黒鳥答索   作:鬼いちゃん

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二巻? 前回で終わりですよ?


Ambiguity

「なに? イレーネが捕まった?」

 

 放課後、空間ウインドウから聞こえたプリシラの声に、ユリエルは低い声で返した。彼は己の声に怒気がこもっているのに気づいていない。だが聞いているプリシラは別だ、ユリエルがキレていることに気付いたのか少し委縮した。

 

『うん、ちょっと前に歓楽街(ロートリヒト)のカジノで暴れたんだって……』

 

「はぁ、またか……」

 

 ユリエルは手で顔を覆った。そう、またである。イレーネは歓楽街に足を運んではカジノで暴れて捕まり、レヴォルフの懲罰室の牢獄に投獄されることが何度かあったのだ。

 これにはユリエルもほとほと呆れ果てた。

 

『え!? お姉ちゃん? 何でもう帰ってきてるの!?』

 

『え!? ってなんだよ!? 帰ってきちゃいけないのかよ!?』

 

『そうじゃないけど……、だってまだ入ってる筈じゃ……まさか脱獄してきたの!?」

 

 画面越しに姉妹が話し合っている。

 どうやらなぜかイレーネが帰ってきた様だった。流石に出てくるのが速すぎるのか、プリシラも脱獄を疑っている。だがそうでもないようだった。

 

『ディルクの野郎が依頼を受けるなら牢から出してやる、なんて言いやがったからそれを受けたんだよ』

 

「ほぉ……? その依頼って言うのは?」

 

 先程まで空気に徹していたユリエルは、それを聞いて声を上げた。そこでイレーネはプリシラがユリエルと話していることに気付いたようだった。

 それにイレーネは冷や汗を流し出す。プリシラとユリエルが話していたとなると、自分が何をしたかがばれたということだ。

 ユリエルの声がいつもより低いのは気のせいではないはずだ。

 

『ええと……、《鳳凰星武祭》で天霧綾斗を潰せってさ』

 

「ああ、《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》か……」

 

 依頼内容を聞いたユリエルは一人納得する。

 ディルクが今、目の敵にしているのが綾斗ではなく、《黒炉の魔剣》であることは予想がついた。ユリエルもまた、《黒炉の魔剣》の力にも理解を示していたからだ。

 綾斗の姉であろう天霧遥、彼女が使いこなしていた《黒炉の魔剣》はそれほどまでに驚異的だ。ユリエルも《蝕武祭》でそれを見届けている。

 

『兄貴……、その《黒炉の魔剣》ってのはそこまで強いのか?』

 

「ああ、天霧綾斗は持て余しているだろうが《黒炉の魔剣》自体のポテンシャルは高い。使いこなすようになれば、奴からすれば驚異的だろうな」

 

 ”触れなば熔け、刺さば大地は坩堝と化さん”とすら謡われた純星煌式武装だ。仰々しくも思えるが、それほどまでに強力なものであることは確かだった。

 煌式武装では焼き切ってしまう防御不能のの純星煌式武装。それが《黒炉の魔剣》。

 策謀ディルクも警戒するほどだ、相当だろう。

 

「まぁ、俺が教えられるのはそれ位か。そろそろ俺も用事があるからな、切るぞ」

 

『お、おう。またな』

 

 ユリエルも既に星導館学園に所属している身であり、義妹であろうが迂闊に情報を漏らせないのだ。それをイレーネも理解しているのか、深く追及してくることはなかった。

 それ以上にここで話が終わってくれることに安堵を感じていた。何故なら先程までユリエルは怒っていたのだから。

 

「ああ、説教はプリシラがやってくれるだろうから安心しろ」

 

 だがそれを見越していたのか、ユリエルが最後にそう言って通話を切った。イレーネがそれに唖然としていると、プリシラがイレーネの肩を叩く。それに対して壊れたおもちゃの様にイレーネは首を回した。

 マンションの明かりが消えるには少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 そして通話を切ったユリエルの対面には、茶髪の女性が座った。何時かとほぼ変わらない格好をしたシルヴィアだ。

 場所はいつもの喫茶店でありカウンターでグラスを磨いていた店主も、彼女が来ると紅茶を用意しだしていた。常連であるが故に、もはや言葉を必要としていない。

 今日は彼女から少し込み入った話があるらしく、ここに集合している。

 

「久しぶり。元気にしてた?」

 

「ああ、特に変わったこともなかった。そっちもライブ、ご苦労だったな。疲れてるだろう? 明日に回しても構わなかったのだが……?」

 

 シルヴィアは一昨日まで欧州ツアーの真っ最中で、つい昨日帰ってきたばかりなのだ。疲労もたまっているだろう。ユリエルとしても、無理をさせるのは忍びないと感じていた。

 

「それはうれしいけど、明日から《鳳凰星武祭》だからね。生徒会長だから出れるときは出ておかないといけないし。それだとあまり時間が取れないからね」

 

