そして世界は華ひらく   作:中嶋リョク

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どうしても、ビスケ姐さんが書きたかったので。


[25]査問会_ビスケット・クルーガーの場合

 ネテロ会長が休憩を告げてから、あたし達査問委員は控室に移動していた。仕事の連絡をしている者、寝ている者、ゲームをしている者、備え付けのドリンクサーバーで喉を潤している者。控室での時間の過ごし方はそれぞれだ。

 あたしは簡易鏡台の前に陣取り、持参していた化粧道具を並べていた。30分もあれば、ちょっとしたネイルアートくらい出来るだろう。

 

「この査問会、ジンの負けだわさ」

 

 リムーバー液を用意しながらひとりごちる。

 

「あ? んなの最後まで分かんねーだろ」

 

 査問委員の控室で、あたしの呟いた言葉に反論したのは、ソファーに寝転がっているカンザイだけだった。他の面々は、ぎょっとして信じられないものを見る目を向ける。

 ポイズンハンターのゲルが、小さく首を振った。本来感情を削ぎ落として見える筈の蛇の瞳が、憐憫の色をたたえてカンザイを見据える。

 

「貴方、本当に凄いわね」

 

「な、何でだよっ」

 

 カンザイは跳ね起きると、周囲の視線に気付いてきまり悪げに胡座をかいた。自分だけ事態の把握が出来ていない事は分かるらしい。

 ここに来てのゲルの発言は寧ろ優しさだろう。この脳筋男に説明する役を自ら買って出てくれたのだから。

 

「いい? パリストンは、5年前の独断専行を否定したい訳じゃないわ。全て認めた上で、私達に選択を迫っているのよ」

 

「選択? 何言ってんだよ。要はパリストンを許すか、許さねーかだろ?」

 

 そんな単純な話なら苦労しないのだ。

 

「そうね。言葉を補足するなら、『パリストンの独断専行を不問にして自分の無能を相殺する』か『パリストンを断罪してハンター(仲間内)から後ろ指をさされるか』の選択ね」

 

「?」

 

 途端、顔の周りに大量のクエスチョンマークを浮かべたカンザイに、ゲルは助けを求めるように周囲を見回した。幾人かが諦めたように視線を逸らす。

 

「『強制二択』ね」

 

 次を買って出たのは、チードルだった。少なくともここには良心を持つ女神が二人もいるということになる。個人主義者の多い星持ちハンターの中では、驚異的な確率かもしれない。

 因みにビスケ自身は、カンザイに助け舟を出すことなど最初(はな)から放棄して、爪の手入れを始めている。先ずはハンドクリームを付けながらのハンドマッサージだ。これをするとしないのとでは、仕上がりが段違いになる。

 

「強制二択?」

 

「ええ。カルト宗教団体や独裁者が多用する方法よ。選択の幅をわざと狭めてAかBかの究極の選択を迫るの。二択と言いながら、その実態はAの一択。例えBを選択しても、不利益を被るのは必ず選択者側になっているのよ」

 

「ええと、つまり……?」

 

 チードルの説明は実は分かりやすいのだが、いかんせん相手のレベルまで下げる事が出来ない。噛み砕いての説明が苦手な彼女らしい言葉選びだ。このまま査問会が開かれれば、カンザイだけ有罪票を投じるのだろうか。まあ、それも面白いのかもしれない。

 

「カンザイ、お前、5年前のアナスタシア家と東ゴルトーの結託に気付いていたか?」

 

 何と、三人目の良心が存在した。ミザイストムだ。

 

「はあ? んなわけねーだろ」

 

「じゃあ、危機を回避できたのはパリストンのお陰だな」

 

「まあ、認めたくねーけどな」

 

「で、その上で『やり方が横暴だ』ってパリストンを断罪するか?」

 

「仕方ねーだろ? それしかパリストンのライセンスを取り上げられねーんだから」

 

 至極当然のように胸を張るカンザイに、場が静まる。

 

「そ、そうか」

 

 ミザイストムは、気を取り直すためか咳払いをしてから再び口を開いた。中々どうして、ミザイストムはガッツがある。

 

「じゃあ、パリストンへの有罪票をお前は投じたとする」

 

「ああ、それで?」

 

