Glory of battery   作:グレイスターリング

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第二十八話 vsパワフル高校(前編)

「よし、忘れ物はないよな?」

「ああ。 これで全部のはずだ」

 

 午前8時。

 パワフル高校と三回戦目を迎える前に少し早めに集まってアップをし、最終確認を終えたところであった。今は学園側から借りたバスにグローブやらバットやらクーラーボックス等、次々と荷物を運び入れていた。 八木沼が最後にスコアブックと筆記用具の一式を美奈子先生に渡し、バスへ乗り込む。

 

「先生。 すいませんが今日もお願いします」

「大丈夫ですよ。 それよりも今日の試合、頑張ってくださいね」

「ありがとうございます。 飲み物はクーラーボックスに入ってるんで熱中症にならないよう気をつけてください」

 

 実は美奈子先生には、一回戦のバス停前戦からスコアラーの仕事を代わりにやってもらっていた。 本来ならスコアラーは各学校のマネージャーがしたり、強豪校になるとスコアラー専門の人を雇ったりしているが、ウチは不運な事にマネージャーがいない。 初めはキャプテンである俺が付けたり、ベンチスタートの人間が付けたりを行ったり来たりしていたが、いかんせん試合と並行して付けるのがこれまた難しい。 そこで先生に相談したところ、「だったら私がやりますよ」と快く引き受けてくれ、こうして任してもらっているわけだ。

 

「あ、一ノ瀬君、ちょっと」

「はい?」

 

 お礼を言って乗り込もうとすると、ヒョイヒョイと手招きしながら美奈子先生が俺を呼び止める。 何か忘れ物でもしたっけ……?

 

「この記事……一ノ瀬君はもう見た?」

 

 先生からタブレットを貰って見てみると、画面中央に大きく写る1人の選手がいた。

 

「……はい。 もちろん」

 

 ……流石だな。 俺も昨日の夕方にその内容はパワフルニュースを通じて知っていた。その結果自体はそれほど驚きはしなかったが、唯一の誤算はこの選手が俺の想像を遥かに上回る "怪物" になっていたことだ。

 

 

 『怪物、またもや偉業達成。 流星高校相手に十八奪三振・完全試合』

 

 

 流星高校−–−−–−埼玉きっての名門校で、あかつき大付属と毎年優勝争いを繰り広げているチームだ。 そこを相手にある男は十八奪三振のおまけ付きで完全試合の偉業を成し遂げたのだから、昨日からスポーツ誌やニュースはこの話題で持ち切りだった。

 

(猪狩………お前はいつも俺の先を行くよな……)

 

 そしてその隣に映る捕手……かつての仲間で今は敵同士だが、この選手無しでは猪狩の完全試合も達成できなかっただろう。 海堂へ行き、そこでお前はどう変わってあかつきへ行ったんだ?

 −–−–−なぁ寿也。

 

「一ノ瀬、先生。 そろそろ行きますよ」

「ん、分かった。 じゃあ先生、これを」

「ええ。 一ノ瀬君、今日の試合……頑張ってくださいね」

 

 っ、とぉ……その顔で優しく微笑みながら応援されると恥ずかしいな……。

 でもまぁ、こんなところでまだ負ける訳にはいかない。 ライバル達は着実に上のステージに進んでるんだ。 俺達だってきっとアイツらに辿り着ける、そう信じて今日の試合も必ず勝ってみせる。

 

(………今日はまた大変な一日になりそうだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし。 じゃあ集合だ」

 

 試合前のシードノックを終えたところで全員を呼び、今日のスタメンを発表する。 ……それにしても今日もまた格段に暑い日だな。 投手のペース配分や熱中症等に気を遣ってやらないとな。 これも主将兼捕手の役目だぜ。

 −–−–−しかし今日の俺の役目は全然違うけどな。

 

 

「今からスタメン発表するぞ。 今日の試合は色々と対策を練った結果、普段と違うオーダーになってるから聞き逃すことのないようにしろよ」

「普段と違うオーダー?」

「おう。 対パワフル高校対策とも言うべきか……では発表するぞ。一番センター、八木沼」

「ああ」

 

