黒鳥答索   作:鬼いちゃん

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Twist it

「《斬哮の龍帝(ジークフリート)》……」

 

 ユリスが呆然と呟いた。あり得ないものを見るかのように目を見開く。

 それに続いて周りのざわめきも大きくなる。ユリエルの後ろに控えていた綾斗も周りのか喧騒がおかしいことに気付いたのか、その背中を見上げていた。

 圧倒的だと綾斗は感じた。自分にかけてある封印、今解けるのは強引に破った鎖の一つだけ。それも五分も満たない時間の間でしか開放できない綾斗にはまるで勝てるビジョンが見えない。

 

「何の茶番だコレは?」

 

 本人にその気はないのだが、その極大剣を地面に突き刺す姿に先程まで騒めいていた野次馬は委縮する。

 だがいかに《龍脈の血剣(ドラン=グレイン)を思い切り地面に突き刺し、周りに莫大な星辰力(プラーナ)を撒き散らそうが彼にその気はまるでない。ないったらない。

 彼はその所為で一度イレーネ、プリシラを怖がらせているのにまるで学習していない。そのことでプリシラに怒られることが多々あるが、やっぱり学習しない。

 そもそも開口一番で決闘を茶番扱いだ。周りは食事の要らない上位者に「何故食事という無意味なことをやっているのか?」と言われた気分だ。

 

「ユリエル、そうやって周りを威圧しないほうがいい。

 それと、その言い方だと誤解を招くよ?」

 

 ギャラリーの暗い空気の中、呆れたような声がユリエルにかけられた。

 モーセのごとく人の波を割ってユリエルの前に現れたのは、端正な顔立ちをした一人の好青年だ。だが人の波を割って通ることの出来る程に名の知れた人物ではある。

 

「ネストルか……」

 

「ファンドーリン先輩!?」

 

 星導館学園序列第四位、《氷屑の魔術師(フリームスルス)》その人だ。周りは殆ど高等部の生徒であり、大学部の生徒でかつ《冒頭の十二人(ページワン)》なのだから騒がないはずがない。だがそれをユリエルがそれを黙らせている。本人に自覚はない。

 

「君はその誤解されやすい言葉遣いを直したほうがいいよ?」

 

「そうはいってもだな、すぐに直せるわけじゃないだろ」

 

「そう決心してから、どれくらい経つんだい?

 進歩がないから、言っているんだろう?」

 

 さっきからやれやれと呆れたように振る舞うネストルに、苛立ちを覚えるユリエルであるが正論であるが故に何も言い返せない。こんな光景を今朝見たような気がするのは気のせいだろうか。

 ネストルはユリエルの誤解を招きやすい言葉を理解できる数少ない友人だ。他には大学部のネストルの友人位しかいない。いかんせん交友関係が狭い。

 プリシラもそのことを心配しているが、友人を作る前に《冒頭の十二人》入りした彼は、むしろ恐れられる対象にしかなっていない。今のところ、ユリエルは決闘すら挑まれていない。

 

「伏せて!」

 

「む? そこか」

 

 光の矢が三本、丁度《冒頭の十二人》の三人に向かって放たれていた。

 ユリスは綾斗に押し倒されことで事なきを得、ユリエルとその近くにいたネストルに向かって放たれた矢は当たる前に霧散した。それと同時にユリエルは自分の星辰力と万能素(マナ)に少しの揺らぎを感じ取った。

 奇襲だと判断したユリエルは、袖に仕込んだダガー型煌式武装を瞬時に起動し投射する。確かな手ごたえを感じた。それでも呻き声すら上げることはなかった。大した耐久力だと素直に感心すると同時に、ギャラリーたちの歓声がユリエルの耳に入った。

 聴けば情熱的なアプローチだの、姫様を押し倒しただのと騒いでいる。その中心に目を向ければ頭を下げて平謝りしている変質者と、顔を真っ赤にしたお姫様がいる。

 ギャラリーの盛り上がりが羞恥を怒りへと変えたのだろう。周囲に焔が噴き出してくる。

 それには綾斗も只々首を横に振る以外にできなかった。

 

「はいはい、そこまでにしてくださいね」

 

 場を沈めるように手を叩く音と、深く落ち着いた声がこの場に響いた。

 

「確かに我が星導館学園は、その学生に自由な決闘の権利を認めていますが……残念ながらこの度の決闘は無効とさせていただきます」

 

 またも《冒頭の十二人》がギャラリーを割って現れた。

 目もくらむような金髪、悠然と歩み進むさまは静かな湖のように美しい。

 星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドだ。序列は第二位であり二つ名は《千見の盟主(パルカ・モルタ)。未來を観る純星煌式武装、パン=ドラを持ち、それを操る実力から名付けられた。

 

「……クローディア、いったい何の権利があって邪魔をする?」

 

