今日は休日、ユリエルは商業エリアにて待ち合わせをしている。
相手は表向き護衛対象であるシルヴィア・リューネハイムだ。実質アスタリスクで二番目に強い彼女に護衛などいらないともわれるのだが、二番目に強いと言われているのは表側での話。アスタリスクの裏側となると話は違ってくる。
アスタリスクの裏、即ち闇の側面に当たるわけだが、《
「やっほー、待ったかな?」
よく通る美声がユリエルの鼓膜を震わせた。
ユリエルが目を向ければジーンズとブラウス、大きな帽子を身に纏った地味な服装をした茶髪の少女だ。だが、顔立ちは美少女そのもの、もう少し着飾れば周りから注目を浴びる美少女になることは間違いない。
とは言え彼女はこれ以上注目を浴びる必要はない。すでに彼女の名声は世界に轟いているのだから。
「シルヴィか、そこまで待っていない」
「そこは今来たところって言うべきじゃないかな?」
そう言って彼女はユリエルの対面に座る。
「三十分ほど前にはここに来ていたからな。流石に無理があるだろう」
「それはそこまでの内に入るのかな……」
シルヴィア・リューネハイムその人である。髪色をごまかす道具を使っているため、紫色の髪が茶髪になっているのだ。
ここは商業エリアにある人気のない場所でひっそりとやっている喫茶店であり、シルヴィアもお気に入りに喫茶店。隠れた名店というやつだ。
「外縁居住区にいる義妹の家にいてな。本来は寮にいるのが普通なんだが、休日の日だけは許可をもらってある」
そう、本来なら寮生活が義務付けられているが、《冒頭の十二人》の権力やらなんやらで休日だけ許された。レヴォルフ黒学園は《冒頭の十二人》に入ると寮生活ではなく、アパート等で暮らせるようになる。他の学園と比べても自由が利くのだ。
「まぁ、家族と暮らす時間も嫌いじゃないんだがな。あいつらは如何せん騒がしすぎる
その点、ここは落ち着けるしな。お前にも感謝している」
「ふふふ……そうなんだ。そこまで気に入ってくれたってなると私も嬉しいよ」
ここを紹介したのはシルヴィアだ。
ユリエルがペトラ及びシルヴィアと正式に契約を結んだ日の後、依頼内容に沿い護衛を任さた時に待ち合わせとしてこの喫茶店を紹介してもらい、以降よくここを集合場所としている。
「それで、今回も人探しか?」
「ううん、今日は別件」
シルヴィアの探し人は二人。一人は見つかったが、未だにもう一人が見つからない。その一人は《蝕武祭》にも出場していたらしい。
生死問わずのデスマッチ。死ぬか意識を失うかのどちらかでしか勝敗が決まらない。その危険性と狂気はおおよそ表側で行えることではなく、その悪質さ故に星猟警備隊によって叩き潰された武闘大会。それが《蝕武祭》だ。
見つかった一人も一人で記憶を失っている状態である。まだ彼女は救われない。
「明日から私は欧州ツアーライブがあるからね。骨休めに買い物に付き合ってよ!」
遠回しに買い物と言ったが要はデートである。それどころか愛称呼びだ。
至高の歌姫からのデートとは誰もが発狂して喜ぶところだが彼は違う。彼は異性と買い物をすることをデートと思わない。否、考えとしては浮かぶのだが、彼はそれに確信を持たない。
「まぁ、休むことも必要だろう。構わないぞ。」
「むぅ……、女の子と買い物なんてデートと同じだよ? もう少し喜んでくれないと私も自信なくすなぁ……」
シルヴィアはわざとむくれたように頬を膨らませ、非難するような目でユリエルを見た。
「む……、面と向かってデートなどと言うな。流石に恥ずかしい」
「なっ……!?」
無表情のまま顔を赤らめてそういう彼にシルヴィアは少し不意打ちを喰らった気分になる。180センチある長身の青年がそうしているとシュールではあるが、元がいいのだから絵にはなっている。その姿に見惚れていたことと相まって、自分の言ったことが如何に恥ずかしいことかを理解し、彼女もまた顔を紅くした。
二人そろって仲のいいことに、カウンターでグラスを拭いている
それを受けてさらに顔を紅くするのはシルヴィア一人だけだ。少しどころかかなり常識から外れているユリエルはその意味に気付かない。
「もう行くよ」
「む? まて会計が……」
「先に行ってるからね」
「すまない店主、後で釣りをもらいに来る」
