黒鳥答索   作:鬼いちゃん

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二巻はまるで書くことがないから無理やり詰め込んみました


Prescription

 放課後、ユリエルはいつもの喫茶店による為に正門を出ようとしていた。正門周辺では結構な数の生徒が何かを取り囲んで、興味深そうにそれを見ていた。よく見れば中心には三人の人影があった。何かめんどくさそうな雰囲気を感じとったユリエルだったが、その三人はユリエルに気付いてしまったようだ。

 

「あら、こんにちは。ユリエル先輩」

 

「やぁやあ、ユリエルくん。お久しぶりー!」

 

「お久しぶりです。ユリエルさん」

 

 正門前には三人の少女がユリエルに向かって手を振っていた。そのうち二人は違う制服を身に纏っていた。校章は「昏梟」、アルルカント・アカデミーの学生である。他学園の生徒が居れば、それは学園の生徒は不思議がるだろう。

 そしてそれを見た彼は何故彼女たちがここにいるのかを察した。前回のサイラスの件だ。

 アルルカントがサイラスを使って生徒を襲わせたことは重大な星武憲章違反であり、公表すればアルルカントは処罰され、評判に傷がつく。だがそれだと星導館に旨みがないのだ。ならばアルルカントに取引を持ち込んだ方が利口だ。

 金と利益で動く社会だ。これ位は当然のことだった。

 

「お三方は既に面識がおありで?」

 

「ああ、便利屋での依頼でな、擬形体の耐久調査やらをやらされたことがあった。つい最近に似たようなものを見た記憶があったが……、気のせいか」

 

「え、ええ……、気のせいでしょう」

 

 ユリエルの煽るかのような口ぶりに褐色肌の少女、カミラ・パレートは冷や汗を流しながらそう答える。彼女からすればユリエルは底の見えない男であった。

 ユリエルの言う擬形体の耐久調査。カミラともう一人の少女、エルネスタ・キューネはある目的の為に擬形体の耐久度、及び戦闘データをとる必要があった。それも基礎となるものがであり、アルルカントの者だけでは足りなかった。そこで耐久調査と銘打って戦闘データを取得するアルバイトのようなものを行ったのだ。その時だ、彼が来たのは。

 

『ああ、その戦闘データは好きにしていい。それは契約に入れてなかった』

 

 戦闘データを密かに取っていたことがばれていた。それも心底くだらなさそうな目でそう言った。自分のデータが取られたことに危機感すら覚えないその姿に彼女は心底恐怖した。天下のアルルカントだ。全て解析されても可笑しくないというのにその態度、その程度でいいならばいくらでも、とでも言っているかのような口ぶりにユリエルの底を見ることが出来なかった。隣にいるエルネスタと同じように……。

 そこまで考えるとクローディアが口を開いた。

 

「意地悪が過ぎますよ。ユリエル先輩?

 面識があるようですので紹介は省きましょう。我が学園とアルルカントで新型の煌式武装を開発することになりました。その計画の代表責任者がパレートさんになります」

 

 それにカミラは恭しく頭を下げた。その顔には先程のことから離れられた安堵が入り混じっている。追い込まれたと感じたカミラは、この男もエルネスタと同じような領域に足を踏み込んでいるのかと思い、身の毛がよだつのを感じた。

 味方であることが頼もしく感じるのと同時に、敵に回した時の恐怖がどれだけのものかを知る。しかもそれが一端であることに、体が震え出しそうだった。

 

「はいはーい! あたし《華炎の魔女》見たいなー」

 

「エルネスタ、あまり無理を言うな」

 

 そして幾ばくか話が進むと、エルネスタがユリスに会いたいと言い出した。傍から見れば自由奔放でありながら、その内には野心のうごめく少女だ。カミラは正直なところ彼女の考えていることが分からなくなることがあった。今がその時だ。

 だからこそ生徒会長か許可が下りないことを期待していたのだが……。

 

「構いませんよ。ですが、あまりちょっかいを掛けないでくださいね?」

 

 易々と許可をもらってしまった。クローディアも思う所があるのか予防線を張っていたが、エルネスタがどこまでをちょっかいのラインとするかが分からない。カミラはそれにとてつもない不安に襲われていた。

 

「ありがとーっ、じゃぁ行こうよカミラ!」

 

「あぁっ、待て! 走るなエルネスタ、まず場所が分からんだろうが!」

 

 兎の様に跳ねていくエルネスタを追いかけるようにカミラが追いかける。奔放なエルネスタに付き合わされるカミラは、仲のいい姉妹のようだ。

 それを見ていたクローディアは、あらあらと微笑ましそうにその後ろを悠然とついていく。そして見送ろうとしていたユリエルだったが、クローディアがそれに気づいて手招きをする。今日、彼に自由時間は無い様だった。

 

「引き留めてしまって申し訳ありません、ユリエル先輩。なにせエルネスタさんが、あなたに用件があるとのことでしたので……。」

 

「別に構わないが」

 

 エルネスタが自分に用がある。これを聞いたユリエルは、また実験なのだろうかと思案していた。とは言え、エルネスタはデータの必要分は取れたと言っていたから、もう当分は彼女からの依頼は来ないものかと思っていたのだ。

