グリムガル〜灰燼を背負いし者たち〜   作:ぽよぽよ太郎

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épisode.7

 

 

 

 

         

 

 

 

 翌日、俺たちは初めてダムロー旧市街へと足を踏み入れていた。

 オルタナの北西約四キロ。市街というよりは、かつて街だった場所というべきだろうか。少なくとも今は人間族は誰も住んでいない。市街を囲んでいた防壁は八割方崩れていて、建物もそのほとんどが壊れている。あちこちに雑草が生い茂り、朽ちかけた建物の瓦礫がこれでもかと転がっている。

 

 かつて人が住んでいたのだという痕跡は、そこらじゅうに落ちている骸骨くらいだ。犬とも猫ともつかない生き物が壊れかけた塀や屋根の上を歩いているが、こっちに気づくとすぐに逃げてしまう。鳴き声のほうに目を向けると、大きな建物の残骸が数十羽、それ以上の鳩の止まり木になっている。

 

 昔、ダムローはアラバキア王国第二の都市だったらしい。それこそ、オルタナとは比べものにならないほどの強大な都市だったのだ。だが、不死の王(ノーライフキング)率いる諸王連合軍に攻め滅ぼされて、一旦は不死族(アンデッド)の領地となった。その後、不死の王(ノーライフキング)崩御の混乱に乗じて奴隷扱いだったゴブリン族が蜂起。そのまま不死族(アンデッド)を追い出してこの街を我が物とした。

 

 だから、現在のダムローはゴブリンたちの根城になっている。上位のゴブリンたちは主に新市街で生活していて、旧市街には下級のゴブリンのみが住んでいるため整備されることも荒れ果てている。低級なゴブリンたちは小規模な群れを作ったりもしているが、基本的には群れているだけではぐれ者だって多い。

 

 だが、今日は少しゴブリンの姿が多い気がした。多いというか、複数で行動するゴブリンが目に付いたのだ。

 

 「……いた。ゴブリン一体……。どうする?」

 

 ダムローに入ってから一時間。やっと単独のゴブリンを見つけた。

 シュンが見つけたゴブリンは壊れかけた家屋の中、壁を背にして座っている。いや、どうやら寝ているみたいだ。時折首がこくりと船を漕いでいる。

 

 このあたりに住んでいるゴブリンは、森に生息する泥ゴブリンとは少し違った。比較的装備がしっかりとしていて、衣服を身につけている。森にいた泥ゴブリンはゴブリン袋を持っている個体はほぼいなかったが、こちらでは基本的に誰もがゴブリン袋を背負っていた。

 

 「……やろう。俺だと鎧で音が出るから、シュンとタケシが先に近付いて不意打ちを頼む。俺とマイはその後ろに付いて、気づかれない位置で待機しておく。もし不意打ちで息の根を止められなかった場合、シュンとタケシはすぐに下げれ。いつも通り俺が前に出て引きつけるから、みんなはその援護だ。いいな?」

 

 俺は森で少し稼げたこともあり装備を整えたため、現在は鎖帷子の上に革鎧を着ている。ガルバスにお願いして、ギルドの中古品を格安で買わせてもらった。機動性を削がないように、且つ防御力を高める為の苦肉の策なのだが、どうしても物音が出てしまう。

 だから、こういったことには軽装なシュンがうってつけなのだ。

 

 全員が頷いたのを確認して、ゆっくりと深呼吸。

 

 ――よし。

 

 「――行くぞ」

 

 俺の声で、シュンとタケシが進む。俺たちの隠れる瓦礫から家屋まではすぐだったが、家屋の中は瓦礫だらけのようで少し手間取っているみたいだ。俺とマイは家屋の外から、崩れた壁越しに中の様子を伺っている。シュンが剣鉈を構え、ゴブリンへ突き刺そうと構える。そして、俺のほうへ視線をよこした。

 

 俺は静かに頷く。シュンはそれを見て、剣鉈をそっとゴブリンの胸へと突きつけ、一息に刺し込む。ゴブリンは低くうめき声あげて暴れるが、タケシが慌ててスタッフで頭を殴りつける。それで一瞬動きが止まり、シュンが剣鉈を引き抜いて再度突き刺す。それでもなお暴れるが、シュンとタケシの二人で取り押さえているとだんだん動きが鈍くなり、最後にはがくりと力が抜ける。

 

 「はあ、はあ、はあ……っし、やれたぞ……!」

 

 「ふう、ふう……そ、そうだね……」

 

