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どうやってオルタナまで帰ったのかは、正直、よく覚えていない。気が付いた時にはもう、オルタナへと戻ってきていたのだ。
ダムローの廃屋で目を覚ましてから、3人の死体をなんとかして担いで森へ入ったのは覚えている。たぶん、義勇兵全てが敵に思えたからかもしれない。今襲われれば、根こそぎ奪われ、殺されるかもしれない。そんな恐怖があったから、異常なほど警戒心のまま、異様に時間をかけて3人をオルタナまで運んだのだと思う。
そうしてオルタナの門に付いて、少し騒ぎになったりもした。まあ確かに、血まみれの男が3人の死体を担いで街に入ってきたんだ。そりゃあ誰だって驚く。
道行く人々がこっちを遠巻きに見るなか、俺は黙々と歩いた。3人を焼いて、墓に埋めるために。すでに一晩は経っているし、時間がないかもしれなかったからだ。そうしてオルタナ北区のルミアリス神殿にたどり着く頃には、周囲はすでに日が暮れていた。
3人を担いだまま神殿内へと進むと、神官服を着た男たちに制止された。まあ俺の姿を見りゃそうなるっていうのはわかっていたけど、彼らはタケシの死体を見て急に顔色を変えた。そして、俺に何も言わずに急いで誰かを呼びに行ってしまった。
一体どうしたんだろうか?
正直、立っているだけでもしんどかった。崩れ落ちないように両足を踏ん張ってはいるが、限界も近い気がする。早く彼らを弔って、倒れ込みたかった。
手続きやらを待っている間、他の神官が俺に魔法を使ってくれ身体中の傷はふさがった。だが、失った血や体力までは回復しない。こればかりは時間が経つのを待つしかない。そのため、倒れこみたいほどの疲労には変化がなかった。
三人を弔うお金に治療費までと出費が不安だったが、いつも使っているポーチに三人の財布やゴブリンから取ったものが大量に入っていたので、なんとかなりそうだった。おそらく、ダムローから脱出する前に回収しておいたのだろう。意識は曖昧でも、そのあたりはしっかりしていたようだ。
治療が終わって少ししたら、なにやら厳つい神官が出てきた。彼は三人の死体を見て痛ましそうに表情を歪ませている。
「なんたることか……!」
いや、彼の視線はタケシ以外の二人を向いている気がした。
「落伍者がおらねば、助かったかもしれぬものを……! このような若い命を失うなど何事ぞ!」
「落伍者……?」
それは一体、どういうことなんだ? 俺の疑問を感じたのか、彼はこちらを一瞥して口を開いた。
「なんだと? 長らくともに過ごしたはずなのに、なにも知らないのか?」
彼は驚いたような、それでいて呆れたような、そして怒りを堪えるような表情で俺を睨んだ。怒りたいのは俺のほうだ。そう返したくなったが、なにも言えなかった。タケシだけじゃない。俺は、マイのことも、シュンのこともなにも知らなかった。
「――このタケシは、正式には神官ではない! 規定修練過程で逃げ出した、愚か者ぞ!」
彼の言葉を、信じたくなかった。だが、なぜだかそれが本当のことだというのが理解できてしまった。
「この少女は見たところ、頭部に溜まった血が死の原因であろう。ある程度の神官ならまだしも、落伍者には治すことなどできまい!」
彼はマイの頭部に手を当て、悲しそうにそう言った。その言葉からは命を散らした若者に対する、深い悲しみが感じられた。きっと、この人も悔しいのかもしれない。
でも、俺は、それどころじゃなかった。
やけに治りの遅い魔法、初めての狩りの際の違和感、マイの治療をせずに逃げ出したこと。それ以外にもいくつもあった不審な点が、簡単につながってしまった。
そして同時に、俺がまったくタケシのことを理解していなかった――否、理解しようとすらしていなかったことを思い知らされた。
そこからは、ただ呆然としているうちに進んでいった。
各種手続きから始まり、焼き場の料金や墓の料金などの説明。すでに焼き場は閉まっているとのことで、明日まで神殿で三人を預かってもらうことにもなった。神殿の神官たちは人間的にしっかりとした人が多いらしく、俺が平静ではないことを察していたようで、最低限で帰してくれたみたいだ。代理でできる手続きはやっておくとも言ってくれた。
