黒鳥答索   作:鬼いちゃん

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不味い、構想を思い出せないですぞ


Dirty Worker

 ペトラとの会談が終わり、ユリエルは自分の住んでいる居住区にある普通のマンションの一室に帰っていた。

 日は傾き、時期も三月の終わり際だ。まだ少し肌寒い。それでも入った玄関には暖かい風が流れ、明かりもついていた。それにテレビから流れる笑い声も聞こえてくる。

 

「ただいま。」

 

 ユリエルがそう声を発すると、部屋の奥の方からパタパタと誰かが小走りで近づいてくる。揺れる髪の毛は栗色で三つ編みに結えられていた。最近のファッションを意識した私服の上にはエプロンが掛けられ、手にはお玉を持っている。料理の途中であることを感じさせる風貌だった。

 

「おかえりなさい、お兄ちゃん!」

 

「遅くなって悪いな、プリシラ。少し話が長くなってな」

 

 ユリエルは駆け寄ってきた少女、プリシラ・ウルサイスの頭を撫でる。プリシラはそれを嬉しそうに受け止め、笑みを浮かべる。薄く頬を紅く染める姿は兄を慕う妹のようだ。

 明かりのついた部屋に目を向けていた。そこから流れる芳醇な香りが彼の胃袋を刺激し、意識をそこへと向けさせていたのだ。

 

「ん? 今日はパエリアか? お前のパエリアは旨いからな、楽しみだ」

 

「うんっ! お兄ちゃんお仕事入ったんでしょ?

 だから力が出るように、お兄ちゃんの好きなもの沢山作ってるの!」

 

 プリシラは新しい仕事が入ったということを通信端末でユリエルから教えてもらっていた。そのことにプリシラは、ユリエルが家を空ける時間が長くなることであろうことに一抹の不安を感じながらも、そのことを嬉しく感じていた。

 ユリエルの最も輝く瞬間は、何かに向かうことにあるとプリシラは感じていたからだ。

 

 ユリエルが開業した便利屋はここ最近仕事の依頼が全くと言ってもいいほどに来ず、依頼が来てもバイトの様なことをやらされているだけだった。

 とはいっても仕事をせずとも一生遊んでも生きている財を持っているユリエルには仕事をする必要もない。

 この便利屋は彼の傭兵時代の名残であり、それをプリシラ自身承知していた。むしろ彼女自身、ユリエルと居られる時間も多く取れる今の状態にとても満足していない筈がなかった。

 だからこれはプリシラの我儘。ただ、ユリエルの更に輝く姿を見たい為の願望なのだ。

 

「そうか。なら俺も頑張らないとな」

 

「うん! 頑張ってきてね!

 それで、どんな仕事が入ったの?」

 

「そうだな、飯食いながら話そうか

 イレーネを仲間はずれにするのも可愛そうだろ」

 

 イレーネと言うのはプリシラの実の姉に当たる人物だ。妹のプリシラを何より大事に思っている妹思いの少女である。

 そしてプリシラも姉を慕う一介の妹である。姉を放っておいて勝手に盛り上がることは、プリシラ自身も望むところではなかったので素直に引き下がった。

 

「それもそうだね。

 それじゃあ、ご飯の時に聞かせてもらうからね!」

 

「お~い、プリシラ~

 鍋が噴きこぼれそうだぞ~」

 

 プリシラが意気込むのと同時にプリシラを呼ぶ声が部屋から聞こえてくる。少し粗暴な言葉遣いが目立つイレーネの声だ。

 プリシラはそれを聞くと何度か瞬きをした後に、はっとした様子になった。

 

「えッ!? 嘘!?

