チョコのパーティーについては、あとがきにて補足があります。
*
サイリン鉱山での狩りにも慣れてきて、第三層にしばらく通うことで少しずつお金も貯まってきた。
三層に現れるフォアマンとフォロワというコボルドの労働者たちを標的にして、ひたすらに経験値を貯めたのだ。強さはフォアマンたち次第で、フォアマン単体での戦闘能力はもちろん、指揮能力によっても難易度が変わってくる。ただ、どっちにしろフォアマンさえ楽してしまえば、フォアマンの子分であるフォロワたちは敵じゃない。
この狩りは地味にうまかった。この先の四層、五層を見越せるのもいい感じだし、自然と四層、五層が視野に入ってくるのでモチベーションが上がるのだ。
そうして貯めたお金を使って、おれたちは新しいスキルも覚えた。おれは
おれ以外のみんなも各自で新しいスキルを覚えて、パーティーの戦力は大幅に増強された。そのおかげで、第三層での戦闘も格段にやりやすくなった。今日もフォアマンとフォロワを無傷で倒すこともできたし、稼ぎだって割と良かった。ランタが四層に行こうと言い出したりはしたけど、明日に回すと言ったら素直に頷いてくれた。うん、意外だったよな、ほんと。
そして今、シェリーの酒場でメリイと二人で飲んでいる。嫌がられたらどうしよう、とか思ったけど、さいわいなことに杞憂だった。うん、よかった。ランタがいうようにおれは
お酒を飲みながら、メリイと色々なことを話した。宿のこと、おれたちのこと、レンジたちのこと、メリイの仲間のこと。
メリイのかつての仲間たちは、サイリン鉱山で命を落とした。おれたちも、このままいけばいずれそこにたどり着くかもしれない。おれたちだって、仲間を亡くした。それは辛いし、とても苦しい。マナトが息を引き取ったその場所には、おれたちは一度も近付いていない。そんな場所が存在することを、忘れてしまいたいくらいだ。だからこそ、メリイはどう思っているのか、聞いておかないといけなかった。
「――迷惑かもしれないけど」
メリイは自身の覚悟を告げると、最後にそう付け加えた。そんなメリイが、かわいいと感じた。そして、守ってあげなきゃ、とも。実際守れるのか、と言われると、まあ微妙なんだけどさ。
「迷惑なんかじゃないって」
おれは笑みを浮かべて見せた。柄じゃないかもしれないから、頼り甲斐はなさそうかもしれない。でも、少しでもメリイが安心してくれたらと思った。
やばいな、これ。なんとなく、メリイのことを好きになってしまいそうな気がした。ならないけど。
―――だって、おれなんかじゃ、釣り合わないって。
「――そういえば」
おれが自分自身の強力な煩悩と戦っていたら、不意にメリイが呟いた。
「この間の見習い義勇兵って、大丈夫そうなの?」
この間っていうと、イブキたちのことかな? 一つ後輩のパーティーも同じ宿舎だけど、彼らはメリイと面識はなかったはずだ。
おれはあの大きな後輩を思い出し、苦笑い。イブキはしっかりとやっていると思う。四人パーティーって人数的にも難しいと思うけど、他の三人を先頭に立って引っ張っていく姿は少しだけレンジっぽい気がした。レンジほど際立ってはいないけど、なんとなく。いや、レンジがありえないだけなんだけどさ。
確か戦士ギルドに入ったって言ってたし、モグゾーも後輩ができたって少しだけ嬉しそうにしていたのを覚えている。モグゾーほど厚みはないけど、鍛えているのは衣服越しでもわかる。
おれなんかとは違って、すごく男っぽい身体つきだ。グリムガルでの日々で結構筋肉はついたけど、イブキほどではない。羨ましいか羨ましくないかでいうと、すごく羨ましい。おれがああいう風にマッチョだったら、恋愛ごととかにも積極的になれるのかな、とか考えてしまう。たぶん、マッチョになってもおれの性格は変わらないだろうけど。
ランタなんかはイブキのことを生意気な奴だって言ってるけど、見た目からして少し年上っぽいし、なんとなくタメ口でいてくれたほうがしっくりくるんだよな。たぶん、メリイと同じくらいの歳だと思うし。なにより、生意気さでいったらランタのほうが格段に上なのだ。まあでも、イブキはその辺りに気を使っているのか、基本的におれとしか話すことはない。たまにユメやモグゾーとも話すみたいだけど。
「イブキたちが、どうかしたの?」
まさか、メリイはイブキに気があるのかな。そんなことを思ってしまうおれはたぶん、結構、酔っ払っているかもしれない。おれの問いに、メリイは何かを考え込むようにしてから口を開いた。その顔はどこまでも真剣で、少しだけ酔いが覚めた気がした。
「ハル、もしかしたらなんだけど、彼のパーティーの――」
「――すみません! ハルヒロさんですか!?」
だが、メリイの言葉を遮るように、横合いから声をかけられた。おれも、そしてメリイも驚いたようにそちらを見る。そこには魔法使いっぽい装備をしたショートカットの女の子と、不安そうな顔をしているユメが立っていた。ユメが一緒ってことは、ユメの知り合いの子なのかな?
