Glory of battery   作:グレイスターリング

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第三話 避けられない方が悪い?

 四月八日──

 俺が横浜リトルに入って二日が過ぎたこの日、ようやく今日から新たな学校での登校が始まった。

 学校へ入ると様々な友達とすれ違うが、大抵の人は他の友達同士とくっついているからどうしても話かけにくい。

 

(うーん…まぁしょうがないよね)

 

 知ってたことだが、軽く虚しくなりながら自分の下駄箱を探す。

 俺も早く新しい友達を作らないといけないよな。

 

 

「あれ、もしかして大地君?」

 

 ……ん…?今どこかで聞いたことがあるような声が……気のせいだよな。うん、気のせい。

 

「ちょっと、無視しないでよ!!」

 

 あれ、気のせいじゃないのか?てことはこの声は…

 

 

 

「大地君おはよう」

「とっ、寿也?!それに涼子も?!!」

「もー、さっきから呼んでたのに全然反応してくれなかったからてっきり私、人違いかと思っちゃった」

「ごめんごめん。二人がまさか一緒の学校だとは思わなくて」

 

 それにしてもなんという偶然なのか。横浜の小学校なんて沢山あるのに、奇跡的に転校した先が同じだったとはね。

 

「大地君はどこのクラスだった?」

「んー…確かB組って言われてた気が…」

「あ、B組なら私も寿也君も一緒だったわね」

「そうなんだ。じゃあ卒業までよろしく、大地君」

「うん。じゃあ俺、職員室に呼ばれてるからもう行くね」

「分かったわ。また後でねー」

 

 一旦二人と別れ、職員室へと足を向けた。よくある、転校生を紹介します、て言う為だと考えられる。別にそんなことしてなくても俺はいいんだけどなぁ。

 途中行き通る人達に場所を聞き、緊張しながら職員室のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校長先生の長ったるい話を聞き、各クラスごとの授業に戻った。俺の予想は見事に的中し、クラスの皆が席に着いたのを見計らって自己紹介をさせられた。

 

「一ノ瀬の席は窓側の一番後ろだ」

 

 よっし、席は当たりを引けたぜ。一番後ろの端なら寝放題だからな。

 

「大地君、ここだよ」

 

 寿也が手招きして俺を誘導させる。俺の席の右隣は涼子か。んで、すぐ前が寿也。全く…偶然と言うのは恐ろしいものだね。なんか四六時中、この二人と一緒にいそうな気がするよ。

 

 

 

 

 

 

「やっと終わった~」

 

 新学期の初日ということもあり、授業は半日で終了となった。委員会決めや班決めなどであっという間に時間は過ぎ、気付くと12時になっていた。

 

「ねぇ、大地君の家ってどこなの?」

 

 机に倒れこんでいた上から、寿也がポンポンと叩きながら聞いてくる。

 

「んあー…俺の家は二区のところにあるけど」

「え、それじゃあ私と一緒の地区に住んでるんだね」

 

 へぇ~、涼子の家も俺と同じ地区なのか。もしかするとこれからは二人で登校するかもしれないってわけですかね。

 

「なんか凄い偶然だね」

 

 寿也……気付くの遅いって。と、心の中で突っ込む俺であった。

 

「じゃあそろそろ帰ろっか。二時から練習あるし」

「そうだね」

 

 ランドセルを背負い、教室から出る。

 校門では「今日帰ったら何して遊ぶー?」と言った声がちらほらと聞こえた。

 入り口付近で遊びの誘いが何件も来たが、俺達は野球の練習があるから遊べないと、誘いを断りながら校門を出た。

 歩き始めて数分。唐突に寿也からこんな質問が飛んできた。

 

「あのさ、大地君ってどうして野球を始めたの?」

「やっ…野球を始めた、理由?」

「それ私も知りたいなぁ~。教えてよー」

 

 一番答えにくい質問をしてきたな。しかも二人は興味津々に俺を見てくるし。

 これは答えなきゃいけなさそうな雰囲気を醸し出してるな。まぁ差し支えないから教えるか。

 

「二人とも、猪狩守は知ってるよね」

「ええ」

「うん、もちろん」

「…俺ね、こんなまだ子供なのに天才バッテリーとかで雑誌に騒がれてるけど、初めは野球なんてこれっぽっちも興味なかったんだよね」

「ええっ、嘘っ!?」

 

 まぁ驚くのも無理はないよな。こんなに野球が上手いとか騒がれてて、実は野球に興味がなかったなんてね。そんなこと、想像する方が難しいかもしれない。

 

