Glory of battery   作:グレイスターリング

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第八話 vs帝王リトル ~旧王者と新王者~ 頂上対決

「大地~、チームの人から電話よー」

 

 おてんばピンキーズ戦の次の日の夜、お風呂に入ろうと服を脱いでいた時に一本の電話が自宅に届いた。

 

「なんだよ…今から風呂に入ろうと思ってたのに…」

 

 仕方なく上半身裸の状態で電話を代わり、少し不機嫌そうに尋ねた。

 

「はいもしもし?」

「一ノ瀬か?俺だ」

「!キャプテン…!?っとと!」

 

 予想外の相手に電話を落としそうになるが、なんとか床ギリギリでキャッチに成功。

 でもどうやって自宅の電話番号を知ったんだろう?キャプテンには教えてないはずだげど……。凉子辺りから聞いたんだろうか。

 

「夜遅くにすまねぇ。どうしても伝えたい用件があってな」

「まさか………決まったんですか?」

「ああ」

 

 実は、今日の昼にベスト8までを生き残ったチームによる抽選会が総合体育館で行われたのだ。

 このタイミングで用件ともなれば、何となく抽選の結果報告だということは容易に考えがついた。

 

「それで、どこのチームと対戦するんですか?」

「前年度の秋に神奈川を制した王者、今年も神奈川優勝の最有力候補として注目をされている、

 

 

  帝王リトルだ──」

 

  

 帝王、リトル。

 ウチと同じく全国レベルのプレイヤーが集う最強チームだ。

 まさか決勝トーナメントの初戦が帝王になるとはな……堪らず電話越しで息を呑んだ。

 

「でも監督は良いドロー表だって言ってたぞ。『早い段階でこのチームと当たれたのはお前らの為もあるし、これに勝てば優勝にもグンと近づくはず』ってな」

 

 お前らの為、か。

 確かに強豪との試合は勝っても負けても得るものはある。実際初めて出た練習試合でも沢山学んだ事はある。

 だが良い試合をするだけではダメなんだ。

 勝って上に進み、その過程の中で成長することが本当の良い試合なのだから。

 

「必ず勝ちましょう。勝って全国の道を拓きましょうよ!」

「ふっ…当然だ。んじゃ、そろそろ切るぜ。じゃあな」

「はい、おやすみなさい」

 

 電話を切った後も、俺はしばらく立ちすくんでいた。

 相手がまさか帝王リトルからとは……。

 前回対戦した時は引き分けで決着が付かなかったが、恐らく奴等は前よりも強くなっているはずだ。

 友沢を初めとし、山口・蛇島・猛田・米倉など、他の名門リトルに行っても普通に通用する面子が揃った、正にドリームチーム。

 今の横浜リトルでも勝てるかはどうかは未知数だ。

 

(ふぅっ、面白いじゃねぇか……そんな強いチームと戦えるんだからよ!)

 

 成長したのは、何もお前らだけじゃない。横浜リトルだってピンキーズや相模リトルを倒してここまで来たんだ。

 相手がどんなに強かろうが、自分達の野球に持ち込めば勝てるはずだ!

 見てろよ帝王リトル──俺達はお前らを倒して…

 

「ちょっとー!上半身裸でガッツポーズなんてしないで、早くお風呂に入ってちょうだい」

「うおっ!?わ、分かってるから早く閉めろ!」

 

 ったく…恥かいたぜ…。

 とにかく、こんなところで負けてられないんだよ。

 負けていったチームの分まで、待ってくれるライバルの為にも、帝王を蹴散らしてそこへ行くんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前8時半。

 試合開始30分前にも関わらず、スタンドは県内リトルの試合とは思えないほどの大盛況振りで賑わっていた。

 それもそのはずで、今日の対戦相手は事実上の決勝戦と言っても過言ではない組合わせなのだから。

 

「まさかこんなに注目を集めるとは思いもしませんでしたよ」

 

 それは一昨日流された県内ニュースでの特集の事。

 夏のリトル大会も大詰めを向かえ、ベスト8までが出揃った。その中での生き残りをかけた最終トーナメントの先陣を切るのは“旧王者vs新王者”、まさに神奈川県No.1同士による頂上対決だ。どちらも中学、高校に通用するようなタレント達が揃いに揃っており、ハイレベルな試合になることは間違いなしでしょう、と。

 そのニュースを嗅ぎ付けた地方の人々が、誰だ誰だと次々に試合観戦へ訪れたわけである。

 

「君はどちらが勝利すると思うかね?」

「僕ですか?うーん………予想は難しいですよ。どちらも走攻守で高レベルなチームですし、どっちが勝ってもおかしくないですよ」

「ふむ…そうか……」

 

 私も木佐貫と同じ意見だ。

 ここ2試合のデータを見比べてみると、どの成績も僅かに帝王リトルが優っている。が、そんな物は当てにならない。

 どちらが強くてどちらが弱いか──。

 今日のゲームはそんな単純的視点から見てとれる。

 

(さて一ノ瀬君…君がどれ程この名門に通用するか、この目で見させてもらうぞ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シードノック、投球練習を終えてベンチから帰ってきた俺達はある物に驚いていた。

 

「おいおい……なんだこれは…?」

「一体どういうことだ……?」

 

 それはさっきキャプテン同士で交換したばかりだったオーダー表の事だ。

 

 

横浜リトル

 

1番ショート 伊達(六年生)

2番セカンド 村井(五年生)

3番ファースト 佐藤(五年生)

4番キャッチャー 一ノ瀬(五年生)

5番サード 真島(六年生)

6番センター 関(六年生)

7番レフト 松原(六年生)

8番ライト 菊地(五年生)

9番ピッチャー 川瀬(五年生)

 

 

 

帝王リトル

 

1番センター 宮國(六年生)

2番ファースト 後藤(六年生)

3番セカンド 蛇島(五年生)

4番ショート 友沢(五年生)

5番キャッチャー 米倉(五年生)

6番ピッチャー 眉村(五年生)

7番レフト 猛田(五年生)

8番サード 中畑(六年生)

9番ライト 山口(六年生)

 

 

 

 

「一ノ瀬が4番か…」

 

 ぽつりと呟いたのは伊達さんだ。

 長い間、4番にずっと座っていたキャプテンを見てきたんだから驚きも大きいはずだ。

 

「別に俺はコイツから4番を取られたからって嫉妬してるわけじゃねーからな。あくまでも、今回の大会で一番打撃成績が高いからそこに置いた監督の采配だからよ。ま、そこで打つからには必ず結果を残せよな?」

「………はい」

「大地君、どうしたの??」

 

 神妙な顔をしていた俺を見て、涼子が心配そうに声を掛けてきた。

 

「帝王リトルのオーダー……こんなピッチャー居たか?」

 

 全員が再びオーダー表に目をやった。

 これまでの試合、帝王リトルのエースナンバーを付けた山口と、ショートとピッチャーの二刀流をやっている友沢の2人でローテーションされていた。

 ──だが今日の先発は山口でも、友沢でもない。

 

「…眉村?」

「誰なんだコイツ?」

 

 全員が知らないのも無理はなく、そもそも眉村は今シーズン一度も登板したことがない無名のピッチャーなのだ。今年2月に行われた全国大会で俺は帝王リトルと戦ったが、その時もこんなピッチャーは登録されていなかった。