ユリエルは万札をテーブルに置くとシルヴィアの横に並ぶように歩く速度を速める。それをニコニコと初老の店主は見送った。
「気を付けていってらっしゃいませ」
「う~、まだ顔が赤いよ」
「どうした? 熱でもあるのか?」
真っ向から言われなければ別に何とも思わない。というかそう言う風に考えない彼には、微笑ましくみられると言う行為がどれだけ恥ずかしいか理解できない。
そんな彼はシルヴィアの顔が赤いことに疑問を持ち、心配して声をかける。
「なんで君は大丈夫なのかな……」
深く被った帽子の端から見たユリエルの顔は既に赤見が抜け、いつも通りの無表情だ。
余りの理不尽にシルヴィアはそう愚痴った。
彼女が言い出しっぺと言うこともあり、中々彼を責められないのも痛いところである。
「明日は欧州ツアーなのだろう? 大丈夫か? 寮に戻ったほうが……」
「ううん、大丈夫だから。少しすれば元通りだって!」
さっきよりも真剣な雰囲気で顔を近づけてくる青年に、至高の歌姫もたじたじだ。手と顔を横に振りながら必死にごまかした。
集合した直後に寮に帰る選択を迫る彼には多少なりとも負けた気分になる。先程のことと言い、大分負かされている気がするシルヴィアであった。
「……」
「……」
「なぁ……」
「うん、着けられてるね」
シルヴィアの顔の赤みが収まり大通りにさしかかろうとした時、二人はふいに誰かにつけられている気配を感じた。正確には喫茶店を出てから気付いていたが、それでは早計だと思い、わざわざ遠回りをして大通りに出ようとした。が、未だに追手が消える気配はない。
「四…五人か……
いずれも女性だな」
ユリエルは路地の角を曲がった際に吸着型リコンを投げつけた。リコンとは敵の位置、及び情報を解析する偵察用の機器だ。リコンの偵察範囲内の情報は全てユリエルの脳内に送られる。
「あぁ……、多分ルサールカの子たちかな」
「あのロックバンドの?」
「うん、多分私の弱点でも探りに来たんじゃないかなぁ?
あの子たちってばよく私に決闘挑んでくるから」
「ほう? では彼女たちから巻くのも仕事の内に入るのか?」
「そうなるのかな?
それじゃぁ、よろしくね。私の王子さま?」
シルヴィアは可愛らしくウインクしながらそう言った。反撃の意味も込めての言葉だった。負けっぱなしは性に合わない。存外負けず嫌いな歌姫様である。
その言動にユリエルは低い声で唸ることしか出来ない。王子様と言われたからには
何ともおかしなところで気を遣う人間である。
「どうしたの?」
何やら悶々と考えているユリエルのシルヴィアが声をかける。若干、楽しんでいるようにも見える。
だが次の瞬間、シルヴィアの膝裏に手が差し込まれ、一瞬の浮遊感を感じた後に建物の屋上にいた。ちなみに地面に足はついていない。これが何を意味するのかと言うと―――
「えっ!?」
お姫様だっこである。現状を一瞬で理解した彼女は顔をまたしても真っ赤に染めた。
デートだとか強気なことを言う彼女は、それでも身持ちが固い少女である。こんなことをされれば当然恥ずかしい。乙女心が絶賛暴走中となるのだ。
下で聞き覚えのある少女たちが困惑する声が聞こえてきても、気にならないレベルで羞恥を感じている。
「む? 王子様と言うのはこういうものでは無いのか?」
大体この行動をとったのはユリエルの間違った知識の所為である。
プリシラの持つ漫画、日本と言う国家で生まれたサブカルチャーの弊害であった。
「あの、もういいから下ろしてくれないかな?」
ルサールカの少女たちも居なくなり、静けさだけが残った。そんな路地裏で羞恥に堪えた少女の声が響く。屋上からすでに降りたシルヴィアとユリエルは横抱きの状態から動けていなかったのである。
艦所の声を聞いたユリエルはその言葉を待っていたかと言わんばかりに、すぐにシルヴィアを下した。だがその動きは落ち着いていて、かつ彼女を気遣うように優しい。
そんな彼にシルヴィアは既に完敗といった表情だ。彼女自身、もう何と戦っていたのか分かっていないが。
「かなり時間を食ったな。骨休みだというのに疲れただろうし、落ち着いて昼食にするか」
「うん、そうだね……」
シルヴィアも疲れた様子で頷いた。彼女はきっとユリエル以上に気苦労を重ねていることだろう。何故か負けた気分になっている彼女は相当に。