「じゃあどうして野球をするようになったの?」

「きっかけは単純だよ。俺がまだ四歳ぐらいの頃に猪狩が突然家へやって来たんだ……」

 

 

 

 

『ねぇキミ。よかったら僕と一緒に野球やらないか?』

 

『やきゅう?それはなんなの?』

 

 

 

 

「グローブを突然渡されてね、いきなりストレートを放り込まれたんだよ」

「だ、大丈夫だったの?だってやったことなかったのにいきなり…」

「ううん、それが一発で捕れちゃってね。自分でもびっくりしたんだよ。でも嬉しかったんだよね、ボールがキャッチできた時」

 

 そしてその時からだったか。猪狩との投球練習が日課みたいになったのは。

 

 

 

『ボクは猪狩守。君は?』

 

『一ノ瀬大地だよっ!野球楽しいねー!」

 

『はははっ、そうだろ?』

 

 

 

「とまぁそんな感じで今に至るってわけなんだ。」

「……ふふっ」

 

 ぬっ?今寿也に笑われた!?俺と猪狩の大切な過去なのに?!

 

「あっ、ごめん。つい思いだしちゃってね」

 

 思い出し笑いかよっ!でも気になるな~。

 一体何を思い出したんだ、寿也にそう聞こうとしたその時――

 

 

「あ、僕の家こっち側だから」

 

 十字路にぶつかった所で寿也が左に指を指した。どうやらここで別れるようだな。

 

「じゃあまた後でね」

「じゃあねー」

 

 笑いながら手を振り、寿也は走って家へと帰っていった。くそ~いいタイミングで別れちゃったなぁ。何を思い出したか聞きたかったのに。

 

「聞きたかったでしょ?寿也君のこと」

 

 なっ!?なんで分かったんだ?しかもめっちゃ意味深そうな笑みで俺の顔を覗いてるし。

 

「それはね、寿也君も大地君と同じだからじゃないかなぁ」

「俺と寿也が同じ…?」

 

 何を言ってるんだ?俺と寿也が同じって。全然同じ所なんて無いじゃん。

 疑問に思っていた俺を見て、涼子が続けて喋る。

 

「私達横浜リトルが去年の秋の大会で敗退したのは知ってるよね?」

「ああ。知ってるよ」

 

 全国大会の組み合わせ表。

 今年も神奈川県代表は横浜リトルだと思っていた。

 ──しかしどこを見ても横浜リトルの名前が見当たらなかった。あの神奈川随一の名門チームがまさかの不出場。

 俺は気になって直ぐにインターネットで調べた。するとこんな記事を発見した。

 

『横浜リトル敗北!執念の激走で掴んだ勝利、その名は三船リトル!!』

 

 俺は衝撃を受けた。本当にあのチームが県大会で負けたのか……と。

 結局神奈川の代表は、横浜リトルの次点であった『帝王リトル』と『おてんばピンギース』が共に決勝まで勝ち残り、2点差で帝王リトルが三年ぶりの優勝で代表入り。

 

 

「9-10のサヨナラ負け。初回に9点を取ってもそのチームは最後まで諦めなかった」

 

 9点差。

 立ち上がりでこれほどまでのビックイニングをマークするものの、四点……七点………そして最終回、ついに同点へ追い付く――。

 

「本田吾郎君――。彼が三船リトルでエースと四番を努め、私達を打ち破った中心人物でもあるの……」

「ほんだ…ごろう……」

 

 なんだこの感じ。笑顔の奥で悔しさと申し訳なさを押し殺しているかのような喋り方は…。

 いきなりどうしたんだ……涼子。

 

「その吾郎君のお父さんは、元頑張パワフルズの選手だったんだけど、数年前にギブソンから受けた頭へのデッドボールで死んじゃって……」

「!…じゃあ吾郎のお父さんってあの本田茂治選手なのか?」

 

 涼子は小さく「うん」と首を縦に振った。

 俺もギブソンがデッドボールでバッターを死なせた記事は読んだ記憶がうっすらあったけど、その選手がまさか吾郎の父親だったとは知らなかった。

 

「私…何も知らなかったのよ……寿也君と吾郎君が幼馴染みで………死んだバッターが吾郎君のお父さんだったなんて……ぐすっ……」

「りょ、涼子!?」

 

 ちょっと!?いきなりなんで泣くんだよ?今の話の要素に泣くところなんてあったか?!