「形はどうあれ、パリストンはハンター協会と協専ハンターを守った、という事実まではいいか?」

 

「うん? そうだな」

 

「ハンター協会にとっての救世主であるパリストンから、お前はライセンスを取り上げる為の票を投じた訳だ。つまり、協会職員と協専ハンター達にとってお前は敵だ」

 

「ん? まあ、そうなるか」

 

「それどころか、お前は武闘派だ。にも関わらず、5年前何もしなかった。それなのに、手を打ったパリストンを断罪した。『武闘派のくせに口ばっかりだな、カンザイって奴は大した事がねえ』と言われるって事だぞ?」

 

「ああっ?! くそっ、そういうことかよ。……パリストン、あンの野郎……‼︎」

 

 掌に拳を打ち付けて、カンザイが毛を逆立てる。そう、もうこの査問会の勝敗は決した。この後、ジン・フリークスの反駁(はんばく)があったとしても大勢(たいせい)は変わらないだろう。

 

 あのジンがパリストンを査問会に掛けるという。その報せを受けた時はどんな見物になるだろうと馳せ参じたが、存外呆気ない。まあ、それでも興味深い事はいくつか聞けた。それにゾルディックの面々を間近で見られたのも良かった。息子の方はどうにも若過ぎて食指も動かないが、父親の方は眼福だ。それに強い。きっと念能力者としても一流だろう。

 

 ビスケは塗り直したネイルにふう、と息を吹きかける。爪の先に付けたストーンが美しい。塗りムラもヨリも無い上々の出来だった。後はジン・フリークスの吠え面を拝んで、パリストンに支払う賠償金の額を酒の肴に、今晩馴染みの店で一杯ひっかけてお仕舞いだ。ーー そうして、この胸の中にあるムカムカとした感情に折合いをつけるしかない。

 

「ねえ、あの子、来るかな?」

 

 机に突っ伏したままクルックが誰ともなく問い掛ける。

 

「あの子? ああ……ゾルディックの」

 

 クルックの呟きに、サッチョウが頷いてから眉間に皺を寄せた。話題にするには少し憚られたからだろう。

 

「そ。ミルキ・ゾルディック。あのかわい子ちゃん」

 

「無理だろ。すっげー怯えてたじゃねえか。パリストンに」

 

 応えたのは、再びソファーに寝転がっているカンザイだ。クルックは、がばりと顔を上げる。

 

「え? え? え?! あんた、意味分かって言ってんの?」

 

「はあ? フツー分かるだろ。変態の異常者に誘拐されたんだぜ? きっとよっぽど嫌な目に遭ったんだな。パリストンがーー男が近づいただけで震えてたじゃねえか」

 

「へえ。なんか意外だわ。そういう所は分かんだね、あんた」

 

「……それは、褒めてんだよな?」

 

「は? ちげーし」

 

「喧嘩売ってんじゃねーか‼︎」

 

 ぎゃあぎゃあと喧しくなった外野を避けて、ひとりビスケは控室を後にする。ーーそう、ムカつきの原因はミルキ・ゾルディックの存在だ。暗殺一家の娘という特殊な立ち位置ではあるが、あの少女だけ話にならないくらい弱い。

 

 恐らく犯人に甚振(いたぶ)られたんだろう。両手には未だ包帯が巻かれ、手首を過ぎてなお着物の袖の中へと続いていた。上手く誤魔化していたが少し足を引きずるような歩き方もしていた。何より心許ない不安定な『纏』が気になる。あの少女は、明らかに念能力者としては日が浅い。もしかしたら、犯人に無理矢理精孔を開けられた可能性さえある。

 

 美しい少女だった。犯人は少女に懸想していたという。何を目的に誘拐したのかは、誰でも想像が付くだろう。ジンも明言は避けていたが、少なくともPTSDが発症する程の何かがあったのは明白だ。

 

 被害者をーーしかもまだ小さな子どもを査問会に巻き込んだジン・フリークスにも腹が立つし、この査問会の結果があの少女を更に傷付けるだろうことにも腹が立っていた。だがこの査問会の裁定に、あの少女の気持ちが勘案される余地は無い。そしてビスケも選択を変えるつもりも無い。いつでも踏みつけられるのは弱者だと、歴史も証明している通りだ。

