ――そんなものは、自分に自信を持てない軟弱者のセリフですわ!!』

「じゃ、じゃああたしはどうすれば……」

『自信を持ちなさい。自分の能力や容姿だけじゃなく、自分の生き方、思い、今まで生きてきた過去、今の自分、そしてあなたが進んで行く未来まで、すべてに自信を持ち、誇りなさい。あなたの中の何かを誇るのではありません。あなたそのものを誇りなさい。例え他人があなたを蔑もうとも、あなたを否定しようとも、あなただけは自分を信じ、自分を誇って前に進み続けなさい。その途中であなたの誇りに傷をつける者がいれば、その者の誇りとあなたの誇りをぶつけ合いなさい。勝てばあなたの誇りが上。もし負けても、あなたよりもさらに上質な誇りを持つ者に出会えたのだと、そんな自分を誇り、その相手の誇りを認めなさい』

 

 力強い言葉だった。

 今の自分では到底出せない、そんな言葉だった。

 でも、同時にとてもうらやましいと思い、憧れた。

 こんな声を出せて、自信にあふれた生き方をする人間になりたいと、心から思った。

 

『無論、あなたの生き方はあなたの生き方です。無理強いはいたしません。私の言葉を悪魔のささやきだと思ってくれても結構。……ですが、今のままのあなたでい続けることは、あなたの事を唯一認めてくれた御祖父殿に失礼なことであるとも知りなさい』

 

 その言葉に、あたしは心臓を貫かれたような気がした。

 あたしは祖父に、あの優しく、あたしの事を心から応援してくれた、あたしの大好きだったおじいちゃんに、恥をかかせてしまっていたのだと、知ったからだ。

 もし祖父が生きていて今の自分を見たら、きっと悲しむだろう。

 そんな顔は思い浮かべたくもない。

 おじいちゃんには、いつもの笑顔でいてほしい。

 そして、立派なあたしの姿を見て、誇りに思ってほしい。

 だから、あたしは……、

 

「あたしは、もう負けない」

『何に、ですか?』

「あたしは、もう他の人からの攻撃には負けない! 心も体も、すべてにおいて、あたしは強くなる! あたしは、おじいちゃんの誇りなんだ! そんな自分を誇っていたいんだ!! だから、あたしはもう負けたくない。周りのみんなの言葉にも、勝手な失望にも、偽りの自分にも、絶対に負けたくない!!」

『……ですが、今のあなたにそれができますか?』

 

 その言葉は、疑問の内容とは裏腹に、なんだか楽しそうなものだった。

 

「確かに、今のあたしじゃ無理。力も知識もないし、自分を押し通す勇気もない。あるのはちっぽけな誇りだけ」

『それでは、どうしますか?』

「……だからお願い、力を頂戴。誰からも、どんな状況からも、今はちっぽけなあたしの誇りを守り、大きく育てるための力を頂戴。いつか、みんなに示せて、みんなの憧れとなるような、そんな誇りを持てるだけの力を!!」

 

 私のその要求(ねがい)に、刀は笑って応えてくれた。

 

『……よくぞ言いました! それでこそわたくしのマスターです! さあ、あなたの望んだ力を、あなたの誇りを育てるための力を差し上げましょう。よく覚えておきなさい。その力の、わたくしの名前は――』

 

 

   ●

 

 

 右から来た槍の一撃を、身をかがめることで髪を数本切り取られながらもかわす。

 

「なあ『ツバキ』、あたしは今、輝いているかい?」

 

 身をかがめた自分を狙って来たスバルのローラーシューズ付きの蹴りを、斜めに構えた鞘を盾にして受け流す。

 

『当然ですわ。なんたって、わたくしのマスターですもの』

 

 すると足もとにピンク色の魔方陣が浮かび、鎖が飛び出してきてあたしを縛ろうとするが、それをそこから飛びのくことで回避する。

 

「……そうか。そうだよなぁ。だったら、あいつらにもあたしの誇りを見せつけてやろうや!」

 

 空中で身動きが取れないところに刀身をよけて飛んできた魔法弾を、無理やり体をひねって切り捨てる。

 

『そうですわね。……わたくしの名前は『ツバキ』。例え香りはなくとも、不吉と言われようとも、誰かに切られようとも、地中の、太陽の、大気の、水の、全ての力を糧として、大輪の花を咲かせそれを誇る。そんな花の名前ですわ』

 

 槍についている加速器で空を飛んで突っ込んできたエリオに今まで吸収した魔力による斬撃を飛ばして体勢を崩し、回避。

 

「知ってるよ、なんたってあたしは、あんたのマスターなんだからな」

 

 『ツバキ』を振り切ったところに、四方八方から魔法弾が同時に着弾するように打ち込まれてきたので、足に魔力を集中して擬似的な足場にして適当な方向に突っ込み、軌道上の魔法弾を吸収しながら包囲網から抜ける。

 

『ふふ……、そうでしたわね。――ならばわたくしの名の由来、あの方たちにもとくと教えて差し上げましょう!』

 

 牽制のために吸収した魔力弾をティアナの方に斬撃として送り返し、そのまま大きく飛んで距離を取り着地して、

 

「おうよ! それじゃあサードフォーム、行ってみようか!!」

 

 己の最大の誇りを発揮した。

 

 

   ●

 

 

 モニターに映るグラフから、チトセの魔力数値が爆発的に増加するのを見て、シャーリーはつぶやく。

 

「ふうん。 チトセったら、もう出すんだ……」

 

 同時に、戦闘中の音声を聞いていたフェイトがシャーリーに気になった単語についてたずねる。

 

「シャーリー、サードフォームって?」

「サードフォームというのは、文字通り三番目の形態のことです。『ザンパクトウシリーズ』においてそれは最終形態であり、何より威力がセカンドフォームに比べて5倍から10倍に跳ね上がります」

