ようやく投稿します。よろしければ、読んでいってください。
では、第七話どうぞ
昼休み、僕は昼食を食べるために奉仕部の部室へと向かっていた。今日はあいにくの雨だから、廊下を歩いているといつもは中庭で食べている人が校舎にいるため、他クラスからのざわざわとした話声が聞こえる。昼ご飯をクラスの友達とも食べる機会はあるけれど、雪姉ちゃんと食べる割合の方が多くなってしまうのは、もう仕方がない。この辺りのバランスはしっかりとっていこう。
まあ、それは置いといて。早く部室にいかなくちゃ。雪姉ちゃんはいつも早いからな。足早に部室に向かう。その途中だった。
「月乃君」
後ろから呼び止められる。後ろを振り返ると、亜麻色の髪、小さく可愛らしい顔立ち。制服を少しだけ着崩し、余ったカーディガンの袖口を控えめに握っている女の子。
「やあ、いろはちゃん。久しぶり、高校で話すのはこれが初めてだね」
「そうだね。ようやく高校生活にも余裕ができてきたし」
柔らかく微笑んで立っているは一色いろはさん。実はいろはちゃんとは中学からの知り合いだ。といっても、学校が同じだったわけじゃない。僕の中学は部活動に入るのが義務化されており、その部活の大会の会場でたまたま知り合い仲良くなったのだ。それからは度々連絡を取り合って遊んだこともある。
「それで、友達はできた?」
「うん、いっぱいいい人ができたよ」
いい人ね。本当にいい人ならいいんだけど、いろはちゃんにとってどうでもいい人
だったらその相手に同情してしまう。
「どうせ異性の子でしょ? 女の子の友達はいないの?」
「もう~、月乃君はあたしのお母さんのなのかな~?」
頬をぷくぅーっと膨らませるその姿は大変可愛らしいのだが、これすべてがわざとやっていることだと知っているから苦笑が漏れる。
「心配しなくても女の子の友達もいます。みんな仲良くしてくれるよ。て、わたしのことはいいの! 月乃君はなんか変わったことあった?」
「特別変わったことは無いよ。勉強もそこまで難しくはないし」
「ふぅん。まあ、総武高主席合格だもんね。勉強に躓くなんてこともないか」
「なんだか含みのある言い方だね。僕が受験勉強見てあげたの忘れちゃった?」
「その節は本当にお世話になりました」
てへっと笑ういろはちゃん。まったく本当に感謝しているのか疑わしいところがある。この子は最初からそうだった。自分の魅力をしっかり理解していて、その魅せ方も熟知している。だからこそ異性にはとても人気があり、反して同性には煙たがれる。媚びているだとか、調子に乗っているだとか、そういった陰口は必ずと言っていいほどに言われてきているはずだ。それでも、それを弱者の僻みだと言わんばかりに周りの男の子を魅了していくのだから、敵を作りやすい子なのだ。同時にそれがこの子の強さなのかもしれない。周りに関係なく自分を貫く。それは簡単に出来ることじゃない。だけどきっと、そう遠くないうちに、いろはちゃんは奉仕部の戸を叩くときが来るだろう。
「そういえばさ、月乃君のいるJ組って女の子が多いんだよね?」
そう、僕と視線を合わせず不安げに口を開く。
「まあそうだね。それがどうかした?」
「仲良くなった子とかいるの?」
「……。クラスのみんなとはもう友達だよ」
こうとしか言えない。友達、一番簡潔でそしていろはちゃんにも当てはまる言葉。
「そっか。ならいいや」
ちょっと安心した顔で顔を上げたいろはちゃんいつも通り、可愛らしい笑みを口元に作っていた。
「いいってなにさ。それこそいろはちゃんは僕のお母さんなのかな」
「だって月乃君、人たらしじゃない」
「酷い言われよう。だったらいろはちゃんは男ったらしかな」
「むっ。そういうデリカシーのないこと言う月乃君は嫌い」
そんな益体もないことを、いろはちゃんがお昼のお誘いをされるまで続けた。またねと手を振り合って、いろはちゃんはほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。
いろはちゃんの陰が教室になくなったのを見て、小さく息を吐く。これもいつかけじめをつけなきゃいけないことだ。いつまでも見過ごすわけにはいかない。だけど今は、それはそれとして、優先すべきこととして……
「雪姉ちゃんのとこ行かなきゃ」
× × ×
少し足早に部室に向かっていると、前から雪姉ちゃんが歩いてきた。いつもは部室でお弁当を食べているはずなのに、どうしたのだろう?