 となると、今年の夏から途中参戦という形で登録された、そう解釈されるのが正解に近い。

 

「一度も登板がないとはいえ、相手は帝王リトルのピッチャー。実力はかなりあると思うに越したことはない。いつも通り油断せずに行くぞ!」

「おうっ!!」

「分かった!」

「はい!」

 

 全員のヤル気は充分だ。

 後はあの練習試合からどちらが強くなったか。

 そして眉村という男がどれ程の実力者なのか。

 相手がどんなに強くても、俺達は絶対負けない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ調子は?」

 

 一塁側帝王リトルのベンチ前では、急遽今日の先発を任させた『眉村健』が投球練習をしていた。その横から俺は緊張してるかどうかの確認をしてみる。

 一見すると鉄仮面のように無表情でクールな雰囲気を漂わせているが、本人曰く、自分にプレッシャーをかけてマウンドで開き直りやすくするためらしい。

 

「緊張はしてるか?」

「……まあな」

 

 眉村がどうしてウチのチームに入ったのかは、今年の春にまで遡る──。

 

 ある練習終わりの日。

 近所の公園をたまたま通りすがった所に、“アイツ”が居た。

 

 『──ドコンッ!!!!』

 

 自分の手の平よりも大きいドッジボールを壁当てしていたのだ。初めはただのお遊びに過ぎない、そう勝手に決め付けていた。

 ──だが、じっくりと見れば分かるのだ。

 コイツのドッジボール相手に凄い球を投げている恐ろしい力を。

 後の教えてくれた話では、眉村は二年生の頃から近くのドッジボールクラブに通っていたらしく、その時からエースとして大活躍してたらしい。

 あんな重いボールであそこまで良いボールを放るなら、もしそれが野球ボールだったらどうなるんだ――?

 ただの好奇心に過ぎなかったが、俺は思い切って声を掛けてみた。

 

『凄い球だ。俺でもそんなに力あるボールは投げれないな』

『……誰なんだお前は?』

『突然悪い、俺は友沢亮。帝王リトルっていうチームで野球をやってるんだ。お前は?』

『…眉村健』

『眉村か。ところで話が変わるんだけどさ…

 

 

 

  お前、野球やってみないか?』

 

 

 

 

 唐突にこんな質問したらどうせ断られる。内心、ダメ元で勧誘してみただけだったからな。だから俺はやらないとか言われても何ら変と感じない。

 

『別にいいが……』

 

 その予想を180度に覆すかのような解答が帰ってきた。

 返答がまさかのOKだったから。

 

『だが俺はドッジボールと平行して野球もやるつもりだ。なので最初は試合に出れないが、お前やチームがそれでも構わないと言うならば入ってもいい』

 

 ドッジボールとの兼部。これが理由で今まで試合に出ることを拒んでいた。が、それも今日で終わりを告げる事となった。

 これからはドッジを辞めて、野球に専念すると言い出したのだ。

 なぜここへ来てそう決断を下したかは分からないが、それを聞いた監督は、今日でデビューさせることを決意し、こうして今に至るってわけだ。

 

「やるからには勝つ。お前も援護頼むぞ」

「ああ。任せろ」

 

 一ノ瀬達が油断してるかどうかは分からん。

 だがこれだけは言える。

 

  眉村の強さを横浜リトルは思い知る──とな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それではこれより、帝王リトル対横浜リトルの準々決勝を始めます。相互に礼!!』

『お願いしまーーーす!!!!!』

 

 午前9時を丁度過ぎた頃、いよいよ決戦の火蓋が切って落とされた。先行は帝王リトルからで、後攻はウチだ。

 

「さーてと、まずはきっちり抑えるぞ!」

「うん!!」

 

 念入りの屈伸をして、宮國が打席へ入る。

 データは以前の練習試合や最近2試合の成績などを基に、この約一週間で対策をとにかく練りまくった。

 

(矢部君程の足ではないが、機動力は帝王でもトップクラスだ。まずは低めにボールを集め、高めで三振を狙うぞ。打たれてもムービングファストなら打ち取れる)

 

 グローブ越しから冷静な視線でリードを見据え、サイドスロー気味のスリークォーターでボールを投じた。

 低めに制球されたストレートが決まってワンストライクとなるが、宮國は平然と見送る。

 

(かなり慎重に選んでるな。内角低めにもう一回ストレートだ。ボールになっても構わない)

 

 サインに頷き、大きく振りかぶってビュンッ!と素早く振る。ミットよりも僅かに上へ浮いたのを宮國は見逃さず、強く引っ張った。

 

「サード!」

「任せろっ!!」

 

 三遊間を鋭くゴロが襲うが、キャプテンの果敢なダイビングキャッチでさばき、ワンハウンドでファーストに送球した。

 

『アウト!』

「ナイスプレー!助かりました!!」

「お前らはそれでいい。二人でどんどん打たせ、俺達が捕るぞ」

 

 流石キャプテン。バッティング以外に守備力もかなりのレベルで重ね備えているからとても頼りになる存在だ。

 

『2番ファースト、後藤君』

 

 独特なフォームでバットを構える。背丈的にパワータイプってわけでは無いが、地味に今大会の出塁率は7割を超えている。

 

(選球眼は間違いなくある。このバッターには全球ムービングで見せ球無しの三球で仕留めよう)

 

 コクリと頷き、テンポ良く投球した。

 ムービングが内角にスバンッ!と決まり、ストライクとなる。

 その次は外角低めのコーナーを刺し、後藤が懸命に食らいつくが、これは一塁線上を僅かに逸れてファール。

 

(芯を外したら割りには打球が強かった。てことはタイミングを掴んできているってわけか…) 

 

 練習試合をしてから、帝王リトルはこの日の為にムービングファスト対策を徹底してきている。これは一球種だけで抑え込もうなんて危険な考えだ。

 

(ならストレートでまたタイミングをずらす。全力で腕を振ってこい!)

 

 三球目──

 内角へボール一個分外すように要求。回転の利いたストレートが打者の胸元ギリギリへ接近し、バットもそれと同時に回り始めた。

 これなら詰まる、そう思っていた。

 

 

 ──ッギィイィッンッ!!!

