Glory of battery   作:グレイスターリング

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第四十五話 少女の決意と鍵を握る2人のキャッチャー

 

 帝王実業との劇的なシーソーゲームを6対5で制した聖タチバナ。

 なんとか試合を制し、今日は学校に到着後ミーティングを軽く行い直ぐに解散となった。

 

「ただいま」

 

 ふぅ、と一息吐いてから家へと入る。

 とりあえずチームが勝てて一安心……と言いたいが、自身は今日ノーヒットと残念な結果だった。

 

(次は海堂が相手だが……今度は必ず打ってみせるさ)

 

 しかし高校野球の大会に落ち込んでいる暇はない。

 反省すべき点は反省し、すぐさま次に生かさなければならないのだから。3日後は次こそリードオフマンとしての役割を果たすと、己を奮い立たせるのであった。

 

「おかえり隼人。試合、勝ったそうじゃない。良かったわね」

「え? 誰かに聞いたの?」

「ええ。さっき愛美が嬉しそうに語ってたからね」

「ふーん……」

 

 やはり来てたか−–−–−。

 少し前までは野球に対してやや情熱が薄れ気味ような印象だったが、今大会になって急にタチバナの試合を観に来るようになっていた。

 どういう風の吹き回しかは知らないが、今はただ大会に集中するだけだ。

 

「−–−–−お、やーっと帰ってきたねお兄ちゃん!」

 

 ドタバタと忙しなく2階から降りてくる妹。

 

「ほらほら、風呂入るんだからそこどいてくれ」

「あ、ちょっと待って。あとでお風呂上がりでいいからさ、時間ちょうだい」

「え? なんでだ?」

「うん……ちょっと相談したいことがあってね……」

 

 なんだなんだ……?

 お前から相談なんてほぼされたことなんかないのに……。

 なんだが嫌な予感はするが、お風呂に入って夕食を摂った後、愛美の部屋へと向かう。

 

「入るぞ」

 

 うん、と返事を確認してから部屋へ入る。

 俺はリビングでそのまま話を聞いても良かったのだが、本人からの意向で2人きりで話すことになった。

 

「お前から相談とは珍しいな。で、話ってなんだ?」

「うん。単刀直入に言うとね、実は私−–−–−

 

 

 

 −–−–−来年、聖タチバナを受験しようって考えてるんだ」

 

 

 

 拳をギュッと握りしめながら、目の前に座る妹確かにそう口にした。

 

「……タチバナ、を?」

 

 正直、少しだけ驚いている。

 ここ最近、あれだけ好きだった野球にも関わらず、夏の大会が終わって引退してからは全くやらなくなったからだ。

 

 理由はなんであれ、もう野球が嫌いになってしまったのか、それとも他に野球がやりたくてもできない理由が生まれてしまったのか、それは本人から聞きにくい内容だったからあえてそっとしておいたが、このタイミングで俺と同じ高校を受験するという事はつまり−–−–−

 

 

「やっぱりね、一度好きになったものってそう簡単に捨てられないんだよね。お兄ちゃん達の試合を見て改めてそう感じちゃったから」

「…………」

「あ……もしかして私が来るのは嫌……?」

「……ははっ。別に嫌じゃないさ。お前が選んだ道なら俺はもちろん、父さんや母さんも納得してくれる」

「そ、そっか……!」

 

 にしても意外だな。

 いっつも隣で「お兄ちゃんには絶対負けないから!」ってずーっと呪文を唱えるかの如く言いまくってたお前が、俺と同じチームを選ぶとはね。

 ないとは思うが、誰かに吹き込まれでもしたのか?

 

「あのねっ、最近試合を見に行くようになったのは川瀬先輩のお陰なんだ。 先輩が悩んでた私に話しかけてくれてね、今では……あの時先輩が話した言葉の意味が分かるんだ」

 

 なるほど、犯人は川瀬だったか。

 こういう所もアイツらしいと言えばらしいが。

 

「本当に自分の限界を迎えたと感じるまで、私はやり続ける。バッティングは苦手、守備もそれほど上手くはない。でもこの走塁だけは唯一自分の武器として信頼してきたから。私には私の戦い方で、この先どこまで通用するかやってみたいの!」

「……ウチは厳しいぞ。通常の練習でさえ量が多いのに終わった後にほぼ全員が自主的に居残って練習するくらいだからな。それでもウチに来て野球を続けるのか?」

「覚悟はできてる。もう2度と振り返らない。少しでもお兄ちゃん達の役に立てるよう、全力を尽くすつもりだから」

 

 ……その眼、どうやら覚悟は本物のようだな。

 

「−–−–−分かった。ならこれからお前がやるべきことは2つだ。まずできる限り勉強をして最低限の学力を備えること。そして秋の大会が終わったら空いた時間にタチバナのグラウンドに来い」

「!?、それってつまり−–−–−」

 

 

 と言っても妹だからといって贔屓するつもりは微塵もない。

 最低限の話は一ノ瀬に通してやるが、後は己の力で道を切り開くしかないぞ。

 

