Glory of battery   作:グレイスターリング

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第三十一話 vs帝王実業(後編) 手負いの遊撃手

「っ、くっ……つ、ぅ……」

 

 タッチの刹那、突如として襲った右足首の激痛。

 体を少しでも動かそうとすれば、その痛みは神経を通じて俺の脳にすぐ伝達された。

 

「君っ、大丈夫かね?!」

「亮っ! おい、大丈夫か!?」

 

 塁審と今宮が心配そうに俺を見つめる。

 そうか……俺はそんなにも心配されるような状態なのか……。

 

「大丈夫かい? 友沢君」

「っ……まぁ、な…………いっ! っぅ……」

 

 紛れもなく、原因はこの男だ。 タッチの際、蛇島は俺をアウトにすることより、俺の右足首を故障させる方を選んだ。 軽いタッチでいいものを、まるで憎くき相手を潰すかのように、アイツは躊躇いなく俺の足首を硬球の入ったグローブで叩きつけた。

 

「てめぇ蛇島!! わざと友沢に怪我させただろ!!?」

「ククッ、何を言っているんだい今宮君? 僕はただアウトにしたくてタッチしただけさ。 たまたま当たりどころが悪かったとしか言えないよ」

「っ……この−–−–−っ!」

「やめろ今宮!!!」

 

 今にも殴りかかりそうな今宮を八木沼が制止させた。

 サンキュー八木沼……ここで乱闘騒ぎだけはやりたくなかったからな……。

 

「友沢……足は大丈夫か?」

「っ……ああ……大丈夫、だ。 少し痛むくらいでプレーに支障はない」

 

 −–−–−嘘だ。

 本当はただ捻ったくらいの怪我ではないはずだ。 叩かれた衝撃とそれが原因で起きた足首のねじれで捻挫以上にはなっている。

 でも……それをら奴等に知らせたら、間違いなく一ノ瀬は俺をベンチに引っ込めるはず。 そうなったら……一体誰が香取や山口を攻略する? 4番を任せられた以上、俺が途中でリタイアするば、それは半分負けを意味する。 自分の怪我が原因でチームが負けるなど、決してあってはならないことなんだ。

 

「……心配かけた。 もう大丈夫だ。 試合を再開しよう」

「嘘……よ……」

「……みずき?」

「嘘よっ!! アンタ、本当は足が痛いはずでしょ!!? なのにどうして無理をしてまで立ち上がるのよ!! こんなに痛そうで辛そうなのに……どうしてっ……!」

 

 橘が俺を見つめながら声を荒げた。

 彼女の言い分は正しい。 まだ俺たちは2年生だ。 ここで無理をして試合に出て、怪我が悪化して今後の試合に、最悪人生に影響を及ぼすくらいなら、ここで下がる方が賢い。 けどな−–−–−

 

「橘、悪いが下がるわけにはいかない。 ここで俺だけがリタイアしたらそれこそ皆に合わせる顔がない。 それに……タチバナのショートは俺しかいないから……さ」

「友沢……」

「分かってる。 あまりにもプレーに支障がで始めたらすぐベンチに下がる。 でも今は本当に大丈夫だ、だから……俺を信じてくれ!」

 

 ……柄にもなく熱くなっちまった。 このチームの勝ちたいって想いが俺にも伝染したのかもしれないな……。 全く、俺はどれだけこんな恵まれチームに出会えたんだろうか。

 

「−–−–−分かった」

「おい一ノ瀬!!」

「但しこれ以上悪化するなら俺は躊躇わない。 チームの勝利も大事だか、それと同じくらいお前も大事なんだ。 それだけは忘れないでくれ」

「……ああ。 ありがとう」

 

 ……もし、シニアの時も一ノ瀬みたいなキャプテンだったら、俺は腐らずにすんだかもな……。

 ゆっくりと立ち上がり、足の具合を確認する。 少しでも足首を動かせばズキッ、と痺れるような痛みが襲ってきた。

 ヤバイな……ただの捻挫で済めば良いが……また肩を壊した時の二の舞になるのだけは避けたい……。

 

 

 

 

 

 あの顔を見た感じ、明らかに亮が無理をして振舞っているのが分かる。 アイツ自身は誤魔化せると思っていても、シニアから一緒だった俺には隠せていない。

 亮はあの時、肩を壊す直前もあんな顔をしていた。 「俺なら大丈夫だ」と、「心配するな」と、どんなに苦しくても、どんなに痛くても、アイツはいつも涼しく笑って誤魔化していた。

 −–−–−その結果、肩を壊し、二度とあのスライダーが投げれなくなったのだ。

 だからこそ、俺はここで無理をしてほしくなかた。 亮は俺みたいに才能ない人間とは違う。 これから先、さらに大きな舞台で輝ける力を持っているんだ。 またここで怪我をして、野球を捨てていいような奴じゃないんだ!! そう確信しているからこそ、俺はここで戻ってほしかった。 本当はそう言いたかったはず……なのに……

 

 

「無理は……するなよ。 一応ベンチ裏で具合だけでも見てもらえよ」

 

 

 とてもやめろなど……言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……みずき」

「………………」

「大丈夫よ、友沢君なら。 人一倍ケガに敏感な選手なのよ。 ちゃんと自分の体と相談しながらプレーできるわ」

「うん……そう、よね」

 