 シルヴィアはそう言ってはにかんだ。心配されたことは素直に嬉しいと感じているようだった。

 実際、原則的に各学園の生徒会長は開会式、閉会式には出る事になっているため、開会式のある明日は彼女と会うことは難しいだろう。それに、この期間中もうまく利用して人を探すようだ。

 

「ペトラさんからも話があると思うけど、今年ある《BC》についてだね」

 

「ああ、もうあと二カ月になるのか」

 

 《鳳凰星武祭》の開催は八月、《BC》の開催は十月となる。すでに二カ月を切っているが、タッグパートナーとしての練習は行っていない。そろそろ練習に入ってもいい頃合いだろう。

 《星武祭》ではない催し物だ。しかも他校との生徒でタッグを組むことなど殆どないのだから、《星武祭》にも負けない盛り上がりになる筈だ。だからいくら《王竜星武祭》のファイナリストとのペアと言えど油断は出来ない。個人戦で強くともタッグマッチともなれば話も変わってくるだろう。

 

「うちには入れないから、キミのトレーニングルームを貸してもらうって話になると思うんだ。多分これも見込んでペトラさんは《冒頭の十二人》になるように指示したんだと思うけど」

 

 《冒頭の十二人》に与えられるトレーニングルーム。《冒頭の十二人》に上がると様々な特典、褒賞が付く。その一つがトレーニングルームだ。他には寮の個室などが与えられる。

 

「まぁ、妥当か」

 

 幹部に上がるような有能な人物だ。それ位してのけるだろう。

 如何に至高の歌姫としての名声を損なわせずに、《BC] で優勝できるか。それを最優先にした結果がこの方法だったということだ。

 綾斗にはインパクトで負けたかもしれないが、それでも実績はどんぐりの背比べだ。ユリエルも転入初日ということもあるから、一存に負けたとはいいがたい。

 だがどうにも、ユリエルは《BC》以外に何か思惑があるように感じられた。企業の利益から外れた何かがあると感じたのだった。

 今の時代、昔居たような権力にはびこる蛆虫なんてものは既に存在しないのだ。私欲が、我が強すぎる者は総じて幹部には昇進できないようになっている。

 高度な精神調整プログラムによって、我欲はほぼなくなったものでしか幹部には到達できない。ある意味、企業財体に奉仕するだけの人形ともいえるだろう。

 

「転入初日で《冒頭の十二人》入り、護衛対象も健在、後は《BC》での優勝か……

 そろそろお前との契約も終わるんだな」

 

「なに? 寂しいの?」

 

 どこか詰まらなさそうにしているユリエルに、シルヴィアが意地悪そうに笑みを浮かべている。

 約半年にわたる長期契約の依頼だったが、ユリエルはそれがとても充実したモノであったと記憶している。

 ああ、とても充実していた。迷い人である自分が何か見つけられたような気がするのだ。常に自分の傍らにあった虚無感が和らいでいる。彼女と共にいれば虚無感がなくなるのだろうか。

 世界で己を見つけられず、ひたすらに周りに流されて闘い続けてきた。数え切れないほどに物を壊し、たくさんの者を殺した。それが自分を見つける為になると思って戦っていた。決して信じていたわけでは無かったが、それしか他に方法を知らなかった。

 

「あぁ、そうだな。今は満足とまではいかないが、充実していると感じている」

 

 以前のデート以降、感情を表に出してくるようになったユリエルに、シルヴィアは内心驚いていた。契約を結ぶ時に顔を合わせた時など眉一つとして動かさなかったのだ。失礼ではあるがまるで能面のようで、何を考えているかわからず質問に淡々と答えるだけ。まるでそこらの擬形体と話しているかのような気分だったのだ。

 それが確かに自分の前では笑みを浮かべるにまで至っている。それはとても彼女にとって嬉しいことだった。

 

「ふーん、それならキミには朗報かな?」

 

「なに?」

 

 何処か安心したような、穏やかな微笑みを浮かべるシルヴィアに、ユリエルは首を傾げた。それに今度は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「護衛期間延長だってペトラさんが言ってたよ。なんでもベネトナーシュで何かきな臭いものを掴んだって言う情報があってね、それを警戒してってことだと思うんだ」

 

 ベネトナーシュはクインヴェール女学園、及び《W&W》の保有する諜報機関だ。優れた情報操作能力を持つ、まさしくアイドルを育てるクインヴェールには打ってつけというわけの存在だ。その存在が尻尾すらつかめなかったということは、それなり以上に脅威になるということだろう。

 

「成程、結構厄介なことになったんだな」

 

「うん、そういうわけで護衛、続けてもらえる?」

 

「あぁ、任せておけ」

 

 ユリエルはその依頼を受けると言った。

 自分は何の為に闘っていたのか、何が理由で強くなったのか、何を求めて生きていたのか。

 迷い続けてきた答えが見つけられると、彼は感じていた。




この作品は六巻からが本番
それでまだ三巻の途中。死にそう

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