Glory of battery   作:グレイスターリング

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第二十四話 夏の始まり

「これで全員揃ったな?」

「うん!」

「おう!」

「ええ!」

「ああ」

「よし。じゃあ入るぞー」

 

 六月三週目の金曜。

 俺達はここ、抽選会場でもある神奈川総合体育館に訪れていた。既に入り口付近では受け付けを済ませた高校が抽選の予想をしていたり、緊張した顔付きでこれから受け付けを済ませる学校など、それぞれが色んな想いを持ってこの場所へ集まっていた。

 

「ここが抽選会場……当たり前だけど随分人が多いわね」

「おいおい…何か皆強そうに見えるけど、俺たち大丈夫か……?」

 

 俺の隣で涼子と今宮が緊張気味に言葉を漏らした。

 そりゃ無理ないわな。だって俺たちはこれが最初の大会なわけなんだし、他校の緊迫した表情とか見てると俺でさえ心臓がバクバクしちまうからな。まぁ八木沼と友沢と東出は表情を一切変えずクールなままだから頼もしいけど、他のは聖名子先生も入れて、今にも生唾を呑んじゃいそうなくらい不安になってやがるぜ。

 

「なぁ一ノ瀬。今年はどの高校が有力そうなんだ? 一応データとかはもう集めてるんだろ? 」

 

 八木沼が興味深々に俺へ聞く。

 

「まあな。 去年の秋季大会の結果などを参考に一応俺なりに分析はしてみた。そん中で頭一つ飛び抜けてんのが海堂高校と帝王実業だな」

「やはりその二校は別格ってわけか」

「ああ、ヤバすぎる程にな。 どちらもエース格のピッチャーをトップに置き、上位打線の機動力、クリーンナップの打撃力、センターラインを中心にしたバランス力、それら全てを高次元に持ってるチームと言えるんだ。 毎年この二校と初戦で戦うチームは神奈川全体で"不運の年"と嘆かれてるくらいだ」

「帝王か…………」

「ん? どうした友沢?」

「いや、何でもない」

 

 ……気のせいか? 今友沢の声が低い気がしたが、帝王と何か因縁でもあるのか? 確か中学の時は帝王中で野球をしてたって話だけど……

 

「大地、あそこを見てみろ。噂をすれば、だぞ」

 

 聖ちゃんが指差す方向へ目を向ける

 他とは違う、プロを意識した独特の雰囲気。後ろで何人もの記者たちが写真を撮り、周りの奴等を小さく縮こませるまでの威圧感。今年も神奈川県の王者として、その風格と実力を積んできたってわけか。

 

「海堂……高校」

 

 海堂史上最強にして最恐である四番の千石真人。

 ジャイロボールを主軸に多彩な変化球で変幻自在のピッチングをする榎本直樹。

 そして一年時から雑誌やテレビで騒がれまくった新エース候補、眉村健。今では猪狩の一番のライバルと注目されてるらしいが、それに見合った実力も当然つけてきている。

 あの怪物達を倒さない限り、タチバナが甲子園に行く事はまずはない。最後の最後で立ちはだかる、神奈川一の難敵と言っても過言でないくらいだ。

 

「!、おい一ノ瀬。アイツって……」

「……らしいな。まさかもう一軍に上がれてたとはな」

 

 −–−–−–−–猪狩進。

 頭脳的なリードと広角打法が持ち味の名捕手だ。

 あかつきの誘いを断って海堂に入った事は知ってたが、まさかこんな早くに一眼昇格できたとはな……正直驚いたぜ。

 進と目が合う。 向こうも俺に気が付き、軽く一礼して直ぐに人混みの中へ消えていった。

 昔の先輩だからとか、そんな甘い考えは全て捨ててきたってようだな。顔つきも中学の時とは比になんないまでにたくましくなってやがる。

 

「私達、あんな強いとこに勝てるかな……」

 

 ブルブルと震えながら、涼子が呟く。

 涼子だけじゃない。他の皆も張り詰めた表情で海堂ナインの後ろ姿を見つめている。

 世間一般からみりゃ、俺たち新参者が優勝するなど誰も予想しないだろう。それどころから、まだ名前さえも正確に伝わってない弱小校。それが今の聖タチバナだ。

 だけどな−–−–−

 

「俺たちだって負けてないぜ、涼子」

「えっ……?」

「個々だけの力じゃ十歩も二十歩も先に進んだ海堂には敵わない。でも、例え一人一人が強くたって百パーセント勝てるって保証はないだろ? 大事なのは一人だけで点を取るホームランじゃなく、繋ぎに繋いだ全員野球で点を取ること、つまり"チーム力"なんだ」

