動物のようなしなやかな動きで、彼女は同じレヴォルフの学生服を着た不良たちを叩き伏せている。夏だというのにまかれたマフラーが宙を舞う。着崩した制服の下にはアンダーウェアなしという奇抜な格好だ。
今日のようにたくさんの人で賑わっている中でやれば嫌でも目立つ。だが彼女はそんなことも気にも留めずに、自分に襲い掛かる不良を素手で薙ぎ倒していた。
時に蹴り、殴り、投げる。周りになんて配慮していない。
レヴォルフ黒学園序列三位《
「ったく、しつけーんだよ、おめぇらは。今時お礼参りなんざ流行らねぇっての」
「う、うるせぇ! それはうちの面子が立たないんだよ!」
《鳳凰星武祭》二日目にしてイレーネは早々に問題行動を起こしていた。決闘同然の喧嘩である。
《星武祭》当日にはたくさんの客人が集まる。それは星脈世代も一般人も関係なく、世界一の観光都市として最も賑わう日なのだ。メインストリートはもちろんのこと人の波が出来るのだ。そんな中で星脈世代が決闘などしたら、甚大な被害が出る。そのために決闘は禁止されている。
なのに平然と決闘まがいの戦闘を繰り広げている。彼女も《鳳凰星武祭》にエントリーしている身、下手をすれば失格になる恐れだってある。
「たかだかカジノの一軒や二軒潰したくらいで了見の狭い連中だなぁ、おい。元はといやぁ、そっちのイカサマが原因だろうに。大体あんまり勝手が過ぎると、あの子デブに怒られるぜ?」
カジノの一軒や二軒と言っているが、不良たちには稼ぎに使う場所だ。報復は仕方ないのだが、それにしてもイカサマはよろしくない。それに元は違法カジノだ。イカサマなんぞして叩き潰されたのなら自業自得だろう。利用している方も悪いことに変わりはないが。
「あんなクソ会長のことなんざ知ったことか! オレたちにゃオレたちの―――」
「あーもう、うぜぇ」
イレーネは腰の引けた男が何かを言い終わる前に、回し蹴りが叩き込まれ男は崩れ落ちる。それを冷たい目で見送るとイレーネは大きく息をついた。
そして見世物になっているのが気に食わないのか、イレーネは周りに向かって一喝した。
野次馬は彼女の周りにたかっているため、それらをぐるりと見渡したイレーネには一人の少年に視線が固定される。
「ぁん?」
鋭い視線が一見冴えない少年に突き刺さる。そして何か思い出したようにイレーネが凶悪そうな笑みを浮かべた。
「へぇ……やっぱり《叢雲》じゃねぇか。こりゃいい、手間が省けそうだ」
凶悪そうな笑みを浮かべたまま綾斗に近寄り、値踏みするかのような視線で彼を見る。
敵意のない行動に綾斗はされるがままだ。隣にいたパートナーのユリスは、少し不快そうに眉をひそめている。
そして少し時間が経つとイレーネは嘲るように笑う。彼女からしてみれば、こんな冴えない男が星導館学園の序列一位になれるほど強いと感じていなかったのだ。
「ふん、これがねぇ……」
「私のパートナーに何か用かな、《吸血暴姫》」
嘲るよ撃ったイレーネに、今度こそユリスは噛みついた。自分の大事なパートナーをコケにされて、黙ってられる程このお姫様は寛容ではない。
礼儀のなっていないような行動に彼女は我慢がならなかったのだ。
「―――《華炎の魔女》か。あんたにゃ用はねぇ、すっこんでな」
「そうはいかん。《星武祭》の開催期間中、それもこんな人ごみの中で乱闘なぞやってのける輩など、危険極まりないからな」
イレーネの物言いは火に油を注ぐ結果となった。そしてユリスの放った言葉はイレーネを不機嫌にさせるには十分だったようだ。その証拠にイレーネの笑みは消え、その目が細まった。
「あれは向こうから吹っかけてきたケンカだ。別にあたしから仕掛けたわけじゃねぇ」
「だとしてもこんな場所で応戦するのはありえんだろう」
ヒートアップしていく論争。周りに不穏な空気が流れ始める。周りの野次馬もそれを察したのか徐々に距離を取り始めた。
相対しているのは星導館序列五位とレヴォルフ序列第三位だ。二人ともこの《星武祭》の出場者であり、各学園の《冒頭の十二人》だ。マークもされているだろうし、その驚異的な力も知られていて当然だ。危険を感じるのも無理はなかった。
「ちょ、ちょっとユリス……!」
