あとがきに月乃君のプロフィールを載せましたので、よかったら見てください。
「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ」
まったく歓迎していないのが誰にでもわかる態度で言う雪姉ちゃんは、おそらくへこんでいるであろう比企谷先輩にさらに追い打ちをかけていく。
「平塚先生曰く、優れた人間は憐れな者を救う義務がある、のだそうよ。頼まれた以上、責任は果たすわ。あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい」
ノブレス・オブリージュ。日本語で貴族の務め。日本には貴族というものは無いけれど、僕たち雪ノ下家はそれなりに裕福な家庭だから、そう評しても違和感はない。
それを聞いた比企谷先輩は負けじと言い返す。
曰く、実力テスト国語学年三位。
曰く、顔だっていい方。
曰く、友達と彼女がいないことを除けば、基本高スペック。
最後が致命的すぎるな。自覚しているけど直そうとしていないんだな、この人。こんな自己評価の高さに雪姉ちゃんは言う。
「変な人。もはや気持ち悪いわ」
と。容赦ないけどそれが良い!
その後、宮沢賢治の「よだかの星」の話になって比企谷先輩が劣等扱いしたりしている。
「ごめんなさい。言い過ぎたわ。普通未満というのが正しいわね」
「学年三位って聞こえてないのかよ?」
「一科目の試験の点数で、頭脳の明晰さを証明しようとする考えがもう低能ね」
「知るか、お前が頭いいのは知ってるがな……ていうか、そのハーモニカそろそろうるさいんだけど」
「あ、すいません」
適当に、毎週日曜の夜11時からの人間密着ドキュメンタリー番組のテーマ曲を吹いてたら注意されてしまった。
「で? お前誰?」
うわ~、直球な聞き方。でも、僕を知らないって人はかなり珍しい。
「あなた、この子のことも知らないのね? 本当にこの学校の生徒?」
「はっ! そんな如何にもリアル充実してるような奴を俺が知るわけないだろ」
「あはは、ひどい言われよう」
たしかに先輩よりかは充実した高校生活を送っていることは認めるけど。
僕が苦笑を漏らしていると、雪姉ちゃんが紹介してくれた。
「この子は雪ノ下月乃。入学式で新入生挨拶を務めた子よ」
「初めまして1年J組、雪ノ下月乃です。よろしくお願いします」
それを聞いて比企谷先輩はようやく思い出したみたいだ。
「あ~、あの中身のない挨拶してた奴か」
これまた手厳しい。雪姉ちゃんが人を殺せるかのような視線で比企谷先輩を見る。だけど、言われっぱなしというのはこちらとしても癪だ。だから一つだけ仕返しをしよう。
雪姉ちゃんがさらに先輩に罵倒を浴びせようとするのを遮って、僕は言う。
「青春とは嘘であり、悪である」
「……は?」
比企谷先輩が間の抜けた声を漏らす。
「青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺く。
自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。
何か致命的な失敗をしても、それすら青春の証とし、思い出の一ページに刻むのだ。……でしたっけ?」
先輩に微笑とともに言うと、先輩の顔が引きつる。
「なんでそれ知ってんの?」
「おや、これには身に覚えがあるそうですね、先輩? もしやどこかで同じものを見られましたか? それとも、これを知られていると拙いことでもあるんですか? 例えば、これを全てここで僕が言ってしまった後、姉さんから何を言われるか分からないとか……」
さらに先輩の顔が引きつる。
「お前、タチ悪い」
その言葉に、僕はさらに笑みを深くする。
「自覚してます」
しかしこの会話は僕と比企谷先輩しか分からない話で、そんな置いてけぼりな状況を雪姉ちゃんが許すはずもない。
「月乃、今の話詳しく私に教えなさい」
そして僕がそれを断る理由もなく。
「もちろんだよ、これはね」
「待って、悪かった! 俺が悪かった! ていうか知ってたよ。あんな素晴らしい新入
生挨拶をする後輩を忘れるわけないだろ!」
しかしそれは必死になった比企谷先輩に止められた。ていうか弁解が嘘くさい。そんなに効いたのかな、雪姉ちゃんの罵倒。しかしその行動が嫌だった雪姉ちゃんは身を引いて少しだけ僕に近づく。
「……うざ」
そんな一言が、比企谷先輩の胸を貫いた気がした。「なんで生きてるの?」そう言わんばかりの目で睨みつけている。
「そういえば、先輩たちの時の入学式の挨拶はどういう感じだったんですか?」
比企谷先輩に聞くと、困ったように頭を掻いた。と、同時に雪姉ちゃんがぴくりと反応した。
「いや、俺入学式出てないんだよ」
「へえ」
