グリムガル〜灰燼を背負いし者たち〜   作:ぽよぽよ太郎

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épisode.2 月が赤い世界

 

 

          *

 

 

 

 レッドムーン事務所を出た俺たち。去り際にブリちゃんから聞いた言葉は気になるものの、今はとにかく行動してなくてはならない。

 そもそも俺たちはこのグリムガルという世界、オルタナという街についてほぼ何も知らない。もちろん伝手(つて)だってなにもない。だが聞いた感じだと、この世界についての”情報”は自分たちで集めるほかないようだ。

 見た所セイヤたちはすでに付近にはいないみたいで、おそらく情報収集に行ったのだろう。

 事務所の前で、俺とマイ、シュンとタケシの4人は佇んでいる。

 

 「とりあえず、各自情報収集に行こう。何をするにもまずはこの世界、街について知らないと話にならない」

 

 俺の言葉に頷く3人。情報収集の重要性は理解しているようで安心する。正直、シュンなんかはその辺をわかっていなさそうな気がしたのだ。

 マイとタケシは未だに不安そうにしているが、動けないほどではない。

 

 「イブキはどーすんだ? んで俺たちはなにすりゃいい?」

 

 「俺は一人で色々と聞いて回ってくるから、3人は別れるか一緒に行くかして情報を集めてきてくれ。集合はこの事務所前。何があるかわからないからお金はできるだけ使わないようにして、飯は集合してから全員で食べよう。情報のすり合わせもしなきゃだしな」

 

 義勇兵団章を買う以外にも、装備を整えたり生活していくために何かとお金は必要だ。情報を仕入れるまでは、迂闊にお金を使うわけにはいかない。そもそも物価すらわかっていないのだから、使おうにも躊躇するだろう。

 とにかくまずは、先輩らしき人にアドバイスをもらう。物価や貨幣について知る。その二つがなによりも最優先だ。そのほかにも色々と必要なことがあるだろうが、初日はそんな感じで大丈夫……のはずだ。

 再度3人が頷いたことを確認して、俺は歩き始めた。

 

 

 

 

 

 とりあえず、俺は街の人に話しかけてみることにした。銀貨が一番小さい硬貨ということはなさそうだから、まずはそのことを聞こうと思っているのだ。

 

 できれば両替を生業にしているような場所があれば利用したい。商会だったり、公的な機関なんかはどこかにあるだろう。そこならば詐欺だったりを警戒する心配はない……かもしれない。

 義勇兵と話す時に万が一袖の下を求められたとしても、貨幣について知っていればどうとでもできる。ぼったくられるなら相応の対応をすればいいし、安酒の一杯くらいなら必要経費として割り切る。

 そう考えて、俺は街を歩いていた。

 

 しばらく歩くと、大きな広場に出た。

 広場のようなところではたくさんの人が行き交っていて、一際豪華な石造りの建物もあった。堅牢そうなその建物の周囲にはこれまたたくさんの衛兵が立っていて、やけに厳重な警備体制を敷いている。たぶん、あの建物にはお偉いさんが住んでいるんだろう。すでに俺に目をつけているようで、数人の衛兵が注視してくる。あの手のものには近づかないのが一番だ。

 俺はそう判断し、足早に広場を離れた。

 

 広場から北のほうに進むと、妙に賑わっている場所に出た。通りの両側に屋台や露店がびっしりと立ち並んでいて、店先には食べ物やら衣類やら雑貨やら、多種多様な品物が大量に並べられている。市場のようなものだろう。

 このあたり一帯には店主たちの威勢の良い声が飛び交っていて、ものすごい活気だ。

 

 「兄ちゃん、寄ってけ!」

 

 「どうだい? 古着なら安くしとくよ!」

 

 少しの間歩くだけで、どんどんと声をかけられる。とりあえず今は何も買う予定はないので、愛想笑いを浮かべつつ通り過ぎていく。

 品物にはそれぞれ1Cだったり5C、14Cとか書いてあるものもある。たぶん、これが値段なんだろう。

 食べ物を扱う店からは香ばしい匂いが漂ってきて、嫌でも空腹を感じざるを得ない。

 

 「……ここに来てから何も食ってないもんな」

 

 ぽつりと呟く。マイたち3人も空腹を感じているかもしれない。日が傾く前にみんなのところに戻らないとな。

 

