ハピナ先生主催『《第1回》ハーメルンSS小説コンテスト』参加作品です。お楽しみいただければ幸いです。
それでは、抜錨!
いきなり飛び込んできた音に思いっきり肩を竦めた榛名は、その騒音の根源、破壊せんばかりに勢いよく開け放たれた観音開きのドアの方に顔を向けた。飲んでいたハーブティーで舌を軽く火傷したことを少し恨みつつもそっちを見る。
「ヘーイ! 榛名! そこにいますネー!」
そこに立っていたのはこの鎮守府随一の喧し……いや、姦し……華やかさで有名な榛名の姉、金剛型高速戦艦一番艦、金剛である。巫女服に似た千早を翻し、扉を開けはなった姿勢のまま左手を前に出した姿は豪気に溢れ、金剛力士像もかくやといった雰囲気である。最も、それを本人に指摘すると『ワタシは淑女、レディなのデース!』と戦艦の高馬力に任せてぽかぽか叩かれるので、だれも口にしないが。金剛が着任して早々、提督がそれで数日入院を余儀なくされたのはかなり前の話だ。
「金剛姉様、おはようございます。今日は提督とご朝食なのでは……?」
「テートクとのBreakfastはもう食べて来たネー! それよりも今日榛名は非番ですネ? 予定は入ってますカー?」
「い、いえ、何もないので榛名一人でお買い物にでも行こうかと……」
「Yes! なら好都合デース! 榛名、一緒に買い物いきまショウ!」
「金剛姉様はスウィングシフトじゃ……」
榛名の記憶が正しければ今日は金剛は11:00JSTから
「問題Nothing! 比叡が代わってくれたから今日は一日Freeデース! 榛名、どうですカー?」
「そういうことなら喜んで! 榛名、ご一緒いたします!」
榛名は即答。いろいろツッコミどころの多い姉だが、そんな姉でも榛名にとっては大切な人だ。そんな人に誘われては断る理由はない。
「そうと決まれば準備開始ネー! 榛名はいきたいお店とかありますかー?」
「布屋さんでしょうか、部屋のカーテンを作り直したいなぁと」
「ならそこから回っていくのがいいかしらネー。あと、カフェに花屋に……いろいろ周りまショー!」
「ハイ、金剛姉様!……あれ、お花屋さんですか?」
「Yes. 今日には必要なものデース」
「今日は……2月29日ですか? 確かに閏日ですけど……閏日にお花ですか?」
「ハイッ! 大切な日なのデース! 特に乙女にとっては、ネ!」
そう言って金剛は大きくうなずいた。榛名は頭の上に「?」を浮かべるが、金剛は上機嫌に笑うだけだ。
「……どういうことなんでしょう?」
「フッフー、ほかの人には内緒ネー。今晩になれば分かるデース」
そう言いながら金剛は榛名に用意を急かすのだった。
金剛たちの外出申請が通り、金剛と榛名が春の気配にどこか心ときめかせているころ、執務室は地獄と化していた。
「ひ、ヒエーっ! 提督っ! またなんか赤い画面がっ!」
「何をした!?」
「綾波たちの帰港処理をしようとしたらこんな画面が出ましたっ!」
秘書艦席に座っていた比叡が提督を呼ぶ。指揮官席から飛んできた提督は小さく舌打ちしてキーボードを叩く。エラー画面がいくつも立ち上がっていく。再度舌打ち。
「レベルB⁻以下のタスクをスワップアウトしろ! このままだとデータ落ちるぞ!」
「了解しましたっ!」
比叡の返事がどこか自棄になってくるがその間にも次から次へとエラーが飛び出す。ソレを見て提督は頭をガシガシと掻きむしった。
「これから来る報告は紙で記録取れ紙で! 後でまとめて入力するから逐一メモに取っておけ!」
「ぜ、全部ですかっ!?」
「全部だ!」
「処理待ちのタスクがどれだけあると思ってるんですか!? 報告だけで200件超えますよ!?」
「処理しきれないなら応援呼ぶからとりあえずシステム復旧まで持ち堪えろっ!」
「提督っ!」
比叡の絶望を露知らず今度は執務室に夕張が飛び込んできた。
「兵站管理システムにエラーで弾薬管理庫へのアクセスがロックされてます! ドアが開かなくて弾薬補填ができませんっ!」
「施設管理部に至急連絡してマスターキー借りてこい! 通知書は今手書きで用意するから3分待て!」
「手書きっ!?」
白いコピー用紙を取り出して提督が万年筆を滑らせる。
「仕方ないだろう。今期から移行した新システムがうるう年でバグるって誰が思う? おかげで電子処理が軒並みダウンしてるんだ」
「軒並みダウンって……出撃管理もですか?」
「タイムスタンプが必要な処理が片っ端から落ちてる。うるう年のデバッグをせずに運用開始しやがって、システム軍団の奴らに後で文句言ってやる」
そう言いながらも提督はサインを書きつけ、夕張に回した。
「燃料系はいけるのか?」
「補給基地からのパイプラインは止まってますけど、備蓄分で十分行けます!」