 涼子が私に気を遣って優しい言葉を送ってくれる。それが今の私にとっては多少ながら気休めにはなる。

 普段私に突っかかったり、嫌味を言ったりするアイツが、初めてあんな苦しそうな表情を見せた。

 なんで……あんな嫌な奴の心配をしてるんだろう、私。 ほんとっ、嫌いなのに……嫌い……っ、なのに……っ。

 

「ぐす……」

「みずき? 泣いているのか?」

「……泣いてなんか、ない」

 

 野球に反対していたおじいちゃんを説得させたのも、私をもう一度グラウンドに立たせてくれたのも、全部アイツのお陰だった。 もし、アイツがいなかったら、私は一生、野球から遠のいていたかもしれない。 たとえどんなに嫌味を言われ、弄られたとしても、友沢は私にとって大切な人なんだ。

 

(……友沢…………)

 

 今はただ、医務室で手当てを受けてる彼の容体が良いことを祈るしか、私にはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ容体は?」

「……問題ない。 軽く捻っただけでそれほど重症じゃなかった」

「そうか。 一応続行するが、少しでも傷んできたらすぐ言ってくれ。 絶対無理はするなよ?」

「分かってるって」

 

 10分ほど医務室で見てもらい、友沢がグラウンドへ戻ってきた。

 どうやら足首が痛んでるらしいが、俺らが腫れ具合をチェックした時はまだそんなに腫れていなかった。 だが捻挫の腫れは時間が経つにつれて現れるものだ。 今が良くても、後から青紫色に腫れ上がることだってある。

 

「……原。 大京にキャッチボールをしてもらってくれ。 いつでも試合に出れるように」

「あ、ああ、分かったわい」

 

 正直、友沢と同じレベルでにショートを任せられる奴は今のウチにはいない。精々、チーム1の守備力を持つ今宮をショートにし、セカンドへ原を置く他なかい。 それ以上に深刻なのが、唯一帝王バッテリーに対抗できる友沢がベンチに下がるとなると、チームの得点力が大幅に下がってしまうことだ。

 無理をして怪我を悪化させ、アイツを苦しませたくはない。 でも、できることなら少しでも試合に出てほしいと、半分半分で湧き出る考えに、俺は頭を悩ませた。

 

『それでは、ワンアウト、ワンボールワンストライクから、プレイ!』

 

 そうなりながらも、試合は続行される。

 ここは特にサインはない。 ヒッティングで友沢を返してくれ、今宮!

 

『ットーライクッツー!!』

「くっ……!」

 

 バッテイング好調の今宮でもあの高速スライダーは打てないのか……? いや、違う! いくら香取でも初回に投げたスライダーに比べ、疲労でスピードもキレも落ちてきている。 大丈夫だ、今宮なら打ってくれる……俺たちは信じてるぞ……!

 

(−–−–−打つ!! 亮があんなに頑張って塁に立ってんだ! ここで打てねぇなら俺は男じゃねぇ!!!)

(ウチの二塁手が申し訳ないことをしたわ。 でもこれは真剣勝負、どんな状況であれ、私は手を抜かないわよ!!)

 

 余計な力を使わず、ただ目の前に迫るそのボールを当てる事だけに集中する。

 バットの先っぽで辛うじで当てた打球は弱々しくもセカンドとライトの間へゆっくり飛んでいく。

 

「−–−–−っ!!」

 

 友沢だけは打球の行方を見ただけで三塁へスタートを切った。 アイツほどの野球センスがなければこんな思い切ったプレーはできない。 蛇島が必死に打球を追うが、運良くボールは地面に落ちた。

 

「ちっ!、ライトバックホーム!!」

「なっ……友沢っ!?」

 

 蛇島がホーム方向を指しながらライトの小野寺へ指示を出す。

 ついさっきまで足を痛めていた選手のプレーとは考えられないほどの全力疾走でホームを狙う友沢。 アイツ……無茶しやがって……!

 

『……セーフ! セーフ!!』

『セーフです!! 二塁ランナーホームイン!! 友沢、好判断で追加点を奪いました! これで4-1! さらにリードを広げます!』

 

 タイミングはかなり際どかったが主審の判断はセーフに。

 ここでの追加点はかなりデカイ。 好走塁と友沢を褒めたいところだが……。

 

「友沢……お前足は……?」

「っ……心配するな。 足なら全然痛くない。 それよりも打った今宮を褒めてやってくれ」

「もう、無理しないでって言ったでしょ? 一応怪我してるんだから」

「怪我はしてない。 痛みも無い…っ…しな」

「……そう。 なら良いけど…」

 

 みずきちゃんが不安げな表情で友沢を心配する。 早いとこ試合を終わらせて少しでも友沢を楽にさせてやりたいぜ……。

 大島はレフト方向に大きなフライを打つが、フェンスギリギリで猛田が捕球してアウト、そのままチェンジとなる。

 

「涼子。 この回の様子次第では交代するぞ。 向こうも徐々にタイミングを合わせてきているからな」

「……うん、分かってる。 もしキツくなったらみずきちゃん達にマウンドを託すわ」

「よし、なら最後まで気を抜かず行くぞ」

「ええ!」

 

 幸いこの回は8番からの下位打線スタートだ。 ベンチ前ではみずきちゃんが緊急登板に備えて肩を作っている。 理想だと涼子には7回まで投げ切ってもらいたいところだが、7回はまた上位打線を迎える。 恐らくはこのイニングがラストになると、涼子も既に察しているだろう。

 

『6回の裏、帝王実業の攻撃は、8番センター・加賀君』

 

 加賀に対しての初球、俺はアウトローへのストレートを要求する。

 涼子もサイン通り、俺のミットに目掛けてボールは投じられた。 ギリギリ入っている、これなら−–−–−

 

 −–−–−キイイインッ!!

