それはさておき、「我がカルデアには○○がいる」と読み取れる文章があると、感想欄が「私のところは――」「俺のところは――」系のコメントで氾濫する、ということが分かった。
というわけで今後、このカルデアには
「全ての星4サーヴァントがいるが、星5サーヴァントは一騎もいない」
という設定で話を進める。
「このサーヴァントを話に出したからこれは持ってるな」「○○が全然書かれない……持ってないのかな」的なメタ読みはやめろぉ!
――サーヴァントを召喚する。
狙いは当然最上級サーヴァント。星5なら誰でもいい。誰が当たっても即戦力になりうるからだ。
「――よし。行くぞ、マシュ」
「はい、先輩。聖晶石の貯蔵は十分ですか?」
「十分じゃない。引けるのは十連一回きりだ」
「え?
……あの、それならやめた方がいいのでは?」
「大丈夫! 今なら引ける気がする!」
根拠は全然ないけども!
「……分かりました。では、覚悟を決めてください」
「なんの覚悟だ? 言ったはずだ。絶対に……絶対に、星5サーヴァントを引けるとな――!」
背後から迫る不安を声と気合で吹き飛ばし、残された石を使ってガチャを回した。
現れた霊基は十。
――その日。少年は運命に出逢う。
◆
「――ぱい。先輩、先輩?」
「――――あ、れ?」
ゆさゆさと、優しく肩を揺さぶられる。
ゆっくりと瞼を開けると、心配そうに顔を覗くマシュがいた。
「先輩、目が覚めましたか?」
「……ここは?」
「マイルームです。本を読みながらうたた寝してたようですね。風邪引きますよ?」
「……アーサー王は?」
「アーサー王? あの、それだけだと何とも。リリィさんのことですか? それともサンタさんの方ですか?」
「いや、そうじゃなくて騎士王の方。こう、マント羽織ってて王冠被ってる感じの」
「……先輩、そろそろ起きてください。かの誉れ高き騎士王は、このカルデアにはいません」
「……そういえば、そうだったネ」
どうやら、先ほどまでのは全て夢だったらしい。
騎士王“アーサー・ペンドラゴン”を召喚する夢。美しくはあるが、決して手が届かないモノ。
……なるほど、確かにあれはユメだった。
「それで、先輩は何を読んでたんですか? カルデアにある本といえば、魔術関係の物かアンデルセン童話、シェイクスピア小説……に、彼らが書いたドウジンシなど、色々ありますね」
「結構好き勝手やってるのな、あの人達。まあ、害はないからいいけど。読んでたのはこれだ」
手にしている本の表紙を見せる。
タイトルは“空の境界”。
他のカルデアでも話題になっているコラボイベント。その相手側である。
しおりが挟まった箇所を開くと、片方は何も書かれていない真っ黒なページだった。ちょうど章を跨いだところで休憩し、そのまま眠りについてしまったらしい。
「“空の境界”のコミックですね。イベント前に予習なんて、流石です先輩」
「予習? マシュは“空の境界”を知らないのか?」
「あ……はい、恥ずかしながら。申し訳ありません」
「いや、謝らなくていいよ。俺も知らないし。そもそも、知らないからこうして読んでるわけだし」
「そうだったんですか。五巻ということは、四巻までは読んだということですよね? 何冊かお借りしてもよろしいですか?」
「あー、それは……すまん、実はこれしかない。持ってるのは五巻だけなんだ。一巻はないし、当然二巻、三巻、四巻もない」
「途中から読み始めた、ということですか。しかし、それでは前後の展開が全く分からないのでは」
「ああ、分からない。そもそも繋がっているのかすら分からない。冒頭でワケありな人物が四人登場したが、誰一人として分からない」
「……失礼かもしれませんが、それは本当に面白いのでしょうか?」
「まだ最後まで読んでいないのに判断するのは失礼だろう。とりあえず今言えるのは、目が離せないってことかな」
曰く、“お前が深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗いている”。
今の自分はまさにそんな感じだ。しかし、不思議と悪い気はしない。楽しんでいるという実感がある。
「……お茶、淹れてきますね」
「ん、頼む」
◆
「……ふぅ」
――これにて読了。長いようで短かった。
