そして世界は華ひらく   作:中嶋リョク

13 / 31
もう暫くジン視点が続きます。


[9]ジン・フリークスの場合(4)

 ミルキと対面した翌日、俺はエギナとミルキの主治医と共に国立精神医療センターの緊急搬送口に立っていた。搬送口から遠目に見えるのは、病院が有する飛行船の離着陸場だ。

 

 ミルキが告白した内容はかいつまんで主治医とエギナには教えてある。ただ、ミルキが子ども達の殺害に直接関与した事だけは伏せておいた。――そうしておいた方がいいと思ったからだ。実質、あの男が殺したようなもんだ。本当に胸糞が悪い。

 大体、俺は警察官じゃない。真実を明るみにする事に固執したいとも思わない。

 

 ミルキがゾルディック家の娘だと告げると、二人は一様に驚きを隠せないようだった。だが、これで薬への耐性や痛みへの鈍化について説明が付く。ミルキによると、ゾルディック家の人間は、赤ん坊の頃から毒に慣らされるという話だ。だから、自分は通常の適正量では薬も効かない体質なのだと言っていた。じゃあ、怪我をした時にはどうするのかというと、念能力者が作った特注の薬品を使用するらしい。1歳を過ぎれば拷問訓練も始まるようだ。

 毒と薬は表裏一体だし、痛みに耐性があるのも訓練の賜物だろう。そう言うとエギナと主治医は更に驚いていたが、ミルキの普通じゃなさに答えを見出だせて得心がいったようだった。

 

 俺は腕を組み、抜けるような青空を睨み付ける。

 青空に出来た僅かなシミは、時間と共にぐんぐんと広がって飛行船の形に変わる。ゾルディック家の飛行船が姿を見せたのは、俺が連絡をとってから15時間後の事だった。

 

 飛行船の飛行速度を考えると、連絡後直ぐにこちらへ向かったとしても随分早い。

徐々に鮮明になる船影を眺めて、俺の予想は確信に変わる。――全金属製飛行船。なるほどこいつなら足が速い。8時間程度の短縮も可能だろう。

 

「これはまた、御大層な船じゃないか」

 

 エギナが感嘆する。

 

 飛行船ってやつは、ヘリウムガスを詰めた気嚢(きのう)の固まりだ。空気より比重の小さい気体で揚力を得て、別付けの動力と尾翼で舵をとる。

 

 一口に飛行船といっても、構造体の違いで数種類に分けられる。一般的に普及しているのは、枠組みがアルミニウムや木材で出来ている硬式飛行船や、船体の一部に金属を使用した半硬式飛行船だ。

 ヘリウムガスの圧力のみで船形を維持する軟式飛行船より速く、飛行速度は時速100㎞前後になる。

 

 だかゾルディック家の飛行船は、全金属製飛行船と言われる代物だ。ジュラルミン製の薄板を貼り合わせて造られていて、兎に角手間も金もかかる。動力もバカみたいに燃料を食うので、所有するのはよっぽどの道楽者か軍隊くらいだ。その代わり時速150㎞は出る。

 

「急いで来た――って、解釈でいいのか?」

 

 ミルキからの伝言を思い出してひとりごちる。『自分はゾルディック家の役にはもう立てない。このまま放逐して貰いたい』というのが、ミルキが俺に託した伝言の全てだ。あいつは――ミルキは迎えに来て欲しい、とは一切口にしなかった。

 

 一体、どんな家族だよと内心で突っ込む。『今回の事で、家族には迷惑を掛けた。特に弟の祝いの席に泥を塗るような真似をして申し訳ない』とも言っていた。「違うだろ」と喉元まで出掛かったのを寸前で飲み込んだ。

 色々な家族があるのだ。俺も人の事は言えない。

 

 ゾルディック家ーー言わずと知れた暗殺一家である。

 

 ジンは今まで面識こそ無かったが、ハンターなら当然、そうでなくともその名は余りにも有名だ。何せ本人達に隠す気がない。その癖、知られている情報は表面的なものばかりで実は何も分からないに等しい。それこそが、ゾルディック家の強さを証左するものとも言える。

 

 ミルキはそこの二番目の子どもだと言う。確かに頭はずば抜けて良いし、色々普通じゃない。だが――念も習得しておらず、とりわけ身体が頑強な様子もない。暗殺一家の子女としてはどうだろう。あの特殊な一家においてのミルキの立ち位置を思う。

 

「まあ、会ってみなくちゃ分かんねーよな」

 

 そう、結論を出すには早計だ。何せこうしてやって来たのだから。

 

 飛行船はその巨体に似合わず静かに着陸した。風も多少吹いてきている中での、美しい着地だった。操縦士の腕がいいのか機体の性能がいいのか。

 

 逆巻く風に煽られながら、ジンはタラップを降りてくる人間を観察する。恐らく先頭の大きな男が現ゾルディック家当主、シルバ・ゾルディックだろう。少し離れて黒服の男達が数人。続いてアイジエン大陸風の白い衣装を纏った人間が降りてきた。肩口で切り揃えられた黒髪がミルキの色とよく似ていたが、遠目では男か女か分からない。

