Glory of battery   作:グレイスターリング

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高校第二学年編 
第二十話 新たな仲間


  十一月下旬。

 それは全国の中学三年生達が一斉に次の進路へとスタートし始める時期でもあり、人生の中で自分の将来を左右するターニングポイントでもあるだろう。

 ここ神奈川県では高校野球間でチーフスカウト達の熾烈な獲得競争が今年も恒例行事のように行われ、こぞって名のある選手が海堂・帝王のどちらか一方に流れていた。

 

「……このレポートは本物か?」

 

 そんな中、先に動きを見せたのは海堂高校だ。

 その日ピックアップしてきた選手達を上層部か最終確認をする日であったが、眼鏡をかけたやり手の男は提出されたレポートに疑いの念を持っていた。

 

「はい!私もこのレポートを見たときは何かの間違いだと思ってましたが、どうやら彼自身も入学を強く希望しているそうなんですよ!!」

「ほう……それは大手柄だな、名倉」

 

 レポートを見ながら男はご満悦な表情で喜ぶ。

 正直言って、この選手はある意味海堂高校へ来るなど全く無縁の人物だと半ば諦めていた。

 中学野球で優勝経験は勿論のこと、卓越したバッティング力とリードを持ち、スローイングやキャッチング力もハイレベル、おまけに強靭なメンタルや"兄"譲りの甘いマスクで高校入学前から注目を集めているまさに眉村と並ぶ金の卵だ。

 これで大貫が強く推薦していた佐藤寿也に代わる次世代の正捕手候補を手にする事ができた。彼なら確実に米倉や今の一軍捕手を超える存在になるだろう。

 ふふふ……これからが非常に楽しみだ。

 

(君には期待しているよ。 元あかつき大附属中学校出身、"猪狩 進"君––––)

 

 

 

 

         –––––– Second stage 〜逆襲編〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四月。

 早くも入学してから一年が過ぎた。秋にデビューするはずだったタチバナは遠回りしながら地道に力を付けていく方を結局選び、その間に神奈川情勢も大きく進展していた。

 一番大きかったのは春見率いる恋恋高校の快進撃。恋恋はこの秋季大会が公式戦初デビューにもかかわらず初戦から破竹の勢いで勝ち上がり、結果はなんとベスト8の好成績。秋は上位二校までがセンバツに選ばれるため初出場で甲子園行きの偉業は達成できなかったものの、創設してたった数ヶ月の期間でその場所を射程距離に捉えたのだから否応でも神奈川全体から注目が集まった。要するに、恋恋高校はある意味で今大会一の主役であった訳だ。

 そして選ばれた二校は海堂が優勝、残り一枠は東條のサヨナラスリーランで帝王に劇的な勝利を収めたパワフル高校が何十年ぶりかに甲子園の土を踏んだ。

 –––––––ま、それでも"アイツ"がいる限り優勝は無理だったけどな、

 

「あーあ。相変わらず話長かったな、あの爺」

「お前も話を聞くときくらいは静かにしてろ。俺まで怒られるだろ?」

「え〜、そんな固いこと言うなよ友沢。お前だってあの爺は嫌いだろ?」

「俺は別に……いや、そうだな」

「お前もかよ!」

「うるせーな。新学期早々俺の耳元で声を上げるな」

「へいへい。相変わらず手厳しい奴なこと。これだから女が近よんないんだよ」

「……お前、後で体育館裏に来い」

「嘘嘘嘘!!そんな俺を殺す目で見るなよ!!!」

 

 始業式を終え、その後は玄関前に張り出されていたクラス替えの用紙でそれぞれの教室へと移って担任の話などを聞きいた。

 それにしても、今宮&友沢の掛け合いにも随分見慣れたもんだな。練習試合では鉄壁の二遊間ばりの活躍をしてくれるタチバナきっての名コンビなのに、普段の生活だとこんな感じで名じゃなく"迷"コンビになっちまうんだよな。

