Glory of battery   作:グレイスターリング

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また期間が空いてしまい、本当に申し訳ありません……
話の構想はある程度出来上がっていますが、執筆スピードが追いつかずかなり空いてしまいました。

少しずつでも話を進めていきますので気長にお待ち頂けたら幸いです


第三十七話 変化

「………………」

 

 昼休み。

 俺は1人、恋恋高校の屋上でぼーっとしていた。歓迎会から1週間が過ぎていたが、俺は未だに親父や早川のメッセージが理解できずにいた。

 いや、それだけならまだ良かったんだが、内山や宮崎の勧誘も進展が全くなく、このまだと試合以前に野球自体が何もできない状態だ。

 あーあ、このまま俺の高校野球は終わっちまうのかな。あれだけ内山達は野球を嫌ってたんだ。どうせ俺1人がいくら誘いに行ったって無理だわ。だったらいっそのこと、もうここで野球をするのは−–−–−

 

「おーい、何やってんだよ本田」

 

 聞き覚えのありすぎる声と共に、2人の女子生徒が俺の両隣へとそれぞれ座る。女子生徒とは名ばかりの、男勝りなソフトボール選手だけどな。

 

「そういえば茂野とは初めてだっけ。私は高木幸子。薫と同じソフト部の2年だよ」

「ああ……茂野吾郎だ。よろしくな」

「どうしたんだよ本田? いつもより元気ないな」

 

 元気かない、か。無理もねぇだろうな。今の現状を知れば誰だって気が滅入るだろうよ。

 ま、ここで会ったのも何かの縁だ。ソフト部の連中に1つ相談でもしてみるかな。

 

「……なぁ清水、高木。ちょっといいか?」

「ん? なんだよいきなり改まって」

「実はさ−–−–−」

 

 何かヒントでも掴めればいいかな。そんな軽い気持ちでこれまでのことを2人に話してみた。

 

「なるほどね。大体の事情は分かったよ」

「でもよ、わかんねぇんだ。俺は別に仲間を蔑ろにしてたつもりはねぇ。海堂を倒す目的だって野球部からすれば結局は甲子園を目指す過程でやらなきゃならねぇ。お互いの利害は一致してしてる、にもかかわらず早川だけはどうも俺への当たりが強いんだ」

「うーん、私達はソフト部だから野球の観点からのアドバイスはできないけど……あくまでいち部活としての観点から言うんなら、本田は海堂を倒すことを意識し過ぎなんじゃないのか?」

 

 購買部のコーヒー牛乳をグイグイと飲みながら、清水はそう言う。

 意識のし過ぎ……か。言われてみれば恋恋高校に編入してから、俺の頭にはいつも海堂の連中がこびりついていたな。夏の大会で聖タチバナとの試合を観戦してた時、俺はもっとアイツら自身の熱いプレーや意志に目を向けていた。自分の目標を達成するために、この学校のメンツならそれが可能だと教えてくれたから、俺はここを選んだんだ。

 それがいつしか、俺は自分の事だけをずっと考えるようになっちまったのか……。

 

「あ、あとさ、部員集めのコツなんだけど、一辺倒に野球部へ勧誘するよりも、まずは誘う相手と同じ目線に自分がなってみると良いと思うよ」

「誘う相手と同じ目線……」

 

 なんだ……なんなんだこの感触は?

 まるでずっと昔に忘れていた何かが蘇ってくるような……。

 

(昔……っ!?)

 

 そうだ、リトルの頃の俺だ。

 初めは選手や監督のやる気、まとめるならチーム全体の覇気自体が無かった。時には衝突もしあったし、虐めを働いていた奴も、途中でチームを抜けようとした奴だっていた。それでも俺は、最後に仲間を見捨てるような真似はしなかった。沢村を更生させ、清水に野球の楽しさを教え、小森のような最高の相棒と出会え、他の連中にだって俺の気持ちは伝わってくれた。

 それは俺が単に凄かったからじゃねぇ。どんな逆境に立たされたって俺はアイツらを信じ、側で支えてやったからだ。だからこそ信頼が生まれ、その力こそが横浜リトルをも凌駕した。

 

(そうか……親父や早川が言いたかったことって……)

 

 答えは半分出た。なら聞いてみる価値は……あるな。

 教室から持ってきておにぎりを一口で頬張り、俺は立ち上がった。

 