「それはもちろん、星導館学園生徒会長としての権利ですよ、ユリス」

 

 クローディアは微笑むと自分の交渉に手を翳した。

 

「赤蓮の総代樽権限をもって、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトと天霧綾斗の決闘を破棄します」

 

 そう宣言すると、赤く発行していた綾斗とユリスの校章がその輝きを失った。

 それを確認した綾斗は深い溜息を吐く。額の汗をぬぐい、安どのため息を吐いている姿を見れば、彼がどれだけ緊張していたかがよくわかった。

 

「ありがとうございます……えっと生徒会長、さん?」

 

「はい。星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドと申します。よろしくお願いします」

 

 クローディアがそう挨拶すると手を差し出した。所詮握手というやつだ。綾斗もそれに気づくと慌てて手を取った。

 そして視線はクローディアの豊満な胸の方に向いていた。ユリスの物とは比べ物にならないくらいには大きい。

 多感な時期とはいえ、少々見すぎだ。やはり並々ならぬ変質者である。

 

「いくら生徒会長とはいえども、正当な理由なくして決闘に介入できなかったはずだが?」

 

 先の裁定に納得いかないのか、ユリスはクローディアをジト目で睨んでいる。

 それをクローディアは笑顔で受け流し、方便という名の正論のような何かをユリスに叩きつける。これにはユリスも唇を噛むことしか出来ない。

 ユリスは転入手続きについて詳しくない。だからそれより詳しいクローディアの言葉にうまく騙される。それを見るユリエルはすごい話術だと感心するばかりだ。決して介入しようとしない。クローディアとの付き合い方を心得ている。

 

「はい、というわけですから、皆さんもどうぞ解散してください。あまり長居をされると授業に遅刻してしまいますよ」

 

 クローディアの言葉にギャラリーたちは三々五々に散っていく。

 中途半端な結末に納得のいかない顔をしている者も多いが、生徒会長に文句を言うほどではないようだ。

 ここに残ったのは《冒頭の十二人》の四人と転入生だけだ。

 

「あっ! あの、ちょっと待っ……!」

 

「止めておけ、とっくに逃げている」

 

 光の矢を放たれたことを思い出した綾斗は、散り散りになるギャラリーたちに声をかけようとするが、ユリエルに止められる。綾斗がユリエルに目を向ければ、彼は《龍脈の血剣》を待機状態に戻し、懐に閉まっていた。

 

「そうだ、捨て置け。撃った奴だってバカじゃないだろうさ」

 

 ユリスはそれに同調するかのように首を横に振った。その顔には苦笑が浮かんでいる。

 《冒頭の十二人》が狙われることは別に珍しくない。この中では、ユリスとネストルはよく決闘、公式序列戦で挑まれることが多い。

 だがどんなことにも例外はいるもので、クローディアとユリエルはまるで挑まれることがない。二人とも中々にイイ性格をしているのか、《冒頭の十二人》に上がる際に相手の心を折りかねない程に、えげつない戦い方をしたためだ。

 ちなみにクローディアもユリエルも故意でやっている。だが、生徒たちの好感度にここまでの差があるのは一体何故なのだろうか。

 やはり物腰の違いなのだろう。

 

「とはいえ、今回はやりすぎです

 決闘中に第三者が不意打ちを掛けるなど言語道断。風紀委員に調査を命じましょう

 犯人が見つかり次第、厳重に処分いたします」

 

 その言葉に綾斗は驚愕した。先程の狙撃を見抜いていたというのだから、この少女も只者ではないと感じたようだ。ユリエルが剣戦で焔と煙を吹き飛ばしたが、それでも全てというわけではなく、視界が悪い状況でそれを見抜いていたのだ。

 まぁ、《冒頭の十二人》なのだから当然といえば当然だが、彼はこのことを知らないのだし無理もないだろう。

 

「所で、あなた方は行かなくてもよろしいのですか?」

 

「生憎、高等部と違ってホームルームとかはないからね

 そっちより始まりが少し遅い」

 

 クローディアの問いにネストルがそう答えた。

 大学部は中等部、高等部とは違う。

 基本的にアスタリスク郊外と何ら変わりはなく、自分で講義を選び履修し必要単位を取るということをするだけだ。

 クラスによって教室でホームルームをしたりすることもない。大分気が楽だ。授業時間は倍近くあるが。

 

「まぁ、そういうことだ

 それにしても《華炎の魔女(グリューエンローゼ)》が決闘とは珍しいな。それも転入生とやりあうとは、何があった?」

 

「それは気になりますね

 ユリスと綾斗君は何故決闘を?」

 

「ッ!」

 

「ええと、それは……そのぉ………」

 

 綾斗が急に狼狽しだした。ユリスに至っては庇われたときに胸を触られたこと、着替えを見られたことが記憶に戻ったのか、顔は愚か耳まで真っ赤になっている。文字通り火が出てきそうである。