 二人だけで倒せたことが嬉しいのか、シュンとタケシは笑顔を見せてる。確かに今まで俺がメインで倒していたからな。俺が関わらずに倒せたのは初めてかもしれない。

 

 「マイ、とりあえず俺たちも中に入ろう」

 

 「……うん、わかった」

 

 昨夜のこともあり俺とマイは最初のうちは少しぎこちなかったが、今では一応元に戻っている。多少の違和感程度は時間が解決してくれる……と思う。

 

 マイを先に行かせ、俺は周辺を警戒。その後、敵影がないことを確認してから中に入った。

 中ではシュンがゴブリン袋を外し、その中身を確認していた。

 

 「どうだ?」

 

 「すげえよ、銀貨が何枚か入ってる!」

 

 シュンがゴブリン袋をひっくり返すと、中からは銀貨が4枚と綺麗な石や牙が数個出てきた。たった一体でこれか……。やはり、ダムローだと稼ぎが増えるな。今回がたまたまなのかもしれないが、今まで見てきたゴブリンたちも相応の格好をしていたから、期待はできる。

 

 「……よし、幸先が良いな。大変だろうけどさ、これを継続していこう」

 

 「だね。だいぶ動けるようになってきたし、俺たちもだんだん義勇兵っぽくなってきた気がする」

 

 シュンは嬉しそうな笑顔を見せる。確かに、連携の面ではだいぶ進歩したな。

 

 森での稼ぎ一回分に相当、下手するとそれ以上か? それくらいの稼ぎをゴブリン一体で稼げた。義勇兵の団章がぐっと近付いた。もちろんそう上手くいくとは思えないが、希望は見えてきた。それだけでだいぶ意味がある。

 

 結局、その日は合計でゴブリン四体を倒した。手に入れたものは銀貨が6枚に様々な色の石、牙や骨など。いつも通り市場の爺さんのところへ持っていくと、銀貨以外は全部で1シルバーと16カパーになった。四人で割ると一人当たり1シルバーと79カパー。

 これで俺の総資産は4シルバーと46カパー。ここから食費や宿舎代がかかるんだけど、それでも結構お金が貯まってきた。

 

 だが、翌日は芳しくなかった。というよりも、ゴブリン自体は問題なく狩れるのだが、狙い目になるような少数のゴブリンと遭遇しなかった。不意打ちで一体ならどうとでもなる。二体もなんとか。だが、三体以上になると一気に難易度が上がるのだ。聞いていた情報だと、群れも多いがあぶれ者も多いって話だったんだけどな。どうにも最近はきな臭い感じがする。この日は結局、ゴブリンを倒せないまま終わった。もちろん、稼ぎは0だった。

 

 三日目も初日、二日目と同様にダムローの入り口付近を探索した。ハルヒロたちはダムローの地図作りをしていたみたいだが、正直今の俺たちにはあまり必要ないと思う。人数が少なくてそこまで手が回らないし、ダムローの入り口付近以外だとゴブリンの数が多すぎて危険すぎるためだ。すでに見慣れてきた入り口近辺を探索し、ゴブリン二体を狩った。稼ぎは合計1シルバーと81カパー。一人当たり45カパーで余った1カパーは次回に持ち越した。

 

 ダムロー突入から三日目の夜。俺、シュン、タケシの三人は宿舎で色々と話していた。主に、ダムローのことを。最近のダムローは少し様子がおかしい。嫌に統率の取れたゴブリンも見かけるし、はぐれているゴブリンはなぜか仲間であるゴブリンに迫害されたりもしていた。このままだと危ない気がする。

 

 「なあ、今日で一旦ダムローの探索は終わりにしないか?」

 

 薄いわらのベッドで横になり、俺は二人にそう言った。二人は驚いたようで、ベッドがぎしりと軋んだ。

 四人部屋に泊まる俺たちは二段ベッドの下にタケシ、上にシュン、俺がもう一つのベッドの下の段で寝ている。こうして体重の軽いシュンでも身じろぎすればベッドが軋む音がするのだ。安いから仕方がないのかもしれないが、慣れないうちは気になって寝付けなかった。

 

 「え? ど、どうして……? 森よりも、全然稼げるよね?」

 

 タケシは不思議そうに、少し非難めいた視線を向けてくる。浪費家っぽいタケシからしたら、森に戻って稼ぎが減るのは嫌なのかもしれない。

 