 そしてここから少しいじっていくぜ。

 

「二番キャッチャー、六道」

「!……私がスタメンマスクか?」

「おいおいまた説明はするよ。 三番ファースト俺、四番ショート友沢」

「俺はいつも通りだな、了解」

「五番セカンド、今宮」

「お、俺が五番に上がってんじゃん。 よしっ!」

 

 喜ぶ今宮に対し、大島は難しい顔を浮かべている。 ここは最近の試合の結果や今日の投手が変化球を主体に攻めてくる事を配慮して今宮を五番にした。

 

「六番サード、大島」

「……っす」

「七番ライト東出」

「はい」

 

 ……もしかすると今日の試合の重要人物になるかもしれない選手の一人だ。 今日の作戦やこのオーダーの原型を共に考えた張本人だからな。 この作戦もまた後で説明していこう。

 

「八番レフト原」

「おっと……ワイは今日八番かいな。 分かったで」

「最後に九番ピッチャー、橘」

「うん、分かっ……あ、あれ? 今橘って言った……?」

 

 返事を言いかけたところで涼子が困惑した顔で俺の方を見る。 自分が先発かと思ってたらまさかの控えスタートだから仕方ないな。

 

「そうだぞ。 お前は今日、ベンチスタートだ」

「えぇ?! どうしてなの? 私そんなに酷いピッチングしてた?」

「いや、ピッチングの方は問題ないんだが……お前、最近連投してるだろ? そろそろ疲れも出てくる頃だし、相手だって相手チームのエースなら研究だってしてくるはずだ。 そういう意味でも今日は後ろからで頼む、いいな?」

「うん……悔しいけど分かったわ」

「大丈夫、私を信じなさい涼子! 私が出るからにはパワフル高校相手でも完璧に封じ込めてやるんだから。 大船に乗ったつもりで待ってなさいよ」

「ふ、泥舟と化して沈まなきゃいいけどな」

「おいそこのダサいサングラス付けてるアホ金髪。 アンタなんか全打席三振で無様に散るのよ。バーカ」

「弱い奴ほどよく吠える……まさにお前のことだな」

「っ〜! もう我慢の限界よ! これ以上調子に乗ったらケツバットお見舞いするわよ!!」

「おい! お前ら喧嘩はよせ!! 試合前だぞ!」

 

 八木沼の一早い判断でみずきちゃんの暴走は何とか止まった。 つーかおい。 みずきちゃんが持ってるバットって俺のマイバットじゃないか? 試合前に俺のバット乱闘事件だけは勘弁だぜ……。

 

「先輩」

「ん、どうした東出」

 

 友沢とみずきちゃんが楽しく(?)小競り合いしている後ろで、こっそりと東出が顔を見せた。

 

「昨日は突然すいませんでした。 もっと早く言いたかったんですけど……」

「ああ、そんな気にするなって。 寧ろ試合前に助言してくれてこちらとしては大助かりだよ。 ありがとな」

「いえ、俺は……それよりも今日の試合……」

「分かってる。万が一の事態になったら頼むぞ」

「はい。 任せてください」

 

 東出の"策"が上手くいくのか未知数だが、試してみる価値は十分ある。 未知数故にできれば使わずに勝ちたい所だが、ヤバくなったら最後はそれで心中するしかなさそうだ。

 ……まぁそれはそれで面白いから俺は好きだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手のパワフル高校のオーダーは、

 

  一番 ライト 奥野

  二番 セカンド 円谷

  三番 ファースト尾崎

  四番 サード東條

  五番 キャッチャー 香本

  六番 ショート 生木

  七番 センター 松倉

  八番 ピッチャー 鈴本

  九番 レフト 森久保

  

 こちらは二回戦目と変わらずそのままだ。東條や尾崎の破壊力、守備に定評のある円谷と並木、そして一番を打つ天才一年生の奥野に左腕エースの鈴本と、走攻守共に隙のない編成だ。 一年の松倉も確か中学時代はそこそこ名のある投手だったらしいと東出から聞いたが、今日はセンターだ。 となれば打者としてもそれなりに自信があるはずだから油断はできない。

