グリムガル〜灰燼を背負いし者たち〜   作:ぽよぽよ太郎

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épisode.13

 

 

          *

 

 

 三人を弔い、オルタナへと戻って来た。市場に乱立する屋台の一つで朝食を簡単に済ませて、とりあえずゴブリンから剥いだものを売りに行った。選ぶのはいつもと同じところ。初回に売りに来たあのじいさんがいる店だ。毎回狩りの帰りにシュンと共に売りに来ていた。

 

 「……」

 

 俺が近付いてきたのを見て、爺さんは無言で顎をしゃくる。買い取るものを出せ、ということだろう。初回以降は毎回こうだ。俺も慣れているので、特に何も言わずに買い取って欲しいものを出す。

 牙が2個と綺麗な石が5個、その他よくわからないものも数個ある。

 

 「――そうだな。全部で3シルバーと11カパーだ」

 

 意外と高く売れて驚いた。これでゴブリンたちの持っていた銀貨と合わせて9シルバーと29カパー。これ以外にも一応三人の財布があるが、まだ中身には手をつけていない。もっとも、今のところは手をつける予定もないが。

 まあとにかく、今後どうなるか決まっていない状態だ。金があって困ることはない。

 

 「……お前さん、いつものチビはどうした?」

 

 俺が礼を言って帰ろうとすると、爺さんが小さく尋ねてきた。

 

 「……っ」

 

 死んだ、などとは言えなかった。だが、爺さんは俺の顔色から何かを察したようで、ため息をついて呟いた。

 

 「――ふん。自棄にはなるんじゃあねえぞ」

 

 どこか重みのある言葉だった。だが、俺はそんなことにはなりそうもなかった。薄情、なのだろう。仲間が死んだくせに、こうも冷静でいられるのだから。

 

 俺は爺さんに一礼して、店を後にした。

 

 

 

 

 

 花街通りの一角。やけに女性の多いその場所にマライカという料理屋はあった。看板が出ているわけではなく、初見の人間には非常に見つけにくかった。外からチラリと覗いてみたが、客や従業員はほとんどが――いや、全員が女性だ。「男性客お断り」と書かれているわけではないが、男である俺には入るのに相当な勇気が必要だった。

 

 まだ早めの時間なのだが、店にはそこそこ客が来ている。この中に、メモの人物がいるのだろうか。とにかく、このままうろうろしていても仕方がない。不審者に思われそうだしな。

 

 俺は覚悟を決めて、店へと入る。店内は複数の大テーブルがあり、ある程度の席は空いていた。座っているのは、全員が女性だ。

 

 入った途端に向く敵意の視線。

 ……ここって別に男子禁制ではないよな? だがまあ、女性の花園に男がずかずかと乗り込んでくるのは気分が良いものじゃないだろう。早めに退散したほうがいいな。

 

 少し驚いた様子のウェイトレスを捕まえ、マイについて聞いてみる。

 

 「最近、見習い義勇兵がよく来なかったか? マイっていう名前なんだが……」

 

 「……え、えっと、義勇兵のことでしたら、たぶん、荒野天使隊(ワイルドエンジェルス)の方なら知ってるかと……」

 

 荒野天使隊(ワイルドエンジェルス)は、有名な義勇兵のクランだ。女性義勇兵のみで構成されていて、リーダーのカジコは相当な使い手らしい。彼女たちもこの店を利用しているらしく、顔も広いみたいだった。

 

 「なら、ここに荒野天使隊(ワイルドエンジェルス)の人間はいるか? いたら教えて欲しい」

 

 「――え、でも……」

 

 「待ちな。くそったれな男なんかが、荒野天使隊(ワイルドエンジェルス)になんか用でもあるのかい?」

 

 ウェイトレスと話していた俺に、一際強い敵意がこもった声がかかる。そちらを向くと、体格の良い女性が俺を睨んでいた。彼女は白い羽ストールを首に巻き、髪を留めているバンダナにも白い羽根飾りをつけている。荒野天使隊(ワイルドエンジェルス)に所属する者の特徴だ。彼女の向こうにあるテーブルにも、同じような格好をした女性義勇兵が数人いる。