 

 

 

 ボールを捕ろうと必死に手を伸ばすが、先に当たったのは後藤のバットだった。

 低い弾道ながらも力強い打球がリトル規定のレフト側フェンスに向かって襲いかかる。

 松原さんが打球の落下地点へ全速力で距離を詰め、頭からズザサーッ!とグローブを出しながら捕球体勢を作る。

 

「………あ、アウト!アウト!!」

 

 超ファインプレーに球場全体が大きく揺れた。あわや長打コースになりかねた難しい打球を、プロ顔負けの捕り方でキャッチしたんだからな。素人とかは特に唸りそうなプレーだ。

 

「レフトナイスキャッチ!」

「これでツーダンだ、あと一人切り抜くぞ!」

「オッケー!任せろっ!!!」

『三番セカンド蛇島君』

 

 相変わらずの薄気味悪いオーラを放ちながら打席へと立った。

 とは言っても守備では帝王一の守備職人。打撃もクリーンナップの一角を任される実力者で、涼子のクロスファイヤーを瞬時に見極めた動体視力も警戒しなければならないと、厄介極まりないバッターの一人だ。

 

「女の球がこの僕に通用しないこと、とくとその体に染み込ませてあげるよ」

「…あっそ。打てないときの言い訳はするなよ」

 

 すると蛇島はギリリと唇を噛み、俺と涼子を一瞬だけ強く睨み付けた。

 案外挑発には乗るタイプなんだな…。

 その初球、低めに要求したカーブが高めに浮いてしまったが見送ってストライクとなった。

 蛇島の様子をチラッと見ると、挑発に乗った割に今は落ち着いている感じだった。

 2球目と3球目はストレートが外れてボールになる。

 でも速さは今日一番を誇っている。電工掲示板には『107km/h』と標示され、少しながら観客もざわめいた。

 

「クックック…女にしては素晴らしいボールだねぇ。しかしそんな軟弱ストレート、僕には通用しないよ?」

 

 軟弱──。

 涼子が魂を込めて放った全力ストレートをそこまで罵倒するのか……。

 自分が熱くなって冷静さを取り乱したらキャッチャーとして失格だ。そう心へ言い聞かせて、怒りを何とか押し殺した。

 その分、俺はプレーで借りを返させて貰うからな。

 

(コイツにだけは絶対打たせない!最後は低めのカーブで打たせて取るぞ)

 

 バンバン!とミットを叩いて強く構えた。

 カーブ独特の軌道を描きながらベース手前で曲がる。コースや低さも問題ない、これなら大丈夫だ!そう俺も凉子もチームメイト達も信じていた──。

 

 ドコンッ、と観客席へとボールが入った音。

 打球は、俺の予想を遥かに超えた弾道でグングン伸びていき、その勢いは衰えることなくライトスタンドへと飛んでいった。

 

「いよっしゃ──っ!!まずは先制したぜ!!!」

「落ち着け猛田。まだ一点取っただけだ。油断はできないぞ」

「そうだけどよ~…眉村も少しは喜んだらどうなんだよー?」

 

 やられた──。

 低めへ精密に制球されたカーブをスウィートスポット的確に捉えて力強く流しやがった。

 間違いない、蛇島はローボールヒッターだ。だから初球の高めを敢えて振らなかったんだ。

 

(もう少し早く気が付いていれば……)

 

 落ち着け、まだ初回に過ぎない。ここから立て直せば問題ないはず。次は友沢なんだから、切り替えて集中するぞ。

 

『4番ショート、友沢君』

「球走ってたぞ!その勢いで次こそは抑えよう!!」

「ええ、了解!」

 

 うん、動揺はしてないな。抑えるとは言っても、友沢のパワーや適応力は怪物クラスだ。簡単なリードではまたスタンドインされるのがオチだ。

 

(全球ともクサいコースを徹底して突く。まずは内角低めにムービングだ)

 

 ムービングファストの握りに変えてリリースし、ややシンカー寄りに落ちた。

 友沢は初球からフルスイングで痛烈な当たりをみせるが、一塁ベンチ横へダイレクトに直撃してファールボールになった。

 予想外に振ってきたため、一瞬だけ「ヤバイ」と直感で感じてしまう程だ。

 続く2球目はストレートをリード通りに外す。理想は『釣られてしまって凡打』なんだけど、友沢がそんなぬるいリードに引っ掛かるはずもなく、2連続で枠外へ。

 

(ボール以外はまるで無関心だ。勝負するならいつからはストライクを入れなければ勝てない…)

 

 野球は逃げるだけでは勝てないスポーツだ。

 ましては友沢を敬遠したとしても、次の米倉や猛田なども高次元の打者。余計にピンチを広げる可能性の方がある。

 ──そうなれば俺達に残された手段は一つしかない。

 

(単打なら構わない。長打だけを警戒して、皆の守備を信じて打たせる)

 

 勝負だ友沢。

 俺はチームの力を信じ、チームは俺の力を信じてくれた。そんな皆の期待を裏切ったら、全員に顔向けなんてできるかってんだ。

 

 俺のサインに強く頷き、凉子が体全体の筋力を使って投げ込んだ。

 俺が選んだ球種──ムービングファストボール。

 友沢は腕を折りたたみ、内角に逆らわず引っ張った。

 カキイィィンッ!と体が痺れるかのような打音が遅れて響き、ボールはファースト頭上を通過しようとしている。

 

(頼む!届けぇ──!!!!)

 

 寿也が瞬時にジャンピングキャッチで反応し、左腕を限界まで伸ばす。

 捕れ──。無意識の内に俺がそう言葉を漏らした。角度的にもし届かなかったら二塁打、いや友沢の足なら三塁打になりかねない。

 何としてでも捕ってくれ、寿也!!!!

 

 

 

 ────バスッ

 

 

 ファーストミット先端にかろうじで挟まり、寿也はそのまま体から派手に倒れ込んだ。

 塁審にグローブを見せ、捕球したとアピールする。

 

『アウトォ!!!』

 

  おおおーーーーーーーっ!!!!!!

 

「ったぁっ!!」

 

 審判の声がかき消される程の歓声が出て、俺はアウトを確信。塁上では珍しく寿也がガッツポーズで感情を大きく露にしていたり

 よく捕ってくれた!このアウトはかなりデカイぞ。もしヒットだったらこのまま流れが帝王リトルに持っていかれたかもしれない。それを自らのファインプレーで断ち切れたのはこっち側からすれば非常に有利な条件だ。

 

「ナイスプレー!助かったぜ佐藤!」

「いえいえ、キャプテンの最初のプレーが始まりですよ!」

「何はともあれ流れはこっちのもんだ。一点なんて軽くひっくり返して逆転するぞ!!」

「オオォーーーッ!!!」

 

 一番の伊達さんが入り、バットを構える。

 迎え撃つは今大会初先発を任された──眉村。

 投球練習を一部見た限りでは、山口や友沢より見劣りしてた印象があった。

 …だけど眉村は何かを隠している、そんな気がしてならなかった。変化球も練習では見せず、ストレートも100km/hは超えているもののそれほどの速さは感じられない。

 帝王リトルが出した先発だ。何かしらの“武器”があるはずだ。まずはそれが何かを、見極める必要があるな。

 腕を高々と挙げて左足をプレート後ろに外し、その足で強く蹴り上げた反動を使い、思い切り腕をしならせて、投げた。

 一切の変化をせず、ただ真っ直ぐに、狙撃手の放ったライフルのような弾丸でミットに深々と決まった。

 

『すっ…ストラーイク!!!』

「なっ!?……」

 

 コースはど真ん中のストレートだったが、伊達さんは動作もせずに見送った。

 ──いや、もしかすると反応できなかったのかもしれない。

 辺りのスタンドがこの速球にざわつき、大半は眉村に目を向けずに速度が測定された電工掲示板を指差していた。横浜リトルサイドも周りに釣られて速度を見てみると、そこには信じられない数字が標示されていた──

 

 

  『119km/h──』

 

 

 歓声、というよりは『驚愕』だった。

 まだ肩が完全に暖まりきれてない初回から猪狩と同等の、又はそれ以上の速さを誇るボールを投げ込んできたのだ。しかも猪狩のストレートと違い、やたらと打者の手元で伸びてきた感じも残っていた。

