公孫賛軍の被害は一万から二万といったところだろう。
李岳は夜明け前の清冽な青さを讃えた空の下、友軍が砕け散っていくのを見ていた。
戦線は完全に崩壊している。かなりの後退を余儀なくするか、完全に撤退という選択肢も当然出てくる。しかし全てを先読む田疇が、みすみす北へ逃げ帰ることを許すだろうか?
田疇と『太平要術の書』の力を持ってすれば、諸葛亮と鳳統が内外から協力しても上を行くことは想定の範囲内だった。でなければ洛陽を捨ててまで単身で身を投じる理由はどこにもない。
恐らくこの先にも罠は控えている。逃げ惑う公孫賛は、ただちに北へ戻ることを考えるだろうが、田疇はそこを狙い撃つはずだ。
満点とは言えないが、ここまでは読み筋である。
――李岳にとってもまた、布石を打つべく狙うはそこだった。
潰走としか言いようのない公孫賛軍の有様を見送る。追撃する袁紹軍の勢いは凄まじいものがある。その勢いが、彼らの――田疇のこれまでの苦しさを物語っているように思えた。
「ああ、お前の気配を感じるよ……田疇」
腕に力を込めながら思う。長かった――ようやくここまで来た。
岳は思う。田疇が、人の影に隠れて思惑を成してきたのは知っている。野心の背中を押してきたことを知っている。弱みを握り、人質を取って来たことも知っている。貴様はいつでも全てを捨てて逃げられる立場にいたことを、俺は知っているぞ!
その全てを奪ってやった。李岳は腹の底で熱くとぐろを巻く塊を肌の上から抑えた。塊は興奮という名をしている。長い間思い描いて来たことをようやく成し遂げられる、という成就を目前にした時にだけ湧き上がるもの。
田疇を殺すためにやって来た李岳にとって、最も恐れるべきは戦での敗北ではない。田疇を取り逃がし、再び行方をくらましてしまうことだった。洛陽でのあの長い夜――あの日、劉岱と劉遙と田疇の三人を生かしてしまったが故にこの漢に訪れた夜も長引いた――あの夜を二度と繰り返してはならない、ということが李岳の根底にあった。
容易く逃げられるという立場を奪う。矢面に立たせる。居所を明確にした上で、逃げ場を奪い、斬る。
李岳はこの世に生まれ落ちる前、前世でよく将棋を指した。囲碁もよく打ったが、今は将棋の玉の追い方を思い出す。包むように攻め、逃げ場を奪い、そして周りの駒を狙う。銀があれば銀を討ち、金が居れば金を刺す。
今や田疇は周囲の駒を失い、自らが先頭に立って初めて『書』の読みを実現できる程度だろう。庇護者の劉虞は都から動けず、劉岱らはもう亡く、袁紹とその周囲を傀儡とするだけの伝手も時間もない。
ただ一人、諸葛亮だけが駒だった。その諸葛亮を合駒にして田疇は幽州公孫賛軍を破ったのである。
諸葛亮の内応を見抜き、逆手に取って打ち破るという策は田疇と書にとって乾坤一擲の賭けだったはず。この戦役の勝敗を決定づける秘策だったに違いない。
見事田疇の矢は公孫賛軍を射ち抜き、勝利した。だがそれは李岳を殺す策ではない以上、ここからの二の矢はないのだ。
田疇の策は尽き、李岳は死んでいない。そしてそれを確かめる術を田疇は持たない。
だが田疇は気づいていないだろう。李岳もまた、幽州軍の全てを切り、一手追いすがったことを。
公孫賛らを犠牲にし、李岳は手番を自分の手元に手繰り寄せたのだ。
(味方を駒扱いか。よくよく俺も田疇と変わらないな。みんな、無事だろうか……)
鳳統と諸葛亮による内外の策が上手く行けば、それほど喜ばしいことはなかった。全てはめでたしめでたしで終わっていたのだ。
期待がなかったなどとは言えない。夢物語のような未来に胸が膨らみ、夜も眠れないほどだった。それはあまりに甘美で、失敗への不安で心を暗く満たしておかなければ、
果たしてその不安は的中し、仲間は目論見通り見事に追い立てられている。
李岳はとうに全てを犠牲にする覚悟でここまで来ている。友の命も、信頼も、全てを守ることはできない。公孫賛も、劉備も、鳳統も、諸葛亮も、運があれば生き、なければ死ぬだろう。