 

 何とも後味の悪い。好奇心を抑えられなかったとはいえ、どうしてこの査問会に出席してしまったのだろう。このまま裁定を待たずに帰りたい気分だ。

 深く息を吐いて、ビスケは廊下を進みーーすぐに足を止めた。

 

「……パリストン」

 

 廊下の向こうから、今一番会いたく無い男が協会職員に連れられて歩いて来る。悠然とした態度は、とても被査問者とは思えない。それはそうだろう、パリストンの勝利は揺るぎない。

 

「ねえ!」

 

 すれ違いざまに、ビスケは声を掛ける。パリストンはぴたりと歩みを止めると、ゆっくりと振り返った。

 

「なんですか? ビスケットさん」

 

「ーー申し訳ありません、査問会中での会話は困ります」

 

 発言した協会職員を、あたしはギロリと睨みつけた。視線を受けて、職員は「ひっ」と声を上げて後退る。

 

「まあまあ、ちょっとくらいならいいじゃないですか。で、何か?」

 

 咄嗟に話し掛けたものの、何か目的があった訳じゃない。少しまごついてからあたしは切り出した。

 

「エドガー・ハーケンはどうしてる?」

 

「エドガー・ハーケン?」

 

 少し考える素振りを見せて、パリストンは「ああ」と頷いた。

 

「確か、貴女のお弟子さんでしたね。ボクなんかより、貴女の方が余程お詳しいのでは?」

 

 エドガー・ハーケンは、5年前にあたしが協会から受けた仕事で関わった人物だ。20年間瞑想をしていたら精孔が開いたという、馬鹿みたいな経緯を持つ男で、当時指南役を引き受けた。

 

「あいつは、弟子なんかじゃないわさ。連絡先だって知らない」

 

「そうですか?」

 

 貼り付けたような笑顔が見下ろしてくる。このパリストンという男も見目は悪くない。勿論頭だって切れる。それにも関わらず、全く『いい男』だと思えない。全てこの嘘くさい笑顔と破綻した性格のせいだろう。

 

 あたしは溜息をついて、両手を掲げる。

 

「もう、いいわ。ーーアンタに聞いたあたしが馬鹿だったわさ。協専ハンターになったって聞いていたから、どうしているかと思ったんだけど……そうね、流石に200人以上いる登録者をいちいち……」

 

「行方不明です」

 

 ビスケの言葉を遮るように、パリストンが応える。

 

「……何ですって?」

 

「ですから、行方不明です」

 

「何で……いつから……?」

 

「今月中の話です。ハンター協会から受注した仕事を最後に行方が知れません」

 

 唇に手を当てて、親指の爪を噛む。確か、エドガー・ハーケンの系統は操作系だった。ハッとして、あたしは顔を上げた。

 

「ねえ、最後の仕事ってーー何?」

 

「彼の最後の仕事は、留置所でのジョセ・アナスタシアの拘束ですよ」

 

 足下から這い上った悪寒が背中を抜ける。抜け目無い、いけ好かない男だというパリストンへの評価は、今日一日で劇的に変わったが、これはもう駄目押しだ。

 この男はアウトだ。得体の知れない闇を抱え過ぎている。

 

「ーーアンタ、消したわね?」

 

「何の事か分かりません」

 

 薄く笑って、パリストンは再び歩を進める。「待ちなさいよ」という言葉に、男はもう立ち止まることなく肩越しに視線だけを返した。

 

「それでーー貴女は選択を変えますか?」

 

「変えないわよっ‼︎」

 

「流石、ビスケット・クルーガーさんですね。ーー賢い人は好きですよ?」

 

 ーーこの糞野郎が。

 

 ただ、遠ざかるパリストンの背中を見送る。再びあたしは親指を噛んだ。ああ、折角のネイルが台無しじゃない。これもそれも、エドガー・ハーケンのせいだ。あの覇気のない凡庸だった男の末路を思う。

 

「あの馬鹿弟子、何て面倒に巻き込まれたんだわさ……」

 

 間もなく、査問会の再開の時間だ。あたしは、更に重くなった足取りで会場へと向かったのだった。

 




ミルキ無双ターンを期待していた方には、すみませぬ……。

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