――巌窟王“エドモン・ダンテス”。
またの名を“モンテ・クリスト”伯爵。グランドオーダーにて初めて実装される
現代風のスーツにハット。赤い長めのネクタイ。そして何より印象的なのは、炎のように揺らぐ白髪と黒いオーラ――。
「なんというか、このサーヴァントには絶対勝てない気がする」
「イベント開始直後で敗北宣言とな。いつになく弱気だなご主人」
ひょこ、とこちらの顔を伺う狐耳メイド。こう見えて実は犬である。
そう、忠犬だ。そういうわけで、今日も今日とて愚痴の相手をしてもらおう。
「悩みがあるならこのキャットに申してみよ。狂戦士故に全部忘れてしまうが、気持ちはラクになるゾ」
「では言わせてもらおう。
――巌窟王“エドモン・ダンテス”。このサーヴァントには勝てる気がしない。何を言っても論破される気がする……!」
「それは違うゾ!! ――といった感じか?」
「ああ。しかもクラスは
アヴェンジャーのクラス特性はルーラー特攻。
なるほど、「秩序を壊す者」としてこれほど適正のあるクラスはいまい。
……だからこそ、敵として出てくるのはマズイ。
ルーラーのサーヴァントは七騎のクラス全てに耐性を持つ。敵としては最も厄介であり、味方としては最も頼もしい特殊なクラスである。だが、ルーラークラスが敵として登場したことは今まで殆どない。
これらから導き出される結論は一つ。敵に回すとコワイ、だ。
「そのようなことで頭を悩ますとは、マスターというのも大変なのだな。
その点アタシをラクだぞ。なにしろクラスは狂戦士、思考停止で殴っとけばオールオッケーである。
というわけで、いい加減アタシを使え。シキとか言ったな。あんな無愛想なアサシンに浮気とか、キャットは悲しいゾ!」
「まさかアンリマユよりも先に来るとはなあ」
「むふふ……無視、無視と来たか。ところでご主人は昆虫好きか?」
「地味な復讐はやめろ。普通の食事でお願いします」
「何故だ! キャットの手にかかれば、どんなインセクトでもお手の物。美味しく仕上げた後あーんしてやるぞ!」
「普通のお肉でお願いします」
「お肉……マッスル……ら、たい?
ハッ、そうか分かったぞ! 露出度だな! ご主人はあの人妻の生足にやられたのだな!?」
「――――」
マイペースなキャットに思わずため息が出る。
会話になってるようでなってない。というより、このままだと彼女のペースに呑まれてしまう。
「足、足か。なるほど相分かった。ならばこちらは全裸といこう! すなわち裸エプロンなり!」
「なんでさ!」
キャットは毛皮の手袋を捨て、メイド服に手をかけた。
あ、手袋の下は普通なのね――なんて言ってる場合じゃない! 当然止める!
「止めるなご主人! これはアタシなりの忠誠の証なのだ。このキャットに隠すべきところはなく、オリジナルのような暗黒面もまた存在しないのだと!
……あ、ちなみに襲ってもいいゾ。いつでもうぇるかむだったりする」
「おすわりだキャット。令呪も辞さない」
「むぅ――」
右手の甲をこれでもかと見せつける。それで観念したのか、キャットはつまらなそうに服から手を離した。
キャットの理性は獣そのものだが、外見は年若い少女のそれだ。裸エプロンでカルデア内を闊歩させるとか、とてつもなくヤバイ。
マシュからは“最低”の烙印を押され、ドクターからは軽蔑の眼差しが向けられるだろう。前者は時と場合によるが、後者はなんとしても避けたい。
「料理も駄目、色仕掛けも駄目。では一体どうしたらいいのか。
具体的に言うとだな、ご主人。キャットは最近寂しかったりする。同じネコ科なのにどうしてここまで差がついたのか。
もしやクイックか!? クイックなのか!? あのジャキンジャキンという効果音がご主人を魅了したのか!?」
「そうそう、あの音結構気持ちいいんだよね。NPの上昇率も悪くないし。パーティーがアサシンばかりになって、どうしても汎用性に欠けるけど」
「ではそこにアタシを加えろ! こう見えてもキャットの宝具は緑色。クイックパーティーで戦えなくもないゾ!」
「うーん……」
基本的に狂戦士はバスターカードを三つ持っている。正直なところ、クイックパーティーとの相性はあまり良くない。
「ぐぬ……うっそだぁ~と言わんばかりの目つき。さては信じてないなご主人。
だが案ずるでない。先ほども言ったように、アタシの宝具はクイック属性。つまり、カレスコを装備すれば万事解決! なのだ!」
カレスコ、とは星5礼装“カレイドスコープ”の略だ。戦闘開始と同時にNPを80%チャージする宝具特化の礼装である。
確かにこれを装備すれば、キャットもクイックパーティーに加えられるかもしれない。
だがキャット自身も言ったように、所詮は“戦えなくもない”程度だ。クイックを二枚持っているクラス……ランサーやライダーなんかを加えたほうがまだ戦える。
「安定性に欠けるから却下。畑が違う、諦めろ」
「んー駄目かー。では仕方ない、殺そう」
「えぇ……」
ジャキン、と爪を光らすタマモキャット。流石狂戦士、物騒なことを考えるなあ。
……物騒じゃないサーヴァントの方が少ない気もするが。