 

「っ…ごめんなさい。私、家あっちだから……じゃあっ…!」

「あっ、おいっ!!」

 

 彼女の手を取ろうとするも振り払われてしまい、止めることが出来なかった。

 その気になれば追いかけることもできたけど、悲しそうに走る涼子の後ろ姿を見ると、何故か体が硬直した。

 

(ちっ……寿也も涼子も意味わかんねーよ…)

 

 寿也は笑うし、涼子は突然泣くし。あいつら何がやりたいんだよ。まるでバカにされてる気分だぜ。

 道端に落ちていた小石を蹴り、俺は苛つきながら家へと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の練習は妙に実践を想定した練習内容が多かった。ランナー有り無しの様々な条件での守備練習や、バント・盗塁・エンドラン等の戦術確認、それら以外も試合で使うことは重点的にやり込んだ。

 ──ただ一つ、俺の集中力が欠けてたこと以外は問題なく練習が行われたが。

 それと何となく、涼子との距離感がきごちなく感じた。

 

 

 練習後、監督は全員を呼んでミーティングを開いた。

 

「練習ご苦労だ。突然だが、来週の日曜日に練習試合をすることになった」

 

 練習試合か。

 俺にとってはこのチームで初めての試合だから気合いとか入るのに、今はそんなことどうでもよくなってる感じだ。

 涼子のことが頭から離れられない。ずーっと苛つきと疑問の二つが入り交じり、周りに何度声をかけられたことか。

 

「監督、相手はどこなんすか?」

「よく聞いてくれたな。相手は隣の地区の強豪、『帝王リトル』だ」

 

 おぉーっ、と小さくざわめきが聞こえた。あー確か帝王リトルは神奈川の代表になったチームじゃないっけ。 日曜日にそこと練習試合するのか…。

 

「そこで時期が早いが日曜のオーダーメンバーを先に発表する。よく聞いておけよ」

 

 

「一番ショート、伊達」

「はい」

「二番セカンド、村井」

「うす」

「三番キャッチャー、一ノ瀬」

「…………」

「一ノ瀬……いるなら返事をしろ!!」

「!…はい…っ!」

「ったく……四番サード、真島」

「ういっす」

「五番ファースト、佐藤」

「……はい」

「六番センター、関」

「はい」

「七番レフト、松原」

「はいっ」

「八番ライト、菊池」

「はいっす」

「九番ピッチャー、川瀬」

「は、はい……」

「よし、以上がレギュラーメンバーだ。今回は佐藤をファーストにして一ノ瀬にマスクを被らせるが、これは一ノ瀬が実戦でどこまで通用するかを見るために入れた。前回のテストを見て、川瀬が一ノ瀬と一番相性がよさそうだったから先発に起用することに決めた。皆文句はないな?」

 

 チラッと涼子を見てみると、自分の先発にどこか不満を抱いているかのような表情を浮かばせていた。

 まさか俺とのバッテリーを拒んでいるのか……?俺が涼子を泣かせたから……?

 そんな記憶ないんだけどなぁ。

 

(一応話を聞いとくか)

 

 

 監督のミーティングが終了した後を見計らい、思いきって涼子に声をかけてみることにした。

 このままだと試合に悪影響が及ぶかもしれない。何とかして訳を聞き出さないと。

 

「涼子」

「…あっ…大地君……」

 

 俺が声をかけただけで、涼子は焦りながら自分の荷物をスポーツバックにしまいこんだ。

 やっぱりな――。俺、間違いなく彼女から避けられてる。

 

「じゃあ私帰るね…」

 

 このままでいいのか?俺の頭の中で色々な考えがグルグルと過ってくる。

 いやダメだ。男として、バッテリーとして、ちゃんと話を聞く義務があるんだからな。

 いざ話しかけようとすると、少しだけ心臓の鼓動が早くなる。きっと緊張してるのだろう。俺らしくないなー。

 ふぅ~…。一呼吸あけて涼子の側へと寄り、腹をくくって尋ねてみた。

 

「ちょっと待ってよ」

 

 背を向けて帰ろうとした瞬間、涼子は歩こうとするのをピタッと止めた。しかし顔を俺の方へ依然として向けてくれない。

 

「…あのさぁ、俺がなにか気にさわるような事してたら謝るからさ……だから…っ!」

「大丈夫!」

「えっ……」

「私は大丈夫だから……じゃあね」

 

 嘘だろ。どこをどう見れば大丈夫に見えるんだよ。まるで死んだ人でも見てるようなその顔は。

 仮に涼子が大丈夫でも、俺はちっとも大丈夫じゃないんだよ!!

