Glory of battery   作:グレイスターリング

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第三十話 vs帝王実業(前編)

 大会も今日でもう10日目となった。

 3日前にパワフル高校を下して以降、メディアは徐々に聖タチバナへ注目するようになっていた。 昨年秋の準優勝校を倒し堂々のベスト8入り、次の相手は海堂学園の因縁のライバルとも騒がれている『帝王実業』だ。

 横浜リトル時代の元チームメイトで今は帝王で主将を任されている真島さんを中心に、強肩強打の唐沢、140キロに迫る高速スライダーを投げる香取、超高校級フォークと快速球が持ち味の山口、走攻守でハイレベルな実力を持つ蛇島、チーム1のヒットメーカーでムードメーカーでもある猛田……と、今年は例年以上にタレントが揃っている。

 伝統ある怪物揃いの強豪チームに経歴のない無名の新設校が勝つなど、おそらく誰も予想していないはず。 だがそれに勝たなければ甲子園は夢のまた夢だ。

 

「……久しぶりだな、一ノ瀬」

「ええ。真島先輩も お久しぶりです」

「まさかお前たちがここまで勝ち上がってくるとはな。 正直、驚いたぜ」

 

 ふ、とクールに笑ってみせると自身のメンバー表の紙を俺に渡し、交換する。 ジャンケンの結果は帝王が先行で俺たちが後攻となった。

 

「昔の馴染みのだからといって手加減はしない。 悪いが勝つのは帝王だ」

「こっちだって勝ちを譲る気は一切ありません。 格下の恐ろしさってやつをみせてやりますよ」

「……ほう、良い面構えだ。 良いだろう、受けて立つ」

 

 そう言い残し、真島さんは自分のベンチへと戻った。

 楽しめそう、か。 生憎、楽しめる保証はするが、勝たせてやる保証は微塵も持ってないぜ。 開き直って相手にぶつかれる格下の粘り強さってやつを、帝王含めて観客にも教えてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ準々決勝第1試合、帝王実業対聖タチバナの試合が間もなく始まります! 神奈川きっての古豪が新星の勢いを止めるか、はたまた聖タチバナが今日の試合でも下克上をみせるか!? 試合前から非常に注目をが集まっている試合です!! それでは、試合に先立ち両軍のスターティングメンバーを発表しましょう!』

 

 

『まずは先行、帝王実業高校、

 1番ライト小野寺。 帝王の切り込み隊長を務める3年生。 前の試合では1試合3盗塁を決めるなど、持ち前の俊足をいかんなく発揮しました。

 2番ファースト坂本。 左打ちのバスター打法が特徴の選手です。 守備にも定評があり、帝王実業を影で支える縁の下の力持ちでもあります。

 3番セカンド蛇島。 攻守共に隙のないユーティリティプレイヤー。今日はどんな活躍を見せてくれるか注目です。

 4番サード真島。 高校通算64本塁打を放っている帝王史上最強のスラッガーです。 既にプロからも一躍目を置かれている主砲が今日も豪快な一発を放つか、目が離せません。