 あ、ちなみに俺と同じC組のメンバーは友沢・今宮・涼子・原の四人だ。

 

「また一緒のクラスになれて良かったわね」

「ん……ああ、だな。ってあれ?今日髪型変えてきた?」

「今日から新学期が始まるから思い切ってポニーテールにしてみたの。どう?似合ってる……かな?」

 

 いつもの三つ編みではなく今日は後ろで結んだポニーテール。

 可愛らしさを残しつつも大人っぽさが増してこれはこれで……うん、良いな。

 

「超似合ってるよ。目を合わせると恥ずかしいぐらいにね」

「本当に!? 良かった〜。似合ってるか不安だったから安心したわ。ありがとう大地♪」

「お、おお……そいつはどーも…」

 

 くっそ。性別が異なるとは言え、同じ人間なのにどうしてこんなに可愛いんだよ…!しかも距離が近いから心臓バックバクなんすけど……。

 はぁ……こんな感じで付き合い始めたのはいいものの、恋愛初心者の俺は何をすればいいのか全然分からず、こうして涼子に振り回されてばっかの日々を過ごしていた。デートも何回かしたけど誘ってくるのはいつも涼子からで、全くと言って良いほど俺は奥手であった。

 どうしてなんだろうな。野球のリードや学校の勉強なら飲み込みは早い方なのに、プライベートな話になるとヘタレになっちまうのは……。最近密かに悩んでることなんだよな。

 

「あ、そやそや。一ノ瀬は新入生の事は聞いたかいな?」

「新入生? ああ、確か二人入ってくるんだよな?」

「そや。詳しいことはみずきさんしか分からんが、相当腕の立つ奴等が来るらしいで」

「腕の立つ奴等? 一体誰なんだろう……??」

「ふ、仕方ねぇ。この俺がビシビシ鍛えて強くしてやるか!」

「……逆にお前が教えられる立場にならなきゃ良いけどな」

「う、うるせぇ!天才のお前に言われると余計腹立つわ!」

「やれやれ……こんなんで俺達大丈夫なんだろうか……?」

「ちょっと心配ね……」

「ワイもや…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新学期初日もあり、授業は半日で終わった。

 放課後と同時に様々な部が玄関前や一年生の教室の前で勧誘し、時期部員の取り合いをしていた。俺達も絵が上手い今宮に任せてポスターを作成したり、できる範囲呼びかけたりしているが、入部してくれる気配は一向に無かった。まだ野球部が復活してから一年しかたってないし、何よりも公式戦での戦歴が一つもないのでまず経験者が入ってくれるの難しいと皆も感じてた。

 

「こんにちは!!」

 

 そんな中、みずきちゃんが言ってた新入部員がついに来てくれた。

 一人はガタイの良い坊主頭の高身長。見た目からして熱血漢溢れる熱いタイプで、もう一人は雰囲気が友沢に近いおとなしめでクールなイメージの選手だ。

 

「……来たか」

「よし。二年生は八木沼中心にアップを済ませておいて。それまで新入生は俺が見とくから」

「了解」

「ん。 じゃあ一年生二人!着替えは中学ん時ので良いからそこの部室で着替えちゃって。終わったら皆で挨拶するから」

「はい!!」

「……分かりました」

 

 使い古したエナメルバックに高一とは思えない引き締まった体。間違いない。この二人は野球経験者で、それもそこそこ名前の知れたチームの出身だろう。特にあのノッポは背が高いだけでなくそれに見合った筋肉量を付けてきてやがる。おそらく上から振り下ろす速球派投手か、あるいはパワーのある長距離ヒッターのどっちかだろう。もう一方の奴も背はやや低めだけど左手に多量のマメやタコがあった。上がるずっと前から相当なトレーニングを積んできたんだろう。ま、どちらにせよ既に期待感は持てる新入生だってことは分かったぜ。