 「まぁ、確かに最近は単体のゴブも見つけにくいけどさぁ。でも、なんとかなりそうじゃん。俺だってイブキなしでもゴブと戦えるようになってきたし」

 

 シュンは少し自信有り気にそう言う。確かにシュンは成長した。それこそ、狩人らしく中距離から弓矢で奇襲し早々に一体を仕留めることもあれば、剣鉈での近接戦闘でタケシと協力して倒すこともある。タケシもダムロー突入初日にゴブリンを倒し少しだけ自信がついたようで、敵に攻撃することへの忌諱(きい)感はなくなっている。

 だが、それでも不安だった。

 

 「いや、それでもなにかあってからだとまずい。ハルヒロたちに聞いたんだけど、頭の良いゴブリンは旧市街で力をつけようとしているらしい。前にもこうやって徒党を組むゴブリンが増えた時に、リーダー的なゴブリンがいたとかなんとか……」

 

 セイヤたちも今は慎重にダムローでの狩りを続けているみたいだ。セイヤたちのパーティーだって俺たちよりも数段優れている。そんな彼らも違和感を覚えているくらいなのだ。

 

 「でもさぁ、ハルさんたちがそう言ってたからって、確定ってわけじゃないじゃんか?」

 

 「そ、そうだよね。もしそうだったとしても、すぐに逃げればいいんだし……」

 

 やはり二人は反対みたいだ。せっかく稼げたのに勿体無いということなのだろうか?

 ……明日マイにも話す予定だし、マイにも聞いて判断しよう。本当はマイもいる時に話したほうが良かったのだが、考えをまとめるのに時間がかかってしまったのだ。実際、街に帰って戦利品の買取を終えたら俺たちは各々行動するようにしている。だから、全員で話し合うなら朝集まった時か帰り道しか選択がない。

 

 「……わかった。なら、とりあえず明日はダムローへ行くことにしよう。明日以降はまだ保留だ。マイにも話を聞いてみないといけないからな」

 

 俺の言葉に二人はまだ不服そうにしているが、こればかりは譲れない。欲をかいて全滅してからじゃ遅いんだ。二人は結局なにも言わずにそのまま毛布をかぶり、しばらくすると寝息を立て始めた。最後まで不満そうだったが、疲れを取ることを優先したのだろう。

 

 俺も少し疲れはあるが、どうにも寝付けなかった。まだ寝るには早い時間帯だし、仕方がないかもしれない。

 

 ……外、出るか。

 

 寝息を立てる二人を起こさないように、俺はそっと部屋を出た。

 

 

 

 

 そして、いつものように白い月へと向かう。まだ夜が早いせいか、装備姿の義勇兵もたくさん見かける。シェリーの酒場に行った帰りなのか、アルコールで顔を真っ赤にした人ともたくさんすれ違った。

 良い宿に泊まっている義勇兵はまだしも、俺たちのような新兵(ルーキー)は盗難の可能性があるため装備を宿に置いておくことはできない。だから、街の外に行った帰りにそのまま酒場へ直行、この時間まで飲んでいる人が多いのだろう。

 

 「あ、アンタはあの時の!」

 

 行き交う人々を眺めつつ歩いていたら、不意にそんな声がした。

 ふむ、どこかで聞いたことがある声だ。そんなことを考えつつそちらを向くと、いつぞやのショートカットの少女が俺を指差していた。

 

 宿舎で会った時とは違い、彼女は現在装備姿だ。魔法使いらしいローブを着ていて、杖を持っている。彼女の横には盗賊風の装備をしたチョコとか呼ばれてた女の子もいる。さすがに二人だけのパーティーってことはないだろうから、別行動してるのかな?

 

 「……ああ、どうも」

 

 「ふん、なによ、後輩のくせに生意気ね」

 

 あの時のことをそんなに根に持っているのか? 顔が赤いから酔っ払っているんだろうけど、やけに突っかかってくるな。

 俺は助けを求めるためチョコと呼ばれていた小柄な少女に視線を向けるが、面倒そうに目をそらされてしまった。

 

 「あ〜……謝ればいいのか?」

 

 「はあ? なんでそうなるのよ?」

 

 ……もう勘弁してくれ。

 

 「……飲みに行くわよ!」

 

 「……は?」

 

 「先輩命令! いいから行くわよ!」

 

 またしてもチョコに視線を向けるが、チョコは諦めたようにため息をついて肩をすくめる。

 結局この後、二人と一緒に白い月へ行くことになってしまった。

 

 


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