 それで新しい依頼とは、やはり天才の考えることが読めないとユリエルは感じていた。

 

 

 

 

 

 そのままクローディアが軽い施設案内をしながら、ユリスとそのタッグパートナーである綾斗トレーニングルームに向かう。その間にエルネスタとユリエルは軽い雑談をしていた。カミラからすればたまったもんじゃない話内容ではあったが、まるで友人同士が何か語り合っている感じで話し合っていた。

 

「にしてもあの人形ちゃんたちは自信作だったんだけどなー」

 

「一応俺の使っている武器は純星煌式武装だからな。あの程度ならどうとでもなる。お前らの作っている奴らだと食い破ることは難しいか」

 

「あー、やっぱり? 原理的にはそうなるよねー」

 

 なにせ彼らの話していることはサイラスの使っていた人形の話なのだから。カミラは胃がきりきりと痛むのを感じていた。すれ違う生徒が襲われた者だったらと思うと、彼女にかかる心労が止むことはない。

 カミラが深くため息を吐くのと同時に、制服の襟元が引っ張られた。カミラより後ろで歩いていたユリエルがカミラを抱きかかえると、一瞬でエルネスタの隣へと後退した。

 次の瞬間、光の柱がカミラの居た場所を通過する。

 とてつもない出力でそれは扇状に掃射され、頑丈に補強されているトレーニングルームの壁をものともしない破壊力だ。

 

「―――あらあら、これはまた派手に壊してくれたものですね」

 

 ゆったりとした声でクローディアが穴の開いた壁から顔を覗かせた。目の前で壁がぶち抜かれても全くと言っていい程動揺しない。流石生徒会長である。最早パン=ドラで未来視をしていると思われても仕方がないレベルの落ち着きようだ。

 

「このトレーニングルームはあなた方《冒頭の十二人》に貸し出しているだけで、設備であることはお忘れなく」

 

「……わかっている。これはあくまで訓練中に起きた不慮の事故だ。何も好き好んで壊したわけではない」

 

「なら、結構」

 

 クローディアの注意にユリスは呆れ果てた様子で聞いていた。

 エルネスタとユリエル、そして抱えられたまま呆然としているカミラがトレーニングルームに入った。そこには青筋を立てて沙々宮 紗夜を叱りつけるレスターとユリスと同じく呆れた顔をしている綾斗が居た。

 

「いやー、でもでもびっくりしたよねぇ、カミラ。まさかいきなり壁が吹き飛ぶなんてさー。変わってるって意味じゃうちも相当なもんだと思ってたけど、やっぱり他所は他所で面白いわねー」

 

「ああ、もう、あまりはしゃぐんじゃな……ッ!? ユリエルさんも自分は大丈夫ですから下ろしてください!」

 

「む? そうか」

 

 そう言われるおユリエルは素直にカミラを下した。カミラは床に足をつけると顔を赤くしながらほっと息をつき、身だしなみを整えた。

 突然他校の生徒が入ってきたことに驚いたのか、ここにいた綾斗、ユリス、レスターは目を丸くする。そしてその制服、校章を目にした途端にユリスは鋭い目つきでクローディアを見た。レスターもまた同じように身構えている。綾斗と紗夜は何故二人がここまで緊張しているのかが理解できていない様子だった。

 

「これはどういうことだ、クローディア?」

 

 底冷えするかのような声でユリスがそう聞いた。それすらも受け流し、クローディアはにこやかに彼女たちを紹介した。そして彼女たちがここに訪れた理由も告げていく。

 それをユリスは理解した。彼女は王女であり、企業の思惑によって仕立て上げられた存在だ。汚い金のやり取りなど腐るほど見てきたのだ。嫌でも理解できてしまう。

 だが察しの悪いレスターは一人で納得しているユリスが気に食わないようだ。

 

「おいこらユリス。どういうことだ?」

 

「……相変わらず察しの悪い奴だな。つまりこいつは、サイラスの一軒の見返りみたいなものだ。大方、黒幕だったアルルカントを表立って告発しないという条件で技術提供を取り付けたのだろう」

 

「なっ……!」

 

「さて、なんのことでしょう?」

 

 クローディアが暈すが、それでは答えを言っているようなものだ。それでもこの場にいる者はクローディアを責められない。これは企業の正式決定だ。

 これを責めれば、公に出せば、サイラスの様に処分されることになる。

 それを理解しているのかユリスも納得した。それでも彼女は、アルルカントの者がここにいるのかが理解できない。自分たちからすれば仇敵だ。そのような存在と自分たちを会わせるなど理解できなかった。

 

「だがなぜアルルカントの関係者がここにいる?」

 

「はいはーい、それはあたしが見たいって言ったからでーっす」

 

 ユリスがそこまで言うとエルネスタがひょこひょこと跳ねながら手を上げる。そのまま綾斗を見ながら爆弾を投下。

 

「いやー、ぜひともこの目で拝んでみたくってさー。あたしの人形ちゃんたちをぶった斬ってくれちゃった剣士くん」

 