 

「よーし。そんじゃ全員集合ー!!」

 

 一年生達も着替え終わったからまずはスタートのケジメをつける為、軽く挨拶からすることに。

 

「一年生の皆、と言っても二人しか居ないけど…貴重な仮入部の期間に野球部へ足を運んでくれてありがとう。俺の名前は一ノ瀬大地。一応この部の主将を努めてる者だ。見ての通り、ウチはどの学校と比べても圧倒的に選手層が薄い。たか今年は運が良いことに公式戦初デビューの年でもあるんだ。 ここで二人が他の二年生よりもベストなパフォーマンスができればレギュラーとしての起用も考えるつもりだ」

「え……それって俺達一年にも四番を奪える可能性があるってことっすか!?」

「察しがいいな。確か名前は……"大島 誠也"と"東出 俊"と言ったか。実戦で結果を残せたら一年生だろうと俺は平等にレギュラーを検討するつもりだ。例えば大島が友沢や俺よりもホームランを打つんじゃそれ相応の起用をするし、東出も例外じゃない。あくまで俺達の目標は神奈川No.1、そして甲子園優勝だ。その覚悟と競争心、そしてチーム力を高く持って夏に向けて鍛えてほしい。そうすれば自ずと結果はついてくるはずだ。皆、いいな?」

『はい!!!』

「よし。それじゃあ順番狂っちまったけど全員で改めて自己紹介をして、終わったら早速練習に入るぞ」

「まずは俺から言っとくか。俺は八木沼隼人。このチームの––––」

 

 八木沼から自己紹介をし、数分で二年全員の自己紹介は終わった。

 

「帝王実業中学出身の大島誠也っす!!ポジションはサードを守ってました!目標はチームで四番を打つこと。これからご指導のほど、よろしくお願いします!!」

 

 四番––––

 その言葉に友沢がむっと眉をひそめた。そういや大島は帝王出身って言ってたな。友沢と今宮は妙に知ってそうな顔だったし、どんなプレイスタイルかはアイツらに聞いてみるとするか。

 

「……東出俊です。ピッチャーと外野の二刀流で、前は横浜シニアでプレイしてました。八木沼先輩と川瀬先輩を超えるつもりなんで覚悟していて下さい。」

「!、なるほど……相変わらずお前は変わってないな」

「はは……私も負けてられないなぁ」

 

 すげえクールを装ってるけどお前らも分かりやすく顔に出てるぞ。涼子にいたっては右拳を思い切り握っちゃってるし……。

 でもまぁ、先輩後輩関係なくチーム内で切磋琢磨し合って自身を磨くってのも上手くなる為に必要な要素だから良い傾向だな。これから新メンバーを迎え、どんな体制で夏を戦い抜くかますます楽しみになってきたぜ。

 ––––エースを誰にするか。

 ––––どの守備位置に固定させるか。

 ––––誰が打線の中軸を打つか。

 そして––––––––誰か一番成長するか。

 考えることは山積みだがその分期待度や戦力は強豪にも負けないほど大きいと俺は思う。

 海堂、帝王、パワフル、恋恋。

 今年はお前らの思惑通りにはいかないからな。今に見てろよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……なぁ俊、ここって本当に弱小校だよな……?それにしては帝王以上にキツくねぇ、か…?」

「……そんな程度で弱気になるな。これぐらい……ふぅ、普通だ」

 

 大島誠也と東出俊。

 この二人は幼稚園からの腐れ縁にして、一番のライバルであり親友だった。

 同じ地区の小学校に入学すると、大島は大好きだった野球へ身を投じ、その影響を受けて東出も直ぐに野球を始めるようになったのだ。

 高身長と持ち味の怪力を持つスラッガータイプの大島。

 内外野の守備をそつなくこなし、投手としても才能か光る東出。

 入部したチームはその地区No.1と呼び名高い強豪リトルにもかかわらず、まだ一年生だった頃から生まれ持った才能の片鱗を見せ、三年生で既に正レギュラーの座を獲得。六年生の最後の大会では念願の全国大会出場も成し遂げるなど、中・高から早くも将来を期待される選手の一人へと著しく成長していった。

