Glory of battery   作:グレイスターリング

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第二十三話 無限の可能性(後編)

 変化球のキレと制球力を武器に打者を惑わす桜庭。

 球種のバリエーションが皆無に等しいものの、最速百五十六キロのジャイロで相手をねじ伏せる茂野。

 互いが自分の持ち味をいかんなく発揮し、六回が終わるまで両者の失点は未だ0点のまま、試合は後半に差し掛かろうもしていた。

 特に茂野は六回を無安打・無四死球、奪三振数十三と完璧なピッチングが続いており、宣言通り完全試合のペースで試合を運んできていた。

 この調子なら一塁ベースを一度も踏ませずに一人で投げきる事ができると、二軍ベンチの面々は誰もがそう思い始めていた。

 

(全体的にボールが高めに浮き始めてきていた……。スピードも初回に比べてかなり落ちてたし、流石の茂野先輩も百球を目前に疲れてきてるって事か……)

 

 スポーツドリンクをゴクゴクと飲み、ベンチに深く座っている様子を見て、進は茂野の残りの体力を心配していた。

 決して人前で弱音を吐くような男ではないと知ってはいたが、球の状態や顔色を見ればやはり疲労は隠しきれていない。まだ三イニングを残し、チームに得点が入ってないこの状況。 精神的にも肉体的にも疲れていないはずがない。なんとかして早い段階で得点を入れてやりたいと進、いや、ここにいる二軍メンバー全員が同じ心中で考えているのだが−–−–−

 

「くそっ……どうしてもチャンスを作る事ができないな」

「あのピッチャー、単打を打たれてもその後の要所要所をきっちりゲッツーや三振で抑えるからな。簡単には点をやらないって訳か」

 

 七番から始まる七回の表の攻撃。

 先頭の泉が粘りに粘って八球目のカーブを右方向に持ってくも力が足りずライトフライ。矢尾板は高めの釣り球を振らされ、三振に終わった。そして二巡目最後の打席に茂野が向かうも、初球のカーブを引っ掛けてショートゴロ。休む間もなくチェンジとなった。

 

「……ここが正念場ね、茂野君」

「ええ……一番から始まるこの回。 一軍もそろそろ攻撃に転じてくるかもしれないわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重い足取りのままマウンドに上がり、三球だけ投球練習をした。さっきの回よりも球のスピードは落ちてきてるし、ジャイロ特有のノビも弱まっていた。

 寺門先輩から今日のスコアブックを見せてもらったが、向こうが74球投げているのに対し、茂野先輩はあと二球で百球を越えようとしている。 これがどういう意味を示してるか、キャッチャーである僕自身が一番よく知っている。

 

(このペースじゃ完投するのはまず不可能だ。それどころかこの回を投げ切ることさえ難しい……)

 

 本人の前ではどうしても言いにくい話だ。本当だったら眉村先輩に交代してもらうのが確率的に一番良いのだが、茂野先輩がそれを許すとは考えられない。誰よりもこの試合を待ちわび、完投すると言った手前、降板を進言しても断られるのが目に見えているから。

 

(兄さんのように変化球も織り交ぜられてたらまだ何とかなっていたかもしれないけど、ここにきて真っ直ぐしかないのが痛手に……)

 

 ううん、弱気な考えはよそう。

 たとえ真っ直ぐしかなくったって、六回まではパーフェクトに抑えてこれたんだ。今はどうリードすれば一軍を抑えられるかだけに集中だ。

 インコース低めにサインを出して構える。球威が落ちてるとは言え、まだスピードは百四十キロ台をマークしているはず。コントロールさえ間違えなければ抑え込む事は可能だ。

 ゆっくりと振りかぶり右足を上げる。

 だがボールは僕が構えている所より遥かに高いコースに投げ込まれた。そんな甘い球を海堂の一軍が見逃すわけがなく、カキィィンッ!! と綺麗な金属音を奏でながらセンター返しをしてきた。

 

「っ!、センター!!」

 

 明らかに失投だ。

 力の無い一番打者だったから被害が少なくて助かったが、これを千石さん相手にやってしまってたらスタンドインは確実だった。

 やはり一軍はこの回に攻撃の照準を合わせにきたか……。

 追い込まれるまでは甘く入ってもボールを見送り、ツーストライクからはバットを短めに持って極力カット。スタミナを削るために上位打線がバントで茂野先輩を揺さぶってきたりもしていた。僕も極力省エネピッチングを心がけてリードをしてきたけど、流石は日本一のマニュアル野球。 あかつきとはまた違う"いやらしさ"が感じられる。