 

 

 

 午前一時、主審の『プレイボーイ』の合図と共に試合が始まった。 先行は俺たち聖タチバナで、後攻がパワフル高校だ。

 

『一番センター、八木沼くん』

 

 さて、鈴本の最初の立ち上がり。 映像越しでは散々観てきたが、生で目の当たりにするのはこれが初めてだ。

 サインに頷き振りかぶる。 無駄のない綺麗なスリークォーター投法、そのままボールは寸分の狂いなく外角低めに構えていたミットに吸い込まれていく。

 

『ストライッ!!』

 

 会場が若干どよめく。 球速は百四十二キロ。 中々の速さだ。だがそれ以外に驚いたのはコントロールの良さとボールのノビだ。

 

「随分と良いフォーシーム回転がかかってるな」

 

 ん、友沢も一発で見抜いたか。 流石はウチの四番打者。

 

「ああ。ファームに無駄がなければフォーシームの回転にも一切無駄がない。その上初球からコーナーギリギリに突かれたら打者も数値以上に速く感じるだろう」

「これは相手キャッチャーの……香本と言ったか。 捕ってて楽しいんじゃないか?」

「……だな」

 

 二球目は低めのストレートをカットし、早くも追い込まれた。

 鈴本は眉村や猪狩のように奪三振を積極的に狙いにいくタイプ、というよりも "打たせて取る" 傾向が強いピッチャーだ。 それだとここからボール球で一、二球様子をみるのが傾向の一つだが、まだ初回の最初だ。 球種やタイミングなどを計らせない為にも三球勝負、ってのも考えられる。

 

(っ!、しまった……!)

 

 意表を突く三球連続のストレートを引っ掛け、大きなバウンドでショートへ跳ねる。

 

「走れ!! 間に合うぞ!!」

 

 一塁コーチの笠原が声をあげ、八木沼が全力で走る。

 打球の速さや跳ね方的には面白い。 あとはショートの守備次第だが……

 

「っと!!」

「なっ−–−–−!?」

 

 地面に着く前に自らジャンプし、空中で捕球したままスローイング−–−–−所謂ジャンピングスローで送球してきたのだ。 それもかなり上手に。

 八木沼も快速の勢いのまま頭から滑り込み、ベースに到達する。 タイミングは微妙だがどうだ−–−–−?

 

 

『セーフ!、セーフ!!』

 

 

「よしっ!」

「ナイスラン八木沼ー!」

「いいぞ木沼っちー!! 続け聖ちゃん!」

 

 ネクストサークルから立ち上がり、バッターボックスへ向かう聖ちゃん。 実はこの試合の勝敗を左右するキーマンの1人だと、俺は試合前から考えていた。 なぜなら−–−–−

 

 

 

 

 

「−–−–−相性?」

「ああ。 鈴本と聖ちゃん、そしてみずきちゃんと聖ちゃんの相性を考慮して決めたんだ」

「えっと……それはつまり?」

 

 さっきの試合前ミーティング。

 聖ちゃんと東出、みずきちゃん以外は意味が分からず?マークを浮かべていた。 なら分かりやすく説明していこう。

 

「薄々みずきちゃんは気づいてたかもしれないけど、俺と聖ちゃんのリードの取り方はそもそも概念が違うんだ。俺の場合、リードをする際、どのコースに投げれば抑えられるか、前もってデータをインプットしてそのコースに投げさせる、言わば "データと経験重視" のリードを取っていたんだ」

「……確かに試合前とか相手チームをビデオや観戦とかで確認してギリギリまで対策を練ってたもんな」

「まあな。 けど聖ちゃんの場合、相手のデータによるリード傾向もあるが、どちらかと言えば "バッテリーのデータ" ってのを重視してる気がするんだ」

「バッテリーの……データ………?」

 

 どうやら本人は自覚がないらしいな。 こればかりは本人も無意識に近い形でやってるから無理はない。

 