「10倍って、そんなに!?」

「……まあその分魔力も多く消費しますし、扱いも難しくなります。しかも、使うには少々厳しい条件もあるんです」

「……条件、って?」

「デバイスからの許可が必要なんです」

「許可? 普通そういうのはデバイスマイスターとか、そういう人たちが出すものじゃないの?」

「確かに普通はそうなんですが……。『ザンパクトウシリーズ』には固有のAIがある、ということはさっき言いましたよね? そのAIが、同時にリミッターの役割も果たすんです。彼らはミッド式やベルカ式のデバイスに比べてかなり感情豊かで、『ザンパクトウシリーズ』の使用者はその人格に気に入られて力を貸してもらっている、という形をとっているんです。だから、デバイスにいくら命令しても、自分の力を振るうにふさわしくないと判断されれば、セカンドフォームすら発動できません。逆に気に入られていれば、すぐにでもサードフォームのリミッター解除用のキーワードである、サードフォームの名前を教えてもらえます。……まあ、大概のAIは判断基準が高いので、そこまでいくのに早くて数年かかるそうですし、一生サードフォームを会得できない人も数多くいたそうです」

「そうなんだ……」

「そういう制約がある分、威力は本当にすさまじいですよ。たぶん、今の四人じゃまず勝てません」

「そんなに強いんだ、『ツバキ』って……」

「まあ、相性の問題もありますしね。そういうことでいえば、ティアナなんかはチトセ相手にはまず勝てませんよ。魔法弾はほとんど効きませんし」

「じゃあ私もだめかな。私の魔法も魔力弾と砲撃ばっかりだし」

「あたしのアイゼンは大丈夫だろうな。魔力は威力強化にしか使ってねえし」

「私とバルディッシュもきついかな。雷も魔力刃も吸収されちゃうし」

「私とレヴァンティンは、単純な剣の打ち合いならば大丈夫か」

 

 『いやでもそれは』、『……いや、そういう場合はむしろ……』など、真剣に話し合いを始めてしまった四人をみて、シャーリーは苦笑する。

 

「あはは……。みんなチトセの対処法考えちゃってる……。……こんな隊長たちに鍛えられたんだから、少しはいいとこ見せなきゃね、みんな?」

 

 

   ●

 

 

 ティアナは、チトセからものすごい量の魔力を感じた。

 

 ……まずい、ナニか来る……!

 

 急いで全員に何が来てもよけられるようにと指示を出す。

 防御させようとは思わない。彼女の攻撃は物理的な防御以外は全て抜けてくるし、それ以前に何だかわからない物は受け止める方が危険だと、最初の一撃で思い知った。

 

 ……最悪、今まで吸い取った魔力を上乗せした広域魔力砲なんてものが来てもおかしくないし……。

 

 その場合に備え、キャロに転送術の準備をさせておく。

 他にもいろいろな対策を立てていると、チトセに動きがあった。

 彼女は腰を落とし、『ツバキ』を下段に構えると、

 

「『ツバキ』、サードフォームへ移行。咲き誇れ、『リョウランツバキ』!」

 

 そう叫びをあげ、魔力を大量に込めた『ツバキ』を、

 

 

 ――はるか上空へと放り投げた。

 

 

 …………は?

 

 チトセの手を離れた『ツバキ』は、くるくると回転しながら空高く昇っていき、見えなくなった。

 戦闘中にデバイスを捨てるという暴挙にしか思えない行為を見せることに何の意味があるのだろうと考え、

 

 ……まさか、私たちの気を逸らすために……!

 

 彼女の脅威の内、一番大きい物はなんといっても『ツバキ』だ。

 戦闘中は常にそれに意識を向けていかざるを得ない。

 それをいきなり遠くに捨てればどうなるか、答えは簡単だ。

 

 ……私たちの意識はそちらに向き、彼女自身はノーマークに……!

 

 その隙はあまりにも大きい。特に、高速移動術を持つ彼女のような魔導師ならばなおさらそう感じるだろう。

 一瞬でそのことに気が付いたが、少なくとも一瞬はかかってしまっている。

 その間に彼女ならば四人の内二人ぐらいはノックアウトできる。

 四人そろっていた時点で押され気味だったのだ。今人数を減らされれば確実に負ける。

 

 ……なんてこと……! 生き残ってるのは……!

 

 おそらく最初にやられたのは前衛の2人だろうが、生きているのならばそこから立て直そうと思い、状況を確認する。

 まず、スバルは、

 

 ……あれ? 生きて……、っていうより襲われてすらいない……?

 

 視線の先にいる自分の親友は、いまだに不思議そうな顔で空を見上げている。

 その様子から、攻撃を受けたような感じはない。

 その隣には同じように空を見上げているエリオの無事な姿も確認できた。

 それにとりあえずはほっとして、そしてすぐにもう一つの可能性に気が付く。

 

 ……まさか、フルバックのキャロを先に……!

 

 まずサポート役であり戦力のブースト役でもあるキャロを戦闘不能にして、それから弱体化した三人を倒すという作戦は、理にかなっている。

 もう間に合わないとは思いつつも、せめてリカバリーが可能な状態であってほしいと願いながら振り向けば――

 

 

「――あの、ティアナさん。これっていったいどういう状況なんですか……?」

 

 

 困惑の表情を浮かべたキャロがいた。

 

 ……あっれ~~?

 

 どうも先ほどから自分の予測が外れまくっている気がする。この世界は私を見捨てたのか?

