黒鳥答索   作:鬼いちゃん

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「ねーねー、なにごとなにごと?」

 

「《華焔の魔女(グリューエンローゼ)》が決闘だってよ!」

 

「まじで!? 《冒頭の十二人(ページワン)》じゃねーか! そいつぁ見逃せねーな!」

 

 野次馬がわらわらと集まっていく。その中心には薔薇色の髪の美少女と黒髪の少年が立っていた。いや、正しくは対峙しているというべきだろう。

 そしてその少年、天霧綾斗は冷汗をだらだらと流している。彼は自分自身にどうしてこうなったのかと自問するしか他に方法がなかったのだ。

 

 事の発端はほんの少し前、《華焔の魔女》ことユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトのハンカチが風に飛ばされた際、届けに彼女の着替えを覗いてしまったことだ。

 まぁ、普通に考えればその時聞こえてきた声で身支度を整えていたというのは理解できていた筈なので、有罪だろう。ユリスもそのつもりで煌式武装の細剣を抜いている。

 とはいえ、とても大事なものを届けたのだから少しは融通を聞かせて欲しいというのが綾斗の弁である。

 

 今日ここ、星導館学園に転入するというのに大した仕打ちだと綾戸は内心溜息を吐く。

 ここには味方がいない。周りは星導館学園序列五位のユリスの決闘に興味津々だ。ユリスからも戦わなければ自警団いきだと言い渡され、もはや逃げ道はない。

 誰かから投げ渡された剣を構える。

 

「さて、準備はいいか?」

 

 ユリスは細剣を貴族のように優雅な構え方で綾斗に応じた。切っ先は綾斗へとまっすぐに、迷いなく向けられている。その事実に溜息を吐くと口を開いた。

 

「……我天霧綾斗は汝ユリスの決闘申請を受諾する」

 

 今、王女と並々ならぬ変質者との戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

「あー! お姉ちゃん!? ちゃんとハンカチとティッシュは持っていくって言ったでしょ!?」

 

 レヴォルフ学園近くの住居でプリシラの声が響く。

 姉が妹に怒られるという構図は毎週のごとく見られるもので、カジノで暴れた時やら喧嘩をして怪我をして帰った時やらと大体イレーネが悪い。大体と言うよりユリエルが見た時は全てイレーネが悪くなかったことが見たことがないくらい悪い。

 プリシラはイレーネにとって何よりかわいい妹であるし、何より言われていることが正論だ。絶対に強く出ることが出来ない。自分の方が姉なのに。

 

「あーもう分かったよ。分かったからそんなに大声出さないでくれよ」

 

「これじゃぁどっちが姉だかわからないな」

 

「兄貴は黙ってろ!」

 

「お姉ちゃん!?」

 

 妹に怒られてたじろぐ姉を見かねたユリエルが呆れてそう言うが、イレーネに一括される。それを見たプリシラが更に目を吊り上げた。イレーネが「やべっ」と言ったが、まぁ自業自得だろう。

 だがこのままお説教コースに行かれたら学校に間に合わなくなるのでプリシラを止める。

 

「そろそろ出ないと遅刻するぞ。」

 

「お、おう、そうだぜプリシラ! 間に合わなかったら元も子もねぇからな!」

 

 どもりながらそう捲し立てるイレーネにユリエルは目を覆いたくなる。

 なぜこうも生活面ではだらしないのかと。プリシラのことになるとカッコいいお姉ちゃんに様変わりするのに、もったいないとしか思えない。

 尚、それでも舎弟をいじめられたヤンキーが復讐してきた様にしか見えないのだが……。

 

「もうっ、お姉ちゃんなんてもう知らない!」

 

「あっ、プリシラッ。うぅ、兄貴~~ッ」

 

 恐らく親の顔以上に見た光景だ。ユリエル自身親の顔なんて覚えてはいないが、それほど頻繁に見る光景だ。つい二週間ほど前に見た記憶がある。

 プリシラに叱られて、ユリエルになだめられ、イレーネがそれに便乗し、プリシラがそれに対して拗ねる。それを見たイレーネがユリエルに泣きつく。

 今日は休日明けだ、本来寮生活であるユリエルは休日の日はここに泊まりに来ている。これで自分がいない日にはどうなるかなど想像したくもなかった。

 

「はぁ……、戸締まりは俺がやっておくから追いかけてやれ」

 

「うん、行ってきます……」

 

「あぁ、行ってきな。

 っとイレーネ! ハンカチとティッシュを忘れるな!」

 