入学式に出ていない。でも、それはおそらくサボりとかじゃない。先輩は見た目あれだけど真面目な人だろう。ならば寝坊? それもあり得ない。新入していきなり遅刻はその後の高校生活をおくるのにかなり不利だ。先輩の場合、出ていなくても結果は変わらないかもしれないけど……。だとしたら、強制的に参加できなかった理由があった。
……っ! そうか、思い出した。比企谷先輩は、去年の春。正確に言えば去年の入学式の日に雪姉ちゃんが乗っていた車に轢かれた人だ。なるほど、たしかに僕もお見舞いに行ったことがあるから比企谷先輩に見覚えがあるわけだ。先輩はその時寝ちゃってたから僕のことを覚えてないだろう。でもそうなると、チラリと雪姉ちゃんを見る。雪姉ちゃんは変わらず、その視線は本の文字列を追っている。ここでそれを言うべきではないだろう。だとしても、どこかで一言言っておいて損はないはずだ。
そしてしばらくぶりの静寂が部屋を包む。比企谷先輩には痛い静寂だろう。しかしその静寂は荒々しい無遠慮な戸を開く音が響いて破られる。そんなことをするのはもちろん平塚先生である。
「雪ノ下姉弟、邪魔するぞ」
「邪魔するんやったら帰って」
「はいよ~。って、待て待て、私を定番ネタに付き合わせるな」
「付き合ってくれてありがとうございます」
ニヘラと笑うと、平塚先生は小さくため息をついた。そして僕たちと比企谷先輩を交互に見る。
「仲がよさそうで結構なことだ」
「いや、さっきまで俺脅されてたんですけど」
しかしそんな言葉を当然のように無視され、先生は比企谷先輩にこれからもこの部活での性格の矯正に努めることを告げると、帰ってしまうようだ。それを追った比企谷先輩が腕を捻じられ、「あんたゴルゴか!」とツッコミをしている。
そして話は先輩の問題点の無自覚さへと変わっていった。
雪姉ちゃんの変わることへの成長を、比企谷先輩は他人に言われて変わるようなものは『自己』ではないと言った。
「それは逃げでしょ。変わらなければ前には進めないわ」
「逃げてなにが悪い。変われ変われってアホの一つ覚えみたいに言いやがって。変わるってのは結局現状からの逃げだろ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」
「……それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃないない」
救われない、そう言う雪姉ちゃんはどこか鬼気迫るもののようだった。
―――雪姉ちゃんは、誰を救うつもりなのだろう。これから先の悩みを持つ人全てなのだとしたら、雪姉ちゃんは重い業を背負わなければいけない。まあ、そうさせないために、僕がいるんだけど……。
「まあ、二人とも少し落ち着きたまえ」
僕を除いて険悪な空気を和らげたのは、平塚先生の落ち着いた声音だった。
「ふむ、面白い展開になってきたな。が、雪ノ下弟、キミの意見も聞きたい」
「僕ですか?」
「ああ、先程の二人の話を聞いて、キミの思うところを聞かせてほしい」
平塚先生の言葉でこの部室全員の視線が僕に向かう。なんか緊張しちゃう。でも注目されるなら雪姉ちゃんだけが良い。
顎に手を添え、少しだけ考える。こういう時、雪姉ちゃんは安易な考えで味方へと付かれることを嫌がる。馴合いというものを嫌悪する雪姉ちゃんだ。ここで僕が同じ意見を言ったら、先一週間口をきいてくれないかもしれない。そんなことになったら僕は余裕で首をくくる。しかし、ならば比企谷先輩の意見に賛成すればいいかと言えば、それも大きく間違っている。ここまで雪姉ちゃんと論争できた先輩の論理は凄いが、それは即ち、それほどまでに雪姉ちゃんは気に食わないということだ。
結論、どちらかに合わせるという最も簡単な策に移ることはできない。
「そうですね。僕からしてみれば、変わる変わらないってのは、ここで論議するものじゃないかと」
「ほう」
平塚先生だけが興味深そうに僕を一瞥、雪姉ちゃんと比企谷先輩は少しだけ僕を睨みつけてくる。……怖い。そう、ただ怖い。
「だって、まず人が変わらないってことはありえないですから」
「なんでそう言い切れる?」
比企谷先輩の問いかけに僕は真剣な顔で応える。
「比企谷先輩、今の社会はどう思いますか?」
「腐ってる」
「……あはは、そう真っ先に応えられるとちょっと引きますね」
「腐っているのはあなたの目でしょ?」
そして雪姉ちゃんも容赦がない。
「ほっとけ。で、それがなんだ?」
「社会に出て一番必要なものは?」
雪姉ちゃんが答えた。
「支配力かしら」
「怖えよ」
でもたぶん、社会に出て雪姉ちゃんはすぐに人の上に立つだろうからそれは必要なものかな。
「適応力と言いたいのか?」
見かねたのか平塚先生が応えてくれた。その答にニコッと笑って正解の意を示すと、先生はなぜか顔を赤らめてそっぽを向いた。 ……???