 これは苦戦を強いられる試合になるかもしれないぞ。

 2球目は内側に大きく外れ、体をくの字にして避ける程のボール球になる。なるほどな…あくまでもクールになって開き直るつもりか。

 その証拠に3球目は内角高めを寸分なく放ち、掠りもせずにバットは空を切った。

 前のピッチングがデットボール気味のストレートだったにも関わらず、リードはとても強気だ。

 

「伊達ーっ!難しいのは無理に打とうとするな!カットして甘いのを狙え!!」

 

 皆からの助言を受け、伊達さんはバットを短く持ち直す。

 捨てボールと決めにいくボール──。

 一打席目は球種にメリハリをつけて打たなければヒットなんて到底難しい。

 米倉からサインを貰い、眉村が大胆に振りかぶって投げた。

 ストレートだ──。そう大きく山を張り、迫り来るボールめがけてスイングした。

 リリース直後はストレートの軌道を辿っている。

 が、ベースに近づくにつれて、内角へキレ良く曲がった。

 

『ストラーイク!バッターアウトォ!!』

 

 ボールがバット下を通り、結果は空振り三振に倒れた。最後の投球はストレート狙いで振りに行こうとしたのを察しられ、これまで見せてなかった変化球で手玉に取られた。あおいちゃんのシンカーよりも速く右打者の内角真横に曲がる変化球───所謂“シュートボール”って奴か。

 

「悪い、全然歯が立たなかった」

「気にすんな。それよりピッチャーのボールはどうだった?」

「それがなぁ……真っ直ぐなのに真っ直ぐじゃなかったんだよ」

「……ふざけてるんですか?」

「違う違う!!そうじゃなくてさ、こう……ストレートって雰囲気が全く感じられないっつうか…」

「つまり…純粋なストレートじゃないと?」

「まぁそんなところだ」

 

 ベンチから見る限りは変化球を投げる素振りじゃなかった。実際に打席へ立たないと分からないことは多くあるし、ストレートに似た変化球は数多く存在している。凉子のムービングファストだってその最たる例だ。せめて回転軸が読めれば多少は分かってくるんだけどな……

 

「いいぞいいぞー!その調子でどんどん食らいついていこう!!」

 

 一人で思考していた間に2-2までカウントが進んでいた。5球目は低めへストレートが投げ込まれたが、これを丁寧にカットした。しかし残念ながら努力は実を結ばず、外角のシュートボールに手を出してしまい、空振り三振。

 見逃せばボール球だったな。際どい場所の変化球って人間の本能的につい手を出す癖があるから、こればっかりはしょうがないかもしれないな。

 

『3番ファースト、佐藤君』

 

 こちらのクリーンナップだって負けちゃいないぜ。

 3番の寿也はチーム一の打率を誇るアベレージヒッター。勿論、パワーも両立しているから長打だって狙える長距離ヒッターでもある。頼むぜ寿也、何とかして俺に繋いでくれ。

 

「お願いします」

 

 一礼してゆっくりと打席に入った。

 眉村は寿也に対してもストレートから入り、いきなり外角低めへと決めてきた。2球目も同じコースへ飛んでくるが、球種はシュートだ。今度は丁寧におっつけて打ち、カットする。

 

(このシュートもかなり厄介だね……伊達さんの言う通りストレートが特殊に感じるよ…)

 

 寿也は本来、ストレートよりも変化球に対しての対応が非常に上手い。が、その寿也でさえも当てるのが精一杯の状態だ。

 高めに一つ外し、4球目は低めを大きく抉るシュート──。寿也が懸命にバットへ当てに行く。

 ガキィンッと音を鳴らしながら、センターと内野の間へフラフラと飛んでいく。

 ん……こいつはもしかして……落ちるか…!?

 

 

 友沢がダイビングキャッチで捕球しようとする。空中で一度は収めるものの、着地の衝撃でフィールドに溢してしまう。

 本人は不本意な形での出塁となってしまったが、チームにとっては貴重なポテンヒットとなった。

 

「佐藤よくやったぞー!」

「続けよ4番!!」

 

 ベンチからの然り気無いプレッシャーを受けながら、俺が打席へと立つ。寿也が頑張って繋いでくれたんだ、俺もキャプテンへバトンを渡さないとな。

 セットアップからの速いクイックで投げる。ワインドアップでなくてもストレートは唸りを上げてコース一杯に入った。

 

『ストライク!!』

 

 ……これはもしかすると伊達さんの言った通りかもしれないな。間近で観察してみると、軌道や回転軸が全く異なっている。そうだな…例えるならピストルの弾丸回転のように螺旋状を描いて伸びてくるボール、とでも言うべきだろうか……。

 

(シュートを狙い撃ちは難しい。なら俺が狙うべき球はストレートしかない)

 

 ストレートだけに山を張って打つしかない。

 だがその予想を嘲笑うかのように眉村は連続してシュートを使ってくる。3球目を何とかカットするが、カウントは2-0で圧倒的に不利だ。

 長い間合いをとって投げる。ボールは特殊な螺旋回転──ストレートだ!!

 

 ッカギィイィンッッ!!と豪快にインコースを引っ張っり、打球はレフトポール際に向かってグングン上がっていく。これは際どいが、頼む!これで逆転にさせてくれぇ!!!

 

 

 

 

  『──ファール!!』

 

 

 サード塁審が腕を高々と広げたのを見て、ギャラリー達はああぁーっと大きく肩を落とした。

 ったく…それにしてもなんつうボールだ。真芯で捉えたのに両手がヤバイほど痺れるぞ。まるで重い鉛球を打つような感触だぜ。

 気分を落ち着かせ、再びピッチャーへと神経を向ける。急ピッチで作り込んできたとは思えないほど滑らかなフォームから5球目を投じた。ボールは膝元でカクンッと曲がる。

 

(…っ!?しまった…!!)

 

 予想以上に体へ曲がるシュートを完全に詰まらせてセカンド正面のゴロ。蛇島が確実に処理し、俺の一打席目が終了した。

 

「ごめん寿也。不甲斐ないバッティングで…」

「ううん、あのシュートをよく当てれたと思うよ。僕だって実質打ち取られてたんだし、だったら次の打席で必ず打とう」

「そうだな。よーしっ!二回こそは0点で抑えるぜ!」

「うん!」

 

『5番キャッチャー、米倉君』

 

 まだまだ帝王リトルの強力打線は続く。正捕手を努める米倉は打率こそ友沢や蛇島に及ばないものの、長打率は8割をマークする怪力だ。球質の軽い凉子のボールをどうやってバットに当てさせないかが攻略のカギになってくるだろう。

 立ち上がり、まずは変化球で様子を探ってみる。

 低めへ滑らかに曲がるカーブを米倉は初球からセンタへ返してきた。

 コキンッ!!と涼子の右を鋭く抜け、安打となった。

 

「ナイスバッティング!顔に似合わず冷静だぞー!!」

「……顔に似合わずは余計だ…」

 

 まさか初球を狙われるとはな……。体が色黒いから米倉は純血じゃなく、どこか外国人の血も混ざったハーフ系かもな。この手の選手の身体能力は純血な日本人よりも高いってテレビで観たことがある。バネのような筋力に腰の使い方や柔軟性など、生まれ持つ体は恵まれてるってよくある話らしい。

