そして世界は華ひらく   作:中嶋リョク

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短めです。
今回は、パリストンのターン。


[23]査問会_ミルキ・ゾルディックの場合(2)

 ――第2のハンター協会。

 

 まさか、そういう答えが返ってくるとは思わなかった。隣のイルミ兄さまを見上げると、僅かに目を見張っている。父さまの眉間には不快げに皺が寄っていた。査問委員の顔も険しい。

 

「第2のハンター協会ですって?」

 

 犬の鼻を持つ女性――チードルが、黒縁の眼鏡を引き上げながらパリストンを詰問する。眼鏡の奥には、隠しようのない猜疑の色があった。それとも、そう見えるのは私の単なる先入観かもしれない。会長選挙での二人の立ち位置はよく覚えている。

 

「そうです。当時アナスタシア家は、別のハンター協会を設立しようとしていました」

 

「そんな話、聞いたことないわ!」

 

 がた、と椅子の鳴る音がして、チードルが立ち上がる。彼女の剣幕にパリストンは何の感慨も抱いた様子も見せず、「そうですねえ……」と顎に手をやる。

 

「チードルさん。協専ハンターが何名いるかご存じですか?」

 

「そうやって、はぐらかそうとしてるわね」

 

「違います。誰にでも分かるようにいちから説明しようとしているんです」

 

 パリストンから一瞬笑顔が消える。チードルは言葉に詰まると、静かに席に座った。

 

「プロハンターは常時600人前後、そのうち協専ハンターは……200人くらいかしら」

 

「まあ、惜しいですがそんなところですね。正確には現在協専ハンターは243名の登録があります。5年前には252名。全ハンターの中で実に4割を占めている。これが、どういうことか分かりますか」

 

 パリストンの様子は、さながら受講生に質問を投げかける大学講師の様だ。それにいち早くカンザイが反発する。

 

「お前の言ってほしい『どいういうこと』が一体どういう事を指してんのかなんて、答えてやる気も起きねーわ。よく舌が回るからって口から出まかせ言ってんじゃねえぞ」

 

「思い付くことも出来ない頭なら、せめて口を閉じてて貰えますか?」

 

「んだとぉっ?! やんのか、ごるぁあ‼︎ ――いてっ!」

 

 チードルの時とは比べるべくもない勢いで椅子が鳴り後方に倒れる。すかさず隣に座っているクルックから、矢の速さでカンザイの後頭部に平手が入った。

 

「ややこしいから、座ってなさいよ。――私だってムカついてんの。でも、この際パリストン教授のご高説を頂戴してやろうじゃないの」

 

「いや、無理だわ。今すぐぶっ飛ばす」

 

 猫のようなしなやかな動きで卓上に飛び乗ると、カンザイは臨戦態勢をとる。びきびきと筋肉の動きと共に腕がしなった所で――今度はゲルが制す。

 

「カンザイ、ネテロ会長の前よ。星持ちであるプロハンターが、協会本部で暴れるってことは、ネテロ会長の顔に泥を塗ることよ」

 

「……」

 

「カンザイ!」

 

「……けっ。わぁーったよ」

 

 どかりと椅子に座り直すと、カンザイはぷいと横を向く。その様子を見ていたチードルは、溜息を吐いてから口を開いた。

 

「――意図が分からないわね。協専ハンターは、数の上ではそこそこ多いけれど、大勢(たいせい)を占める訳ではないわ。ハンターとしての実力は、並みかそれ以下。協専ハンターを侮る風潮は看過すべきじゃないけれど、実力重視のこの世界ではそれも仕方ないわね。良くも悪くも、それが協専ハンターよ」

 

「それが、チードルさんの見解ですか?」

 

「ええ、そうね」

 

「正直、がっかりです。これなら、カンザイさんの方が数倍面白かった」

 

「なっ……!」

 

 わなわなとチードルが震える。何というか、このパリストンという男は、意図的に相手を怒らせるのが天才的に上手い。人は感情的になると判断力が落ちるものだ。その隙をついて場の支配権を容易に奪う。敵にはしたくないタイプだし、味方にしたいかというとそれも違う。こんな人物を十二支んとして受け入れていたのだ。ネテロ会長は、随分と懐が深い。

 

「チードル。『まとも』にパリストンの相手をするな。馬鹿を見るぞ」

 

 ジンさんの声に、チードルの口元が引き攣ったのが見てとれた。確かにジンさんの言い方は少し乱暴だ。ただ、会長選挙編で垣間見た突き放した態度から考えると、これは随分と親切仕様だ。

 

「じゃあ、貴方には分かるっていうの?」

 

「まあ、俺は名前の通り『まとも』じゃないからな」

 

 少し考える素振りをした後、ジンさんは「これはパリストンへの擁護じゃねーぞ。んなことしたら俺こそ阿呆みたいだからな」と念押しした。

 

「協専ハンターは、ハンター協会で最も影響力のある最大勢力だ。パリストンは、わざと『全ハンターのうち4割を占める』と表現した。それは事実だが本質じゃない。協専ハンター以外の残り350人を考えると、自然と答えは出てくる。俺達みたいに各自の専門性を生かして個人で活動しているハンターは、実は少ない。そうだな……せいぜい150人って所か。後の200人は正直どこで何をやっているか分からん連中になる。マフィアに抱えられている奴はまだいい方で、自分自身が賞金首って奴も大勢いる。犯罪目的じゃない社会活動のために派閥を形成している奴らもいるが、その数は協専ハンターの足元にも及ばん。つまり協専ハンターは、協会の仕事の大部分をこなし、協会の経営に直接貢献している連中だ。ハンター協会を支える屋台骨なんだよ――て所か?」