「噛み砕くと、聖は私のその日の調子よってリードを変えてるのよ。 それプラス私たち特有の間合いと言うか呼吸と言うか……それらが合わさったのが聖のリードだと思うわ」

「そうか……つまり一ノ瀬は自身のデータに基つぐリード結果で投手に安心と信頼を与える捕手、聖ちゃんは自分の投手を対象にいかにして持ち味を生かしきれるかを考える捕手、ってことか!」

「そう、今宮の言う通りだ。 そしてみずきちゃんはデータリードより聖ちゃんのようなリードを好む投手だとこれまでの投球練習やバッテリー練習でよく分かった。 それに聖ちゃんとは長年ずっとバッテリーを組んできた仲でもある。 なら自然にそちらを好むのも無理はないんだ」

「そう、なのか………だが言われてみればそうかもしれないな」

「ええ。 でもここまで詳しく説明されちゃうとなんだか恥ずかしいわね」

「……うむ」

 

 俺と涼子のバッテリーとはまた違うプロセスを踏んでこのバッテリーは作られた、けどそれは周りが思っている以上に大切で、ある意味一番大事なことなのかもしれないな。 やり方や経緯がどうあれ、それでも2つのバッテリーはこうしてかけがえのない関係へ成長しているんだ。 どれが正しいかなんて、おそらく正解は存在しないと思う。

 

 

 そして聖ちゃんを二番に抜擢したのは−–−–−

 

 

 

 

 

 

 

 

『カキィィィンッ!!!』

(なっ……!?)

 

 

 元バッテリーを組んだキャッチャーだからこそ、彼を一番よく知っているからだ。

 

 

「よっしゃぁ!!! ナイスホームラン!!」

「よくやったわ聖ーっ! それでこそ私の相棒よ!」

 

 小さく微笑みながら二塁三塁を蹴り、ホームイン。 捉えたのは五球目のスライダーだ。 外側へ鋭く逃げ込む球だったが、聖ちゃんは自分のフォームを崩すことなく綺麗な流し打ちでホームランにしてみせた。 自身の弱点でもあった非力さを少しでも克服しようと、ずっと努力し続けた成果が実を結んだ瞬間だ。

 

「先輩、見事な流し打ちでした」

「うむ、ありがとう東出」

 

 ベンチで祝福を受けている中、三番の俺が打席に入る。 せっかく聖ちゃんがホームランで良い流れを作ったんだ。 ここは是が非でも水を差すわけにはいかないぜ。

 

 

「……まさかあそこまで飛ばされるとは思わなかったよ」

「ごめんなさいだ先輩。 僕が油断してたのもありましたなぁ」

「ううん。コースやボールも完璧だった。 今のは聖がよく打ったと褒めよう。 それよりも次の一ノ瀬君をどう抑えるかだね」

「ふぅむ……まだ温存しておきたかったけど "アレ" を解禁させますか」

「……そうだね。 多用は禁物だけど彼も要注意人物の一人だ。 これ以上調子づかせない為にも全力で抑えようか」

 

 

 お、キャッチャーが戻ってきたか。 ここからどう立て直すか、まだまだ気が抜けない点差だ。

 初球はインコースのストレート。 タイミングと速さを測るため、ここは見送る。

 

(ストライクか。やはり回転が良く効いてる分ナチュラルにノビてきてるな)

 

 鈴本の球種は他にスライダーとシュートがある。 今日はまだシュートを使ってきてないが、ここらで使ってくる可能性は高い。 基本シュートはゴロを打たせる時かカウントを取る為に使い、決め球のスライダーで抑えるのが鈴本の代名詞。

 二球目はストレートが外れてボール。 そして三球目−–−–−狙いをシュートに定め、右打者から外へ曲がる変化球を打ち返す。

 グギィィンッ! と鈍い音が鳴りながらも打球は鋭くライナーで三塁線を襲った。

 

『ファール!』

 

 くっそ……今のはもったいなかった。 芯は外してたがタイミングが合ってたお陰で打球は強く弾き返せた。 もう少し遅く振ってたらセンター返しにできたはずだ。

 