「どうした、止めぬのかご主人。早くしないとランサーが死ぬぞ?」
「あれ? 俺を殺すんじゃないのか」
「ニャハハ、ご主人が死ぬとキャットは悲しいからナ。そこは安心していいゾ。
……とはいえこのままだと腹の虫が収まらぬ。よって、手始めにキャットと同じイヌ科に八つ当たりすることにした。これがホントのドッグファイト!」
「キャットなのにイヌ科でドッグファイト、とな?」
「キャットはキャットらしくキャットファイトをしろと? お断りだな。
ご主人は男故に知らんのだろうが、マジになった女は割と怖いのだ。場合によっては世界が滅ぶ」
「それは知ってる」
マシュ曰く、女性にとって戦いは日常的なものだとか。確かにカルデアには“危ない男性”よりも“危ない女性”の方が多い気がする。
「まあそんなわけで、レッツ、ドッグファイトだワン!」
「いってらっしゃい」
――とまあ、何が“そんなわけ”なのかは知らないが、キャットは
ランサークラスのサーヴァントは何騎かいるが、先ほどの発言から察するに標的となるのはおそらく――
「先輩! 無事ですか、先輩!」
「マシュ……?」
タマモキャットと入れ替わりで、マシュがマイルームの扉を蹴破らんばかりに突撃してきた。
事情は知らないが、何かが起こったことは明白だった。
「よかった……無事のようですね」
「何かあったの?」
「はい。実は、ランサーさんが――」
◆
「うおおぉぉいちょっと待て! オラ、止まれ猫! おすわり!」
「フン、甘いな! 今のアタシはバーサーカー! ご主人の命令以外聞く耳持たぬ!」
「んだとぉ!? つーかなんで俺!?」
「元祖死に芸と言ったら貴様だからナ! 観念して死体役となるがよい!」
「ふざけんな!」
マイルームと廊下を隔てるのは薄い自動ドア一枚のみ。その向こう側では盛大なサーヴァント戦闘が行われていた……。
ドタドタと大きな足音、時々聞こえる物騒な金属音――の割には、綺麗な着地音。カルデア内を壊すなという言いつけはお互い守っているようだ。
「……とまあ、あんな感じで、クーフーリンさんがキャットさんに襲われてます」
「英霊同士のじゃれあいは恐ろしいなあ」
「いやいや、止めないのですか?」
「キャットのことだ。いつか飽きるだろう」
「キャットさんはバーサーカーですよ? 何かの間違いで本当の殺し合いに発展する可能性も」
「その点は大丈夫じゃないかな。キャット、なんだかんだで賢いし。どこまでがセーフでどこまでがアウトか、なんとなくわかってるだろう。
それに相手はクーフーリン。冗談抜きの殺し合いだったとしても、ランサーが殺される可能性は低い。
――そんなことよりマシュ、これを見るんだ」
「はい?」
手元の端末をマシュの目の前に出す。
映っているのは巌窟王――“エドモン・ダンテス”。その第三形態(仮)。
全身黒一色、そしてロングコート。全身には青い雷。エミヤを赤い背中とするなら、こちらは黒い背中か。
「これは……どこか見覚えがありますね。ピックアップされているようですが……先輩、この方は?」
「巌窟王。色々あって死にかけた」
「死にかけた……?」
「いや、こっちの話。もう過ぎたことだから。
それより巌窟王だ巌窟王。この人本当に何者だよ」
「エドモン・ダンテス。またの名を巌窟王。無実の罪で監獄に送られた後長い年月を過ごし、脱獄して巨万の富を得て人々に復讐する――
――と、大まかにはそんな話ですね。復讐者というクラスにも納得です」
「ビームを放ったり瞬間移動したりスパーキングしたりする復讐者か」
「え?
……それ、本当ですか? にわかには信じられませんが」
「本当本当。特に第三形態が凄いんだよ。青い雷纏ってるんだよ。船乗りなのに」
「はぁ……よく分かりませんが、テスラさんみたいな感じでしょうか」
「そうだね。あの二人が本気で戦ったらすごいことになるよきっと。
――ところでマシュ。ここに、聖晶石が四十個あります」
「…………」
“聖晶石”と口にした途端、マシュは無言になった。
自分が何を言いたいのか、何をしたいのか察してくれたのだろう。
「――はぁ。もういいです、先輩の好きにしてください」
「止めてくれないのか?」
「止めても無駄でしょう? ただ、最後に一つだけ。
“――待て。しかして希望せよ”。
覚えてますか? 空の境界イベントで、彼が最後に残した言葉です」
「……なるほど」
“――待て。しかして希望せよ”
あの監獄でもアヴェンジャーが口にした言葉である。
おそらくこれが彼のやり方。十四年を監獄で過ごし、とある神父と出逢い脱獄。その後、自身を陥れた者達に復讐して――彼は、希望とも言える未来を掴んだ。
このダンテスという男は文字通り、絶望から希望へと這い上がった人間なのだ。
そして、この言葉を告げたマシュの真意は……
「……やっぱり、我慢しようか。石溜まってないし」
「そうしてください、是非」
クーフーリンの両手足を鎖で縛り、口元にガムテープを貼り、腹にグングニルをぶっ刺すとあら不思議! どこかで見た光景!
……というのをやると「こいつクーフーリン嫌いなんじゃね?」と思われそうなので止めた。