 お互い横浜シニアと帝王シニアへ進んだにも関わらず、選んだ高校は指導者も実績もない無名の聖タチバナ学園。だが、二人にはある決意のもとでこの地を選んだのだ。

 それは中学三年の秋。かつての先輩達がここ聖タチバナで野球部を復活させ、中にはあの猪狩守が認めた敏腕キャッチャー、一ノ瀬大地も在籍し、当時初めて知った二人には大きな衝撃を与えた。

 そして、恋恋高校の秋季大会での快進撃––––。

 無名校から這い上がろうとする強靭なハングリー精神。どこまで自分達の力が通用するのか強敵に対する熱い挑戦心。

 あっという間に心を動かされた大島と東出はかつての先輩達の元で自分達も這い上がってやろうと覚悟を決め、あらゆる推薦を蹴ってタチバナへ入学した。まるで一ノ瀬大地や葛西春見がした道を辿るように……。

 

「大丈夫か?」

「……八木沼先輩」

「初日からこのアップはまだキツイだろうな。俺らだって最初はお前らと同じだったんだ。そう気を落とすなよ」

「とーぜんッスよ!なんせ俺はこのチームを日本一に導く男なんすから!!今に見てて下さいよ!!」

「ふん……まだ大した事もしてないのに大口を叩くな。一ノ瀬先輩達がやってきた事と比べれば俺らなんて全然まだまだだ」

「あ?だったらこれから大した事をすりゃ良いだけの話だろ?いちいち後ろ向きな発言は止めろよ。これで足でも引っ張ったら承知しないからな!」

「んだと?!お前……いい加減に––––!」

「おい、そこまでにしろ!大口を叩くのも叩かないのも俺はどっちでもいいが、喧嘩してる暇があったら体を動かせ」

「っ……すいませんでした!」

「……すいません」

「全く……まぁ喧嘩するほど仲が良いとは言うが、お前らはその言葉どおりのコンビかもな。一ノ瀬が期待してる訳が少し分かった気がしたよ…………あ、そうだ。呼吸整えたらお前らの実力を計るちょっとしたテストをやるからな」

「「テスト?」」

 

 困惑そうに考える二人。すると後ろから一ノ瀬が来て続けた。

 

「ようはお前らの覚悟を見せてもらおうって訳さ」

「……覚悟?」

 

 東出が疑問を問いかけた。

 

「夏のレギュラーは実力は勿論の事、チームの為に全力を尽くせるか精神面でも俺はチェックするつもりなんだ。いくら野球が上手でも心がモロい奴じゃ直ぐリタイアしちまうし、逆に心がだけが強い奴も俺は使うつもりはない。その双方で両立してパフォーマンスできる選手かどうか、今の喧嘩を見てたら見込みのありそうな感じだから特別にチャンスをやろうと考えてる」

「俺達が……」

「おう。ただしやるからにはどんな難しい要求にも答えてもらう必要はあるし、ダメだと判断したら俺は容赦無くメンバーから外すからな。嫌なら今のうちに辞退しとけよ」

 

 半ば脅し気味の口調で一ノ瀬は胸の内を語った。

 聖タチバナ野球部は何一つ実績が無す、登録人数も他校と比べてかなり少ない。それでも選手一人一人の力は甲子園でもやっていけるだけな力と度胸を持つ、謂わゆる少数精鋭の体勢で今のタチバナがある。その中でレギュラーを勝ち取るには友沢や川瀬を始めとする精鋭よりも上へ行かなければならない。