 

 二人は病院が用意しておいた車に乗り込む。車のドアマンを勤めた黒服の男がドライバー席に移動すると、車は真っ直ぐこちらに向かって発進した。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 車から降りてきた男は、身の丈2メートルを越える堂々とした偉丈夫だった。肩を越す見事な銀髪に、猛禽類を思わせる薄い瞳。立ち居振舞いには品格と貫禄が感じられた。一目で高そうだと分かるスーツを身に纏い、しかもそれが嫌みたらしくない。

 俺は、高級スーツを着こなす嫌みたらしい別の男の顔を思い出す。拘束能力に特化した協専ハンターの口利きをした男だ。「5時間以内に派遣って、なかなかタイトですよねぇ。貸しひとつってことでいいですか?」しゃあしゃあと(のたま)った奴に、「それがお前の仕事だろ」と言って電話を切ったが、実質これは借りだ。どんな形で返すことになるやら。

 

 銀髪の男は、真っ直ぐに俺を見た。俺も警戒を解かずに視線を受け止めた。要は観察と品定めだ。これは念能力者の悪癖なのかもしれない。ハンターとしてまた念能力者として生きていく上で自然と身に付く事だが……人と対峙する時『こいつは俺より上か下か?』で相手を見てしまう。

 つまり、『殺せるか殺せないか』という基準を持つという事だ。俺が銀髪の男に抱いたのは、「殺せなくはないが、しんどそうだ」だ。

 

 それにしても稀な髪と目の色だと思う。ミルキは母親似なのかもしれない。「これ程似てない親子も珍しい」というのが、俺の率直な感想だ。

 

 シルバに次いで車から降りてきたのは随分と小綺麗な少年だった。シルバ・ゾルディックと並ぶと頭ひとつ分低いが、やはり長身だ。ミルキは第二子。ならば、兄――だろうか?

 

「ミルキの父、シルバ・ゾルディックです。貴方が連絡を下さったジン・フリークス氏か」

 

 ジンが頷くと、シルバは深く頭を下げた。

 

「娘を救って下さって感謝します」

 

 シルバは「ミルキの父」と名乗った。ゾルディック家当主としてではなく、ここへは父親として来た――という事だろう。

 ミルキの頼みから、どれ程横暴な当主だろうかと思っていたが、何だかこれは出鼻を挫かれた。自分より余程父親として立派に感じる。

 

「ミルキは、何処……」

 

 シルバの横から不意にふらり、と少年が歩み出る。面差しがミルキによく似ていた。

肩に届かないワンレングスの黒髪と黒い瞳。ただ、光を反射するミルキの瞳と違い、艶消しの黒である。声音にしろ顔にしろ表情に乏しい。

 

「長男です。ミルキの兄になります。イルミ、ご挨拶しなさい」

 

「……イルミ・ゾルディックです」

 

 一瞬、少年は不快そうに眉根を寄せたが、名前だけ告げて腰を折る。よく、躾られているらしい。

 

「父さん、早くミルキを連れて帰ろう」

 

「……ああ。案内して頂けるだろうか」

 

 俺は溜め息を付いた。勿論、これからする厄介な説明に思い至ったが故だ。

 

「その前に、電話では出来なかった……少し込み入った話をしなくちゃならない。ミルキの――娘さんの状況を話す時間を貰いたい。迎えに来たって事は、向き合う覚悟はあるって事でいいか?」

 

 シルバは頷く。

 

「それから……、敬語はもう止めてくれ。俺は堅苦しいのは苦手な(たち)だ。俺のこともジンでいい」

 

「分かった。ならば俺もシルバでよい。ミルキが拐われて助け出されるまで6日を要している。俺達も何事もないとは考えていない。忌憚なく話して貰いたい」

 

 ゾルディック家でもミルキの行方を探していたのだろうか? もし探していたのだとしたら――親として家族としてどういう気持ちで日々を過ごしていたのだろう。

 残念ながら目の前のシルバから、俺は何も読み取ることが出来なかった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 病院の応接室に移動すると、まずは主治医が怪我について説明をする。鞭による背中の裂傷や炎症、手足――特に指に集中する骨折、爪の剥離。主治医の説明を、父親と兄は眉ひとつ動かさず聞いていた。特に兄の方はまるで人形か置物のようだ。

 だが、ミルキが犯人に髪を切られている段の話になると、兄の雰囲気が一変する。底冷えのする殺気が放たれ、俺は咄嗟にエギナと主治医を守る形で纏を広げた。

 

 シルバが目で制すると、少年から殺気が霧散する。一見、感情の起伏は見られないが、外見に反して気性は激しいのかもしれない。それとも妹を思う故か?