 「おう、兄ちゃん義勇兵かい? 串肉はどうだい? 食わなきゃ身体は動かなくなっちまうぞ」

 

 俺が腹を抑えていたのを見ていたのか、串肉屋のおっちゃんが話しかけてくる。気の良い人みたいで、豪快な笑顔を浮かべている。

 

 「なあおっちゃん、銀貨を両替できたりするかな? 今銀貨しか持ってなくてさ」

 

 この人なら大丈夫かな、と根拠のない考えだが、思い切って聞いてみることにした。

 銀貨が一番低い価値の硬貨ということはほぼありえない。周囲の人の様子を見ていると、銀貨より一回りか二回り小さい茶色っぽい硬貨を使ってやりとりをしていたのだ。

 

 「お、銅貨は持ってないのか? お釣りはあるっちゃあるんだが……。いっそ、ヨロズ預かり商会で両替してきてもらったほうが早いな」

 

 「ヨロズ預かり商会?」

 

 何やら知らないワードが出てきたぞ。いや、知らないことばっかなんだけど。

 

 「なんだい、兄ちゃんも知らないのか。義勇兵ってのはやっぱ変わり者が多いんだなぁ」

 

 前にも俺みたいな奴がいたのか、おっちゃんは不思議そうにそう言うと色々と教えてくれた。

 

 ヨロズ預かり商会。そこでは両替だったり手数料を払うことでお金などを預けることもできるらしい。結構歴史あるところのようで、街の人からは絶大な信頼を得ている。

 他にも数人の人に評判を聞いてみたが、それは間違いないようだ。

 場所も教えてもらっていたので、ひとまず俺はヨロズ預かり商会に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 結果からして、ヨロズ預かり商会で無事両替することができた。1シルバーが100カパー(銅貨100枚)という貨幣価値で、もともと銀貨を入れていた皮袋は両替した100カパーを入れただけでパンパンになってしまっていた。

 また、ヨロズ預かり商会では金を預ける以外にも物品を預けることもできるみたいで、金の場合は預ける金額の百分の一、物品の場合は鑑定評価額の五十分の一の手数料を取られるみたいだ。確かに金を持ち歩くだけでも大変だ。今後稼ぐようになってきたら、ヨロズ預かり商会をさらに利用することになるだろう。

 

 余談だが、ヨロズ商会の会頭はヨロズという名前(襲名姓らしい)の10歳くらいの女の子だった。やけに堅苦しい口調で話していた彼女だが、なぜか無性に懐かしくなって頭を撫でてしまった。撫でられた彼女はキョトンとした顔のまま「君のことは無礼者その2と記憶した」とか言っていたが……その1がいるのか。きっと、そいつとは仲良くなれそうだ。

 

 「さて、次は義勇兵っぽい人に話を聞いてみるか」

 

 ヨロズ商会を後にした俺は、気を取り直して一人呟く。

 街を歩いているだけで何度もそれっぽい人は見かけた。もう少し探せば人の良さそうな義勇兵は見つかるだろう。

 

 しばらくそうして歩いていると、チャラそうな義勇兵っぽい人が歩いているのがわかった。装備を見た限りだと、俺たちよりも少し先輩なんだろう。一人みたいで、特に急いでいる様子もない。

 うん、彼に聞いてみよう。

 

 「あの、義勇兵の方っすか?」

 

 俺は彼に近づき、そう声をかけた。

 

 「んん? おおおっ!? もしかして、新人ちゃん!?」

 

 彼は俺の出で立ちを見ると、テンション高めに答える。なんというか、見た目通りの話し方をする人だな。

 

 「はい、さっき見習い義勇兵になったばっかで―――」

 

 「おおう! 俺ちゃんもそういえば先輩なんだもんなぁ〜。俺ちゃんの名前はキッカワ! いいよいいよ、なんでも聞いちゃって!」

 

 チャラそうな男―――キッカワは、俺の言葉に食い気味でそう言う。すごくテンションの高い人だが、悪い人ではないんだろう。

 その後彼としばらく話したのだが、彼は俺たちの前の前にここに来たらしい。そこから色々と無駄な話をされつつ、有用な情報も多々聞くことができた。

 