 二番の大島さんは既に送りバントの構えだ。手堅くランナーを進めるつもりらしい。

 

(ここは無理にゲッツーを取りにいかなくてもいいです 素直にバントさせましょう)

 

 セットアップからの一球目−–−–−–−–外側へ微妙に外れてボール。際どかったけどバットはしっかり戻している。

 二球目はベース手前でワンバウンドとワイルドピッチ気味の不安定さ。その次も打者の腹部を掠めそうなくらいの危ない球だ。

 

「先輩落ち着いて!球は走ってますよ!!」

「……ん…ああ…………」

 

 反応はしているんだ。 ここが踏ん張り所ですよ、先輩! 下手に暴投でもしてランナーを進めてしまうと、四番の千石さんに打席が回ってしまう。 できればダブルプレーが理想だけど、最低限それだけは避けておきたい。

 まずはワンストライク。 ど真ん中で良いんでカウントを取りに行きましょう!

 

「っ、うらぁっ!!!」

(うっ……ボール球…!!)

 

 キャッチング時にストライクゾーンへミットをずらして惑わすが、主審はちゃんと見ていた。 右手を横にして、フォアボールの判定をとった。

 うーん……いくら体力切れと言ってもいきなり崩れた感じだ。 ど真ん中にさえ入らないとなると、やっぱり心配だ。

 

「先輩−–−–−」

「……ああ、わりぃな。 手が滑っちまっただけだ」

「そうですか……でも無理は禁物ですよ? もう百球以上は投げてるんですから」

「………………」

「……先輩?」

「ん、おお、分かったって。 ほら、そろそろ戻れよ」

 

 最後は強引に背中を押され、キャッチャーサークルに戻った。

 でも……何だろう。 初回の時の威勢の良さが完全に抜けていた。多分疲労などが原因だと思うけど、雰囲気がどこか違ってたというか………あまり上手く言えないけど、茂野先輩独特のオーラが感じられなかった。

 要するに、いつもの"覇気"ないのだ。

 

(それでもここは集中しないと。 ランナーは一・二番なんで一度二塁に牽制を)

 

 指を立てて牽制を送る。そのはずだったが−–−–−

 

(えっ、茂野先輩!?)

 

 僕か声を出して止めるよりも先に、茂野先輩は投球動作に入ってしまっていた。

 ランナーもそれを見て、スタートダッシュを切った。

 

「!、サード!!」

 

 三塁に送球するが、ランナーの足が先にベースへ届き、セーフ。その間に大島さんも盗塁を決められ、ダブルスチールとなった。

 牽制の指示を出していたから膝を地面についた分、スローイングの動作が遅れてしまっていたのが原因、か。

 

「すいません、タイムを」

 

 薬師寺先輩がタイムを取り、3人がマウンドに集まった。

 

「おい、どういう事なんだ? ランナーがいるってのに牽制の一つもやらないなんて……無警戒過ぎにも程があるぞ。 ちゃんとサインは出してたのか?」

「はい……確かに二塁へ牽制を送るサインを出しましたよ」

「何っ……? おい茂野、お前ちゃんとサイン見てたのか?」

「っ……悪りぃ。 見落としてた」

「見落としてたってお前………ちゃんと集中−–−–−」

「薬師寺先輩、待ってください。 今のはランナーがいたのに膝をついて捕球した僕の甘さが招いた結果です。茂野先輩は何も悪くありませんよ」

「!…………」

「いや……けどな……」

「大丈夫。 まだ点を取られたわけじゃありませんから。 後続を断ち切れば何の問題もありません。 ここは茂野先輩の力を信じましょう」

「…………本当はもうダメだと思ってるくせにな……」

「? 何か言いましたか?」

「ちっ、何でもねぇよ。 抑えりゃいいんだろ、抑えりゃ」

 

 一通り話をまとめ、それぞれが元の定位置に戻った。

 三番を打つ菊池さんはアベレージヒッターながら長打も狙える中距離打者。 安易に簡単なコースは突けないけど、千石さんほど脅威ではない。流れを引き戻す為にも、この打者を取りこぼす訳にはいかない。