 ともあれ全員無事なのは確認できた。となるとなぜ無事なのか、という疑問が浮上してくる。

 その疑問を解消すべく、どうせもういないだろうと優先順位を低くしていた先ほどまで彼女がいた場所を見てみると――

 

「――なんで、まだそこにいるのよ……?」

 

 チトセが刀を放り投げた場所にいまだに立ち続けているのが見えた。

 彼女はしばらく何か考えているようにじっと自分の武器が消えていった空を見ていたが、ふと前を向き、今まで左手で持っていた鞘を腰に差し直した。

 そしておもむろに自身の右手で左手をつかみ、頭の上に持っていくと体を右に傾け、体を伸ばし始めた。

 少しして手を組み替え、鏡写しの運動を行ったかと思えば、次は前後屈運動、さらにアキレス健伸ばしをしながら手首を回し始めて――

 

「――あの、いったい何をやってるんですか……?」

 

 いい加減にじれてきたし、訳も分からないので質問してみることにした。

 それに対しチトセは何でもないように、

 

「いや、これからちょいと激しい動きをするから念のために、な」

 

 と返してきた。

 『はぁ……』とあいまいに返すしかない自分に、周りにいる三人から『何がどうなってるの?』という念話が飛んでくるが、そんなものは自分が聞きたいぐらいだ。

 そんな感じで困惑が頂点に達してきた頃、

 

「……なあ、お前ら。やる気あんのか……?」

 

 唐突にチトセから質問が来た。

 その問いはあまりにも失礼なもので、ムッとしたティアナはいまだに体操を続けているチトセに、

 

「少なくとも、いきなり武器を放り投げて無手になった上に柔軟を始めるあなた以上にはあると思いますけど?」

 

 と言い返した。

 

「ふうん……。そりゃよかった。だけどよお、じゃあなんでお前らはあたしに攻撃してこない?」

 

 ティアナを含め、四人は言葉を失った。

 

「なあ、なんでだ? 今あたしはお前が言った通り無手だ。しかも柔軟なんてやってて無防備にもほどがある。なのになんで攻撃してこない? なんでこっちの準備が整うのを待っている? ……あたしにゃあ、お前らにやる気があるようには見えねえなあ」

「……それは……」

「相手の準備なんか待たなくていい。相手は待ってくれねえんだから。相手を倒すのに気を抜いてい良いわけがない。抜けば死ぬだけだ。……それがわからないほど、お前たちのいた戦場はぬるい物だったのか?」

「…………」

 

 そんなことはなかった。

 

 今まで自分がいたのは、犯罪者を相手にする世界だ。

 当然のように非殺傷設定をしている自分たちとは違い、相手は殺傷設定でも構わず攻撃してくる。

 現に自分の兄とて犯罪者に殺されたではないか。

 そんな世界にいる者が、そんなことを考えていいわけがない。

 

「いいか? これからお前たちが戦うカガミ式ってのは、スロースターター型が多い。いちいち相手の出方を見ていたら勝てない。相手のやり方から相手の戦術を見抜くのも確かに大切だし、その能力があることも認める。だけどな、別に相手の能力を見破らなきゃ倒しちゃいけねえってわけでもない。確かに罠って可能性もあるだろうが、そんなのは見破ろうが見破っていなかろうが同じだ。隠し玉ってやつはいくらでも出てくるもんだしな。だから、お前たちには今のあたしにも攻撃できるようになってほしかった。実際今のあたしは本当に無防備だったんだからな。攻撃されりゃあ簡単に終わってたぜ。なあ、お前たちにはいい先生がいるんだろう? いい目標がいるんだろう? シャーリーから聞いてるぜ? 機動六課には、最近魔王にランクアップした怒らせるとピンク色の砲撃が飛んでくるっていう管理局の白い悪魔とか、脱げば脱ぐほど強くなるっていう変態じみた雷光の死神がいるって。ぶっちゃけあたしも見られるかと期待してたんだが、今日は休みなのか?」

 

 全員急いで目を逸らした。

 

 

   ●

 

 

「ふうん……。シャーリー、随分面白い話をしてるんだね? ……もっと詳しく教えてくれないかなぁ?」

「えっ! いやあの、なのはさん? なんでそんなに怖い顔を……?」

「……シャーリー? 私たちの事そんなふうに……?」

「いえあのフェイトさん? これはですね、ほんの冗談で……。だからあの、別に他意はなくってですね……。というか自覚有ったんですか二人とも!?」

「「……おしおきだよ……!」」

「きゃーーーー!!」

「おい二人とも、落ち着け」

「――っ! シグナム副隊長……!」

「そうだぞ二人とも、今は冷静になれ」

「ヴィータ副隊長も……!」

「シャーリーの事だ、どうせ私たちの事もいろいろ言っているに決まっている」

「だからあたしたちが尋も……、もといOHANASHIできる程度に手加減しといてくれ」

「「……了解……!」」

「いやーーーーー!! チトセのバカーーー!!」

 

 

   ●

 

 

 ティアナは聞く、彼女の話を。

 遠くの方で爆発音が聞こえたが、何かあったのだろうか?

 まあ今はそんなことはどうでもいい。

 

「……お前らが負けるってことは、お前らの師の顔に泥を塗るってことだ。それは嫌だろう? だったら、負けの確率は最小限にとどめなきゃいけねえ」

 

 チトセの言っていることはわかる。だが、それをやってしまえば、自分は……。

 他の三人も同じ思いのようで、皆嫌そうな顔をしている。

 それを見てチトセは仕方なさそうに、しかし少しうれしそうに笑いながら、

 

「別に卑怯な手段を使えって言ってるわけじゃない。そんなのはあたしも嫌いだ。ただ、そういう搦め手も覚えていかないとこの先つらいぞ、と、そう言いたいんだ。覚えておけば何かと便利だ。使わなくてもいい、覚えておけ。そうすれば相手が使ってきても対処できるからな」

 

 『さて、と』とチトセは続け、

 

「そろそろ再開と行こうか。……こっちの時間稼ぎももう終わるしな」

 

 ……えぇ~、そんなのあり……?

