Glory of battery   作:グレイスターリング

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超絶お久しぶりです
リアルが忙しすぎたため執筆が遅れてしまいました、大変申し訳ありませんでした……
実はある程度書き溜めをしてから投稿しようかとも考えていたのですが、あまり話がまとまらなかったのでとりあえず今回は完成した1話のみ投稿させていただきました。
次話も半分は終わっている状況なので執筆が終わり次第、投稿させていただきますのでもうしばらくお待ち下さい



第三十五話 カッコ悪くなんかない

「で、どうだったんだ野球部は?」

 

 この日は珍しく親父の仕事が無かったため、久しぶりに家族5人揃っての夕食だ。親父がいただきますをすると、早々に野球部の話題を振ってきた。

 

「最悪だよ。あんまり練習してないと思えば部員は9人いねぇし、やっとの思いで1人見つけたと思えば勝負に負けたせいで泣きながら入部を断られるし、全然上手くいかねぇよ」

「何、恋恋高校は9人揃ってないのか?」

「夏の大会後に何人か辞めちまったらしい。 入部する前からの約束だとよ」

「そうか……となるとまずは部員集めからか」

 

 はぁー……と大きなため息をつきながら何気なくテレビを付けてみると、偶然にも野球に関するニュースがやっていた。 映像にはマウンド上で三振を奪って喜ぶ投手の姿が映っていた。

 

「おお、神童の奴また完封したのか。 しかもこれで早くも11勝目……入団してきた当初はまだ可愛いルーキーだったのがまさかこんなビッグになるとは思いもしなかったな」

「親父、神童裕次郎と知り合いなのか?」

「ああ。 アイツが3年目の時に最高勝率のタイトルを取った時だな。その年の表彰式で初めて知り合ってそれ以来よくピッチングとかを電話で相談したりしてたな。 今でもオフになれば必ず1回は会うぞ」

 

 へぇー、伊達に沢村賞も獲得したことのある左腕だと現役日本人最強メジャーリーガーとも知り合いなのか。 改めて親父の凄さを実感したぜ。

 

「いいなー、今度神童選手のサイン持ってきてよ〜」

「はは。 ま、時間があったら頼んでみるさ。 それともあれか?、真吾はお父さんよりも神童の方が好きなのか?」

「う〜ん……お父さん、だよ。 多分」

「た、多分かよぉ……」

「はは……あなた大丈夫?」

 

 あーらら、母さんのフォローが身に染みるな、父さん。

 とにかく藤井は駄目だったことだし、明日は他の帰宅部の奴を誘ってみるか。 確か葛西が言うにはあと2人いるって話だしな。 切り替えて頑張るとするか!

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ? 野球部?」

「そうだ。今俺たちは2人の力が必要なんだ! 頼む、この通りだ!」

 

 次の日の昼休み。

 昼飯を食い終わり、早速葛西の言っていた例の2人に野球部へ入部してくれと全力で頭を下げに行っていた。本当なら葛西と2人で行く予定だったのだが、矢部がどうしても「オイラに任せろでヤンス」とうるさいもんだから仕方なく矢部を連れてきた。

 この太り気味の弁当食ってる奴が内山で、反対に痩せ気味の眼鏡をかけている奴が宮崎って名前らしい。 見た感じいかにもスポーツをしなさそうなお手本のような帰宅部だが、そんなのはある程度想定していた。

 

「悪いけど、俺たち野球部に入部するつもりはないんだ」

「そうそう。 そんな柄じゃないんでね」

 

 やっぱりか断ってきたか……だがそんな程度で引きさがれるほど俺のメンタルは弱くないぜ。

 

「俺はな、来年の夏の大会でどうしても海堂をぶっ倒したいんだ。 その為にはまず人数を9人揃えなきゃなねぇ。 どうしても練習が嫌なら幽霊部員でも構わない。 試合にさえ出てくれれば大丈夫だ。 な?、これなら楽だし問題ないだろ?」

(え、えぇ〜っ!? そんなの葛西君達が許してくれるでヤンスか!?)