「見えてるぞ! 頑張れ一ノ瀬!!」

 

 ウチの応援歌が流れる中でと今宮の声援が一際大きく聞こえた。 僅かだが元気を貰ったぜ、ありがとよ。

 一呼吸置き、構え直す。 カウントは1-2。 投手がかなり有利なカウントだ。考えられるのはつり球か決め球のスライダーの二択。 これまで俺に対してスライダーを使ってないとすると、ここで勝負をかけてくるのもあり得る。 それを頭に叩き込んであとは来るべきボールをフルスイングするだけ。

 プレートを踏んで鈴本が動作に入る。 次は強打者の友沢も控えている。 最低限四番に繋ぎ長打を狙う、それが今の俺の仕事だ。

 球は遅い、変化球だ。

 ならスライダーのはず、そのはすなんだ……だがボールはスライダーとは全く違う軌道で落ちていく。

 

(なっ、にっ……!?)

 

 ボールは俺がバットを振り終わってから香本のミットに届いた。タイミングも高さも全然違う場所を振らされ、簡単に空振りさせられた。

 

『ストーライッ! ハッターアウトォ!』

 

 タイミングが全然合ってなかったせいで思わずよろけてしまうが、何とか止まって転ばずにすんだ。

 全くもって読めなかった。 ストレートでもスライダーでもシュートでもない。これまでの試合で一度も使われてなかった変化球、それが投じられたことしか分からなかった。

 

 

(鈴本……まさか今のボールは………)

 

 

 続く四番の友沢は俺と同じ球を振らされ空振り三振、今宮はスライダーを打ち上げてレフトフライ、これで初回の攻撃は終わった。

 

「大地」

「ん、どうしたの?」

「さっき大地と友沢に投げたボール……あれはおそらく "ナックル" だ」

「!、ナックル?!」

 

 言われてみれば確かにガーブでもシンカーでもフォーク系でもなく、ナックルのように無回転で不規則に落ちていた。 だが今大会で鈴本はナックルなんて一度も使ってないし、甲子園でもそれらしき球は投げてなかった。

 まさか対聖タチバナ戦に用意しておいて新球種だったのか……ますます謎が深まるばかりだ。

 

「ナックルって……メジャーリーグでもたまにしか見れない魔球の代名詞のやつだよな?」

「まさかそんな変化球を県大会で見れるなんて……考えもしなかった」

「とにかく考えるのは後にしよう。 これから守備だ、聖ちゃんのホームランを無駄にしないよう0点で抑えるぞ」

 

 おう! と声を合わせて皆が返事を返す。

 後続は倒れても聖ちゃんのお陰で先制点は取れたんだ。 今は目の前にある守備を確実にこなすことだけを考えよう。

 

『一回裏、パワフル高校の攻撃。 一番ライト、奥野くん』

「お願いします」

 

 独特のリズムと脚の使い方でタイミングを取る−–−–−左の振り子打法。

 マウンドから対角線上にサイドスローで投げ込まれる−–−–−クロスファイヤー。

 どちらもあまりお目にかかれない変則的なフォームだが、お互いに左利き、ましてやサイドスローとなれば投手有利ではないかと俺は思う。 が、奥野も振り子を完璧に使いこなしコンスタントにヒットゾーンへ運ぶ技量を重ね備えているアベレージヒッターだ。 ボールを当てる力だけならもしかすれば友沢よりも上かもしれない。

 

(アウトローのストレート)

 

 サインを確認してみずきちゃんがモーションに入った。 左足を軸に体をひねり、その反動を活かして腕を横に鋭く振るう。 ボールはミットへ正確に投げ込まれ、審判の腕が上がった。

 

「ナイスボール!」

 

 よし、みずきちゃんの調子は悪くなさそうだ。 振り子打法は足を振り子のように動かし、投手側へ移動する際に発生する勢いをボールに伝わらせる打ち方だ。 パワーがなくても強打できる反面、タイミングがとりにくくなるから並みのバッターでは逆に難しくなってしまう。 実際、振り子で活躍した選手はメジャーリーガーの鈴木コジロー選手しかいないからな。