 

「っ!」

「なっ!?」

 

 お手本のようなセンター返しで綺麗に打ち返してくる加賀。 流石の二遊間コンビもこれには届かず八木沼の前へボールが落ちていく。

 マジか……外角いっぱいの良いコースを初球で捉えるとは……下位打線だからって油断してると足元救われるな。切り替えていくぞ。

 

「ん……?」

 

 なんだ? 帝王側のベンチが少し騒がしいな。 何やら監督と主審が話をしているが……。

 

『9番・香取君に代わりまして、ピンチヒッター、猫神君』

『帝王実業、ここで代打の登場です! エースの香取に代わり、1年生の猫神 優が打席に立ちます! 』

 

 っ!、このタイミングで代打か! マズイな……ベンチ前で山口がキャッチボールをしてるってことは次の回に必ずアイツが登板してくる。 そうなればウチが得点を奪える確率は格段に下がる。 猫神を相手にするよりも次の回からの攻撃の方が問題だ……!

 

(なんとしてでもこの回は無失点で切り抜ける。 追いつかれでもすれば半分……いや、ほぼ詰みだ)

 

 ここからは1つでもヒットが出れば躊躇いなくみずきちゃんと交代する。 かなりキツイ状況での緊急登板になるかもしれないが、疲れが見え始めた状態で帝王の上位打線を相手する方がリスクは遥かに

に大きい。

 

「涼子! 頑張れ!!! ここが正念場だぞ!!」

「!−–−–−うんっ!」

 

 よし、まだ目と気力は死んでいない。

 猫神はパワーこそないがバント等の小技やミート力はそこそこある。 ヒッティングとバント、両方のケースを想定しつつ、まずは内野を定位置からやや少し前へ出るように指示を出す。

 

(……まずはスライダー、ボール気味になるよう低めに)

 

 「大丈夫だ、お前ならまだやれる」と言わんばかりにミットを力強く叩いて定める。 涼子も静かに頷き、セットアップへ移る。

 そのタイミングで、加賀がスタートを切った。

 

「スチール!!」

(っ!、させねーよ!!)

 

 低めの難しいスライダーを捕球し、できる限り素早いモーションでスローイングへ転じる。 盗塁阻止なら猪狩に言われて散々やらされてきた。 自分で言うのもあれだが、肩ならそれなりに自信がある。 ここで流れを渡さない為にも、俺が絶対止める!!

 

(やばいっ、アウトか?!)

 

 ボールは涼子の横を低い弾道で、風を切りながら通過していく。 これなら刺さる……誰もがそう確信する送球だ。しかし−–−–−

 

「っ!」

 

 足の影響かは分からない。 だが普段落球など滅多にしないウチのショートがイージーなボールを落球したのだ。

 

『あーっと! 一ノ瀬選手、見事な送球でしたが友沢選手、捕ることができず! 帝王、チャンスを作ります!』

「……すまない」

「ううん、しょうがないわ。 切り替えましょ」

「ああ……悪い」

 

 やはり無理をしているのかと、否が応でも疑う自分がいた。 友沢ができると言っている以上はその言葉を信じてやりたいが、足への負担を隠してまで試合に出させるわけにはいかない。 今はまだアイツを信頼するしかない……か……。

 猫神はランナーがリードをとった直後、バンドの構えに入った。 あの帝王が手堅く攻めるということは、それほど向こうも焦り始めているな。

 内角にムービングがスバンッ!と刺さる。 が、これはボールとなった。

 

(……選球眼も良いな。 結構際どいコースを突いたつもりなんだがな)

 

 2球目はインハイのストレートを要求する。 先程とは違い、高さも幅もギリギリ入っている、最高のコースだ。

 

(甘いっすよ!!)

 

 猫神はバントの構えから一転、ヒッティングへと途中で変更、キャインッ!!と金属バットが綺麗にボールを捉えた。

 

(なっ……!?)

 

 ここでバスターだと……いや、違う! 二塁ランナーも猫神の動きを見て既に走り出している。 これは……バスターエンドランか!?

 

「レフト!! バックホームだ!!!」

 

 外野は完全に無警戒だった。 せめて定位置から少しでも前にいろと指示を出していれば良かった……くそっ!

