この番外編は、一部盛大なネタバレを含みますので本編を読んでからをオススメします。ほんの~りエロティシズム入ってますので、苦手な人は回れ右して下さい。
あくまで番外IF編なので、本編の未来軸ではありません。
「キルアってさ、必ずノックして相手の確認をとってから部屋に入ってくるよね」
「えぇ?」
ゴンの言葉に俺はぱしりと瞬いた。
「おぉ? 何だかんだ言ってお坊ちゃまってことだろ?」
レオリオがここぞとばかりにからかってくる。俺はむっとして「そんなんじゃねーよ」と返した。ホント、俺がノックを欠かさないのは、育ちがいいとかそんな理由なんかじゃない。もっとこう……トラウマ的なことが原因だったりする。
それは、2年前の冬にまで遡る。
――――――
【1997年、ゾルディック邸】
走る走る、俺は走る。
手の中の花を握りつぶしてしまわないようにそれでも出来るだけのスピードで
目の端に、見知った執事の顔を見つけて急停止する。
「あ、ゴトーだ!」
「キルア様」
ゴトーは慇懃に礼をしてキルアを迎える。ゴトーはすっごく使える奴だが、こういう所が杓子定規で固っ苦しい。尤も、ウチの執事や使用人は、大概俺にはこんな感じで気安い奴っていないけど。
「ね、ミルキ見なかった?」
「ミルキ様、ですか?」
ゴトーは銀縁の眼鏡を押し上げると、胸ポケットからシステム手帳を取り出した。
「今のお時間は……何もご予定が入っていらっしゃいませんから、自室ではないでしょうか? ――おや……」
「そっか、んじゃ部屋に行ってみる」
サンキュー、とひらひらと手を振って廊下を引き返そうとすると、ゴトーから制止がかかる。
「何?」
「今からではなく、お夕食の時になさってはいかがでしょうか」
「なんで? んなことしてたら花が枯れちゃうじゃん」
「花? ……ああ、ミルキ様のお好きな花ですね」
俺の手の中の水仙を見て、ゴトーが微笑んだ。強面だから、余計に凄味が増す。
「それは、お喜びになるでしょうね。ですが、花瓶に活けておけば、夕食まで十分保つと思いますよ」
「俺が、今、見せたいの!」
分かってないなー、と俺は嘆息する。夕飯になれば家族みんなが揃うから、ミルキに会えるのは分かったことだ。一刻も早く届けたいからこうして探し回っているんじゃないか。
俺は手の中の花を見詰める。
時期としてはかなり早咲きの水仙。水仙はミル姉の好きな花だ。
「――それでは、ちゃんとミルキ様のお部屋に入る前にノックを忘れませんよう。きょうだいといえど、淑女のお部屋に入室する際の礼儀はきちんと守って頂きませんと」
うわ、出たよ。最近、ゴトーはツボネに似てきたような気がする。養成所時代はツボネに教わっていたようだから、弟子は師匠に似るもんなんだろうか。
「分かってるって」
俺は耳をほじりながら応える。きょうだいの部屋に入るのにノックとか。するわけねーだろ。いきなり見せて驚かすんだ。俺は意気揚々とミルキの部屋へ駆ける。だから、その後のゴトーの言葉を聞いちゃいなかった。曰く「ちょうどイルミ様もお休みが重なっていますからね」という言葉を。
――――――
ミル姉の私室の扉をそっと開けて、部屋に滑り込む。ワークルームの扉がちょっと開いていて、話し声が聞こえた。俺はげ、と思う。ひとりはミルキだけど、もう一人は……イルミだ。俺は中の様子を慎重に窺う。他の部屋は綺麗に片付いているミルキの私室は、ここだけは異様な様相を呈している。いろんなコードが床を這いまわって埋め尽くしているし、何に使うかよく分からない機械が壁一面に掛かっている。机の上は書類やパソコンが乱雑に積まれていて、唯一綺麗なのは作業台くらいだ。高く積まれた本の影から二人の横顔が見えた。イル兄の手には小さな機械が載っている。多分、ミル姉の試作品か何かだろう。ミルキが新しいものを作る度、イルミに意見を聞いているのは知っていた。
――実際、あの二人って仲いいよなー……。
イル兄は、俺の教育係でもある。訓練が終わった後まで、俺はイルミと一緒に居たいなんて思わない。無表情で何考えてんのか分かんないし、訓練は兎に角容赦がない。何よりめちゃくちゃ怖い。親父だって怖いけど、イルミの怖さはなんか……こう、質が違う。けど、ミル姉はイルミが怖くないらしい。屋敷の中でもこの二人がセットで居るのは良く見掛ける日常の光景だ。まあ、歳が近いってのもあるだろう。
俺達ゾルディック家の子どもは、大きく二つに分類される。イルミとミルキのオトナチームと、俺以下のお子さまチームだ。オトナチームは年齢的なものも大きいんだろうけど、ゾルディック家への貢献度で括られている。イルミはゾルディックの家業には欠かせない存在だし、当主代理として雑多な仕事もこなしてる。ミル姉は暗殺こそしないけど、ゾルディック家情報部門のトップだ。情報戦は勿論、様々なガジェットの開発から、屋敷のセキュリティー、電気系統の管理まで何でもこなす。ミルキは「私がいてもいなくても情報部門は変わらないよ」なんて言ってるけど、情報戦では誰もミルキに敵わない。ゴトー曰く「ミルキ様は人類歴史上の奇跡」なんだそうな。上二人は、ゾルディック家の重要案件への発言権も当然のように認められている。一方、俺以下お子さまチームにはそんなもんはない。
……俺だって、ちゃんと家業を手伝っているし、ガキだけどイルミを差し置いて後継者候補だ。本当は、上二人のチームに括られたい気持ちもある。でも、この二人を見ていると、まだそんな立場じゃないってことくらい分かる。はっきり言えば面白くないけどね。イル兄の締め付けは最近特に酷いし。
見詰める先で、ミルキが笑う。花が咲いたようだ。弟から見ても、ミル姉は優しいし綺麗だ。俺だけじゃなく、きょうだい皆に優しいと思う。執事達からも人気が高い。ミルキを嫌いな奴なんて、この屋敷にはいないんじゃないだろうか。あのイルミだって、多分ミル姉のことは可愛い筈だ。いや、他のきょうだいと比べて明確な扱いの差があるように思う。ミルキが女だから? 妹だから? 確かに妹は可愛いもんな。俺もアルカを可愛いと思う。でも、イル兄のミル姉への態度と、アルカへの態度はやっぱり違う。妹だから、って訳でもないのかもしれない。
イルミがミルキの耳元に何事か囁いて、薄く笑う。俺は珍しいものを見て固まった。兄貴が笑うなんて滅多にない。なんか、逆にホラーだ。目の前で、イルミがミルキの腰を掴んで作業台に載せる。次の瞬間、俺はあり得ない光景に顎が落ちるほど驚いた。
イル兄がミル姉にキスをしていたのだ。ほっぺとかおでこなんかじゃなく、唇に。啄むみたいなキスは、すぐに深いものになった。時折濡れた音が聞こえる。
俺は、心臓がドクドクと拍動する。
なんだ、これ。なんだよ、これ!