(仕方ねぇだろ! とりあえず後で俺がなんとかするから今は黙ってろ)

 

 すると、このデコボココンビはキョトンとした表情から一転し、

 

「海堂を……倒すだって?」

「ブハッハッハッハ!! 無理に決まってるだろそんの! 噂では良い選手が揃ってるとか何とかって話らしいけど、そんな戦力差で海堂になんか絶対勝てないね。 ていうか、僕たちに恥をかかせる気かい?」

「あ? やってみなきゃ分からねぇだろ? 素人が知ったような口聞くなよ」

「はー……君は馬鹿だね。 神奈川県の高校野球のレベルなんて僕みたいな素人でも分かるよ。 君が海堂だの甲子園だの目指すのは勝手だけど、そんなどうでもいい夢物語の為に僕たちを巻き込むのはやめてくれないか? うっとおしいんでね」

 

 こっ……こいつら……っ!!! 下手に出れば良い気になりやがって……!!

 

「お前らに何がわかるってんだよ!! あぁ!? あんまり調子乗ってんじゃねぇぞ!!」

「なっ、なんだ!? やる気か!?」

「ちょ、うわぁっ!? やめろって宮崎!」

「茂野君もやめるてヤンス!!」

 

 ダメだ!もう我慢ならねぇ!! 何にも知らねぇ奴が知ったような口聞きやがって……俺はこういう奴が1番ムカつくんだよ!!

 

 

 

 

 

「ん……?」

 

 4組の教室が妙に騒がしいな……何かあったのかな?

 

「キャーっ!!」

「誰か止めてー! 喧嘩よ喧嘩!!」

「ダメよ! 男同士なんて無理!! 先生を呼んでー!」

 

 男同士!? まさかだと思うけど……。

 

「あれは……茂野君!!?」

 

 隣の人は確か4組の宮崎君だ! ちょっと、ええ!? なんで喧嘩なんてしてるのよ!! あーもう! とにかく止めないと!!

 

「2人とも、やめなさい!!」

「うるせー! こんだけ馬鹿にされて気が済むかっての!」

「いってぇな! なんだよこのっ!」

「いてててててっ! オイラの眼鏡を曲げるなでヤンスううう!!」

 

 なんで矢部君も知らない間に参戦してるのよ!! この馬鹿男子達!! 仕方ない……こうなったら……

 

 

「いい加減にしなさーい!!!! アンタたちぶっ飛ばされたいの!!?」

「「「は、はいいいいいいいっ!!? すみませんでしたーっ!」」」

 

 超高速のジャンピング土下座をかます3人。

 いくら男であってもあおいの怒りの前では歯が立たないようだった。 教室と廊下からこっそり見物していた女子生徒達からあおいに向けて謎の拍手を送るが、当の本人からするとただただ恥ずかしいだけだ。

 

「全くもう……何があったかは分からないけど暴力はダメでしょ? 高校生なんだからそれくらい分かるよね?」

「あおいちゃんだってよくオイラに拳を振りかざしてる気がするのでヤンスが−–−–−」

「何か言った、矢部君?」

「何でもないです、すみませんてした……」

((こ、こえぇ……しかもヤンスがねぇ(ない)……)

 

 この時、早川あおいだけは絶対に怒らせないようにしようと、心の中で2人は誓ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「茂野君、ちょっといいかな?」

 

 放課後。練習に向かおうとグラウンドに行く途中、早川に呼び止められた。 大方さっきの喧嘩の件だろう。あれならさっき謝ったってのに……。

 

「宮崎と内山になら謝ったぞ。 もうアイツらを無理には誘わな−–−–−」

「違うの。 ちょっと違う話なんだけど……時間ある?」

「話ぃ? まぁいいけどよ……」

 

 んだよったく。 今日はようやく練習させてもらえるってのによ。 できれば手短にしてほしいぜ。

 

「さっきね、宮崎君達から話を聞いたよ。 茂野君が海堂を倒す為に俺たちを入部させたいんだって。 それは間違いないよね?」

「ああそうだ。 それがなんだってんだ? 昨日も同じようなこと言ったし、喧嘩以外は何もマズイことをしてねぇぞ」

 