 5番キャッチャー唐澤。 真島の次期四番後継者とも呼ばれている好打者です。 守備でもチームの要として引っ張ります。

 6番レフト猛田。 チーム随一のヒットメーカーが6番に座る強力打線です。

 7番ショート秋山。 下位打線ですが豪快なフルスイングで長打を連発するパワーヒッター。 今宵もその武器を活かせるか。

 8番センター加賀。 小野寺と同じく俊足が売りの選手です。 守備でも自慢の強肩で何度もチームの危機を救ってきました。

 9番ピッチャー香取。 山口と並ぶダブルエースの1人。 サイドスローから繰り出される140キロ近くの高速スライダーが非常に強力です。

 続いて後攻、聖タチバナ学園のオーダーです。

 一番センター八木沼。 チーム1の快速を誇る彼が今日の試合も勝利へと導けるか。

 2番ファースト六道。 バットコントロールは光るものがあります。先日の試合ではキャッチャーとしてチームを牽引しました。

 3番キャッチャー一ノ瀬。 主軸であり主将でもあるチームの精神的支柱です。 川瀬選手とのバッテリーにも注目です。

 四番ショート友沢。 一ノ瀬選手と共に本塁打を量産する左の強打者です。中学時代は帝王シニアに在籍していた彼が攻略の糸口となるか。

 5番セカンド今宮。 ガッツ溢れる守備でどんなピンチも救ってきた守備職人です。 友沢選手と同じく名門、帝王シニアに在籍していました。

 6番サード大島。 こちらも帝王シニア出身の1年生です。 チーム1の怪力を誇り、一回戦では130m超えの特大ホームランを放っています。

 7番ライト東出。 投打の二刀流としてあらゆる場面で躍動する選手です。 パワフル高校戦では勝利投手となる活躍を見せました。

 8番レフト岩本。 今大会初のスタメン起用です。 チームの期待に応えられるか。

 9番ピッチャー川瀬。 背番号1を付けるタチバナのエースです。メジャーリーガー、ジョー=ギブソンのフォームから繰り出されるキレのあるボールで帝王相手にどんなピッチングを見せてくれるでしょうか。

 まもなく試合開始です!』

 

 

 

(クックック……同じ大舞台でまた彼と再会するとはね。 こんなオンボロチームが僕ら帝王に勝つなど100年早いこと、その身で教えてやろう……)

「蛇島、そろそろ整列だ」

「ええ。 分かりましたよキャプテン」(さあて……どこまで持つかな? "友沢" 君?)

 

 

 

 

 

 

『これより、9日目第一試合、聖タチバナ学園対帝王実業高校の試合を開始します! 相互に礼!!』

『お願いします!!!!』

 

 礼を交わし、試合は始まった。

 試合開始のサイレンと共に帝王スタンドの応援が一斉に大きくなる。

 

「頼むぞ帝王ーっ!!!」

「新参者に格の違いを見せつけてやれ!!!」

「かっ飛ばせー! 帝王!! 帝王!! 帝王!!!」

 

 中には野次に近いものまで混ざってるが、気にしても仕方ないしスルーしておこう。 勝てば観客だって俺たちの実力を認めてくれるはずだからな。 呑まれちまった聖タチバナ応援団を盛り上げる為にも、まずはこの初回をきっちり抑えるてやるぜ。

 

『一回の表。帝王実業の攻撃。 一番ライト、小野寺君』

 

 お、今日のウグイス嬢は恋恋高校の七瀬さんか。 知り合いも見に来ていることだし、情けない姿は晒せないな。

 

(まずはストレートからきっちり決めていくぞ)

 

 約一週間ぶりに見る彼女の独特のフォーム。 登板間隔が空いていてもその速球は健在で、インコース低めにしっかりと決めてきた。

 

『ストライク!!』

「一球目から唸るような速球! 素晴らしいボールが決まりました!」

 

 よし。 帝王相手に落ち着いて投げれている。 流石はウチのアースだ。

 カーブをカットした後の3球目、小野寺は低めのムービングファストを引っ掛け、ショートゴロに終わった。

 

「ナイピーナイピー! その調子」

 

 続く2番の坂本は6球目の縦スライダーで空振りを取り、三振。 ここまで恐ろしいくらいに順調だ。

 

「……良いピッチャーですねぇ。 ここまで勝ち上がってきただけの事はある」

 

 ぼやきながら打席に入る蛇島。

 ここからはクリーンナップとの対決。 そういや蛇島との対戦横浜リトル以来だったか。 相変わらずどこか嫌なオーラを放つ選手だ。 温厚そうな態度で振舞っているが、俺はコイツをどうしても好きになれない。

 

(蛇島はどちらかと言えば引っ張り傾向が強いバッターだ。 ここはまず外角のムービングで様子見だ)

 