「チーム、力……」

「一からチームを作ってから、全てが上手くいったわけじゃなかった。 ここへたどり着くまでに色んな壁にぶつかり、時には逃げたいとも思った。 それでもこの舞台にまで来れたのは、紛れもなく隣にいる仲間が居てくれたからさ。 悔しさの分なけ涙を流し、嬉しかった分だけ笑いあってくれるそんな仲間。 底辺から始まった俺たちだからこその最強の武器だと、俺は思うぜ」

 

 さっきまで縮こまってた皆が、俺の言葉で明るさを取り戻した。

 そうか……全員考えてる事は一緒ってわけか。才能や能力で足りない物をどう補うか、タチバナ流のハングリー精神を培ってきたんだな。 ふ、それなら話は早い。

 

「あれ? もしかして大地?」

 

 人が多くて聞き取りにくかったが、何処かで聞いた事のある声がする。

 キョロキョロと辺りを探して見つけようとするが、俺よりも先にみずきちゃん達が「あ、」と大きく声をあげた。

 

「あおい! 雅!!」

 

 みずきちゃんが手を振って名前を呼ぶと、ピンク色のユニフォームを着た野球部員が笑いながら走ってきた。するとこちらの女の子三人も嬉しそうに笑い返した。

 

「久しぶりー! 活躍は聞いてたわよ。 あおい達、秋は随分勝ち進んだらしいじゃない!」

「うん! でもベスト四決めで海堂に負けちゃったけどね……」

「いや、それでもあのメンバーでコールドゲームにならなかっただけ、私は凄いと思うぞ。 相手は甲子園で百戦錬磨を戦い抜いたチームだからな」

「はは、そう言ってくれると嬉しいな」

「でも私達だってこの数ヶ月、単に試合出てないだけで終わったつもりじゃないわよ!」

「……涼子の言う通りだ。 地道ながらも私達は一歩ずつ、確かに進歩してきた。 前に合同合宿をしてた頃と考えてたら大間違いだぞ」

「むー……それでも勝つのは恋恋なんだから! ね、雅?」

「え、あ、うんっ!!」

 

 ……男子完全に空気と化してるな。

 女子の間ではもうコングが鳴らされた状況になってるぞ。

 で、こちらは−–−–−

 

「蓮太さん、お久しぶりです」

「お、はるかちゃん久しぶり。 この前はありがとね。お陰で勉強がはかどれたよ」

「いえいえ。私はただ解答のヒントを言ってただけですし、大した事はしてませんよ」

「でも全然教えるの上手かったよ? はるかちゃんって学校の先生になれるんじゃないかと思ったくらいだよ」

「ふふっ。 ありがとうございます♪」

「…あ、そうだ! 勉強も良いけど今度は遊びに−–−–−」

「待て待て待てでヤンスーぅ!!!! リア充はこのオイラが許さんでヤンスよ!!」

「うおっ!? んだよ矢部! お前には関係ないだろ!?」

「関係ありありでヤンス! 今宮君はオイラと共に最強のガンダーロボオタクになるでヤンス! それにはるかちゃんはオイラのよm−–−–」

「ふっ!!」

「ぐぎゃああああああああ!!! 目がっ……目があぁぁ……」

「はるかに変な事吹き込んだらボクが許さないよ!!!」

 

 うわぁ……あおいちゃんの鉄拳がモロに矢部君の顔面を捉えたぞ……。 しかも矢部君のセリフかム○カになってるし……大丈夫か?

 

「ははは……大事な抽選前に騒がしくてゴメンね」

「いや。お陰で肩の荷が降りたって感じだぜ」

「……久しぶりだね。大地」

「……おう。 春見もな」

「友沢君に今宮君、八木沼君。少数ながらも精鋭揃いだね。投手も女性を中心に層が厚い。 名門校が多いここ神奈川でも好成績を狙う事は充分に可能だよ」

「そりゃどうも。お前らだって負けちゃいないぜ?」

「はは、どうかな。 ベスト八とはいえ海堂には9対2で完敗だからね。今回も厳しい戦いになりそうだよ」

「……だな」

 

 春見の右手をチラッと見ると、色んな箇所に大きなタコやマメができていた。キャプテンである自分が下手なプレーでチームに迷惑はかけないぞと、そう主張するかのように痛々しく絆創膏が貼られている。

 

「葛西。そろそろ会場に入るぞ」

「うん田代。 じゃあ僕たち、もう行くね。 もし恋恋とタチバナが当たったらお互いに良い試合をしよう」

「おう。こっちだって負けねーからな」

 