綾斗も一触即発の空気になったことを重く見て、ユリスに声をかける。ユリスはその声で冷静さを取り戻したようだが、イレーネの方はそうもいかないらしい。
「おもしれ―。じゃあ、あんたならどうするのか、教えてもらおうじゃねぇか!」
「―――ッ!?」
イレーネはそう言って腰のホルダーから煌式武装を取り出して起動させる。それは身長を優に超える大鎌であり、刃の色も雰囲気も不気味で禍々しい。
綾斗とユリスは彼女が敵意を剥き打足に巣と感じた途端に、瞬時に距離を離していた。それにイレーネは感心する。ユリスはもちろん瞬時にこちらに対応できると踏んでいたが、綾斗がユリスより早く動いたことに少なからず驚いていた。
「へぇ、思ったよりいい反応だな。なるほど、やっぱり人ってのは見た目にゃよらないもんだ」
「あれが……《
綾斗は喉を鳴らした。
彼としては純星煌式武装の起動体を見るのはこれが二度目となる。《黒炉の魔剣》は禍々しさなど一切感じないのに関わらず、《覇潰の血鎌》は顕著にそれが感じ取れていた。それが彼にとっては驚くことだったのだ。
重力を操る純星煌式武装。誰に対しても高い適合率がでるが、扱いが難しい。これまでに使ってきた者の中で、使いこなせた者は皆無だろうとすら言われるほどだ。
イレーネが使いこなせているかは彼には分らないが、ともかく今はここから引くことが先決だ。
「引くぞ、綾斗」
「……わかってる」
「へぇ、こういう時は逃げるのがあんたたちのやり方ってわけかい。賢いねぇ」
イレーネがケラケラと笑うが、それも鳴りを潜める。目が凶暴な光が宿り、《覇潰の血鎌》に埋め込まれたウルム=マナダイトも妖しい光を放ち始める。
「ま、それも逃げられればの話だけどな」
寒気のするような殺気が場に放たれる。
気を抜けば首が飛ぶであろうと思わせるほどに場の空気は重く、周りにいた野次馬もその空気に潰されなように気を強く持とうとしている。
「……おい」
「あ?」
ユリスと綾斗、そしてイレーネがどこか聞き覚えのある声のした方に、イレーネの真後ろに視線を向けた。
そしてイレーネは驚愕したことだろう。何故なら振り返った目の前に、銃口が迫っていたからだ。それにイレーネは慌てて躱そうとするが、それより先に引き金が引かれる。
放たれた弾丸をイレーネはどうにか《覇潰の血鎌》で防ぐが、甲高い音と共に鎌が手から弾かれた。余りの衝撃でイレーネの手は感覚がなくなるほどに痺れていた。
二十五式煌型拳銃オックスアイ。彼の持つ拳銃型煌式武装の中では最も大きい衝撃力、攻撃力を持つものだ。
《覇潰の血鎌》はイレーネ足元に突き刺さり、やがて星辰力が足りなくなったのかその禍々しい刃を消し去っている。
「お前、プリシラから言われたはずだよな? 暴れるなと」
いつの間にかイレーネの後ろにいたユリエルが底冷えするかのような声は、周りをさらに警戒させるには十分すぎた。
なにせ彼が纏っている制服は星導館のものだ。今の状況でイレーネに向けて発砲したとなると大事は避けられなくなる。少なくとも義兄妹であることを認知している二人以外はそう感じたのだろう。綾斗とユリスも状況の確認を図っている。
対してイレーネは冷や汗が絶え間なく背中を流れていた。
ここ最近感情が豊かになっていた義兄にイレーネは喜んでいたが、それは当然彼女が怒られるという事態が増えるということを意味するのだ。
「え、えぇと、その……」
だがどうにも歯切れが悪い返事、その弱腰の姿勢に周りの空気が固まった。目の前にいる少女が、先程喧嘩を吹っ掛けようとした人物と同じなのかわからなくっていたのだ。
周りが唖然としていると、イレーネと同じ髪色をした少女がすごい剣幕で人込みを割って入ってきた。
「こらぁ―――――っ!」
今度は場違いな声が響く。純粋そうな声、温和そうな顔は怒りで少し歪められているが、それは確かにこの剣呑な空気であったこの場には似つかわしくないものであった。イレーネとユリエルの妹であるプリシラだ。
「お姉ちゃんてば、また勝手にケンカして! あれほど大人しくしていてって言ったのに、もう!」
制服はイレーネと同じレヴォルフ。
だがプリシラが星導館の味方をしている状況に、周りは目を白黒させるしかない。ユリエルが来てからも少しはあった重い空気は完全に消え去り、もはや周りはこの進行のペースについていけていない。
