楯は類を呼んだり呼ばなかったり   作:はたぼー

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プロローグⅡ 他の入寮者

《side:鏑木瑞穂》

 

 国内でも有数の企業、鏑木グループ。

 将来その鏑木グループを担うと期待されている鏑木瑞穂が尊敬する人物を挙げろと言われたら、まず最初に言うのは華族から一大グループを作り上げた祖父の名前であるといえる。

 その祖父が取り乱すのを見たのは初めてだった。

 

 数日前に届いた一通の警告文。その内容から鏑木家の誰かが狙われていると分かったのである。

 もちろん国内の財界でもトップを走るような鏑木グループに届く脅迫状は多い。だが今回は裏の世界で有名な集団だと分かって鏑木家は色めきだった。

 相手は世界を股に掛ける殺し屋集団。いくら腕利きの護衛を持つ鏑木家といえど関係者全員を守るには手が足りない。

 

 そこで祖父と父が考え出したのは瑞穂の避難させることだった。それまで通っていた高校から父の伝手で別の高校へと転校することになったのである。

 さらに名前を母方の苗字『宮小路』を捩り『宮野』とするなど細工しながら『鏑木瑞穂』がそこに入ったとは思わせないようにした。

 

「今日からこれで生活するの?」

 

 青い縁取りの白い制服に黄色いリボン。

 こんな自然豊かで都会から離れたここでは浮いているが、この辺りの女子からは人気である制服を身に纏った瑞穂は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「可愛いわ瑞穂ちゃん」

「でもこれ、短すぎない?」

 

 可愛いという幼馴染のまりあに言う通り、瑞穂が着るスカート丈は膝より大分上である。まりあが通う学園のスカートと同じくらいなのだろうが、自身で着ると恥ずかしかった。

 

「長い方が何かと好都合だけど、問題ないわよ」

「僕が恥ずかしいんだけど」

 

 瑞穂がいつも着ている服装は長袖長ズボン、普段着ない格好に戸惑う気持ちが強いらしい。

 

「うちと違ってロングスカートは無いの。指摘されない程度は伸ばしてあげるから我慢しなさい。それと一人称は僕じゃなくて、わたしよ。そろそろ覚えなきゃ」

「そ、そうだね。わたし、わたし、私。初めましてまりあさん。私は宮野瑞穂、どうぞよろしくお願いします」

 

 活発で明るいまりあが大人を前にした時のまねをしながら頭を下げる瑞穂に、まりあは見惚れると同時にやはり自分の見立ては完璧だったと自画自賛した。

 

「かんっぺきね。そんなだったら誰も瑞穂ちゃんのこと分からないわ。まあ、あれだけ強い瑞穂ちゃんが狙われてるって言われても信じられないけど」

「まりあ、いくら鍛えても私は素人だからね」

 

 まりあが瑞穂の強さを信じているのには訳があった。

 女学院に通うまりあが買い物で憂さ晴らししたいと瑞穂と一緒に街中へ連れ立った時、数人の男達に連れ去られそうになった事があった。一緒にいた瑞穂を女性だと甘くみた犯人達は返り討ちにあったである。

 

「それでも大丈夫そうな気がするけど、まいっか。あまり長居しないようおじさまに言われてるし、私は帰るから。じゃあね瑞穂ちゃん」

 

 ペケな感じのペアピンをした幼馴染はそう言って部屋を出て行った。

 もしかしてさっきのは彼女なりの元気付けだったのかと思い至った瑞穂が慌てて扉を開けてもそこには誰も居なかった。あの元気な幼馴染は足早に帰ってしまったらしい。

 あとに残されたのはとても可愛らしい制服を着た瑞穂と、彼女が演出した部屋だけである。

 

「はぁ、これで本当にいいのかな?」

 

 少しの後悔と寂しさに襲われて思わずため息が出た。

 自分の身を守るために様々な人が動き、ここまで整えてくれている。もう後戻りはできない。

 パチンと両手を鳴らして暗い気分を振り払った彼は、引きずらないために私服に着替え始めた。

 

 

 

 

 

《side:深山瑞希》

 

 淡い青のカチューシャと同じ色のメイド服、白いエプロンも可愛らしいフリル付き。可愛らしいだけじゃない、エプロンで隠れる場所や後ろには必要な道具を入れるための防水ポケットなど頑丈な作りになっている。

 

「見事なメイド服」

 

 瑞希は自分を助けてくれた女性に渡されたメイド服を着て、その服飾技術に改めて驚いた。着る前から分かっていた事だが、生地はもちろん裁縫も腕の立つ職人が手掛けた物だろう。

 胴回りのコスセットは速い動きをしても服がずれないようになっており、可愛らしさを表に出しながら要所でしっかりしていて実用性と可愛らしさを両立している。

 

「杷虎どうしてるかな。食事洗濯もそうだけど、仕事に手が付いていないとか。ううん、そんな人じゃないか」

 

 心配になって電話でもしようかと思ったが、先日喧嘩別れして来たことが脳裏を過ぎって頭から追い出た。

 家事や雑用全般をしていた瑞希が居なくなったとしても、へこたれるような杷虎ではない。彼女は長年一緒にいた瑞希から見ても憧れるくらい強い女性だ。

 

「それに危ない所を助けてくれたむつみさんに恩返しするために頑張らないと」

 

 杷虎から逃げ出した瑞希の前に待ち受けていたのは、求人募集ゼロという現実だった。

 求人募集が無い状態でお金も身元を示す物もない瑞希を雇ってくれる場所もない瑞希は当てもなく彷徨い、用事で鳳市に来ていたある学園理事長の春咲むつみに保護されたのである。

 瑞希から事情を知ったむつみはその容姿と特技を見抜き、瑞希を新しく開設する寮の世話役兼学生として雇い入れてくれることになったのである。

 

「準備出来ました?」

 

 ひょこっと部屋に顔を覗かせたのは着物を着た女性が春咲むつみ。

 緑の着物で理事長というお淑やかなイメージとは裏腹に妙な性格で全てを壊す妙な人だ。

 

「喜色悪いほど似合ってますね。これなら大丈夫です」

「いや、なんでメイド服なんですか?」

「鳳市で作ってもらったけど、私に入らなかっただけです。あの着物メイド、略してキメイドめ」

 

 キメイド?