 

 

「待ってくれ!!!!」

「!!?」

「俺の事が大嫌いになったなら、嫌いって言ってもいい!!だからそうやって悲しそうな顔すんなよ!俺は…」

 

 

 バチっ!

 

 

(ぃっ………!?)

 

 左頬に走る痛み。わずかコンマ0.5秒の出来事であるが、一瞬で事態は把握できた。

 

「大地君!?」

「おい涼子!お前なにやってんだよ!!!」

 

 寿也と真島キャプテンが慌てて入ってきた。寿也は俺の心配を、キャプテンは厳しく涼子を止めた。

 

「大地君、口から血が…」

 

 口元から液体がポタッポタッ、と垂れ落ちる。顔を叩かれた瞬間に口を切ってしまったらしい。

 ああ――。本当にやられたんだな、俺は。

 

「あ…………っ!!」

「ちょっ!おい待て!!!!」

 

 俺に意識がいっていた隙を突いて、涼子は全速力でグラウンドから出ていった。

 キャプテンの声に構わず、人目を気にせずに走って…

 

「ったく。アイツと何があったんだよ?」

「…………」

 

 分からない。本当に悪いことをした記憶なんてない。それなのに涼子は、あんなにも涙目にして俺をビンタしたんだ。

 傷の痛みよりもさらに痛いことをしたかもしれない。

 

「だったらあそこまで酷い顔しないよ…」

 

 はぁー…。情けないな。血の次は涙が出てきやがったよ。泣きたくないのに無情にも止まらない。寿也やキャプテンが見てるのに…。

 

「大地君……」

「一ノ瀬…お前……」

「…寿也、キャプテン……俺って失格ですよね…」

 

 

 

  『俺ってキャッチャー失格ですよね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…っ!……ぅ……んっ……!」

 

 やってしまった──。

 

「はぁ…はぁ…ぅぐ…っー…!」

 

 悪くない、彼は悪くなんかない──。

 

「うっ……ぐすっ……ダメ……こんなところで泣いたら……」

 

 溢れ出す涙をゴシゴシ拭いても、上から尚も垂れてくる。道行く人にこんなクシャクシャな顔を見せたくはない。

 

「ダメだ……やっぱり止まらないよぉ……」

 

 私は宛もなく走り続けた。ただ大地君から離れるために。こんな事をした私を許してくれるわけがない。

 戻るのがとても怖かった。まるで振り向けばすぐ後ろに彼がいそうな気がしたから。

 

「はぁっ…はぁっ……ここは…?」

 

 気づくと、私は大きな河川敷の目に前に立っていた。真っ赤な夕焼けをバックにして、川と草がオレンジ色にカラーチェンジしたかのような景色が広がっている。

 

(綺麗、だなぁ…)

 

 その夕日はとても大きく、まるで100カラットのルビーを観賞しているかのような輝きを照らしていた。

 大抵の女の子なら美しい物や可愛い物を目の当たりすると思わずうっとりしてしまうのだが、今の私はちっともそんな気分にならない。

 鞄を下ろし、オレンジ色に変化させた芝生の上にそっと座ってみた。

 

「なにやってたんだろう…私」

 

 冷静になって考えてみれば、自分から泣いて心配を掛けさせ、挙げ句のはてにはその彼に暴力を振るってチームにも迷惑を与えた。

 こんな最悪女が来週先発を任されるなんてあり得ないことだよね…。

 

(……大地君………)

 

 君と吾郎君の父親の話をしていた時、何故かあのときの記憶が蘇ったのよ。 

 そう、忘れもしないあの時の思い出が──。

 

 

 

 

 

 

 

 あれは今から一年半前──。

 私や寿也君がまだ入部したての頃。夏の合宿で一人のピッチャーと出会った。出会ったきっかけは木から降りれなくなった子猫を助けたときの事。

 

「あの高さかぁ~…よーしっ!」

 

 ポケットからボールを取りだし、子猫が乗っていた枝にめがけてストレート──。

 『なんて事をするのよっ!』て怒ろうと思った。

 だけどそのボールは子猫に当たらず、的確に枝をへし折って、滑り込みで子猫をキャッチ。

 

「子猫を助けてくれてありがとう。名前は何て言うの?」

「俺?俺の名前は本田吾郎だよ。君は?」

「川瀬涼子。小学四年生よ」

「涼子ちゃんかー。可愛い名前だね」

「ふふっ。ありがとう、吾郎君♪」

 