作者が意識して描いたのか、偶然五巻がそうだったのかは分からないが、思いのほか綺麗に纏まっていた。
「先輩、どうでしたか?」
「ああ――すごく良かったよ。先が気になる点は幾つかあったけど……続きは、イベントが終わってからのお楽しみだ」
そうして自分はコミックを閉じ、本棚に閉まった。次に開くのはイベントが終わった頃だろう。
このイベントはきっと、既存ファンを楽しませるためのものだ。しかし、知らないファンが楽しめない道理はない。ならば、このまま臨むのもまた一興。
「そういえば先輩。その本はどこで手に入れたのですか?」
「拾った。冬木で」
「!?」
◆
サーヴァントの育成は、何もレベルに限った話ではない。
そもそもサーヴァントとは、生前に何事かの偉業を成した英雄である。ならば、常人より優れた点を持っているのは道理。
それを分かりやすくしたものが“スキル”である。
スキルにはそれぞれレベルがあり、基本的にはこのレベルが上がれば効力も上昇する、の、だが――
……これが、中々に辛い。レベルを一つ上げるには素材が要求され、高レベルになればなるほど素材の数も増えていく。スキルレベルを最大まで上げるには愛情も必要だろう。
「デオン。君は俺からいくつ“世界樹の種”を取り上げるつもりなんだ……」
――シュヴァリエ・デオン。クラスはセイバー。
文武両道の剣士であり、同時に可憐な少女と見間違えるほどの美貌を兼ね備えている。
デオンが持つ“自己暗示”スキルは、己の肉体を男にも女にも変化させる強力なものである。時には美少年として、時には美少女として振る舞い、男女問わずあらゆる人物をナチュラルに虜にしてしまう。カルデア内でも地味に人気があり、敵視されたり崇められたりつきまとわれたりしてるのを時々……割と……頻繁に見かける。
「えっと……ごめんよ、マスター。ごめん。
でも、君の努力を裏切るつもりはない。レベルを上げてくれたら、きっとその分活躍してみせるから」
申し訳なさそうにデオンは頭を下げる。
彼女――いや、彼? とにかく、改めてデオンのスキルを見直す。
デオンのスキルは三つあるが、中でも目を引くのは最後のスキルだ。
「“麗しの風貌”。自身にターゲット集中状態を付与し、HPを大回復……まるで魔性の女だな」
「? マスターは、私を女として見てるのかい?」
「なるほど、君はそこを突っ込んでくるのか」
てっきり“魔性”の部分に言及してくると思ったのだが……そうか、“女”だったか。
「失言だった、忘れてくれ」
「いや、忘れないよ。マスターが私のことをどう見てるのか、とても興味あるからね」
「……そーかい。冗談はさておき、デオンのスキルはとても優秀だな。ターゲット集中に、アーチャーと同じ心眼(真)。まさに
防御寄りのサーヴァントは下級クエストの周回ではすこぶる使いづらい。デオンの力が活きるのは高レベルのチャレンジクエストが実装された時、もしくはメインストーリー終盤だろう。
「そういえばマスター。君は私をどう使うつもりなんだい?」
「決まってるだろう。筋力A、耐久B、敏捷B、加えて幸運もAの高ステータスだ。これなら下手な小細工を仕掛けるより、真っ向勝負に持ち込んだ方が早い。
いや、でもスパイ経験もあるのか。それに“麗しの風貌”スキル……すごいなデオン、なんでもできるじゃないか」
「……褒めてくれるのは嬉しいけど、私が言ってるのはグランドオーダーでのことだよ」
そう、頬を染めつつ注意された。
……ええ分かってます、分かってますとも。
「見ての通り、私はパーティーのタンクとして戦うことができる。でも、それなら既にマシュがいる。
彼女はコストゼロという最大の長所があり、“カレイドスコープ”の礼装を装備させておけば、手札次第では二ターン続けて宝具を使用できる。
分かるかい? 彼女は一ターンのみ無敵の盾となることができ、その後は味方を強化させることもできるんだ」
「ああ、知ってる。三つ目のスキルを覚えた時は、白亜の盾のスキルレベルを真っ先に上げたからね。
とはいえ、盾の役割ならデオンだってできるんだよな。パーティーのコストに余裕があればデオン、なければマシュ、ということになるのだろうか」
デオンの宝具はマシュと同じARTS属性。カードの構成も同じだし、戦い方もマシュと同じで行けるか――?
