真・恋姫†無双〜李岳伝〜   作:ぽー

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第九十四話 徐州戦役

 ――河北を席巻する風雲は、とうとう徐州に至りその猛威を奮った。戦役の主役は曹孟徳。乱世の風雲児は一郡の太守でしかなかったことなど今は昔、兗州を制圧した上にさらに徐州までその手を伸ばそうとした。反董卓連合において、敗れたというのにその勢力を最も肥大させた一人である。天下の名士や文武に長けた者の中で、もはや曹操の名を知らぬ者は一人とていないだろう……

 

「二里前進」

 曹操の声に、郭嘉が機敏に反応した。太鼓、旗で指示を下す。

 中央本体に曹操、その左右に夏侯惇、夏侯淵。さらに大外に楽進と李典。後方の予備に于禁と満寵が控えている。騎馬隊を率いるのは張貘と張虎である。

 総勢二万八千。兗州全土からかき集めた兵力の大半をつぎ込んだ徐州攻略戦も大詰めといったところである。下邳(カヒ)城を目前にした原野であった。

 

 ――同年二月末。兗州を完全に制圧した曹操は、泰山と定陶から二軍に分けて徐州への侵攻を開始した。

 

 散発する賊を鎮圧しながら、泰山から進んでいた一隊は河北最大級の淡水湖・微山湖をなぞるようにして徐州へ雪崩れ込み、もう一隊は陳留から真っ直ぐ東進し正面から彭城を陥落させた。都度遭遇した敵は豫州の盗賊も含め十三度。その全てを曹操軍は瞬時に撃破している。

 彭城で一度態勢を立て直すことも当然検討したが、曹操は即戦を選んだ。荀彧は死に物狂いで兵糧を集めているが、焼け石に水である。何とかここまで辿り着けたことそれ自体を偉業に数えてもいいくらいだ。

 兵糧の蓄えがほとんどないということを察知されていれば敵は野戦に討って出ただろうか? 曹操は兵に、兵糧に擬態させた(まぐさ)を運搬させていた。籠城されていれば彭城に戻って持久戦になっていたに違いない。敵は決して戦下手ではないのだ。下邳にまで到達したことも、あるいは徐州に引きずり込まれているという表現も出来る。敗れれば彭城に逃げ込んだとて、救援もなく遅かれ早かれ全滅である。

 

 ――姓は(ゾウ)、名は()、字は宣高。

 

 それがこれから激突する徐州軍頭目の名である。

 先年の反董卓連合に参加した徐州刺史陶謙であったが、その戦の中で李岳軍に襲撃を受け死亡している。その後の徐州は朝廷より任免がくだされたが、徐州の者たちは従わずに独立諸侯の一員として名を挙げんとした。

 だが陶謙の配下たちによる徐州支配は長くは続かず、各地で賊や立身出世を目論む豪族の台頭に歯止めをかけることが出来なくなった。

 豫州と同じく有力者の欠如により突如現れた無頼の集団によって、徐州は瞬く間に陥落したからだ――その無頼を纏め上げた者の名こそ臧覇(ゾウハ)

 元は官吏の娘であったようだが、濡れ衣で捕縛された父の汚名を晴らさんと官軍を襲撃し、そのまま逃亡して無頼の侠客として生きてきたようだ。手下を従え賊を討つ内に陶謙に見込まれ、生前に手勢を率いることを許されたとのことだが、陶謙死後は混乱した州内を荒くれ者を率いて鎮圧に乗り出した。 臧覇は行く先々で連戦連勝を重ね、徐州人民の声望をほとんど一身に集めることになり、陶謙の幕僚たちは戦わずして屈服、その影響力はただちに徐州全域に及んだのである。

 この臧覇に付き従うのが孫観、孫康、呉敦、尹礼。曹軍相手にもいっぱしの用兵を見せ、撤退戦を強いられながらも決定的な打撃は受けずにとうとう臧覇率いる本隊に合流した。臧覇自身も中々の用兵と突撃を見せる。一度など、戦勝の余勢を勝って追い討とうと前進を試みた夏侯淵が、突如現れた臧覇直々に率いる五千の奇兵によって撤退に追い込まれている。