 それまでの道は海堂や帝王でレギュラーを勝ち取るのとさほど大差はない。大島と東出が連中にどれだけ食らいついて張り合えるか、一ノ瀬はそれが見たいのだ。

 

「……やります。ここで結果を残してレギュラを勝ち取ってやりますよ!!」

「無論、俺も乗ります」

「ふ、そう言うと思ったぜ。大島は川瀬と……そうだな、三打席勝負してもらおうか。東出は投手としての能力をチェックする。友沢と聖ちゃんが相手になる。準備が出来次第始めるから気を引き締めてかかれよ」

「うっす!!」

「……分かりました」

「その意気だ。 じゃあ先に準備して待ってるからな。八木沼、審判の方を頼む」

「ん、了解」

 

 ––––二人の顔つきが変わった。

 結果を残せばレギュラー。残さなければベンチ。

 分かりやすく、いかにも一ノ瀬らしい采配だ。そうこなくっちゃ面白くないと、互いの目を見て強く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備はできたか?」

「うっす!まずは俺から行きますよ!!」

「……そうか。 涼子!相手が一つ下でも手は抜くなよ!!全部三振に取るつもりで投げろよ」

「分かってるわ。そうじゃなきゃ大島君の為にならないわ」

「へっ、臨むとこっすよ!! それじゃあ……っしゃす!!!」

 

 涼子の様子を一瞬見て、威勢のよい返事で大島が右打席に入る。

 重心を低くスタンスを広げてどっしりと構え、バットは神主に近い形で高く立てた。

 

(パワーは間違いなくありそうだな……)

 

 友沢と今宮から聞いた話によると、大島は俺たちよりもパワーヒッター向きの体を持って生まれた"天性のアーチスト"と呼ばれてたらしい。

 重心をここまで低くするには柔らかな股関節、お尻と背中の筋肉、体の軸を保つ体幹力が必要不可欠だが、それらをすべて持っているバッターはそう簡単に居ない。しかもミートする瞬間の体の角度もキャッチャー向きに傾いているから遠くにボールを運べ、スイングスピードも一級品の物を持っている。

 もしかすると俺らから四番の座を奪うのはあり得る話かもしれないと、友沢が恐れているほどだ。

 

(まずは外角低めのストレートだ。最高の球で一年をビビらせてやろう)

 

 この一年、涼子も徹底的に下半身を鍛えまくった。試合後半になってくると投球の際の足元が安定せず、失投が多いと感じた。

 その為、冬は体力トレ以外にも体幹強化や柔軟性のアップにも力を入れた。本人曰く「少しずつだけど以前よりも投げやすくなった」と実感しているらしい。練習に対して効果を実感してくるのは、キャプテンの俺にとって、またはバッテリーである俺にとってどちらも嬉しい限りだぜ。

 場面は戻り、涼子がプレートを踏んで振りかぶる。

 新二年生にとってはすっかり見慣れたギブソンのフォームから外角低めいっぱいの良いコースにボールが収まった。

 

「ストライクだ」

「……一ノ瀬先輩。このフォームって…」

「まぁ、そういうことだ」

「マジっすか。まさか大リーガーの投球スタイルで投げるとは……こりゃ侮れませんね」

 

 大きく深呼吸をして集中し直す。

 目付きがより鋭くなったな。どうやらただの熱血バカって訳じゃないらしい。背後から『必ず打ってやるぞ』のオーラがビシビシ伝わってくるぜ。

 サインを出して涼子が頷く。

 俺が選んだ球種は低めのカーブ。ボール一個分ほど外れる場所にミットを構えた。

 

「……ボール」

 

 若干八木沼が迷ったが判定はボール。さすがこのチームの一番バッター。今のはよく見たな。

 三球目はインハイのストレートで一球外して1-2。

 よし。四球目はムービングファストでストライクを取りに行って最後はVスライダーで三振にさせる。ムービングならバットに当てられても初見でジャストさせるのは厳しい。しかもこの二球種は中学野球じゃお目にかけない変化球だ。そう簡単にバットへ当たらないはずだ。

 サインを受け取って右腕を振るう。

 ボールは不規則に揺れて僅かに落ちた。内角寄りのやや甘いコース。それを大島は躊躇なくフルスイングし、ギィン!と鈍い音を響かせた。

 打球は大きな外野フライ。これは打ち取っ…………ん……!?