 なんでもここにはギルドという同業者の組合があり、そこは権利を保護するための団体で互いに研鑽するための組織みたいだ。

 鍛治や調理師といった非戦闘系のものから戦士、魔法使い、神官、聖騎士、狩人、暗黒騎士、盗賊などといった戦闘職のものまであるそうだ。

 

 この地である仕事をするには、そのギルドに入らないといけない。ギルドに入らないで勝手に仕事をしたりすると、必ずギルドが横槍を入れてくる。そのため、ギルドに所属していない者には誰も仕事を依頼したりしないとのこと。

 

 また、基本的に 掛け持ち不可みたいだ。だがその代わりというかなんというか、ギルドは後進の育成にも力を入れている。ギルドに入れば、7日間の初心者講習を受け、その職業の基礎を即席で叩き込まれるのだ。

 もちろん、ただで入れてもらえるわけじゃない。どのギルドも、入るためには銀貨8枚、800カパーものお金を払う必要はあるみたいだ。

 それと、パーティーでは神官と戦士は重要な職業だとのこと。確かに壁役(タンク)である戦士と治療者(ヒーラー)である神官がいなくては戦線を支えることは難しい。

 

 ここまでを教えてもらうのだいたい一時間くらい。途中からは酒場みたいなところ連れ込まれ、なぜかお酒をおごってもらってしまった。うん、この人たぶん本当に良い人だ。

 

 「いやぁ〜後輩っていいもんだなぁ! ここ、シェリーの酒場って言うんだけど、俺ちゃんよくここにいるからさ。なんかあったら顔出してくれれば、バリバリ相談に乗っちゃうよ!」

 

 「なんか悪いな。色々教えてもらったうえに酒までご馳走になっちゃって」

 

 話しているうちに、キッカワは俺にため口で話すように言ってきた。たぶん同年齢くらいだしとの理由。それに、敬語を使ってると舐められるだとかなんとか。

 真偽は定かではないが、キッカワの言うことなら覚えておいても良いかもしれない。元々敬語は得意じゃないしな。

 

 「いいっていいって! なんなら、いつか後輩くんの稼いだお金で俺ちゃんに奢ってちょうだい!」

 

 「おう、すぐに稼いで来るよ」

 

 俺は最後ももう一度お礼を言って、酒場を後にした。彼は久しぶりの休みらしく、このまま夜になるまでチビチビ飲んでいるみたいだ。

 うん、キッカワに声をかけたのは正解だったな。少しテンションが高くて驚いたが、すごく付き合いやすい人だった。マイたちが待っているのに酒場に入るのは心苦しかったが、これは仕方がないだろう。しかも奢ってもらっちゃったので、何も言えない。

 正直、ギルドに加入することも含めて考えると酒のお金は結構負担になる。だが、今後もシェリーの酒場は重要な情報収集の場所になりそうだ。……これは必要経費として割り切るしかないか。

 

 現在俺は、事務所に向かって歩いている。街は入り組んでいて迷いやすそうだが、俺は物覚えが良いらしく迷うことはなかった。自分でも意外だと思ったけどさ。

 時刻はだいたい午後5時を少し過ぎたくらいだろうか。時間は鐘の音が鳴るのを聞いて判断する。時鐘は午前6時から午後6時まで2時間置きに鳴らされるみたいで、それを基準に行動するみたいだ。4時の時鐘が鳴ってから体感で1時間くらい経っているので、たぶん正しいだろう。個人用の時計なんかもあるらしいが、ドワーフだかの細工師しか作れないみたいでとても高価なものらしい。これらもキッカワに教えて貰った。

 

 きっと3人を待たせていると思い早足で戻ったが、予想に反してまだ誰もいなかった。まだ誰も帰ってきていない、もしくは俺が遅かったからどこかに行ってしまったのだろうか。前者なら良いが、後者となると俺も迂闊に動けない。

 

 「さて、どうしたものか……」

 

 なんとなくだが、ブリトニーに会うのは気まずかった。それに”見習いを卒業すれば”色々とアドバイスをしてくれると言っていたので、今また会ったとしてもマイナスだろう。

 結局俺は、今後の予定を立てながら時間潰すことにした。

 

 実際、考えることは多い。4人でチームを組むなら各自の役割も重要になってくるし、宿の問題もある。キッカワに教えて貰った限り、見習いにオススメするのは義勇兵宿舎だそうだ。

 