 春見から手を出し、俺も握手に応じる。

 唸っている矢部くんを田代が引き、その後ろをあおいちゃんと雅ちゃんが遅れて付いてった。

 −–−–−恋恋高校。 侮れないチームだ。

 

「先輩! そろそろ中に入りましょうよ!」

「ん……おお、そうだな」

 

 入り口で受付を済まし、二階に位置する体育館の扉をくぐる。

 舞台中央にトーナメント表が書かれたボードが貼られており、上からスポットライトが照らされている。舞台横には番号が書かれた紙が用意され、連盟の関係者と思われる人たちが抽選にあたっての最終チェックをしていた。

 一番後ろから空いてる席があるか探し、真ん中から少し左の場所に全員分の席があったのでそこへ座った。

 

「何か……緊張するわね…」

「…うむ。 私たちは二年生だが初めての抽選会だからな」

「大島、東出。 会場の雰囲気とかよく覚えとけよ。 来年の秋からは二人が主役だからな」

「う……うっす……」

「ぷっ。 なんだお前、緊張してんのか?」

「べべっ、別に緊張なんかして、ねぇよ……」

「やれやれ……そんなんじゃ来年はくじ引けないな。 キャプテンがそんなんじゃ後輩もついて来たいと思わないぞ」

「う、うるせぇ! ただの武者震いだっつーの!」

 

 とても武者震いには聞こえない声になってるぞ。練習の時とかは今宮と並んで元気ハツラツに盛り上げてたが、大舞台になると極度のアガリ症になるのか。一切動じないウチのクレバー三人衆(八木沼、友沢、東出)を見習ってほしいぜ。

 とは言え、俺も多少は緊張してるけどな。 抽選のクジを引くのは各校の野球部主将が基本だから、タチバナで代表として出るのは俺だ。普段の生活とかだと運気はある方だと自分では思うが、ここでは別。俺の引いた番号でチームの命運が決まってくるとなると、否応にもプレッシャーってもんがのしかかってくる。

 

「今年も役者揃いの年になったな」

 

 友沢がふと呟く。

 目線の先は三段前に座っている黒いユニフォームのチーム。

 

「帝王か……」

 

 海堂高校ができる十年前まではここ神奈川県で毎年のように連覇をし、その後も常にベスト4以上には必ず入る古豪だ。

 

「ねぇ友沢。 アンタ中学は帝王中にいたんでしょ? どういった選手がいるのか教えなさいよ」

「はぁ………仕方ないな」

 

 みずきちゃんに帝王についての質問をされ、友沢が渋々答えた。

 

「このチームはエースと呼ぶピッチャーが二人いて、一人目は帝王シニア上がりの山口賢。百四十キロ台の快速球に加え、打者の視覚から突然消える、巷では『おばけフォーク』と呼ばれるフォークボールを武器にする選手だ」

「おばけフォークかぁ………私と大地も結構苦しめられたわね」

「ああ……そういややったな。 懐かしい記憶であり、苦い記憶でもあったよ」

 

 昔、俺と涼子は帝王リトルと試合した事があるからな。 その時も山口のフォークには結構苦しめられたぜ。 確か初打席は弱々しいポテンヒットだったっけな? たまたま先読みしてたのが運良くバットに当たったから良いけど、今じゃ落差が違い過ぎてそれだけじゃ厳しいわ。

 

「で、二人目が香取圭吾。橘と同じ横手のサイドスロー型だ」

「私と……同じ…」

「だが奴も山口同様、非常に強力なウイニングショットを持っている。 追い込んでからのツーストライクに決まって投げる、百四十キロ台の高速スライダーが尋常じゃないまでに曲がってくる。 右打者から高速で逃げてくあのスライダーがアウトローに決まれば、分かっていても打つのは難しい」

「高速スライダーか。 そいつはかなり厄介な球だ……」

「私も野球の事あまり詳しくないけど、皆さんの話を聞く限り、手強い相手なのは分かりますね」

「手強すぎますよ先生!! 俺も帝王出身だったんで知ってるんですけど、野手だってほぼ完成されてますよ!? まず−–−–−」

「今宮。 悪いけどそろそろ始まりそうだからまた今度にしてくれ。 しかも声がでかいから聞こえるって」

「えぇー……俺も俺なりに研究したのによぉ……」

 

 今宮の解説はまた今度聞くとして、照明が薄暗くなり始めた。

 司会が抽選会の開始を宣言すると、舞台で吹奏楽部が夏の高校野球の定番ソング、『栄光は君に輝く』を演奏する。

 ある者は夢を、

 ある者は不安を、

 ある者は希望を、

 それぞれがこの歌に自身の思いを写して聞いていた。

 