 

「! おい……これは…?」

(え? まさか……!)

 

 全員が打球の行く方向を眺めている。

 誰もが芯を外して打ち取ったと思ったはず。それなのに打球は衰えを知らずにグングンとレフトのフェンスに伸びて………

 

 

「よっと!」

 

 

 レフト岩本がフェンス際でジャンプをし、なんとか捕球してくれた。

 結果はレフトフライでアウトとなったが……それにしても"なぜあそこまでボールを運べた"んだ? 確かに芯はずらしたはずなのに……。勝ったってのに涼子の顔は悔しさで満ちてるし、俺自身も素直に喜べない気持ちだ。

 

「芯は外してたわよね?」

「ちゃんと外してたはずだ。音だって快音とは程遠い響きだったしな」

「それをフェンスまで飛ばすなんて…… もしかするとパワーだけなら友沢君や大地よりもあるんじゃないかしら?」

「……かもな。帝王で四番を打ってただけのことはあるらしい。次打席からはVスライダーも織り交ぜながら組み立てるぞ」

「ええ。分かったわ」

 

 大島誠也の噂は昨年から耳にはしていた。

 怪我で前線を離れた友沢に代わって帝王シニアで四番を張るようになり、本塁打数・打点・長打率は全国でもトップ10に入る実力者だ。

 とにかくバッティングに関しては今の所文句無しの力だが、エラー率が高い欠点も同時に持っている。肩が良いらしいからサードに定着してたって話だが、レフト方向の打球は試合の中で必ず一本は飛んでくる。大島をサードスタメンで使うなら、真っ先に守備力を上げるのが先決になってくる。

 

「惜しかったな。悪くなかったぞ」

「完璧に捉えたと思ったんすけど変にずれちゃいましたよ。さっきのボールでツーシーム系かなんかですかね?」

「あながち間違いではないな。答えはムービングファストボールだ」

「えっ?あの人ムービングファストも投げれるんすか!? どうりでフェンスを越えなかった訳だ……」

 

 なるほど……ストレートだったらホームランにできたってことか。

 こいつはますます面白い選手だ。明日から、いや今日から真剣に四番を誰にするか考え直す必要性があるな。

 続く二打席目は粘りに粘った七球目のVスライダーで三振。三打席目はカーブを真芯で捉えて強い打球を放つもライナーが友沢ほ真正面に飛んでアウトとなった。

 

「くっそ〜! 結局一本も打てなかった! 川瀬先輩のピッチングがすげぇんだよなぁ。ボールは伸びてくるしコントロールや変化球のキレも抜群。これはエースナンバーに相応しい人っすよ」

「いや、お前も十分見せてもらった。まだ守備位置をどうするかまでは決めてないがレギュラーの方向性で起用を考えようと思う」

「ま、マジッすか!? でも俺、一本も打ててないんすけど……」

「大島。お前らはまだ一年生の最初だ。焦らなくても地道にしっかりと力を付けていけば今よりもっと伸びるはずだ。だから頑張れよ」

「はい!!ありがとうございます!!」

「よし。次は……東出! 勿論行けるよな?」

「……ええ。肩も作ったんで大丈夫です」

「分かった。聖ちゃん、それに友沢。手加減はしなくていい。人思いにホームランを打つつもりでやってくれ」

「いきなりホームランは厳しいが…手は抜かないで行こう」

「久々の実践練習だからな。ま、やってやるさ」

 