「え、えっと、そうだけど……。いや、どうかしたの?」
ショートカットの子は切羽詰まったように見える。なんというか、焦っているような感じだ。
「あの、イブキたちってどこに行ったのかわかりますか!?」
「え、イブキたち?」
突然出てきたその名前に少し驚く。ちょうど彼の話をしていたところだったし。この子はイブキとどういう関係なんだろう。恋人……とか? モテそうだもんな、イブキって。頼り甲斐がありそうだし、顔だって悪くない。ちょっと怖い顔だけどさ。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃないって。この子がなんの用事なのかを聞かないと。……やっぱりおれ、少し酔ってるのかもな。
「えっと……イブキたちが、どうかしたの?」
「あの、まだオルタナに帰ってきてないみたいで、ユメさんに聞いてみたら、ハルヒロさんなら知ってるかもって」
ユメのほうをちらりと見ると、ユメは相変わらずのぽややんとした雰囲気のまま眉をひそめている。
「あんなぁハルくん。イブキくんも、マイちゃんだってまだ戻ってきてないみたいでなあ。だから、ハルくんは何か聞いてないかなあって」
そう言うユメはやはり不安そうだ。イブキのパーティーの魔法使いであるマイは、ユメやシホルと同じ部屋に泊まっている。ユメがやや強引に誘った結果だ。でも、ユメの言い分もわかった。このグリムガルで、たった一人で朝を迎えるなんてこと、女の子には厳しいことかもしれない。
ユメが言うにはこのショートカットの女の子はひとつ後輩の義勇兵みたいだ。イブキにお酒のお金を立て替えてもらったらしくて、それのお礼がしたかったらしい。でも、宿舎で待っていても帰ってこないから、顔見知りだったユメに尋ねてみたとか。
男のほうとは沐浴部屋で会って挨拶されたりはしてけど、女の子のほうは初めて見る。確か二人いるという話だったから、彼女はそのうちの一人なのだろう。
それにしても、イブキたちが帰ってきていないって、どういうことなんだ? ダムローに行き始めたってことは聞いているし、今日もダムローへ行ったんだと思う。でも、ダムローって一時間弱あれば辿り着く距離にあるし、向こうで野営なんて危険なこともしないはずだ。
「いや、宿舎にいないなら居場所はわからないけど……。イブキたちはダムローに行くって言ってたから、もう帰ってきててもおかしくない時間だよな」
サイリン鉱山での狩りを終えたおれたちが帰ってきてから、すでに相当な時間が経過している。それなのに帰ってこないってことは、何かがあったと考えるべきだろう。
誰かが怪我をして移動ができないとか、もしくは、全滅――。
「……っ」
最悪の事態を考えても、マナトの時ほどの衝撃はない。いや、マナトの時もことも正直言って現実味はないんだけどさ。万が一、今の仲間たちの誰かが死んでしまったら、こうも冷静ではいられないと思うけど。
事実かどうかわからないってこともあるけど、やっぱり、別のパーティーのことだからなのかもしれない。薄情なのかもしれないけど、マナトの死というものを経験したことで、こうした別れだってあるんだということを刻み込まれた。
でも、仮にそうだったとしたら、この子になんて言えばいいんだろう。
「あ……」
そして、彼女もその可能性に思い至ったんだろう。複雑そうにして、うつむいてしまう。
「あ、えっと……向こうでなにかあって、帰ってこれないだけかもしれないしさ。今はとにかく、待つことしかできないと思う」
我ながら、曖昧な言い分だ。はっきりと可能性を提示してあげることもできたけど、やっぱり、それは勇気がなかった。
「一応、所長に話を聞いてみるのもいいかもしれない。義勇兵の情報なら、所長のところにも集まってくるから」
俺の答えに補足するようにメリイがそう言う。彼女も仲間の死というのを経験したこともあるから、動揺はないみたいだ。というよりも、イブキたちとは顔見知りってほどに親しかったわけでもないし、当たり前か。
「それなら、おれも一緒に行くよ。イブキたちのこと、気になるし」
「ユメも行く。マイちゃんのこと心配で、あんまり寝られそうにないしなあ」