 

 

『6番ピッチャー、眉村君』

 

 ピッチャーながら6番を任されるなら、打撃にも自信があるってことか。バットの持ち方とかも何となく様になってるし、甘いリードはできないぞ。

 

(リードがやたらと大きい…。一度牽制をしてから投球に専念しよう)

 

 サインに頷き、一塁へ牽制球を送る。米倉は瞬時に頭から潜ってベースへ戻った。

 どうやら顔に似合わず冷静ってのは本物のようだ。ピッチャーに集中してタイミングを伺わなければできないもんな。

 

 ──もう分かっている。この次に盗塁が来るのは。

 

 キャッチャーが盗塁する姿を見るのはあまり無い。でも米倉の体ならそれも結構有り得るし、リードの取り方から見ても進む気満々と感じ取れた。

 

(ウエストで外そう。相手は盗塁の存在に気付かないって高を括ってるはずだ。俺がそこを狙って刺す)

 

 涼子も大きく頷いて賛成してくれた。どうやら考えていたことが同じだったのだろう。

 チラッと見てランナーを警戒する身振りをしながら、素早くクイックして投げた。

 

「ランナー走ったぞ!!」

 

 伊達さんの声が一番に俺の耳へ届いた。

 ありがとうございます、先輩。後はしっかりと俺の送球を捕って下さいよっ!

 

「っらあっっ!!!!」

 

 眉村がわざと空振りをして盗塁をアシストする。ボールは完全に外角へ外したのでほぼ無意味。

 キャッチして直ぐにボールを右手に持ち変え、スナップを利かせてビュンッ!と腕を振った。

 しゃがんでいた涼子の頭上を鋭く通過し、セカンドベースに伸びていく。

 米倉は足から滑り込み、ベースカバーに入っていた伊達さんのタッチとクロスプレーになった。

 ここからの視点では微妙な範囲だ。果して審判の判定は──、

 

 

 

 

『アウトォ!!!』

 

 おおーーーっ!

 

「!!……ちっ」

「よしっ!」

「ナイス送球ー!!」

 

 っし!何とか刺せたようだな。米倉は悔しそうな顔をしながら戻っていった。悪いな、生憎こっちも負けられないんでね。盗塁なんてそう簡単にさせねーよ。

 相手は眉村に戻り、その初球は内角高めのストレート。

 これを見送って1-1になり、3球目は外角低めのムービングファスト。振るのが早すぎて打球はサード真正面へ転がる。これで倒れてツーアウトになった。

 

『7番レフト、猛田君』

「お願いっしますっ!!」

 

 素振りをして風切り音を靡かせながら、ボックスへズッシリと立つ。

 コイツは単純な熱血漢っぽいな。眉村や友沢とは正反対の性格のようだ。

 熱血は時には最大の武器にもなる。

 ──しかし頭に血が昇るほど熱くなってしまうと、それは諸刃の剣と化すこともある。

 1、2球目から強引にフルスイングしていくも、空振りとファールになり、簡単に追い込まれてしまう。

 

(パワーは有りそうだが振り回しすぎだ。アウトコースに1球分外して振らせる)

 

 ボール球を振らせて三振──これでチェンジだと俺は高をくくっていた。

 猛田はバットを動かすが、ボール球に気付いてスイングを止めた。

 

「審判!」

『ノースイング』

 

 一塁塁審はノースイングの判定。

 グリップは結構動いてたけど先端側があまり動いてなかった。

 よくあのタイミングで止めたな。敵ながら今のは天晴れだ。

 今度は高めへ少し外すが、これは完全に見破られて 2ボール2ストライク。

 5球目はインハイにムービングが入った。

 猛田は左腕を体よりも内側にへ移動させがらカットさせる。

 

(追い込まれてからの粘りが強い…)

 

 最初の2球がまるで嘘のようだ。

 まず、バットをできる限り自分の体に密着させてスイングしていた。これでは遠心力のパワーを多く伝えさせることができないが、猛田の場合はヘッドを速く振らせて小回りの利いた柔軟なバッティングフォームを展開させることが可能だった。

 第二に選球眼──。

 これも一般と比べてみても類稀なセンスを持ち、その動体視力のお陰で5球目のカットも成立させている。

 これほどの潜在能力を隠しているのに最初から使おうとしない理由は分からない。猛田の独創的パワーヒッターの構えと筋肉の付きかた、アイツの熱血的性格から判断すると、繊細さよりも豪快で力強いバッティングを目指している、気がするね。

 敵だが、助言するとすれば猛田はパワーヒッターというよりもアベレージヒッターを目指せば、もしかしたら友沢を超える打者になれるかもしれないぞ。

 

「レフト!!」

「オーライオーライ!!」

 

 カットを挟んで7球目のカーブを丁寧にレフトへ引っ張ってライナー性の打球を演出するも、松原さんが危なげなく落下地点へ移動してキャッチした。

 

『アウトー!スリーアウトチェンジ!!』

 

 よしっ…安打は出しちまったけど0点で切り抜くことは達成したぜ。

 この回はキャプテンからの打順だっけな?

 早いところ眉村の変則ストレートとシュートの攻略法を見つけ出して逆転しないとキツくなってくるぞ── 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早くしろっ、もう試合は始まってるぞ」

「待ってよ聖~!」

 

 待ってられるか。もう開始時間から一時間半以上遅刻してるんだぞ。今日は皆で大地達の試合を観戦しようってあれほど前から約束してたのに……矢部やみずきが寝坊したせいでとんでもない程の時間を食ってしまった。

 

「聖ちゃん落ち着いて…まだ試合は続行してるっぽいから、ね?」

「…大丈夫。私は冷静だ」

 

 雅に宥められて私は我に戻った。

 が、言葉と行動は大きく違い、メインスタンドへ上がる階段をつい早歩きでどんどん進んでしまう。

 

「聖があそこまでせっかちになるなんてね~」

「まぁ無理もないな。だって一年前から憧れの存在でもあったんだし、ましてや六道の初恋の相t「やややややめろっっ!!!!!」

 

 野生の防御反応を引き起こしたかのような反応をしながら、達の悪い笑みをする薬師寺の口を無理矢理押さえ込んだ。

 ううーっ……どうして一ノ瀬の話題が出てくると顔が真っ赤になるのだ!今までの私なら動揺なんて滅多なことでは起きなかったぞ!!

 

「むぐぐ……悪かったって。とにかく、お前が一ノ瀬大地の事を好きか嫌いかなんてことは置いといて、早くスタンド行かないと試合が終わるぞ」

 

 うっかり忘れていた。

 今はそんな小さいことを気にしている場合ではなかった。

 …大地達は勝っているのだろうか。私達を倒したからには神奈川県でNo.1になってもらいたいし、負けでもしたら私が悔しくなりそうだ。

 

(大丈夫だ。アイツなら勝ってるはずだろう)

 

 帝王も確かに強い。それでも私は横浜リトルが勝つと予想している。

 両者とも3・4・5番のクリーンナップがとにかく強打者が揃い、守備も引けを取らないぐらい互角だ。

 と言うことは、残る投手力とキャッチャーに差が出てくるだろう。横浜リトルは川瀬というあおいやみずきと同じ女子ピッチャーがどこまで好投を披露できるか。それを大地が最終回までリードできるかが、勝つか負けるかの重要な部分だろう。

 

「大変でヤンスよー!!!」

 

 そう、大変かもしれないが……えっ?