 

 ――臧覇を中心にした徐州の結束が完全なものになる前に、曹操は口実を作り徐州を攻めた。

 

 兗州再制圧の際、劉岱の元部下で私腹を肥やしていた徐翕、毛暉という二将がおり、曹操の手配を逃れて徐州に逃げ込んだ。曹操はその二人を必ずや捕えるとして指名手配。賊二名を匿ったという名目で徐州に踏み込んだ次第である。本人らは命からがら逃げ込んだと思っているだろうが、あえて泳がされ、徐州攻略のお題目に利用されていることに気付いているだろうか?

 現在、徐州勢三万四千全軍を布陣させ、曹操軍と向き合っている。女だてらに有象無象の侠客をまとめ上げるだけあり、正面決戦で全ての決着をつけてしまおうという意気込みをひしひしと感じた。

「華琳様。敵将、単騎で参ります」

 頷き、曹操も前に出た。卑怯な騙し討ちを試みるような人物には思えなかった。

 現れたのは、真紅の長い髪を振り乱している女であった。さらしの上にやたらと高いえりの、足首まで届かんばかりの長い丈の羽織りを纏っている。

 こちらに見せつけるようにクルリと回った背中には艶やかな色で『愛羅武勇』という刺繍。

「アタイが頭の臧覇だ!」

 馬上で腕組みしながら、臧覇は精一杯の見得を切った。逡巡したが、曹操は同じく馬を進めて名乗りを上げた。

「……曹孟徳よ」

 臧覇は手にしている極めて太い鎖を振り回しながら、気勢を上げる。

「応、よくぞここまで来た! ぶっ飛ばしてやるから覚悟しろ! テメエの泣きっ面拝んだ後に兗州も頂いてやるぜ!」

「やれるものならやってご覧なさい」

「よぉし、上等だこの野郎クソ野郎。後で吠え面かくんじゃねえぞテメエこの野郎!」

「臧覇、貴女は何のために戦うの?」

「ああん? そんなもの決まってるぜ! この『侠』の志を共にするダチ公たち、でっかい夢を見せてやるためだ! 兗州と徐州を合わせりゃ無頼の奴らをみんなまとめ上げてやることが出来らぁ! テメエもほっぺた引っぱたいて『侠』の道に引きずり込んだる!」

 フッ、と曹操は小さく笑った。

「小さいわね」

「今なんつったこのアマ」

 臧覇の意気揚々とした表情が凍りつく。どうやら虎の尾を踏んだようだ。

「小さい、と言ったわ。私はたかが州の一つや二つで満足しない。私はこの国全土に覇を唱える。貴女などただ威勢がいいだけではないのかしら? 『侠』の意志、決して侮りはしないけれど、その限界に貴女は気付くべきだわ。この曹孟徳は『侠』を呑んだところでまだまだ足りない……私と貴女とでは器が違うということ、それを証明してあげるわ」

 臧覇が犬歯を剥き出しにして、獰猛な笑みを浮かべた。こめかみには未だかつて見たことないくらいはっきりとした血管が浮き上がっていた。

「――うっし。気合入った。てめえにだけは負けねえ。きっちりヤキ入れてやるわ。そこんとこ夜露死苦」

「意気込みだけは買ってあげましょう」

 両方とも同時に背を向け陣営に戻った。心配したようにこちらを見ている郭嘉の肩を叩き、曹操は愛馬である絶影の上で一度瞑目した。

 

 ――李岳は荊州を難なく制圧した。その手腕は他の追随を許さない程に周到で、悪辣でもある。孫権が江夏を陥落させ独立を成すという突如の事態がなければ、荊州は根本から人員が刷新されてしまっていただろう。しかし今の李岳は時間をかけて支配を浸透させるという手段を取ることが可能になった。以前のようなただ反撃に徹するだけではなく、真の意味の群雄として、初めてこの国の争いに自ら身を投じたとも言える。

 