 わ、私はお鍋見てくるから、お兄ちゃんは椅子に座って待っててね!」

 

 そう言ってプリシラはまたパタパタと部屋へと戻っていく。ユリエルはそれを苦笑しながら見送った。

 

「あれから五年近く経つのに変わらない」

 

 ユリエルは靴を脱ぎ、スリッパに履き替えてそう一人ごちた。

 ユリエルの言う五年前、それはプリシラとイレーネを拾った、否()()()時だ。

 

「にしても面倒だ……」

 

 ペトラとの会談の後、さらに詳しい概要に触れたのだが、予想以上に護衛対象は厄介ごとを抱えているようだった。

 ユリエルが聞いた話によれば、人を探しているらしい。それも二人。

 これを聞いたユリエルは思わず顔を顰めた。何故ならその二人の人物は、ある日忽然と姿を消し、今現在も行方不明らしいのだ。

 これにユリエルの危機察知能力は本能的にアラームを鳴らしていた。これは不味い、と。

 こんなことは過去に何度もあった。それこそ星屑の極光の時代には嫌というほどに経験したことである。

 

「まぁ、考えてもかわらない……か」

 

 そう、考えても先は見えないのだ。

 ユリエルにとって障害はねじ伏せるものでしかない。今までそうしてきたのだ。これからも変わることなどないだろう。

 自分のことすらも知りえない迷い人なのだから。

 

「とりあえず飯を食ってから考えるとしようか」

 

 先程までの考えを振り払うようにそう言うと、ユリエルは奥の部屋へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「「シルヴィア・リューネハイムの護衛ィィィ!?」」

 

「何だ、うるさいぞ」

 

 アパートの一室、食欲を引き立てられる香りの立ち上る食卓に、プリシラとその姉、イレーネの驚愕の声が響いた。それに対してユリエルは喧しそうな顔を顰める。

 それもそうだろう、世界一位の歌姫の護衛だ。驚かないほうが無理がある。

 それこそ最近まではフリーターやニートに近い生活をしていた人間が抜擢されるなど、イレーネとプリシラは思いもしなかっただろう。

 

「いやいや、何で久しぶりの依頼が歌姫の護衛とかなんだよ!?

 もっと軽い依頼でもよかっただろ!?」

 

 イレーネが身を乗り出しながら怒声を響かせる。

 

「そうだよお兄ちゃん!

 相手は世界一の歌姫だよ!? アスタリスクで二番目に強いって言っても、それだけ狙われやすいんだよ!?」

 

 パエリアを口に運ぶ。そして何回か咀嚼し飲み込む。いつもと変わらない味に満足しながらさらにパエリアを口に運ぶ。

 プリシラの言葉は兎も角、イレーネの言葉は確かに的を得ていた。それをわかっていた彼は小さく嘆息し、コツコツとスプーンで皿を叩きながら彼女たちに目を向けた。

 

「護衛なんてのはあってないようなものだ。この依頼の最も重要なことはBCへの出場の筈だ。それに、《王竜星武祭(リンドブルス)》準優勝者だ、そうそう護衛が必要になるような事態になる可能性はない。」

 

 三つある《星武祭(フェスタ)》にはそれぞれ違う対戦方式になっている。

 《鳳凰星武祭(フェニクス)》ではタッグ戦、《獅鷲星武祭(グリプス)》ではチーム戦、《王竜星武祭》では個人戦というように分けられる。

 この中で王竜星武祭は唯一、一対一で闘うことになる個人戦だ。このことから、王竜星武祭こそが本当の星武祭という人も少なくない。

 その大会の準優勝者。アスタリスク内では、彼女を凌いだ王竜星武祭の優勝者である《孤毒の魔女(エレンキシュガール)》や星猟警備隊(シャーナガルム)の警備隊長のような、規格外を除けば最上位に位置すると言っても過言ではない存在だ。

 

「だけどよぉ……」

 

 イレーネは心配は要らないという説明を受けるが、それでも納得のいかない様子だ。だがユリエルは、もうそれ以上言うことはないと言わんばかりにパエリアを頬張り始める。

 それを見たイレーネは大きく溜息を吐き、これ以上このことに首を突っ込むのをやめた。どうせこの義兄に心配をするだけ無駄なのだ。問題が起きようが、彼はその乗り越えられるだけの場数を踏んでいる。