 

 なんだか裏切られた気分だが、とりあえずすべては自分たちを導くためなのだと納得しておく。

 もう終わる、という言葉に反応し、すぐに動き出そうと皆に指示を出そうとするが、

 

「――おい、悪いことは言わねえから、そこから動くな」

 

 という言葉がかかる。

 また『揺らし』に来たのだと判断し、これ以上の不覚を取るまいと構わず動こうとするが――

 

「……聞こえなかったのか? ――動くな!」

 

 その声に、そしてその声に込められた覇気に、動きを止められた。

 

 

 そしてその直後、ティアナの視界が銀の線に真っ二つにされた。

 

 

「……え?」

 

 それは先ほどから散々見てきた刀であった。

 いきなり現れ、前に飛び出そうと前傾姿勢だった自分の目の前数センチの位置に突き刺さっているそれが、いったいどこから現れたのかと考え、

 

 ……まさか、さっき投げたのが、今になって……?

 

 その考えに至り、ふと見上げた空に、いくつもの光が見えたような気がして――

 

「――っ! 全員、上空よりの飛来物を全力で回避しなさい!!」

 

 その直後、青く晴れた空から、赤みがかった銀色の雨が降り出した。

 

 

   ●

 

 

 ティアナの声に他の四人が空に目を向けてからすぐに、空から幾本もの剣が降り注いできた。

 

「『村雨時雨(むらさめしぐれ)』、ってのは少し語呂が悪いかねえ……」

 

 そうつぶやいたのは、あたしのすぐ横に一振りの刀が突き刺さってからだ。

 そのつぶやきに、落ちてきたばかりの刀から声が返ってくる。

 

『あら、良い名前じゃありませんの。……まあ、わたくしの名前が入っていないのが少々不満ではありますけど……』

「でもよぉ、この技はサードフォームでしかできねえし、この状態のお前の名前は『リョウランツバキ』だろ? それを入れるとなるとすこーしばかりやりずらいぜ?」

『だったら『ツバキ』だけでも入れればよかったのではなくて? ……大体、刀っぽいし韻も踏んでいるから、という理由であの名前にしたのでしょう? だったらいつも通りにそれを誇っていればいいでしょうに……』

「……そりゃそうだけどさあ。でもあれ、刀を上空で分裂させてそのまま落としてるだけだぜ? 上空での出現場所とタイミングを調節することで落下地点や狙いをある程度決められるとは言っても、準備に時間がかかるわ落ちてくるまでの間無防備になるわ、欠点だらけじゃねえか。普通の戦闘中じゃ使えねえし、奇襲に使うにしたって魔力の消費が激しすぎて割に合わねえし……。ただ単に『どうやったらなるべく派手に戦場に刀をばらまけるか』っていう考えを一晩でまとめあげただけのもんだ。やっぱり別の案を考えようや」

『あなたがそう思うのならばそうなされば良いと思いますけど……。でもこれはなかなか派手ですわよ? これでも十分誇らしいと思いますけど……?』

「でも、現状で満足してちゃあいつか枯れちまうだろう? いい女ってのは、いつなんどきでも前に進む努力を欠かさねえもんだ。違うか?」

『――ふふふ、ええ、確かにその通りですわ。久しぶりにあなたに一本取られましたわね』

「ああ、人間じゃねえくせにいい見本になるやつが近くにいるもんでなあ」

『あら、それは幸運でしたわね。その方を大切になさいませ?』

「ああ、言われなくてもそうするさ」

 

 そんなことを話しているうちに、剣の雨も終わりに差し掛かってきた。

 上空から迫る銀色に対し、四人はほとんど動いていない。

 

「……そうだ、それでいい。誘導が効いてない範囲攻撃は下手に動いたって意味はねえ。なるべく動かず、自分に迫ってくる奴を片っ端からたたき伏せていくのが最善だ。……もっとも、最初に落下位置を設定するときにあいつらのいる辺りには落ちないようにしてたから、そのまま突っ立ってるだけでよかったんだけどな」

 

 『いやあ、ティアナが動き出そうとしたときには焦ったぜ』とかぼやきながら、ついに突然の豪雨を耐えきった四人にねぎらいの言葉を贈る。

 

「いやあお疲れさん。どうだ、スリル満点だったろう? こいつはあたしのデバイスのサードフォーム・『リョウランツバキ』の能力の一つでな。その名も『無限複製』ってんだ。読んで字の如く、無限に複製を作れる能力さ。ちなみに今回は1024本作ったぜ。作れるのは刀のある位置から半径2メートル以内の空間だが、2メートル前に作り、新しく作ったやつを基準にしてまた新しく作って、ってのを繰り返せば実質どこにでも作り出せるってことになるな。ちなみに、『ツバキ』だった頃の能力である『エネルギー吸収』も全部の刀にきちんと残ってるから安心しとけ」

 

 その言葉に絶望的な表情を浮かべる四人だが、ティアナはすぐに顔を引き締め、

 

「まだよ!! いくら武器が増えたって扱うのはチトセさん一人だけなんだから、彼女の動きさえよく見ていれば勝てるわ!! だからやることは今までと同じ、とにかく隙をついて一撃決める! それだけよ!!」

 

 そう言い放ち、皆の顔も引き締めさせる。

 

 ……イイねぇ、最高だ。 こりゃあ将来化けるぜ……!

 

 下がりかけた士気をあっという間に戻し、さらには今まで以上にしてしまったティアナの能力に、チトセは感心していた。

 

 ……それでこそ、叩き潰し甲斐があるってもんだ……!

