グリムガル〜灰燼を背負いし者たち〜   作:ぽよぽよ太郎

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épisode.4

 

 

 

          *

 

 

 

 ダムロー周辺まではだいたい一時間くらいかかる。戦士ギルドで書き写させてもらった簡易的な地図を見ながら、俺を先頭に隊列を組みつつ俺たちは歩いていた。

 

 柔らかな空気を胸いっぱいに吸いつつ、ゆっくりと周囲を見渡す。このあたりはモンスターの跋扈する世界だとは思えないほど長閑(のどか)で、ペビーやミルミなどが楽しそうに走り回っている。

 

 このあたりのペビーは基本的に真っ白な体毛をしていて、ときには人に慣れてしまうほど温和な生き物だ。ただし敵意には敏感なので、無理に近付くと逃げられてしまう。もっとも、群れから離れたペピーは獰猛で危険らしいから注意が必要なんだけど。

 ミルミなんかは街中にも生息してるし、ペットみたいなイメージだ。小さいアリクイみたいな。……んん? アリクイってなんだ? 知らない単語が、自然と頭に浮かんできた。

 

 このあたりはもともと辺境と呼ばれるような土地じゃなかったらしい。人間族が反映していた時代はたくさんの国があった。

 だが、不死の王(ノーライフキング)と呼ばれる者が現れてから状況が一変。不死族(アンデッド)という新たな種族を生み出し人間族に敵対する種族を束ね、戦いを挑んだのだ。結果、人間族はあっさりと破れて、滅びるか天竜山脈の南へと逃れた。

 その後、不死のはずの不死の王(ノーライフキング)が崩御した時の混乱が起こるまで、このあたりには人間族の居場所はなかったみたいだ。

 

 そんなことを含め、道中はフォーメーションの確認やお互いが使えるスキルを確認して時間を潰した。そして色々と話し合った結果、当初の予定どおり今日は森にいるはぐれゴブリンを倒してみるということになった。その成果次第で今後のダムローに行きの時期を考えよう、といった感じだ。

 

 帰り道に獣を狩って帰ろうかという話にもなったのだが、狩人でもあるシュンが反対。というのも、ギルドの方針なんだとか。明確には禁止されているわけではないのだが、実習で触れ合ったこともあり複雑な感じらしい。まあそれは全然稼ぎがない時の最終手段だな。

 

 そうこうしているうちに、目的地である森へとたどり着いた。広葉樹らしい木々や雑草が生い茂り、獣道すらろくに見当たらない。地面はボコボコとした凹凸ばかりで、ふかふかだったりグニュグニュしたりしていてとにかく歩きにくい。俺やシュンはまだしも、マイとタケシは歩くだけでも一苦労だ。

 今は狩人のシュンに斥候ということで先頭を歩いてもらっている。マイとタケシにペースを合わせているので、進むスピードはだいぶ遅いが。

 

 一応はぐれゴブリンはよく水場に現れるという情報を得ていたので、そこらを中心に探索している。そのため水場付近でゴブリンを待ちつつ休憩もできるので、俺たちの疲労はそこまで溜まってはいなかった。あくまで、肉体的には。

 それに、俺のハルバードでは木々が邪魔で十全に扱えないので、開けた水場のほうが有効というのもある。

 

 「……いた、ゴブリン一体!」

 

 森に入ってからしばらく経過し、このまま帰るのも視野に入れ始めていた頃。何度目かの水場でシュンがそう声を上げた。今まで2体以上のゴブリンは見かけたのだが、初戦でいきなり2体っていうのは不安だった。ハルヒロの言葉もあったし、気を抜くわけにはいかない。

 

 だから、このチャンスは逃せない。

 

 ゴブリンは水場で水を汲んでいるのか、俺たちには背を向けている。周囲に他の敵影はなく、ゴブリンの武装は錆びたメイスの一つだけ。後は背負った袋とボロボロの兜をかぶっているくらいだ。静かに近付いての奇襲も考えたが、失敗した時のリスクがでかい。ここは正面からぶつかってみて、無理そうだったら撤退という形にするか

 

 「まず俺が突っ込んで正面を抑える。シュンは俺と一緒に突っ込んで、ゴブリンの死角を取るように動いてくれ。マイは俺たちの援護で、タケシは周辺を警戒しつつマイを守っていてくれ。俺の後ろから離れるなよ」

 

 俺もたぶん、緊張している。みんなもそうだろう。顔がこわばっている。いや、俺もか。

 命と命のやり取りだ。油断は禁物。

 

 「これは初めての実戦だ。油断せず行こう!」

 