 二球目はスクリューが低めに外れてボール、次の内角へのストレートは上手くカットし、カウント1-2。

 

(出し惜しみはしない。 クレッセントムーンだ)

 

 −–−–−来そうだな。

 みずきちゃんのウイニングショット、超高速スクリューが。

 俺でさえ後ろに逸らさないのが精一杯なのに、聖ちゃんはそれを完璧に捕球できるまでに仕上げてきている。 バシッバシッ!とミットを叩き、力強く構えた。

 ボールはリリース後に強烈なスピンがかかりながら左打者の内側へと急激に迫ってくる。

 

(っ−–−–−!!)

 

 難しい体制になりながらも柔軟に対応し、バットの芯でボールを捉えた。

 一二塁間を襲う強いゴロ。 普通のセカンドならギリギリ追いつかないコースだが、ウチのセカンドは違った。

 

「んらっ! っとぉ!」

 

 滑り込みながら華麗に捕球すると、素早い動作ですぐさま送球。

 

『アウト!!』

 

 際どかったが判定はアウトに。 やはりタチバナの二遊間コンビは安心感が違うぜ。 ファーストという隣の立ち位置で見ていても、抜ける気がしないな。

 

「ナイスプレー今宮」

「おう! これが俺の持ち味だからな!」

 

 へへーん、と友沢にドヤ顔をする今宮。 そんな部分も良い意味でお前の持ち味なのかもしれない。

 

 

 

「どうだった樹君?」

「……香本と川井さんのデータ以上の変化球だったよ。 変化量が多い上に球速もストレートと数キロしか代わってない。やっぱりお元気ボンバーズで鈴本先輩とエースを張ってただけあるね」

「ふうむぅ……となればまずあのスクリューに慣れることから始めるべきだねぇ」

「……だな。 樹がそれほど言うなら俺や尾崎でも打つのは難しいだろう」

「僕も同感だね。 元同じチームのよしみだから気持ちはわかるよ。みずきさんは警戒して挑んだ方がいい」

 

 

 

 続く2番の円谷は六球目のクレッセントで三振、尾崎はセンターフライで倒れてスリーアウトチェンジ。 まずは上々の立ち上がりをみせたみずきちゃん。 このままの勢いで打線も爆発してほしかったが、鈴本も聖ちゃんのホームラン以降、完全に立ち直り、五番の今宮をナックルで三振、続く大島は苦手な変化球を巧みに混ぜられ三球三振、東出はナックルを何とか当てるもピッチャーゴロに終わり、直ぐにチェンジとなった。

 

「聖ちゃんのホームランが大きいわね」

「ああ。 こりゃ投手戦になりそうだな」

 

 俺と涼子の予想は見事に的中した。 それ以降、お互いにヒットは出してもホームは踏ませず、拮抗した流れは炎天下の中、六回の裏まで続いていった。

 

 

 

『六回の裏、パワフル高校の攻撃は一番ライト、奥野君』

「そろそろですなぁ」

「お、ようやく勝負に出るか香本?」

「ええ、尾崎先輩。 皆さん方大方のタイミング等は掴めてきたと感じたので。 この奥野くんから始まる六回で反撃といきましょう」

 

 

 試合時間も一時間半ほどたち、気温もピークに達していた。 ここまでみずきちゃんは強力なパワフル高校打線相手に五回無失点の好投で乗り切っている。 疲れもそろそろ出始める頃だが、これまでのトレーニングの成果が出ているのか、俺としてはまだそれほど疲れてないように見える。 きっと体力だけじゃない。 目の前に座る女房が励ましながら引っ張ってきたのも大きな要因だろう。 全く……本当に良いバッテリーだぜ、あの二人。

 

「六回裏! ここも0点で抑えていくぞ!」

 

 オー! と大きく声を上げ、気合いを入れる。

 この回は一番の奥野からか。 一打席目はセカンドゴロ、二打席目はサードライナーと徐々に当たりが強くなってきている。 おそらくタイミングがそろそろ合わされ始めていると思う。 一応交代も視野に入っているが、今のところピッチングはまだ崩れていない。 このイニングの結果次第でまた采配が変わりそうだ。