 サインに涼子がしっかり頷き、左脚を高々と上げて投げる。 コースは通りの良いボール。 それを蛇島は引っ張り気味ながらも芯で捉えた。

 

「−–−–−っ!」

「っ、くっ!!」

 

 ショート友沢の右、三遊間への強いライナー。誰もが「ヒットだ」と確信する。

 しかし打球はレフト前に落ちず、代わりにバシッ! とキャッチする音が聞こえた。

 

『アウト!!!』

「ダイビングキャッチ!! 友沢が守備で魅せましたファインプレー!!」

 

 ま、マジか……今のはキャッチャーの俺も完全に抜けたと思ったぞ……。 なんつー奴だ、友沢。

 

「ナイスキャッチ友沢!!」

「助かったよ、ありがとう友沢君!」

「……ああ。 川瀬もナイスピッチだ」

 

 しかしリトルの時はあれだけ手こずってたムービングを今は初球でアジャストしてきた。 友沢のお陰で結果オーライだったが、やはりこれまでの相手とは訳が違うな。早いとこ点を取って涼子を楽にしてやらないと……。

 

 

 

「く〜っ! さっすが友沢だな! 一年以上ブランクがあったとは思えないプレーだぜ!」

「んふっ、彼、中々やるじゃないの。 私好みのボーイだわ♪」

「香取………まぁいい。 とにかく油断せずにいくぞ。 パワフル高校を倒した実力、侮れんからな」

「あら? 私はどんな時も油断なんてこと、一度もした覚えはないわよ」

「……蛇島? おい、守備だぞ」

「っ……分かってますよ」(くそっ! また僕の邪魔するのか友沢……!! 一度壊れた分際で……調子に乗るなよ……っ!)

 

 

 

 

『1回の表。聖タチバナ学園の攻撃は、一番センター、八木沼君』

 

 友沢のファインプレーでチームの勢いは乗ってきている。 ここは初回で先制点を取って更に主導権を握りたいところだ。

 今日の先発香取はみずきちゃんと同じサイドスロー投げのピッチャーで、実力は帝王実業投手陣の中でも山口と肩を並べるほど。 特に厄介なのは香取のウイニングショットである "高速スライダー" 。 山口の超高校級フォークと同様、一打席そこらじゃ打てる代物じゃない。

 

(−–−–−だが活路はある)

 

 2日前に行われた三船高校対帝王実業の試合。

 その試合で香取は8回に登板、あの高速スライダーを巧みに操り相手打者を無双するかの如く三振を連発していた。 俺は友沢と一緒にその試合を観戦し、一つ帝王バッテリーの "穴" を見つけたのだ。

 

 キィィィィンッ!!!

 

 金属バット特有の快音。 打球は鋭い当たりでレフトの猛田の前へ転がっていく。

 

『三遊間抜けたー!! 初球のストレートを綺麗に捉えました!!』

 

 高速スライダーが打てないのなら、"来る前に打てばいい" 。

 今大会の唐澤のリード傾向を調べてみたらところ、唐澤は基本、打者を追い込むまで決め球である高速スライダーを殆ど使っていなかった。 しかも初球は高確率で真っ直ぐのサインを出すことが多く、仮に変化球から入ったとしてもカウントを稼ぐ程度のカーブや変化量の少ないスライダーしか使わない。おそらくだが、唐澤はまだ香取や山口のウイニングショットを確実に捕球できる技量をまだ持っていないようなキャッチングでもある。

 この数日、観戦やら試合の録画やらを目を皿のようにして研究したからな。 キャリアで劣っている分、こういった少しのデータが勝敗を大きく左右する。

 

「取れるうちに点はとっておきたいな」

「おう! まだ油断してる初回がチャンスだぜ! 続けよ聖ちゃん!!」

 

 おっ、と……今宮の奴、今日はいつにも増して随分気合が入ってるな。 元同じチームメイトとの対戦で意識でもしているのか?