 しょげたイレーネに忘れ物を投げ渡し、玄関の鍵を閉める。

 レヴォルフ黒学園ではなく星導館学園の大学部に通うユリエルは姉妹たちとは別方向に向かうため玄関ですぐに分かれることになる。

 彼女たちはユリエルと共に学校に行きたがっていたが、世界の歌姫様の《BC》に出るにあたりレヴォルフとなると流石に体裁が悪い。常識人が一割どころか一パーセント居るかも怪しい学園だ。ユリエルが知っている限りだとプリシラと《悪辣の王(タイラント)》の秘書である樫丸 ころなぐらいの者だろう。

 何故ならあの学校の校風は基本自由。ただ一つだけ、強者に従えという絶対ルールが存在するだけだ。勝ったものが強者。それを地で行く学校にまともな人間なんぞが集まる筈もなかった。

 イレーネ? 妹思いとは言え、カジノで毎回暴れてくるような奴がマトモな訳がない。それにしてもプリシラは姉がいるから仕方ないとして、樫丸 ころなは何故レヴォルフに居るのか? それより何故《悪辣の王》の秘書なんてものをを務めているのか、アスタリスク七不思議の一つである。

 

「遅くなったが、間に合うだろ」

 

 そう言うとユリエルは屋根に飛び上がり風になった。

 《星脈世代(ジェネステラ)》は常人とは違い、超人じみた運動性能を持つ。軽く自動車を超えるくらいのスピードが出せるのだ。故に法律では星脈世代の方が一般人よりも刑が重くなる。

 だがまぁ、一般人が屋根の上にいることなど早々ないのでユリエルは遠慮なく足を踏み込んだ。彼は普通の《星脈世代》とはかけ離れた星辰力(プラーナ)を持っている。それに加え精密な星辰力の操作もこなすことが出来る。

 これには界龍第七学園の道士は愕然とするだろう。針に糸を通すどころの精密さでは会得できないものだ。それを難なくこなす。道士たちは卒倒するだろう。遅刻しそうだからという理由で軽々と使われればそれはもう憤慨するはずだ。

 何せ彼らの中には傲慢でプライドが高いものが多いのだから。

 

 その日は台風張りの突風が吹き、洗濯ものやひどい場合には屋根が壊れた家もあって、ニュースになり彼が冷や汗を流すことになるはもうすぐだ。

 

 

 

 

 

「咲き誇れ―――鋭槍の白炎火(ロンギフローラム)!」

 

 ユリスが剣を振るうとその軌道に沿い、青白い炎の槍が顕れる。《魔女(ストレガ)》だ。万能素に深リンクし世界の法則を捻じ曲げる。その使い手の男性を《魔術師(ダンテ)》、女性を《魔女》と呼ぶ。そして彼女は花を媒介にして能力を扱うようだ。

 《魔術師》《魔女》は様々な力を持つ。それはユリスの様に炎であったり、星導館序列四位ネストル・ファンドーリンは氷といったように多種多様だ。だが万能素とリンクする際に何かを想像し、それを媒介にする。シルヴィアは歌を媒介し、様々な事象を操ることが出来る。故にこそアスタリスクでは最も万能な《魔女》と言われている。

 そしてユリスは先ほど言った通り花を媒介にする。今放った炎の槍はテッポウユリをモチーフにしたのだろう。

 それらはロケットのような勢いで綾斗を貫かんと突き進む。

 

「くっ!」

 

 綾斗は炎の槍を剣を盾にすることで巧く受け流す。それには周りも感嘆した。

 新参であろう少年が序列五位の攻撃を防いだのだ。にわかには信じがたいのか、ユリスが手加減をしていたのではないかと勘繰る者もいた。

 それにユリスは眉をひそめた。彼女自身手加減したつもりはない。周りの連中は知らないのだろうが、下着姿を見られたのだ。手加減するどころか本気で叩き潰す気でやったのにこの反応では多少機嫌が悪くなるというものだ。

 

「ええと、ユリス……さん? そろそろ許してもらえないかな?」

 

「ユリスでいい。で、それは降伏宣言と受け取っていいのか?」

 

「そりゃもう。それに俺としては最初から戦いたくなんかなかったんだけど」

 

 綾斗はそれはもう辟易した表情で語る。

 だがユリスは綾斗を逃がすつもりは毛頭ない。それは単に着替えを見られたから、というものだけではない。違和感だ。手加減している訳でもない。単に筋がいいという風に回りはやし立てるが、それだけではないと対峙している彼女は感じていた。

 今も尚、圧倒され此方に傷一つ付けるどころか近づくことすらできていないのに、彼はその姿勢を崩さない。その飄々とした雰囲気、穏やかなその瞳が崩れることなく自分をの挙動を注視する。