 三人が頷いたのを確認し、俺たちは動き始めた。周囲を囲むように散開して、位置につく。

 攻撃開始の合図は俺の声。

 背中から下ろしたハルバードを両手で持ち、深呼吸。

 ハルバードは2メートルほどの長さで、先端に刺突用のスピア、側面に小振りな斧があり、その反対側には鉤爪と呼ばれるフックが付いている。先端に重量がかかっているためより重く感じるそれを、両手でゆっくりと握り直す。

 そして、再び深呼吸。

 

 よし――

 

 「――うおぉぉぉ!」

 

 雄叫びを上げつつ、俺はゴブリンへと接近した。

 俺の雄叫びに驚きつつも、ゴブリンは振り返ると腰に吊るしたメイスを抜く。否、抜こうとしていた。

 

 だが、その動きはあまりにも緩慢で、迂闊だった。

 

 ゴブリンがメイスを抜こうと下を向いているところを、俺はハルバードで殴りつける。左足を力強く踏み込み、身体ごと捻ってスイング。講習中、毎日振るい続けた型通りに。寝る前と起きた後、毎日自主練した通りに。全力で。

 

 「ギギャアァッ!」

 

 ハルバードの斧部分がゴブリンの頭にめり込むのと同時に、ゴブリンからは苦痛の声が漏れた。俺の攻撃で、兜を凹ませながらゴブリンがぶっ飛ぶ。凹んだ兜の隙間からは赤い血が滴っていて、こいつらも生きているんだってことを理解させられた。

 

 「や、やったか!?」

 

 「いや、まだだ!」

 

 吹っ飛んだ先にいたシュンの叫び声に、俺は大声でそう返す。想像していたよりも手応えがなかった。このぬかるんだ地面に足を取られて、踏み込みの力が拡散したのだろう。

 俺の言葉通り、ゴブリンはフラフラとよろめきながらも立ち上がる。それでもダメージは入っているようで、ゴブリンは身体を揺らしながら威嚇するように声を上げている。その声はとても必死で、生きたいって叫んでいるようで、苦しかった。

 

 「……っ、シュン、牽制! マイは魔法を準備!」

 

 「わ、わかった!」

 

 シュンはそう返事をしつつ、剣鉈をふるって立ち上がったゴブリンと一定の距離を保つ。

 一方のマイからは、返事がない。

 

 「マイ、どうした!?」

 

 「え……あ……うぅ……」

 

 声をかけつつ振り向くと、そこでは腰を抜かしたマイが目を瞑って座り込んでいた。隣にいるタケシも、ゴブリンを見て顔が青ざめている。スタッフも手から抜け落ち、ぐしょぐしょの地面に突き刺さっていた。

 

 「――くそっ……!」

 

 初めての実戦だ。実際に生きている生物を殺すための、無情な戦い。マイとタケシにはしんどいことだってことは、わかっていたはずだ。あの二人は徹底的に戦闘に向いていない。

 ちくしょう! ちゃんと見ていれば気がつけたはずだ。むしろ、どうして気が付かなかった……!

 

 ――いや、気付こうとしなかったのか……?

 

 「ぐあぁっ……!」

 

 「ギギィッ!」

 

 刹那、シュンが悲鳴をあげる。そちらを見ると、シュンの左腕にメイスがかすったみたいだ。ばっさりと切れているのか、傷自体は大きくはないが結構な量の血が流れていた。

 

 ダメだ。今はまず、目の前のことに集中しないとやばい!

 

 「シュン、今行く! 俺と変わったらタケシんとこまで下がれ! タケシはそのままシュンの治癒!」

 

 「ぐぅっ……わ、わかった! 頼む、イブキ」

 

 俺の言葉にシュンは頷くと、ゴブリンの前で剣鉈を一振りしてから飛び退いて距離を取る。その際にゴブリンはメイスを振るうが、シュンは低い身長を生かして屈んで避けた。そして、そのまま後ろへとジャンプした。こちらからは遠のくが、俺の攻撃のためにゴブリンの隙を作ったのだろう。

 ゴブリンは攻撃を空振ったことで、俺に背を向けたままたたらを踏んでいる。

 

 「サンキュー、シュン!」

 

 シュンにそう声をかけて、俺は前に出る。大回りでタケシのほうへと向かうシュンは、苦痛に顔を歪めながらも笑顔を見せる。

 

 「おらぁああっ!」

 

 声を上げながら、中ほどを持ったハルバードで素早くゴブリンを突く。背中に突き刺さると、ゴブリンはグェと声を漏らして倒れこむ。同時に、俺はさらに踏み込む。狙うは首元。そこをめがけて、上段から思い切りハルバードを振り下ろした。そして、そのまま斧部分が倒れたゴブリンの首にめり込み、押し潰しす。

 ゴブリンも今度は声すら漏らせず、ビクリと大きく痙攣するとその動きを止めた。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 