 

 そう感じ、そしてその思いのままに動くことにする。

 

「いくぜ、口だけ女」

『ええ行きましょう、私の胃袋』

「へえ、言うようになったじゃないかこの大喰らい」

『自慢出来るのは口だけなもので、この残念美人』

「お前までそれを言うか!」

 

 なんだか締まらなくなったが、それでもチトセは前に進む。

 なぜなら、その方が輝けそうだから、だ。

 

 

   ●

 

 

 チトセがこちらに向かってくるのが見える。

 現在、ティアナの周りは刀が何本も刺さっている。

 それぞれの刀は大体二メートル間隔で均等に刺さっており、移動するのに少々鬱陶しいぐらいだ。

 それでも一応念のため、先ほど小さな魔法弾を一つ作って近くの刀に当ててみたが、

 

 ……普通に吸収したわね……。

 

 つまり、この刀の林の中では、魔法弾はよっぽどうまく扱わなければ意味がない、ということだろう。

 もちろん、自分ならば動きもしない止まった障害物の間を縫って魔法弾を飛ばすのは簡単なことだが、その苦労はおそらく意味がない。

 普通の徒競走と障害物競走。

 同じ距離を走る場合、どちらが早いかは明白だろう。

 この場合でもその法則は適応される。

 今まで何もない空間を挟んだままで、つまりは徒競走で競っても普通に魔法弾を打ち消していたチトセの事だ、障害物競走の速さでは脅威にも感じないだろう。

 

 ……なんにせよ、ここから離れたほうが良いわね……。

 

 この剣の林は私たちを中心に展開されている。

 この中にいる限り、たとえ彼女の武器を手から離したところで、すぐに代わりを手にするだけだ。

 だったら自分は何をすべきか。その答えはもう決まっている。

 

 ……少しずつでもいい、この場所から彼女を引き離す……!

 

 ここは彼女が整えた彼女のためのフィールドだ。そんな場所で戦ったところで勝てるわけがない。

 だから、勝つことは二の次にして、なんとか負けないように、撃墜されないようにしながら彼女を少しずつここから追い出していく。

 

 ……とりあえずは、私たち自身がここから離れて行く。

 

 そうすれば、近接攻撃が主である彼女は追ってこざるを得ない。

 遠距離用の技もあるにはあるが、それは刀身から魔力を斬撃として放つ物であり、その程度ならば今の自分たちのシールドやプロテクションで防げることは実証済みだ。

 真に恐れるのは刀身による直接攻撃のみ。

 だったら、下手に攻め込んだりせず、距離を取って戦って行けばいい。

 まずは、前衛であるスバルとエリオに彼女の足止めをしてもらい、機動力がない後衛の自分とキャロはその隙に少しでもこの林の中心から離れる。

 そして、彼女がこちらに向かってきたら機動力のある二人に合流してもらい、四人で足止めをする。

 また隙ができたら、スバルとエリオに足止めを、というように繰り返して行けば、最終的にはここから出られるだろう。

 

 ……そうすれば、あとは彼女に武器を複製する隙を与えないようにしながら武器を奪って、終わり。

 

 とりあえずの作戦が決まり、その旨を他の三人に伝え終わった瞬間、チトセが林の中に突入してきた。

 彼女は突入の直前に一番最初に近くにあった刀を抜いて持っており、現在は二刀流の状態だ。

 

 ……やっぱりそうか……。

 

 彼女は最初から、刀と鞘を使って戦っていた。

 それはつまり、両手で武器を扱うことに慣れている、ということだ。

 だから、彼女が本気になればもう一本の刀を出してくるであろうことは予想していた。

 

 ……まあさすがに、こんなに出してくるとは思わなかったけど……!

 

 まあ、二刀流になっても今までと対処はあまり変わらない。

 注意点として、今までは鞘のあった左半身を中心にねらって撃っていた魔法弾を撃ちこむ場所がかなり限られた、ということか。

 後は防御だが、これも前衛の2人には『なるべく武器で防御しろ』と言ってあるから大丈夫だ。

 そう思って、ティアナはチトセの突入を見た。

 当初の予測では、彼女は刀の間を縫ってくると思っていた。

 だが、現実はそうではなく、

 

 ……刀を薙ぎ払い、吹き飛ばしながらこっちに向かってきてる!?

 

 彼女が行っているのは、まさにそのようにしか表現できないことだった。

 二刀流で林に入ってきた瞬間から、彼女は両手に持つ刀の射程圏内に入った刀を片っ端から上空に打ち上げていた。

 打ち上げ方は、地面に刺さっている刀の鍔に手に持つ刀の切っ先の峰がわをひっかけ、引っこ抜くような動きだ。

 それを自分たちに近付きながら行っている。

 そして彼女が自分たちと接敵するころには、当然舞い上げられた刀が自分たちの上に漂っているわけで、

 

「そぉら、いくぞぉーー!!」

 

 接敵の瞬間飛び上がった彼女は、自分が打ち上げた刀の群れの中に飛び込むと、

 

 

「くらいな! 『剣流星(つるぎりゅうせい)』!」

 

 

 刀で刀を殴り、こちらに向かって飛ばしてきた。

 

 ……ちょっと!! こんな攻撃有りなの!?