「そっちも落ちてるのか……とりあえずうちの艦隊傘下の工廠部のシステムは凍結かけとけ。出撃関係が落ちたら洒落にならんぞ」
「あの、明石さんが今日は開発行ける気がするとか張り切ってたんですが……」
「すぐに止めてこい! ついでに上からの正式なアップデートが来るまでの簡易パッチを大至急上げてくれ」
「りょ、了解!」
「後で天麩羅蕎麦でも何でも奢ってやるから急げ!」
「了解っ!」
バタバタと出ていく夕張と入れ替わりで電が飛び込んでくる。
「遅れたのですっ!」
「ミッドナイトシフト明けで呼び出したんだ。謝ってくれるなよ。とりあえず比叡のサポートに入ってくれ。秘書艦業務実績なら電が一番長いから勝手がわかってるだろう。今日一日の辛抱だから頼む!」
「司令官さんのお役に立てるならこれくらいへっちゃらなのですっ! 後で暁お姉ちゃんたちも後で応援に来てくれます。それまでは頑張るのですっ!」
「助かる、このまま処理を―――――」
「提督っ!」
「今度はなんだ!?」
次から次へと飛び込んでくる艦娘たちに提督は叫び返す。地獄の1日はまだ始まったばかりだ。
さて、時間が進んで昼下がり。鎮守府が阿鼻叫喚の地獄絵図になっているとなど露も知らない金剛・榛名の外出組は買い物を楽しんでいた。
「そういえばテートクの料理の趣味って榛名は知ってましたカー?」
「甘いものは全般お好きだったような……確かチョコレートブラウニーとかはよく好んで食べていらっしゃいましたよね」
「Yes! なのでテートクにチョコレートブラウニーを買って買っていくつもりデース! 今日は特別な日ですからネー」
「金剛姉様、榛名、そろそろなんで2月29日が特別なのか知りたいです」
そう言うと金剛は小さく笑った。
「だーかーらーそれは夜までナイショデース!」
そう言いながら金剛は榛名の一歩前を進む。どこか頬を膨らましながらそれを追いかける榛名。
「もう、金剛姉様は秘密主義が過ぎますよ。榛名にも話してもらえないんですか……」
「そんな悲しい顔はしなくても大丈夫ネー榛名。でもここは女として負けるわけにはいかないのねー」
「女として……ですか?」
「Yes! こればっかりは負けるわけにはいかないからネー」
そう言ってどこかご機嫌な金剛を榛名は不可思議な顔で見る。
(女としてということは殿方へのアプローチ……金剛姉様の殿方といえば提督以外にはありえません……)
鼻歌を歌いながら上機嫌に進む姉を見て、榛名は顎にほっそりとした指を当てた。少し考え込む。
(金剛姉様の誕生日でもありませんし、提督の誕生日……というわけでは無いですね。たしか5月だと仰ってましたから。なにかの記念日でしょうか……でもなんの記念日何でしょう?)
「榛名、降参ですカー?」
その声に顔を上げれば金剛が振り返っていた。
「……そうですね、榛名には全く思いつかないです」
「鎮守府に帰っても今日は誰にもバラさないと約束できますカー?」
約束できるなら話してあげマース、と金剛はどこかいたずらっ子のような笑みを浮かべる。頷く榛名。
「実はですねー」
榛名の耳元に金剛は唇を寄せた。一言二言、告げる。
「……! なるほど、そういうことですか。姉様らしいといえば姉様らしいです」
「4年に一度しかないチャンスだから、ぜったいモノにしたい訳デース! なので、このことは他言無用ですからネー」
「わかりました。姉様がそう言うなら今日は話しません」
「よろしいっ!」
金剛の向日葵のような笑みに榛名は笑い返した。
「姉様、でしたらケーキ以外にも選んでみるのも一考かもしれませんよ。プレゼント選び、お手伝いいたしますっ!」
「榛名は気が利くから大好きデース。なら百貨店に向かうネー!」
金剛に手を引かれるようにして榛名も駆けだした。春の暖かな光が二人を照らしていた。
「な、なんとか……復旧か……」
「なのです、ね……」
「比叡……頑張りました、よね……」
机に突っ伏した三人の横にことりと湯呑が置かれた。
「寝るのであれば仮眠室へ行くことをおすすめします。机で寝ると腰にきますよ。比叡姉様、言ったそばから寝ないでください」
「寝てません! 寝てませんってばぁ!」
慌てる比叡を一瞥して霧島は視線を戻した。緑色のメタルフレームが光る眼鏡を見上げてどこか力ない笑みを浮かべる提督。
「霧島、応援に来てくれて助かったよ」
「いえ、電ちゃんが入っているとはいえ、機械音痴の比叡姉様にトラブルシューティングができるとは思わなかったので来ただけですから」
「姉に対してその物言いはなんですか霧島ー」
「実際エラー値を入力しまくったのは比叡姉様ですよね?」
「……それは、そうだけどもさ……」
「ですが、あれだけのトラブルを凌ぎ切るとは、やはりデータ以上の方ですね、司令」
言い返せずに「ぐぬぬ」と呻く姉を放っておいて、霧島は提督に笑いかけた。その様子に苦笑いを浮かべる提督。