 打球は鋭いライナーで三遊間を破り、ワンバウンドで岩本が捕球する。 すぐさまホームへと返球をするが、ボールが俺の元へ来た時には、もう加賀はベースを踏んでいた。

 

『ホームイン!! 帝王実業、一点返しこれで4-2! ここから反撃開始の狼煙を上げ始めます!』

 

 ……今のは完璧に俺のミスだ。バンドの構えをしてるだけで勝手にバントをすると決めつけ、腕が伸ばせずバントしにくいとされるインハイを選んだが、それは相手がバスターを仕掛けてくることを想定していなかったリード。 しかも相手の引っ張り具合を見ると、あの難しいコースをあんなに綺麗に引っ張られたのだから、完全にインコースへとヤマを張っていた。 もう少し俺が頭を使えていれば十分に防げたかもしれない。

 

「くそっ……!」

 

 右手に持っていたマスクをギュゥッ!と握りしめた。 何やってんだ俺、もっとしっかりしろ! まだ勝ち越されたわけじゃない。 ここから反撃の糸口を断ち切ればいいだけだ。

 

「……涼子」

「ふぅ……えぇ、分かってる。 みずきちゃんに後は託すわ」

「みずきちゃん、準備はいい?」

「……任せない。私が死んでも抑える!」

 

 いつものみずきちゃんとは違う表情だ。 普段よりもピリピリと、これ以上にない真剣な顔付きでマウンドに上がった。 そしてこの少女も−–−–−

 

「任せてくれ。 大地達の頑張りは無駄にしない」

「……ああ。 聖ちゃんも頼む」

 

 やっぱり、みずきちゃんの1番の相棒は聖ちゃんだ。悔しいが、クレッセントムーンを上手に捕球できるのも、みずきちゃんの良さを存分に引き出せるのは聖ちゃんしかいない。 俺と涼子のように、あの2人もれっきとしたタチバナの最強バッテリーだ。

 

「聖名子先生、交代をお願いします」

 

 「分かりました」と答え、先生は主審に交代を告げに行く。その間に俺は防具を外し、空いた一塁へそのまま入った。

 

『聖タチバナ学園、選手の交代をお知らせします。 ピッチャー、川瀬さんに変わりまして、橘みずきさん−–−–−』

 

  ノーアウトランナー一塁で打順は一番から。 いきなり苦しい場面からのスタートになるが、パワ高戦の二人なら絶対このピンチを切り抜けてくれると俺は信じている。

 

(アイツはチームのために自分の足に無理をしてまで戦ってる。 その思い……決して無駄にしちゃいけないのよ!!)

 

 独創的なフォームから、対角線上に小野寺の胸元をえぐるようなストレートがバァァンッ!!と決まる。

 

「ナイスボールだ!」

 

 みずきちゃんが小さく頷きながらボールを受け取る。

 聖ちゃん以外のチームメイトは少し驚いていた。 普段なら「あったりまえよ!」と返すくらい明るく振る舞ってまっていた。それを今日は喜びもせず、たた目の前の打者に対して視線をギラつかせながら集中力を高めている。

 −–−–−まるで、打席に立つ友沢のように。

 

『ボーッ!』

 

 低めのスクリューは外れてボール。三球目はやや甘いコースのストレートを当てられるが、打球はライド側のファウルフェンスに当たり、これでカウントは1ボール2ストライク。

 

(……大丈夫だ。来い、みずき!)

 

 カウントは圧倒的にバッテリー有利のカウント。 ここで2人は勝負を仕掛けると決めたのだろう、 聖ちゃんがいつも以上にミットを強めに構えた。

 −–−–−そして繰り出される強烈なスピンの掛かった魔球。

  2人が長い時間を経て作り上げた渾身の一球、クレッセントムーン。 小野寺はただ当てるのだけで精一杯らしく、掠れた音を鳴らせながらセカンドの前へ転がっていく。

 

「ちっ、くそっ!」

「友沢っ!」

 

 舌打ちをしながら走る小野寺。 今宮は冷静に打球を処理し、セカンドベースに入ろうとする友沢へそのままグラブトスで渡す。

 

(!、ぐうっ……っ!!)

 

 相変わらずの強肩を魅せつけながら送球。 スバンッ!!と手が痺れるくらいの球をなんとか捕球してみせた。

 

『アウト!!』

「ナイスゲッツー二遊間ー!」

 

 ベンチからの声に今宮が嬉しそうに右腕を振る。 友沢は帽子を整え小さく頷いた。

 このまま勢いに乗りたいタチバナであったが、2番の坂本に対しては9球粘られた末、フォアボールを選んで出塁された。

 

『ツーアウトランナー一塁ですがここでクリーンナップ、3番の蛇島に回ります!』

「くっくっく……頑張るねぇ、君たちのショート君は」

「……やはりわざとなのか?」

「さぁ? そんなことよりも目の前の勝負に集中しないと負けるよ?」

「…………」

 

 ニヤリといやらしい笑みを浮かべながら打席に入る蛇島。 さっき聖ちゃんと何か話してたっぽいが変な事を吹き込まれてなきゃいいが……。

 

「みずき! 余計な事は考えるな!! 集中しろ!」

「聖…………えぇ、分かってるわよ!」

 

 ……どうやらいらない心配だな。 ツーアウトだが相変わらず油断はできない。 これ以上点をやられて差を縮められたら後半さらにキツくなる。 石に齧りついてでもこのバッターで切りたいところだぜ。

 

(蛇島は内も外も広角に打ち分けられる器用なバッター。 一度抑えてるとは言え、当たりはほぼヒット性だった。 なら……)

 

 バッテリーが投じた初球はいきなりクレッセントムーンからだった。これには蛇島も少し意外だったらしく、振りかけたバットを寸前で止めて見送った。

 