 これが彼と私の出会いでした──。その後も一緒に卓球をやったり、南部リトルとの練習試合中にファールボールから私を助けてくれたりと、様々な場所で吾郎君と出会った。

 そして合宿最終日の朝、一緒に遊ぼうねと約束をして再開を誓った。

 

 

 

 

 それから数ヵ月が過ぎて秋になったある日のこと。吾郎君からバッティングセンターに行かない?と誘われた。

 もちろん断る理由は無かったけど、吾郎君の事をその当時はあまり知らなかったから、「いいよ」とは返事を返したけれど、寿也君にもついてきてもらった。

 初めはバッティングセンターで吾郎君と寿也君、皆で楽しく時間を過ごすことができた。

 ──けれどその帰りに寄ったファストフード店。私のあり得ないこと一言のせいで楽しかった雰囲気が一変してしまった。

 

 

 

 話が変わってしまうけど、私が野球を始めたキッカケは、ギブソンの試合を偶然テレビで見たことが始まりだった。人間ってあんなにも速くボールがなげれるんだなぁ。そんな気持ちと、自分もあんなふうに野球がやりたい!

 その一心でアメリカのリトルリーグのチームに入ることを決意。

 ギブソンのようなピッチャーになるため。私はフォームまでもを真似し、練習の日々を送った。

 その矢先で起きたデッドボール事件――。私の憧れでもあり、目標にしていた人物がデッドボールでバッターを死なせてしまった。

 この話はアメリカのスポーツニュースでも話題となり、まだ五歳だった私に大きなショックを与えた。

 

 

「だってあんなの、避けられない方が悪いじゃん──」

 

 

 これが正直な私の感想であった。死なせたのも悪いけど、結局は避けられたかもしれなかった。それなのにギブソンだけが悪いって……

 死んだ被害者になれば、例え自分に責任があっても帳消しにできるの?そんなのおかしいよ。

 ファストフード店でも、丁度ギブソンの話題になり、私はふざけたわけでもなく本音でそう吾郎君達の前で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょ~この辺だと思うんだけどなぁ~」

 

 もうすぐ六時を回ろうとしている夕方、いやもう夕方じゃなくて夜に近いか。

 自分のエナメルバックとMサイズ標示の帽子を片手に、薄暗くなり始めた道をひたすら走り回った。ちなみにこの帽子は涼子の私物であり、走って逃げたときに出入り口で監督が拾ってくれたのだ。

 くっそぉーっ、やっぱこんな遠いところまで来るんじゃなかったぜ。まだ家に帰ってないって言うから探してるのに……。どこにいるんだよ……涼子…。

 

(はぁ………なんてこった。こんなところまで来ちゃったよ)

 

 涼子の家からいつの間に知らない河川敷まで来ちまった。ヤバイな、このままだと日が完全に沈む。

 

(もうここにいることを願うしかない…)

 

 終わりの見えない河川敷の道をひたすら走り、大きく名前を叫んで探す。

 

「涼子ーっ!!どこだーーっ!!」

 

 人気の無い河川敷に俺の声だけが響き渡る。やっぱダメか……ここにはいないのかよ。

 

(あーもぅっ!!結局カッコつけてもこのザマかよ!何が必ず見つけてきますだよ!俺のバカ野郎っ!!!)

 

 

 寿也から涼子の家の住所を教えてもらって一度訪問したのだが、『まだ涼子なら帰ってませんよ』と一言。俺のせいで彼女が帰れなくなったんじゃないかと責任を感じ、つい勢いで涼子のお母さんに見つけてきますと約束を結んでしまった。しかし結果はこの通りだ…。

 …仕方ない……一旦涼子の家へ戻って、帰ってきていることを願うか…。

 半分諦めモードでとぼとぼと歩きだしたその時だ――

 

 

 

(ん……あれは………)

 

 薄暗い中、体育座りをしながら顔を伏せている人がうっすらと見える。

 

(まさか……!)

 

 もう時間的にそう願うしかない。いや、絶対そうでなければ困るんだよ!