 

「まぁ、それでも構わないがな。やはりそうした場合には変質者として私にじっくり焼かれるか、自警団に突き出されることになるな」

 

 それを聞いた綾斗は飄々とした雰囲気を少し崩される。彼の背中にはこの決闘でかいた汗以外にも冷汗でびっしょり濡れていることだろう。

 さらにユリスは続けて口を開いた。

 

「ちなみに昨日の下着泥棒は、自警団に捕まった後に『おしおき』の後にカタコトでしか喋れなくなった挙句に部屋から一歩も出られなくなるほどの精神状態になったそうだ」

 

「もう少し頑張ってみようかな……」

 

 ユリスの口から出た言葉に顔を引きつった笑みを浮かべることしか出来ない。どっちに転んでも地獄だ。精神的に死ぬか、身体的に死ぬか……。

 ならば戦って活路を開くしかない。

 綾斗は剣を構えなおした。

 

 ユリスは決闘を続ける意思を見せた綾斗に碧色の瞳を向ける。

 そうだ、それいい。

 このままでは納得がいかない。この違和感がはっきりするまでは付き合ってもらう。そのために強迫じみたことをしたのだ。

 次は近づけさせず、かつ一撃で仕留められる大技を繰り出す。これで終わればその違和感は杞憂ということだろう。だがもし、凌ぎきることが出来たのならば、許してやらないこともない。それで違和感が取り除けたらの話だが。

 

「咲き誇れ―――六弁の爆焔花(アマリリス)!」

 

 今度は外さない。

 これの技は着替えを見られた際に綾斗を焼きつくさんと放った技だ。結果、これを躱した綾斗は変質者から並々ならぬ変質者へとランクアップしたのだ。

 だが今はそんなことはどうでもいい。

 確実に当てる為に一瞬で最適な軌道を計算し、その火球を放つ。大きさは綾斗が喰らった時よりも二回り程度大きい。

 決闘を観戦するのは自由だが、巻き込まれた場合は自己責任だ。これを見たことのある生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

 対して綾斗は腰をかがめて身構える。

 それを見ていたユリスは開けていた拳を強く握りしめた。

 

「爆ぜろ! あ……」

 

 命令が下された火球は確かに綾斗が交わす寸前に爆発した。だがその直前に誰かが火球に突っ込んだのが見えたのだ。出していい訳がない超スピードで巨大な火球に突っ込んだ馬鹿が。決して止められるスピードではなかった。

 ユリスは多少心配になってきたが、決闘に巻き込まれたのは自業自得だと自己完結し、焔の先を見据える。

 この距離ならば直撃は兎も角、逃れることは不可能だ。この爆発に巻き込まれたのならいくら《星脈世代》とは言え動けるはずもない。

 ここでユリスは勝利を確信している。ユリスはさっき突っ込んできた人間のこともすっかり頭から抜け落ちていた。

 次の瞬間、巨大な剣戦が焔の花弁を切り裂いていた。

 

「邪魔……」

 

 焔の煙は剣が振るわれた方に向かって流れる。そして煙が腫れ、全貌が露わになった。

 その剣はあまりに大きく、二メートル近く、そしてそれを持つ青年も背が高く百八十を超えていて長身だ。目は猛禽類を思わせるかのように鋭く、獲物を見定めるかのようにユリスの瞳を貫いた。

 そしてその者が纏う強者の空気にその場にいる誰もがその姿に畏怖を覚えた。

 何も知らない綾斗でさえそれを背中から感じ取っている。

 

「おいおい……不味いんじゃねぇか?」

 

「流石に姫様でもコレは……」

 

 吹き荒れる風に棚引く制服には焦げ跡一つすらついていない。第五位の火力をもってしても傷の一つも付けられない圧倒的な、星辰力。それは確かにユリエルの周りを球体の様に展開されている。

 星導館学園大学部一年、序列第九位、ユリエル・ノークス・オーエン。

 使用武器、純星煌式武装(オーガルクス)龍脈の血剣(ドラン=グレイン)

 そして二つ名を―――

 

 

 

「《斬哮の龍帝(ジークフリート)》……」




龍脈の血剣……星導館持ちの純星煌式武装
斬哮の龍帝……元々構想段階で既にシルヴィアがメインヒロインだったので、彼女の称号の元ネタに因んだ称号にしようとした所、コレに。シグルドリーヴァは所謂シグルド大好き戦乙女。シグルドにすると被るので、シグルドを元ネタにしたジークフリートを選択。漢字は適当

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