 聖ちゃんは聖名子先生のサイン通りバントをきっちりと決め、これでワンアウトランナー2塁。 先制点を取るには絶好のチャンスだ。

 ちなみにどのサインを出すかは俺が先生に教えている。

 

『3番キャッチャー、一ノ瀬君』

「お願いします」

 

 さーて、まずは景気良く点を取ってやるか。

 大きく深呼吸をし、打席に入る。八木沼の足を考えれば単打でもホームに帰ってくる可能性はある。 ここは安易に大きいのを狙うより、確実に点を取って流れをこちらへ手繰り寄せる方が良い。

 

「−–−–−っらっ!」

 

 余分な力はいらない。 ただ低めのストレートを丁寧にセンター返しすればいい。 俺はそれだけを頭の中に入れながら、初球のホールをスイングした。

 

「なっ−–−–−センター! バックホームだ!!」

 

 唐澤が声を大きくしてセンターに返球を指示する。 センターを守る3年生の加賀は強肩の持ち主と評判。 だがそれでも八木沼なら間に合うと確信している。

 俺が監督に頼んで出したサインは−–−–−エンドランだからだ。

 

『ホームイン!! 聖タチバナ学園、なんと帝王実業から初回先制点を挙げました!!』

 

 悠々とホームベースを踏み、ベンチに戻る八木沼。 その先でチームメイトからハイタッチで迎えられ、嬉しくはにかみながらそれに応えた。 っし、幸先の良いスタートが切れたぜ。

 

『4番ショート、友沢君』

 

 さあて、頼むぞ友沢。 先制はしてもまだ追加点は欲しい。

 

「……!」

 

 友沢のバットが空を切る。

 香取のウイニングショット、高速スライダーだ。 ストレートを狙い撃ちされているのが読まれたのだろう。 向こうも本気でねじ伏せにきている。

 でもな、この球が打たなければ帝王に勝つことはできないんだ。 いずれは通らなければならない鬼門。 それを超えてみせてくれ……ウチの最強の4番打者!

 

(コイツ……ボール球にはピクリとも反応しないな……。 やはりここは高速スライダーを使う他ない)

 

 2球ボールが続いた後の4球目。

 リズム良くサイドハンドから投げ込まれる強烈なスピンの掛かった変化球。 先程友沢が掠りもしなかった140キロの高速スライダーだ。

 −–−–−この時、俺を含め球場にいる人間は大事なことを忘れていた。

 友沢の力は俺たちの想像を超えるものであったこと。

 そしてコイツもかつて−–−–−スライダーを決め球として使っていたことを。出どころは違えども、タイミングや変化の特徴は数年経った今でもその身体と脳に刻まれている。

 

 ッキィィンッ!!

 

「何っ!?」

 

 気付けば敵味方関係なく、この第2市民球場に訪れた観客全てが友沢の打球の行方を追っていた。

 打った瞬間のボールの角度と音で俺はホームランを確信して走り出した。

 ナイバッチ−–−–−友沢。

 

『入ったーっ!!! 4番友沢のツーランホームラン!! 主砲の一振りで強豪・帝王実業をさらに突き放しました!!』

 

 一塁観客席、ベンチが友沢のホームランに歓喜する。 凄い……としか言葉が出なかった。 あれだけ警戒してきた香取のスライダーをたった2球でホームランにするなんてもはや化け物だろ……。 同じ味方ながら恐ろしい選手だぜ。

 

 

「よく打ったじゃないか」

「ん……ああ、サンキュ」

(ククッ、せいぜい笑えるうちに笑っておくがいいさ。 お前はまた僕が−–−–−)

 

 

 止まらない猛攻で攻めるタチバナであったが、続く5番の今宮はサードゴロ、大島は変化球を織り交ぜられ三振となり、こうして初回は終わった。

 

「よし、2回は4番からだがこのまま0点で抑えてくぞ」

「うん! 皆が頑張って取った3点、無駄にしないわ!」

 

