真・恋姫†無双〜李岳伝〜   作:ぽー

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第九十八話 泥田で咲かすは救世の花

 さて、と李岳は旅団から離れると一息ついた。洛陽を出たのち、孟津まで南下して黄河を下る舟に乗り、東に向かった。今はもう兗州である。永家の者を振り切ることも兼ねてよりの企て通りである。張燕は今頃激昂しているだろうか。

 無論、道連れは一人もいない。李岳はいま、本当の意味で一人だった。木賃宿に泊まり、時に野宿した。雁門の北でいつもそうしていたように、李岳は野鳥を狩り、水辺で喉を潤した。

 さすがにいつまでものんびりと徒歩で向かうわけにも行かないので、馬を購ってくれる相手を探した。銭も持ち出すには限りがある。今後どういう形で必要になるかわからないので、節約するに越したことはない。馬一頭の支払いは今の李岳には決して安くはなかった。万軍を指揮し、数千の騎馬隊を手足のように動かしていたことを思い出し、思わず苦笑した。

 やがてとある村があり、尋ねると老人が若馬を売ってくれるとのことだった。栗毛であったが、額に白い模様があるのでどうすればいいか困っていたという。

 いわゆる、的盧馬である。中華では凶馬とされる面相、風貌である。『三国志演義』では劉備と鳳統にまつわる逸話が印象的に描かれている。

 的盧は大きな目をしていて、小柄だがいかにも走りそうだという脚つきだった。凶馬を人に押し付けることを慮り、馬主は譲るのを渋ったが、李岳は面白がり、構わないのでと頼んでそのまま譲ってもらった。昼食も相伴に与ることになった。

「助かります」

 飯と汁、鳥の干し肉だけの質素な昼食だったが、李岳には温かかった。

 老人は言う。

「旅の方、これからどこへ行きなさるね」

「北へ向かいます」

「冀州かね。豊かと聞く。しかしわしはあまりお勧めせんな」

「それはなぜ?」

「子が黄巾に入った。世直しと聞いて戦うつもりらしいが、感心せん」

「……世を憂うのは良いことでは」

「何事もやり方でござろう。このままいけば洛陽の李岳将軍と戦になるが、いずれにしても激しい戦乱となる。吹けば飛ぶような民草としては、難を逃れて南にでも逃げる他ない」

「そうですね……」

 老人は自らの子の名前を李岳に伝えた。名を聞いた李岳は驚き、目を丸くしたが、会ったら必ず伝えると約束して伝言を受け取った。それが馬の代金のかわりであった。

 走り出した的盧は、脚力は及ばないものの、黒狐以上にがむしゃらに駆け続ける性格で、李岳が目を離す度に逃げ出そうとするほどのじゃじゃ馬だった。身勝手にどこへでも飛んでいきそうなその気性を見て、李岳はたわむれに小雲雀と名付けた。

 馬に乗ると落ち着くのは匈奴の血だろうか。李岳の思考は次第に冴えていった。洛陽に残して来た仲間のことを思った。

「ま、そりゃ、怒ってるわな」

 小雲雀が、自分のことかと首を振った。李岳は首筋を撫でてやりながら、思いを続けた。

(……出来る限りのことはして来た。これからの指針や作戦についても残して来ている。対袁紹戦での必殺の策も。如月も詠も珠悠もねねもいる。問題はない……たとえ俺が死んでも)

 事実、これまでも李岳は実務の大半を彼女たち文官に任せていた。大方針を立案し、委細は任せる。つまり今後の方策さえ残しておけば政権は問題なく運用される。李岳は組織構成を固める際、自分こそがもっとも取り替えの効く人間だということを基礎として体系化したつもりになっている。

 心残りは何も言い残せずに来てしまったことだ。

(貂蝉の言うことを真に受けるとして、太平要術の書は俺以外の全ての者の心を聞き取るという。前世が未来、なんて出鱈目な出自でもなければ、気が狂ったかとでも思われるだろうな)