 それを見たネストルは大体のことを察した。故意ではないにしろ、《華炎の魔女》の着替えを除いてしまったりでもしてしまったのだろうと。

 だがネストルは空気が読める男である。このことは胸にしまっておくことにした。

 

「ああ、着替えでも覗いたのか」

 

「「「ブッ!?」」」

 

「あらあら……」

 

 だが空気を読まないバカがここにはいるのだ。

 余りに不躾に、そしてストレートにそう言ったユリエルに、ネストル、綾斗、ユリスは噴き出した。クローディアも困ったように頬に手を当てている。

 ユリエルは昔、イレーネとプリシラの着替えを覗いたことがある。まぁ、ユリエルだから故意ではないし、何より妹のような存在に欲情するはずもないのだが、多感な彼女たちは別である。それに血の繋がっていない異性を意識するなというのには無理があった。

 そんなこともあって反応、女子寮の近くという場所を吟味した結果、その結論にたどり着いた訳である。

 だがそれでも口にしないのが場の流れを読むということである。

 

「君は馬鹿なのかい?

 そうだね、君は誤解されるような言動をやめる前に、空気を読むことから始めた方がいい」

 

 ネストルはそう捲し立てる。

 綾斗の顔は熟れたリンゴの様に赤く染まり、ユリスは最早感情のコントロールがうまくいかないのか、万能素が騒めき始めている。

 

「ああ、もう……!

 この件は貸しでいい!」

 

 ユリスが綾斗に向き、そう言い放った。

 感情は幾分か落ち着いてきたのか、赤みが抜けてきている。だがそれでも羞恥の感情は抜けない。綾斗は何のことを言っているか理解できていなかったため、頭に疑問符を浮かべているがユリスにはどうでもいい。

 今すぐここから抜け出したいがために強い語調で言い放つ。

 

「ハンカチのことが不可抗力だったことは認める。だから今回のことは貸しにするといったんだ!」

 

「全く相変わらずですね、あなたは

 もう少し素直になったほうが行きやすいと思いますよ」

 

 綾斗はそれを聞いて貸し借りだけの関係とは少しドライ過ぎないかと感じていた。

 それもクローディアは見越していたのか呆れたようにユリスにそう言った。にこやかな表情を崩した姿にユリス以外は驚いていた。

 幼いころに面識が幾ばくかあった自分には表情を崩すことがあることを知っていたユリスは驚きはない。むしろ食って掛かる。

 

「余計なお世話だ。私は十分素直だし、人生に何の支障もない」

 

「あら、でしたらタッグパートナーはもうお探しになられたのですね?」

 

「う……そ、それは……」

 

 ユリスは視線を逸らした。何ともわかりやすい。

 クローディアは常にこれくらい素直でいてほしいと願うばかりだ。さながらユリスのお母さんである。余計なお世話と言われるのもわからない話ではない。

 クローディアの言うパートナーとは《鳳凰星武祭(フェニクス)》のルール上二対二という形式上、必ず必要となってくる。

 

「《鳳凰星武祭》のエントリー締め切りまであと二週間です。あまり余裕はありませんよ?」

 

「わかっている! それまでに見つければいいんだろう!」

 

「あらあら」

 

 肩を怒らせてズンズン進む姿はまるでお姫様とは思えない。

 それを見たクローディアは駄々をこねる子供を見守る母親の目でユリスを見送った。やはり彼女にとっては大きなお世話である。

 

 

 

 

 

 ユリスが寮に戻った後、ユリエルとネストルは綾斗たちと別れた。

 大学部校舎と高等部校舎は別の場所になっているからである。

 星導館学園は中等部校舎、高等部校舎、大学部校舎に分かれている。その中でも学生数の多い高等部が最も大きい作りになっており、この三棟は広大な中庭を囲むように立っている。

 クラシックな作りだった女子寮に比べて、校舎は広大で近未来的だ。

 

「ああ、そういえば知っているかい? 少し前にすごい突風が吹いて洗濯物が飛ばされたり、屋根が吹き飛んだらしいよ」

 

 そう言ってネストルは端末からニュースのウインドウをユリエルに見せる。そこに映っていたのはレヴォルフ黒学園付近の外縁居住区を突っ切り、クインヴェール女学園付近の居住区及び商業エリアを中継し、星導館学園近くの居住区の屋根が壊れていたり、洗濯物が散乱したりするといった概要の記事と写真が映し出されていた。

 それを見たユリエルはだらだらと冷や汗を流した。それを不審に思ったネストルが声をかける。

 

「ユリエル?」

 

「そ、そうか。すごい突風だったんだな。うちの洗濯物も飛ばされてないといいが」

 

 彼はそう言ってごまかした。


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