Glory of battery   作:グレイスターリング

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第九話 次の目標

 

「只今の試合は五対四で帝王リトルの勝ち、相互に礼!!!」

『ありがとうございましたーーーー!!!!』

 

 約二時間の激闘の末、制したのは帝王リトルだ。

 ウチは最終回に一点差までに迫る反撃を見せるも、この日最速記録となる121km/hの速球に俺は歯が立たずにゲームセット。

 勝利が決まった瞬間、眉村が手を挙げて喜びを露にしていたのに対し、横浜リトルナインは勝者の余韻をただ呆然と見ることしかできなかった。

 

「よく頑張ってたぞー!」

「良い試合だった!」

「どっちも勝者だ!」

 

 礼をして後ろを振り向くと、これまで観ていてくれた観客が拍手をしてくれた。

 ──でもその拍手が今の俺にとっては余計悔しくなって……

 

「…皆、ゴメン」

 

 ベンチに戻るなりふとそう呟いてしまった。慌てて口を抑えるがもう遅かった。

 監督が俺の前に立ち、見下ろしながら喋った。

 

「反省は後回しだ。終わったことをいつまでもクヨクヨするな」

 

 それだけを残してベンチを出ていった。

 クヨクヨするなと言われても…俺にとっては初の敗戦試合なんだ。しかも俺が打ててれば少なくとも同点には──

 

「行こう大地君。皆もう出て行ってるよ」

「っ……ぁ、あぁ……」

 

 くそっ、まさか俺が悔しくなって泣くとはな……。

 せめてこのグシャグシャな顔が涼子や寿也にだけでも見られないよう、帽子を深く被って俺は球場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月第三週目の土曜──。

 この日は生憎の天気となってしまったが、幸い小雨だったということもあり、神奈川県リトルリーグの決勝戦が行われていた。

 決勝の組み合わせは『帝王リトルvs三船リトル』。どちらも激戦を勝ち抜いてきた強者同士だ。

 決勝戦のみ県内のテレビ局で生放送をするらしいので、俺と涼子と寿也とキャプテンは監督の家へお邪魔して中継を観ることにした。

 

「ねぇ、天気が雨の割には観に来てる人が多い気がしない?」

「うーん…確かにいつもより2割ほど多いね。やっぱり決勝だからかなぁ」

「いや、どうやらそうでもないらしいぜ」

 

 キャプテンが持ってきたバックから一冊の本を取りだし、皆が囲んでいた机の上に置いた。

 

「それの三十七ページを読んでみろ」

 

 出した本は先週発売したばかりの週刊パワスポだ。ちなみに表紙は茂野選手と神童選手のツーショット写真が大きく扱われていた。

 言われた通りにパラパラとページを開き、三十七で止めた。

 

「特選!~リトルを戦う球児達~?」

「うわぁ、先週はリトルリーグの特集だったんだ」

 

 パワスポは一週間のプロ野球やMLBの試合結果や様子、選手達のインタビューや対談以外にもこのような『特選』というコーナーを設け、もっと身近な野球事情をも取り上げている。先週は各県で開催されたリトルリーグ県予選の記事を上げていたらしい。

 

「なになに……『今年は例年よりもリトル熱が激しく、小さな闘志を持った子ども達が大いに躍動していた。特に注目は神奈川県のリトル大会。つい最近行われた準々決勝、横浜リトル対帝王リトルの試合は何年も前に現役を退いた私でさえも熱くさせてくれた。リトルでは類を見ない120km/hの豪速球に、猪狩・一ノ瀬世代とまで呼ばれる一ノ瀬大地君との最後の対決は、直接この眼で観た者にしか分からない感動がそこにあった。もしかすると彼等は近い将来のプロ野球選手を目指す輝く球児になるかもしれないだろう。これからの成長がますます楽しみである(キャットハンズ専門スカウト・景山修三)』だって」

「なるほど……これが観客を増やした原因ってわけね」

「しかもキャットハンズのスカウトと言えばプロ野球の有名球団だよ!特集で取り上げられるなんて凄いよ!!」

「そうでもないって。掲載されたのは名前だけだし、写真だって眉村がカッツポーズした時のだけだろ」

「それはそうだけど……」

 

 寿也が残念そうに顔を下げた。

 正直、パワスポの週刊紙に載せられることなんて昔から慣れていたことだ。今更また書かれたところで驚きもしない。

 

「おい、そろそろ試合が始まるぞ」

「あ、はい」

 

 雑誌を戻して再びテレビへ注目する。

 時間は九時五十八分。あと二分でプレイボールだ。

 

 

 

 

 

 

 

『空振りさんしーん!!6回の裏を終え、両チームの得点は未だ無得点!安打も互いに二本ずつのみと緊迫した状況が続いております!!!』

 

 試合は大衆の予想を大きく覆すかのような投手戦が繰り広げられていた。結構乱打戦になると思ってたが、逆にピッチャー達が好投で盛り上げている。

 