メリイの言葉の先も気になったけど、それはまた今度で良い。まだまだ時間があるんだし。夜ももうだいぶ遅いから、明日に備えてメリイとは解散することにした。メリイはやはり何かを言いたそうにしていたけど、今はとりあえずイブキたちの情報を聞きに行かないと。
「それじゃあ、また明日」
「ええ、また明日」
メリイと挨拶を交わして、おれたちはシェリーの酒場を出る。今日も、月は赤かった。
「見習い義勇兵の情報?」
ブリちゃんのねっとりとした視線を感じて、身体中に鳥肌がたった。舐めるように男を見るのは、正直やめてほしい。
「そう……です。あの、イブキっていう戦士のパーティーのこと……なんすけど」
「義勇兵ならまだしも、見習い義勇兵のことねえ」
ブリちゃんは真っ黒な唇をぺろっと舐めて、ケツアゴに手を当てる。一応ここに来た経緯は簡単に話した。イブキたちがダムローへ行ってから帰ってきていないということも。
ブリちゃんの視線がショートカットの子――リンという名前らしい――にちらりと向いたのは気のせいではないだろう。
「ま、特になにも情報なんてないわね。ダムローがなにやら怪しいって話しは聞くけど、それくらいかしら」
「え、ほ、本当ですか……?」
リンが驚いたような、そして気落ちしたように呟く。おれとしては、まあ想像通りだった。ユメのそのあたりはわかっているのか、なにも言わない。
「私が嘘を付く意味なんてないじゃない」
ブリちゃんはそう言って呆れたようにため息をついた。多分今のは、意味さえあれば嘘をつくということだろう。
「――そういえば彼って、余り者だった子たちのためにもう一つのチームの子たちの誘いを断ったみたいね」
不意に、ブリちゃんがおれを見て口を開いた。
「もう一つの子たちはこの前義勇兵になれたみたいだけど、彼はまだ難しそうね。仲間が
マナトと似ている、と言いたいのだろうか。ブリちゃんはマナトのことをある程度は評価していたように思う。そして、この口ぶりからはイブキのことも。でも、イブキの仲間が
「まあ、また明日にでも来てみたら? 帰ってくるにしても来ないにしても、今日中にはなにもわからないわよ」
ブリちゃんの言葉は正しい。イブキたちのことは気にはなるが、おれたちにはどうすることもできないだろう。仕方なく、おれたちはこのまま帰ることにした。リンはやはり不安みたいだ。表情が優れないようだ。でも、おれには気の効いたことは言えなかった。
「あと、一応忠告はしておくわ」
帰り際、ブリちゃんが口を開く。思わず振り返るが、ブリちゃんの目は全てを見透かすような、冷たい目をしていた。
「万が一にでも、助けに行こうなんて思わないことね。自惚れの代償は、高くつくわよ」
助けに行く。その考えが出てこなかったと言ったら嘘になる。でも、すぐにそれは自分の中で否定した。おれたちはまだまだ新米のへっぽこ義勇兵だ。そんなの考えること自体がおこがましいし、行ったところで二の舞になるのがオチだ。おれも、そしてたぶんリンも、誰かを助けたいと思うには圧倒的に実力が足りなかった。
ブリちゃんの言葉になにも言えず、おれたちは微妙な雰囲気のまま事務所を後にした。結局、今はこれ以上はどうすることもできないので、明日また聞きに行こうということでリンとは別れた。
夜はちゃんと眠れるのだろうか、明日の四層突入はどうするべきか。そんなことをいろいろと考えてしまったけど、答えなんて最初から出ていた。ランタにも言ったことだし、明日は四層に突入する。
今のおれたちなら大丈夫だと、そう思えた。イブキたちのことは気にはなるけど、おれにとって一番なのは、仲間たちのことだ。だから、明日になったらイブキたちのことは考えないようにする。無事にオルタナに戻れたら、その時にまた考えればいい。
おれはそんなことを考えつつ、それでもどこか、なんとなくだけど、イブキなら大丈夫な気がした。
*
仲間が初めて大怪我をした日、私は荒れた。今までろくに飲んだこともないのに、たくさんのお酒を煽った。もしチョコがいなかったら、変な人に連れていかれていたかもしれない。幸いというかなんというか、知らないうちにイブキに絡んでいて、おかげでそういった心配はなくなったけど。
あの時のことを思い出そうとしても、お酒のせいで記憶が曖昧になっている。それでチョコにその時のことを聞いて、少し後悔した。酔っ払ってイブキに絡んで、延々と愚痴を聞かせて、そのうえお代を立て代えてもらって、挙句おぶられて帰ったらしい。本当に私はなにをしていたのだろうか。