「……始まるね。私たちの夏が」

 

 演奏の音で聞き取りにくかったが、そう涼子が呟く。

 

 

   "日本一のバッテリーになる"

 

 

 それは初めて出会ったあの日から揺らぐ事のできない俺たちの最終目標だろう。

 すれ違いから大喧嘩に発展した時ら結果としては別れに至ってしまったが、あの決断は俺も涼子も正しいと思っている。

 何の為にあかつき中へ行き、何の為に涼子とバッテリーを再結成したのか、その意味を履き違えていたからだ。

 好きだから……だからこそ、お前の夢を先に叶えてやりたいんだ。川瀬涼子のピッチングがあの猪狩や眉村達をも凌駕し、真の日本一のピッチャーだって証明させたかったんだ。

 

 ギュッ−–−–−

 

「してやるから。 俺が必ず−–−–−」

「……うん…」

 

 皆に見えないよう、座席の下で手を繋いて演奏を聴く。

 必ず行ってやろう−–−–−甲子園へ。

 そして手にするんだ。 栄冠と言う名の宝を−–−–−。

 

 

 

 

 吹奏楽部の演奏、連盟からの長いお話が終わり、いよいよ抽選が始まろうとしていた。

 

『それではこれより、全国高校野球選手権大会・神奈川県予選のくじ引きを始めたいと思います。まずは昨年度秋季大会でベスト8以上に入ったチームのシード決定を行いたいと思います。 海堂学園高校、パワフル高校、帝王実業高校………………恋恋高校の計八校の代表者は前へお集まりください』

「まずはシード校から抽選か」

「トーナメントは二つのブロックに分かれてて、一ブロックにつきシード校は四つ入るんだよね?」

「まあな。ただ完全なくじ引きだから最悪の場合、海堂と帝王が同じブロックってのもあり得るぞ。 そうなっちまったらかなり厳しい戦いになっちまうけどな」

「うわぁ……それだけは勘弁してほしいぜ…」

 

 まぁあくまで確率だけどな。

 仮にそうであってもそうでなくても、どちらか片方とは絶対やるから逃れはできない。

 どうせ戦うんだったら同じブロックでまとめ倒すってのも面白いと思うけどね。

 

『海堂学園高校、一番』

 

 三年生キャプテンの千石真斗がマイクで選んだ番号を言う。

 全百十二校の内の一番は海堂高校か。これで五十六番までは少なくとも準決で海堂と当たる事が確定した。

 残る帝王やパワフルがどちらに行くか。各校が注目する中、秋に準優勝したパワフル高校が紙を選んだ。

 紙を開けて数字を確認し、三年生の石原がマイクの前に立つ。

 

『パワフル高校、五十七番』

「お、パワフル高校は海堂と逆のブロックか」

「大会防御率0点台・無四死球のエース『鈴本大輔』と、準決勝で山口からサヨナラ弾を放った『東條小次郎』は特に要注意だ。どっちもスカウトから一目置かれている存在の選手らしい」

「鈴本ねー。 シニアでは私と聖の元チームメイトだったから心強いけど、今はその彼が敵になるのよね〜……。聖も幼馴染として複雑でしょ?」

「………別に。 もし当たったとしても全力で勝ちに行く。私は試合に無駄な私情は持ち込まないのでな」

「ふーん……結構手厳しいのね」

 

 鈴本って聖ちゃん達と同じシニアで野球やってたのか。

 なら仲が良いはずなのに、みずきちゃんが鈴本の名前を口にしてから、聖ちゃんは妙に不機嫌そうなんだがそれは一体何だろうか?

 友沢と同様、過去に何かあったのか−–−–−。

 

『帝王実業高校、百十二番』

 

 紙を高々に上げながら帝王の主将であり、俺と涼子の元先輩である真島さんが力強く言う。

 おおーっ、と会場全体が盛り上がりを見せ、学校によっては大きな溜め息をつく姿があった。

 

「Bブロックにあの二校が来ましたね……」

「せやな。 ワイの予想がまんまと的中したっちゅうわけや」

「あれ? 原君って組み合わせの予想の話してたっけ……?」

「まぁ細かいことはきにすな宇津。 主将の大地からしてみればこのドローは良いんか? それとも悪いんか?」

「そうだな……まだ他のシード校が入ってないから何とも言えないけど、Bブロックに行けばあの三校全てを倒さなきゃ甲子園に出場できなくなったから、他の学校は目に血を走らせてでもAブロックを狙いに行くだろうな」