 だが……アイツのあそこまで嬉しそうな表情、久しぶりに見た気がするな。

 

 

 

 

 

「俺は構わないぞ」

「いいのか? 急な頼みだとは思うが……」

 

 次の日の昼休み。

 昼飯を食べ終えた後に八木沼から呼ばれて大方の事情を聞いた。

 

「ウチは野球に対して真剣に打ち込んで好きな奴なら初心者だろうが経験者だろうが大歓迎だ。ましてや経験者の、お前の妹なら断れないさ」

 

 色々と初知りの情報が多かったから驚きの方が多いが、普通にウチへの入団を考えてくれているのは嬉しい。

 ぶっちゃけた話、このまま来年の入部数が少ないと大島・東出の世代から苦労する羽目になるだろうし、そんな時に経験者の選手が来てくれるかもしれないなんて話されたら、嫌でも期待しちまうぜ。

 

「土日とかなら妹さんとの予定も合わせやすいだろうしな。その辺も含めて大会が一区切りついたらおいおい調整して皆にも話そう」

「……悪いな。迷惑かける」

「ははっ、なら購買前に置いてある自販機のジュースで構わないぞ」

「お前……もう菓子や甘い飲料水は辞めたんじゃないのか?」

「冗談だって。いつかパワリンでも奢ってくれたらそれでいい」

 

 にしても八木沼に2つ年の離れた妹がいるとはな〜。

 うちの野球部、意外に兄弟持ちが多いな。

 

「はいはい。んで、話は変わるが次の試合−–−–−海堂戦のプランはどうするつもりなんだ?」

「ん……海堂戦、ねぇ」

 

 日付的にはもう明後日の今頃は試合中だもんな。

 実は全く考えていないわけじゃないが実は−–−–−

 

 

 

 

 

 

 −–−–−海堂学園・野球部専用トレーニングルーム。

 

 全国各地から優秀な選手までが集まる名門校であり、実力はあのあかつき大附属と肩を並べる程とまで言われている。

 特にここ近年は強く、今年の夏こそ甲子園出場を帝王に奪われるも、その前の春の選抜、前年の夏・春の大会では甲子園に出場、特に前年の春は日本一にも輝いている。

 猪狩守の加入後は優勝からやや遠ざかってはいるが、それでも今年のメンツは歴代でも最強クラスと名高い。

 

「よう、まだ残ってたのか」

「はぁ、はぁ……薬師寺っ、先輩……」

 

 ここのトレーニングルームは野球部の為だけに作られた専用の施設だ。野球の技術のみならず、あらゆるプレーに対応できる体づくりを目指す為、ベンチプレスやラットマシンなど、あらゆる機材が高品質で揃えられている。

 時刻は既に20時半を回っていたが、1人で黙々とペンチプレスを行う1人の選手。彼こそがあの怪物・猪狩守の弟にして、現海堂学園の主将・猪狩進だ。

 

「相変わらず精がでるな。が、くれぐれも無理はするなよ。次の試合は明後日だからな」

「んっ、ふぅ……分かってますよ。今日はこの辺りで辞めるつもりですし、明日は前日なので軽く流して終わりますから」

「それは良かった。あんまり無茶したトレーニングすると早乙女さんの兄貴に何されるか分かったもんじゃないからな」

「はは……それは勘弁ですね」

 

 ゆっくりと立ち上がり、側に置いてあったタオルで汗を拭う進。

 

「さっき眉村から直接聞いた。明後日の先発はアイツが投げるってな。珍しいな、アイツ自ら監督に直談判するなんてよ」

「…………そうなんですか」

「ん、お前知らなかったのか? てっきり聞かされてたかと思ってたが……」

 

 海堂の先発陣は現在眉村・市原・阿久津の三人をローテーションして回している。つまり分業化が確立されており、既に誰がどの試合で投げるのか、先に決定している事が多いのだ。

 その中でエースの眉村は態々昨日、タチバナの試合が終わった後に伊沢監督へ直談判し、明後日の先発登板を直訴した。

 

 普段首脳陣に意見などしない男が、何故タチバナ戦の先発だけは自ら頼みに行ったのか−–−–−他のメンバーからすれば少々謎だった。

 

「確かに認めてはいるさ。接戦とはいえ帝王を倒し、今ノリに乗ってるチームだ。それでもアイツらがウチに勝つなんて到底−–−–−」

 

「そこですよ、薬師寺先輩」

 

 間に割って入る形で進が言い放つ。

 

「帝王だって試合前は今みたいに油断して挑み、結果、負けたんです。もう聖タチバナを無名の新設校だなんて思い込むのは辞めましょう。正真正銘、僕たちも最初から全力で挑まなければ足元を掬われる可能性は十分にあり得ます」

「…………そう、だな。悪かった……」

 