 

(まずは低めからで)

 

 両手で低く低くとジェスチャーし、先輩が頷く。

 荒れ球の不安があったが、ボールは指示した場所にしっかりと収まった。

 

『ストライーク!!』

 

 よしよし。カウントが不利になる前にストライクを取れたのは大きい。 海堂のバッターは甘いコースにボールが来る以外、どんなに遅いボールでもコーナーに決まれば積極的に振りにはいかない。 一打席ごとに情報を改正し、体中にインプットさせてから打ちに行くのがバッティングのマニュアルだ。それを逆手にとっていけば、高確率で追い込ます事だって難しい事じゃない。

 

(二球目は外に外しましょう。 でも分かるように外すより、枠の境目から微妙に出ていく感じで)

 

 サードランナーを一度見て、左腕を振るう。

 悪くない振りだ。フォアを出した時より躍動感が出ていた。 コースもほぼ完璧に制球されているし、これならスイングしに来ないだろうと決めつけていたが、

 

 何故か ッギインッ!と鈍い音が聞こえた。

 

 ボールは弱々しくセカンドの後ろへ飛んでいく。

 ……あの角度、あの強さ。 まさか−–−–−

 

「渡嘉敷どけ! 俺が捕る!」

 

 体勢が悪いと矢尾板さんが判断し、自ら走って捕りに行く。

 地面に落とさないよう、懸命に手を伸ばすが、運良く二人の間にボールが落ち、こちらとしてはアンラッキーなポテンヒットとなった。幸いにも浅い当たりだったからランナーはホームを狙わずに済んだけど、これでノーアウト・フルベースの大ピンチだ。

 前進守備にしておけば余裕で捕れたかもしれないのに……。後悔がだけが強く残り、次のバッターは−–−–−

 

「良くやったよお前。 その力押しのスタイルでここまで成り上がったんだからな……

 

 

  だが、残念ながらお前のサクセスストーリーもここまでだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体が重く、指に力が入らない。

 何てこった………あんだけ大口を叩いといてもう疲れてきたとはな……。相変わらず俺の嫌いな野球をしてくる奴等だぜ。今じゃ軽く褒めてやるよ。

 だが……俺は諦めるわけにはいかねぇんだ。ここでギブアップしたらそれこそ江頭の思う壺だ。 決められた事しかできないマニュアル野球に呑まれるなど、俺のプライドが許せねぇ。

 野球ってのは、目の前の倒したいライバルがいて、隣には同じ時間を過ごした仲間がいて、最後には勝利っつうかけがえのない資産があるから面白いスポーツなんだ。だから、海堂みたいな誰かが指示したプレーしか選択できず、確率でしか決めれないそのやり方が、俺はずっと許せなかった。 それを証明した上で俺はここを出て行くつもりだったのに……ここでこのザマじゃ俺は海堂を去る資格はねぇってことになっちまう。

 

「さぁ、来いよ。 俺がしっかりトドメを刺してやるからよ」

 

 ノーアウト満塁でバッターは最強のスラッガー、千石。

 所謂"絶体絶命"ってやつだな…………。

 今の俺が千石と真っ向から勝負をして勝つ確率は限りなく低いかもしれないが、それでもここを抑えなきゃ俺に明日はない。それ以前に敬遠ができない時点で勝負以外道はないけどな……。

 進がアウトコースにミットを定め、俺も頷く。

 さっきは本当に悪かった。思い通りのピッチングができず、自分の事しか考えてない結果、サイン無視と言うあってはならない失態を犯したんだ。許してくれとは言わねぇよ。その代わりこのリーゼント頭を抑えたら…………チャラにしてくれ、よ−–−–−!!

 

 

 

 

  ッキイィィィィンッ!!!!!!

