黒鳥答索   作:鬼いちゃん

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この作品における最大の被害者はレスター、これに間違いはない
まぁ、9の位置にいるんだもの、仕方ない


Dragon Dive

「ねぇ、夜吹」

 

「おーどうした天霧?」

 

「ユリエル先輩のことなんだけど……」

 

 夜、星導館学園男子寮二一一号室にて二人の男子生徒が話していた。

 一人は綾斗でもう一人は顔に目立つ傷のある少年、夜吹 英士郎だ。英士郎は新聞部部に所属しており、様々な情報を持ちそれを売ったりして金を稼いでいる。

 アスタリスクの学生は、本気で《星武祭》での活躍を目指す学生と、《星武祭》を疾うに諦めた学生の大きく二つに分けられる。

 前者は言わずもがな、後者は何をしているのかと言うと、《星武祭》以外の楽しみを見つけるのだ。英士郎の場合はそれが新聞部だということだ。

 ちなみに外部の報道陣が扱っている写真なんかは、その殆どが彼らの売り出しているものだ。

 

「《斬哮の龍帝》先輩か?」

 

「そうそう、序列九位の」

 

「ユリエル・ノークス・オーエン。星導館大学部一年で序列九位の《冒頭の十二人》。九位に上がってからの使用武器は極大剣型純星煌式武装《龍脈の血剣》。その前は直剣型煌式武装を使用。こんなところだな」

 

「? 随分と少ないね」

 

 綾斗は疑問の声を上げた。

 前にレスターのことを聞いた際には戦闘スタイルまでは出てきたはずだ。それと弱点や長所も挙げていた。ネットで上がっている情報だけではあるがそこまで少ないのだろうか。

 それを聞くと英士郎は渋い顔をする。

 

「あの人の情報はな、あまり外に出回ってないんだよ。だから無償で教えられるのはこれまでだな。

 で、どうする? 今回は物がモノだけにちぃとでっかいモン貰っていくぜ?」

 

「ははは、お手柔らかに頼むよ」

 

 苦笑いを浮かべながらそう言った綾斗に、英士郎は「まいどありー」と言って空間ウインドウを開いた。綾斗がユリスとレスターの関わりについて聞いた時と同じく動画のようだ。以前と違うのは途中からと言うことだろうか。

 ユリエルが無表情を崩さず、ひたすらにレスターの攻撃をいなしている。その動作は一切無駄がない。まるで流れるように斧型煌式武装が直剣型煌式武装の上を滑っていく。

 

「これは決闘の時のもんだぜ。公式序列戦じゃなくて普通の決闘だ。つい二か月前のな」

 

「普通の決闘? レスターがユリス以外の決闘を受けるとは考えにくいけど」

 

 しかもレスターに勝つ前となると《冒頭の十二人》には入っていないはずだ。綾斗は知らないが『在名祭祀書』にも乗っていなかった。

 

「聞いた話によれば煽ったらしいんだよ、先輩が」

 

「ユリエル先輩が?」

 

 あり得ないといった風に綾斗は声を上げた。

 つい今日の昼にハンバーガーチェーン店で会い、その人柄に触れた彼からすると考えられなかった。ユリエルは他人を下に見る言動はしないような人間だと彼は感じていた。

 

「なんとも、お前になら手加減しても(手の内を隠しても)勝てそうだと言ったらしい」

 

「ははは……」

 

 綾斗にはユリエルの言わんとしていることが何となく理解できた。昼時のことを考えればなんとなく納得がいった。シルヴィアの言っていた誤解を招きやすい言動と言うのがここに出ているのだ。それの所為で綾斗やユリスがどれだけ気が動転したことか。

 

「まぁ、ホントに手加減して勝っちまうんだから、手が負えないんだよな」

 

 英士郎がそう言った矢先にレスターの斧の刃が二倍近くに膨れ上がる。それは斧と言うより最早大槌だ。流星闘技(メテオアーツ)、マナダイトに星辰力を送り込むことにより煌式武装の出力を上げるもの。それは煌式武装の調整やそれ相応の修練が必要となる。

 

『喰らいやがれ!』

 

 裂帛の声を上げ、斧を叩きつける。それにユリエルは剣を上に掲げて難なく防いだ。それも片腕で、いなすことなく真正面から受け止めて見せた。

 それには綾斗も驚いた。昼間のことも先程の映像もあって、ユリエルは技量とスピードで戦いを行うものだと思っていた。だが、よくよく思い返してみれば極大剣も扱うのだから、力が強くても可笑しくはなかった。