 命を奪った。初めて、この手で。

 息は荒いが、思ったよりも動揺はしていない。なんていうか、無感情。……一体どうしたんだ、俺? まるで、命のやり取りを何度も経験しているような……。

 そんなことを考えると、何かが浮かんでは消えていく感覚がした。

 

 ――やめよう。これ以上は考えてもどうにもならない。

 

 俺はゴブリンが息をしていないことを確認すると、シュンたちのところへと向かう。

 

 「シュン、大丈夫か?」

 

 「痛っ、今、治療中〜」

 

 マイは未だに座り込んだままで、シュンは腕を押さえ顔を歪めている。タケシはというと、青ざめた顔でシュンの治療を行っていた。

 治療とはいうが、傷はものすごく緩やかに塞がっていっている。シュンの怪我は血こそ結構出ているが、決して重傷なわけじゃない。俺が聞いた話だと、癒し手(キュア)は重傷でもなければ比較的すぐふさがるって話だったんだけど……。

 まあ向き不向きもあるだろうし、動揺したままのタケシにそれ以上なにかを求めるのは酷かもしれない。

 

 とりあえずシュンのことはタケシに任せ、マイへと近づく。彼女は今回何もできなかったが、慣れるまでは俺たちでフォローしなきゃな。

 

 「大丈夫か、マイ?」

 

 座り込んだマイに、優しく声をかける。

 

 「ご、ごめん……。何もできなくて、怖くて、私……」

 

 「いや、初めてなんだ。しょうがないさ。……俺のほうこそ、無理言って悪かったな」

 

 マイはそれ以上は何も言わず、申し訳なさそうに俯いてしまった。

 

 「……一体程度なら大丈夫だってことがわかったんだ。これから徐々に慣れていこう」

 

 マイは落ち込んでるようだし、少しそっとしておいたほうが良いかもしれない。

 

 俺は気を取り直し、倒したゴブリンの元へと向かう。

 ゴブリンは持ち物を首に紐で吊るすか、ゴブリン袋と呼ばれる皮袋に入れていることが多い。このゴブリンは、幸先よくゴブリン袋を背負ってくれていた。

 そっとゴブリンから取り上げ、中をひっくり返してみる。

 

 「おぉっ……!?」

 

 ゴワゴワとした質の良くない皮袋からは、銀貨2枚と欠けた銀貨、何かの牙、複数の金属片が出てきた。牙や金属片はともかく、銀貨が3枚だ。1枚は欠けているんだけど、ゴブリン一体相手にしては結構な稼ぎだろう。ゴブリンの持っていたメイスは錆ついていてボロボロで、お金にはなりそうもない。

 

 「痛ててて……。イブキ、どうだったん〜?」

 

 治療が終わったのか、シュンが声をかけてくる。

 

 「ああ、ラッキーだ! このゴブリン、銀貨持ってたぞ!」

 

 「マジ? やったじゃん!」

 

 俺の言葉に、シュンは嬉しそうに喜ぶ。タケシやマイも、口にこそ出さないがほっとしているようだ。確かに残金が心もとなかった俺たちからしたら、初戦でしっかりと稼げたのは大きい。これで最悪でも2週間程度は暮らしていけるだろう。

 

 「とりあえず、今日はこれで一旦帰ろう。みんな初めての実戦だったんだ。精神的にも疲れているはずだし、ここで無理する必要はないと思う」

 

 「まぁ、そうだよなぁ。欲張ったら良いことがなさそうだもんな」

 

 「……うん、私もそれが良い、と思う。何もできなかったけど……次は……」

 

 「……そ、そうだね」

 

 怪我をしたにも関わらずシュンは笑顔だし、マイは落ち込みつつも前を向いている。顔色の悪かったタケシも少し元気が出たみたいで、顔色が戻っている気がする。

 

 「反省会は明日やるとして、今日はとにかく帰って美味しいもんでも食べよう。ここで少し休憩してから出発だ」

 

 少し茶化しつつそう言うと、三人は座り込む。俺は一応、見張りとして周囲を見て回ろうかな。

 

 そう思って、周囲を警戒しつつ歩きながら考える。

 

 所々違和感だったりはあるが、このまま順調に進めばきっとちゃんとしたパーティーになれる。シュンは決定打にはなりえないけど遊撃として優秀だし、タケシもスピードこそ遅いけど血を怖がらずに治癒をできていた。マイだって、慣れてくれば形になるだろう。

 あとは俺がしっかり指示を出せれば、なんとか義勇兵に手が届きそうだ。

 

 

 「よし、やってやろうじゃねえか……っ!」

 

 

 俺は座り込んでいる三人を見て、そう決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――いろいろことから、無意識に目を逸らして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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