 さてと。ここで一区切りが付いて次は東出だな。アイツは投打両方のポジションをこなすことのできる稀な二刀流選手だが、今回はピッチャーとしての実力をチェックする。ウチはピッチャー三人と数だけで見ればさほど困ることはないが、夏は少なくても一ヶ月、甲子園に行けば二ヶ月も戦わなければならない。そうなればピッチャーに降りかかる疲労が倍以上の物になっちまう。その負担を考えれば、自然と東出にはピッチャーをやってもらう場面は少なくない。

 

「サインはどうする?」

「さっきまで誠也の打席を見てたんですけど、あの時出してたサインと同じでいいです」

「…同じなのか?」

「いえ。"完全に"同じってわけじゃないですよ。あと、コレも投げれるんで……」

「!……捕れるか分からんが最善は尽くそう。ビビらずしっかり抑えていくぞ」

「了解しました」

 

 大島といい、東出といい、今年はとんでもない奴等が揃ったもんだ。球種だけで判断したらエースは……いや、今はよそう。まだ決め付けるには早過ぎるからな。

 

「よろしく頼む」

 

 一礼して聖ちゃんが立つ。

 彼女も一年の間で大きく成長してくれた。持ち前の"超集中打法"は油断できない存在だぜ。

 

「––––プレイ!」

 

 さてさて。ここらはリードに集中だ。

 まずは変化球で出方を見てみるか。球種は……コレでいくぞ。

 グローブ越しから東出がコクリと頷き、投球動作に入る。動きに一切の無駄が無い基本に充実なオーバースロー。そこから放たれるボールを聖ちゃんは珍しく初球から振りに行った。が、途中でスイングを止めた。

 

「ボール」

 

 む。低めギリギリの良いコースだったんだが…仕方ないな。

 ちなみに俺が選んだ球種は–––––––カーブ。

 変化量は涼子より若干劣ってるが、着眼点はそこじゃない。

 

「……速いな」

「確かにね。涼子のストレートとほぼ同じ……120後半ぐらいは出てたよ」

 

 聖ちゃんが驚くほどのスピード。カーブにして130km/h近い速度を出せる選手ってプロじゃ日常茶飯事かもしれないが、高校野球じゃ稀に見る希少類だ。ん……まてよ。カープでここまで速いとなればストレートはどうなるんだ? まさか茂野より速いとかはないよな? もしそうだったら確実に化け物レベルだぞ。

 

(物は試しだ。インコースにストレート)

 

 ストレートのサインを出して内側に構える。

 要求した所より真ん中気味のボールになってしまったが、これも勢い良くミットに収まった。

 

「ストレートも速いな」

「うん……だってメーターは141Km/hって出てるもん」

「なるほどな……。お前もうかうかしてると東出からレギュラーの座を取られんじゃないか?」

「う……うるさい! アンタこそ三振でもしてきたら大島君から四番を降ろされるわよ!!」

「ふん。負けないさ。この勝負にも、大島にもな」

 

 聖ちゃんが四球目のボールを綺麗におっつけて打つも、今宮の好プレーで捕殺されてセカンドゴロ。

 打たされたのは涼子と同じ"ムービングファストボール,だった。

 

 

  あの時出してたサインと同じでいいです––––

 

 

 ストレート、カーブ、ムービングファスト、Vスライダー。

 コントロールと変化のキレこそ涼子より劣るものの、球威では遥かに上だ。

 目標にしてたのか。それとも東出もギブソンに憧れを抱いていたかは知らないが、殆どが同じ球種ってのもまた奇跡的な巡り合わせらしいな。

 そして東出のウイニングショット……打者のタイミングを完璧に外すのに理想とされる"チェンジアップ"を武器に、涼子・みずきちゃん・宇津率いる投手陣を脅かす存在になってくるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はてさて、どうしたものだろうか……」

 