そのまま大通りに出て近くにあったハンバーガーチェーン店に入る。アスタリスク郊外にもある有名な店舗だ。アメリカ生まれのジャンクフードは至高の歌姫様の口に合うようで、嬉々としてはいっていく。
「にしても意外だな」
「何が?」
ユリエルは普通のハンバーガーとアイスコーヒー、ポテトといかにもジャンクフードらしいものに舌鼓を打っていると不意にそう漏らした。
「いやなに、こういう所を選ぶことがだな」
「それはまぁ、私だって昔はよく食べたりしてたからね。たまには食べたくなるよ」
そう言うとシルヴィアはチキンを挟んだハンバーガーに齧り付いた。
そうして他愛のない話をしていると、隣の席に誰かが座った。その者たちはユリエルに気付くと、たまたま会ったという風に驚いた声を上げた。
「オーエン先輩?」
「む? お前は確か……」
「高等部に転入してきた天霧 綾斗です」
「もうその様子だと知っているようだが、ユリエル・ノークス・オーエンだ
ユリエルでいい」
綾斗はそう自己紹介して、会釈する。
それに応じてユリエルも軽く自己紹介をする。初対面の時があまりに酷すぎたのか、少々不安そうだったが、人柄が分かるとぎこちなさをなくしていく。
綾斗の対面に座っていたユリスも、学校で聞いていた人柄と違うことに驚きながらも挨拶を交わしていた。
「ユリエルくん? そっちの方たちは?
仲間はずれは寂しいなぁ」
「ああ、すまない。こっちはシル……」
放置されたことにムッとしたシルヴィアに対し謝罪した後、紹介しようとしたが名前を出す瞬間に背中を冷汗が流れた。
目の前の少女がスパースターであることを忘れていたのだ。名前を出し切る前に気付いてよかったと安堵していると、綾斗とユリスが怪訝そうな表情でユリエルを見ていた。そのことに我を取り戻すと、咄嗟に思い付いた名前を告げる。
「こっちはシルヴィア・スヴェントだ。」
「っ!?」
急に覚えのある名前で呼ばれた彼女は息をのんだ。
それも一瞬のことで、瞬時に微笑んで綾斗とユリスに自己紹介をした。
「シルヴィア・スヴェントです。二人ともよろしくね!」
「? よろしく」
「よろしく頼む」
どうやら不審に思われずに済んだようだった。
シルヴィアは内心とても驚いていた。顔の笑みを張り付けているが、心拍数はすごいことになっている筈だ。それほどまでに彼女は驚愕した。
彼に探し人である彼女のことは教えていないのに関わらず、その名前が出てきたのだ。彼女は己を焼き焦がすような焦燥感に駆られていた。
「不意打ちかぁ……。良くないなー、そういうのは」
自己紹介が終わった後、彼らは軽い談笑に耽っていたが綾斗の真剣な話に空気を入れ替えていた。話はユリスが襲われた一件となる。
綾斗が転入して来た際にはユリエルとネストルも狙われたが、それ以降の襲撃はなかった。即ち元々ユリス狙いだったというわけだ。
それもクローディアの憶測によれば他の学園の手引きという可能性が一番高いということだった。
「そんなわけで、しばらく一人での外出や決闘は控えたほうがいいと思うんだけど……」
綾斗がそういうが断るの一言で切って捨てた。綾斗も予想の範囲内だったのか、「だよね」としか言えないようだ。
「私の道は私が決める。私の意志は私だけのものだ」
「ほぉ、相変わらず勇ましいじゃねぇか」
「……レスターか。立ち聞きとはいい趣味をしている」
二メートル近くある大柄な男が現れた。レスター・マクフェイル、星導館元序列九位だ。元九位と言う数字で分かる通り、ユリエルに決闘で敗北し序列外へと転落している。
その前にも、ユリスに苦汁を飲まされており、ユリスとユリエルを目の敵にしている。なお今はユリエルに気付いていないようだ。
「聞いたぜ。謎の襲撃者とやらに襲われたらしいな。少し恨みを買いすぎじゃねぇのか」
「私は人に恨まれるようなマネはしていないぞ」
「わからんな。私はなにも間違ったことはしていない。それで敵となる者がいるのなら、相手になるまでだ」
「はっ、大した自信だな。だったら今ここで相手になってもらおうじゃねぇか」
「何度言えばその脳みそは私の言葉を覚えるんだ? もはや貴様の相手をする気はない」
「いいからオレと戦えってんだよ!」