 

Marvelous(素晴らしい)

 

 パリストンがぱちぱちと手を打つ。

 

「その通りです。アナスタシア家は、最大勢力である協専ハンターに目を付けました。取り込むには餌がいる。チードルさんがおっしゃったように、彼らはハンター協会に尽力しながらも底辺と見下されています。協専という言葉が、蔑称ですらある。専門性が高く、戦闘にも長けている人材も多く登録しているにも関わらず、これは事実ですね。彼らの持つ不満を利用すれば、取込みは左程難しい事ではありません。しかも、組織に属しているという意識が強い分、あなた方のような個性的な面々よりよっぽど御しやすい。うちより待遇を良くすると言えば懐柔される者も出るでしょう」

 

「それで、潰したか」

 

 ここに来て、初めてボトバイが口を開く。始終無言で査問会の成り行きを見守っていた初老の男性で、世界にも10人いないと言われているトリプルハンターだ。会長選挙編では、名実共に会長に最も近いと目されながらも、チードルに票を集めるために尽力していた。

 

「ええ。証拠を集めて確定してからですが」

 

 パリストンは一度手を開き、両手で作った空間を押しつぶすようにぐっと握りこんだ。

 

「とはいえ、非営利団体まで設立して暗殺依頼とは穏やかじゃない」

 

 ボトバイの指摘にパリストンが「そうでしょうか?」と笑う。

 

「では、逆にお聞きしますが、ハンター協会の補正予算に暗殺依頼の委託金を堂々と載せますか? うちの財務規則上、契約書も残りますが」

 

「……分かっているだろうに。私が言っているのはそういう事じゃない。何も暗殺依頼などせずとも良かっただろうということだ」

 

 途端、パリストンは耐え切れないように笑い出した。

 

「いえ、失礼。流石穏健派のボトバイさんです。本当に『お優しい』。――でも、そうですね。こう言っては何ですが、それでは手遅れなんです。実際に第2勢力が名実共に成立してしまえば、いかにハンター協会といえども手を出しにくいんですよ。それこそ、うちからアナスタシアに移籍したいという協専ハンターを止めることはできません。何せ、相手は正式に手順を踏んだ民間団体になる訳ですから。力技で真正面から相手を潰すこともできません。しかし、裏では沢山の血が流れたでしょうね。それこそ、アナスタシア家襲撃事件で流れた血の比ではありません。5年かけても収束できたかどうか。その『無駄な』抗争の期間は、確実にハンター協会の弱体化を招きます」

 

「だが、やりようはいくつかあった筈だ」

 

「ない。ありませんよ、この場合。ボクも、アナスタシア家がただの『ちんぴら』ならもう少し日和見ができたかもしれません。アナスタシア家のバックには――東ゴルトー共和国がいました。軍事アナリストでもある貴方なら、この意味の重大さが分かる筈です」

 

 ボトバイが息を呑む。ミルキもその国名にびくりと身体を震わせた。東ゴルトー共和国。バルサ諸島の東に位置する独裁国家で、あのキメラアント編の舞台となった国。情報規制と「指組」という密告制度で国民を土地に縛り付けるような所だ。外貨を稼ぐためか、それとも別の目的か。パリストンの発言が真実なら、いずれにしろ碌な理由じゃない。事実、ボトバイは苦い顔だ。

 

「相談してくれれば……」

 

「相談? ――相談していたら、ボクのやり方は必ず潰されていましたよ」

 

 ボトバイは黙り込んだ。それは肯定を意味する。

 

「確かに、ボクの方法は褒められたものじゃありません。それについて責任を取れと言うのなら取りましょう。しかし、5年前あなた方は何をしていましたか?」

 

 パリストンはひとりひとりに視線を送る。

 

「この中で、第2勢力の萌芽を察知していた人はいるのですか。東ゴルトーの存在に気付いた者は?」

 

 誰もがパリストンの視線を受け止めきれず、目を逸らした。次にジンさんに向き直りパリストンは指を突きつける。

 

「ジン・フリークス。貴方に至っては論外です。5年前は、行方知れずだったんですから」

 

 そして、パリストンは最後に私へと歩を進めた。予想外の事に、私は身体が硬直する。

 

 ――怖い。

 

 ただただ、パリストンが。近づいてくるあの男が怖い。

 

 思えばあの事件以来、ジンさんや――家族以外の男性が近くに来る事などなかった。病院でも、意識を取り戻してからの世話も全て女性がしてくれていた。だから気づかなかった。これは、まさか――。

 

 ――気持ち悪い。

 

 ぐ、と胸にせり上がるものを感じる。息が苦しい。は、と息を吐いて口元をおさえた手はみっともないくらい震えていた。私を見るパリストンの表情が険しいものに変わり、歩みは止まる。それ以上近づいては来なかったが、私の震えは止まらない。様子のおかしい私に気づいて、直ぐに兄さまが私を背後に隠す。兄さまの背中に庇われて、パリストンの表情は途中で視界から消えた。ただ、空気の動きで彼が頭を下げた事だけは分かった。

 

「――ミルキ・ゾルディック嬢。貴女には申し訳なかった。当時、子どもだったからとジョセ・アナスタシアに温情をかけたボクのミスです。貴女には、心からの謝罪を」

 

 パリストンの声は聞こえているけれど、私は一言も返さなかった――いや、返せなかった。発汗に、動悸、異常な息切れ。間違いない、これは。

 兄さまの服をぎゅうと掴む。

 

「一旦、休憩じゃ。再開は30分後。皆もそれでいいな」

 

 会場に、ネテロ会長の言葉が重々しく響いた。

 




パリストンをちょっと格好よさげに書いてみました。

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