 李岳が貂蝉の話を信じた根拠は他にもある。田疇の影響力、というそれ自体である。

 三国志という歴史物語に親しんだ者の一人としても、田疇という名を聞いても思い浮かぶことなどない。名将とは程遠い、というのが李岳の率直な印象だった。ところがこの世界では匈奴を動かし、劉虞を操り、袁紹を手玉に取り……とんでもない有能さを発揮している。これこそが一つの証左だ。超常的な力の助けを借りて、田疇は何事かを成そうとしている。

 太平要術の書を焼く。必然的に田疇を殺すということを意味する。どう殺すか。己の身辺警護に関しては万全だろう。どう隙を突き、そして生きて帰れるか。呂布に行ってきますと言った。帰ってくるということを約束したのだ。もう約束は破れないとも言われている。そもそも、自分にはまだやり残したことが山程ある。

 生きるためには勝たなくてはならない。勝つためには殺さなくてはならない。今まで散々人に命じて人を殺させてきたし、自分も殺めてきた。だがたった一人の命に執着して殺そう、と心に決めるのはなんと憂鬱なことだろう。純粋な殺意だけが際立つからだろうか。

「な、小雲雀。お前もそう思うだろ?」

 知った事か、と小雲雀はツンと澄ますだけだった。

 向かう先はもう決めた。太平要術の書の持つ力が李岳の考える通りなら、方策はある。読める部分もある。仲間たちに考えの全てを書き残してもきた。そのうちの一つは当たるも八卦、当たらぬも八卦の博打ではあるが――だが最後のところは、自分が直接動かなくては解決する見込みがないのは確かだ。

 小雲雀がまたも逃げ出すように走り出した。それが偶然目指す先と同じ方角だったから、李岳は手綱を緩めなかった。受ける風に、ふと、隣にいるはずもない友の姿を探してしまい、李岳は不覚を覚えて目をつむった。

 背中に受ける夕日が、じわりと熱かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑風。

 野菊がまばらに混じる草原が、波打ちながら西の山に向かって流れていく。蒼天は濃淡様々な雲をたなびかせながら、あくまで穏やかである。関羽は息を吸い込むと下知した。

「前進せよ」

 声と同時に旗が振られ、軍勢はすぐさま動き出した。八尺蛇矛を振り回す張飛の元気な大声が全兵の耳元に届く。

 

 ――劉虞、袁紹、黄巾からなる連合軍。関羽は今や、その中で二万を預かる将軍である。

 

 自軍の動きを丘の上で睥睨しながら、さてと敵の動きを眺めた。関羽率いる二万に相対するは顔良率いる同数。鶴翼と方陣を組み合わせた堅実な陣形を敷いている。劉備軍は冀州における三頭政治の中では袁紹の勢力に属するという形なので、これは袁紹軍の中における実戦部隊の序列を競う勝負である。

 劉備は「頑張ってね愛紗ちゃん」とだけ関羽に言い、諸葛亮もそのまま頷くだけだった。お手並み拝見というところか、存分に暴れて構わない、ということだろうと理解した。

 敵陣が警戒もあらわに陣を細かく動かしているが、関羽は構わず前進を続けた。途中から自分が先頭になる。二万とは一万が二つだ。そして一万とは五千が二つ。そう割り切ることが大事だ、と関羽は考えた。一万以上の兵力を一度に動かすのはこれが初めてである。

 緊張はないが、今の自分が二万人を完全に指揮統率できるとは関羽はもとより思っていなかった。自分に担える兵数は精々五千だ。その五千の動きを、他の五千が付き従えばいい。割りきってしまった方がいい仕事が出来る。

 長い髪が緑風に流れる。汗ばむ陽気だがとても心地良かった。すっと息を吐いて、関羽は馬腹を蹴った。

「我が名は関雲長! 劉備軍の力、とくと御覧(ごろう)じろ!」

 歓声を上げて関羽に付き従う兵たち。調練は限界まで厳しく積んできただけあり、気迫は十分だ。劉備軍を中核とし、志願兵を合流させて練り上げた新生劉備軍。その実力を満天下に披露するに、これほどの好日はないだろう。