 −–−–−この時、俺たちはまだ知らなかった。これから起きてしまう "悲劇" を、それがチームを揺るがすとんでもない出来事であることを。

 

 

 

 

 

 

『二回の表。 帝王実業の攻撃、4番サード真島君』

「香取を初回から攻略するとは……中々良いチームだ」

「どーも。 けどまだ追加点は諦めてませんよ?」

「……なら俺も本気でお前たちを打ち砕くまでだ」

 

 −–−–−オーラが変わる。

 真島さんの視線はマウンドに立つ涼子を一点に睨み、静かにバットを構えた。 これまでの対戦相手とはわけが違う、それは後ろからでも伝わる凄まじい威圧感ですぐ分かった。

 

(ここで敬遠しても次は唐澤と猛田……得点差を考えてもここは勝負で問題ない……!)

 

 バンバン!とグローブを叩いて構える。

 今のお前なら大丈夫だ! 来い涼子!

 

「……ふっ!」

 

 豪快なフォームから繰り出されるストレート。

 良いスピンのかかったボールは俺の指示通り、インコース低めへと真っ直ぐに向かってくる。 僅かにストライクゾーンを掠めるコース。 初球からこんな厳しいコースへ手を出すバッターなど、全国区でもそうはいないだろう。

 −–−–−耳が痛くなるような金属音。

 あまりに一瞬の出来事で俺たちタチバナを含め、観客もすぐには理解できなかった。 やがて真島さんがダイヤモンドを回ろうとする姿が目に入ってから、俺はようやく事態を判断できた。

 

『入ったぁぁぁぁ!! 4番真島のソロホームラン!! 帝王最強の4番が貫禄を見せつけました!!』

 

 嘘……だろ?

 球速は132キロと速い球ではないにしろ、コースはかなり厳しめに突いていた。それをあのバッターはピンポン球でも打つかのようにライト方向へ弾丸ライナーで吹っ飛ばしてきやがった……。

 悪いのは涼子の失投でもない。 俺のリードが決して間違っていたわけではない。 真島さんが俺の想像していた以上の恐ろしいバッターになっていたことだ。

 

「……ごめん」

「気にするな。 あれはバッターが凄すぎただけだ。 大丈夫、お前のボールはちゃんと走ってる。 気持ち切り替えてここから1つずつ抑えていこう」

「−–−–−そうね。分かったわ」

 

 とは言ったが次のバッターも頭を抱えさせてくれる奴だぜ。

 

『5番キャッチャー、唐澤君』

 

 さっきのホームランで活気付いたのか、再び帝王側の声援が大きくなり始めた。

 帝王内のホームラン数なら真島さんに次ぐ2番目の数。 多分パワーだけなら俺や友沢以上、もしかしたら東條と肩を並べるくらいのものを持っている、そんな選手だ。

 

(高めだけは厳禁だ。 低め主体に変化球中心でゴロを打たせるぞ)

 

 まず俺が選んだのは外角低めのカーブ。 これはボール半個分外に外れ、ボールに。

 2球目、3球目は縦スラを変わらず低めへ落としていく。 これに対し唐澤はフルスイングでバットを出すが、かろうじでバットに当てるのが精一杯で2球ともファールになった。

 

 

 

 

(そういや川瀬の奴、知らん間にスライダーも覚えたのか。 制球もスピードもリトルの時からかなりレベルアップしている。 とても女子の投げるボールではない……が−–−–−)

 

『痛烈な当たりーっ! 打球は左中間を破るツーベースヒット!! 唐澤、チャンスを作ります!!』

 

 帝王はその上を行く。

 こんな外道なセリフは言いたくないが、いくら良いボールを投げても所詮は女子のボール。 ボールの軽さをコントロールや変化球で誤魔化したところで、この強力打線は抑えられん。

 後輩と久々の再会であまり辛い試合にしたくはないが……悪く思うなよ。

 

 

 

 

『6番ライト、猛田君』

「おねがっしゃす!」

 