そうこうあって、神殿の外に出るころには完全に日が落ちていた。そのくせ空には雲ひとつなくて、赤い月がこれでもかと存在を主張していた。飲屋街のほうからは義勇兵たちの喧騒が聞こえ、1日の終わりを感じる。
正直、これからどうすればいいのかわからなかった。明日はとりあえず、三人を埋葬するという目的がある。だが、それ以降はどうする? 正式な義勇兵ですらない見習いの俺は、どこのパーティーも欲しがらないだろう。ましてや、自分以外のパーティーメンバーを全員死なせた戦士だ。信用されることは、まず、ありえない。
「――イブキ! 無事だったの!?」
神殿の前に佇み途方に暮れていた俺に、聞き覚えのある声がかかる。
「リン、か……」
リン。俺たちのひとつ先輩の義勇兵だ。ショートカットを乱しながらこちらへと走ってくる。言葉と様子から察するに、俺たちが帰ってこなかったことを知っているみたいだ。そして、それで心配をかけていたであろうこともわかる。
だが、彼女とはそこまで親しかったわけじゃない。先日飲み屋へ連れてかれたことくらいしか付き合いはないのだ。だから、ここまで心配してくれる理由はなからなかった。
「昨日帰ってこなかったから、てっきり……」
俺の前までやってきたリンは血まみれの革鎧に驚くが、傷が治っているのを見て安心したようにため息をついている。すでに怪我を治癒してもらったことがわかったのだろう。
彼女は先日の酒代を返そうと思って、宿舎で俺を待っていたみたいだ。それで、帰ってこないことを知って心配していたらしい。なんでも、知り合いが死ぬという経験はまだなくて不安だったとか。
納得はしたが、そんなことをわざわざ説明してくれる彼女の無邪気な様子が辛かった。
「俺は……」
「――そうそう! ハルヒロさんたちも心配してたから、ちゃんと声かけておきなさいよ! 今日は宴会で遅くなるらしいけどさ」
――ハルヒロ。俺はハルヒロたちに、どんな顔をして会えばいいんだろうか。シュンやタケシも、一応ハルヒロたちとは顔見知りだ。マイなんて、ユメたちと同じ部屋に泊まっていた。彼らが全員死んで、俺だけがおめおめと生き残った。
本当に、どうしようもない。
「そうだ! なんならこれからハルヒロさんたちの宴会に――」
「悪い、一人にしてくれ……」
暗い様子の俺を元気付けようとしてくれていたのだろう。でも、そんなリンには悪いが、今は一人になりたかった。
俺はリンの言葉を聞かずに、歩き始める。
「え、ちょ、ちょっと! なによ、その態度!」
だが、気遣いを無下にされたリンは声を荒らげる。当然だろう。でも、今は放っておいて欲しかった。自分自身への嫌悪感が強くて、イライラして、どうにもむしゃくしゃが収まらない。誰かに怒鳴り散らしたくて仕方がなかった。
リンは怒りつつ、でも心配したような表情で俺を見ている。歩く俺の横について、口調だけは不機嫌そうに。だが、足早に歩く俺に並ぶのは難しいようで、リンは半ば無理やり俺を止めようと手を伸ばしてくる。
「ねえってば――」
「――悪い……」
そして俺は、それを手で払った。リンが息を呑み立ち止まったのがわかったが、構わず歩き続けた。どうやら、もうついて来る気はないみたいで、リンの気配はそのまま遠ざかっていく。そのことにほっとしつつも、俺はなにも考えないようにして道を急いだ。
すれ違う人々は血にまみれた鎧姿の俺を一瞥するが、やはり慣れているのだろう。すぐに視線を外して、笑い声を上げながら歩いていく。そんな彼らの姿も、俺を無性に苛立たせた。
義勇兵宿舎に辿り着いた。たった二日留守にしただけなのに、嫌に久しぶりに感じる。部屋の料金は五日ごとに払っていたが、昨日がちょうど更新日だった。ダムローで稼いで、次はもっと長く取ろうとも話していたのだ。そんな話を思い出しつつ、すでに空き部屋扱いになっていた俺たちの部屋を再度借りた。今までは三人で支払っていた分出費が大きく、明日にでもゴブリンから取ったものを売りに行かないと残金が心もとない。
その際、部屋に置いてあって回収してくれていた衣類を受け取る。宿舎の職員は特になにも思っていないようだ。三人いたはずなのに、一人しか帰って来なかった。そんなことは何度も見ているのかもしれない。今はその無感動さが楽に思えた。