『ットーライクッ!』

 

 外角低め、ギリギリに決まる最高のコースだ。 初っ端から決め球を使うということは蛇島をそれほど警戒してのことだろう。 聖ちゃんもここが試合のターニングポイントだと察している、か。

 2球目はインハイ、胸元を突く121キロのストレートが外れボールに。

 

(際どいコースでピクリとも動じない。やはりボール球では意味がないか)

 

 ジリリ……と坂本がリードをゆっくりととる。 小野寺ほどでないがこのランナーも足はある。 聖ちゃんもそこは頭に入っているはずだ。 だからこそここは慎重に、間違えないよう長考している。 その緊張感はここに立つ俺達にも伝染してくるのが分かる。

 

(……よし)

 

 サインが決まり、聖ちゃんがミットを構えた。

 しなやかに腰をひねり、勢いのまま左腕を振るうサイドハンド。 選んだ球種はインハイ高めのストレート。 それに対し蛇島は−–−–−

 

 

(そんな遅いストレート……クロスファイヤーの意味がないな!)

 

 

 コキンッ!

「なっ!?」

 

 ツーアウトからセーフティバントだと!? まさか帝王の3番を打つ男が……!? しかもプッシュ気味のバントのため、みずきちゃん右を抜け、上手い具合に友沢の前へ転がした。

 

「っ!、ショート!!」

 

 動揺しながらも聖ちゃんは友沢へ指示を出し、友沢も急いで走りながら捕球し、スローイングは入る。

 ここまでは完璧な守備 " だった " 。

 だが友沢が投げたボールは何故か俺のグローブに収まらず、

 

 

 −–−–−友沢とは思えないほど乱れたバウンド送球で俺の右へ大きく逸れていった。

 

 

 ライトがカバーに入るも、ボールは運悪くフェンスで不規則に跳ね上がり、東出の処理がどうしても遅れる。 俺はそんな光景をただ見ることしかできなかった。

 はっ、と我に返ってホームへ視線を移す頃には、坂本がちょうどホームを踏んでいた時だった。

 

『ホームイン! 4-3! 友沢、痛恨のミスで失点を許してしまいます!!』

 

 ……そうか。 蛇島の狙いは自分が生き残るセーフティじゃない。 足首を負傷している友沢のエラーを誘うことが目的だったのだ。 アイツは……初めからこれを狙って……っ!

 

「友沢っ!! 友沢ー!」

 

 グラウンド中に悲痛に響く今宮の声。 声の先では友沢が足首を抑えて苦しそうな顔をしていた。

 

「っ……くうっ……!!」

「この馬鹿……やっぱりまだ痛みが……!」

「大丈夫、だ……俺はまだやられ、くっ…………!」

「いい加減にしろ!!! そんな足で続行できるわけないだろ!! 今のミスだって単なる送球ミスじゃない!! 間違いなく怪我のせいで−–−–−」

 

 

「−–−–−それ以上言うな!!!!」

 

 

 痛みを必死にこらえながら、友沢が強くそう叫んだ。 ゆっくりと、できる限り足首への負担を減らしながら立ち上がる。 その姿は、いつもの天才の姿ではなく、まるで翼をもがれた一羽の鳥のようだった。

 

「それ以上は言わないでくれ………橘……悪かった。 許してくれとは言わない。 っ……でも、次の打席だ。 次の打席でこの借りは必ず返す。 だから……俺を信じてくれ、ないか……?」

「………………」

 

 みずきちゃんは俯いたまま、何も声を発しない。 ただ、1つ分かるのは己の左拳を悔しそうに、骨が折れるくらいの力で握りしめている姿だけだ。

 俺にも少なからず悔しさ、無力さ、そして蛇島に対する怒りがある。 考えたくはないがアイツのラフプレーはおそらく故意だ。 それはきっと俺だけじゃない……同じ舞台で共闘している皆、ベンチで声を上げて応援している聖名子先生や涼子達、全員が同じ感情を抱いている。

 けど……俺は違う。 たとえどんな事情であれ、同情してまで1人の選手に無理をさせることは俺にできない。 その判断をするのは紛れもなく主将の俺だ。 だから友沢……もう−–−–−

 

「友沢。 悪いがここま−–−–−」

「分かったわよ! だけどね、これ以上エラーしたら承知しないわよ! いつも私に偉そうにしてる分、試合くらいでは謙虚にいてもらいたいしね!」

「!……たち、ばな………」

「みずきちゃん……残念だけど友沢はもう……」

「一ノ瀬君。 友沢はまだやれるわ。 まさか交代なんて言うんじゃないでしょうね?」

「……俺はチームの命運を預かっている。 どんな事情があれ、どんな選手であっても怪我を負っている選手を出し続けるわけにはいかない。だから……」

「ふーん。 いつからウチのキャプテンは臆病者になったのかしら?」

「お、臆病、だと……?」

「だってそうでしょ? 今の失点は確かにアイツのエラーで起きた結果。 それは確かな事実よ。 けど、その発端は一塁ランナーを出した私にだってある。 それを怪我が理由にアイツ1人に押し付けるなんて私は絶対許さないわよ!!」

 

 みずきちゃんの言い分にも一理はある。 だが−–−–−

 