 気合十分のまま、猛田がバッターボックスへ入る。 体を大きく後ろへそらす外人のような独特のフォーム。 だが見かけによらず、猛田は生粋のリーディングヒッターだ。 単打なからも確実にヒットゾーンへ運ぶ堅実なバッティングが持ち味だ。

 

(まだノーアウトランナー2塁で猛田か……前2人はどれもストレートを狙い打ちされていた。 ここはムービングから入るぞ)

 

 たとえ芯で捉えてもさっきの蛇島と同様に長打コースに運ばれる恐れは少ない。

 セットから落ち着いた様子で涼子が投げる。 少しコースは甘かったが、猛田は見送った。

 

(今のはタイミングを計る為にわざと見逃したか。 バットは長めに持っているとすると猛田もストレートを狙っている可能性がある)

 

 ここはスライダー、外角低めだ。

 こくん、とサインに頷き、2球目を投じた。

 フォームを崩さず、お手本のような流し打ちをする猛田。 打球は運悪く一二塁間を突き破るライト前ヒットなった。

 

「おっしゃー!」

 

 猛田が嬉しそうにガッツポーズをする。

 っ〜、今の打ち方はアウトコースに照準を置いた打ち方だ。 カウントを取りに行こうと焦らず、ボール球で様子を見ておくべきだった……くそっ。

 

『綺麗にライト前へ運んでいきました! 猛田、しっかりとチャンスメイクします!』

『7番ショート、秋山君』

「内野前進! 捕ったらバックホームだ!!」

 

 大声で内野にそう指示を出す。

 ここで流れを断ち切らないと逆転される、嫌な想像が頭をよぎったからだ。 涼子……ここが正念場だぞ。

 7番を打つ秋山はフルスイングを多用する典型的な長距離ヒッター。その分、三振が多いのも特徴だが、同じタイプの大島とは違い、変化球に強く真っ直ぐに弱い相性となっている。 定石ならストレートを決め球に、変化球を織り交ぜながらカウントを取るのが無難な戦法だ。それでも、甘く入ればいい容易く打ち返してくる、ましてや秋山だと最悪、ホームランになりかねない可能性もある。 犠牲フライを覚悟してでも、慎重に勝負していくぞ。

 

(外角低め、ボール一個分外れるコース。 ランナーは気にするな。 渾身の真っ直ぐで来い!)

 

 素早いクイックから、初球。ボールは俺のサイン通り、寸分の狂いなく構えていたコースへ収まった。

 それでいい。 ここをフォアボールにしても次の加賀は秋山より脅威ではない。 とにかくコーナーギリギリを心がけてリスクを減らす。

 続くボールはインコースへのムービング。 秋山はスイングしようとするが、とっさにバットを止めた。

 

『ットーライクッ!』

 

 多分、微妙に変化するムービングを見て、ボールゾーンへ逃げる変化球だと感じて止めたのだろう。 だがムービングはカーブやスライダーほど変化はしない。 これには秋山も一度後ろを振り返って俺の捕った位置を確認しているほとだ。この制球力も涼子の強みでもあり、俺のリードの幅を広げてくれる頼もしい武器だ。

 

(一度カーブで外すぞ。 ランナーも考えてワンバウンドでワイルドピッチになるのだけは無しだ)

 

 涼子のコントロールなら問題ないけどな。

 ロジンバッグを付け、テンポ良くモーションに入った。

 秋山はカーブに対し、フルスイングで対抗。 グギィンッ! と鈍い打球音が後から聞こえながら、ボールは強い当たりで涼子の左を抜けていった。

 

(やばい、っ!!)