 稚気、戯れ。そのような気持ちがどうしても湧いて来てしまう。曹操は、これは李岳との州の伐り取り競争だ、と勝手に考えていた。負けたくはないものだ。

 くつくつと笑みをこぼし、曹操は指示を下し始めた。銅鑼と太鼓が鳴らせて両軍が接近する。既に開戦している、接触は目前だ。陣営のほとんどは郭嘉が掌握している。曹操の意志にそぐわぬ愚鈍な采配は決して振るっていない。

 彼我距離が一里を切った。戦場に緊迫した空気が重々しく流れる。

 臧覇は意気込みとは裏腹に、無謀な突撃をかけては来なかった。じわりじわりと力を溜めこむように前進してきた。曹操は面白いと笑った。慎重を装って来てはいるものの、溜め込んだ力を解き放つときはひといきで叩き込みたいとはっきり伝わってくる。握りこぶしを固めて、全身を反り返らせて筋肉を引き絞っているようなものだ。

「稟、見えているかしら?」

「無論です」

 眼鏡を傾けながら、郭嘉は既に敵を丸裸にしていることを告白した。

 曹操は頷き、その肩に手を置いた。

「戦を教えてあげなさい。全力を叩き込む時の作法というやつを……存分に下知せよ、我が覇道を完成させるため」

「はっ!」

 顔を真っ赤にして、郭嘉は興奮のあまり一滴垂らした鼻血も拭わずに指揮を取り始めた。

 戦端が開かれるや否や、郭嘉はいきなり左翼の突撃を指示した。楽進の指揮する部隊である。指揮官の楽進自身が鉄拳を武器に突入する将であるからか、曹操軍の殴り込み部隊として自負も高い。

 敵軍にわずかに動揺が走るのが見えた。もう少し冷静に様子を見てくるとでも思ったのか――見込み違いで悪いが、曹軍の獰猛さをその辺りの官軍と同じに見てもらっては困る、と曹操は笑った。死地を存分に見てきた将兵は、屈指の突撃力と粘り強さを兼ね備えた強兵に化けている。

 こちらの左翼の攻撃に怯んだのか、敵中軍が連携の構えを見せた。楽進の側面を突こうと動く。その際に生まれる隙は、反対側の左翼が埋めようと連携を見せる。

 だが一糸乱れぬほどではない。郭嘉はすかさず夏侯惇を中央と左の間隙に突入させた。夏侯惇の馬力は凄まじく、敵は連携を簡単に打ち砕かれている。その時には既に楽進は無謀な突撃を止め本体との連携に戻っている。

 郭嘉の狙いは初めから敵左翼であった。

 夏侯惇が打ち込んだ(くさび)を補強するように、夏侯淵を指揮官と仰ぐ弩兵隊の射撃が敵本陣に殺到する。その中にははっきりと総大将である臧覇の姿もある。夏侯淵の矢は必ず臧覇の近辺に注がれ、対応に苦慮しているがあまりに指揮はとれていない――これで完全に敵左翼は孤立した。

「騎馬隊! ただちに敵左翼を包囲殲滅せよ!」

 旗が振られるや否や、張貘率いる騎馬隊が濛々と土煙を上げて腰の引けている敵左翼に殺到した。千々に引き裂かれ、追い立てられる有り様を見ると、これを立て直すのは相当な統率力のある将でなければ無理であろうと思えた。

 だが決定的な差にはまだ成っていない。臧覇が見込んだ通りの将ならば、無様に後退するのではなく渾身の一撃を叩き返してくるだろう。

「稟、死に物狂いで来るわよ」

「はっ。全軍左方雁行陣に」

 郭嘉の指示は臧覇の思考を完全に読みきった上でのものであった。

 起死回生をかけた臧覇の突撃は、変形した陣の効果でその力をいなされ、右方に流れていき全く威力を損なわれてしまった。曹軍は全軍左回りに回転し、力を発揮しそこねた臧覇軍の陣を獣爪で引き裂くように流れる。