 すると、早川はこれまでにないほど悲しそうな表情でこう言い放った。

 

「ねぇ茂野君……、あなたにとって恋恋高校野球部はどんな存在なの?」

「……は?」

 

 恋恋野球部がどんな存在か……だと? 何を言いだすかと思えばそんなことかよ。 俺はてっきり部員の状況とかもっと近い問題の話かと思ってたんだがな。 ま、答えてやるか。

 

「そうだな……もちろん大切な仲間だとは思ってる。 こんな途中から編入してきた俺を歓迎してくれたんだしな。 お前らの為にも必ず海堂をぶっ倒して甲子園に連れて行ってやるよ」

「そう……、でも海堂を倒したいのは茂野君だけなんじゃないの? 他の皆には聞いたの?」

「え……いや、聞いてはねぇけどよ、普通野球やってる奴なら誰しもが強いチームを倒したいって思うもんだろ? 何か間違ってるのか?」

 

 さっきから何言ってんだ早川の奴? 質問の意図が全くもって分からねぇ。

 

「…………そう。 でもね茂野君、これだけは覚えておいてほしい。 他の皆が君の入部を歓迎しても、ボクは "今の君" を心からは歓迎してないから」

「え……?」

 

 下を向いたまま、早川はどこか悲しげな声で確かにそう告げた。

 それでも、早川がなぜ俺に辛辣な言葉を向けたのか、いくら考えても全く分かりはしない。 お前は……一体何が言いたいんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……あれって……?」

 

 夕方五時半頃。 今日はソフトの練習が珍しく休みであり、私は行きつけのバッティングセンターに顔を出していた。 ここのバッセンは私にとって沢山の思い出が詰まった場所でもあり、リトルで野球をしていた時は遅くまで本田達と練習したり、ソフトに転向した後もここでの練習を忘れる日は一度も無いくらい通い続けている。休みの日であっても秋の大会は来月末からと近い。 バッティングの感覚を忘れないよう打ち込みをしようと入店すると、ある男に目が行った。

 

「ちっくしよぉ……全然当たんねぇよ…っ…!」

 

 あの特徴的な赤毛は間違いない、藤井だ。

 顔や腕は汗で湿っており、息もかなり切れている。 授業が終わってからここでひたすら練習していたのは私の目から見ても明白だ。

 でも、どうして藤井がこんなところで打ち込みなんかしてるんだ? 1つ言えることがあるとするならば……

 

「そんな大振りじゃ当たらないよ。 もっもボールをよく見つつ脇を締めて」

「んあ? 誰だ……って薫ちゃぐはあっ!!」

 

 あーらら……急によそ見なんかしてるから後続のボールが背中をモロに直撃しちゃってるよ。 ご愁傷様。

 藤井の背中の痛みがある程度引いた後、バックネット裏に設置されているベンチに座り、早速事情を聞いてみた。 ちなみに藤井の横に新発売のパワリンSD(スーパーデラックス)が置いてあるのは私のせめてもの謝罪の意であり、決して深い意味ではない。

 

「本田に勝ちたい、ねぇ」

「……ああ。 このままアイツのやりたい放題やられっぱなしで終わるなんて男のプライドが廃るからな。 なんとかして一球でも打てるように特訓してたんだけど……はは、ご覧のザマだよ。 こんなのカッコ悪いだろ?、薫ちゃん」

 

 どんよりと沈んだ表情で重く口を開く藤井。 確かにあのスイングとフォームはお世辞にもど素人レベルのお粗末な格好だ。あんなんで本田に勝とうと意気込んでも一生勝てるはずはない。

 −–−–−でも、

 

「−–−–−カッコ悪くなんかねぇよ」

「え?」

「全然カッコ悪くなんかない。 そうやって誰かに勝つために必死に練習してる奴がカッコ悪いなんて、少なくとも私はそうは思わない。 寧ろカッコいいよ、今の藤井は」

「か、薫ちゃん……」

 

 そう、私が見たかったのはこういう姿なんだ。

 たとえどんなに下手くそでも構わない。 1つのことに対して全力で打ち込める気持ちと熱があれば、それだけで十分にカッコいいのだから。

 