 

「どうした矢部。何かあったのか?」

「とにかくスタンドに来てくれでヤンス!試合が凄いことになってるでヤンスよ!!!」

 

 急げ急げと促されて私達は階段を掛け上がった。

 スタンドへ出て、真っ先に電光掲示板の得点表を見てみるとそこには──

 

 

 

  TL  1 0 0  2 2 0 0

 

  YL  0 0 0  0 2 0

 

 

 

「2対5で横浜リトルが負けてる……」

「しかもそれだけじゃないでヤンス!安打数をよーく見てみるでヤンス」

 

 得点が表示されてる横に、チーム全体の合計安打数が表されている。

 帝王リトルが10本に対し、横浜リトルは僅か3本しかヒットが生まれてなかった。一体横浜リトルに何があったのか?らしくない貧打にらしくない失点の数。大地は今までどんなプレーをしてたのだ……?

 

「これはマジでヤバイぞ。準々決勝からは6イニングから7イニングに延長されるからもう後が無い。」

「一発で勝つには満塁ホームランとかが出れば……」

「無理に決まってるんでしょ!!?相手は友沢や山口率いる帝王リトルなんだから!生半可な気持ちでホームランなんて無理よ!」

「──とにかく今は一ノ瀬君や皆を信じるしかないよ。ボクは奇跡を起こしてくれるって信じる!!」

「あおいの言う通りかも。私もそう祈ってみるね!」

「………私もだ」

 

 頼むぞ大地。私達の分まで勝ってくれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終回、最後の守備を無失点で守ったのはいいが、点差は依然として3点もの差がのしかかっている。

 4回に友沢のツーランを浴び、5回は猛田の適時打などで更に4点を失った。打線は過去最低と言っても過言でないほどの沈黙していて、クリーンナップ3人が一本ずつヒットを打つのがやっとだ。打点もキャプテンのツーランだが、それは眉村が失投してくれたお陰で打てたものだ。

 

「江角さん、ナイスピッチです」

 

 ピッチャーは6回から江角さんが登板し、2イニングながらノーヒットの好救援を見せてくれた。

 目線を向けると、涼子が申し訳なさそうに落ち込んでいるのが分かった。5つの自責点は自分の不甲斐ないピッチングのせいだと、言葉にしなくても読み取れる。

 レガースとプロテクターを外し、俺は涼子の頭に手をポンッと置いた。

 

「お前一人のせいじゃない。全ての責任を背負おうとするな」

「大、地くん……」

「まだ試合は終わってないだろ?エースがそんな弱々しくてどーすんだよ」

「…うん」

「必ず逆転するから。俺、約束する」

 

 可愛らしい三つ編みを優しく撫でて俺なりに涼子を励ます。

 「やめて」とか言ってもそんなの知らない。

 だってこうでもしないと泣きそうだから──。

 いつも明るいお前が悲しむ姿なんて俺は見たくもない。

 

「全員集まれ!」

 

 2人のやり取りを見かねたキャプテンが、メンバーを呼んで円陣を組ませた。

 

「お前等まさか諦めてなんかねぇよな!?」

「あったりまえだろ!!」

「まだ終わるには早いっすよ!」

「ふっ、よく言った!いいか、泣いても笑ってもこれが最後だ!ゲームセットのコールがされるまでに逆転するぞ!!いいな?!」

「はいっ!!」

「おう!」

「分かってる!」

「当たり前だ!」

「ふう~……絶対勝つぞーーーッ!!!!!!」

『オオォォーーーーーーッッ!!!!』

 

 キャプテンの言う通り、まだ試合を諦めるには早すぎるぜ。

 3点もじゃなくてたった3点差って思えばいいんだよ。それぐらいひっくり返せなきゃ、全国に行っても猪狩にたどり着く前に負けちまうってもんだ。

 弱い心を捨て、諦めない強いハートを持つ。

 俺のリードを受けてくれた涼子との約束の為にも、男が約束を破るわけにいかないんだよ!!!

 

『7番レフト、松原君』

「松原行けーっ!!」

「何としてでも塁に出ろよーー!!!」

 

 眉村は最終回も投げきって完投するつもりだ。

 いくらストレートが速くたって、ここまで投げてればスタミナは減ってきて球威やキレが衰えるはず。

 後は打つタイミングさえ正確に捉えればなんとかなる!

 重心を右足から左足に置き換え、ミットめがけて真っ直ぐにボールを投げ込んでくる。

 速度は109km/hと10km/h近く落ちているも、特殊回転やボールの重さはまだ健在だ。

 

 

「うわ~凄いストレート!!」

「見たことないピッチャーだけど凄いよ…」

 

 あおいや雅が驚くのも無理はない。

 観客席から観てもその迫力あるボールは伝わってくるのだから。それにしても最終回まで投げてるのにまだ110km/h前後をマークするとは……初回はもっと速かっただろうな…。

 

「おい…あれって“ジャイロボール”じゃないか?!」

「ん、ジャイロ?なんでヤンスかそれは?」

「俺も本で読んだことしかないが、簡単に言えばフォーシームに特殊回転を混ぜた球種の一つだ。通常の真っ直ぐはリリースする瞬間に人差し指と中指でバックスピンを掛け、縦に回転するのが一般的なんだ。でもジャイロボールはマグヌスの原理を一切使わず、ドリルや弾丸のように回りながら進むんだ」

「な…何を言ってるのか全然分かんないでヤンス…」

「でも眉村君のはリリースからミットに到着するまでの空気抵抗による減速が少ないからツーシームよりはフォーシームジャイロみたいだよね」

「よく知ってるな小山。確かに抵抗を大幅に減らしてはくれるんだけどな……なぜか眉村のは落ちないんだよな」

「落ちない?」

「ああ。本来ジャイロボールは螺旋回転していから通常のバックスピンは掛からないんだ。つまり普通の速球と比べると打者の前で弓なりに落ちるんだよ」

「でも眉村のは落ちずに真っ直ぐ向かってると?」

「…ということになるかな。詳しいことは知らんが、少なくとも小学生でジャイロを投げれる奴はそう簡単にいないな」

 

 

 2-2。松原は外角低めの真っ直ぐを強く弾き返した。

 打球は二遊間。眉村の足元をを鋭く襲い、センター前に抜けそうな良い当たりだったが…

 

(甘く見るなよ!!)

 

 驚異的な身体能力でボールに横っ飛びしてキャッチ。

 そのまま素早く立ち上がって送球する。

 松原もファーストがキャッチしたのとほぼ同着のタイミングでベースに触れた。

 

 

 

「…アウト!!」

 

 ん~…若干送球の方が速かったか?