「それでも、俺はこれ以上友沢が1人で苦しむ姿を見たくないんだ! この試合はもう勝敗だけじゃない、ここで無理をすればどこまで悪化するか分からないんだぞ!!」

「……それでも、私はアイツを信じてあげたい」

「しん、じる……?」

「うん……アイツさ、いつもは私に嫌味ったらしく突っかかったり文句言ったりとただただ嫌な奴だけど、1番頼り甲斐のある奴だから。 どんなに苦しい状況でも、アイツ……ううん、友沢は何一つ文句言わず立ち上がってきた。 今だってそう、本音はね、私も限界だってことは気付いてる。 だけど、ここで限界だからって交代させたらずっと悔いだけが残るような気がするの!! 」

 

 いつしか、みずきちゃんの目には涙が溜まり、今にもそれは溢れ出しそうなほど潤っていた。

 みずきちゃんと友沢はリトルで初めて対戦してからずっとライバルだったらしい。 それは聖ちゃんから前に聞いたことがある。 普段は事あることに言い争ったり、半ば喧嘩に近いようなギクシャクしたことにだって多々あった。

 けど、この2人は何だかんだで互いの事を認め合っていたのかもしれない。 たとえどんなになろうとも、本心では信じ合い、そして実力を認め合った最高の2人なのだ。 だからこそ、みずきちゃんは友沢を信じ、最後までこのグラウンドに立たせてやりたかったんだ。

 きっと……みずきちゃんは友沢のことが−–−–−

 

「聖タチバナ学園、そろそろ大丈夫ですかね?」

「あっ……いや、その………」

 

 なら……俺の答えはただ一つだな。

 

「−–−–−すみません。すぐに戻ります。 なんでもありません」

「えっ……」

「一ノ瀬……お前……?」

「お前たち2人に負けたよ。 そんなにも強い信頼関係にあったなんて思いもしなかった。 正直危険な賭けかもしれないけど、俺も2人を信じてみるさ」

「一ノ瀬君……ぐすっ、んっ、ありがとうっ!」

「友沢、いけるか?」

「………橘にこんなこと言われたらもう後には引き返せない。 この足首が千切れるまで、俺は何度でも立ち上がってやるさ」

「……結論は出たな。 私も賛成だ」

「俺も最初は無理しないほうがいいと思ったんですけど、先輩方の熱い闘志に負けましたよ!」

「……今宮」

「……亮。やるからには死ぬ気で勝ちに行くぞ。 次の打席、絶対借りを返せよな」

「ふっ、ああ! 分かってる!!」

 

 後ろを振り向くと、外野陣も大きく頷いてくれた。 俺たちが何を話していたのか分かっていたのだろう。

 −–−–−やっぱり、このチームは最高だ!

 

「っしゃあ! ここを抑えて突き放してやろうぜ!!」

『おー!!!』

『さぁ、少々トラブルがありましたが試合再開です! しかしランナー2塁でバッターは4番の真島になります! 先ほどの打席ではスタンドに運ばれていますが、橘・六道バッテリーはどう抑えるのでしょうか!?』

 

 内野陣が定位置に戻り、真島さんが打席に入る。 帝王の打者の中で誰よりも攻略が困難な選手だ。 だが裏を返せばここを凌げば流れはまたウチにくる。

 

(小細工はしない。 ありったけの力をボールに込めて来い!、みずき!!)

 

 ランナーなど眼中にない。 意識は全て目の前にそびえ立つ最強の打者。

 

「っ、あああああっ!!!」

 

 まさに " 全身全霊 " 。 己の全てを真っ向からぶつかるかの如く、叫びと共に投じられたボールはバッターのバットの上を掠った。

 

『ファール!!』

 

 2球目、アウトローのボール球。

 3球目、インハイのスクリューをカット。

 4球目、インローのストレートをまたカット。

 5球目、真ん中低めのストレートをファウルネットへカット。

 

『なんだ……まるであの時の……三船とやったときの本田のように……!』

 

 −–−–−ボールの威力が上がっていく。

 

 6球目、バッテリーはここでようやく決め球のクレッセントムーンを選んだ。 真島さんもあのスクリューには十分警戒していたはず。

 が、それを上回る異常なまでの変化量とみずきちゃんの強い意志の方が、紙一重で上回っていた。

 

『ットーライッ! バッターアウトっ!』

「っしゃあっ!!」

 

 ドワアアアアアア!!!と歓声が飛ぶタチバナ応援席。 ハジリちゃんも堪らずガッツホーズをし、涼子が「ナイスボール!!」とみずきちゃんを褒めた。

 

「…………やられたぜ」

 

 文句なく、真島さんはベンチへ戻っていく。悔しさはあるも、その表情はどこか納得したような、そんな気持ちが込み上がっていた。

 

「ナイピッチみずきちゃん!!」

「よくやったわみずき!! さすが私の妹ね!!」

「ちょっ、ちょっとお姉ちゃん、抱きつかないでよ……!」

 

 その微笑ましい光景に俺たちは思わず吹いた。 それくらい、今の三振には価値があったのだから。

 

「……まだ安心はできないぞ」

 

 1人、八木沼がマウンドに立つ鉄仮面の男を見つめていた。

 ズバンッ!!と耳が痛くなるような音を鳴らしながら、淡々と決められた数の投球練習をこなしていた。

 