 

 

 

 

 袁紹はひどくご機嫌であった。演習では関羽と張飛の武力により劉備手勢が勝利を収めた形だが、顔良と文醜も諸将から文句なしの賞賛を受けたからである。宴席で田疇は茶を飲みながら、労いと自慢を交互に繰り返す袁紹を末席から眺めていた。心中は熱狂とは無縁で、諸将と比べていささか冷ややかである。

 関羽と張飛を擁した劉備軍は、顔良と文醜率いる袁紹軍本体とほぼ互角の戦いを演じ、とうとう両将軍を追い込み優勢勝ちを収めた。率いていた張飛と関羽の力は凄まじいの一言で、武芸に練達とはいえない田疇の目から見ても並ではないとすぐにわかった。関羽の武勇と、彼女を付き従える劉備の美名は、さらに天下の人々の知るところとなるであろう。そもそも劉備軍に寄せる袁紹の信頼が厚いことは、祀水関の戦いで窮地を救われたことからも推して知るべし。劉備の地位は日増しに拡がりを見せていた。

 袁紹軍もまた質実剛健の風情を備えつつある大軍である。顔良と文醜の指揮統率も、連合戦以後は以前の比ではないものに育ちつつある。

 しかし田疇には何の満足感もない。『太平要術の書』を手にしてからのち、人の努力で成されるなにごとかに心を動かされることが極端に少なくなった。運命の腕力は小人の思惑や献身など容易く奈落に突き落とすからである。

 いま、田疇の目下の目標は北に位置する公孫賛との関係である。間諜を忍ばせ、また黄巾の民に移住させ、開戦となれば内部から決起の動きを催せる。実に三年がかりの仕掛けである。書の指示もあり、田疇に失敗の不安はない……李岳が動かなければ。

 

 ――李岳。天が遣わしたとしか思えないその卓越した先読みと能力は、田疇が企図した計画の全てを打破し、未だもって漢の命脈を引き繋いでいる。書の力の及ばぬ男。書の力を唯一覆せるただ一人の男。

 

 李岳の前では全ての者が敗れ、死んでいった。張純、於夫羅、十常侍、陶謙、孫策、劉岱と劉遙。そしてゆうに十万人を超える兵たち。

 李岳の成したことを思うと震えがくる。そんな恐ろしい男が、なぜに書の力の埒外にいるのか、田疇にはもはや試練としか思えなかった。天の血脈を否定し、大地の民に天下国家を取り戻さんとする田疇に対し、まさに天が最後の抵抗として遣わしたのが李岳なのだ。

 彼を倒した時、きっと田疇の理想は完結する。書の力だけで国は変えられない。最後は田疇自身の力で、李岳に勝たなければならないのだ……だが果たして出来るのか。

 茶を飲みながら、鬱々と念じていた田疇だが、突如肩を触られあわや飛び上がりかけた。杯を取り落とし床を濡らした。宴席の騒ぎがなければ衆目を集めていたに違いない。

「あ、び、ビックリさせちゃいました?」

 振り向いた先には劉備である。先程まで袁紹の隣で談笑してたというのにいつの間にこちらへ来たのか。田疇は思わず懐中に忍ばせた『太平要術の書』を握りしめながら、下手な挨拶を返した。