 

「キメイドはともかく言った通り、瑞希さんには特別棟の棟長をお願いしますね。ルール作りとか入る人達と適当に決めちゃってください。瑞希さんを入れて転入生が5人も居たから色々楽出来ちゃいました」

「いや、僕の話聞いてます?」

「キメイドがどうかしました?」

「そうじゃなくてどうしてメイド服なんですか?」

 

 適当に誤魔化そうとする理事長に食い下がりつつ質問を繰り返す瑞希。

 寮のお手伝いだからメイド服が制服という場所なんてお金持ちが通う寮でもほぼありえないだろう。

 

「瑞希さん」

 

 ずっと笑っていた理事長の目がまっすぐ瑞希を見た。

 両手を上げて瑞希の肩に置いて、ひとつ息をする。

 

「瑞希さん」

「なんですか?」

「気色悪いほど似合っているメイド、キメイドですね」

「へ?」

「寮の皆さんのことお任せしますね。あなたならやれます」

 

 ぷぷぷと何故か吹き出しながら部屋を出ていく理事長。

 瑞希は目をぱちくりさせるだけでその場に置いていかれてしまった。

 

「え?」

 

 

 

 

 

《side:和久津智》

 

 あなたはホコリです。

 

 初めて会う学園理事長の言葉を聞いて、智の思考で変換された漢字は『埃』だった。

 

 生まれてから十数年。母と別れてからは特に孤独を味わって来た人生に転換点があったとするなら、それは亡くなった母からの手紙だった。

 手紙にあった人物を捜して出会った少女達。関わる気なんて無かったのにあれやこれよと同盟を組んで仲間になっていくつもの山場を乗り切った。

 そして仲間を繋いでいた『印』が無くなった時、智は同盟を解散した。

 

 でも僕は嘘つき村の住民である。

 

 『印』が無くなって嘘をつく必要が無くなった時、智はホントの事を言うタイミングを逃してしまった。

 

 実は僕――あなた達大丈夫? 今消防車呼んだわよ

 

 告白しようとした瞬間、人気が少ないはずのそこに居合わせた通行人に邪魔された。

 あまり公的機関と関わりたくなかった智達はその場から散り散りに解散し、これまで真実を告げるタイミングを作れていない。

 言う機会と勇気を出せない智に突然投げかけられた『ホコリ』という言葉は、まるで自分を責めているかのような気の迷いを生じさせてしまっていた。

 

「理事長同士の交流の結果、一時的に学生を交換してお互いの発展させようという事になりました。残念な事に春咲学園の創立も我が校と同時期ですが、立派な伝統を受け継いできた我が校との違いを見せるために成績、人柄を併せ持つ貴女に白羽の矢を立てました。我が校の誇りを胸に、あちらとの格の違いという物を見せつけて来てもらえませんか」

 

 人の良さそうなおばさん。そんな雰囲気を出しながら話す理事長であるが、その言葉の端々に相手に対する敵愾心を感じた。

 向こうの高校というより理事長と仲が悪いらしい。

 

「分かりました」

 

 彼女達と笑顔で話しながら抱き続ける罪悪感から逃げるように、智は理事長に頷いていしまった。

 

「あなたが受けてくれて安心しました。和久津さん、向こうの理事長はふざけた女性ですが、案外侮れない部分があります。自分を乱されないよう注意してください。田舎の空気に羽を広げるだけになってはいけませんよ」

 

 智の頷きからにこにこと笑顔を振りまきながら、眼だけは一切笑っていなかった。

 その眼を見た瞬間、ゾクリと背筋が震える。

 

「あ、あの、明日からの準備がありますので失礼します」

「はい。気を付けて行って来てください」

 

 これ以上いては危険だ。

 第六感的ななにかの囁くままに慌てて一礼して退室しようとする。

 

「くれぐれも我が校に泥を塗るようなマネはしないように」

 

 背後から冷凍庫から出る冷気のようなものを感じながら、智はそそくさと理事長室を後にした。

 




ここで登場人物と各作品における時系列的な説明を。設定変更などもありますので、細かい所は気にしないでください。

恋する乙女と守護の楯から如月修史
セント・テレジア学園での任務をやり遂げてから約半年後。誰とも恋仲にならずに任務遂行し、その後数件の護衛任務を完遂している。

アッチむいて恋から鳴海浩介
都会から田舎へ転校。

処女はお姉さまに恋しているから鏑木瑞穂
原作一年前辺りからスタート。祖父はまだ健在で、まだ高校二年。

乙女が紡ぐ恋のキャンバスから深山瑞希
原作前、杷虎のフィギュア制作時点からスタート。

るいは智を呼ぶから和久津智
誰とも恋仲にならず、自ら仲間を信じることで呪いを解いた直後。作品最大の嘘は打ち明けられていない。


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