 

 手に持たれている刀の峰によって柄頭を殴られ、まるでバットに打たれたボールのように真っ直ぐに、切っ先をこちらに向けて飛んでくる刀に対して、私たちは避ける事しかできない。

 下手に受け止めれば魔力が吸収されるために防御を無視されるし、そうでなくともかなりの速さで飛んでくる刀はかなりの衝撃を与えてくるので、受け止めようとしても体勢を崩されて隙を作る羽目になるからだ。

 遠距離攻撃は防御できるという前提が大きく崩され、隊列は無茶苦茶にされている。

 しかも彼女、見た限りにおいてデバイスからの補助をほとんど受けていない。

 つまり、最低限の保護以外は、すべて彼女自身の力ということになる。

 

 空中に放り出された刀の方向を手にした刀で正すのも、

 

 自在に操って刀を飛んでくる魔法弾の軌道上に配置して吸収させるのも、

 

 切っ先を微調整して狙った方向に打ち出すのも、

 

 すべて、彼女自身で行っており、デバイスからの演算や指示などの補助はうけていないのだ。

 

 ……ここまで化物じみた人がいたなんて……!

 

 にわかには信じがたいことだが、見えている光景は現実だ。

 そうこうしているうちにチトセは空中の刀をすべて打ち尽くし、両手に持つ二本のみとなっていた。

 

 ……今だ!!

 

「(エリオ! 行って!! スバルは牽制してエリオの援護!)」

「(はい!)」

「(わかった!)」

 

 念話による指示のもと、スバルが空中に伸びる青い足場、ウイングロードを作りだし、チトセのもとへ向かう。

 エリオはスバルに向いた注意の裏をかいくぐり、チトセの背後に向かう。

 そして、前後からの挟み撃ちを行った。

 

「うおりゃーーーー!!!」

「いっけーーーー!!!」

 

 スバルは右手のリボルバーナックルで、エリオは手に持つ槍、ストラーダで同時に突きを放つ。

 だが――

 

 

「おいおい、そんなに叫んでちゃだまし討ちの意味ないだろ?」

 

 

 そんな一言と共に、チトセは体をひねって体勢を入れ替える。

 先ほどまで前にいたスバルに右足を掲げ、

 

「ちょっとごめんよ!」

 

 顔を踏んづけた。

 

「ふぎゃっ!」

 

 壁にたたきつけられた猫のような声を上げて顔を抑えるスバルをよそに、スバルの顔を足場にたチトセは攻撃の届かない安全圏に脱出していた。

 置き土産に、左手の刀を一本残して。

 その刀は柄頭をエリオのストラーダに、切っ先をスバルの方に向けていた。

 そして、二人はチトセを挟み撃ちにしようと向かい合っていて、チトセが急にいなくなったことで、エリオはストラーダの勢いを殺しきれず、かなりの勢いでチトセの置いていった刀にぶつかることになる。

 一方のスバルは顔を踏みつけられたことで前が見えなくなっており、眼前に迫る刀が見えておらず、当然かわせないので――

 

「危ない!!」

「……ふぇ? ――ぎゃん!!」

 

 チトセの刀をまともに喰らって吹き飛ばされ、地面に激突することになる。

 

 

   ●

 

 

 地面を削り、軌道上にあった刀も巻き込んで吹き飛ばされたスバルには、何が起こったかさっぱりわからなかった。

 

 ……えっと、挟み撃ちして、靴が見えて、目が見えなくなって、それでいきなり攻撃が来て……?

 

 混乱から覚めることができたのは、親友からの念話のおかげだった。

 

「(スバル! 大丈夫!?)」

「(ティア……? いったい今、何が起きたの……?)」

「(今あんたは、エリオの攻撃を利用されてまともに『ツバキ』の一撃を喰らったの。大丈夫? まだ立てる!?)」

「(……うん、何とか……)」

 

 まだ少しふらつくが、もとより常人の数倍頑丈な体だ、すぐによくなる。

 なので立ち上がり、頭を振りながらどうした物かと考えた時、ふと視界の端に映ったものがあった。

 

 ……そうだ、これを使えば……!

 

 そう思って手を出したものは、辺りにたくさん刺さっている刀の内の一本で、

 

 ……これはチトセさんの手元から離れても効果を発揮し続けてる。つまり、この効果はチトセさんでもON・OFFはきかないのかもしれない。だったら、これをさっきのチトセさんみたいに打ち出せば、チトセさんにも効果があるんじゃ……!

 

 そう考え、刀の柄を握ったところで――

 

「あ、コラおい!」

「やめなさい馬鹿スバル!!」

 

 力が抜け、目の前が真っ暗になった。

 

 

   ●

 

 

 チトセの刀に手を伸ばし、触った瞬間にスバルはいきなり倒れてしまったのをエリオは見ていた。

 

「あ~あ、やっちまったよ……」

 

 『あちゃー』とか言いながら、チトセさんは頭をかき、ティアナさんは頭を抱えてうめくように言う。

 

「馬鹿スバル……、こんなあからさまな罠に引っかかるなんて……! あたりに自分の武器をばらまく人が、それを奪われることを考えていないわけがないでしょうに……!」

 

「……あ~、まあ、あたしのに限らずカガミ式のデバイスには所有者以外が触ると刀が反撃するようにプログラムされてることが多い。あたしの場合は握った奴の魔力の大半を吸い取る、って感じだが、デバイスの発現した能力によっては他にも、握った奴を消し炭にする、なんてのも確認されたことがある。下手に触ると命取りになるから注意するように……、って、普通言わなくてもわからないかねえ……」

 

 チトセさんはそう言いながらスバルさんに近付いていき、うつぶせに倒れているスバルさんの腹と地面の間につま先を差し込むと、『そぉれっ!!』と言いながら足ですくい上げるように放り投げ、刀の林の範囲外に出した。

 

「……まああれだ。少しつまらない結果になっちまったが、一人脱落だ。んじゃ、次行こうか!」

 

 そう言って刀を構えたので、僕たちも構える。

 

「(エリオ、私が攪乱するから隙をついて打って出て。キャロはエリオのブーストを全力でお願い。あたしの攻撃はどうせ効かないから、私へのブーストはいらないわ)」

「(はい!)」

「(わかりました)」

 