「あれ、もう行くの?」

「ああ。ちょっくらやらなきゃならねぇ用が出来ちまったんでな。とりあえずあんがとよ、高木、清水」

「お、おう。イマイチ理解が追いつかないけど頑張れよ、本田」

 

 2人に礼を言い、俺は屋上から急いで外の部室へと走る。アイツは昼の時間にはいつも飯を食いながらグローブの手入れをしている。まだ残ってればいいけどよ……。

 

 ガチャ−–−–−。

 

「ん……おお、茂野じゃねぇか」

「はぁ、はぁ、悪いな田代……って手塚も一緒なのか?」

「はい。偶然近くを通りかかったら田代先輩と会って。折角なんで僕もご一緒しようと思ってついて来たんですよ」

 

 そうかい。まぁ人が多い方が今の俺としてはありがたい。2人とは対になる向きで俺も椅子へ座る。

 

「……んで、お前がここに来たってことは何か俺に用でもあるんだろ?」

 

 へっ、流石は正捕手様だな。俺の思考はお見通しってか。

 

「まぁ、な。ちょっくら聞きてぇことがあるんだけどよ……」

「待て。ちなみに忠告しとくが、お前が練習禁止にされてる理由を聞き出そうとしても無駄だぞ。葛西と早川、山田先生の3人しか知ってないん」

「ちげぇって。俺が知りたいのはそんな話じゃねぇ」

「?、じゃあ一体何を……?」

 

 両親にまで手回しされてる以上、野球部の連中に聞いても無駄なのは頭の悪い俺でも分かるっての。

 部室の冷蔵庫から飲み物をありがたく頂戴し、呼吸を整えてからこんな質問をしてみた。

 

「田代はよ、どうしてこの野球部に入部しようと決めたんだ?」

「はぁ? 決めたって……別に、アイツらに誘われたから入部してやったんだよ。野球も前はシニアでやってたからそのまま成り行きでな」

「ばーか。嘘言ってんじゃねぇよ。田代お前、初めは高校で野球をする気なんか無かったんだろ?」

「なっ!?、お前知ってたのかよ!」

 

 そもそもシニアまで野球一筋で頑張ってきた男が野球部のない恋恋高校を選んだ理由、それは高校では野球をする気がない、いーや、野球が"できなかった"からだ。

 これは入部して間もない頃に矢部から聞いた話だが、田代の父親はちょっとした会社の経営者であり、昔から息子に文武両道をモットーに厳しく育てられたそうだ。野球を田代に始めさせたのも、あくまで人間形成を目的としていただけで、俺や葛西、猪狩や一ノ瀬達のように甲子園やプロを目指していたわけではなかった。

 けどその父親の思惑とは裏腹に、田代はみるみる野球の面白さに浸かっていった。中学ではシニアで4番をも任されるほどの実力をつけ、高校でもアイツは野球を続けるつもりでいた。

 

 

『えっ!? 恋恋高校だって!?』

『そうだ。お前にはもう野球をやらせる理由がないからな。これからは勉学に勤しみ、将来私の会社を継ぐための準備をしておくんだ』

『でっ、でも俺っ、将来プロを目指したいんだ!! その為に海堂か帝王から推薦を貰って−–−–−』

『何度も言わせるな。そんな確率の低い夢を追うより、100%の現実を見るんだ。いいな?』

(そんな……俺はもっと野球がやりたい!! 甲子園に行って、プロ野球に入って、一流の野球選手になりたいんだよ!! なのにどうして…っ……!)

 

 

 当時15歳の中学生が夢を追うことを諦めるのは、相当辛かったはずだ。仮に俺が親父から野球を辞めろなんて言われた日には、死んじまうかもしれねぇしな。

 結局親父の言いなりになるしかなかった田代は野球を捨て、男がスポーツをするのには程遠い恋恋高校を選び、ガリ勉になるはずだったが−–−–−。

 

「お前は親父にあれだけ反対されても、最後は野球をする道を取った」

「……そうだ。俺は野球をえらんだ。けどそれがお前となんの関係があるんだ?」

「関係はねぇよ。ただ、俺はあくまでもお前の真意が知りてぇだけなんだ。お前自身が変われた理由を、どうやって親父を説得させたのかさ。まぁ無理にとは言わねぇ。喋りたくなかったら喋らんでもいいぜ」

 

 田代は手入れしていたキャッチャーミットを机に置き、目線を俺へと据えた。

 

「俺は変わったんじゃねぇ。変えてくれたんだよ、野球部の皆が」

 