 もしそうなら、ミルキと家族との関係性は俺が考えていたものとは違う。歓迎すべき傾向なんだが、これからする話を思うとかなり――気が重い。

 

「ひとつ、確認させて貰えないかい?」

 

 エギナの言葉に思考を中断する。警察官として、どうしても聞いておかなくちゃならないと言っていた事だろう。エギナにとっては寧ろこちらの方が本題になる。

 

「誘拐犯は、お宅の使用人じゃないかとミルキさんが言ってるが、本当の所はどうだろう? 犯人はハンター証を保持していて、ハンター特権である完全黙秘権を行使している。お陰であたし達警察が掴んでいるのは、奴の容姿とハンター証の発行ナンバーくらいさ。下手をすると、今回の誘拐と殺人に関して不問にされる恐れもあるんだ。今拘束できているのも、奴より高位のハンターであるジンが捕まえたからに過ぎない。このまま留置期間を過ぎれば釈放もあり得る。せめて雇用主として身元確認と契約違反証明をして貰えれば、このハンター特権も無効になるんだが」

 

「……それに関しては、本当に申し訳ない。ゾルディック家で出来るだけの事をさせて頂く。ゴトー」

 

 後方に控えていた鋭利な印象の眼鏡の男――どう見ても服装が執事だ――が一礼してアタッシュケースを二つ机に置いた。

 ひとつをこちらに向けて開ける。中にあるのは書類だった。白い手袋を嵌めた手が、1枚ずつ机上に並べる。

 

「こいつは、正確にはうちの執事見習いだった。名前はジョセ・ヴァーシ。1969年10月31日生まれ、20歳。ハンター証はゾルディック家の執事養成所に入る前に獲っている。274期だ」

 

 エギナは「失礼するよ」と言って、ジョセ・ヴァーシの経歴を纏めた書類を確認する。

 

「外見も、ハンター証の番号も一致してる。本人だね」

 

「行きの飛行船の中で、うちの弁護士に作らせた公文書だ。奴を有罪にする為に必要な書類は一通り揃えてある。使えるものは、活用して貰いたい。足らない場合は直ぐに用意させて頂こう――それから」

 

 また眼鏡の執事が、もうひとつのアタッシュケースを開く。中には小切手が金額とサイン入りで入っていた。

 エギナの顔色が変わる。

 

「金で今回の件を無かった事に、って訳? ――冗談じゃないよ、事件そのものを揉み消す気かい?!」

 

 ギロリと睨み付けるエギナの視線を静かに受け止めて、シルバは首を横に振った。

 

「先程申し上げた筈だ。奴を有罪にする為に協力は惜しまない。娘の事は、ゾルディック家のやり方でけじめをつける。……そう睨まないでも、ジョセ・ヴァーシを殺したりはしない。奴を最初に拘束したのはそちらだ。獲物を盗むような真似はしない」

 

 ということは、ゾルディック家でも奴を探していたという事だろう。

 

「じゃあ、この金はどういうつもりだい?」

 

 小切手には、100億Jが明記してある。エギナが事件そのものを無かったことにするつもりかと勘繰っても仕様がない金額だった。シルバはエギナの物言いに気を悪くするどころか僅かに笑う。

 ここに来て、初めて表情らしいものを見て、エギナはやや面食らったようだった。

 

「我が家の生業が生業だから、とりわけ警察の方に色眼鏡で見られるのは仕方ない。実際俺もここにいる長男も世間的には真っ黒な人間だ。――この金は、ハンター協会への支払いと、犯罪被害者の為の基金にして貰いたい。資産運用に関してはゾルディック家から専門家を派遣しよう。運用益で資金繰りをすれば何十年かもつ筈だ。犯罪被害者の精神的、経済的なケアに活用して頂ければ、少しは贖罪になるだろうか」

 

「基金……」

 

 エギナが呟く。毒気が抜かれたような顔をしていた。実際、俺も驚く。話だけ聞いていると、まるでやり手のビジネスマンだ。

 

「基金設立までの手続きには、うちの執事であるゴトーがサポートさせて頂く。腕も立つのでボディーガード兼現金輸送車替わりに使って貰って構わない。ゴトー」

 

「は」

 

 執事は一礼すると、卓上の書類を手早く片付けアタッシュケースに仕舞う。

 

「エギナ様、暫くお供致します」

 

 ゴトーの言葉に慌てたのはエギナだ。

 

「ちょっ……、ちょっと待っとくれ。この金を受けとるとはまだ言ってない」

 

「そうだな。そして貴女には返事をする権限はない。違うか?」

 

 ぐ、と言葉に詰まると「一先ずお預かりする」という言葉を残してエギナは部屋を退出した。ゴトーがその後ろに付き従う。エギナとゴトーを見送って、俺は主治医に向き合った。

 

「先生、こっから先は秘匿事項だ。悪いがあんたも席を外してくれないか」

 

 主治医は明らかにほっとした顔をして頷くと席を立つ。主治医もパドキア共和国の住人だ。ゾルディックの名前の意味を十二分に理解している。間に俺が居たとしても、ゾルディック家当主と相対するプレッシャーは酷いものだったに違いない。意見まで出来るエギナの方が稀なのだ。ああ――だから、シルバも笑っていたのかもしれない。

 

「さて、本題に入ろうか」

 

 俺は指を組み直すと、二人のゾルディックと対峙する覚悟を決めたのだった。




この小説では、十五歳時のイルミ兄さんは髪が肩口より上設定です。
ちらっとですが、やっと小説本文で書けた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。