 そう指示を受け、僕は自分のなすべきことをすることにする。

 キャロからのブーストを受け、力と速さを上げた状態でソニックムーブを行い、チトセさんに向かって行く。

 

「おお、早いじゃねえか。それになかなか重い攻撃だ。なかなかやるじゃねの、坊や」

「坊やじゃなくて、エリオ、です……!!」

「ん? ああ、そうか、そいつは済まねえな。じゃあ改めて、エリオ、お前はすげえな」

「ありがとう、ござい、ます……!!」

 

 僕の攻撃とティアナさんの魔法弾を避けつつ、さらにはそんな会話を続けながらも、チトセさんは一切隙を見せてくれない。

 対する僕はもうすでにいっぱいいっぱいだ。

 でも、一生懸命僕にブーストをかけてくれるキャロのためにも、負けられない。

 

「っはぁぁああああ!!」

 

 僕の渾身の一撃がチトセさんの右手の刀をはじく。

 その瞬間、ティアナさんの魔法弾がチトセさんの左側を襲う。

 チトセさんはそれを左手の刀で受け止めるが、そのせいで彼女の胴体はがら空きになった。

 

「そこだーーー!!」

 

 僕はやっとできた隙をつくために、ストラーダにありったけの魔力を注ぎ込み、彼女の胴体に向かって突き込む。

 それを彼女は瞬間加速によるバックステップで回避するが、

 

「まだまだぁーーー!!!」

 

 僕はそれを逃すまいと追撃する。

 それを見て、チトセさんは面白そうに笑うと、僕の方に切っ先を向けたまま左手を折りたたみ、左肩を思い切り引いた。

 

 全力の突きの構えだ。

 

 だが、彼女は僕が大して近づいていないのに突きを放ち始めている。

 このままいけば、彼女の突きは僕にぎりぎり届かず、僕は彼女の伸びきった腕の下をくぐって彼女に攻撃を通すことができる。

 そう考え、その通りに進み続ける現実に、しかしイレギュラーが混ざる。

 その始まりは、チトセさんの声だった。

 

「さっき言わなかったっけ? あたしの『リョウランツバキ』の無限複製、その複製を作り出せるのは刀から半径2メートル以内だって」

 

 その言葉が終わった瞬間、こちらに向かって進んでくる刀の先に、何かが現れた。

 それは、今チトセさんが持っている刀と全く同じもので、

 それは今、僕の方に切っ先を向けていて、

 それが現れたことにより刀のリーチが伸びて、チトセさんの持っている刀で洗われた刀のつか頭を突けば、僕に攻撃が届くようになっていて、

 

「――お前もいい男だが、あたしはもっといい女だ」

 

 僕は全力の突きを喰らい、意識を手放した。

 

 

   ●

 

 

 エリオ君を吹き飛ばしてからすぐにチトセさんはこちらを向き、両手の刀を振りかぶると、新しく刀を作り出しながら思い切り投げつけてきた。

 その刀は、私とティアナさんのすぐ横を通って地面に深々と突き刺さり、

 

「フォワード陣全滅確認。これにて模擬戦は終了、っと。……何か異存は有るか?」

「いえ、前衛二人がやられたとあっては、もうこれ以上戦っても勝ち目はありません。負けを認めます」

「そうかい、んじゃ、お疲れさん。少し休んだらなのはさんたちの所に戻るぞ」

「はい、わかりました。……それじゃあ少し失礼します。馬鹿スバルをとっちめてやらないと……!」

 

 そういうとティアナさんは先ほどスバルさんが飛ばされていった方へ向かって行きました。

 

 ……私もエリオ君を探しに行かないと……!

 

 そう思って小走りでエリオ君のいる辺りに駆けていくと、少し行ったところであおむけに転がっているのを見つけた。

 

「エリオ君! 大丈夫!?」

「……うぅ、キャロ……?」

「まってて、今応急処置をするから……!」

 

 すぐに応急処置用の魔法をエリオ君にかける。

 

 ……よかった、大したことはないみたい……。

 

 そう考えながらも治療を続けていると、周りに刺さっていた刀がすべて光になって、一ヶ所に飛んで行った。

 その方向を見ると、右手に掲げた刀に光を吸い込ませながらこっちに向かって歩いてくるチトセさんが見えた。

 最後の光を吸い込み終わったのか、チトセさんは刀を腰の鞘に戻してから私たちの所に来てかがみこみ、エリオ君の顔を覗き込み、

 

「よう、大丈夫か? あんまりにもできるもんだからついつい楽しくなっちまって加減できなかったんだが、……動けるか?」

「……っはい、何とか……」

「そうかい、ならよかった」

 

 そして、『あっはっは』と豪快に笑ったチトセさんは、今度は私の方に向き直ると、

 

「嬢ちゃんもすまなかったな、彼氏に怪我させちまって」

 

 とんでもないことを言い放ってきました。

 エリオ君は真っ赤になって『ちっ、ちが――』とかしどろもどろになるし、私は恥ずかしくて何も言えなくなるし。

 たぶん、私の顔もエリオ君と同じかそれ以上に真っ赤になってると思う。

 その様子を見て、チトセさんはものすごくにっこりと笑いました。 なんというか、『面白そうなものを見つけたぜ』みたいな顔でした。 女性がしていい顔ではないと思います。

 それから数分間、私たちはいろいろなことを言われてからかわれました。……その内容は、秘密です。

 そんなこんなで、やっとチトセさんが満足してくれたころには、私たちの顔はゆでたカニさんみたいに真っ赤っかになっていました。

 

「あっはっは!若いってのは良いなぁ」

 

 チトセさんはひとしきり笑った後、急に真剣な顔になって私の両肩をガッ、と掴み、

 