「あんなの……俺には打てないよ……」

 

 ふと、ネクスト入っていた岩本がそう弱気に呟いた。 確かに、あの山口のフォークは岩本のレベルで捉えろなどほぼ不可能に近い芸当だ。 そんなのはここにいる皆か承知している。

 

「岩本、大丈夫だ」

「え……でもあんなボール……」

「打つ前に諦めてたら打てなくて当然だ。 ならせめて食らいついていこうぜ。 俺たちは帝王からすれば遥か格下のチームだ。 格下は格下らしく、最後まで足掻いてアイツらを苦しめてやろう。 諦めなければ次に繋がるかもしれないだろ?」

「一ノ瀬……うん、分かった。 打てるか分かんないけど今の俺の全力で戦ってみるよ!!」

「よし、その意気だ!」

 

 だが、向こうも百戦錬磨をくぐり抜けた猛者だ。

 7番の東出はフォークとカーブのコンビネーションで三振、続く岩本は三球勝負で倒され、みずきちゃんもかろうしでストレートを当てるもキャッチャーフライで倒れ、わずか10球でチェンジとなった。

 それでも、ウチは腐らなかった。 みずきちゃんは真島さんとの対戦そのままのテンションで唐沢、猛田、秋山を打ち取り、三者凡退で切り抜けた。

 そして7回の裏の攻撃、打順は先頭の八木沼からの好打順であったが、あのフォークを中々攻略することができず、早くもツーアウトで俺に回ってきた。

 

『3番キャッチャー、一ノ瀬君』

「頼む一ノ瀬ーっ!!」

「もうお前と友沢しかいない! 繋げてくれー!」

 

 俺と友沢だけ……か。 いや、友沢の足が悪い以上、あのフォークを長打にできるのは俺しかいない。 俺が打って山口の出鼻を挫くしかない!!

 

「……お願いします」

 

 ふぅ、と深呼吸をしてから打席に入る。

 一度、山口とはリトルの練習試合で対戦経験がある。 確か大きく落ちる三振用のフォークと、小さく落ちるカウントを取ると用のフォークの2種類があり、高校に入ってからはカーブも習得して投球の幅を広げている。 あの大きく落ちるフォークを当てるのは俺でも難しい。 なら狙うとすれば早いカウントでくる小さく落ちるフォークに狙いを絞るしかない。

 

(−–−–−来い!!)

 

 独特のマサカリ投法から、山口が投げ込む。

 ボールは遅い、フォークだ。 俺は瞬時に判断し、落下具合を予測してバットを出す。

 

(つっ、なっ!?)

 

 無情にも、ボールはバットの更に下を通過した。

 マジか……確かリトルの時はもっと変化量は小さかった。やはりあの時からまた数段に力を付けてきているか……。

 

(たとえレベルが上がろうと、まともに決め球の方のフォークで勝負されたら一打席では無理だ。 追い込まれる前にこのフォークを……)

 

 バットを更に短く構え、全神経を研ぎ澄ます。

 無理にホームランなど狙わなくていい。 ただ来るボールに対し、バットを合わせるだけだ!!

 

 −–−–−ッキイイインッ!!!

 痛烈なライナーが山口の右を抜け、センター前に落ちる。 当たった瞬間に分かるヒット性の当たりだった。 俺は全速力で一塁まで走った。

 

『難しいコースでしたが見事なセンター返し!! 一ノ瀬、主砲へと繋ぎ止めました!!』

「ナイスバッティング!」

「ああ……サンキュー」

 

 一塁コーチの笠原とグータッチをして喜びを分かち合う。

 さぁ……俺は何とか繋いだ。 後は頼むぜ、友沢!!!

 

『4番、ショート、友沢君』

「頼むぞ亮ーっ!!!」

「あの鉄仮面に一泡吹かせてやれー!!」

 

 仲間と学園から来てくれた生徒や先生、応援団の声援を胸に、友沢が左打席に入る。

 

(っ……頼む……この打席だけでいい。 もってくれ……!!)

 

 あいつの怪我の箇所は右足首。 つまり打つ瞬間に右足に体重が乗るため、負担が大きくなる。 理想は1回のスイングで仕留めることだが……。

 

(友沢……すまない。 できることなら万全の君と心ゆくまで戦いたかった。 しかし俺たちも負けられない身だ。 悪いが全力で倒させてもらうぞ!!)

 

 山口に油断という二文字はない。 得意のフォークを打たれながらも一切表情を崩さず、友沢に向けて144キロのストレートを投じた。

 

『ットーライッ!』

 

 まるでギアを1つ上げたかのように、スピードが俺の時よりも一段と速くなった。

 決して今まで手を抜いていたわけじゃない。 友沢という存在が自分の力を最大限まで引き出しているんだ。

 

(くそっ……痛みで視界がボヤけてきた、かっ………)

 

 2球目と3球目はカーブとフォークがそれぞれ外れてボール。

 しかし疑問に感じたのは、友沢の見逃し方だ。 いつもなら見逃すと際も右足でタイミングを計ることを怠らないのだが、今はその右足がほとんど動いてなく、ノーステップに近い。 更に1球1球カウントが増える度に表情が険しくなっている。

 やはり……アイツの足はもう…………。

 

 ガキインッ!!