 夕方18時過ぎの部室で俺は一人頭を抱えて悩んでいた。

 一つは誰を4番にするか。

 そしてもう一つは投手の起用法をどうするかだ。

 チーム一のバッティングセンスを誇る友沢。それに対し圧倒的パワーで長打を狙う大島。それともキャプテンとして俺が四番に座るか。どちらにせよ早く決めなければならない。かと言って簡単に決断できる問題じゃないが……。

 

 

  1番センター  八木沼

  2番ファースト 六道

  3番

  4番

  5番

  6番セカンド  今宮

  7番レフト   岩本

  8番ライト   東出

  9番ピッチャー 川瀬

 

 これは涼子が先発時の仮オーダーだ。

 3番、4番、5番はまだ保留として、ピッチャーも涼子は先発でOKで、宇津はそこそこスタミナがあるからロングリリーフをメインに置く。

 で、残るは東出とみずきちゃんの二人。実はどちらかを先発か押さえにしようと考えてるんだけど……これもまた厄介なんだよな。

 変則サウスポーと本格派右腕。どちらも良い長所で短所を補ってる感じのピッチャーだ。

 涼子から宇津に繋げ、九回を誰に委ねるか。それとも第二の先発として試合を組み立てる役割に付くか。

 これも早いところ個々の役割を決めないとチームがまとまりにくくなっちまう。

 夏と秋を勝ち抜く為、どのオーダーがベストなのか。主将として責任重大な仕事だ。

 

「大地、私だ。入ってもいいか?」

「うん。入っていいよ」

「失礼するぞ」

 

 入ってきたのは聖ちゃんだ。

 練習着姿で少し息を切らしてるってことは、、どこか走りにでも行ってたところかな?

 

「お疲れ様。頑張るのは良いけどあんまり無理し過ぎもダメだからな」

「……私の事は大丈夫だ。それよりもまだ悩んでいるのか?」

「うん……これが中々難しくてね。まだ難航してるよ」

「そう、か……」

 

 聖ちゃんが残念そうに肩を下ろした。帽子を外し、俺の目の前に座った。

 

「––––大地」

「ん、どした?」

「私達は…果たして強くなったんだろうか?」

「強く?」

「ああ。秋の大会を辞退して、地道にチカラを付けたく方を選んで正解なのかと最近思ってたんだ。皆みたいな長打力が無ければ足だって遅い。しかも今日だって友沢は東出からツーベースだったのに私は三振で負けた」

「……………………」

「大地を責めてるつもりじゃないが、この選択が吉だったのか、私には分からないんだ」

「……そっか。 でもさ、聖ちゃんはよく頑張ってるよ。自分の弱点と真撃に向かい合い、可能な範囲内で1%でも改善しようと努力してるって。豪快なパワーが無くたってヒットは打てる。足が遅くたってキャッチングとリードでそれらを充分に補ってる。俺は知ってるよ、聖ちゃんの頑張りを」

 

 長打が打てるよう積極的に俺とバッティングについて相談しに来たり、クレッセントムーンの捕球率を少しでも上げようと遅くまで居残り練習をしたり、練習中に息切れをすれば走り込みをしてそれを解消しようと努力もしてた。

 クールな性格とは対照的に、見えない場所で燃えてる姿を俺は見たことがある。

 

「––––自信を持って大丈夫だよ。絶対去年よりも上手くなってるって俺が保証する! 聖ちゃんがダメなのは全部俺のせいでもあるんたからさ」

「大地…………そうだな。ダメなのは全部お前のせいってことにしよう。なんとも最低なキャプテンだ」

「え、ちょ!?」

「ふふ、冗談だ。 私だって大地の頑張りは知ってるんだ。だから……この夏は必ず甲子園へ行こう––––」

 

 甲子園。

 高校球児の夢であり、最高の舞台。

 今年はそこへ行く資格があるか挑戦できる年なんだ。

 去年のフラストレーションを全てぶつけてやろう。

 

「––––ああ。絶対にな!」

 

 


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