(ああ俺は……本当に……)
李岳は口の端から垂れていた血を手の甲で拭き取った。半ばまで乾いていたのでパラパラとこぼれていった。渋く苦い鉄の味が正気と狂気を呼び覚ます。総崩れになる公孫賛、それを追う田疇……李岳の張った本当の罠はその先にある。共に戦った戦友たちを贄にして殺す技――受け継いだはずの気高さとは程遠い、あまりにも薄汚れた策。本当の意味で田疇を刺し殺す暗器の如き、必至の一手。
乾いたはずの血が再び口の端から垂れ出す。強く口を噛み締めてしまう仕草が、まるで癖になってしまっている。洛陽を出た日から泣かないと決めた。血は涙の代わり。体が勝手に自身を傷つける癖がついたとでも言うのだろうか。
だがどうか、この身体を八つ裂きにするのは全て終わってからにしてほしい。
「……お前は俺から故郷を奪い、父との暮らしを奪い、平穏を奪い、そして俺に多くの者を奪わせた。俺は、俺から奪う者を許さない。そして俺に、残酷な行いを駆り立てたこと、それを強いたお前を、父との誓いさえ破らせたお前を、絶対に許さない」
頃合いを待ち、李岳は走り始めた。友の骸を踏みにじり、屍をも越え、仇敵の前に立つために。
黎明の頃、山嶺の稜線には季節を巡り再び姿を見せた天狼星が鈍く光る。
田疇が前に進むと、異様な雰囲気のどよめきに包まれた。
当初指揮を担っていた軍師諸葛亮が倒れ、その代わりとなって指揮した男を迎える態度が定まらぬのである。軍の指揮の経験などなく、だというのに突如重責を担ったその日に敵戦力を殲滅した。これまで劉虞の、あるいは袁紹の背後に控えていた文官ごときが、である。
諸将の疑念は至極当然である。田疇の言を信じるのであれば、諸葛亮は突如発作を起こして倒れたという。直前に作戦の骨子を耳にしていたため、問題なく引き継ぐことができたとのこと――
権力を奪うために打った猿芝居と思われても仕方がない。明確な糾弾とならないのは、田疇自身が権力欲や名を挙げたいという虚栄心とは無縁に見えるからだろう。それに事実、諸葛亮は毒などで傷んでいるわけではない。
畢竟、田疇の功績を認めざるを得ない。
(信じがたい目。恐れを抱く目。疑いの目……そうでしょうな、そうであろう)
田疇は内心の嘆息をこらえるのが精々であった。こうした驚きの目は良くないものを呼ぶ。目的は世の変革であって立身出世ではない以上、己への奇異と称賛の目は重荷でしかない。『書』もそれを避けよというような指示を繰り返してきたはずが、もはやまどろっこしい手は無いと断じてか、田疇に矢面に立つことを明示した。
田疇は周囲を睥睨し、拱手を組んで述べた。
「大将軍閣下。将軍のご威光により既に大勢は決しております。あともう一息の辛抱で、将軍は御自らが最も求めるところへ向かうことが叶います」
「……なんの話かしら?」
「怨敵曹操の待つ南に向かうことができる、という意味でございます」
袁紹がこの東部戦線に飽いていることは態度に表れている通りである。
案の定、興味なさげに背もたれに体を預けていた袁紹は、今の一言で弾かれたように腰を上げた。
「私が向かっても良いのですね!」
「公孫賛さえ討ち滅ぼせば、後の残党狩りは臣めらにお任せくださるだけで良いのです」
「……追うのは大変でしてよ? 逃げ足だけは立派なんですから」
「奴らは今一度向かってきます」
ああ、確かにこれは快感だ――田疇は秘策を披露する軍師の満足感を得た。驚愕に慄く周囲の目、表情は陶酔に似た快感を呼び起こす。
「これは諸葛亮殿の読みです。奴らはこちらに反撃を加え、余裕を持って北に逃れようとするはず、と。既に諸葛孔明殿より敵軍撃破の秘策を預かり受け致して
「よろしくてよ!」
袁紹は喝采を上げ、軍権の全てを田疇に委任することを宣言した。そして目下の敵である公孫賛への興味を失うと、手勢の参謀陣に対曹操の戦略を練るよう指示を出した。曰く――幽州の田舎者は田疇さんに任せておけばよいのです!