 それでもそれは今考えればの話であって、当時のレスターにはどう映ったのだろうか。

 ユリエルはそのまま力尽くで斧を弾き飛ばし、そのまま首元に剣を突き付けた。それにレスターは降参した。

 

「えげつねぇよなぁ、先輩。技量重視の戦いと見せかけておいて、実は馬鹿力でもありますなんて絶望もんだぜ」

 

 英士郎は空間ウインドウを閉じると呆れたようにそう言った。

 そして綾斗にある事実を突きつける。

 

「しかもこれ、先輩が転入初日の日だぜ?」

 

「ええ!? 」

 

 流石に転入初日に《冒頭の十二人》に挑むなど正気沙汰じゃない。と、そこまで考えたところで綾斗は、自分も挑まれたとはいえども同じ穴の狢だということに気付いた。

 

「しかもあの煌式武装、うちの整備局のもんじゃない。聞いたところ、落星工学研究会のところでもないらしい

 もしかしたらアルルカントからの人間かもしれないって噂も流れてるくらいだぜ?」

 

 それほどまでに高度に調整された煌式武装らしい。映像越しではわからないが、落星工学研究会の人たちまでそういうのなら、それほどまでに強力な煌式武装なのだろう。

 装備局の者たちよりずっと腕もよく、カスタマイズも請け負う彼らに言わせるとは、学園随一の技術力を持つアルルカントの関与を誰もが疑うだろう。

 

「謎を追えば追うほど謎が増えるのがあの先輩ってわけだ。まぁ、アルルカントの人間ってのはあり得ないだろうがな」

 

 原則的に六学園の生徒は他校に転校できないためだ。

 そのまま英士郎はすらすらと知っていることを話し始めた。曰く、アスタリスクの上位に立てる位の実力があるとみている人も少なくないらしい。

 

「順位がすべてじゃないってことさ。《冒頭の十二人》の中にも相性ってもんがあるからな。九位だからって甘く見ないほうがいいぜ?」

 

「肝に銘じておくよ」

 

 ユリスも言ってたことだった。

 戦い方、《魔術師》や《魔女》としての属性など様々だ。

 一見、《魔女》や《魔術師》などは他の星脈世代と比べて優れているように見えるが、対処もされやすく能力に星辰力を扱うために防御の点で脆くなる。例外もいるがとても希少だ。

 

「んじゃ、こんなところだな。明日の昼飯、でっかいの貰っておくから覚悟しておけよ!」

 

 次の日の昼食に綾斗の主菜がなくなった。

 英士郎曰く、この映像は学園外部には流さないように、ユリエル直々に金を積まれているらしい。しかも彼しかこの映像を録った人が居なく、「こんなもんで見られたんだから感謝しろよ」とのことだった。

 

 

 

 

 

『こんにちは、ユリエル先輩。お時間よろしいですか?』

 

「生徒会長か、構わないが」

 

 人気のない喫茶店、昨日シルヴィアとデートの待ち合わせに使った場所だ。気に入ったとユリエルが言った通り、放課後もここに入り浸っていた。

 ゆったりと情報端末に目を通しながら珈琲を啜っていると、空間ウインドウが開かれる。目の前には星導館学園の生徒会長、クローディアの顔が映し出されていた。

 

『今回は便利屋としてのあなたに依頼があってお電話させていただきました」

 

「襲撃事件の足掛かりでも掴めたか?」

 

『察しが良いようで何よりです。場所は再開発エリアの外れ、ユリスと綾斗が既に向かっています。犯人であるサイラス・ノーマンの確保をお願いします』

 

「分かった。《影星》を動かさないのか?」

 

 《影星》は星導館学園、運営母体である「銀河」の保有する諜報機関だ。

 それを動かすということは企業と学園が本腰を入れるということだ。それにはまだ及ばないのか、クローディアは首を横に振った。

 

『まだです。ノーマンくんは恐らくアルルカントとの繋がりを持っているのでしょうが、まだ確証がありませんから』

 

「そうか、なら俺はもう行くぞ」

 

『はい。くれぐれも、殺さないようにお願いしますよ?』

 

 クローディアがそう締めくくると同時に回線が切れた。

 冷め切った珈琲を一気に飲み干すと、彼は席を立った。

 カウンターでグラスを拭いていた筈の店主は消え去り、すでに前回のお釣りから今回呑んだ珈琲の値段を引いた差額がカウンターに置いてある。

 

「感謝する」

 

「お気をつけて」

 