 反応は示さないが、俺は田代の話を真剣に聞き続けた。

 

「確かに俺自身、初めは野球部に抵抗しかなかった。入学してたった1週間で葛西を中心に同好会からスタート。俺が野球経験者だと知ったら一目散に俺の元へ来たさ。それからは毎日毎日しつこいくらいに誘われたよ。耳にタコができるくらいにな」

 

 あはは、と手塚が隣で苦笑いを浮かべる。

 田代は少しだけ不機嫌そうに頭を掻くが、話を戻した。

 

「あれは4月の3週目くらいだったけな。痺れを切らしたのかしらねぇが、葛西と早川が俺の家に直接乗り込んできたんだよ」

「のっ、乗り込んできたぁ?」

 

 おいおい、まるでヤグザみたいな手口じゃねぇか。ていうか前々から気になってたんだけどよ、あの2人って大人しそうに見えて意外とやることが大胆過ぎるんだよ。野球バカの俺でさえそこまでやるかわかんねぇぞ。

 

「きっと親父が原因で野球ができないのを知ってなんだろう。家に来たタイミングも親父が帰宅してからだしな」

「……そうかい。んで、2人が乗り込んできたのは良いけどよ、どうやって親父を説得するさせたんだ?」

「それは……ぷっ、くくっ、はははははっ!」

 

 これまで大人しく語っていた様子から一変、俺が説得させた訳を聞き出したら突如として田代は大声で笑った。不意打ち過ぎるその態度に、俺と手塚はただ呆然としていた。

 

「あー、いや悪い悪い。つい思い出し笑いをしちまった」

「なんだよ。そんなに笑えるような過去話だったのか?」

「まあな。だってな、早川ときたら−–−–−」

 

 

 

 

『何度も言っているだろう。ウチの息子を野球部になど入れさせんとな』

『そこをなんとか!! 田代君の野球センスは本物なんです!! このまま彼の才能を埋もらせるなんて勿体ないんですって!! それに、田代君自身も野球はまだ続けたいはず。なら親として子のやりたいことを応援してやるのが義務なんじゃないんですか!?』

『君に息子の何が分かる!!? 知り合ってまだたったの2、3週間の分際で! 私は15年以上も息子の側にいた! だからこそ息子のことは誰よりも理解している!!』

『!、それなら野球を−–−–−』

『野球は人生経験の一環でやらせてたに過ぎん! おい、これ以上居座るのなら学校か保護者に連絡を入れるぞ。そちらの家庭では子に礼儀も教えられんのかと』

『っ……!』

 

 葛西は、何度も何度も親父に頭を下げ続けた。どれだけ自分が悪く言われようとも、俺を再び野球へと呼び戻す為だけに。新参者の弱者チームが勝つには、俺のような経験者がどれほど必要なのかも、葛西は丁寧に説明もしてくれた。

 

(やめろよ葛西……もういいって…!)

 

 口には出せなかったが、俺としてはもう親父を説得させるのはやめてほしかった。俺のせいで関係のない連中にまで迷惑をかけるのも、また自分が野球をできるという淡い期待を寄せてしまうのが、どうしても嫌だったからだ。どうせこの頑固親父に何度お灸を据えようとも、考えを改めてくれるわけないんだから。

 

 

『っ〜! あーもう!! いい加減にしなさいよこの頑固オヤジ!!!』

(!?)

『なっ……!?』

『えっ、ちょっ、あおいちゃん!?』

 

 親父が痺れを切らして学校に電話を掛けようとしたその時だ。これまで静観に達していたら早川が突如として怒りだしたのはな。

 

『さっきから黙って聞いてれば、息子のやりたい部活よりも自分の会社を継がせることばっかり!! それのどこが理解してるって言うのよ!!』

『っ、何だその態度は!! もう少し大人を敬えないの−–−–−』

『敬えるわけないでしょーが!!』

『ヒイッ!?』

 

 あの親父でさえも臆するほどの迫力で迫る早川。今だから笑い話で済ませているが、この場に居合わせた時は俺と葛西も説教されてる気分に陥った。

 

『ボク達と田代君の交友は決して長くはない! なんなら関係だってまだ友人と呼ぶには相応しくないかもしれない! でもっ!、ボク達は田代君の気持ちを誰よりも知ってる!! 彼が本当は高校生活で何をやりたいのかも、野球への愛着が残っていることも、全部……っ…!』

『早川……』

 

 気づけば、彼女の目は次第に涙ぐんでいた。なんで……どうしてそこまでして俺を助けようとするのか。お前らは所詮ただの他人。たった1人の人間に対してここまでする必要があるのか?