部屋に入って、いつもの干し草のベッドに横になる。
明日は三人を弔って、三人の死を一応事務所に報告、その後は戦利品の売却や三人と友好のありそうな人に話しに行くべきだろう。三人の財布にはそれっぽいものもあったしな。
正直な話、自分自身が思ったよりも冷静なことに驚いていた。いや、たぶん今は麻痺しているだけかもしれない。現実味がなくて、三人の死を未だに直視できていない気がした。それでも、こうして思考ができることには感謝するべきなのかもしれない。思考を止めてしまうとなにもできなくなる。
思考の渦に飛び込んでいると、だんだんと意識が沈んでいくのがわかった。眠れないと思っていたが、そうでもなかったみたいだ。俺はそのまま、夢の世界に落ちていった。
*
翌日。日が出てすぐに、俺は神殿へと向かった。
本当は朝のうちにハルヒロたちと話しておきたかったのだが、まだ起きていなかったようなので諦めた。宿舎の職員に聞いたところ、昨夜はだいぶ飲んだみたいで朝方に帰ってきたそうだ。仕方がないだろう。
そして、神殿で三人の死体を受け取って焼き場へと向かい、三人を焼く。その後に墓場へと向かった。
オルタナの外にある墓場。丘の上というよりは中腹あたりにあるあいた場所に、白い布で包んだ骨を埋める。抱えて持てるくらいの大きさの石をその上に置いて、それぞれの名前を刻む。そこに義勇兵の証である三日月の紋章を彫って、赤い染料で着色。見習いでも義勇兵扱いになるようだった。
これらの墓を、隣り合わせで三つ。もっとも、区画ごとに分けられたりはしていないため適当な位置になっている。周辺には同じような赤い三日月の刻まれた墓が大量にある。もっともすでに色が落ちているものも多かった。
ここにいると、丘のてっぺんにそびえ立つ塔が目に入る。俺たちの目覚めた、そして数多の先人たちが目覚めたあの塔。俺たちがあそこから出てきて、まだ一月も経っていなかった。そんな短時間で、あの三人は死んでしまった。……いや、俺が殺したのかもしれないな。
とりあえず、これで三人の埋葬は終わった。本当に、あっけない。焼き場で50カパー、墓石で50カパー。一人あたりたった1シルバーで終わる作業。人が死ぬというのはこんなに簡単なことなのかと、拍子抜けしてしまった。
オルタナのほうから鐘の音が聞こえる。合計7回。午前7時を告げる鐘だ。
これからのことを考えながら、俺はオルタナへと戻るために歩き出した。
シュンの遺品には特になにもなかったが、マイとタケシの遺品には誰かしらの連絡先が書かれたメモがあった。連絡先とはいっても、待ち合わせのメモみたいなものだ。人のプライベートを盗み見るようで申し訳なかったが、その相手には伝えたほうがいいだろう。
マイのは「マライカ 午前8時〜 3日おき」とだけ書かれたメモ。マライカのことは知っていた。花園通り近くにある店だ。マライカさんが切り盛りしている料理屋で、女性客が多い。というよりも、客のほとんどが女性客らしい。ユメが話していたのを覚えていた。そのマライカで、誰かと待ち合わせていたのだろう。
そして、タケシは「天空横丁 マダムス アベリー」というカードのようなもの。天空横丁はいわゆる風俗街のようなものだ。キャバレーから性サービスまで、そういった店々が多く存在する通り。存在は知っていたが行ったことがなかった。というよりも、そんな余裕はなかった。相場こそわからないが、俺は戦士ということもあり、他の三人よりも装備にお金がかかっていた。それは、タケシも同じだったはずだ。
気にはなったが、正直タケシについてはもうどうでもよかった。マイやシュンが死んだのをタケシのせいだけにするつもりはない。そもそも俺がリーダーとして中途半端だったのが原因だ。だが、それがわかっていてもタケシを許せる気はしなかった。
タケシのところは今は考えなくていいだろう。客と店員の関係だろうし、別段知らせる必要は感じなかった。
とりあえず、マイの待ち合わせの人物に会いに行くべきだな。三日おきということだから、何度か通えば会えるはずだ。今のまま一人で狩りを続けるのは難しいだろうし、とにかく今は落ち着いて考える時間が欲しかった。
先行きに不安を感じつつも、俺はやれることをやっていくしかなかった。