 ユリエルがそう言って店を出る瞬間に、そう声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 痩せ気味の少年、サイラス・ノーマンが、ユリスを抱えた綾斗に恐れをなすかのように後ずさった。先程までユリスとレスターを難なく倒して見せた彼は、平静を装うと務めているが動揺を隠せない。

 

「次はこちらも本気で行かせてもらいますよ……!」

 

 大量にいた戦闘用の擬形体(パペット)が隊列を組むかのように動いた。前衛が槍や斧といった長物の武器を持つ人形たちが、後衛を銃やロングボウといった射撃武器を持つ人形たちが並ぶ。そして後衛の者たちを守るかのように、手軽な武器を持った人形が立ちはだかっていた。

 そしてサイラスは己がプレイヤーだと言わんばかりに、その最後尾に鎮座する。自分が如何にも指導者であるかのように手を広げて言い放つ。

 

「これぞ我が《無慈悲なる軍団(メルツェルコープス)》の精髄! 一個中隊にも等しいその破壊力、凌げるものなら凌いでみせろ!」

 

「ほぉ? 木偶を並べた程度で策士を気取るか」

 

 穴の開いた天井から声が響いた。嘲笑とも取れる声にその場にいた誰もが上を向く。その時には紅黒い剣閃が人形たちを間引いていた。

 一瞬だ、その一瞬で隊列には致命的な穴が開いた。その剣、その二つ名に相応しい龍のごとき一撃。それは確かにこの廃ビルにいる者たちを震撼させた。

 

「「ユリエル先輩!?」」

 

「馬鹿な……、《斬哮の龍帝》!?」

 

 ここにいる三人はその者の来訪に驚いた。人形の群れの中で、あまりに巨大すぎる大剣を肩に担ぐユリエルに目を見開いた。

 それに一早く反応したのはサイラスだった。

 

「何故です!? 何故こんなにも早く……!? それよりもなぜここが!?」

 

 それにユリエルは鼻で笑った。

 そして袖に仕込んであったダガー型煌式武装を取り出し、起動し、そして投射した。《冒頭の十二人》の三人が奇襲を受けた時の様に、人形たちの合間を縫ってサイラスの脚部に突き刺さる。

 

「ぐお……!?」

 

 星辰力の守りすら易々と貫いて刺さったソレに、サイラスは苦悶の声を上げた。そのダガーを引き抜こうとしても抜けることはない。更に傷口を広げ、さらに血を噴出させる。その形は如何に深く刺さり、抜けにくく、痛みを与えるかに特化したものだった。

 さらにそれの柄の部分は赤く点滅している。それにサイラスも気づいたようだ。

 

「これは……」

 

「俺やネストルがお前の人形に奇襲をかけられたときに投げておいたものだ。気付いたようだが、それには発信機のような役割もついている

 スケープゴートにしようとした人形にずっとくっ付いていたようなのでな。お前の行動はは殆ど筒抜けだったということだ」

 

「ならばなぜ今になって!?」

 

「事が動かなければ意味がないからな。それに俺はあの時以外に襲われてはいない、だがユリスと綾斗が狙われたということを昨日の内に聞いている。それに丁度ダガーの刺さった奴の場所と時間が、襲われた時と一致している

 ならば同一犯であり、狙いはユリスということまで絞れるということだ」

 

 そこまで言われるとサイラスは押し黙った。

 

「ここで俺とネストル、ユリスの違いを比べた際に一つだけ違うことがあった。それは《鳳凰星武祭》に出場しないこと。ここまでくると話は簡単だ」

 

 サイラスは震え出した。

 何故かは分からないが、何かが彼を苛立たせていた。

 

「その擬形体はアルルカントの物だな。しかも戦闘王擬形体となると《彫刻派(ピグマリオン)》か。何の理由があるんだか知らないがユリスを《鳳凰星武祭》に出さないようにすることが目的のようだが……」

 

 サイラスは星辰力を自分と繋がっている人形たちに流し込む。

 目には明らかな憎悪と怒り、醜悪な感情が浮かんでいた。最早この男は生きて返さないと言わんばかりに殺気を内包している。

 

「まぁ、半端に賢しい奴に任せたのが失敗だったか」

 

「黙れぇぇぇぇッッッッッッ!!」

 

 ついにその感情が爆発した。

 嘲るような言い方が、完全にサイラスの怒りに火をつけた。

 立ちっぱなしだった周りの人形が一斉にユリエル目がけて殺到する。それを見たユリスは既視感のある行動に危機感を覚え、綾斗に向かうように伝えるも杞憂となった。

 

「無駄だ」

 

 《龍脈の血剣》が赤黒い炎を纏い、刀身が強烈な光を発する。

 それは龍のが吠えるかのように勢いが強く、余波だけで鉄骨やコンクリートが溶けていく。そして次の瞬間、さらに強い光が放たれた。

 流星闘技―――!