 

 彼女の視線からは、幾度も死線を超えたであろう者の凄みが感じられた。正直、今の俺では戦ったとしても倒せる気がしない。

 

 「……ああ、人を探しててな。見習い義勇兵のマイって言うんだが」

 

 「へえ、あの子の知り合いか。それで、なんの用があったんだ?」

 

 どうやら彼女はマイのことを知っているらしい。もしかしたら、マイの待ち合わせ相手のことも知っているかもしれない。

 

 「彼女がここで、誰かと待ち合わせていたみたいなんだ。それで、その――」

 

 「……なるほどね」

 

 俺の表情から察してくれたのか、彼女は小さくため息をついた。そして、先ほどよりも強く俺を睨んできた。恨みのこもった、殺意すらも感じられる視線で。

 

 「ちょっと付いてきな」

 

 彼女はそう言うと、店を出て行ってしまう。俺はどうすることもできないので、とりあえず彼女に付いて店を出た。後ろを振り向くことなく足早に進む彼女からは、俺に対する明確な嫌悪感が感じられた。

 

 

 

 少し歩いて、人通りのない裏路地へと入った。そこで彼女は足を止め、こちらを振り返る。こんなところに男を連れ込むのは危険なような気もするが、襲われても返り討ちにできる自信があるんだろう。

 

 「こんなところまで連れてきて、どういうつもりだ?」

 

 「自惚れるんじゃないわよ。あたしだって男となんか話したくないけど、あのままじゃ店の子たちに迷惑だろう?」

 

 言葉こそ親しげに感じるが、彼女からは敵意や軽蔑を感じる。俺――というよりは、男という存在が嫌いなのだろうか。

 

 「まず、一応自己紹介はしてあげる。あたしは荒野天使隊(ワイルドエンジェルス)のキクノ。たぶん、マイと待ち合わせしていたのはあたしね。先に言っておくけど、あたしは男が大嫌いだ。でも、マイのことで何かあるんなら聞いてあげるわ」

 

 横暴な言い方だが、マイのことは気にかけてくれていたみたいだ。その声音は純粋にマイを気遣っているように聞こえる。きっと、クランの中でも上に立つ者なんだろう。腕を組んでこちらを睨む彼女からは、ある種の貫禄のようなものも伺えた。

 だからこそ、マイの死を伝えるのが辛かった。いや、怖かったのかもしれない。だが、伝えるしかないのだ。少し時間をかけながら、俺はキクノにあの時のことを伝えた。

 

 「――アンタ、何も知らないんだね」

 

 「――え……?」

 

 全てを聞き終えたキクノは、俺に憐れみのこもった目を向ける。敵意や軽蔑ですらなく、憐れみ。

 

 「マイはあたしに、クランに入れて欲しいって言ってきたんだよ。同じパーティーのシュンっていうやつとは相談してるって言ってたけどね」

 

 それは、本当なのか……? マイのこともそうだが、シュンも知っていて俺に何も言わなかったと、そういうことなのか……?

 

 「元々見習い義勇兵は死ぬ確率が高い。正式な義勇兵になったところで、女の身じゃ危なくって仕方ないしね。義勇兵宿舎なんて、いつ男に襲われるか気が気じゃないわ」

 

 だから、マイは正式な義勇兵になったら荒野天使隊(ワイルドエンジェルス)に入りたいとキクノに相談していたのだと。

 

 「あたしたちのクランは全員が女だ。アンタみたいな、無能でくそったれな男なんていない。女だけで結束して、楽しく生きる。それがクランの方針さ」

 

 「……っ」

 

 それは当てつけのようにも聞こえ、心臓を氷の刃で貫かれたような、冷たい痛みが胸に走る。

 

 「だけど、マイはもうそれもできない。アンタら男が無能なせいで、死んじまったんだからね」

 

 キクノはそこで言葉を区切り、一瞬で俺の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。

 

 「がは……っ!」

 