『さぁ7回の表、先頭バッターは数少ない安打を放っている友沢亮!果たして自分のバットで援護ができるか!?それに対して迎えるのは三船リトルのエース、久遠ヒカル!スライダーを武器に八奪三振と快刀乱麻のピッチングで封じ込めています!果たしてどちらに軍配が上がるのでしょうか!?』

 

 初級はインハイにストレートがドシッ!と決まった。

 久遠は友沢と同タイプのピッチャーでコントロールや球速などもほぼ同じだ。二人とも最後まで投げれるスタミナ、おまけに決め球さえも同じと、何かネタでも狙ってるのかってぐらいそっくりである。

 

「速いね…」

 

 テレビに映る快速球に涼子がぼやく。

 眉村よりは劣るかもしれないが、それでも112km/hとリトルの中では速い種類に分類されるボールだ。

 

「吾郎君を思い出すね」

 

 『吾郎』と単語が出た時、キャプテンと涼子の目が僅かにピクッと動いた。

 まだ一年近く経った今でも感情深い思い出なんだな。

  ──もしサヨナラ打が打ててたら皆にリベンジができたかもしれないのに。ついそんな考えが過ってしまい、急に申し訳なくなってしまう。

 キャプテンを始め、

  伊達さん、

  松原さん、

  菊地さん、

  江角さん、

  関さん、

  村井、

  寿也……そして涼子。

 

 皆がこの日の舞台の為にどれだけ練習を積み、どれだけ悔しい思いをしながら過ごしてきたのだろうか。

 こんな途中から入ってきた奴のせいでその念願を壊され……

 

 

  皆は今、どう思ってるのだろうか?

 

 

「あ!ホームランになった!!」

「ふむ……これは決定打になりそうだな」

「小森君達悔しそうだね…」

「仕方ないだろ?勝負なんて勝つか負けるかなんだからよ」

 

 あ……友沢が打ったのか…。

 流石だなぁ、アイツ。

 

「そういえば監督、今年も山梨で合宿を行うんですか?」

「ああ。今年は八月一日から八日までの約一週間の範囲でやろうと考えている。なんだ、去年よりやけに張り切ってるな」

「そりゃそうですよ!だってもう秋に向けて始まってるんスから!」

「あくまで個人的な目標なんですけど、僕は吾郎君と全国大会で戦って勝ちたいんです!その為に効率よく練習して、少しでもレベルアップできるようにならないといけないですし…」

「…なるほどな。各自が次に向けて切り替えてて良いことじゃないか」

「ねぇねぇ!大地君はもう目標とかって決めた?」

「……………」

「大地君?ねぇ大地君ってば!!」

「…ん、ぁ……悪い、何?」

「だから目標とか目指してるものってあるの?」

「目標……」

 

 俺の目標は……確か猪狩や吾郎を倒して……

 でも全国へ辿り着く前にやられたのにこんな大口叩いたら…。

 

「俺は………いや、まだこれから決めるよ」

 

 結局曖昧な答えしかできなかった。

 情けないとは自分でも思うんだけど、それを聞いた四人が変に思ったら嫌なんだよ…。

 

(ちっ…俺、どうしたんだろう……)

 

 

 

 試合は一対〇で帝王リトルが二連覇を達成して、神奈川の夏はこれで終幕となった。

 友沢が最後まで投げきり、マウンド上で優勝をチームと分かち合っていた。

 

「それじゃあ俺、そろそろ帰りますわ」

 

 優勝インタビューが終わって試合のハイライトに移ったのを確認し、キャプテンが立ち上がる。

 

「僕も帰ります。監督、ありがとうございました」

 

 二人も席を立ち、帰り支度を済ませて帰路に着こうとしていた。

 俺が最後にお礼を言って出ていこうとしたその時、

 

 

「一ノ瀬、少しいいか?」

 

 

 リビングの扉を開けようとしてたら監督が後ろから手を掛けて呼び止めた。

 先に帰っててと三人に告げ、案内された部屋に座らされた。

 壁には野球に関する雑誌や書物が本棚に揃えられ、扉から入って左側には立派な机と椅子、小綺麗に整えられた布団もあった。ここは監督の寝室、あるいは自室のようだ。

 

「悪いな、お前だけ残して」

「いえ…大丈夫ですから」

 

 リビングから持ってきた飲み物を目の前に並べ、自分もドカッと座った。

 

「さてと…それでお前だけを残したのはな、どうしても二人きりで話したいことがあるからなんだ」

「話したい、こと?」

 

 

「あの試合についての事だ」

「──!!」

 

 っ…やっぱりその事か。

 覚悟はしていたが、いざ突かれてみると苦しい記憶だ。あの日以来特に触れられていなかった分、さらに心を締め付ける苦しさは大きい。

 負けたことへの悔しさか?それともチームに迷惑をかけた罪悪感か?その苦しみは監督の話を聞くまでは分からない。

 