 義勇兵宿舎は正式な団章があれば無料で利用でき、四人部屋と六人部屋の二種類がある。何人で泊まろうと見習い義勇兵は一部屋一泊10カパーだ。一応沐浴部屋も付いているみたいで、人気(にんき)はないみたいだがキッカワの同期のチームも使っているらしい場所らしい。

 当面はそこで生活することになるだろう。3人が戻ってき次第、早めの夕飯を食って宿舎に行ってみないとな。

 

 どれくらい一人で待っていたのだろうか。先ほど午後6時の鐘が鳴って、いつの間にか日が落ち始めていた。さすがに遅すぎる。そう思ってそろそろ探しに行こうかとしていたところ、やっと3人が戻ってきた。

 

 「ご、ごめん、イブキくん! もしかしてずっと待ってたの!?」

 

 先頭を歩いていたマイは焦った様子で俺に駆け寄ってくる。その後ろから、気まずそうな表情をしたタケシとぽかーんとしているシュンが付いてきている。

 思うところがないでもないが、それは一旦置いておこう。タケシの表情も気になるしな。

 

 「いや、いいけどさ。なんかあったのか?」

 

 俺がそう問いかけると、マイはタケシをちらりと一瞥して気まずそうにうつむく。タケシはなぜか怯えていて、俺と目を合わせようとはしない。

 

 「いやさぁ〜、俺ら結局どうすればいいかわかんなくて、あのままずっとここで待ってたのよ。だけどいつまで経ってもイブキが戻ってこないからさ」

 

 シュンの物言いに、少しカチンと来る。たぶん、彼は悪気があって言っているわけではない。短い間しか付き合いがないが、それくらいはわかっている。だが、戻ってこないって言うが、俺はしっかり情報を集めてたんだぞ? 仕方がないんじゃないのか?

 

 「んで、タケシが「僕たちを置いて、どこか行っちゃったんじゃ……」とか言って、俺たちビックリしちまって。もしそうだったらやばい、ってことで3人で色々歩いて飯食ってきた。そんで結局どうしようもないってんで、一旦ここに戻ってきたってわけ。いや、飯食うだけでも結構値段するのな」

 

 シュンの独特な口調の説明に辟易しつつも、俺は思わず呆れてしまっていた。疑心暗鬼になっているタケシはもちろん、それにホイホイとつられてしまったマイとシュンにもだ。俺が大きくため息を吐いたにを見て、マイとタケシはびくりとする。

 そもそも各自で情報収集をしよう、と言っていたはずなのに、ずっとここにいたらしい。その挙句、できるだけお金は使わないようにしようって注意していたのに勝手に飯食いに行っちゃうし。

 

 そしてなにより、シュンの最後の言葉が気になる。夕飯を食うくらいでそんなに高くなるはずがない。あの結構食べ応えのありそうな串焼きだって4カパーで買えるのだ。

 

 「……ちなみに、飯っていくらかかったんだ?」

 

 「んん? 銀貨一枚で3人分食えたぞ。俺が払っといた!」

 

 どうだ、と言わんばかりに胸を張り、シュンはそんなことを言う。キッカワと飲んだ酒でも10カパー程度だった。軽食もだいたいそのくらいだ。だから、余程の贅沢をしなければ普通銀貨一枚で相当な日数を暮らしていけるだろう。

 

 ……こんなことは言いたくないが、セイヤが正しかったのかもしれない。

 

 「……とりあえず宿に行こう。安く泊まれるところを教えて貰ったから、そこで仕入れた情報を話すよ」

 

 色々言いたいことはあったが、喚き散らしたところで何の得もない。3人はきっと、慣れない環境で不安定になっているだけだ。時間をかけて慣れていけば、チームとしてもまとまってくれるはず。正直これからのことを考えると頭痛がするが、根気良くやっていくしかないんだろう。

 

 俺は再び大きなため息をつきつつ、教えられた宿へと歩き始めた。その後ろを3人が付いてくる。宿に向かう途中で買った串焼きに(かぶ)り付きつつ、俺は空を見上げた。

 

 夜の帳が降り始めたそこには、真っ赤な月が輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イブキはリーダーっていうタイプではないです。
なので、リーダーのいないパーティーはこんな感じで空中分解しそうになったりするかな、と。
改めて、マナトの偉大さがわかりますよね。

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