 さらに敵を追い散らした騎馬隊が臧覇の背後に回る。ほぼ無傷に等しい李典が斜めに駆け抜けるように敵正面に殺到する。

 李典は失った左腕に義手をはめ込み、難なく戦っているように見えるが、苦痛も苦労も多かったことを曹操はよく理解している。

 転んでもタダでは起きぬ李典。自ら開発した義手はもちろん特別製である。着脱式になっており、腕の種類によって矢、火炎、鎌、縄など様々なものが飛び出す。李典はその度に「ヤー!」と叫び、隊員も意気揚々と続くのだから手がつけられない。

 臧覇からすれば四方八方から新手に殴られているようなものだろう。

 注意を徹底的に乱したところで、郭嘉は総攻撃を命じた。曹操の考えと寸分違わぬ決断であった。

 曹操直属の本体と、背後に控えていた予備部隊の于禁隊が合体し――その数およそ一万二千――全てを踏み潰す程の勢いで、曹操軍は徐州軍に突撃を敢行した。

 決着は夕暮れであった。郭嘉の采配で丸裸になった徐州軍の中核に、夏侯惇と典韋が猛攻をかけ、馬上の臧覇一党を捕囚とせしめたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 虜囚となった臧覇は、引っ立てられてもなお堂々としていた。曹操はその態度が気に入り、縄を解かせた。

「さて、何か質問は」

「……子分共は」

「生きている。これから一人ずつに面談する予定よ……他には?」

 臧覇は目を逸らさない。強い視線に曹操はわずかに疼きを覚えた。

「アンタ、全土に覇を唱えるって言った。あれは本当かよ?」

「それをやるために生まれてきたと思っているし、生きてきた。生き方を曲げて卑屈な老いをありがたがるつもりはない」

 臧覇は束の間沈黙した後、足を広げて中腰になった。片腕は膝に、片腕は手のひらを返し曹操に捧げられている。

 きりりと曹操に注がれる視線は熱く、そして微動だにしない。

「お控えなすって、お控えなすって!」

 何やら儀式めいている。が、曹操の知らぬ作法だった。臧覇はそれを見越した上でコクリと頷き続けた。

「――早速のお控えありがとうございます! 手前至って不調法、これよりあげます言葉のあとさき、間違えましたらごめんなすって。生国は兗州泰山郡華県、黄河の流れを産湯に育ち、縁ありまして不義の官吏を打擲し、侠客の頭目を勤めさせていただいておりました。姓は臧、名は覇。人呼んで奴冠(ドコウ)将軍と発します。不肖、(わたくし)めに付き従いたる郎党一味を守り通せず厚かましきは深甚なれど、お情け下さり命長らえまして、恥ずかしながらこの一身擲ち、命の代金一生費やしお支払いさせていただきとう存じます。この臧覇の命と真名、何卒どうかお控えなすって……」

「何の真似かしら」

「――アタイにはこのやり方しか知らねえんでさ! 生きるか死ぬかの所で、ブっ飛ばすしかねえんでさ! どうかご主君と呼ばせてくだせえ! アタイも同じ夢が見たい! こんなところで終わりたくない!」

 その強い意志と決意は、曹操に大きな満足を与えた。見込んだ者が臣従を誓う時、曹操はいつも強烈な高揚を覚えた。

「……よかろう。臧覇、私と共に天下に挑む覚悟はあるかしら」

「……武者震いが止まりやせん! 手前……真名を志麻と発します! 以後お見知りおきの上、嚮後(きょうこう)万端、よろしくお引き回しのほど、おたの申します」

「華琳とお呼びなさい」

「一生、付いて行きやす!」

 グッと力こぶしを握った臧覇に、曹操はしめたという笑いを浮かべた。

「一生、と言ったわね? それは私に、全てを捧げるということかしら?」

「えっ! あっ! もちろんっす!」

 臧覇の顎を持ち上げながら曹操は聞いた。キメの細かい白い肌が、途端に赤く染まる。

「緊張しているの?まさか、二言が?」

「そ、そそ、そういうわけじゃ……」

「それじゃこの曹孟徳に、身も心を捧げたということを、今から示しなさい……」

曹操は臧覇をひざまずかせ、首筋に舌を這わせた。あっ、と上げた声のウブさに微笑み、曹操は胡床に腰を下ろすと頬杖を突いて赤くなったり青くなったりするその表情をしばらく楽しんだ。