レスターは声を荒げて、その太い腕をテーブルをたたき割らんとする勢いで叩きつける。その音と怒鳴り声で店は一気に静まり返った。
彼の後ろいた取り巻きらしき二人が止めにかかるが、耳に届いていない。
「そのくらいにしておいたほうがいいんじゃないかな?」
「てめぇは黙ってろ……!」
綾斗の声も黙れと一括する。
だがそれでも綾斗は止まらない。飄々とした雰囲気を崩すことなく続ける。
「そうはいかないよ。先日ユリスが襲われた状況を知らないのかい?」
「なんだと?」
「今ここでユリスにケンカを売るのは、ユリスを襲った連中とみなされても仕方のないってことさ」
ここで綾斗はレスターの地雷に踏み込んだ
今度こそユリスから綾斗に視線を移し、怒鳴り散らす。
「ふざけるなっ! 言うこと欠いて、このオレ様がこそこそ隠れ廻ってるような卑怯者共と一緒だと!?」
完全に頭に血が上ったのか、綾斗の襟首を掴み上げようとした。だがそれをシルヴィアの手が阻んだ。その細腕は間違いなくその剛腕を止めている。
レクターは渾身の力を込めて振りほどこうとするが、まるでびくともしない。
「プライドが高いことが悪いことだとは言わないけど、でもそうやって暴力に頼るのはよくないよ?」
「何なんだてめぇは!? 」
もう片方の腕で今度こそ彼女を吹き飛ばそうとするが、その腕に激痛が走る。
「お前、誰に手を出そうとしている?」
「てめぇ……、《斬哮の龍帝》!」
低く凍えるような声がレスターの耳に届いた。
視界にユリエルを入れれば彼の無表情の顔が見て取れた。レスターの怒りは落ち着くどころか、勢いを増すばかりだ。
そのすかした面が気に食わない。自信のあった力を叩きつけても何食わぬ顔で受けて止めて見せる。それだけの力があってなお九位に甘んじるその姿勢、それら全てが気に入らない。
自分のいた五位は、九位はそんなところではないと彼は思っている。より高みへと行き着くための《冒頭の十二人》だ。決して道楽なんぞで入られたら許せるものでは無い!
「ならてめぇが相手をしろよ《斬哮の龍帝》。そしたら……!」
ここは引いてやる。そう続けようとした言葉は喉元に突き付けられたダガー型煌式武装によって止められた。シルヴィアでさえ、手がぶれたように見えたその一連の動作を
「今のが見えたか? 見えないのなら止めておけ。俺には勝てんし、今のお前は―――」
レスターは震えていた。恐怖ではなく、己のふがいなさ故に。
何故だ? 何故勝てない? ひたすらに強くなることを求め、怠ることなく鍛錬を積んできた自分がなぜ負ける?
自信のあった膂力ですら負け、自分より体格も小さく、《魔術師》としての力も持ちえないだろうこの男と何が違う?
自問しても答えは出ない。
レスターはまだ理解できていない。彼らにもそれぞれの戦いがある。それぞれの生い立ちがあって、譲れない願いがある。何物にも代えられない何かがある。それを自分だけが持つと決めつけ、他人の力を受け入れられない。
だからこそ今のレスターは―――
「弱い」
「クソがぁ!」
それを叩きつけられたレスターは肩を震わせて出て行った。
取り巻き二人もまたそれに倣い付いていく。
後には少し荒らされた店内と、静寂だけが残った。
「すまなかったな。そこまで休めなかっただろう」
「ううん、大丈夫。キミのカッコいい姿も見れたし、言うことなしだよ」
申し訳なさそうに言うユリエルに、シルヴィアは笑顔でそう言った。
日は沈みかけ、空には暗がりが広がっている。既に街灯の明かりが付き本来暗い道のりを照らしている。そんなクインヴェール女学園への道のりを二人は歩いていた。
綾斗とユリスはハンバーガーチェーン店で別れている。
「でも、そうだね。キミが良ければまた一緒にデート、行ってくれる?」
クインヴェール女学園の門の前につくと、横を歩いていたシルヴィアが前に出る。帽子を取って髪の色を戻した。美しい夜明けの色。それを振りまきながら手を後ろに組み、ユリエルに向き直ってはにかみながらそう言った。
街灯に照らされ、スポットライトを浴びるかのように輝く彼女に、ユリエルの心は震えた。
「! ……ああ、喜んで」
「全く、キミには適わないなぁ……」
シルヴィアが久しぶりに見た微笑む彼の笑顔は、月明かりに照らされ何物にも代えられない宝物のように美しかった。
バトルどこに行ったのー