 

 ボールゾーンを通過するキレの良いカーブ。それでも秋山は半ば強引にスイングし、弾き返したのだ。甘く見ていた……このレベルになればストライクでなくても狙った球がやって来れば打つくらいの技量と力を兼ね備えているにきまってる。

 

「く、らあっ!!!」

「っ、今宮!!」

 

 観ている者の心を踊らせるようなダイビングキャッチ。 あの4-6の連携プレーは個人の守備力や経験だけでは成り立たない、"信頼" という2文字が図式に加わって初めて成立する職人技だ。 二塁手の好守に刺激されるように、元豪腕投手だった遊撃手の送球が凄みを増していた。

 

『アウト!! アウトォ!!』

『またもやファインプレー!!! 今度は二塁手の今宮がやってみせました!! 二遊間コンビがダブルプレーで川瀬選手を助けます!!』

 

 どっ、と湧き上がる大歓声。 あまりの好プレーに敵味方関係なく、球場全体がそのプレーを称えるように拍手を送った。 友沢は特に反応することなく帽子に掛けているサングラスを整えるだけだが、今宮は嬉しそうに拍手が送られる方へガッツポーズを返していた。

 また助けられちまったな……ウチの "鉄壁二遊間コンビ " に。

 

 

「おっし!! やったな、友沢!!」

「ああ。 よく捕った今宮。 10年に1回のまぐれじゃないか。 良かったな」

「おい〜っ! 素直に相棒の超絶プレーを褒めろってんだ!!」

「ははは……何はともあれ、2人ともありがとう。 また助けられちゃったわね」

「気にするな。 川瀬は川瀬で先発の役割を果たそうと頑張ってるのは後ろで見ている俺らでも分かる。 今は一ノ瀬のリードに全力で応えてやってくれ」

「そうだぜ涼子ちゃん。 どんなに打たれようとバックが何とかしてやるって。 つーか、たくさん打球が飛んでくればこの大勢の観衆を前にまた注目を浴びれるかもしれないしな!」

「……ふふっ、ありがとう。 それじゃあ背中は任せたわ!」

 

 8番の加賀は初球のムービングを引っ掛け、セカンドへの弱々しいゴロ。 これも今宮が危なげなく処理し、これでチェンジとなった。

 

「ナイスプレー、二遊間コンビ。このままバッティングの方も頼むぜ」

「ああ(おう!)」

 

 息ピッタリな返事に、皆が笑った。

 2人のお陰で試合の流れもチームの士気も高まり、攻撃も景気良く行きたいところであったが、7、8、9番と香取の高速スライダーのコンビネーションで三振で倒れてしまう。

 その後は涼子も立ち直り、毎回ランナーを出しながらも無失点で抑え、試合はやがて投手戦へともつれ込んだ。

 

 

 

 

『試合は依然として3-1のまま五回の裏へ突入! この回、3番の一ノ瀬から始まる好打順。 ここで追加点を取っておきたいところです』

 

 防具を外し、そのままバットをもって打席へと向かう。

 帝王側の采配なら、この回か次を目処に香取を交代するはずだ。 山口に変えられてしまうとこれまで計ってきたボールへのタイミングなどがまたゼロからスタートになってより後半での得点が難しくなる。クリーンナップから始まるこの回で差を広げていきたい。

 

 

「おいおい……まだ残り4回半あるとはいえ、帝王が負けてるぞ?」

「マジかよ。 あ、実はあれなんじゃね? 選手の調子が悪かったとか、怪我でもしてるんじゃないのか?」

「いや、それにしてもすげぇよ。 タチバナ、か。 こりゃかなりの曲者だぜ」

 

 

 観客も段々とざわつき始めていた。

 長年、ここ神奈川県は帝王と海堂の二強政権が続いていた。 その一角がまさかの試合中盤まで今年初参戦の無名校に負けているのだ。 去年から恋恋の快進撃もあり、その時代は徐々に崩れを見せていたが、それを今年で俺たちが−–−–−

 

 

(−–−–−打ち壊す!!!)

 

 

 

 今日イチの快音が響いた。

 甘く入ったカーブを完璧に捉え、打球は風に乗りながらグングン伸びていく。 頼む……入ってくれ、入ってくれっ!!!!