「雪姉ちゃん」
「あら、月乃。遅かったわね」
「ごめんね。ちょっと話こんじゃって。それで、雪姉ちゃんはどこに?」
「今日は由比ヶ浜さんも一緒のはずなのに一向に来ないものだから、様子を見に行こうと思って」
様子を見る、それって文句を言いに行くっていうのと違いはないのだろう。じゃあ僕も一人で部室にいたってつまらないし、雪姉ちゃんがいないんじゃそもそもいる意味もないし、ということで僕も雪姉ちゃんとともに二年F組に向かう。
目的のクラスに近づくにつれて空気がどこか冷えているように感じた。そしてそれは僕たちの目的地からのようで、その様子は開いたままの教室後方の扉から確認できた。なにやら言い争い、いや一方的な罵倒になっているようだ。その中心は金髪をめっちゃ巻いている縦ロールの三浦先輩と、お団子髪が特徴の由比ヶ浜先輩。あれれ、由比ヶ浜先輩はこういったことはあまり好まない、というかこういったことにならないように立ち回るのが得意そうだけど……。なにか心境の変化があったのかな。疑問に思う必要もなく、先の奉仕部への依頼のおかげだろうけど。
比企谷先輩ももちろんいた。気にしているのかチラチラと様子を窺っている。なんだかんだ言って、比企谷先輩も由比ヶ浜先輩のことが心配なのかもしれない。いつもあんなに捻くれた性格をしているのに人の心配をしているなんて、今度ひねデレって呼んであげようかな。
完全に空気が凍っている教室に、さらなる冷気が入り込む。
「謝る相手が違うわよ、由比ヶ浜さん」
もちろん我らが雪姉ちゃん。その美しい声に、教室中の視線が雪姉ちゃんを捉える。それが嫌で、僕も雪姉ちゃんの隣に並ぶと雪姉ちゃんに向かっていた視線がそのまま僕に向けられる。
「由比ヶ浜さん。あなた、自分から誘っておきながら待ち合わせ場所に来ないのはどうかと思うのだけれど。遅れるなら連絡の一つぐらい入れるのが筋ではないの?」
場の空気を変わったことになのか、それとも雪姉ちゃんが来てくれたことになのか、由比ヶ浜先輩は安心したように微笑んでこちらに歩いてくる。
それにしても、いつのまに由比ヶ浜先輩は雪姉ちゃんと連絡先の交換をしたのだろう。そんな雪姉ちゃんにとって重大な場面に僕が居合わせなかったなんてありえない。だって今後の雪姉ちゃんの高校生活に関わるから。僕が知らないということは本当に僕がいないところで交換をしたか、あるいは雪姉ちゃんが勘違いをしているかだ。
「……ご、ごめんね。あ、でもあたしゆきのんの携帯知らないし……」
ビンゴでした。うん、勘違いしちゃう雪姉ちゃんも可愛い。いつもの完璧さの中でたまに見られる隙。これがギャップ萌えかな。僕は年がら年中雪姉ちゃんに燃えてるけど。
「……そう? そうだったかしら。なら、一概にあなたが悪いとは言えないわね」
周囲の空気なんてお構いなしに自分の話を進めていく。その態度に異を唱えたのは三浦先輩だった。
「ちょ、ちょっと! まだあーしたち話終わってないんだけど!」
その言葉には少し疑問を感じた。思わず、嘲笑が漏れる。
「話す? 会話ですか?」
意味としては二人または数人が、互いに話したり聞いたりして、共通の話を進めるこ
と。
「ふむ……どうやら先輩のしていたことは会話ではないようですね」
雪姉ちゃんに向かっていた怒りが一気にこちらに向いた。
「なに? あんた、後輩のくせに」
ああ、こういう年齢で人を甘く見る人ってなんでこう、頭の構造が緩いのだろう。
「後輩のくせにしゃしゃり出てくるな、ですか? すいません、決して水を差したいわけじゃないんですよ。そもそも僕がなにも言わなくても、先輩は姉さんに言い負かされるのは決定しているので……ですが少しだけ日本語の不一致を見つけてしまいまして」
「は? 意味わかんないんだけど」
一層視線が鋭くなる。そんなものよりも気持ち悪い視線を、僕は知っている。
「会話もできないんだからそうでしょうとも」
「だからっ!」
怒りのボルテージが上がった三浦先輩のそれを冷ましたのは、またもや雪姉ちゃんの底冷えする声だった。
「そういうところよ。ヒステリーを起こして一方的に自分の意見を押し付ける。そんなものは会話ではないとこの子は言っているの」
「なっ!?」
「ごめんなさいね。あなたたちの生態系に詳しくないものだから、ついつい類人猿の威嚇と同じものにカテゴライズしてしまったわ」
「~~っ」
三浦先輩は雪姉ちゃんを睨みつける。しかし雪姉ちゃんはそんなものは知らんとばかりに受け流す。
「お山の大将気取りで虚勢を張るのは結構だけど、自分の縄張りの中だけにしなさい。あなたの今のメイク同様、すぐに剥がれるわよ」
「……はっ、何言ってんの? 意味わかんないし」
「自分の本性というものは隠せないということですよ」
「だから訳わかんないこと言うなし」
こちらを睨む目が少しだけ揺らいだのを僕は見逃さなかった。ならば、もうひと押し。
「それとも、晒してあげましょうか?」