 今のを塁に出れてれば大きかったんだがなぁ…。

 

「………ねぇ」

「ん、どうした寿也」

「眉村の投球フォーム…変じゃないかな?」

「変?寧ろお手本通りのオーバースローだと思うんだけど…」

「違うよ。右腕を後ろにセットする時、ほらよく見て!」

 

 打席には8番の菊地が入る。

 寿也が言うには投げる前の右腕に注目しろって言ってたな。

 プレートを踏み、左足を蹴り上げ、そして右腕を後ろに──

 

『ストラーイク!!』

 

 まずはストレートが内角に決まった。

 でも特に変わった投げ方をしているわけではないからよく分からない。

 不満そうな顔で寿也の方を向くと、

 

「次の2球目と比較して見ると分かるよ」

 

 次のって…ただフォームを見ただけじゃあ何も分からな……

 

「──!!」

「ようやく気が付いたね」

「寿也…まさか……」

「そう、これが眉村の弱点だ。彼は初級のストレートと二球目のシュートで右腕の高さが異なってるんだ。まずシュートは高めよりも低めに制球して凡打を誘うのに多く使っていた。そのため、シュートの際はセットした右腕が肩よりも低い位置を通って投げてる。逆にストレートはシュートと織り交ぜて高めの釣り球として配球したり、初級の厳しい場所に投げることが多かった。つまり…」

「……ハイを通すから肩よりも高くなるってわけか!」

「うん」

 

 なんて観察力なんだ。そんな微量の癖を掴むなんてな…敵だったら恐ろしいことこの上ないぜ。

 

「とにかく監督に知らせてタイムを取ろう」

「ああ!」

 

 俺達は監督に全てを話した。眉村の弱点や米倉のリード。初めは半信半疑だったが、菊地がライトフライに倒れたところでタイムを要求してくれた。

 そして寿也の作戦が全員に話された──

 

「時間が無いので手短に言います。眉村はストレートを投げるときに右腕を肩よりも高く、シュートは肩よりも低くして投げる癖があります」

「ええっ、本当か!?」

「はい。ですので彼がボールを放す前の右腕を注目すれば、あとは打点さえ合えば打てるはずです!」

「ふむ……もうツーアウトだしそれに賭けるしかないな」

「ですが監督!万が一失敗したら終わりですよ!?注目してて打てなかったらどうするんですか?!」

 

 監督は自分のサングラスを外してこう全員に告げた。

 

「失敗を恐れるから失敗するんだ。お前たちは去年の秋に何を学んだ?」

 

 メンバーの皆がはっ!と思い出したかのように顔を上げた。

 

「あのチームはどんな逆境もチャンスにしてウチに勝ったんだろ。本田茂治の息子、本田吾郎が失敗を恐れて野球をやっていたか!!!」

『……………』

「諦めないとは口でいくらでも言える!だがな、実行に移すのはプロにさえ困難な事だ!!チームが一つになり、お前達一人一人の勝利への気持ちが強く生まれたときに、逆転という奇跡が出るんだ!!!それを三船リトルから教えて貰ったんじゃないのか!!!!」

 

 

 

 ──そうだよな

 

 

 

「!!」

 

「俺は去年の横浜リトルの過去なんて知らないけどさ、自分のプレーに自信を持てなきゃ勝てないよな」

「……そうだね。僕達はあの敗戦からチームの重要性、そして勝利への貪欲な闘志を教えて貰ったんだ!」

「はぁ~…俺としたことが、つい忘れるとこだったぜ」

「こんな所でビビってちゃ、」

「勝てねーよな!!」

 

『あの~…そろそろ次のバッターを……』

 

「行ってこい江角。お前が川瀬の分まで想いをぶつけてみろ」

「…はい!!!」

 

 失敗を恐れるな──。

 聞こえは初歩的かもしれないが、ウチにとっては案外大切な決まり文句かもな。

 チャレンジしないで後悔するより、チャレンジして次に繋げた方がよっぽど良いに決まってる。

 

『9番ピッチャー、江角君』

 

「眉村、あと一人だ!!最後まで気を緩めずに行くぞ!!!」

「……ああ!」

 

 相手もウチの雰囲気を見て気合いを入れ直してきたな。

 面白くなってきたぜ…これこそがベースボールだ!!

 

(確か右腕の位置を気を付けろと言ってたな。よーし!)

 

 汗を袖で拭いてグローブを胸に置く。くっ…観てるだけでもドキドキする間合いだ。

 ──そして互いに睨み合い、眉村が動いた。

 目をはっきりと開け、威圧感を全面に押し出しながら投げた。

 

(右腕は上、ストレートだ!!)

 

 江角さんは迷いもなくそのボールをフルスイングした。

 ッキィィンッ!と久し振りに聞いた心地良い打球音。

 

 

 ──ボールはセンター前に落ちた。

 

 

「来たあああああーっ!!!」

「おおおおおおーーーっ!!?」

「打ったぞ!?」

「これがリトルリーグだと………」

 

 土壇場で江角さんが繋いでくれた。観客もその姿を観て大興奮の嵐だ。

 さぁ伊達さん、お願いしますよ!

 

『一番ショート、伊達君』

(心を一つに、か。なら俺も…!)

 

 積極ながらも慎重にボールを見極める。こういう場面での伊達さんは強いからな。

 1球外れ、2球目。今度は腕が低い…シュートボールだ!

 伊達さんの得意技は、そう叩きつけることだ。

 

 

  ──ガアァンッ!!!

 

 バットを地面に叩き割るくらいに振り、ボールはフェアゾーンを高くワンバウンドした。

 サードの中畑が急いで捕るが時すでに遅し。伊達さんは悠々セーフで内野安打となった。

 

「やった!これはもしかして…!」

「いや、まだだ。ヒットは続くがツーアウトに変わりはない。まだ余裕は持てないぞ」

 

 だけど涼子がはしゃぐのも分からなくはない。

 降板してからずっとベンチで手を握って祈ってたんだからな。そりゃ、嬉しいに決まってる。

 俺の言葉を聞き、顔は明るくなってきたけど握っている手はブルブルと震えていた。「安心しろ」と声を掛けるかわりに、そっと右手を被せて震えを止まらせた。

 

「ぁ……」

「最後まで見届けよう。皆はやってくれるって」

 

 数秒間顔を見合せた後、恥ずかしがりながら下を向いて俺の手を強く握り締めた。

 見た目は可愛らしい女の子の手だけれど、平はムービングファストによってできたマメがポツポツある。

 小さなエースがこんなになるまで投げてくれたのか。改めて涼子の頑張りを知り、俺は舌を巻いた。

 ──すると、スタンドからまた大歓声が聞こえた。

 まさか!と嫌なことを考えてしまったが、目に映ったのは塁上でガッツポーズしている村井の顔だった。

 

「ナイスバントヒットー!!」

「流石はバントの名手!」

 

 ヒッティングじゃなくてセーフティーで出塁したのかよ!ツーアウトでよくそんな危険な技に挑戦したな。「失敗を恐れるな」が余程効いたんだな。

 

『三番ファースト、佐藤君』

 

 ツーアウト、ランナー満塁───

 一発が出ればサヨナラのビックチャンスだ。こんな漫画みたいな展開、本当にあり得るんだなぁ。打てたらどれほど凄いんだろうか。

 いや、もう打ってくれると確信してる。寿也のなら必ずやってくれる!