 その衝撃は想像以上で、叩きつけられた瞬間一気に息が詰まり、目の前がチカチカと点灯した。

 

 「こんな仲間のことすら知ろうとしないやつがリーダーだなんて、仲間が可哀想だわ。しかも、その仲間を全滅させておめおめと逃げ帰ってくる。――戦士としても、最悪ね」

 

 彼女の言葉に、なぜだか自然と身体が震える。

 

 「アンタはマイの未来、そしてついでに他の2人の未来も奪ったんだ。合計で3人分のね。確かに仕方がないって言い訳はできるかもしれない。でも、防げたはずのことを見過ごしていたのはアンタだ。それなのに、よく俺は悪くないって顔ができるね」

 

 ガツンと、頭を殴られたような気がした。

 

 確かに俺は、自身の無力さを呪ったが、仕方がなかったと自己弁護もした。昨夜寝るときも、後悔は抱えつつもどうしようもなかったと割り切った。俺のせいではなく、セイヤたちのせいだと。俺は悪くないんだ、と。それで自分を落ち着かせた。無意識のうちに、そう考えていたのだ。そして、何食わぬ顔で冷静でいる自分に自己嫌悪を抱き、三人への免罪符とした。

 

 だが、俺はそうすることで逃げていたのだ、と。彼女はそう、言い切った。

 

 人が簡単に死ぬ世界。言葉として、情報としては理解していた。そして、実際に三人が死んで、理解させられた。否、理解したフリをした。そういうことなのか……?

 

 思考が堂々巡りを繰り返し、ズキズキと頭が痛む。全身からは冷たい汗が流れ、いつの間にか俺は壁に背を預けたまま地面に座り込んでいた。

 

 ふと前を向くと、すでにキクノの姿はなかった。いつの間に消えたのかと思ったが、12時を告げる鐘が鳴ったことで我に帰る。いったいどれくらい、俺はここに座り込んでいたのだろうか。日が高く昇っていて、俺のいる路地は影になっている。

 

 「とりあえず、宿舎に戻らなきゃな……」

 

 正直、まだ頭を整理できていない。

 

 マイが移籍を考えていたことも初めて知ったし、シュンがその相談を受けていたことも知らなかった。タケシだけじゃなく、2人のことも何も知らなかったのだと改めて思い知らされた。頭では理解していたのだ。3人のことを何も知らなかったと。だがこうして事実を突き付けられると、それがとても罪深いことだったのだと考えてしまう。

 

 ふらふらとした足取りで、俺は花街通りへと出る。行き交う人々は活気にあふれていて、自分がひどく場違いに思えた。

 

 「……おょ? イブキくん?」

 

 「か、顔色が悪いけど、大丈夫?」

 

 そして、こういう時ほど会いたくない人物と出会ってしまう。ユメとシホル。マイを部屋に泊めてくれていた、俺たちの先輩だ。

 

 「……ああ、大丈夫だ」

 

 俺は、そう答えるので一杯一杯だった。

 

 「あ、それよりなあ、またマイちゃんが帰って来かったんやんかあ。ていうか、イブキくんも久しぶりやんなあ。イブキくんはマイちゃんがどこにいるか知らんかなあ?」

 

 「あの、私たち……今、マイちゃんのこと探してて……」

 

 彼女たちは、こういう、本当に善意の塊みたいな人たちなのだ。そんな彼女たちにも、ちゃんと伝えなければならない。それが礼儀だし、伝えないといつまでも探しまわってしまいそうだ。

 

 「マイは――」

 

 だが、言葉が出ない。マイが死んだ理由を聞いても、2人は俺のことは貶さないだろう。むしろ、俺も被害者だと同情してくれるかもしれない。それが、辛かった。

 

 「――マイは、死んだ」

 

 「え……?」

 

 「シュンも、タケシも……。俺以外は、みんな死んだ」

 

 「それって、え……?」

 

 「マイちゃんたち、死んじゃったん……?」

 