小さな冷笑とともに言うと、三浦先輩は観念したように視線を逸らし、倒れ込むように椅子に座った。これは驕りでも慢心でもなく、僕の存在は一年生だけではなく学校中に知れ渡っているだろう。それは始業式での新入生代表の挨拶だけではなく、雪ノ下雪乃の弟であるということは全学年が知っている。さらには全校生徒を知るためと称してすべての教室を訪ねたことで僕の存在を認識させた。
だから僕という存在を二年のトップカーストに座る三浦先輩が知らないはずもない。そして残念なことにその立場は、三浦先輩よりも高い。円滑になおかつ円満に周囲との関係を広げている僕。周りから評価の高い雪姉ちゃんの弟だと証明し続けている僕。そして総武高校の歴史において一番に上がる有名人、雪ノ下陽乃。その陽姉ちゃんの弟だと教師から期待される僕。そんな僕が本気で行動に出れば、三浦先輩の立場をなくすなんてことは簡単にできる。
だって僕は―――――陽姉ちゃんの弟なんだから。
三浦先輩はイライラしながら携帯をいじり始めた。
誰も喋らない空間の中で、由比ヶ浜先輩は立ち尽くしていた。何か言いたげにきゅっとスカートの裾を握る拳に力を入れた。雪姉ちゃんも意図を察したのか、先に教室を出ようとする。その背中を僕も追う。
「先に行くわね」
「待ってますよ」
「あ、あたしも……」
「……好きにすればいいわ」
「うん」
由比ヶ浜先輩はにっこりと笑った。だけど、この教室で笑っているのは由比ヶ浜先輩だけだった。
× × ×
ドアのすぐ横に寄りかかって中の様子を窺う。雪姉ちゃんは腕を組んで目を瞑っている。
すると、教室から多くの人が出てきてその中には比企谷先輩もいた。出てきた人たちは各々別の場所に散っていき、この場所には僕たちしかいなくなった。
そのせいで教室の中の会話がここまで鮮明に届く。由比ヶ浜先輩の話声は少しだけ固い。
必死に自分が思っていることを話す。いつも周りの人に合わせてばかりだったと、拙いながらもしっかりと、真っ直ぐに。
由比ヶ浜先輩は、時折ぐすっと嗚咽を漏らすような声が途切れ途切れに聞こえる。そのたびに雪姉ちゃんがぴくっと反応し、そーっと薄目を開けて目だけで教室の中を見ようとする。それを僕はやんわりと止める。
「大丈夫だよ。由比ヶ浜先輩は大丈夫」
雪姉ちゃんは小さく息をついて壁に寄りかかる。
『ヒッキーとかゆきのん見てて思ったんだ。周りに誰もいないのに、楽しそうで、本音言い合ってお互い合わせてないのに、なんか合ってて……。つきのんは、たまにヒッキーからかって、そんな二人をいつも優しそうに見てる』
奉仕部の部室では当たり前の光景。言い合いは結局比企谷先輩が負けて、ふて腐れるように本を読みだす。雪姉ちゃんもそれで満足して同じように本を読む。僕も色んな事をしながら、時々ハーモニカで演奏する。僕たちにとっては当たり前で、それが自然なこと。
『それ見てたら、今まで必死になって人に合わせようとしてたの、間違ってるみたいでさ。だってさ、ヒッキーとかぶっちゃけまじマジヒッキーじゃん。休み時間とか一人で本読んで笑ってて……、キモいけど、楽しそうだし』
第一印象が酷いな。それを聞いた雪姉ちゃんがくすっと笑う。僕も苦笑が漏れた。
「あなたのあの奇癖、部室だけかと思ったら教室でもなのね。あれ、本当に気持ち悪いからやめたほうがいいわよ」
いや~、実際こっちがなにかしている時に比企谷先輩の方からいきなり「ふっ」て笑いが聞こえたときはちょっと顔が引きつった。
「気付いてんならその場で言えよ」
「嫌に決まってるでしょう。そんな気持ち悪いときに話しかけたくないもの」
苦い顔をする比企谷先輩はチラリと僕の方を見た。お前も気付いてたんだろと言いたいのだろう。一瞬比企谷先輩を見て視線を窓に移す。
「おい、目を逸らすな」
こちらがこんなことをしている間にも、教室の中は緊張した空気をずっと醸し出している。
『だからね、あたしも無理しないでもっと適当に生きてよっかなーとか思っちゃって。でも、べつに優美子のことが嫌だってわけじゃないから。だから、これからも仲良く、できる、かな?』
『……ふーん。そ。まぁ、いんじゃない』
パタンッと携帯を閉じる音が聞こえた。
『……ごめん、ありがと』
ぱたぱたと上履きを鳴らして歩いてくる音が聞こえてくる。どうやら、ちゃんと話すことができたみたいだ。
「……なんだ。ちゃんと言えるじゃない」
雪姉ちゃんは一瞬綺麗な笑顔を浮かべると、すたすたと部室への道を歩いていく。僕も雪姉ちゃんの横に並んでいく。廊下の角を曲がったあたりで、比企谷先輩と由比ヶ浜先輩の言い合いが聞こえて、僕も小さく笑った。
いろはと月乃は中学時代にもう知り合っていたことにしました。なんとなく、そういった設定もいいかなっと思った完全な思い付きです。今後どうなるかは僕もまったくわかりません。
次回は材木座さんの依頼です。次の投稿は何時でしょうね?
・・・・・まあ、いつかは投稿します。
ではでは、第七話、読んで下さりありがとうございました。