 

 

 

 −–−–−パシッ

 

 

 

『あ、アウト!!!』

『あーっ! フェンス際、センターの加賀何とか捕りました! 一ノ瀬、素晴らしい当たりを魅せましたが惜しくもセンターフライ。 得点にはなりませんでした』

 

 あぁーっ、とタチバナ応援席から溜め息が溢れた。

 あとちょっとだったんだがなぁ……もう一振り足りなかったか。

 

「悪い、届かなかった」

「ドンマイドンマイ。 良い当たりだったからしょうがないよ」

 

 宇津のフォローが身に染みるぜ。

 落ち込んでいても仕方ない。 次のバッターは唯一高速スライダーを攻略している友沢だ。 防具をつけながらアイツの様子を見て対応策を探さないと……。

 

「……!」

「なに……っ!?」

 

 友沢が打席に入った瞬間、唐澤が立ち上がって右腕を横に向けた。

 その行為でバッテリーが何をしたいのか、一発で察した。

 

「敬遠か……まぁ当然と言えば当然だな」

「っ〜、きたねぇぞ! 勝負しろよ!!」

「無理言うな。 それにウチだって4番を敬遠してるんだぞ? これであいこだ」

「……まぁそうだけどよ…」

 

 今宮の気持ちだって分かる。 だが向こう側の考えは一緒だ。 自分のチームが負けてる以上、今は危険な勝負を優先する余裕なんてない。 嫌な言い方をすれば、次の今宮を勝負した方が打ち取れる確率が高いと、判断した結果だろう。

 

『ボーッ! ボールフォア!』

「悪く思うなよ。 こっちもお前の実力を認めた上での作戦だ」

「……大丈夫さ。 俺でなくても点は取ってくれる」

『5番セカンド、今宮君』

 

 ブォン!、ブォン!、と2回素振りをしてから打席に入る。

 友沢を敬遠され、自分と勝負した方が安牌だと思われてプライドも傷ついたはずだ。 「絶対打つ!」って気持ちが背中越しからも伝わってくる。

 

(だがまずは−–−–−)

 

 聖名子先生か2人にサインを出す。

 まずは初球をわざと見逃し、2球目で盗塁するというサインだ。 友沢の足なら唐澤の肩であっても成功は十分にある。 しかも、香取は元々牽制はそれほどうまいわけではない。 ストレートも鈴本と同等かそれ以下の速さだ。 投手のフィールディングと走者の足を考えると、盗塁でもいけるはず。

 

『ボーッ!』

 

 ストレートが内角に外れ、ワンボール。

 香取がボールを受け取り、セットアップに入ったのを確認して友沢がリードを広げる。

 香取がサインに頷きモーションに入った瞬間、友沢はスタートを決めた。

 

「走ったぞ!!」

 

 一塁の坂本がそう叫んだ。

 今宮はストライクのボールをわざと空振りして盗塁を助ける。 低めへのストレートを捕球し、こちらも早い動作で腕を振った。 ボールは真っ直ぐなライナー性の良い送球だ。 友沢はチラッと送球を見て、右足からスライディングしようとする。

 

 

「クックック……自ら自滅しに来るとは……馬鹿め」

 

 

 蛇島のタッチと友沢のスライディング。

 お互いがほぼ同着のタイミングで重なり、数秒の沈黙の末、二塁塁審が両腕を横にした。

 

『セーフセーフ!!』

『際どいタイミングでしたが判定はセーフ!! 友沢、走塁でチャンスを作……ん……?』

「え……」

「ん? どうしたんだ……?」

 

 

 すぐ体を立て直す蛇島に対し、友沢が右足首を抑えながら中々立ち上がらない。 その姿を蛇島が涼しそうな表情で見つめている。

 

 

「まさか……」

「とっ、友沢ーっ!!!」

 

 

 今宮がバットを放り捨て、急いで友沢の元へ駆け寄る。

 想像などしたくない……したくなかったのに……最悪の事態が、俺の目の前で起きていた−–−–−。

 

 


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