 

「!!」

『ファッ、ファール!!』

『三塁線、良い当たりですが惜しくもファール! これは命拾いしました帝王バッテリー!』

 

 

 当てた……!?

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 

 俺は……勝たせなきゃならない。

 

(まだこんな力を残しているのか……友沢っ!!)

(ぐっ!!)

 

 ギィンッ!

 

『ファールボール!!』

(バカな……たった一発であのフォークをアジャストしただと……!?)

「いける……いけるぞ亮!!」

「1発ぶちかまして下さいよ先輩!!!」

「友沢君!! 頑張れーっ!!」

「打てるぞ友沢ーっ!!!」

「かっとばせーとっもざわ!! とっもざわ!! とっもざわ!!!」

 

 ああ……聞こえる。 皆の熱い声援が。

 

(このポンコツが……お前はもう終わりなんだ!!! なのになぜ諦めない!!!!)

 

 諦められるわけ……ないだろ。

 まだこんな俺でも期待してくれら人がいる。 聖タチバナの勝利を願っている人がいる。 そして何よりも……

 

 

 −–−–−俺を信頼してくれる仲間がいるんだ。

 

 

 キィィィンッ!!!

 

「あぁーっ! おっしぃ!!」

「よく見て!! タイミングは合ってますよ!!」

「普段学校ではクールなんだからそんな顔するな!! いつもみたいにカッコよく決めろー!」

 

 蛇島……お前は信頼してもらえる仲間が今までいたか?

 俺は " あの時 " ……少なからずお前を信頼していた。 そして今も……お前なら変わってくれると信じている。

 

(流石だな友沢……っ。 なら俺も最大の敬意をもってこのボールで決める!!)

 

 

 お前がラフプレーで俺を潰そうとするなら……

 

 

「打って!!! 友沢!!!!」

 

 

 −–−–−俺は真っ向からお前にぶつかってやる!!!!!

 

 

 カキィィィィィンッ!!!

 

 

「!!?」

(なっ………!?)

 

 ナイスバッティング……友沢!!

 

『うっ、打ったあああああ!!! 友沢選手!、意地のツーランホームラァァァァァン!!!』

『ワァァァァァァァァァァァ!!!!』

「ま、マジ、かよ…………ははっ……」

 

 決め球のフォークボールを……アイツは……バックスクリーンに文句無しで叩き込みやがった!!!

 

「うおっしやぁぁぁぁ!!!!!!」

「嘘っ……うぅ……アイツはっ、アイツはぁ……!!」

「みずき……ああ、やってくれたな」

 

 バットを静かに地面に置き、一塁へ走っていく。

 帝王レギュラー陣はただ呆然とバックスクリーンを見つめ、ただ1人蛇島だけはグラブを叩きつけて友沢を睨んでいた。

 まずは俺がホームベースを踏み、やってくる友沢を迎えようとする。 まさか本当に有言実行しちまうなんて……味方ながら嬉しさよりも驚きの方が大きいぜ!

 サードベースを踏み、あと少しでホームに到達する。

 そしてホームベースを踏んだのを確認し、ハイタッチをしようとした瞬間−–−–−

 

 

 ドサリ、と糸の切れた操り人形のようにヒーローはその場で倒れた。

 

 

「え…………」

「おいっ……友沢?」

 

 

 −–−–−俺たちの嬉しさが一瞬で絶望に塗り替えられた瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 さっきの試合……ただただため息しか出なかった。

 まさかあんな事に……あんな事になるなんて誰が予想できたのだろうか。

 

「色々あったけど、僕はどちらから見ても良い試合だった思うよ。 まぁ……聖タチバナからすると最後は残念だったけど……」

「……うん」

 

 複雑そうに試合後の感想を語る球太君。

 その気持ち……僕にも分かる。

 亮がツーランを打った直後、足に痛みを覚え、そのまま医務室、病院へ直行。 タチバナはそれ以降完全に勢いをなくし、3点差も直ぐにひっくり返され、終わってみれば7対10で二桁得点を取られ、敗退。

 もし亮が最後まで試合に出れていれば……そんなイフの妄想しか浮かばなかった。

 

「そういえば久遠君は帝王シニアで野球をやってたんだっけ? 」

「うん……まぁ、ね」

「凄いなぁ。 あんなハイレベルな選手が集うチームでプレーしてたなんて……流石だよ」

「いいや、球太君だって凄いじゃないか。 今は肩の怪我で抑えに回ってるけど、完治さえすればすぐにエースになれるよ」

「ぼ、僕がエース!? そんなわけないよ!! 久遠君の方が遥かに凄いし強いし……僕なんかまだ……」

 

 宇佐美球太。

 1年時から共に栄光学院大学付属高校でプレーし、チーム内では1番仲の良いチームメイトだ。 少し気が弱いところはあるけど、最速142キロのストレートと賢に勝るとも劣らないフォークは天下一品だ。 今は怪我の影響で外野を任されてるけど、きっと秋からは間違いなくエース争いに食い込んでくるはずだ。

 

「……僕たちも負けてられないね」

「ああ……そうだね」

 

 でも、1つ心残りがある。それは蛇島の事だ。

 アイツはきっとまだ……友沢のことを憎んでいるのかもしれない。

 " あの時 " の事を……まだ根深く……。

 

 

 

 


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