 ユメは、まるで自分の仲間が殺されたかのような、沈痛な面持ちをしている。シホルもシホルで、そんなユメを見て悲しそうな顔をしていた。二人はマイの面倒を見てくれていて、下手したら俺よりもマイと近くで接していた。だからこそ、悲しみも大きいのかもしれない。

 

 「――……っ、いろいろと、ありがとうございました」

 

 そんな二人を見ていられずに、俺は逃げ出した。一言、お礼だけを言って。

 去り際の彼女たちの顔は、怖くて見ることができなかった。

 

 

 そうしてしばらく走ると、宿舎が見えてきた。ちょうど宿舎から出てきた、3人の姿も。ハルヒロ、モグゾー、ランタ。ハルヒロのパーティーの男メンバーだ。本当に、巡り合わせっていうのはあるみたいだ。3人も俺に気がついたようで、少し驚いた様子でこちらに向かって歩いてくる。

 

 「イブキ、帰ってきてたんだ」

 

 「僕も、みんなも心配してたんだ。」

 

 「はっ、俺は別にどーだってよかったけどな」

 

 ハルヒロとモグゾーは普通に挨拶してきてくれたが、ランタだけはいつも通りの憎まれ口だ。リンが言う通り、彼らにも心配をかけたみたいだった。

 

 「ていうか、聞いて驚け! 昨日はなあ! なんとこのランタ様が! このランタ様の活躍で、俺たちは死の斑(デッドスポット)を倒したんだぜ! おら、すげえだろ!」

 

 ランタはいつもの調子で、俺を煽るようにそう言う。死の斑(デッドスポット)のことは知っていた。サイリン鉱山を住処としている凶悪なコボルド。やつは幾人もの義勇兵を屠ってきた。俺なんかじゃ、相手にならないだろう。

 そんな強大な敵をハルヒロたちは倒したのか。

 

 それに比べて、俺は――っ!

 

 「――なあ、ハルヒロ」

 

 「ん? どうかした?」

 

 ハルヒロは俺の様子がおかしいことに気が付いたみたいで、気遣ったような声でそう返す。

 

 「実は――」

 

 そして俺は、3人にあの時のことを話した。自嘲するように、自身への嘲りを込めて。たぶん俺は、ハルヒロたちにも責められたかったんだと思う。キクノの時のように、お前が悪かったんだと。そうすれば、いくら俺の心が俺の罪を否定しても、逃れることはできないだろうと。

 

 でも、ハルヒロたちの顔に浮かんだのは、同情だった。仲間を一気に失った、かわいそうな後輩だと。あのランタまでもが、そんな目で俺を見てきた。

 

 それが悔しくて、しんどくて、情けなかった。

 

 俺はそれ以上何も言わず、自身の部屋へと歩き出した。ハルヒロたちも、何も言ってはこなかった。

 

 少し歩き、俺たちが3人で寝泊まりしていた部屋に着くと、不意に寒気がしてきた。昨夜は普通に寝ていたはずなのに、今はこの部屋で寝泊まりするのがどうしようもなく怖く感じる。正直、もう、この部屋で眠れる気がしなかった。ここは、この宿舎は、3人の記憶が強すぎる。

 

 俺は干してあった皮鎧を着込み、置いてあったハルバードを背負った。部屋にある荷物はこれくらいだ。財布などは懐に入っているし、ゴブリン袋も畳んでポケットに入れている。

 

 それらの装備を一通り確認して、俺は宿舎を後にした。

 

 宿舎を出ると、入り口付近にはすでにハルヒロたちの姿はない。そのことにホッとしつつも、俺はあてもなく歩き続けた。とりあえず、宿を探そう。多少割高でもお金にはまだ余裕がある。なんとかなるだろう。

 

 何かから逃げるように、俺はオルタナ中を歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 




 
キクノさんは原作でも出てくるキャラクターです。
男性を毛嫌いしていて、結構な偏見をぶつけてきます。
ただ、偏見込みのそれがイブキにはドストライクに響いてしまった、ということですね。
今話は”イブキの不安定な状態が浮き彫りになる”という話なのですが、上手く表現できなくて申し訳ないです。


 

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