 彼らがそう感じた時には殆どの人形が地に伏していた。胴体から上が両断され、それらはすべてガラクタとなり果てていた。

 ドラゴンダイヴ。彼の扱う流星闘技だ。

 

「ですがこれは人形! 同じ人間と思ってもらっては……」

 

 人形全てを切り捨てられたとしても、なお虚勢を張るサイラスだったが違和感に気付いた。人形が自分の指示に応答しないのだ。

 サイラスの能力は印を刻んだ物体に万能素で干渉し、操作すること。たとえそれがどんなに複雑な構造であろうが、自由に操ることができる。

 そう言う能力の筈なのに、なぜかその印を刻んだ人形たちはサイラスの指示に従わず、動かない。

 

「ああ、まだ公表されていないようだが《龍脈の血剣》の能力は捕食。この能力は物体だけでなく星辰力、万能素も喰らう。無論お前の能力も例外なくな」

 

 ユリエルがそういうと平静を装っていたサイラスが取り乱した。

 

「くそっ、だが僕には奥の手がある! 行け、クイーン! 」

 

「五臓を裂きて四肢を断つ―――天霧辰明流中伝”九牙太刀”!」

 

「なぁッ!?」

 

「俺が居ること忘れてない?」

 

 今までの人形より五倍はあろうかという大きさの巨体。腕も足もこの廃ビルの柱ほどの大きさ持つ、体型は人型というよりはゴリラに近い人形。

 サイラスの後ろにあった瓦礫からそれは姿を現すも、綾斗の剣術で四肢を裂かれ胴体を抉られた。ユリスもサイラスもその剣戦が見えなかったのか声も出ない様子だった。

 

「そこで待っていてもよかったのだが?」

 

「流石に先輩だけに任せるのはちょっと……」

 

 そこまで言うと急に綾斗の目が険しくなった。サイラスが逃げ出そうとしている。

 何とか自分と繋がっている人形の残骸を探し当て、それに乗って飛んでいく。中々に素早い。怪我の痛みをこらえて星辰力のコントロールにすべてを費やしている。火事場のバカ時からとでもいうのだろうか、今までで一番俊敏に人形が動いているように見えた。

 

「ごめんユリス、ちょっと追いかけてくるから、ここで待っていてくれるかな」

 

「それはいいが間に合うのか?」

 

「……正直微妙な所だと思う」

 

 サイラスは既に最上階まで到達している。これを逃がすとなると厄介なことになるだろう。サイラスもこっちに気をかけている余裕がない様で、がむしゃらに突き進んでいる。

 

「ふん、だったら私の出番だな」

 

「え……?」

 

「言った筈だぞ?足手まといになるつもりなどないとな!」

 

 ユリスは不敵に笑う。まさに自分の本分を果たせることに嬉しそうに笑っていた。

 星辰力を集中させる。まだ星辰力には余裕があるのか、疲れた様子は見せない。

 

「咲き誇れ―――極楽鳥の橙翼(ストレリーティア)!」

 

 そう唱えると綾斗の背中に万能素が集約し、何枚もの炎の翼が広がった。それはすぐに羽ばたき、綾斗とユリスを空に浮かべた。そしてサイラスを追いかける為に先程以上に強く羽ばたく。

 

「ユリエル先輩は待っていてください! 直ぐに片づけてきます」

 

 ユリスはそう言うと爆発的な加速で屋上を飛び立っていった。その速さはサイラスの人形とは比べ物にならない。もはやサイラスに抵抗する力もない筈だ。

 そのまま捕まえてくれると助かるのだが……。そこまで考えたところでサイラスが地に落ちていくのをユリエルは見た。

 それにユリエルは溜息を吐くと、屋上から飛び降りた。依頼は捕獲、サイラスを倒すことではなかった。

 

 

 

 

 

 再開発エリアの路地裏でサイラスは壁に身を寄せながら、体を引きずるように歩いていた。綾斗に落とされた際に人形の残骸をクッションの代わりにしたが、それでも骨は何本か折れている。身を裂く痛みが彼を常に襲っていた。

 それでも動かなければならない。

 《影星》はすでに動き出していたからだ。恐らくアルルカントとの繋がりがばれたからだろう。このネタを「銀河」が逃すはずもない。

 出せるだけ情報を抜き取ってから、おそらくは処分されるだろう。

 