 やがて軍靴を脱ぎ、跪いている臧覇へと素足を伸ばした。臧覇はおずおずと曹操の足に手を伸ばすと、顔を近づけていき――

 

 

 

 

 

 

 陽光を受けて曹操は目を覚ました。隣ではグウグウと大きな寝息を立てている臧覇がいる。昨夜の乱れ方を見ると放っておけば昼までは起きないだろう。

 着替え、表に出た。陣営には戦勝で弛緩した空気などどこにもない。新兵も多いが規律は徹底させている。曹操はしばらく歩哨と伝令、朝食の用意で行き交う兵士の動きを黙って眺めた。曹操は軍営の朝の気配が好きだった。

「華琳様〜、ご報告に参上しました〜」

 程昱が寄り添うようにやってくると、いつものように口元を飴で隠しながらささやいた。

「ご苦労ね」

「いえいえ、華琳様もお疲れ様でございます。見事な勝利でございました」

「皆のおかげね。特に稟」

「また鼻血だしてました?」

「流しっぱなしになってたわよ。戦場で最初に手傷を負うのが軍師だなんて、面白い冗談よね」

「気が向いたら首の辺りをトントンしてあげて下さいませ、やる気倍増しますので」

「考えておくわ」

 この程昱が責任者となって作った隠密部隊『蝕』はその人員を二百余名に増やし全土に派遣されている。酸棗での、雪の中での李岳との会談から四ヶ月。その運用は日に日に規模と質を拡大させている。

 任務や運用の詳しい内実は曹操も知らない。知る必要もない。程昱からは結果だけが返ってくるだけである。

「ではまず長安についてからご報告いたします〜」

「朗報かしら?」

「捉え方によりますね、どうも益州による支配がうまくいってないのです」

 ふむふむ、といつも一緒の人形を撫でながら程昱は続ける。

「いえ、皇帝劉焉と言うべきでしょうか……長安の人たちは相当嫌がってるようですねぇ。噂話はもちろん、徴兵を拒否したり、街を離れる者もいるようです。小さな小競り合いも頻発しており、街の治安は――」

 ひゅーん、と口で言いながら、程昱は右手で坂道を転がり落ちていく様を示した。

「劉焉がしくじった、というだけではないでしょうね」

「やはりそう思われますか? 長安ですが、どうも洛陽からの工作が動いているようですねぇ」

「李岳ね」

「董卓さんは元々涼州の出身ですしぃ、伝手はいくらでもあると考えた方がいいでしょう」

「だから李岳が荊州攻略戦に乗り出している時に攻め込むことが出来なかった、と」

「弘農から潼関を掌握した赫昭さんも理由の一つでしょう。賊に対する武力鎮圧と貧民に対する施米。長安政府に対する嫌がらせのような勧告も数十度。一度は長安からすぐ近くの高陵まで供回り三百騎程で物見遊山に出かけたとのこと……『盾』にしては動きまくってます。やる気マンマンなんですねぇ」