機先を制し、そのまま畳み掛け、一挙に軍権をもぎ取った形だ。苦虫を噛み潰したような諸将に向き直り、あらためて拱手し田疇は告げる。
「ご懸念はおありでしょうが、これより引き続き私が采配を取らせて頂きます。諸先輩方、何卒ご指導ご鞭撻の程を」
何の感慨も残すことなく田疇は陣幕を出た。表では黄巾三姉妹の末妹、張梁が腕組みをしたまま待っていた。
「えらくあっさり決着が付くものなのね」
「袁紹殿には望みがおありで、そこに水を向けただけ。諸将も袁紹殿に逆らうことはできない。私は結果を残してもいる。容易いことです」
「悪い事のようには聞こえないけれど、そうではないのね、その顔を見ると」
「引きずり出されました」
張梁が怪訝な表情を見せる。
「なんの話」
「歪な流れなのです」
自分で言いながら上手く言葉にできない。眼鏡の位置を直しながら、辛抱強く田疇の言葉を待つ張梁。やがて雲を掴んでは手放すように、田疇は朧げな思いつきを懸命に言葉にした。
「これまで太平要術の書が示して来た策は、元ある流れにいかにして乗るか、というようなものでした。野心を煽り、方向を指し示す……それは元より燻っていた火に風を送り込むようなものでした」
「続けて?」
「それが今は違う。流れを飛び、火を起こし、雲を呼ぶかのような。そのような感じに変わったというか……伝わります?」
「なんとなく、とだけ」
「私はきっと、追い詰められたのです。本当は匈奴急襲による洛陽包囲で決着していた。それがだめでも反董卓連合で勝てた。負けたとしても冀州に腰を据えていれば盤石だった……ですが全てを砕かれ、今のよすがはこの身一つ」
まるでこれまで舐めた苦渋の味を思い出そうとしているかのようだ、と張梁は思った。
「しかし、大事なのは結果です。私は勝つ。それを微塵も疑っておりません。この『書』がある限り、私が負けることはないのですから」
そう言い残すと田疇は踵を返した。傀儡となる者たちも全て使い潰してしまった。諸葛亮ももう役には立たない。こうなった以上劉虞の元に戻るまでは自分が差配しなくてはならない――『書』にそう記してある通り。
後は時間さえ手に入れば、また影にひそめる体制を構築することができる。時間はかかるだろうが、もう間違いが起きることはない。
幕舎に戻ると、田疇は一人の男を呼んだ。
「麴義将軍がお越しです」
田疇は立ち上がると、警戒を隠そうともしない麴義を労い、そして言う。
「将軍、歴史に名を残したくはないですか?」
――翌日、田疇は進軍を開始した。
勝利を望んで駆けてきた道。そこを命からがら逃げ帰る。
人というのは勝手なものだ、と公孫賛は思う。あれほど行きたかった場所から今では少しでも早く離れたいと思っている。
「一旦休憩にしよう」
公孫賛は軍団全員に休息を指示した。ある者は座り込み、ある者は横たわり、ある者は立ち尽くしている。敗残といえばそれまでだが、生きているうちはまだ救いがある。ここまで辿り着けなかった者たちのことを思うと、本当の意味で胸が痛んだ。故郷に無事返して上げたかった、それだけを強く思う。
なるべく明るくあろう、と心がけていた。一戦に破れただけだ、まだ戦力もある。総大将にその余裕がなければ、最前線で血を流す兵は不安に駆られてしまう。特に撤退戦ともなればなおさらだ。
疲労は極限に至っていた。戦車隊による連環馬、その夜の夜襲、そして敗走。鳳統の策は見抜かれ、諸葛亮の救出は失敗に終わった。
全ては一日のことだったが、あまりに現実感に乏しい。気を抜けば簡単に眠りに落ちてしまいそうになる程だった。
だが疲労に関して言えば、敵も同じである。休息を挟むことなく永遠に追撃してくることなど不可能だ。それに元よりこちらの方が機動力は上である。ここから幽州までは長い道のりだが、あえて敵と交戦する必要はないことを考えれば、無事帰還できる余地は十分にある。今は安全な道を求めて四方に探りを入れている段階だった。
やがて斥候が戻ってくると、その蒼白な表情にまず目が行った。聞きたくない、という気持ちを押し殺して報告を受ける。
――平原、既に冀州軍により失陥。討手が西進中。このままでは挟撃に遭う見込み。
公孫賛は信じられないとかぶりを振った。夜襲を挫かれてからこちら、一目散に駆け抜けてきた。幽州軍より先に袁紹の手先がここまで来れるはずがない!