 

 

 

「なっ!?」

「−–−–!!」

 

 瞬間−–−–−俺はライト上空へ顔を向けた。

 風向は不運な事に追い風、しかもボールはグングンと場外ホームランを止める為のフェンス目掛けて飛んでいる。

 一瞬でどうなったのか、理解はできていた。 フェンス越えはもう……免れないだろうと。

 進も、守備陣も、ベンチも、ただ呆然と打球の行く末を追いかけている。

 ライトポール際。切らなければこれが痛恨のグランドスラム。心の中で「入るな!!」と強く渇望するが、無情にも打球は衰えないままフェンスへ到達した。

 

 

 

『ふぁ、ファール!』

 

「ちっ……」

 

「あぶなぁ……あと何センチ言うとこやで」

「でも入らなくて良かったよ…」

 

 セットポジションになってから球速が落ちた分、芯をずらしていたのか……ふぅ、危なかったぜ………。

 しかしこれで投げれるコースがもうないぜ。進の奴、一体どうするつもり−–−–−

 

「−–−–−−–−–−っ?」

 

 胸が……苦しい……っ……。まだ点を取られたわけじゃないのに、千石を見ていると……

 

 う、打たれる−–−–−−–−–−。

 

 これが甲子園で名を連ねる強打者の威圧感か?

 それともこの状況に俺が動揺しているのか?

 はたまたその両方なのか?

 よくわかんねぇけど…………奴を見ていると体が震え…て……。

 

 

  −–−–−打たれるのが、怖い。

 

 

(くっ、くっそおおおっ!!!!)

 

 全力で腕を振るが、ボールはそれを裏切るかの如くストライクゾーンから逃げていく。 脳ではカウントを取りにいかないとダメなのは分かっている。分かっているんだが…っ…………頭の片隅で奴を怖がっているせいか、思ってる場所へ投げる事ができない。

 

 

「逃げてる」

「えっ?」

「いつもあんなに強気な男が、千石の出す研ぎ澄まされたスラッガーの気に、初めてマウンドで怯えてるのよ」

「あの茂野君が……?」

「ええ。それにこのままだと彼、確実に潰れるわよ静香。もうここで眉村君と交代させた方が良いんじゃないかしら」

「………………茂野君……」

 

 

『ボールスリー!』

 

 駄目だ! 全然ストライクが入らねぇ!!

 腕が振れない。球が思ってるとこに投げれない。

 やはり……まだ早かったのか、俺は。こんな程度終わっちまうなんて、所詮俺の実力はこんなもんだったのかよ。

 はは……これ以上頑張っても後は打たれるのが目に目に見えてる。だったらいっその事、もう交代した方が良いんじゃ…………

 

 

「すいません。 タイムをお願いします」

 

 もう諦めかけたその時−–−–−

 一人の選手がタイムを取って俺の元へ歩いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明らかに様子が変なのが、十メートル以上離れたこの場所でも感じ取れた。

 ただ単に満塁だからとか、そんな小さな事で動揺しているわけじゃない。 先輩は……千石さんに打たれるのが何よりも怖いのだ。

 この試合に対する異常なまでの意気込み、やる気、そしてハイペースなまでの体力配分。常に全力がモットーの不器用なスタイルが仇となり、誰よりも勝ちたいと思っている強い意志から、千石さんのオーラに押されて誰よりも負けるのを恐れる、簡単に言ってしまえば"臆病"に変わっていたのだ。

 マウンド上で怯えてる投手など、強打者からすれば最高の獲物であり、カモだ。 このままじゃ試合を炎上させるよりも最悪な結果になりかねない。 茂野先輩のプライドが潰れる前になんとかしなきゃ……。

 

「すいません。タイムをお願いします」

 

 堪らずタイムを取り、マウンドへ歩み寄る。

 茂野先輩が疲労と動揺が合わさった顔で僕を見た。そして意外にも、先に口を開いてきた。

 

「……進。俺はもう駄目だ」

「………………」

「見てただろ? 厳しいとこを突いたって簡単にスタンドまで運ばれちまう。体力だってもう残ってないし、今の俺じゃ気持ちの面でももうお手上げだよ。悔しいが、江頭の言った通りだよ」

「………………」

「お前から監督に交代を言ってくれないか? 不本意だが、眉村に継投させた方が勝つ確率は高いし」

 

 

  …………嫌ですよ……

 

 

 

「えっ……?」

「自分が売った勝負を逃げるなんて、そんなの僕は嫌ですよ!! 仮に眉村先輩に代わって勝ったとして、その後先輩の手元に何が残るって言うんですか!!」

「進…………?」

「僕は……入学前から知ってましたよ。茂野先輩が一軍を倒したら海堂を去るって。 全て兄さんと佐藤先輩から予め聞いてました」

「! そう、なのか……」

「初めはどうして自分から辞めるのか、意味が分かりませんでしたよ。あかつきと並んで一、二を争う超強豪校。ここなら甲子園はおろか、プロ入りだって最短距離で実現できる。そんな良い場所を自らざるなど……嫌な言い方をすれば馬鹿ですよ」