「益州には何やら秘密兵器があると聞く。李岳はその詳細を掴んでいると見たわ」

「やけくそかも知れませんよ?」

「張遼や呂布ならそうでしょう。だが赫昭がこうまで大胆に動くということは、勝機を見出しているということ……あるいは欠点を見つけたのかも知れないわね」

「ふうむ、例えば野戦では使えない、とかでしょうか。巨大過ぎてノロノロとしか進めない投石機とか?」

「掴めるなら掴んでおきたいわ」

「もう少し調べて見ましょう」

「涼州の動きは?」

 程昱は頭を右に左に傾けながら答えた。

「叛乱するのが趣味みたいな人たちですもの。いつ長安を裏切ってもおかしくないですねぇ。掴めてませんが、李岳さんは必ず交渉を持ちかけるでしょう」

「乗るかしら」

「会うことは会うかと。伸るか反るかまた別で……探りましょうか?」

 曹操は首を振った。

「いや、結構。あまり手を広げ過ぎてもね、これは欲よ。今は当面の敵に戦力を集中しましょう」

「さすが華琳様です〜」

 州をさらに一つ加えることになる。この安定が曹操には急務である。人心を集めた臧覇がいる、それを最大限利用していくことになるだろう。

「臧覇さんは落とせたみたいで何よりです」

「フフ、中々いい娘よ」

「なんだか羨ましいお話ですねぇ」

「とはいえこれからの働き次第だけれどね……風、臧覇に一人付けなさい。そして同時に徐州の官吏を全員洗うこと」

「信用はまだされておられませんか」

「信用はあの娘が自分で勝ち取るものよ」

「御意」

 臧覇を担ぎ上げようとする動きも出てくるだろう。それにわずかでも動揺すれば、臧覇の夢はそこで終わりということになる。これからは反乱や裏切りが出てくることも考慮しなくてはならない。

 もう報告は終わりかと思ったが、やおら程昱が改まって言った。

「一つお願いがあるのですが」

「言ってみなさい」

「華琳様の御母堂様に居をお移り頂いてもよろしいかお願い奉ってもよろしいでしょうか……臧覇さんは意外に正々堂々とした方で、徐州領内に住まわれてた御母堂様を害しようとはしませんでしたが、これからは何が起こるかわかりません」

 程昱もやはり反乱を警戒している。だが身内のことに関しては曹操は完全に意識の外であった。

「……考えてもみなかったわ」

「本当の弱点とは、思いつきもしないところにあるのです」

「慧眼ね……では濮陽に。あそこは京香の領地よ、良きに計らってくれるでしょう」

「かしこまりました」

 張貘とは、お互いの身に何かあったらその家族の面倒を見よう、と約束し合っている仲だ。曹操の中で彼女を頼る選択は至極当然のものであった。

「以上かしら?」

「最後に一つ。孫権さんから近々打診が来ます」

 何の打診かは言わなかった。この陣内でも迂闊には出せない話、ということなのだろう。水面下で程昱は様々な勢力と事務級の連絡を取り合っている。

「孫策の妹。江夏で独立を謳った娘、ね」

「冀州を倒した後の話がしたいようです」

 それ以上言わなくてもわかる。

 李岳との同盟は袁紹、劉虞を倒すまでだ。そこを解決すれば次は矛を向け合うことになる。

 そうなった時、不利になるのは当然曹操だ。李岳は皇帝を擁していることもあるが、問題は寿春を拠点としている袁術である。袁術は完全にとまでは行かないが、李岳と共同歩調をとっている。さらに曹操と袁術との間には永遠に消えない遺恨もある――反董卓連合での屈辱を思い出し曹操は笑った――袁術としても、曹操は早くに消してしまいたい相手である。

 李岳との正面決戦になったとして、寿春から兵を動かされればその防衛に手勢を割かねばならず、途端に動員兵力は落ちる。半分になる。対して李岳は、長安さえ落とせばもはや後顧の憂いはない。厳しい条件差である。対策は今から極秘裏に進めなくてはならない。 

「江夏に陣取る兵。これがあれば袁術を脅かせますが」

「たかが二千と聞いているが」

「はい。正規兵はたかが二千の様子」

 潜在的な兵力はかなりある、ということか。しかしどこまで信用出来るか、利用できるか。

 孫権としても本命の地は揚州のはずで、そのためには袁術の打倒は必須である。曹操と利害の一致は相当に期待できる、ということだろう。

 孫権と組む。今は亡き孫策とは最後に殺し合おうという儚い約束をした。その妹と同盟を組むなどと聞けば、死んだ孫策は面白いものね、と呟いて苦笑を浮かべるだろう。

 その苦笑が見たいから、という理由が、曹操にとっても最も愉快な動機になるだろう。空を見上げながら思った。日は強く照り、同時に雨の湿り気も予感させる。

 夏が来る。空前の、熱い夏になるだろう。





【挿絵表示】

※2016.3.7追加


頭と書いてヘッドと読む。
臧覇はおっさんにするかどうか最後まで悩みましたが、華琳様のハーレムが寂しいのはちょっと嫌なのでこんな感じに。
バリバリのヤンキー臧覇さんは、もちろんこのまま名将ルート。
愛羅武勇だぜテメーこのヤロー!

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