同じ疑問に当然至っていたのだろう、隣にいる鳳統がかすれた声で呟いた。
「……私たちが、界橋に至った時には、もう背後で動いていたのです」
「なんだって?」
「あわわ……定められている事柄が、時期を前後しようと関係ないように……知らせは平原以北の冀州の領城に届いていたのです。幽州軍が敗北すること、すぐさま平原を奪取することを……」
「馬鹿な。指示を出すなら、幽州軍に向けて進軍させるだろ……」
「……その必要はないと思ったのでしょう」
訳がわからず、公孫賛は立ちくらみを覚えた。界橋を目指して進発した時には、私たちは敗北するものとして背後に回られていた?
その先のことを想像して公孫賛はゾッとした。鳳統の憔悴した表情の意味を真に理解する。敗北が確定していたというのであれば、これから先、北に向かう道には冀州各領城の無傷の兵たちを全て相手にしなくてはならないということなのか? 目くらましも陽動も通じず、常に正確な位置を把握された上で追撃を受ける。そのような悪夢が他にあるだろうか。
「田疇は、どこまで」
崩れ落ちそうになったその時、にわかに力一杯の衝撃が背中に走った。
「あっいったぁ!」
「何を落ち込んでいるのだ白蓮殿! 敵地に攻め込んでいるのだ、破れれば退路を断たれるなど当たり前ではないか?」
公孫賛の背中を思いっきりぶった手の平を団扇のように扇ぎながら、趙雲が大きな口を開けて笑う。
「そもそもがだな、こうなるのはある程度わかっていたことだろう? 今さら何を怖気付くというのだ」
「星、で、でもな」
「雛里もよく聞け! 戦は時の運! 勝つ時もあれば負ける時もある。勝敗は兵家の常なり。常勝などないのさ。おっと、年端もいかぬ軍師には少し難しい話かな?」
肩から流れる青い髪をなびかせながら――そして存分に浴びた返り血と汚れをそのままに――趙雲は笑う。最先鋒を務め、自らの部下の大半を失ったというのに、平時と変わらぬ笑顔を見せている。
さらにそこに負けじと加わるのが劉備であった。
「そんなことないもんねー! 雛里ちゃん、元気だそ? ねっ! 朱里ちゃんを助けるためにも、落ち込んでる暇なんかないんだから!」
顔面に泥をへばりつけたまま、劉備が笑う。両目の下だけ泥が薄いのは、駆けながら泣いたからだろうか? それでもこれほど強がって励ましを分け合うことができる……まだ諸葛亮を救えると信じている。
「……そうだな。私はこう見えて幽州の長なんだ。諦めてたまるかってんだい! さぁ軍師、まずはどうしたらいいか献策を頼む!」
「あわわ……」
「おーっと、泣くなよ? 桃香みたいに変な見てくれになってもしらないからな?」
「どういう意味!? それに私、泣いてないもん!」
「泣いたとは言ってないじゃないかー、変な顔って言っただけだぞー?」
「白蓮ちゃんのパイパイちゃん! もうパイパイちゃんとしか呼ばないんだから!」
「せめてパイパイ牧様と言うが良い」
「パイパイ族! パイパイ人間! 性別パイパイ!」
「もうそれパイパイ言いたいだけだろ!?」
二人の掛け合いは笑顔を呼び、やがてそれは周囲の兵たちにも伝播していった。笑えば落ち着く。
公孫賛は頭をジリジリと焼いていた焦燥から何とか脱出できたことを自覚した。
「さて、じゃあ無事に帰る方策を考えよう」
「ここにいるみんなで、ね」
「そうだな。ここにいる皆で」
劉備のみんなは無邪気な響きだったが、続いた関羽の言葉にはわずかな含みがあったように思える。
今ここに一人足りない。そのことが小さくない疑念を呼んでいる。李岳が去ったことは既に伝えていた。誰も彼を見捨てたとは思っていない。やむを得ぬ事情で来た男が、やむを得ぬ事情で去ったまでだ。気になるのはあくまでその真意である。
「まぁ元より、あの男には本来いるべき場所がある。そうではないか愛紗」