 

(そろそろ攻めに転じてくるはず。 ここからは特に慎重にせめていくぞ)

 

 美しいひねりからサイドハンドで左腕を振る。 ボールは微妙にインコースへ外れてボール。 二球目は普通のスクリューがワンバウンドしてボール、その次はストレートが内角低めに決まってストライクとなる。

 

(よし……そろそろだな)

 

 ボール先行だが、そのくらい慎重にいって良い。 このテのバッターにはちょっとでも甘い球にいけば簡単にヒットかホームランにされてしまう。 クサいコースを突きながら打者の読みの裏をかいていくしかない。

 

(まだ早いがカウントを取るため。 クレッセントを外角低めへ)

 

 完全なるボールゾーンから外角ギリギリに迫りくるスクリュー。 並みの打者なら間違いなく打てず、見逃したとしてもストライクゾーンに入っている。 これ以上にない最高のボールだ。

 

 −–−カキィィィンッ!!!

 

「−–−–−えっ!?」

「なっ……!?」

 

 気持ちいいくらいの快音が球場に響いた。 あまりの速さに友沢と大島は一歩も動けず、打球は痛烈にレフト前へとライナーで飛んでいった。

 

(アレを打つのか……文句なしのコースだったぞ………)

 

 急激な変化に体勢は若干崩れながらもバットはお手本のような追っつけた軌道、振り子の勢いもしっかりと打球に乗せて打ち返した。あれはバッテリーは悪くない、単に相手が凄かったたけだ。

 

「橘、球は走っている。 切り替えて次のバッターを抑えるぞ」

「……ええ。 分かってるわよ」

 

 友沢の掛け声に普通に返すみずきちゃん。 精神的にはまだ余裕がありそうで何よりだ。

 

『二番セカンド、円谷君』

 

 一年生ながらも正二塁手に座る円谷。 このバッターはパワーはそれほどないが、バントなどの小技が上手く足もそこそこ速い典型的な二番打者タイプだ。 ここは盗塁も視野に入れつつ、できればゲッツーを狙っていきたいところ。

 

「−–−–−ふっ!」

 

 初球はウエストから入り、ランナーを警戒する。 二球目は外角へ曲がるスクリュー。 その球種を待っていた、と言わんばかりに奥野はスタートを決めた。

 

「走ったぞ!!」

 

 俺の声に内野陣が瞬時に反応する。 聖ちゃんも来ると感づいていたのだろう。 素早く立ち上がって捕球すると、お手本のようなスローイングでカバーに入った友沢へ送球する。

 

「セーフ!セーフ!!」

 

 僅差で奥野の足が先にベースへ届き、セーフに。 しっかし、なんつー速さだ。 矢部君や八木沼と同等……いや、スピードでは2人の方が速いが、奥野は高い走塁技術でそれを補っているのか。 これは……どこからどこまでコジロー選手にそっくりだぜ。

 円谷はその後インハイのストレートを手堅くバントし、これでワンアウト三塁。

 

『三番ファースト、尾崎君』

「うーし、まずは一点取るとするか!」

 

 ここでチャンスに滅法強い尾崎か……。 確かコイツは得点圏にランナーがいるとやたら強くなるクラッチヒッターで、去年の秋季大会での得点圏打率は驚異の七割越えをマークしていた。 一塁が空いてるから敬遠という策もあるが、次のバッターはさらに厄介な東條だ。 とても逃げれるような場面じゃない。

 

「みずき、ランナーは気にしなくていい。 ここを抑えれば相手の勢いを消すこともできる。 自信を持って投げ込めば大丈夫だ」

「そうね……聖もリード頼むわよ」

 

 最後にバシッと互いのミットをぶつけて気合を入れ直し、それぞれ持ち場へ戻る。

 ここで尾崎と東條を抑えれば戦況はかなり良くなる。 頼むぞバッテリー……!

 

 


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