 

『恋恋高校、八十三番』

 

 おっと、そうこうしてるうちに恋恋高校もくじ引き終わってたか。

 てか恋恋の奴等もBブロックに振り分けられてやがるし……。

 こいつは俺が選ぶくじか尚更責任重大になるわな。Aを引ければ海堂と他もう一校と戦って済むが、Bに行くとそれにプラス一、最悪五十八番から八十二番の間を引くとどんなに勝ち進んでも絶対に四校と当たる場合だってある。 ここにいる学校の約九割以上はそこだけには当たりたくないだろう。 実際の話、俺だって嫌さ。

 

『では以上でシード校の抽選を終了したいと思います。 それでは続きまして、一般参加となっている百四校の抽選を行います。なお、一般参加の抽選順はあいうえお順となっておりますのでご了承ください。まずは二番−–−–−−–−–』

 

 ここで一般参加校の抽選に入り、ア行の一番から立ち上がって登壇する。

 ……緊張してきたな。確か聖タチバナはサ行の"せ"で始まるから、番号としては四十番目辺りって所か。早すぎでもなく遅すぎでもないからいいっちゃいいか。

 

「一ノ瀬」

「ん? なんだ友沢」

「……頑張れよ」

「え、あぁ、頑張るけど……?」

 

 何だこの意味有りげなセリフは?!

 まるで俺が変なくじ引きそうだから注意しろって遠回しに言ってるようなもんだぞ!

 まぁなんだかんだでどこ引いても俺は構わないけどな。色んな奴を倒してから甲子園に行けばその分だけ喜びは大きくなるし、自分達の自信にも繋がってくる。寧ろ困難な方が面白味が増えるってもんよ。

 そうこうしてる内に抽選も進み、いよいよ聖タチバナの番に回ってきた。

 

「じゃあ行ってきますか」

「頼むぞ大地」

「初戦はキツくない場所を引けよー」

 

 「了解」と短く返し、次で待っている列へ並んだ。

 俺の前に居た二人が引き終わり、次は俺の番。

 

『続いて、聖タチバナ学園高校。前へどうぞ』

 

 深呼吸でこころを落ち着かせ、登壇する。

 巨大なトーナメント表の前には先程用意されてた机が置かれていて、その上には七つの紙が置いてある。

 

「では、こちらから選んでください」

 

 優柔不断に決める事もなく一番最初に目に入った紙を取り、包みを開けた。

 番号を確認し、マイクへしっかりとした声で言う。

 

『聖タチバナ学園、八十一番』

 

 俺が番号を公表すると、舞台から見てすぐ前の左側に座る恋恋高校がビックリした顔でこちらを凝視していた。

 

「−–−–−負けないよ。大地」

 

 反対側から降段し、その戻り側に春見が小声で言う。

 ……ああ、そうか。 俺が引いた番号はそこだったのか。どうりでお前らが動揺するわけだ。

 

「−–−–−二回戦で会おう」

 

 初戦に勝てば第六シードの恋恋高校。倒して準々決勝まで進めばパワフル高校。準決、決勝は帝王と海堂が必ず来るだろう。

 恐れていた場所を、ただの気まぐれで引くとはな……。 ったく、運が良いのか悪いのか。

 

「お、帰ってきた」

「お疲れ様。 初戦は万年初戦敗退の駅前高校だから良いけど、二回戦目からあおいちゃん達の恋恋を引くなんてね……」

「いやぁ……これはですね………偶々運が悪かっただけで…」

「ううん。そうじゃないの。 寧ろ私も皆も嬉しいわよ」

「……え?」

「そうね! あおい達に成長した私らの姿を見せつける良いチャンスじゃない!」

「うむ。私も同感だ。組み合わせが悪いだけですぐ落ち込むなら甲子園には行けないからな」

「がんばろーぜキャプテン」

「俺たちの名を、全国に広めてやろう」

「……頼むぞ」

 

 はは……なんて奴等だ。こんだけ厳しいドローなのに一切ビビっちゃいない。それどころか「いつでも戦えるぞ」と言わんばかりに闘志をむき出しにしてやがる。

 そうだよな。戦う前から厳しいなんて思ったらダメだよな。圧倒的に戦力差があったって野球は何が起こるか分からない。俺たちは新参の弱小らしく、目の前の一試合を全力でやるしかないだろ。

 

「必ず勝とう。 そして甲子園への切符を手に入れるぞ」

 

 そして球児達の夏が、今始まる−–−–−–

 

 


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