 もしかしたらタチバナの恐ろしさは進自身が一番分かっているのかもしれない。

 彼自身の能力はもちろん、可視化されていない内に秘めたポテンシャル、キャプテンとしての統率力の高さ、信頼度。同じ捕手を守る者として感じ取れる才能も、中学から後ろでずっと見てきた彼だからこそ、ここまで警戒しているのだ。

 

「今度の相手……いつも通りのマニュアル野球"だけ"で勝つのは難しいでしょうね」

「なぜそう思った?」

「彼らもデータをある程度集め、相手に合わせて対策を立てて挑んでいると思いますが、最終的にはその……口で説明するのが難しいんですけど、気迫と言いますか、精神的な強さで試合の流れを無理矢理引き寄せ、最後に逆転勝利する力があるように見えるんです」

「ふ、珍しいな。データマンのお前がそんな抽象的なセリフを吐くとは」

「だからこそ厄介なんですよ。こうしたところって計算したくてもできませんからね……」

 

 汗が引き、スポーツドリンクが入ったペットボトルも手に持って部屋を出ようとする。

 

「でも−–−–−僕は海堂が勝つと確信してます。僕がキャプテンになったからには兄さん……いや、甲子園を制するまでは負けさせないですから」

 

 その熱い目に一瞬ゾクリした薬師寺。

 今大会チームで唯一の6割台、OPSも1.2を超えるバッティング力に自身のリードで奪われた失点は僅か1点。当然失策は無く、チームの誰からも絶大な信頼をされているまさに『海堂の心臓』とも呼ばれる男が、果たしてタチバナを相手にどのような試合を展開していくのか、大きな命運を握ることは間違いないだろう。

 

(一ノ瀬先輩……絶対に負けませんからね)

 

 

 

 

 

 

(負けたくはねぇ、が……)

 

 はっきし言って現状の海堂を相手に明確な対策なんかできねぇ。

 前の試合は友沢や今宮の旧友が多くいたし、対戦した経験だって割とあったからある程度の対策は練れた。

 

 だが今回は違う。今の海堂は去年の春頃に練習試合をした頃とは実力もメンバーも全く違うし、何より一番気になるのが進の存在だ。

 

 アイツが正捕手についてから投手陣が全く失点してない。その上自分でチャンスメイクや打点も稼げるから更にチーム得点力が増してやがる。その後に打つ薬師寺の打点が今大会の数試合だけで14もついているのは進が大きな要因になっているしな。

 

 くそっ……今までで一番悩ましい試合になりそうだぜ……。

 

 

「相当悩んでるようだな」

 

 グラウンドの隅のベンチで悩んでいた俺の隣にひょいと座るのは聖ちゃんだ。

 今日は試合が近いから全体での練習は5時過ぎには終わり、殆どのメンバーが帰路につこうとしていた。

 

「まあね。次勝てばほぼ甲子園は確定な上に相手は公式戦では初めて戦うあの海堂だ。正直……緊張もするさ」

「確かに……私も今なら分かる。帝王戦の直後にスタメンマスクを呼ばれた時は口から心臓が出そうなくらい胸が張り裂けそうだったからな」

「へぇー、聖ちゃんも緊張するんだな」

 

 昨日はみずきちゃんと試合中に夫婦漫才をかますほどだから俺はてっきり開き直ってたとばかり思ってたが。

 

「私だって緊張する。もしここでリードを間違えて打たれてしまったら。チャンスの場面で凡退してしまったら。あれだけ好きだった野球が嫌いになりかけてしまうくらいにマイナス方向へ自分の気持ちが傾きそうになる」

 

 でも−–−–−

 

「それも含めて野球の面白さだからな。他のの仲間が苦しい時は私が助け、逆に私が苦しい時は今度は仲間に頼ってと、昨日勝てたのもみずきと辛い場面でも支え合えたのが大きかった」

「支え合う……」

 

 スポーツの世界ではチームプレーは当たり前のように説かれるが、案外簡単に成り立つものでもない。

 その前提として仲間からの信頼、共に汗を流した時、最後まで諦めずに戦い抜く精神力の強さ。これらが成立しなければ仲間を助ける余裕も生まれず、周りにもやがて伝染していく。

 

「俺も……その考えは野球を始めた頃から変わらない。どのみち次の試合は帝王戦のような明確な対策は無いし、各自が持てる実力を出し切って最後は気持ちで押し切るしかない」

「……だな」

 

 あんま深く考えるすぎるのもよくないな。

 従来のマニュアル野球に加えて捕手は超理論派の進だ。アイツなら短時間でも俺たちの対策を立ててくるはずだ。

 

「−–−–−まだ対策を諦めるには早いかもな」

 

 勉強では進に劣るかもしれないが、野球の経験なら俺の方がある。

 こんな所で頭抱えて悩む暇があったらギリギリまで足掻いた方がよっぽどマシだ。

 

「ありがとう聖ちゃん。明後日の試合−–−–−絶対勝とう」

「うむ。そして絶対に行こう、甲子園へ」

 

 試合まで、のこりあと2日−–−–−。

 勝てばついに甲子園だ。

 

 


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