 

 兄さんだって言ってた。

 茂野の考えてる事は一ノ瀬先輩や葛西先輩と同じで馬鹿だって。強豪校からの推薦を蹴ってまで、一から部を、チームを作って日本一になろうなど、限りなく不可能に近い事なのに。

 

「……でもそれは、僕が勝手に決めつけた事かもしれない。先輩と数ヶ月共に過ごして、やっと理解し始めたんです。皆さんが目指したいモノが。その先に待ってるのは優勝より遥かに価値のあるものなんだって。それを……それを分からせてくれたのは先輩じゃないんですか!?」

「!!」

 

 兄さんや眉村先輩、佐藤先輩、全国各地で日本一を狙う強者達を倒したいからだ。海堂みたいな完成されたチームで勝てたとして、残るのは優勝という肩書きだけ。 あかつきからの誘いを断ったあの二人と同じ、

 

  三人はそう言った強い高校を敵に回し、倒したかった。

  心から燃え上がる試合が、感動をくれる試合がしたかった。

  そして何よりも−–−–−真の栄光を自分達の力で掴みたかったんだ。

 

「…………ワインドアップで投げてください。 そっちの方が先輩、投げやすいでしょう? 僕はこの試合、茂野先輩に完投勝利をプレゼントするまで、絶対諦めませんから」

 

 ボールをグローブに入れてあげ、僕は定位置に戻った。

 ビビるなんて茂野先輩らしくないんだよ!! とか、精神的にキツイ言葉をかける事も考えてたけど、臆して自分を見失っている今は、もう一度何の為にこの試合をしてるのか、改めて認識させる方が目が醒めるだろうと思い、あんな言葉を僕はかけた。

 

 

 

 

 そうだ……進の言う通りだ。

 この試合を自分への最終試験にしてた癖して自ら逃げるなんてな。俺とした事が……そんなんじゃ海堂を辞めた後もまたビビって逃げてたはずだ。 俺の取り柄っつったら相手をねじ伏せて勝つだけだろうがよ。下手な小細工や弱気な戦法じゃ勝てる試合も勝てねーよな。

 

(へっ……あんがとよ、進。 お前のお陰で思い出したぜ!)

 

 もう迷いはねぇ!

 どんなに疲れてようがそんなもん、気合で吹き飛ばしてやるよ!

 まずはアイツを……倒す!!

 

「っ……うぉぉぉぉおおっ!!!!!」

「!?、くっ!」

 

 ッギィン!

 金属バット特有の高い音が耳に入る。ボールは真芯でインパクトされていた。 だが今度はボールの力に押され、 バックネットへ回転がかかったまま飛んでいった。

 

『ファール!』

(こ、コイツ…っ………)

(ふぅ〜……へっ、どんなもんよ!)

 

 ジャイロに力が、キレが、重みが、スピードが戻った。体は相変わらず重いが、心はさっきより吹っ切れて軽い。これならいける……俺は…まだ投げれる!

 

(ちっ……さっきまでボロボロだったくせに足掻きやがって……お前はもうここで終わりなんだよ!!!)

 

 ふ、流石は海堂の四番だぜ。

 復活直後の俺のジャイロボールを一発でカットしやがった。

 でもな、カットばっかするって事は、逆に言えばカットしかできないともとれるんだぜ? マニュアル野球を真っ向から否定する気はないが、俺は俺のスタイルで頂点に行く!

 ここで躓く訳には……いかねぇんだよ!!!

 

「っうぉらっ!!」

 

 インコース低め、胸元、アウトロー、高め。

 どこを突いてもアイツは喰らい付いてカットしてやがる。って事は投げる場所がもう無−–−–−−–−–。

 

(いえ! まだココがありますよ!)

(……ああ。やっぱ俺にはそこしかねぇよな!)

 

 サインに頷き、大きく振りかぶって九球目を投じようとする。

 今コイツを倒すのに必要なのは圧倒的スピードでもパワーでもない。

 野球本来が持つ楽しさを、面白さを感じ、その想いの分をボールに込めて放つだけだ!!!