これは違う。これは、俺がミル姉によくされてる、きょうだいのキスなんかじゃない。
「ん、っ……」
ミルキの鼻に掛かった声を聞いて、俺はかあっと顔に血が上る。やばい、早くこの場を離れないと。そう思うのに、全く足が言うことを聞いてくれない。いつの間にかミルキのシャツが肌蹴ていて、白い胸元が見えていた。イルミがシャツを肩から落として、ミルキの背中が見えた。肩から背中を覆う赤い傷痕が露わになる。ミル姉の背中には、消えない酷い傷があるって話には聞いていた。でも、実際に目にしたのは初めてだった。想像以上に広範囲に、赤い蚯蚓腫れが走っている。イル兄はその傷にもキスをして、傷跡を辿るように舌を這わせた。その間も、ミルキからは甘い声が漏れていて、俺はますます赤面する。
だ、ダメだ。これ以上はここにいちゃいけない。
一歩
不味い、不味い!! 殺される! 絶対に殺される!!
いろんなことがいっぺんに起きて、俺の混乱は頂点に達していた。
イル兄とミル姉が? いつから? 親父達は知ってるのか? ああ、もう……やばい、やばい! 絶対やばいって‼︎
当然の如く、俺はその日の夕飯をキャンセルした。よく覚えてないけど、体調が悪いとか何とか言って部屋から一歩も出なかった。イルミとミルキに顔を合わせる勇気が出ない。大体、どんな顔をすればいいっちゅーんじゃ!
俺の部屋の扉が遠慮がちにノックされたのは、夜の10時を過ぎた頃だった。俺はノックには応えず、ベッドに俯せたまま毛布を頭まで被った。今は返事ができるような精神状態じゃない。誰にも会いたくない。いろいろショック過ぎて何にショックを受けているのかも説明できない。
扉が開いて、誰かが入ってきた気配がした。ベッドサイドに、ことりと物を置いた音がする。
「……お腹空いてると思って。お夜食、作って貰ったから」
ミルキだった。気配で何となく察していたけど、声を聞いてしまうと覚悟していた以上に自分が動揺しているのが分かる。
「それから、水仙をありがとう。嬉しかった」
多分、あの時落として来たんだろう。何処で落としたかなんて全然覚えてないが。
俺は思わず毛布を跳ね除けてミルキを見た。ミルキはちょっとびっくりして、それでも視線を逸らすことなく俺を見詰める。
「いつからなんだよ! 親父達は知ってんのかよ!!」
意図せず大きな声が出て、自分で戸惑う。
「ごめんね、びっくりさせたよね……。いつから、っていうか、いつの間にかかな。……それから、父さまは知ってるよ。家族に知られたのは、キルアで二人目」
「イル兄のこと……す、好きなのかよ……」
自分で言いながら、かあっと顔に熱が集まる。俺は何を聞いてんだ! とも思う。ミルキはそれには応えずに、とても――とても、綺麗に微笑んだ。ああ、それがミルキの答えなんだなと分かった。
「私のこと、嫌いになった? 汚いと思う?」
「――そういう聞き方はずりーよ」
俺はむっとしてミルキを睨んだ。ガキだからって、馬鹿にすんじゃねー。
「嫌いになんかなれねーよ……。ショックはショックだけどさ」
ミルキは小さく「ありがとう」と呟いた。ほっと安堵の表情を浮かべている。でも、これだけは言っておかないといけない。俺は真っ直ぐミルキを見てこう告げた。
「言っておくけど、イルミ兄は大っ嫌いだからな!!」
ミルキが目を丸くする。
ミル姉を泣かせたら許さねー。俺が当主になったら絶対にイルミをこき使ってやるんだ。
――――――
この日以来、俺は入室の際のノックを欠かさなくなった。
それは、育ちとか作法とかそういうことじゃなくて―――俺のトラウマに起因する。
イルミさんが最近不憫過ぎて突発的に作りました。
ねつ造(二次)のねつ造(二次)作るって不毛だなあ……。
文章がいろいろと荒くてすんません。