イレーネの顔は既に真っ青だ。
「げっ、プ、プリシラ……!」
「いつの間にか姿が見えなくなってるかと思えば……どうしてこんなことになってるの? 説明して、お姉ちゃん!」
「い、いや、それはだな……」
どんどん噛みついてくるプリシラにイレーネもたじたじだ。
ユリエルに怒られると恐怖が勝るというか、むしろ恐怖しか感じない。だがプリシラは逆に全くと言っていいほど怖くはないが、罪悪感がひどい。両極端すぎてどちらに対しても、何も言えないのがイレーネであった。
そしてプリシラは地面に落ちている《覇潰の血鎌》を見てさらに眉を吊り上げる。
「しかも純星煌式武装まで展開して! お兄ちゃんが来なかったらどうする気だったの?」
周りは何も話さないし、話せない。何がどうなっているのか理解できていない。
イレーネはプリシラの剣幕、そしていまだ降ろされていないユリエルの銃口に何もできない。悪いのは自分だと理解しているからだ。
つい先日釈放されて、そのあと家に帰ってすぐに説教を喰らって次の日にまた乱闘だ。弁解の余地はない。
ユリスと綾斗も周りと同じように唖然としてその光景を見ていた。何より驚いたのはユリエルのことだが、なにより射撃を受けてからのイレーネの反応からもうすでに頭が追い付いていない。
だがプリシラはそれに気づいたようで、慌てて頭を下げてくる。まず先に謝ることを忘れていたようで、罪悪感を感じた表情で謝りはじめた。
「すいません! うちのお姉ちゃんがとんだご迷惑を……!」
「ああ、いや、別に……」
姉のしたことに対して健気に謝るプリシラに、綾斗もユリスも完全に毒気を抜かれてしまっていた。ユリスはプリシラの言葉に微妙な返事しか出来なかった。
それをプリシラは悪く受け取ったのか、イレーネの頭に手を添えて深々と頭を下げた。
そしてユリエルがプリシラに連れていくように促すと、もう一度頭を下げてからイレーネの手を引っ張って人混みに消えていった。
「悪いな、愚妹が迷惑をかけた」
「あ、いえ……」
ユリエルが呆然としている綾斗とユリスに軽い謝罪をした。それにまたもや微妙な返事で返す。まだ気が動転しているようだ。
「あの、さっきの《吸血暴姫》とはどのような関係なのですか?」
ユリスがイレーネとプリシラとの関係をユリエルに聞いてくる。今のユリスにはユリエルとイレーネたちとの会話を思い出す暇がないほどに混乱している。
だが兄妹だということにしても、顔立ちも髪色も違うとなると何か別の関係がありそうに思うのは当然だろう。
「……義理の兄妹だな」
「……え?」
ユリエルは悩んだように間をあけてからそう答えた。これはユリエルだけでなく、彼女たちの問題でもあるのだから、彼の独断で話すわけにはいかなかった。
だがそのことに気にする余裕もなく、またしても驚きの表情を作った。基本無表情の長男に、手間のかかる長女、それの世話を焼く妹。こんな奇天烈な兄妹があるだろうか。
まぁつまりはユリエルに兄弟がいるとは思えなかったので驚いたのだ。
「チッ、鼻のいい……」
綾斗とユリスが驚いている間にユリエルは何かを嗅ぎつけ、舌を打った。彼の視線は衆目の外に注がれている。彼が感知したのは二人組の男性だ。だが問題はその制服にある。
「星猟警備隊だ。聞きたいこともあるだろうが後で話そう。さっさと行け、捕まると面倒だ」
「いや、でも俺たちが何かをしたわけでもないんですし」
「言いたくはないが、警備隊の連中は融通がきかん。この惨状を説明して納得させるのに、どれだけかかることかわかったものではないぞ」
ユリスの返しに綾斗は周りを見渡した。そこには無数の不良たちが気絶して転がっている。そしてこれは時間がかかると納得した。確かにこの状況なら、まず自分たちが真っ先に疑われるだろう。
しかもユリエルは実際に発砲しているのだから更に危ない。
「そういうことだ。逃げるなら路地の角を曲がってから屋上に上がれ、大抵はそれで振り切れる」
まるで幾度となく警備隊を巻いてきたかの物言いだ。そしてすぐに人混みに紛れて消えていく。
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