「……劉備様。これは、失礼いたしました。考え事をしておりまして」

「急に話しかけちゃってごめんなさい」

 懐から手ぬぐいを出して、田疇の裾を拭う劉備。田疇は丁重に辞去しながらどぎまぎしている己に気づいた。かすかに桃の花の香りが薫っている。

 少し酒を飲んだのか、彼女の髪と同じように頬にも桃色が差していた。えへへ、と劉備は悪びれもせずに微笑むばかり。田疇は驚きのあまりまだ胸が高鳴っている。

「……何かお話が?」

「あっ」

 酒を飲んで勇気を出し、しかしどう切り出せばいいかわからない、というところだったのだろう。侍女に二人分の茶を頼み、田疇は劉備を促して裏の部屋へと向かった。

 茶に口を付けれども飲むともなく、しばらくもじもじした後に劉備はようやく用件を口にした。

「これから、北に向かうんですか?」

 なるほど、と田疇は内心うなずいた。

 宴席ではしきりに『北方四州の覇者』という単語が飛び出していた。袁紹が北進の野望を剥き出しにし、幽州制圧に取り組もうという意図に劉備は見えたのだろう。

 幽州の支配者は公孫賛である。四州の覇者を目論むということは、公孫賛の打倒を避けては通れない。旧知の友である劉備にそれは決して認められないのだ。

 田疇は苦笑しながら頷いた。

「お考えは承知しております。公孫賛殿のことですね」

「田疇さん……私、白蓮ちゃんとは本当に昔からの友達で」

「皆までおっしゃらなくても結構です」

 劉備の言葉を遮り、田疇は小さく首を振った。劉備の顔が青ざめる。劉備が袁紹に非常に近い立ち位置であることを田疇はよく理解していた。そして田疇が劉虞に最も近い側近であることを、劉備もまた承知している。

 冀州を拠点とした連合の真髄は、劉虞という象徴を、袁紹という実戦兵力が守り、そして黄巾という民が支持することによって成立する三位一体である。今後の戦略はそのうちの誰か一人でも反対すれば動かない。つまり劉備は田疇を説得できなければ友と対立するという境遇にいるのだ。

 劉備が反戦の立場から袁紹を(ほだ)し、態度を軟化させようと動いていることを田疇は把握している。ただ穏やかに平和を願うだけの純朴な少女には程遠い、意外なまでの政治力を発揮していた。そんな劉備を田疇は好きにさせていた。止める理由はどこにもないからだ。

 田疇は努めて柔らかい微笑みを浮かべると、一つ一つの言葉を区切るようにいった。

「私も、劉備様の考えに賛成です。無駄な争いは何も生まない。袁紹様が無駄な出兵をされることに、私も反対です」

 一転して喜色を浮かべた劉備は、喜びが過ぎたためか涙を浮かべた。女の涙に田疇は慣れぬ。本音のところから狼狽し、慌てて劉備に涙を拭く布を差し出した。

「落ち着いてください。泣かれては困ります……余人に見られてはなんと言われるか」

「でも、でも私……怖くて……怖かったんです……!」

「劉備様。どうか落ち着いてください」

 受け取った布で涙を拭くと、勢い良く鼻までかんで劉備は腫れぼったい目のまま微笑んだ。

「え、えへへ」

 全く――と田疇は驚きと困惑で高鳴って仕方ない心臓を、なんとか抑えようと努力したがいかにも難題であった。劉備は田疇の手を握って言葉を続けるからである。

「でも、私は田疇さんは出兵を願っているのだと思っていました……田疇さんに拒否されると思った」

「いえ、私は」

 

 ――愚かな! 田疇は自身が目の前の少女に一抹の同情を抱いていることに気づいた。冷徹を貫き、感情を殺すべし。田疇は心臓が冷えきっていくのを確認し、口を開いた。

 

「私は、戦は必要なこともあると思います。ですがそれはあくまで身を守るため、民を守るための牙であるべきだと思うに過ぎません。無用な争いは百害あって一利なしであることは自明です」

「田疇さん、私も、まったく同感です」

「今、私たちが行おうとしている民のための政は、決して綺麗事ではありません。より豊かになるための方策なのだと私は信じています。一部の高貴な家が世界を支配するより、無数の民が学び、育っていく方が世を改める理は速やかに広がっていくに相違ないのです」