「くそっ! なぜだ! なぜ出ない……!」

 

 一刻も早くアルルカントの人間に保護されなければならないのに、連絡用の携帯端末はまるで繋がらない。電話に出られないという旨が機械音声で伝えられているだけだ。それを何回と繰り返しながら、迫りくる悪夢から逃れるために震えを抑えた声で悪態をつく。

 

「僕が捕まって困るのはあっちも同じだろうに……!」

 

「まだ気付かないか、お前は所詮捨て駒だ」

 

 サイラスに恐怖を植え付けた男の声が風を切る音共に鼓膜に響く。

 風を切る音を放っていたダガー型煌式武装はサイラスの端末を砕き、今度は手に突き刺さった。再び襲う激痛に今度こそ彼は地に崩れ落ちる。

 

「半端に賢しい奴は扱いやすいとは聞くが、ここまでとはな

 しかもダガーを抜かずに逃げ切れると思っていたのか。愚かな奴だ」

 

「ぎぃ…! がぁ……!?」

 

 ユリエルはサイラスの腿に察さっていたダガーを引き抜いた。血がさらに噴き出て、彼の顔も苦痛に染まるが構わずに引き抜いた。もはや歩くことすら当分叶わないだろうほどに傷口は開いていた。

 

「アルルカント《彫刻派》の会長は、エルネスタ・キューネ。いわゆる天才というやつだ。お前程度の頭脳で測れる奴じゃない

 まぁ、大方データ取りにでも利用されたんだろうが……」

 

 彼には彼女との面識があった。擬形体の耐久度の調査やその他諸々の手伝いをしたことがある。そして彼女がなそうとしている事の一端も知っている。

 

 サイラスはもう訳が分からなかった。自分は賢い筈だった。泥と血にまみれて、一心不乱に戦い続ける者より賢い筈だ。

 能力を隠し、実力を騙し、あまつさえ自分すらも偽って、己は他の奴らより利口なのだと他の奴らを嗤える存在だった筈だ!

 

「うああああああッッッッッッッ!!!」

 

 サイラスは獣のように牙を剥きだしにしながら、服の裏に隠してあったナイフを放つ。それに対してユリエルはまたしても鼻で笑った。投擲されたナイフはその場に停滞している。サイラスが能力で動かそうとしても、言うことを聞かない。何かでせき止められているかのように動かず、やがて地に落ちた。

ナイフが落ちるのと同時に、月明かりが彼らを一瞬だけ照らした。それは暗い中だからこそはっきりと見ることが出来た。球体の様にユリエルの周辺を万能素が漂っているのだ。

 

「無駄だ。ナイフ一本で俺のプライマルアーマーは破れない」

 

 プライマルアーマー、万能素を星辰力を通して安定還流させ防護膜として展開する。《レイヴン》にしか扱えない防御機構だ。《レイヴン》によってその性能は異なるが、随一の性能を持つ彼の絶対防御は生半可な攻撃では突破できない。

 

「さよならだ、サイラス・ノーマン」

 

 膝立ちのままもはや動けないサイラスに、起動した《龍脈の血剣》を振り下ろす。身体にかけた星辰力の守りも《龍脈の血剣》の捕食の前には無きに等しい。その一撃は容易くサイラスの肩口から腹部までを切り裂いた。

 ベチャリという生々しい音を立ててサイラスは崩れ落ちた。

 星脈世代が危険な戦いをしても大事に至らない最大の要因は、星辰力による守りがあるからだ。それがなくなるということは、何ら普通の人と変わらなくなるということだ。

 

「殺ってないですよね? これ」

 

「息はある。ならばあとはそっちの仕事だろう」

 

 路地裏を出ようとしたユリエルに声がかかった。顔に目立つ傷をつけた少年だ。彼が《影星》の人間だということを知っているのか、ユリエルは声を返した。

 放っておけば致命傷になるだろうが、治癒系の《魔術師》か《魔女》に任せれば息を吹き返すだろう。そういう風に調節しておいたのだから。

 

「金は前と同じ口座に振り込んでおけ」

 

「ええ、わかりました。それと、ありがとうございます。ユリエル先輩」

 

 今度こそ路地裏を出ると、次はクローディアとすれ違う。二人はそれだけの掛け合いで満足したのか、踵を返すことなく前を向いて歩いていった。

 クローディアは闇へ、ユリエルは光へ……。




龍脈の血剣……能力は捕食。万能素、星辰力なんでも食べる。能力が代償になるタイプ。ご主人の星辰力を食い続ける。

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