 これにはこの場にいる者の大半が驚きのあまり沈黙した。

 ユリスとレスターは顎を落とし、カミラをやってしまったと顔を手で覆っている。クローディアも流石に驚きを隠せずに口に手を当てて驚いていて、綾斗も例外なく呆けた顔をしている。ユリエルはいつもの無表情だが、目元を少し動かした。

 

「んで、キミが噂の剣士くんだねー」

 

 そんな彼らを気にすることなくエルネスタは綾斗に近づき、手招いた。意地の悪い笑みに警戒しながらも綾斗が身をかがめると、彼女が耳元で囁く。

 

「でも、次はそう上手く行かないぞ?」

 

 その言葉に反応した瞬間、頬に暖かく柔らかいものが押し付けられた。エルネスタは綾斗の頬にキスをして、迫りくる修羅たちに備えてユリエルの背中に隠れる。

 

「き、き、貴様! 一体何を……!」

 

「泥棒猫、滅ぶべし……!」

 

 ユリスは細剣を、紗夜は光線砲型煌式武装をエルネスタの隠れたユリエルに向けていた。それに対してユリエルは、エルネスタの白衣をむんずと掴み、エルネスタを盾にしようとした。それには流石のエルネスタもあわてだす。

 

「にゃはは、怖いな怖いなー。ちょっとした挨拶じゃないかー

 ……ユリエルくん、そこは男なんだしあたしを庇ってくれてもいいんじゃないかにゃー」

 

「悪いな。人を盾にするような奴に情けをかけるつもりもないものでな」

 

「うわっ、辛辣―」

 

 それでもへらへらとした様子は崩さない。

 

「せっかくなんだし過去のことは水に流して仲良くしようよー。」

 

 ユリエルがエルネスタを降ろすと、彼女は綾斗だけでなく《華炎の魔女》とも仲良くしたいと言った。だがそれをユリスは平然と蹴った。以前アルルカントと何かしらあったのか、その声は怒りに満ちている。

 

「ちぇー、残念っ」

 

「申し訳ない、このエルネスタは……まぁ、なんというかこのような性格でね。代わりに私がお詫びする」

 

 カミラが謝罪をし、頭を下げる。この人は常にエルネスタに付き合っているのか、大変なんだろうなぁ……、とここにいる殆どの者に思わせる一部始終である。

 だがそれも束の間、カミラは紗夜の煌式武装に目を付けた。正確にはその機構に。そして気付いたころにはカミラと紗夜が論争を始めていた。

 紗夜の父親はアルルカントにいたが、だがその異端さ故にアルルカント、そして《獅子派》から追い出された身だった。《獅子派》の基本思想はあくまで個人ではなく大衆のためにある。その扱いずらい性能は、皆が扱えるものでは無いため追放されたのだ。

 

「こほん」

 

 ヒートアップする論争。紗夜とカミラは一触即発の空気を纏っていたが、クローディアがそれに水を差した。そのわざとらしい咳払いはカミラを落ち着かせるには十分だったようだ。

 

「お客人、そろそろ本題の方に取り掛かるとしませんか?」

 

「そうだね……。失礼した」

 

 カミラはクローディアに促されるままに、紗夜から背を向けて歩き出した。紗夜はそれを止めようとするも、カミラは無視して去っていく。

 それまで動向を見守っていたエルネスタも口を挟んだ。自分たちは《鳳凰星武祭》に出る、だからそこで認めさせてみせろ、と。そこまで言うとカミラがエルネスタを呼んだ。

 

「じゃ、皆さんまったねー!」

 

 カミラの声に応えると彼女は入口の方から出ていった。

 そしてそれに続いてユリエルもトレーニングルームを出て、寮に戻ろうとしていた。エルネスタからの用件はここに来る前に聞いていたので、ここで別れることになっていたのだ。

 用件は簡単、《超人派》の実験の副産物がここら一体に逃げ込んだから、それの駆除をお願いするかもしれない、とのことだった。

 何とも白々しいとユリエルは感じた。まるでその副産物がこれから特定の人物を狙うと言っているようなものだったからだ。だが、それを受けてユリエルは気付かぬうちに口元を喜悦で少し歪めていた。

 

 

 

 

 

 そして天霧綾斗が星導館学園序列一位に上がり、《叢雲》の二つ名を得た次の日に予想通り依頼が届いた。《超人派》の生み出した副産物の殲滅だ。これを読み進めていくごとに、高揚感が湧き上がってくるのをユリエルは感じていた。

 ユリエルは端末に届いた詳細内容を読み終えると、瞬時に受ける旨を伝えて寮を出る。

 

 その日、とある傭兵の戦闘データを見ていた二人の女性は、その戦い方に心底恐怖したそうだ。合理的かつ圧倒的。擬形体の耐久調査、あの時取ったデータとは比べ物にならない程の技量。少し前に取った綾斗と、元序列一位であった刀藤綺凛のデータもガラクタと思えるほどに凄まじい。

 その姿はかつて最強と呼ばれていた《レイヴン》に相応しい動きだった。




《彫刻派》なの?《人形派》なの? どっちもピグマリオン
二巻だと《彫刻派》、十巻だと《人形派》……。

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