急きょ番外編(超短い)を作成しましたので、それでお茶を濁そうという魂胆です。
ちなみに、正真正銘『番外編』であってIFではありません。
「え? デリバリー?」
ぱしりと瞬いたミルキの目の前に、数冊のメニュー表が差し出される。高級感のある赤い表装には、デントラ地区でも有名なレストランの店舗名が刻印されていた。
「申し訳ございません。コック達が軒並み寝込んでしまいまして」
「は?」
ゴトーの言葉を脳内で復唱する。読みかけていた本を膝に置き、ミルキはゴトーに向き直った。
「何? 集団感染?」
感染症の季節にはまだ早かったと思うけれど。
「いえ、中毒症状でございます」
「中毒? 食中毒?」
標高3,722メートルのゾルディック邸である。年間を通して大変過ごしやすく、食材が傷むということは考えられない。ミルキの不審げな様子にゴトーが重い口を開いた。曰く、新種の毒の調理方法を考案している最中、揮発性の毒が厨房内に充満し、気が付いた時には料理長を始め見習いまでもが倒れてしまった。つまり、現在家族用の食事を用意する人間がいないという。
「解毒剤があるでしょう?」
ミルキの当然の発言に、ゴトーの眉がピクリと跳ねた。
「とんでもない。新規毒の解毒剤は、ロット数が少ないのです。貴重な解毒剤は、ゾルディック家の皆様専用でございます。使用人が使って良い道理などございません」
「でも……死んじゃうかもよ」
うちの家族の料理は、毒入りが基本だ。毒によっては食材の味を一変させてしまうため、コック達の試食は必須事項だ。つまり、うちの料理人になるには、料理の腕は勿論のこと、毒に対する知識と耐性が必要になる。その耐性のあるコック達が軒並み寝込んでいるのだ。これは異常な事態だった。
「今から注文して、料理は何時に届くと思う?」
私の質問に、ゴトーの顔が苦しげに歪む。現在、時刻は午後7時。今から注文して、料理を執事が取りに行って、出来次第
「私やイルミ兄さまは構わないけど、キルアやアルカは絶対我慢できないよ?」
午後9時なんて、ふたりとももう寝る時間だ。料理が届く前に癇癪をおこしてしまう算段が高い。キルアは勿論のこと、アルカも物分りが良さそうに見えて一度ヘソを曲げると実に面倒なことになる。何より、まだ幼い弟妹に我慢させるのは忍びない。
ゴトーの額に脂汗を認める。今回のことはゴトーの責任でもなんでもないのだが、忠誠心厚い彼は、妙な責任を感じているらしい。
「ゴトー、いいからコック達に解毒剤を使用して。明日には動けるようになるでしょ。消耗した分の解毒剤は、また追加購入すればいいから。購入資金は、私の個人資産から出して構わない。――それから、ちょっと厨房を借りるね」
「ミルキ様?」
「仕方ないから、私が適当に何か作るよ」
読みかけの本を閉じて卓上に置くと、私は伸びをしながら立ち上がる。
「え? は? ミルキ様?!」
「何か使える食材があるかなあ……」
呟きながらリビングを出ようとすると、ゴトーが慌てたように回り込み、私が掴もうとしていたドアノブを押さえる。
「なりません!! ゾルディック家のご息女ともあろう方が、使用人の出入りする厨房にお入りになるなどと!!」
……すごい剣幕だ。私はちょっと呆気にとられてゴトーを見た。そんな大げさな話だったろうか。
「……じゃあ、ゴトーは料理が出来るの?」
「――いえ、全く……」
紅茶を淹れる腕は一流なのに、料理は出来ないのか。少し意外なゴトーの弱点を見た気がする。そもそも、料理が出来るならメニュー表など差し出す筈がない。少し意地悪な質問だっただろうか。
「いいから、いいから。こんな事態なんだし、ゴトーの責任でもないし。私も自分で料理してみたかったから」
料理なんていつ振りだろう。少なくとも今世ではない。本当に久し振りだから手が上手く動くだろうか。東京の自宅には、料理の上手な家政婦さんがいて、休みの日には家庭料理を教えて貰うのが私の息抜きだった。そういえば、家政婦の好江さんは元気だろうか。勤続10年、還暦を迎えた穏やかな女性を思い出す。時短だけれども本格的な味を出す好江さんの手料理は私にとっての『おふくろの味』だ。再現できるかな。私はご機嫌で鼻歌を歌いながら厨房へと歩を進めたのだった。
――――――
「えっ?! これ、ミル姉が作ったの?……食べられんの?」
家族が揃った食卓での開口一番がこれである。キルアが驚愕の顔で料理と私を見比べた。今年8歳を迎えたキルアは生意気盛りの食べ盛り。お腹は空いているだろうに、私が作ったという事実になかなか手が出ないようだ。
いつもはコース料理で1品ずつ出される我が家だが、今回は全ての料理を大皿に載せて執事が取り分ける方式だ。本当は、食べたいものを直接取ってもらいたい所だけれど、「それだけは」とゴトーから懇願された。
「何か、あまり見ない料理が多いね」
アルカの言葉に苦笑する。私が作れるのは日本――ここで言う所のジャポンの家庭料理だ。本格的な晩餐用の料理が出来る訳じゃない。食卓の上には、肉じゃが、おでん、出汁巻き卵、からあげ、茄子の煮びたし、シーザーサラダ、牛肉のワイン煮が並ぶ。流石に味噌汁は抵抗があるだろうと、スープは根菜のポタージュにしたが、スープとメイン以外は多分食べたことがない料理に違いない。勿論、今日はパンではなくライスにした。
「キルア、嫌なら食べるな。――取り敢えず、メインとサラダ取って」
イルミ兄さまが執事に指示する。でも、取り分けて貰っているのは、どちらも無難な料理だけだ。じと目で兄さまを見ると、あからさまに視線を逸らした。
「ねえ、コレ何?」
キルアがおでんを指す。
「ああ、名前分かんないか。これはね、『おでん』と言ってジャポンの煮込み料理。本当は魚の練り物も一緒に煮込むんだけど、流石に無かったからね。色はあんまり良くないけど、美味しいよ?」
なんと、厨房にはかつお節と昆布、醤油にみりんもあった。他にも各大陸の多種多様な調味料が揃えられていたから、もしかしたら料理長は調味料マニアなのかもしれない。
「俺、これにする」
おお、キルアってば結構チャレンジャー。まあ匂いはいいからね。執事に取り分けて貰ってから、キルアは恐る恐る口に運んだ。一口食べてから、「あれ?」という顔をする。
「これ……」
「え? ダメだった?」
「いや、これ普通に食える。普通というか……旨いよ?!」
信じられない、という顔でキルアが叫ぶ。何で不味い前提なの。色か? 色なのか?
「水溜りみたいな色しているから、ドブみたいな味かと思ってた!」
やっぱり色なのか。ここは怒るところだろうか、それとも喜ぶところだろうか。キルアは一口食べてから猛然と食事を開始する。『おでん』という壁を越えたからか、手当り次第に食べ始めた。それを見て、父さまと母さま、それからアルカとお
……もういいや。
私はそっと溜息をついて、自分の皿に茄子の煮びたしをよそって貰ったのだった。
ミルキは料理が出来る設定にしています。
本編続き書けよwという声は、聞こえない~聞こえない~。
(追記)
あと、カルトの存在を忘れていました。
この時カルト6歳なので、天空闘技場に修行に行っていることにしましょう(汗