 イレーネもプリシラも詳しいことは教えてもらっていないが、それを察することぐらいは出来た。プリシラがあの時、アルルカントに変わって買われたときに。希少な再生能力者(リジェネレイター)を買い取ってみせたのだ。どれだけの大金がつぎ込まれたのかは想像に難くない。そしてそれでもなお、自分たちを一生養うことの出来る大金。

 過去に何があったのかはわからないが、それでも彼女たちの中では彼はヒーローであり最愛の義兄だ。

 なんであれ、彼女たちが彼を心配するのはごく当然の話であった。

 

 

 

 

 

 

「ええ、間違いはないでしょう

 あなたの探し人の一人は彼の筈です。ですが大丈夫ですか?

 彼は恐らくあなたのことは覚えていないと思われますが……」

 

 バイザーで顔を隠したペトラは鮮やかな薄い紫色の髪を伸ばした女性に声をかける。

 夜明けの闇と光を混ぜた髪色の少女は、シルヴィア・リューネハイム。《王竜星武祭》準優勝者にしてクインヴェール女学園序列一位、世界の歌姫その人である。

 

「うん。大丈夫じゃないかもしれないけど、受け止めるよ

 ……でも実験ってどういうこと? アルルカントなの?」

 

 シルヴィアは悲しそうに目を伏せる。

 それをバイザー越しに見ていたペトラはそれから目を逸らした。

 たとえ、幹部になるために人格を矯正されたとしても、彼女は人の子であり一人の女性であった。

 故に彼女はこう答えた。

 

「……この件であなたがこちらに不利益になることをしなければ、お話いたしましょう」

 

 その言葉にはなに一つの曇りもなかった。

 ペトラは真摯にシルヴィアの問いに答えようとしているのだ。行動に移す危険性はあれど、動かないのであればその思いを汲んで機密に当たることでさえも答える。暗にそう言っていた。

 幹部としても過去のことを公にされるより、世界一位の歌姫を失うことの方が過失だと無理やり抑え込んだ。

 

「……うん、お願い」

 

 シルヴィアも彼女の思いを受け止めた。

 自分はこれを聞いても、行動に移すまいと。ただ今ユリエルと名乗る彼を受け止める為に、この話を聞こうと決意した。

 それを見たペトラは一度頷いて、一つ息を吐いた。

 

「いいでしょう、お話いたします

 あれは 落星雨(インべルディア)直後の話になりますか……。

 あの惨事の後に国家は衰退し、統合企業財体が主権を握ったということは落星工学を学んでいるのですから知っていますね? もっとも、常識的なことではありますが……」

 

「……知っているけど、それが?」

 

 分かり切ったことを聞いてくるペトラに抗議の視線を向ける。

 だがその視線もすぐに懐疑的なものに変わる。彼女がこんな詰まらないことを言う人物ではないことを知っているからこそだった。

 

「ええ、その時に星脈世代(ジェネステラ)の存在が確認されました。と言っても、落星雨以前から星脈世代は僅かに存在していましたが……」

 

 仙人、魔法使いと言われた存在はそれに当てはまる。日本にかつていたとされる否、今も社会の裏に存在する忍者の一族、それも星脈世代である。

 

「それでも主権を統合企業財体から奪おうとする国家が少なからず存在していました。むしろ数多くの国家が主権を取り戻そうとしていたのです

 それも当時発展途上、及び先進国が殆どでしたが……。それでも世界の民意の大半が統合企業財体に移っていました」

 

 これは国家に比べて統合企業財体が経済主体になってから経済成長が著しかったことによるものであり、世界の人々は疲弊した国家は当てにならないと疾うにに見限っていたのだ。

 そんな時に無数の企業が融合し新しく生まれた統合企業財体という経済主体が、世界の混迷を脱してみせたのだ。これに人々が食いつかないわけがなかった。

 自分たちに最も都合のいい、利益になることに食いつき、それが自分たちにとってより良い拠り所になるのならそれに寄生し、そしてそれが変化することを快く思わない。つまり民意とはそう言うものなのだ。