「そうです、適応力。人は環境になれるために無意識的にそれを発動する。だから比企谷先輩、あなたは社会に出れば嫌でも変わってしまう」
「だから、そう簡単に変わるのが『自分』とは言えないって話なんだけど」
「いえ、これは変わるか変わらないかってことが重要ではなく、無意識ってところが重要です。人は変わりたくて変わるんじゃない。変えられていくんです。自分の意図したようにではなく、周りの環境に、束縛された社会に、無慈悲に無感情に……―――人は嫌でも変えられる」
高校生ぐらいまでだろうか、社会というものに憧れてそこでうまくいく自分を想像できるのは、しかしそんな生易しいものじゃない。比企谷先輩の言う通り、社会はクソだ。事実は小説よりも奇なりというが、そんなことはない。小説の方がはるかに夢に満ちていて希望に溢れている。現実には残酷さと泥沼のような醜悪さがあるだけ。それでも生きていくために、人はそれらを受け止めなければいけない。でもその時、人は自分の理想から大きく離れた自分へと変わる。
少し静まった部室。平塚先生と比企谷先輩はどこか驚くようにこちら見ていて、雪姉ちゃんは心苦しそうに見ていた。だから僕はそれを変えるために少し茶化しを入れる。
「まあそれでも、比企谷先輩は変わらないと社会にでることさえも不安なので、高校で、あるいは大学で変わった方が良いかもしれないですね」
―――町中を歩いていて、フリーター生活をしている先輩を見るのは嫌ですから。
そう最後に付け足すと、比企谷先輩が最初に苦言を呈す。
「いや、俺はフリーターにもならない」
「それはただのニートですよ?」
「人間として終わっているわね」
でも、そのおかげか随分と空気は緩くなった。それを見計らい、先生が少しだけテンションを上げ、どこか少年のような瞳で言った。
「ふむ、これで全員の意見が出揃ったな。古来より、お互いの正義がぶつかったときは勝負で雌雄を決するのが少年漫画の習わしだ」
……? ついていけない。
「いや、何言ってるんすか……」
比企谷先輩の苦言もまったく聞いていない。高らかに笑うと、僕たちに向けて声高に宣言した。
「それではこうしよう。これからキミ達の下に悩める子羊を導く。彼らをキミ達なりに救ってみたまえ。そしてお互いの正しさを存分に証明するがいい。誰が人に奉仕できるか!? ガン○ムフ○イト・レディー・ゴー!!」
「嫌です」
熱くなったテンションに冷や水をぶっかけたのは雪姉ちゃん。その視線は先程まで比企谷先輩に向けていたものと同じ冷たさを持っていた。
「先生、もう少し落ち着きましょう? 子どもっぽさは人が惹かれるポイントの一つかと思いますけど、歳も歳ですし先生だと少し痛痛しいかと」
「ぐふっ!」
言うと、平塚先生はその場で蹲ってしまった。
「お前容赦ないな」
比企谷先輩が冷や汗を流してこちらを見る。どうやらやり過ぎたらしい。
しかしおかげでクールダウンできたみたいだ。ダウンしすぎて少しだけ涙目だが、取り繕うように咳払いをした。
「と、とにかくっ! 自らの正義を証明するのは己の行動のみ! 勝負しろと言ったら勝負しろ。キミ達に拒否権はない」
「横暴すぎる……」
確かに横暴。隣で雪姉ちゃんもため息ついてるし。
そして平塚先生はさらに言う。
「死力を尽くして戦うために、キミ達にもメリットを用意しよう。勝った者が負けた者達になんでも命令できる、なんてのはどうだ?」
またくだらないことを、と思っていると一人だけ大きく反応する人が―――
「なんでもっ!?」
がたっと隣で椅子を引く音がすると、ピタッと雪姉ちゃんが引っ付いてきた。こ、これは素晴らしい! 雪姉ちゃんがこんなに近くに! グッジョブ! 比企谷先輩!!