そんな感じであの時のことを覚えていないにもかかわらず、あの生意気な後輩を信頼している自分がいる。本当に、訳がわからない。
まあ、そういうこともあって、私はイブキにお礼と謝罪をしようと思っていたのだ。その矢先に、彼らが行方不明。
昨夜のことを思い出して、私は思わずため息をついてしまう。森での狩りを終えて宿舎で待っていた私は、たまたま出会ったユメさんに聞いてみた。イブキたちを見てないかってことを。
結局ユメさんは知らなくて、その後ハルヒロさんに聞いても居場所はわからなかった。おそらくまだダムローにいるのではないか。そして、もしかしたらそこで――。
そういったことだけは、知ることができたけど。
それは決して、ありえない話じゃない。イブキたちよりも経験のある私たちでさえ、罠に嵌められて瓦解した。怪我人だけで済んだのは、本当に運が良かったのだと思う。それよりももっと経験の少ないイブキたちなら、万が一ということは考えられる。
現状神官のいない4人パーティーで狩りを続けている私たちは、森のゴブリンでさえ倒すのがやっとだったのだ。
戦士で
回復役がいないという不安要素はあったにしても、マツとクザクの二人で一体を倒すのが限界だった。今日の帰り道なんかは、戦線を安定させるためにもう一人戦士を誘うべきかどうか、真剣に話し合ったほどだ。
それなのに、イブキのパーティーはイブキがリーダーで、
正直、心配だった。顔見知りが死んだりとかは、まだ経験したことがない。経験したくもないけど、いつかはそういう時もやってくるんだと思う。でも、それでも、今じゃなければいいとは思った。
森でのゴブリン狩り(狩りと言えるほど倒せたわけじゃないけれど)を終えて、私は沐浴部屋で汗を流し、ハルヒロさんたちを待っていた。
今日も一緒に所長のところへ行こうという話になっていたのだ。でも、もう日が落ちているのにハルヒロさんたちは帰ってこなかった。まさか彼らも、と思ったが、なんとなく違う気がした。案の定、ユメさんとシホルさんは一旦宿舎に帰ってきていたみたいだった。
聞いた話だとなんでもサイリン鉱山で大物を倒したらしく、酒場で盛り上がっているらしい。薄情な、と思わなでもない。でも、これが普通なのだろう。ハルヒロさんたちも自分たちのことで精一杯なのだ。いちいち後輩のことを気にする余裕はないのかもしれない。
だから私は、一人で事務所へ行くことにした。チョコも行きたがっていたけど、慣れない四人での狩りに疲れているようだったので、半ば無理やりに寝かせてきた。
イブキたちが昼間のうちに帰ってきていないのは、はっきりとしている。
宿舎の人に聞いてみたけど、まだイブキのパーティーは戻ってきていないと言われたのだ。宿舎の宿泊料も払われていないので、すでにイブキたちのいた部屋は空き部屋扱い。中にはほとんど物がなかったみたいだけど、数点残っていた衣類は宿舎の人が預かっているとのこと。よくあることなのか、宿舎の人も淡々としてた。
そんなことを考えつつ歩いていると、すぐに事務所に着いてしまった。正直言うと、所長は少し苦手だった。生理的にもそうだし、あの鋭利な雰囲気が苦手なのだ。だから、イマイチ入る勇気が出ない。
そうやって、どれくらい事務所の前で佇んでいたのだろうか。
不意に、事務所の扉が開いた。
「――あら、昨日の子じゃない」
そして中から、所長が出てくる。いつも通りの濃い目のメイクが、ちょっと目に辛い。もちろん、表情には出さないけれど。
「あの、イブキたちって――」
「――ああ、
所長は思い出したようにそう言う。本当に、なんでもないことみたいに。私はイブキが帰ってきたということで、少しだけ嬉しくなった。でも、続く所長の言葉にそんな思いもかき消された。
「たぶん
*補足*
原作では、3巻の時点でチョコのパーティーは合計6人でした。
ですが、今作では今の所まだ5人パーティーで、戦士1人を募集しようかどうか検討中という設定です。
時系列的にはまだ2巻終盤あたりなので、ここから原作3巻相当の時系列までにチョコたちは6人パーティーになる予定でもあります。
その点、ご了承ください。