「率直に言うと、俺はあの試合を低く評価するつもりはない。結果論だけで判断すればたった一点差の接戦。一見危なっかしい試合に見られがちかもしれんが、逆に裏を返せばそこには野球の醍醐味、サヨナラ勝利が生まれるとも言える。実力も俺から見解すれば大きな差はない。精神面だけは帝王リトルよりも勝っていたほどだ。」

 

 難しい顔になりながらも、丁寧に話してくれた。

 

「それでもなぜウチが負けたか、分かるか?」

「……俺がチャンスを決めれなかったから」

「それも一つの回答かもしれんが違う」

「じゃあ何なんですか?」

「──お前自身の強さ、そして信頼だ」

「え?」

「一ノ瀬、お前はキャッチャーというポジションについて深く考えたことがあるか?」

 

 キャッチャーについて──?

 投手を打たせないようにリードして、投げ込まれたボールをキャッチングする。そして細かな指示と掛け声中心的に行い、バッティングでも打線の一角として勝利へ先導する、だよな?

 

「お前が思うキャッチャーと俺が思う理想のキャッチャー、予測だが多分考えはズレている」

 

 じゃあ違うのか?

 俺は今までもその考えで暁リトルを日本一にまで導いてきたんだぞ。実績だって残ってるのにそれはおかしいって言うのかよ!

 監督の手前、反発するのを抑えつつも歯軋りをしながら拳をギュッと握った。

 

「まず観察力が足りない。これは次に相手がどうしたいのか、どの戦略を仕掛けてくるのかを前々から予測する洞察力にも関わってくるが、お前にはそれが決定的に欠けている。根拠だってある。最終回で眉村の弱点を見つけたのも寿也のお陰だっただろ?本来なら一ノ瀬が暴く仕事だったんだ」

「…観察力………」

 

 足りない自覚はあるさ。

 監督の話したことその通りだと思う。俺は冷静にリードしている割りに周りが全て見切ることができないんだってな。

 

「二つ目は川瀬とお前の関係だ。そもそも選手一人一人はプラス思考で動くのが大切だという固定観念が存在するが、それは嘘だ。捕手はマイナス思考の危機管理をしっかりと持ち、投手である川瀬を常にプラス思考で抑えることだけを考えさせなければならない。だから抑えられれば投手のお陰、打たれれば捕手のせいという意識が必要なんだ。帝王戦ではその事まで考えてプレーしていたのか?」

「………してない…です……」

「お前一人が先導して引っ張るんじゃない。それでは真の信頼など一生経っても出来るわけないだろ。いいか、捕手は九つあるポジションで扇の要を担う最重要な位置に値する。心臓部は周りの器官の働きを助ける役割もある。だからお前は……

 

   ──チームを助ける救世主になれ」

 

 

「きゅう…せいしゅ……?」

「そうだ。誰よりも勝ちへの執着心を強く持ち、頭脳や肩力やインサイドワークをも身に付け、性格でも人を惹き付けるような名捕手を目指すんだ。それが今のお前の……いや、これから先で生きていくための最大の目標だ」

 

 救世主──

 俺がそんな大役に化けることができるのだろうか?

 これから先とは中学…高校…そしてプロへ……さらに進めばメジャーにも…。

 そうだ、なれないとか言ってる場合じゃないんだ。そんな生半可な覚悟でキャッチャーやるくらいならとっとと辞めろって事だよな、監督。

 バッティングも勝つためには重要な要素。

 でも俺がキャッチャーとしての道を歩む以上、チームの勝敗を受ける覚悟を背負って戦わなければならない。

 

「全国を制し、負けを知らないお前がとっとと切り替えろなんて言ったところで直ぐにはできんが、捕手がそれじゃあチームは落ち込むぞ。何も触れなかったが、川瀬や佐藤達はあれでもかなり心配してたんだぞ。真島も話してたが、次の戦いはもう始まっている。それでもな、もしお前がこの話を心から真に受けてくれたら、きっと昨日よりも進歩する。だから──頑張れ。次こそは導いてくれよ、全国によ」

 

 樫本…監督……。

 

「はいっ……おれっ……っく……必ず強くなります!そしてみんなをぉ……全国へ……ぅぅ…」

 

 その後の俺は暫く涙腺がダメになり、監督の言葉を噛み締めて家を出たのは午後二時を過ぎたところだった。

 外はもう雨が止んでおり、東の空に虹が微かに浮かんでいた。

 

(ったく…また泣いちまったぜ……)

 

 でも有意義な日が送れた。それは確信できる。

 『救世主』なんてちょっと大袈裟かもしれないけど、覚悟を持つなら大きい方が良いに決まってる。

 まだまだ俺には時間がある。目先の勝ちを拘りつつも、捕手としての自覚と自尊心を持ち続け、チームを正しい意味で支えられるように、俺は変わる!

 

「よしっ!!俺頑張るぞーっ!!!」

 

 こうして新たな目標を見つけ、俺はアスファルトの湿った道路を全力で走って帰った。

 

 


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