 その人の前まで全力で走り、3m前で急ブレーキをかけた。。

 そんな心配、どうやら必要なかったみたいだ──。

 

(いた…)

 

 華奢な体型に髪型は可愛らしい三つ編みヘアー。座ってる横にはウチのスポーツバックが置いてある。

 

(よかったぁ~…)

 

 俺は安堵の溜め息をついた。もしかしたら迷子になってんじゃないか……とか、誘拐され…ってそんなわけないよな。

 でも本心はマジで心配だった。もう二度と会えなくなるんじゃないかって不安になりながら探しまくったから。

 今度こそ、今度こそはちゃんと話を聞いてあげるんだ。もう自分勝手なお節介で逃げられるのは勘弁だよ。

 バレないようにつま先を立てて歩き、探してたときから肌身離さず持っていた帽子をポンッ、と強く被らせた。

 

「えっ………」

「よ、大丈夫か?」

「…うん……」

「そうか~。ずっと探してた甲斐があったよ」

「ずっと探してたって…もしかして私が出てったときから一人で?」

「うん。まぁ正確にはね、寿也や真島キャプテンから涼子の話をした後に探した、の方が正解かな」

「私の、話?」

「吾郎の父親のこと、涼子がギブソンに憧れてたこと、それ以外にも全部教えてくれたんだ、二人は。」

「…………そうなんだ」

「なぁ、どうして言わなかったんだ?確かに嫌な過去だったかもしれないけど、言ってくれなきゃ俺だって分からないよ」

「……それはね、大地君が吾郎君に被って見えたからなんだ」

「俺と吾郎が被って見えた……?」

 

 一体どういうことなんだ?吾郎のことを全然知らない俺は、頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。

 それとこれにどんな関係があるんだ?

 

「二人で帰ったあの時、私は大地君に吾郎君のお父さんの話をしたのを覚えてる?」

「ん?ああ、まぁ…」

「不思議だなぁって思うんだけど……その時の大地君が吾郎君のように思えて……それで私……つい…」

「涼子…」

 

 ああそうか。ようやく意味が分かったよ。

 彼女はまだ吾郎のお父さんの事を、今でも心に深く感じてたんだな。

 あそこで俺を吾郎の分身とフィーリングしたのは分からないけど、そこまで自分のした事を重く受け止め、責任を感じるなんて……。

 

「ぐすっ…でもね、私がそう見えたのは大地君が私を大切に思ってくれたからだと思うの。出会ってからまだ三日ぐらいしかたってないのに、どこまでも真っ直ぐに前を見続けて…どんな苦しいときでも私の事を考えてくれて……そんなカッコいい姿が吾郎君とそっくりなのかなぁって、思ったのよ。」

「俺がカッコいい?」

「…うん。輝く夕日みたいに綺麗で強くて、頼りがあって…」

「ちょっ?そこまで褒めなくてもいいって!俺自身でもそこまで自分を評価してるつもりはないんだし…」

「ふふっ、照れなくてもいいのに」

「うっ、うるさいっ!」

 

 ったくー!人が心配してやってんのに馬鹿にしやがってよ~!さっきまでの涙はどうしたんだよっ!?

 

「………本当にありがとう。デッドボールのことはもう片隅に押し止めておくね。そういえば口……大丈夫?」

「あー大丈夫大丈夫。軽く切っただけだから」

「そう。ごめんなさい……大地君に当たってしまって」

「だから良いってば!俺達バッテリーなんだから、時には殴りあって強くなるってもんだろ?」

「ぷぷっ…何よ、それ?セリフが伯父さんみたい~♪」

「お前っ!?また笑いやがったな~!」

 

 俺は決めたぞ!今度勝手にいなくなっても、俺は探しに行かないからな!!もー頭に来たよ!!

 

「ほら帰るぞ!親だって心配してたんだからよ!」

「うんっ!」

 

 暗い夜の道は一人で歩くと怖い道、でも大切な人と手を繋いで歩けば、どんなに暗くたって明るくイメージさせてくれる。

 ムービングファスト独特の豆が、肌から直接触って分かる。これもギブソンという理想像を目指して造りだし、膨大な量の努力で投げれるようになったんだ。

 今日の出来事を通して改めて思った。

 

 ──俺と涼子は野球が大好きなんだなぁ、と。

 ──デッドボールはピッチャーもバッターもどちらも悪くなんか無いんだ、と。

 

 きっと吾郎のお父さんも後悔はしていないだろう。

 ギブソンとの真剣勝負の中でこのような悲劇が起きたのだから。

 一番大事なのはその苦しい過去をどれだけ最高の未来にするかが重要なんだ──

 

 ちなみに余談だが、寿也が笑った理由は俺と猪狩の出会いを、寿也と吾郎が同じようなシチュエーションで巡りあい、それを思い出したて笑ったと微笑みながら教えてくれた。

 寿也や真島キャプテンにも感謝しとかないといけないな。

 あの二人がいなかったらこうして仲直りできなかったんだから。

 

 


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