「良いか嬢ちゃん、気に入った男はしっかり捕まえとけよ。そうしねぇと、いざという時に後悔するのは女だからな。……これはあたしの友達から聞いた話なんだが、男なんてのはなぁ、ちょっとした事で心変わりしちまうもんなんだ。しかも自分の理想を女に押し付けてきて、少しでも食い違うと『君がこんな人だなんて思わなかった……』とか言って別れ話を切り出してきやがるし、他にも……」

 

 そのあとも、妙にリアルで詳細な『誰かさん』の体験談がしばらく続きました。

 その内容がだんだん愚痴っぽくなってきて、ある疑問が浮かんだ私は、チトセさんに聞いてみることにしました。

 

 

「あの、もしかしてその話、チトセさんの実体験なんじゃ……?」

 

 

 私のその一言で、チトセさんが固まりました。

 なんだかとてもいづらそうな顔で私たちの話を聞いていたエリオ君は、私の言葉にかなり慌てた様子で、

 

「しっ! ダメだよキャロ! この人どうみても見た目と性格のギャップで人生損してるんだから!」

「そこまで妙な気遣いするぐらいなら、いき遅れと直球で言ってくれた方がダメージ少なくてありがたいんだがな……」

 

 チトセさんは笑顔で言いますが、私は彼女の口の端がものすごく引きつっていたのを見逃しませんでした。

 

「だ、大丈夫ですよ! きっといつかいい人が見つかりますって!」

 

 エリオ君のその言葉についに耐え切れなくなったのか、チトセさんはバッと体を翻すと、

 

 「チクショーーーー!!!」

 

 ドップラー効果を伴いながら高速移動術で逃げていきました。

 先ほどまで彼女がいた場所には、彼女において行かれた水滴がいくつか落ちていました。

 

 ――うん、きっとこれは汗ですね。 あの人かなり余裕そうでしたけど、きっとかなりきつかったんですよ。

 

 だから、元気出してください、チトセさん……。

 

 

   ●

 

 

 チトセは瞬歩を何度も使い、なのはたちの待っている場所に戻ってきていた。

 そこにはなぜか黒焦げのボロボロになったシャーリーがいたが、みんな気にしていないようだったのでチトセも気にしないようにした。

 そこに、高町なのはが声をかけてきた。

 

「チトセさん、お疲れ様です。……あの子たち、チトセさんから見て、どうでしたか?」

「素材はかなりいいですね。磨けばかなり光ります。あたしとの模擬戦も、余裕を持てるのはあと2、3回ぐらいじゃないでしょうかねぇ。さすが、エースオブエースが見つけて育てただけのことは有ります」

「あはは……。そう言っていただけると嬉しいです。ところで、この後少ししたら反省会をして、解散してからシャワーを浴びて昼食になるんですけど、よかったら御一緒しませんか? あの子たちも喜ぶと思いますし」

「あたしは構いませんよ。一人で食べるより大人数で食べる方が食事もうまいですしね」

「そうですか、ありがとうございます。それじゃあ、あの子たちが来るまで先ほどの模擬戦の映像からあの子たちの注意点「ママーーー!!」を、――って、ヴィヴィオ!?」

 

 チトセとなのはが話していると、どこからかかわいらしい声が聞こえてきた。

 その声が聞こえてきた方を見ると、六歳ぐらいの金髪の女の子がこちらに手を振りながら走り寄ってきていた。

 チトセは『かわいいなぁ、あたしも早くいい男見つけてあんな子どもが欲しいなあ』とか、『でもあれ? ママ? ここにあんな大きな子どもがいるような歳の人いたっけ?』などと考えていると、とてとてと走ってきた少女は、なのはの胸に飛び込み、

 

「なのはママー、おはよー」

 

 と言った。

 

 『うん、おはよう』等と返しているなのはと女の子を見ながら、チトセは混乱していた。

 

「……あの、高町なのはサン? その子、今あなたの事『ママ』って……?」

 

 その質問に、困ったような顔をして『え~っと、これにはいろいろと事情がありまして……』などというなのはだったが、詳しいことを言う前になのはに抱っこされた女の子が、

 

「……? なのはママはなのはママだよ? ね~、なのはママ?」

 

 などと言い放ち、それを呆然と見ていたチトセは、急にふらふらと体を揺らして、

 

「ハハハ……、そうか。 なのはサンって確か19歳だったはず……。あたしよりも年下なのにあんな大きな子どもがいるんだ……。あはは……」

 

 とかなんとかぶつぶつ言いだして、最後には、

 

「――ちくしょーーーー!!! いつか絶対幸せになってやるーーーーー!!」

 

 と言い残して消えた。

 

 後に残されたなのはたちは顔を見合わせ、とりあえず後でどうやって説明すればいいのかと悩むのであった……。

 

 

 

 

 序章 ~Fin~

 




************************************************
チトセ・カガミ
年齢 20歳
所属 隠遁世界・ハイディル & 機動六課
役職 次期代表兼民間協力者
戦種 近接武術士(ストライク・フォーサー)
特徴 残念美人

――――――――――――――

そんなわけで、少々長めにお送りしました。
いかがでしたでしょうか。

《序章》と題名についていますが、この続きは書いていません。
ぶっちゃけネタはかなり思いついてはいるのですが、書いている余裕がないんです。
オリジナルの連載もありますし、何よりリアルの多忙が続いているので……。
なので、もしこの続きを書くとしたら、長期の休みの最中になるかと思われます。


また、それ以外でも、誤字脱字報告・ここはもっとこうしたほうが良いというご意見・感想・きちんと筋の通った酷評などがあれば、ぜひ感想まで御気軽にどうぞ。

では、今日はこれにて。
最後になりますが、
ここまで読んでくださったあなたに、最大限の感謝を。

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