 

 

 ど真ん中のコースをバットが空を切り、千石が派手に一回転した。

 

 

 帽子が落ちた時、俺は空に両腕を掲げたガッツポーズを決めた。

 

 

 その日、自己最速記録となる、百五十七キロに−–−–−。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし、兄さん? 今時間あるかな?」

 

 壮行試合終了後、僕は寮の公衆電話を借りてある人物の元に電話をかけていた。

 僕が尊敬してやまない、追い付きたい人だ。

 

「……何の用だ? くだらない話ならすぐ切るぞ?」

「今日ね、一軍と二軍で壮行試合をしたんだ。 二軍の先発は茂野先輩でね」

「…………結果は?」

「三対0で二軍が勝ったよ。最後は茂野先輩の勝ち越しツーランと完投勝利のおまけ付きでね」

「ふ、そうか……まさか彼が一軍に一人で投げきるとはね……少し予想外だったよ」

 

 誰もが失点を覚悟したあの場面。千石さんを百五十七キロの超豪速球で三振に取ると、それまでのピッチングを汚名返上する勢いで投げ、結果、三者連続三振で大ピンチを切り抜く事ができた。

 試合が動き出したのはその直後の八回表。ノーアウトランナー無しで僕に打順が回り、低めのストレートを弾丸ライナーでバックスクリーンに運び、この試合初めての得点が入った。 完全に立ち直った茂野先輩はその後も驚異的な投球を続け、八回の裏も三者連続三振を成し遂げるなど、勢いが止まらなかった。

 最終回に一軍きってのエース、ジャイロボーラー榎本さんを導入するも八番に代打で出た眉村先輩がセンター前ヒットで塁に出ると、続く茂野先輩が渾身のジャイロを電光掲示板を破壊するまでの力でホームランを放ち、試合をほぼ決定づけた。最後の守りもセカンドフライ、ファーストゴロ、三振でそれぞれ抑え、見事一安打の完封勝利で二軍が勝ち、今年の壮行試合は終了となった。

 

「それで……茂野は本当に海堂を辞めたのか?」

「うん。さっき二軍監督に退部届を出しに行ったらしいから、早くてもう明日には寮から出て行くと思うよ」

「そう、か。 まぁ彼らしい選択だな。 人に流されず自分の道を信じて進む所は大地そっくりの性格らしいな」

「ふふ、そうだね…………あ、兄さんの方はどう? もうすぐ夏の予選も始まるし、調子とか良い感じかな?」

「調子もなにも、この時期になってあかつき大付属のエースが不調など、許される事じゃないだろ? 今年も万全の体制で日本一を取りに行くさ」

「それを今度は僕が止めるよ。 兄さんの連覇をね」

「……ハハハッ!面白い! それが嘘が誠かは、甲子園のグラウンドで会おう。 進があかつきを断って海堂を選んだ選択を、見せてもらおうか!」

「ええ。絶対僕は負けませんからね!」

 

 ああ、とクールに笑いながら、兄さんは電話を切った。

 僕があかつきの推薦を蹴って海堂を選んだ理由。それは兄さんを敵に回したかったからだ。いつも僕の一つ先を行く兄さんの後ろ姿が無性に悔しくて、追い越したかった。 兄さんを倒して僕が本当の猪狩だって事を証明したかったのだ。でもそれは、今考えてみればやりたかった事は茂野先輩達と何ら変わりなかったんだ。 選んだ高校、選んだ道は違っても、倒したいライバルがいて、頂点に立ちたいって面では全く一緒の考えだったんだ。強豪校に行かず、無名の高校で新チームを作って一から日本一を目指す一ノ瀬先輩達の姿に、いつしか僕の気持ちは動かされ、僕も大好きな野球で自分の価値を知りたいと、そう考えさせてくれたんだ。

 だから……僕は身内が誰もいないこの学校を選び、自分のレベルアップと密かな野望の為、この選択をしたんだ。

 

「待ってて下さいよ兄さん……一ノ瀬先輩。僕が必ず海堂をNo.1に導いてやるんだから!」

 

 今年はどこ勝ち上がり、どのチームが深紅の優勝旗を手にするのか。

 球児達が夢見る舞台、夏の全国高校野球まで、あと約一ヶ月−–−–−。

 

 


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