 劉備の瞳が輝く。彼女は田疇の理想に真に共感する者の一人だ。いや、あるいは唯一の人なのかもしれないとさえ思える。

「冀州を中心に善政を敷く。さすればその効果を周囲は羨み我先に取り入れようとするでしょう。公孫賛殿、曹操殿が賢明であればきっと理解し取り入れてくれるはず。いや、洛陽の董卓殿、李岳殿も真の忠臣であろうとするならば、漢帝国が率先して民を救おうとするはずなのです」

 田疇の夢。清廉な楽土は血道の果てにあると書は示した。田疇は覚悟している。天への道は屍を積み上げることによってしか辿り着かないのであれば、躊躇いなく敷き詰めるのみである。

 それが例え、理解を得られる同志の亡き骸だとしても、田疇は躊躇わない。なぜに奇貨を置くか、それはいずれ使うべき時がくるからだ。

「劉備殿、それを踏まえて貴女にお願いがあります。貴女と公孫賛殿は旧知の友。また戦友でもあったと伺っております。いかがですか、公孫賛殿を説得することが出来ますか」

 劉備の瞳に強い光が走った。

「私からも上申致します。緊張が高まりつつある公孫賛殿と和睦し、同じく民を救うための天道を歩まぬかと説得する特使となって頂けませんか」

「私……私、がんばります! 白蓮ちゃんならきっと大丈夫です! 話せばきっとわかってもらえます!」

「感謝いたします。一人でも多くの民を救うために……」

「はい!」

 田疇の手を強く握りしめ、何度もうなずいた後に去りゆく劉備の背中を眺めた。田疇は嘆息した。久しぶりに酒が飲みたくなると思う程に疲れきった。『太平要術の書』は人の希望を巧みに操り動かす術を田疇に授ける。

 書は云うのみである。曰く、劉備を公孫賛の元へ派すべし、とだけ。その結果、何がどうなるのか田疇にもわからない。ただそれに従えば、運命の巨大な渦が多くの者を飲み込み、自らを目指すべき地平へと誘ってくれる。

 思えば益州に長安攻略を焚き付けたことも、当時の田疇には意味がわからなかった。洛陽から兵力を引き剥がすだけなら他にいくらでもやりようはあるように思えたからである。

 しかし『書』の思惑はさらに深かった。あの時、劉焉が長安を攻略していなければ、李岳はすぐさま東征を行い兗州、青州、豫州を飲み込み、幽州の公孫賛と共同して冀州を包囲していただろう。そうなればもはや為す術はなかった。長安攻略は、敗北時の保険も兼ねていたのである。『書』の思惑全てに理解を示そうなどとは思わぬ方が良いのだ。

 今、その『書』は劉備を標的とし、動き出した。哀れよな、と田疇は思った。兎角、人と人とはすれ違う。立場が違えば誤解も生まれる。些細な偶然が永遠の不幸となることもある。友愛が深いからこそ、それが違えられた時は底知れぬ憎しみとなるのだから。

 劉備の働きで態度が軟化している袁紹の心を一変させる仕組みも既に動き出している。袁紹はこのまま怒り狂う侵略の化身となり、南下を目指す。

 人の心とはまさに移ろいゆく川の流れ。突如として激流になることもあり、氾濫しては全てを押し流すこともある。どこにも流れることのない行き止まりにぶつかり、澱みとなり腐臭を放って朽ち果てていくことも。

 自分はそれを少し後押しするだけだ、と田疇は虚しさをこらえながら思った。ただ提案をしただけ、と田疇は声に出すこともなく呟き茶の残りを飲んだ。

 こうして何人もの将の野望を焚き付け、また(そそのか)してきた。罪悪感を覚えるには重ねた罪が多すぎて、希望を抱くには姑息に過ぎる。

 それでも信じている未来が本物だから、自分は戦うのだ、と田疇は思った。どぶの底から美しい花が咲くこともある。この世で最も醜く汚い肥溜めとなろう。それで救われる世界があるのなら、腐乱したとて笑顔で死すのみ。




おひさしブリ大根

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