「……でも、それじゃあつまらないな」
グランドオーダーはその性質上、上位互換が存在するのは仕方がない。“どのサーヴァントもパーティー次第で活きる”という現状こそ異端なのだ。
……それでもやはり、差別化を求めてしまうのは罪だろうか。
「……白亜の盾は自分以外にも使うことができる。どちらが便利か、と言われたらマシュかもしれない。でも、基本性能はデオンが上……」
「そんなマスターに一つアドバイスしよう。“麗しの風貌”スキルをよく見てほしい」
「うん? ……えっとなになに?」
デオンに言われ、スキル効果を確認する。
自身にターゲット集中状態を付与――
「――そうか。デオンはマシュと違って、三ターンも盾になれるのか」
「そう。この特徴から何か思いつかないかい?」
「とりあえず礼装でガッツを付けよう。集中攻撃を三ターンも受けるのはマズイ。
あとは……魔術礼装でサポートすればもっと固くなるな」
ベストな組み合わせはやはり、アトラス院の制服だろう。
“オシリスの塵”で一ターン無敵を付与し、“イシスの雨”で状態異常を回復。更に“メジェドの眼”でスキルチャージを早める、と。
「……待てよ? よくよく考えたら、デオンのスキルって育てる必要あるのか?」
「……随分と、シビアな質問だね」
「すまん。でも逆に言えば、デオンのスキルはスタート地点でそれだけ完成してるんだよ。
例えばマシュの白亜の盾は、レベル1だとNPが10しか上がらない。でも、レベル10まで育てると20も上がる。これはかなり大きい。“カレイドスコープ”と併用すれば、すぐさま宝具を使用できるわけだからね。
対してデオンの“麗しの風貌”。このスキルで大切なのはターゲット集中であって、HP回復はオマケみたいなものだ。勿論回復量は多い方がいいけど、優先順位はそこまで高くない気がする。
心眼についてもそう。メインは一ターン無敵になれることであって、防御力アップじゃない。大体、どんなに防御力を上げても落ちるときは落ちるし」
「うっ……でも君には、他に育成するサーヴァントもいないだろう?」
「無課金マスターを舐めるな。育成が終わっていないサーヴァントは山ほどいるぞ。あの赤いアーチャーですら、どのスキルもレベル10に達していないんだ」
「そんな……あれ? でも、黄金の林檎はあんなに沢山余って――」
「! そうだ、用を思い出したので失礼するぞ!」
「あ!」
適当に理由をつけて、足早にデオンの前から立ち去る。彼女は気づいてはいけないことに気づいてしまった。
……そう、黄金の林檎。大量のNP回復アイテムさえあれば、スキルレベルを上げることは造作もないのだ。
――訂正。割とつらい。時間も掛かるし。ただ、不可能ではないだけだ。
「待ってマスター」
踵を返した瞬間、はっしと手を握られる。
……うん、まあそうなるか。
デオンはサーヴァントなのだ。ただの人間に過ぎない自分が、身体能力で逃げ切れるはずもない。
「マスターはよく知ってると思うけど。二月下旬、グランドオーダーは初のコラボイベントを開催する」
「うんしってる」
「相手は“空の境界”。メインキャラクターは“両義式”という女性だ。情報収集が早い君なら、彼女について何か知ってると思うんだ」
「アーチャーとセイバー……まあエミヤとネロなんだけど。二人から大体聞いてるよ。なんでも、一度戦ったことがあるとかないとか」
「じゃあ話は早い。いいかい? 彼女はきっと今回も敵として登場する。公開されているCMからも、それは明らかだ。彼女の獲物からして、宝具はおそらく単体宝具。ターゲット集中と回避スキルを持つ私を、今のうちに育てておいた方がいいんじゃないかな?」
「それはどうだろう。確か、“直死の魔眼”だったかな。多分あれ、無敵貫通だと思う。名称的に」
「心眼(真)は回避だ。ここ、微妙に違うからね」
「むぅ……」
「――――」
「…………」
……無言の間が続く。当然、二人は見つめ合う形となる。
……そうなってしまえば、色々と妄想が膨らむわけで。こちらが折れるのは、時間の問題だった。
「……はぁ。分かったよ」
「!」
了承した瞬間、デオンは嬉しそうに頬を緩めた。
……デオン・ド・ボーモン。この人物はスパイとして活動していた時期がある。
果たしてこの微笑みは、本心からのものなのだろうか――などと疑ってしまう。先ほどデオンは自分と引き止めるとき、手を握ってきた。袖で守られた腕ではなく、体温を感じられる手のひらだ。
“実は、マスターに私を使わせるための策だった”……なんて暴露されても驚かない。
まあそれでも、全然構わないか。生死が関わらないのなら、サーヴァントに踊らされるのもまた一興。それもデオンが相手なら楽しそうだ。
「ついてこい、
「了解!」
本日は種火周回を中止。
素材収集のため、あらゆる特異点を巡ることにしよう。
もし続くとしたら、選んだサーヴァントの性能について本人と話し合ったり駄弁ったり、がメインになるかもしれぬ。サーヴァントの数だけネタがあるから。