 

「頼むぞ!!お前が決めてくれー!!!!」

 

 ネクストサークルから声援を送った。

 寿也は決意を固めた顔でこちらへ頷き、ゆったりとバッターボックスに入った。

 

「眉村大丈夫だ!こっちだって皆がいるんだ!リラックスしていけ!!」

「俺が信用できないのか?俺はお前を信じてるぞ!!」

「ふふっ…僕が全部守ってあげるよ」

「バックは任せとけよ。勝って全国に行くんだろ」

 

 帝王リトルも盛り上がってるな。これで両陣営に観客が興奮し、まるで地鳴りが響くほどの熱狂状態だ。

 暑い夏にこれほどまでの知的で、熱くさせてくれるプレーをすれば敵味方なんて関係なく楽しむってもんよ。

 

「来いっ!!」

 

 一面の青空に向けて叫び、バットを立てて勝負を迎え撃つ。これに触発された眉村もロージンを叩きつけてセットする。

 手に汗握るその初球、右足に溜めを大きく作ってボールを放った。ズドォンッ!と重々しい音と共にミットへ入る。

 

『ストライッ!!!』

 

 ……速い。ここへ来てまた球威が戻り始めている。

 やはり眉村は凄いよ。だけどな、寿也だって凄いバッターなんだぜ?

 2球目をボールをで見送り、3投目の豪速球をお構い無く引っ張った。

 弾道ミサイルの如く、打球がサード線を襲い掛かる。入ればレフトは捕れない。

 頼むから入れれええええええええええええ!!!!

 

   …………

 

 

 

 

『……ファールボール!』

 

 なっ!?マジかよーっ!!これがフェアだったら同点だったかもしれないのによ!!!

 

(って落ち着け!まだ分かんないだろ。追い込まれたけど弱気になるなよ…寿也……!)

(弱気になるな!大地君なら絶対こう言うはずだ)

 

 うし、動揺してないみたいだ。逆に開き直れてる感じがするぜ。

 ボックス外から出てバットを振り、また打席に入る。

 次第に2人の間に空気が張り詰められていく。周りのギャラリーもシーンとなり、この対決を静かに見届けようとしている。

 

 深呼吸をし、足が動いた。

 場合によっては最後になるかもしれない。皆の想いをバットに込め、寿也が空を切り裂いて振った──

 

 

 

 外角を右へ押し出した打球はライトを守る山口の頭上を過ぎ、ワンバウンドして柵を超えた。

 

「えっ?これって………」

「ホームランじゃないけど…」

 

 

 

 

「タイムリーだあああああああああ!!!!!!」

 

 おおおおおおおおおおおっっ!!!!!

 

「起死回生のタイムリーツーベースヒットだああ!!!」

「佐藤すげぇぇぇぇぇぇー!!!!」

「アイツやってくれたよ!!!!!!!」

 

 惜しくもホームランではないものの、一点差に迫るエンタイトルタイムリーツーベースヒットで追い詰めて来た!

 流石だぜ、寿也──。ここで打つなんてお前は何か神

懸った力を持ってるな。

 

「審判、タイムを」

 

 帝王側も慌ただしくなり始め、野手全員がマウンドに集まった。

 

「眉村。お前はこのまま続投するか、それとも交替するか?」

 

 相手の監督も寄り添って眉村に何か問いかける。

 多分交替するかを考えてるのだろう。

 

「俺は……このまま交替して勝っても、勝った気になれません!」

「監督、自分は友沢君に交替すべきだと思います。もう体力のない眉村を使うなんて無謀です」 

「確かに蛇島の言葉は正論だ。このまま山口や友沢を交替した方が勝率は上がる。でも俺は……」

 

 

 

 「眉村を続投させる」

 

「──!!正気ですか!?それではみすみす負けに行くような行為だ!」

「蛇島は人1倍に勝ちたい気持ちが強い。それは決して悪いことではないと思う。でもな、それだけでは全国やこれから先の試合に──勝てない。」

「監督……」

「監督が選手を信じないで選手が動けるかって話だ。と、これが俺の考えだけど眉村はどうする?」

「………投げます。絶対にアイツから三振してみせます!!」

「…分かった。皆も眉村をカバーしてやってくれ。俺よりも身近で一緒に戦う仲間の方が安心するからからな」

『はいっ!!!』

「おーっしゃぁ!!これで最後にするぜ!行くぞーっ!!」

『オオォーっ!!!!!!!!』

 

 猛田が吠え、守備に戻った。

 む、これは続投か。

 そう来なくっちゃな。もし交替されてたらほぼ詰みだったからこっちとしても大助かりなんだよ。

 

 

 

 

『4番キャッチャー、一ノ瀬君』

 

 

 この日一番のボルテージでワァッと盛り上がる。

 こんな感覚、全国大会の決勝戦以来かもしれないな。

 皆が勝負に注目して一喜一憂してくれるなんて。

 ──もうこれが最後だ。さぁ来いよ、眉村!!!

 

 

「っらあああっ!!!」

 

 雄叫びを上げながらボールに力を込めて投げた。

 グオオオンッと伸びる剛球をフルスイングで応えるが、振り遅れて空振った。

 

『ストライクッ!!!!!』

 

 くうっ……また速くなりやがった。よく見れば110km/hが118km/hまで戻ってやがる。

 球種が分かってても打つのは難しいぞ、これは。

 次は外角高めのシュートが外れてワンボール。たったこれだけでも重圧は重苦しく乗り移るって来る。

 

「頑張れ大地!!!私は信じてるぞーっ!!!」

 

 この声は……そうか、聖ちゃん達も観に来てくれたのか。

 

「お願い大地君!約束を守ってよ!!!」

 

 そうだった……涼子との約束もあったんだっけな。

 こうやって皆の声援が俺を支えてくれてるんだ。その期待を破っちゃいけないんだよ!

 

(いっ、けぇぇぇぇぇぇ!!!!!!)

 

 3球目──。

 内角からボール球になるシュートが飛んできた。

 見逃せばボールかもしれなかったが、押されて振った。

 たがバットが下を過ぎて、これも当たらなかった。

 

 

『ストラックツー!!!』

 

 くそっ、当たらなかった。これでもうストライクはできなくなったか。

 

 

(なるほどね……上等だ!!今度こそスタンドに送ってやるよ!!!)

(これが野球のマウンドか…。ドッジボールとは違う緊迫感、そして意地と意地のぶつかり合い……いいだろう。俺も全力で応える!!)

 

 

 

 ベンチからは各々が自チームの応援をするのが微かに聞こえる。

 スタンドからも聖ちゃんの声援や、観に来てくれた人達が大きな声で健闘を称えている。

 ──猪狩、どうやらお前以外にもライバルとして相応しいピッチャーがこの神奈川にも居たぞ。

 これだから辞められないんだよ、野球は──。

 

 

 そして運命の4球目──。

 渾身のストレートがど真ん中の甘いコースに迫ってくる。

 もはや打てる打てないなんて関係ない。

 ただそれが当てれるかってだけの話だからなああああああああ!!!!!!

 

 

 

 

   ────ブオンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ────スバァンッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の爆発音が鳴り響き、シーンと物静かになった。

 全員が目を向けた先は───ミットだった。

 

 

『す、ストライク!!!バッターアウトォ!!!!!ゲームセッッ!!!!!』

 

 

 

 


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