「それでも、いくつかは明日に繰り越しだ。実質的にはマイナスだから明日も頑張らねばなぁ……」
そう言って提督は笑う。どこか疲れた笑みだが、ソレをあえて指摘する人はいなかった。
「何はともあれこれで騒動は終了だ。お疲れさ―――――」
「ヘーイ! テートクゥ! ……って何を身構えてるネー」
蝶番ごとドアを吹き飛ばさん勢いで全開になったドアにとっさに臨戦態勢に入った提督。
「……金剛か」
「何かあったデース? 比叡も電も疲れ切ってますが何かあったデース?」
「金剛姉様、明日にはお話しますからどうか今は……」
比叡がそう言って泣きそうな顔をした。それを見た金剛はクスリと笑った。
「なんだかよくわからないですが、よく頑張りました、比叡」
金剛が微笑むと、とろけたような表情を向ける比叡。そんな様子をぼんやりと眺めていた提督に、金剛がつかつかと歩み寄る。
「テートク、今日は何の日か知ってますカー?」
「……2月29日、閏日だが?」
「正解デース、では13世紀にスコットランドでうるう年にまつわる法律が制定されたのは知ってますかー?」
「……そんな旧法を持ちだすか」
提督はかなり苦い顔を浮かべる。それにわかりやすくムッとする金剛。
「知ってるか、知らないかを聞いてるだけデース」
「……未婚の女性は閏日ごとに、好きな男性に対してプロポーズすることができる。男性がプロポーズを拒むには、罰金を払うか、絹のドレスを与えなければならない」
クスリと笑う金剛、千早の袖から飛び出したのは一輪の薔薇。
「I love youデース、テートク。私は貴方を愛していマース!」
そのド直球の言いぐさに周囲がどこか顔を赤くする。その後の静寂に息を飲むような音が響いた。
「……受け取ってくれないデス?」
溜息が一つ落ちて、提督は肩を竦めた。
「……誰かとくっつくのは性にあわな―――――」
そう言ってその薔薇に手を伸ばした瞬間
「待ってくださいっ!」
息をせき切らした榛名が執務室に飛び込んできた。
「金剛姉様には申し訳ないですが、こればっかりは榛名も負けられませんっ!」
榛名は金剛の隣に立って何かを差し出した。掌に収まるような小さな、箱。
「提督、榛名は、ずっとあなたをお慕いしております。どうか、受け取ってくださいっ!」
「横入りはずるいデース! それに榛名は誰にも話さないと……!」
「はいっ! 誰にも話してません! ですが、私も渡さないとは言ってませんっ!」
金剛が慌てたような表情をする。これでは、作戦は丸つぶれではないか。
とりあえずは今日のうちに押し切って、次のうるう年までに
「テ、テートク、は、早く私のを選ぶデース!」
「無理矢理はよくないですよ姉様!」
提督に詰め寄る戦艦二人。だがそれを止める人材はこの場にいなかった。
運悪くというかなんというか、比叡は疲れ切って寝てしまっているし、霧島はニコニコと笑ったまま手を貸そうとしない。電に至ってはどこかに消えている。その中で選択を迫る金剛と榛名の声が響く。その時ドアをノックされたのだが気が付かなかった。
「アドミラール、実はお願いがあるんだが……」
薔薇の花束片手に現れるビスマルク。それを見て激写しようとカメラを持って尾行してきた青葉。
「チッ、邪魔が増えたねー」
「金剛姉様に榛名姉様、一応申し上げますけど、女性が見せてはいけない表情を成されてますよ」
「そんなことないデース! ね、榛名!」
「ハイ姉様!」
提督は二人から三人に増えた相手を見て、顔を青くしていた。
だが提督はまだ知らない。
この後も海外出身の子たちをはじめとして寄ってくる子がまだ控えていることを。
誰かから受け取るという選択ができなかったこともあり、財布からかなりの額が羽ばたいていくことを。
いつの間にかいなくなっていた電が「ぷ、プレゼントにできるものなどこれくらいしかないのです……!」などと口走りながらリボン一つという完全にアウトな恰好で執務室に突撃してくることを。
その電を目撃した残りの第六駆逐隊の面々からしばらく白い目で見られ続けることを。
そしてその一部始終を青葉が激写してスクープとして一般公開するということを、提督はまだ知らない。
それでも、提督は思うのだ。
コンピュータのバグに始まり、一日忙殺されて、女の子には娶るか金を払うかを迫られる。これがうるう年だというのなら――――――
もう二度と来てくれるな! うるう年なんて!
いかがでしたでしょうか?
ちなみに『啓開の鏑矢』とリンクしているかしていないかは、ご想像にお任せします(笑)
こんな作品ですが、楽しんでいただけたなら幸いです。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次の機会にお会いしましょう。