「だがなあ、我々は皆、あの男の口車に乗ってここまで来たのだぞ、星」
「まずはお前たちが田疇の口車に乗っていた事実を思い出したほうがよいぞ」
「むぐっ」
「……でも、ほんとそうだよね。ただ帰っただけには思えない。だって、諦めそうにないよね」
劉備の言葉に、皆が一様に頷きを返した。
「それは鈴々も思うのだ! あの兄ちゃん、あんまり話さなかったけど、途中からずっとギロ〜っとしてたのだ」
指で両目をツンと釣り上げながら張飛は言う。
「ああいう目をしたやつは、最後まで諦めたりしないものなのだ。ねちっこいのだ~」
「……一理あるな」
洛陽を捨て、独りここまで来た男がこの段階で諦めて去るはずがない――言われてみればそうである。
「冬至は簡単に諦めない。私にはわかる。少なくとも、この程度の状況はさんざん経験してきているはずだ。想定の範囲内と言われても驚かん」
楼班が相槌を打つ。
なんとなく、そのような気がした。公孫賛は口には出さないが、思い悩む李岳の姿が目に浮かぶようだった。どうせ自分一人抜け出したことをこれでもかと責めているのだろう。申し訳無さを覚悟に変えて、無謀な作戦を決行する悪癖を正当化しているに違いない。
ふと横を見ると趙雲と目が合った。なぜか同じことを考えている、ということがお互い通じ合い、束の間爆笑した。
「……なっ! 絶対そうだよな!」
「間違いない! あの男はきっとそうだ! いや、これはケッサクであるな、白蓮殿!」
付き合いの浅い劉備らにはわからないのかもしれないので、あえて口には出さなかった。
はぁ、と笑いが収まりため息を吐くと、公孫賛は自分が何をすべきなのかが明確になっていた。
「反撃したい」
あえて命令ではなかったのは、総意を得たかったからだった。無理な作戦に頭ごなしに付き合わせたくない。反対が多ければ、公孫賛は提案を下ろすつもりだった。
「もちろん、北へ戻る。私たちは負けたが終わりじゃない。再起を図るためには、本拠地に戻るのが鉄則だろ? だけどその前に、もう一戦かましてやらないか? 勝てないかもしれない。やっぱり田疇の前では無力かもしれない……でも、なぜかな、もう一戦やることに意味がある気がするんだ……」
「勘、であるか?」
趙雲の言葉に曖昧に頷いた。
「そうかも……でも少し違うかな。納得したいんだ。私達はまだ戦える。そして李岳は……冬至はきっとまだ戦っている。だったら、まだ逃げるには早いんじゃないか、って」
うん、全員が頷いた。異論は一つも出なかった。
楼班がふふっ、と笑いながら言う。
「それにあの男のことだ、今頃卑劣な罠の二個や三個、考えついてるのかもしれない」
「私達全員が囮だったりして!」
「ありうる〜!」
軽口で盛り上がる公孫賛と劉備――公孫賛は、劉備が意外に李岳に隔意がないことに内心驚く――その二人に対して、鳳統が手を上げて言う。
「いずれにしろ、逃げ道は塞がれます……き、厳しい戦いになりますが……やる価値はあります」
「どうせ包囲されてるんだ。せめてもう一度吠え面かかせてから、北に戻るんだ」
「私の、その、立てた策も……また読まれるかも……しれませんが……」
「読まれたとしても、兵を無敵にできるわけではないのだろう?」
「愛紗の言う通りなのだ! 鈴々が一人で突っこんで全員ぶっ飛ばせばいいのだ! 幽州にはみんなで戻る! これ決まり!」
「そうだね。戻ろう、みんなで。私達の幽州へ……」
全員で敵の包囲網の全てをくぐりぬけ、北に帰る。北平まで七百里。全員であれば難しくはない。
そのためにも、もう一度諸葛亮を救わなくてはならない。
だからもう一度、剣を取ろう。
公孫賛は大きく笑った。頬からほこりが舞い散った。自分の顔もまた、泥だらけのままだったことを今にして知る。
――公孫賛軍は明朝、北に転進し西に迂回を目論んだ。
将棋は好きですけどクソ弱いです。
あとコミケうらやましいです。