 分からねぇ……分からねぇけど、1つ確かなのは、ここまでお節介な奴と出会ったのは野球人生の中で生まれて初めてだったことだけだ。

 

『……先程の無礼は謝ります。本当にすみませんでした。でももう一度考え直してもらえませんか? 少なくともボクだったら高校1年生の男子に夢を捨てさせるなんて酷な行為、させられません。同じ学校の同級生として、同じ野球選手として、ボクは田代君の無念は痛いほど察してます』

『僕からもお願いします。もし田代君が入部したとして、不甲斐ない結果で引退する形になったら、僕が部長として全て責任を取ります。必ずこの3年間を無駄にはさせません!!どうか……お願いします!』

 

 2人の真撃な申し出に、俺は合わせる顔がなかった。本音はこれ以上になく嬉しかった。お前らとなら3年間同じチームで野球をしても良いとまで思えた。ここまで親父に言ってやったのに、ただ感謝と尊敬しかなかった。

 

(それに引き替え、俺は何やってんだ……)

 

 関係のない連中に他人の気持ちを代弁させて、自分は黙って見守るだけ。情けねぇ、自分の夢を否定されて直ぐに諦めるなんてよ。段々と自分の弱さに嫌気と怒りが湧き、俺は−–−–−

 

「頼む親父っ!! 俺はまだ野球を辞めたくねぇ!! 自分の力がどこまで通用するのか試したいんだ!! もちろん勉強だって疎かにしない! 3年間で親父が納得できなかったなら会社だって俺が継ぐよ!だから お願いだ……俺から野球を取らないでくれ!!!」

 

 柄にもなく、野球への情熱を語っていた。

 全く……ホント馬鹿な奴等だよ。自分を犠牲にしてまで他人を救おうとするんだから。俺がいなくたって野球自体はできるのに、2人はチーム事情よりも俺の心情を優先してくれた。だからこそ、俺はこの馬鹿なキャプテンとエースについていくと決めたんだ。

 

 

 

「んで、最終的には親父も嫌々納得してくれたが、条件を出された。1つは常に定期試験で10位以内には入ること。もう1つが3年間の内に必ず甲子園に出ろ、とな」

「それは今も守ってるのか?」

「もちろん。初めは七瀬や早川の力を借りて勉強面は乗り越えてきたけど、ずっと世話になりっぱなしは男として恥ずかしいからな。2年生 からは独学でテストを受けてるさ」

 

 己を犠牲にしようとしてまで一選手を救う、か。親父がおとさんとリトル時代の俺を例に挙げていたのは、きっとこれを伝えたかったからだ。

 投手生命を絶たれ、引退の危機に迫られたおとさん。それでもガキだった俺に野球の素晴らしさを伝え、好きになってほしかった。その一心だけがおとさんを支え、復活への足がかりになった。ううん、俺だけじゃねぇ。母さん、そして天国にいるおかさんへも、結果として不幸な結末を迎えてしまったが、最後までおとさんは自分の世間体や欲求よりも守りたい存在の為に野球人生を捧げた。だからこそ、たった数ヶ月の野手転向であっても、おとさんのバッティングは他の誰よりも輝き、観る者を沸かせたんだ。

 三船リトルが最強名高い横浜リトルに勝てたのも、俺一人のピッチングだけが勝因じゃない。小森は怪我を負いながらもバットを握り、沢村がグラウンドを必死に走り、清水は慣れないキャッチャーを自分から志願し、他の連中も諦めずに最後までボールへ食らいついていた。

 

 それぞれが……自分の為でなく、大切なチームメイトの為に躍動していたんだ。

 

「……どうやら間違ってたのは早川や親父達じゃなく、俺みたいだったな」

「?、茂野……?」

「田代、手塚。待ってろよ、あの2人を必ず入部させてやるからよ」

 

 きょとんとする2人を残し、俺は先に部室を出る。

 

「ったく……9月だってのにまだまだ暑いな」

 

 エアコンが効いていた部室と打って変わり、9月の昼間は嫌になるくらいにまだ暑かった。

 でもそんな夏ももうすぐ終わり、次は秋、そして冬が過ぎればあっという間に最後の年になる。

 もう迷わねぇ。早川や親父が伝えたかったこと、それを胸に刻んで俺は夏まで突っ走ってやるさ。

 

 


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