「なあ、その特訓、私でよかったら手伝おうか?」

「え−–−–−?」

 

 

 

 

 

 二学期がスタートして早10日ほど。

 相変わらず部員の数は変わらず、勧誘と練習をただひたすらこなす毎日を過ごしている。元々お嬢様学校だったこともあり、グラウンドの設備はかなり良好で、去年の秋季大会で結果を残してから機材もかなり導入できている。あとは部員さえ入れば完璧なんだが……その部員が致命的なほど入らない。

 

「っつ〜、まだ慣れないな、お前の球は」

 

 ふー、と自分の利手に息を吹きかける田代。ここ最近は俺の球に慣れる為に、こうして2人で投げ込みをひたすら繰り返していた。慣れるなら早い段階が良いと提案したのは田代からで、一応春見からの許可も得ている。

 ちなみに田代と俺以外のメンバーはまだ来ていない。部長会やら委員会やらで運悪く遅れているらしい。

 

「でもやるじゃねぇか。海堂の連中でさえも捕るのに苦労したってのに、お前はたった数日でかなり捕球できるまでに仕上がってるぜ」

 

 下手すればキャッチングセンスだけは一ノ瀬や寿也よりもあるんじゃねぇか……? あとは俺がコントロールさえ狂いなくできれば問題なく−–−–−

 

 

 

「おい、茂野」

 

 背後から唐突に名を呼ばれる。タオルで汗を拭きながら振り向くと、そこには真剣な眼差しで睨む赤毛の男と、何故か清水が立っていた。

 

「藤井か……ったく、何の用−–−–−っ!?」

 

 ヒュンッ!と、鋭い送球が藤井の右腕から放たれる。少し前とは打って変わってボールはしっかりと俺の胸へとストライクで送られていた。

 

「頼む、俺ともう一度勝負してくれ」

「勝負だと? はっ、やめとけよ。もう結果は既に見えてい−–−–−」

 

 

  「分かってる!!!!!」

 

 

「「!?」」

 

「話は全部薫ちゃんから聞いた!お前がどれだけ凄い奴なのかも、そして俺なんかが挑んだところで負けが濃厚なのも全部知ってる!けどな!、男にはどうしても挑みたい勝負があるんだよ!!」

「藤井……」

 

 俺と初対面で会った時のおちゃらけた感じが全くない。この眼は真剣勝負を挑もうとする男の眼をしている。チラッと藤井の両手を見たところ、所々に包帯や傷の跡があった。 

 そうか……どうやら藤井は藤井なりに覚悟を決めてここに来たってことか。

 

「茂野、もしお前が勝ったら俺は無条件で野球部に入部してやる。それならお前らにとっても損な話じゃないだろ?」

「…………逆にお前が勝ったらどうする?」

「ふん、何もねぇよ。俺は俺自身のプライドの為に戦いたいんだ。勝てればそれでいい」

 

 プライド、か。

 清水の気を引きたいが為に野球を始めようとしていた藤井の口からこんな言葉が出るとは思いもしなかったぜ。

 

「本田、頼む。私からもこの通りだ。藤井の気持ちに応えてやってくれよ」

 

 条件的にも勝負さえすれば藤井は入部。

 ならこちらとしても美味しい話だ。当然−–−–−

「いいぜ。その勝負受けてやるよ」

「へっへっ、それでこそ男だ。遠慮せずに本気で来いよ」

 

 ルールはお互いに10球ずつに相手に投げ、そのヒット数で勝敗を決める至ってシンプルなものだ。幸いにもここにいる俺と田代、葛西、清水、藤井以外のメンバーはまだグラウンドには来ていない。やるならまさに今のうちにってことだ。

 

「しょうがねぇな……キャッチャーは俺がやる」

「おう、頼むわ」

「よっしゃぁ! まずは俺から投げさせてもらうぜ」

 

 大きく振りかぶり、足を大きく踏み込む。まだ若干のぎこちなさはあるが、ボールのスピードもコントロールも前に対戦した時よりも遥かに良くなっている。だが−–−–−

 