 

「その後です。《星脈世代》の存在が世間に認知され、マナダイトの研究が進みアスタリスク及び《星武祭》等での新しい経済発展の場が完成し、そして見事成功を収めて今に至っています。丁度この時に国家の人間が謀反の動きを活発化させようとしているという話を聞いた統合企業財体はある行動に移りました」

 

「ある行動って……?」

 

 シルヴィアは経済発展の場という言葉に顔を顰めるも、そう聞き返した。

 彼女にとっても見世物にされているという事実はとても不快にさせるものである。

 世界一の歌姫と持て囃される身とすると痛いほどにその事実が浮かび上がる。自分がそれを成り行きとは言え、それを望んだとしてもきついものがあった。

 

「ラディスラフ・バルトシーク教授と《大博士(マグナム・オーパス)》は知っていますね?」

 

「知っているけど、それが?」

 

 ラディスラフ・バルトシーク教授とは純星煌式武装(オーガルクス)の研究を一人で半世紀ほど進めてみせた不世出の天才である。数多くの純星煌式武装の開発に着手し、星導館学園序列二位《千見の盟主(パルカ=モルタ)の操る《パン=ドラ》やクインヴェールのルサールカの五人の少女たちが使う《ライア=ポロス》を開発した。

 

 そして《大博士》というのはアルルカント・アカデミーにおける《超人派(テノーリオ)》と呼ばれる派閥における代表、ヒルダ・ジェーン・ローレンズのことである。

 他の学園にも言えることではあるのだが、それを差し引いてもアルルカントは内部の勢力争いが激しい。優秀な人材、研究資金を巡り各派閥が鎬を削っているのだ。

 その中で最も非人道的なことをやってのけるのが《超人派》である。なお、《大博士》は四年前に犯した失態によって、ペナルティを掛けられている状態だ。

 特にレベル5指定の施設に立ち入ることが出来ない状態である。今現在彼女は研究することが出来ないことになっているのだ。

 

「《星屑の極光》が起きる二年ほど前、とあるウルム=マナダイトを発掘しました。それは極めて高純度でありとてつもなく巨大なものだったのです。」

 

 ウルム=マナダイトは万能素(マナ)が結晶化した鉱石であるマナダイトの極めて純度の高いものの総称である。通常のマナダイトよりも希少であり、マナダイトをコアに用いた武装を煌式武装(ルークス)と呼ばれるのに対し。ウルム=マナダイトを用いたものは純星煌式武装と呼ばれている。

 そしてそのアルルカントが見つけたウルム=マナダイトはとても巨大なものだった。ルサールカの扱う《ライア=ポロス》はウルム=マナダイトを五つに分割して作られたものであるが、それの十倍以上の大きさを持つものだった。名を《アレサ》という。

 

「ですがそれには一つだけ欠陥があったのです。そう、武器として扱えないという欠陥が……」

 

「それがどうしたの?」

 

 シルヴィアにはペトラの言いたいことがまるで分らなかった。武器として使えないことは可笑しなことであったが別に問題視するべき点ではない。企業の損得は別としてだが……。

 

「情報が少ないので詳しいことは分かりませんが、教授がそれを解析し《大博士》に受け渡したという話が上がっています。これが意味するのは恐らく……」

 

「……生物に影響する?」

 

「ええ、その可能性が高いでしょう

 彼の記憶喪失もそこに関わってくると思います」

 

「わかった、ありがとうペトラさん」

 

 部屋を出ていく彼女の美貌は憂えていたが、確固たる意志が瞳に込められていた。




アレサ……ライア=ポロスの十倍以上の大きさのウルム=マナダイト。武器等に転換できない。ウルム=マナダイトの中でも特に高い純度を持つ。
星屑の極光……主人公と同種の傭兵たちが起こしたテロ。統合企業財体も同じ傭兵を雇いこれに対抗する。この事件によって八つあった企業の二つはこの事件によって壊滅している。

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