「この男が相手だと貞操の危機を感じるのでお断りします」
僕が内心狂喜乱舞していると、雪姉ちゃんのそんな言葉で現実に引き戻され、そして比企谷先輩を睨みつける。
―――ここで死にますか? 比企谷先輩。
「偏見だっ! 高二男子が卑猥なことばかり考えているわけじゃないぞ! あと怖いからその睨むのやめてくれる?」
そんなふうに、勝負に乗り気ではない雪姉ちゃんに平塚先生がこんな挑発をしてしまった。
「さしもの雪ノ下雪乃といえど恐れるものがあるか……。そんなに勝つ自信がないのかね?」
あ、やばい。雪姉ちゃんは極度の負けず嫌い。そんなことを言われたら……。
「……いいでしょう。その安い挑発に乗るのは少しばかり癪ですが、受けて立ちます」
ほらやっぱり。
「弟の方はどうする?」
「部長の決定には従います」
正しくは『雪姉ちゃんの決定には従います』だ。
「決まりだな」
ニヤリと平塚先生は笑い、雪姉ちゃんの視線と僕のため息を躱す。
「あれ、俺の意思は……?」
先輩、自分の今の顔を鏡で見ればすぐにわかります。
「そのにやけた顔を見れば聞くまでもあるまい」
そういうことです。
「勝負の裁定は私が下す。基準はもちろん私の独断と偏見だ。あまり意識せず、適当に……適切に妥当に頑張りたまえ」
そう言い残し、教室から出ようとし、しかし最後に一言だけ追加していった。
「それから、雪ノ下弟。お前は私を傷つけた罰としてこれから私の手伝いをしてもらう」
「え?」
これから雪姉ちゃんと下校デートなのに……。
「早く来い」
睨まれてしまってはもう逃れられない。渋々、自分の荷物をまとめ始める。
「じゃあ、僕は先に失礼します。姉さん、どれぐらいかかるかわからないから先に帰ってていいよ」
「ええ、わかったわ」
「比企谷先輩、これからよろしくお願いします」
「お、おう」
そして一足早く、僕は奉仕部の部室を出た。
余談だが、平塚先生の仕事の手伝いとは、ただひたすらに結婚についての愚痴を聞かされることだった。―――早く誰か貰ってあげてください。
ということで、第三話でした。
では、月乃君のプロフィール、ぜひ見ていってください。
雪ノ下月乃 総武高等学校1年J組 出席番号39番 男
誕生日 7月7日
特技 ゲーム・音楽
趣味 ナンプレ
休日の過ごし方 姉に甘える
Qあなたの信条を教えてください。
家外 一視同仁
家内 比翼連理
Q卒業アルバム、将来の夢なんて書いた?
家を継いで世の中をより良いものとする。
Q将来のために今努力していることは?
姉たちの今後の障害になる人の排除
先生からのコメント
あなたの学校での誠実さやリーダーシップは他の先生や生徒からも聞いています。今では1年生の顔役ですね。これからも日々頑張ってください
信条を家の中と外で使い分けているのはどうなんでしょう? というより、比翼連理はあなたには関係のない四字熟語のはずですが……。
難しくそれでいてやりがいのある夢を持っていますね。これからも研鑽を続けていってください。ですが、もう少し他の選択肢を考えてみるのもいいかと思います。
それと……あなたのお姉さんたちに対する愛が深いのがとてもよくわかるのですが、できることなら自分の将来に関係することを書いてほしかったです。
ではでは、次回第4話もよろしければお願いします。