(悪く思うなよ)

 

 青い空に響き渡る金属の快音。鋭いライナー性の当たりはレフト方向へしっかりと運ばれた。誰が見ても分かる、ヒット性の当たりだ。

 

「何っ……!マジかよ……」

 

 二球、三球、四球と、藤井は今持っているすべての力をボールを込めて投げている。が、実力差は歴然。それでも俺が手を抜かないのは藤井のあの表情があるからこそ。俺だってその辺はわきまえているつもりだ。

 

「10球中9球がヒット性……しかもそのうち7本がホームランって……」

 

 最後に力んだせいで内野フライに終わったの以外は全て打ち崩した。さて、次は俺が投げる番だが……

 

「田代。8割以上で投げるからしっかり捕れよ」

「……ああ。でもこれでショックを受けて入部しないとか言わなきゃいいけどな」

「構わないさ。それで入部を取り消すなら所詮はその程度の覚悟だったってことだならな」

「おい、何話してんだよ!とっとと投げろ!」

 

 後悔すんなよ……藤井!!

 

 

 −–−–−ズドゥンッ!!!!

 

 

「…………へ?」

(え、嘘ッ……!?)

 

 呆気に取られる藤井と清水。

 まぁ無理もないな。前回の勝負では110km/hのスピードで投げなのに対し、今回は多分150km/h近くは出ている。特に藤井からすれば前の勝負でどれだけ手を抜かれていたか、驚愕の事実だろう。

 

「次−–−–−行くぞ」

 

 当然、藤井に打てるわけがない。というよりも当てることさえ困難だ。

 次々とボールを放るも聞こえてくるのは風切音だけ。しかし前回の勝負とは決定的に異なる点もある。それは−–−–−

 

「藤井!もっと脇を閉めてボールをよく見ろ!球は速いけど"今の"藤井なら当てれるぞ!」

「ああ!分かってるって!」

 

 −–−–−笑っている。

 もちろん勝負を捨てたつもりじゃないだろう。だがその表情は絶望といった負の感情ではない。寧ろ藤井は楽しみながら戦っている。

 そういや海堂にいた頃なんてそんな余裕はなかったな……。毎日毎日どうやって一軍を倒すかとか、あのオカマコーチのしごきの元で体を作るのに精一杯だったんだからな。こんな姿、多分、リトルの時以来かもしれねぇ。

 

「……あと一球か」

「くそっ……せめて一球だ!一球だけでも……っ!」

 

 清水の教えもあるが、藤井のスイング自体は悪くない。唯一運がなかったと言えるのは、相手が俺であったことだけだ。

 ふぅ、と一度一息つき、ゆっくりと振りかぶる。意地悪かもしれねぇが、最後だけは全力で投げてやるか。

 

「っ、うおらぁっ!」

 

 今ここにスピードガンがあって測定していだとすれば、恐らく155km/h前後は出ているはずだ。

 

(当てる! 俺の為に特訓にも付き合ってくれた薫ちゃんのためにも……絶対に−–−–−)

 

「打つ−–−–−!」

 

 最後のボールだけは田代のミットに届かなかった。

 澄み切った青い秋空へ白球は気持ちよく飛んでいく。コースはど真ん中と確かに甘かった。けど俺は一切手を抜いたわけではない。紛れもなく、藤井が実力で勝ち取ったヒットだ。

 

「嘘っ……本田の球を当てるなんて……!」

「や、やった……やったぜヒャッホーイ!!」

 

 ったく、憎らしいくらいに喜ぶじゃねーか。

 よりにもよって最後の本気を出したボールだけ打たれるのはかなり悔しいが……今回は藤井の努力を褒めてやるとするか。

 

「なぁ……藤井」

「ん、なんだ薫ちゃん?」

「野球−–−–−やってみろよ」

 

 藤井にとっては清水のこの一言が全てを決しただろう。鼻を軽く擦ると笑いながら一言−–−–−

 

「ああ−–−–−!」

 

 新たな部員はおちゃらけてはいるが中々に根性のある奴だった。

 

 

 


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